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2005-11

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髪長姫は最後に笑う。 序章 (7)

序章 (7)

 さて、このわたし、三島百合香が案内役をつとめたこの序章も、そろそろ語るべき事柄が少なくなってきた。あの、邂逅の日以降経過をごく簡単にまとめて、わたしは語り手の役を降り、登場人物の一人になることにしよう。
 なにより、この物語はわたし自身の物語ではない。彼ら二人、加納荒野と茅の物語なのだから。
 いみじくも、あの二人が初めて対面した日、病室で加納涼治氏がこのようにいったように。

「荒野。
 わたしは、幼い頃のわたしがそうであったように、お前には、騙すこと、壊すこと、殺すことしか教えてこなかった。仁明にも、また。
 わたしたち一族は、そのようにして子を育み、今までを生きてきた。
 その結果生み出されたのが、この茅という少女だ。
 この茅が壊れているように、我々もまた壊れている。
 時に押し流され、後は消えて行くだけのわたしは、まだいい。
 荒野、お前にはまだ未来がある。未来のあるお前が、このままでいいわけがない。
 長として命じる。
 何年かかってもいい。この茅を、お前が、笑わせてみろ。心から笑える娘にしてみせろ」

 髪長姫と呼ばれ、加納茅と名乗った少女は、「荒野とともに生活できる」と聞くと、たちどころに態度を軟化させた。日常会話程度はするようになり、一年近くほとんどベッド上で過ごしていたため萎縮した筋力を取り戻すためのリハビリにも、積極的に取り組むようになった。
 しかし、「発見」以前の生活については、前と同じようにかたく口を閉ざしたままだ。

 加納荒野は、加納涼納氏の命令を当然のように受け止め、近い将来、加納茅と同居生活をおくることを、すんなりと許諾した。しかし、「現在進行中」の任務とやらが何件かあって、そちらが片づいてから、という条件付きで。
 結局、加納荒野が着手中の仕事をあらか片づけて帰国したのは、その年の秋もかなり深まった時期になった。

 わたしは、四月をめどに当時の職場を去り、加納涼治氏が用意した新しい職に就いた。わたしが医師免許を持っていたことと、加納涼治氏は、この市に自分名義の不動産を多数の所有しており、その市に対して、加納涼治氏がそれなりの影響力を持っていたのが幸いして、加納茅と加納荒野が通う予定の学校に職を得るのは、割合に簡単だったらしい。
 加納涼治氏は、その市内に多数の不動産を所有し、市でも有数の高額納税者、という顔も持っている。というより、そのような条件があったから、加納茅と加納荒野の新しい生活の場として、その市が選ばれた、というのが、実情らしい。わたしには詳しい説明をしてくれなかったが、その市は、「一族」とやらが、公然と根を張っている拠点、の一つなのだろう、と、勝手に推測している。

 そういうようなわけで、わたしは今年の四月から、公立学校の養護教諭、などという、とうていわたしの柄ではない仕事をしながら、彼らがこの土地にやってくるのを待ち続けた。
 四月にわたしがこの市に来て半年以上がたったとき、ようやく、「二人がこの土地に来る用意が整った」、という知らせを受けた。わたしは、加納涼治氏が所有するマンションに引っ越し、彼らの到着を待つ。
 彼らも、同じマンション内の別の部屋に居住する予定だった。

 わたしの役割は、彼らの監視役。それに求められれば、ある程度のアドバイスはしていい、ともいわれていた。
 だが、基本的には、あらゆる決定は、加納荒野が自分で考え、自分で決定しなくてはならない。過剰な干渉は不要、と、強く念を押されている。
 これもわたしの勝手な推測だが、この一件は、次期頭領と目されている加納荒野の、頭領としての資質試験も兼ねているのではないだろうか?
 だから、加納荒野に裁量権を与えた上で、わたしのような、彼らにも一族にもなんら利害関係のない第三者を張り付けて、報告させている……と、そう考えると、いろいろと不可解に思える点に、説明がつくように思う。
 もっともこの説には、どんなに説得力があっても、あくまでわたしの推測にすぎず、なんの根拠もない。実のところ、わたしなぞに、「彼ら」のような特殊な思考と行動原理を持つ連中の思惑など、本当に想像できるとは、思えない。

 いずれにせよ、役者が揃い、舞台が整い、いよいよ物語の幕が上がる。
 とても奇妙な、根本的な部分が酷く歪んだ、アンバランスな物語だが。
 だが、この物語の一番基本的な部分は、それでも、とてもシンプルだ。
 だって、「一人の少年が、たった一人の少女を、心の底から笑わせる」という、ただそれだけの物語なのだから。

 さて、そろそろわたしは語り手から一脇役の立場に戻り、物語の幕を開けることにしよう。

   [序章・了]

[つづき]
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彼女はくノ一! 第一話 (6)

第一話 ある日、くノ一が落ちてきて……。(6)

 とりあえず、正体不明のくの一を羽生譲と三島百合香の二人がかりで狩野家に運び込み、その間に、狩野家の主婦である真理が布団を準備し、そこに寝かせる。
 それだけのことをすると、女三人、朝もまだ早い時間から手持不沙汰になって、誰からともなく、「お茶にしましょう」ということになり、炬燵にはいる。
 すぐそばには、覆面をとってあどけない素顔をさらした忍装束の少女が、布団の中で安らかな寝息をたてている。
「おー。やっぱりロリプニだぁー」
 覆面をとったくノ一の素顔をみて、羽生譲が感嘆の声を上げた。

 で、当然、お茶うけの話題は、その少女のことになるわけだが……。
「せんせー。この子、本当に大丈夫なんすかぁ?」
「あー。たぶん。
 あれだろ。聞いた話を総合すると、ようするに自分ですっころんだだけだろ? 軽い脳震盪だよ。
 落下した勢いのまま直接頭うった、ってんなら、話は別だけどな」
「でも、打ち所が悪ければ……」
「そこら辺は、まあ、運だな。
 てぇか、お前さん。こういう恰好しているこいつ、病院に担いでいってみるか? ん? 注目を浴びること請け合いだぞ」
「……遠慮しておきます……」
「そういえば、せんせい。学校のほうは行かなくても……」
「んー。まあ、大丈夫だろ。基本的に閑職なんだよ、保健室の先生って。くる生徒のほとんどは、さぼりんぼの常連だし。
 第一、こっちのほうが学校より面白そうだしな」
「……そんなもんすかぁ……」
 羽生譲のこめかみに冷や汗が流れる。さっき、香也と眼鏡っ娘にどやしつけていたのは、一体なんなんだ……。
「あー。でも、そーかー。忍者かぁ……」
 ずずずずっ、っと、三島百合香は涼しい顔で湯飲みのお茶をすすり、
「念のためにちょっと、心当たりに確認してみるかな、っと」
 携帯電話を取り出して、どこかにかける。
「あー。朝早くからすいません。加納のおじいさん? はい。こちら三島百合香。ええ。あのですね。今朝、今し方、うちのマンションのお隣りの家の門前に、なんかモロにニンジャーってお茶目な格好をした女の子がおっこちてきたんですけど。ええ。墜落。見事に。今は自分でこけて伸びているんですけどね。そちらでなんか心当たりはないですか? はぁ。はぁ。あー。なるほど。そういうことですかー。はー。それはまた面白い……。あ。ちょっと待ってくださいね。はい」
 三島百合香は一旦携帯電話から顔を離し、
「立ち入ったことをお聞きいたしますが、こちらのお家の方……の、家計を預かっていらっしゃる方は、どちらですか?」
 怪訝な顔をしながら狩野真理が手を挙げると、
「あー。この女の子ニンジャの、ずーっと上の、元締めのさらに元締め、みたいな、大頭領様が、お話があるって」
 と、携帯電話を、一家の主婦、狩野真理に手渡す。
 おそるおそる携帯電話を手にした狩野真理は、長々となにやら話し込みはじめ、ときどき、「ええ?」とか「そんなに?」とか、感嘆の声をあげている。
「……すげーな、先生。あんた、何者だ? なんで学校の保健室の先生が、忍者の大頭領様とホットラインもってんだ?」
 羽生譲が目を丸くして訊ねると、
「ふっふっふ。すげーだろ、驚け。大頭領様はな、ちっくら年齢はいっているが、渋めでダンディーないい男だぞ。でな、わたしはその大頭領様の孫どもを、まとめて面倒みているのだ」
 と、成人女性にしては驚くほど平坦な胸を張る。
「……なんだかよくわかんねーが、すげーってことだけはよくわかった……」

 そんなことを言い合っている間に、
「はい! はい! はい! それはもう、よろしいように! はっ! では、そのように!」
 通話中にどんどん返答のテンションが高くなっていく狩野真理さん。ようやく、通話を切り、ぼーっとした顔をして、携帯電話を三島百合香に返す。
 その顔が、あまりに魂が抜けているように感じたので、羽生譲は狩野真理の目の前に掌をかざして、二、三度振ってみた。
 反応がない。

『……大丈夫かなぁ……』
 と、羽生譲が本気で心配しはじめたとき、狩野真理は突如、テキパキとした動作でノートパソコンを立ち上げ、銀行のサイトにアクセスし、口座残高を調べはじめる。その結果……。
「……うぉぉぉぉおぉ……」
 と、形相を変えて、驚愕の表情を作る。
「譲ちゃん! 今夜はお祝いよ! ごちそうよ! 我が家に新しい住人が増えるのよ! 春よ! 冬なのに春が来たのよ! そうね、冬だからお鍋がいいわ! いけない、今から買い出しにいかなけりゃ!」
 潤んだ瞳、上気した頬。まるで「恋する乙女」仕様、夢見心地の、ちょっとイっちゃた顔をして、狩野真理は、「たらららー」と鼻歌を歌いながら、炬燵の廻りをゆっくりしたステップで巡りながら、踊り始める。
「なななななんすか? いったい?」
 尋常ではない狩野真理の様子に、羽生譲が引き気味になる。
「あー。だいたい、見当がつく……」
 ずずずず、と、涼しい顔で湯飲みを傾けながら、三島百合香がいった。
「大頭領のじいさんのゲンナマ攻勢だな。わたしもやられた経験があるからわかるけど、あれ、不意をついてやられると、めっちゃ効くんだわ……。ほとんど心理攻撃だよなー、あれ。流石はニンジャ、っつうか……」
「そうよ!」
 軽やかなステップで炬燵の周囲をひらりひらりと巡りながら、狩野真理は両手を大きく広げ、うっとりとした顔をして、
「世の中、『先立つもの』さえあれば、大抵の問題は解決するの!」
 と、微妙、かつ、身も蓋もない「大人の事情」を披露する。
「……」
 狩野の居候、羽生譲は、数十秒にわたり目を点にしていたが、
「……すいません。今月から少しバイト増やすっす……」
 ぼそぼそといって、悄然とうなだれた。

 その様子をみていた三島百合香は、知り合ってから一時間もたっていないのにもかかわらず、この家の女性陣の力関係をすっかり把握した。

「ということで、譲ちゃん。お買い物にいってくるから、お留守番、おねがいねー」
 足取りも軽く、部屋から出て行こうとする狩野真理に、三島百合香が、
「まて、ママさん。まだ時間はやいって。お店、開いてない」
 と、声をかける。
「それに、どうせ暇だから、わたしも付き合う。この間ちょうどいい酒を入手したばかりでな。そちらも進呈しよう。ママさんたちはいける口かな? ん? なんならどっかでお茶でも飲みながら、謎のニンジャ集団との付き合い方なぞも、レクチャーしてしんぜよう」
「そうねー。おねがいするわー、せんせいー。ちょっと支度してきますねー」
 相変わらずふわふわした足取りの狩野真理は、家の奥に消え、すぐにコート姿になり、バッグを手に帰ってきた。
 そのまま、二人連れで楽しそうに談笑しながら、外出する。

 狩野真理と三島百合香のノリについて行きそこねた形の羽生譲は、一人炬燵に入りながら冷めかかったお茶を啜り、煙草に火をつけて、煙を、天井に高々と吹き上げる。
「……なんだかなぁ……」
 ぽつりといって、畳の上にごろん、と、横になった。

[つづき]
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髪長姫は最後に笑う。 序章 (6)

序章 (6)

 指定されたその日、わたしは最寄り駅からタクシーに乗り、病院へと向かった。写真でしか知らない髪長姫、それに、加納涼治老人と、加納涼治の曾孫にあたるという、顔も知らない加納荒野に会うために。
 わたしが乗ったタクシーは指定された時刻の十分前についたが、彼らはこの寒空のした、病院の玄関前でわたしの到着を待ちかまえていた。
「遠路はるばるご足労いただきまして」
 老人とその曾孫は、かろうじて背格好だけは、よく似ていた。しかし、それ以外の外見的な特徴は、ほとんど共有していない。
「こちらが、……」
 老人は、傍らにいる銀髪の青年を示して、わたしに紹介する。
「……加納荒野です」
 加納荒野は、一見したところ大学生くらいの青年に見えた。わたしがデータとして知っていた彼の年齢よりも、五歳以上年上にみえる。
 それ以上に、目を引いたのは、短く刈り込まれた彼の頭髪が、見事なプラチナ・ブロンドだったことだ。
「初めまして、先生」
 銀髪の青年は、わたしに手をさしのべた。どうやら、握手を求めているらしい。何年も前から一族の一員として、一人前以上の仕事をこなしている、という加納荒野は、海外生活が長いせいか、その容姿と相まって、そうした仕草が様になる。
「この髪、地毛っす。おれ、割と複雑な混血で。おれのばぁちゃんに当たる人が白ロシア人とかで、そっちの遺伝っすね。これでも髪を染めると、ちゃんと日本人に見えるんすよ」
 そういって、わたしの手を握ってぶんぶんと振り回す。
 その屈託のない表情と口調が妙に実年齢相応で、大人びた外見との間にギャップを感じた。
 加納荒野は、黙って立っていれば、イケ面の外人……白人青年、にみえた。

 わたしたち三人は、加納涼治老人の案内で、「髪長姫」と呼ばれる少女の病室へと向かった。身体面からみれば、少女はすでに完全な健康体だが、特殊な事情と精神面での不安から、この病院に保護されて、経過を見守っている、という。もちろん、そういうのは口実で、加納老人の一族の目が届くところに、彼女の身柄を押さえておきたいだけなのではないか、と、わたしは思った。

 病院の髪長姫にあてがわれた病室は、最上階にある個室で、そこそこの広さがあるわりには、見事になにもなく、空虚な印象を受けた。病室とは、そもそもこういうものなのかもしれないが。個室の中央にベッドが置かれ、そこに、少女……髪長姫が、腰掛けている。話しに聞いていたように、見事なストレートの黒髪がベッドの上からはみ出すほどに延びていて、彼女は、その時も、自分の髪を櫛けずっていた。
 が、ドアが開いた音に顔をあげると、彼女は大きく目を瞠り、日本人形のような端正な顔に、唐突に驚愕の表情が現れる。
「……こうや……」
 この一年、数えるほどしか言葉を口にしなかった髪長姫は、初対面のはずの少年の名を、口にした。
「……かのう、こうや……じんめいのむすこの、こうや……」
 そして髪長姫は、目を見開いたまま、静かに、涙を流しはじめる。
 髪長姫は、われわれ三人のうち、加納荒野しか、みていない。加納荒野の顔をまじまじと見つめながら、静かに涙を流し続けている。

 わたしと加納老人は、顔を見合わせた。老人の顔に表情を読みとることはできなかったが、わたしの顔は、困惑した表情がありありと現れていたと思う。
 髪長姫は、ほとんどしゃべないはず、だったのではなかったか? 彼女にとって、「狩野荒野」という存在は、それほど、重要な位置をしめるのだろうか? だとしたら、なぜ? 狩野荒野と髪長姫は、そもそも今回が初対面のはずである。
 髪長姫は、どうやって、今、ここに立っている少年が、狩野荒野である、と、即座に断定できたのか?
 ……際限なく、無数の疑問が湧いてきた。
 一体なにがどうなっているのか? 今わたしの目の前で、なにが起きているのか? 髪長姫にとって、加納荒野との対面は、どういう意味をもつのか?

 あれだけ大量の資料も漁りながらも、わたしには、わからないことだらけだった。わたしが貰った情報に重大な欠落があるというのだろうか?

「そう。おれ、加納荒野」
 加納荒野は、ベッドに近づいて、身をかがめ、目の高さを髪長姫と同じくらいにして、髪長姫に語りかける。
「あんたと一緒に暮らしていたらしい、加納仁明の息子。でも、おれは親父とは、一度も会ったことがない。
 不思議だよね。実の息子なのに、一度も親父と会ったことがないおれと、他人なのにずっと親父と一緒にいた君とが、こうして会っているのは。
 親父のこともいろいろ聞きたいけど、それよりも、さ……」
 加納荒野は、髪長姫に向かって、実に人なつっこい、いい笑顔を向けた。
「おれ、君のことは、なんて呼べばいいの?」

「……かや……かのう、かや……」
 加納茅。
 それは、資料に記されていた、加納仁明の妻であり、加納荒野の母でもあった女性の名前だった……。

 翌日、わたしは、かねてから用意していた退職願を提出した。
 わたしは、彼ら二人の、加納荒野と加納茅の行く末を、知りたくなった。

 ってぇか、こんな面白そうなことを目の前に差し出されて、ほっぽっとけるかってーの!

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彼女はくノ一! 第一話 (5)

第一話 ある日、くノ一が落ちてきて……。(5)

「香也君! 大丈夫! 香也君!」
 樋口明日樹が、いきなり落下してきた「物体」の下敷きになった狩野香也の名を呼びながら、目をつぶってぐったりしている彼の肩に手をかけてゆさぶっている。

「……なんだこりは……」
 羽生譲は、少し離れた所で、大の字になって目を回している「物体」を、つま先でツンツンと探っている。
 覆面と忍装束。絵に描いたような、時代劇に出てくる、典型的なニンジャの姿がそこに転がっていた。装束を着ていても分かる、意外に豊満な胸の膨らみで、そのニンジャが女性だとわかる。
 ……脱ぐとけっこうすごいな、この胸は。
 と、羽生譲は、思った。
 覆面をしているので顔立ちまでは判然とはしないが、背はあまり高くない。
 が、見えている目元の肌の色艶から推測して、かなり若い……というより、むしろ幼い。と、推測。
『ロリプニで巨乳のくノ一が落ちてきたよ!』
 って……ここまでベタだと、もはや失笑も起こらない。
 ……もしもこれが純然たる「偶然」だとしたら、このような事が起こりうる確率は、「登校途中、遅刻寸前で急いでいたトーストをくわえた美少女とぶつかる」確率よりは、少ないと思う……。
「朝から忍装束を着こんでいる人」よりは、「トーストをくわえた美少女」のが、まだしも現実にいそうな気がする……
「……最近のコスプレーヤーは、朝から通行人の上にダイブするのが流行なのかな?」
 羽生譲は、一見落ち着いているようでいて、その実、かなり混乱していた。

「……えっとぉ……」
 道端でのびている香也と忍装束の間で、おろおろしているのが、香也の母、真理。
「……そうだ、救急車! 電話は……あれ? ね、羽生さん、けーたい持ってない?」
「お? おう……」
 真理に即された羽生譲が、119番をプッシュしはじめたとき……。

「ちょおっと待ったぁ!」
 片手を上げて、たったった、と軽快な足音をたて、こちらに走り寄ってくる者がいた。
『……こっちも、コスプレ?』
 スーツを着て、その上に白衣を羽織った小学生くらいの女の子が、お隣りのマンションのほうから駆けてくる。
『……もしや、スキップしまくって、十ン才で博士だったり先生だったりする天才少女、じゃなかろうな?』
 と、羽生譲は、思った。
『……ここまでくると、もはや何でもありか、このブログ……』
 白衣にスーツの少女は、呆然として現実逃避的な思考の錯乱アンド動作フリーズをしはじめた羽生譲には構わず、滔々と長台詞を吐きはじめる。
「おお。少年がいったとおり、なかなか面白そうな展開になってきておるではないか、こちらは。お。その制服。なんだ、うちの生徒か。ん。なるほど。あそこから、この糸目な少年の上に、このニンジャが落ちてきた、と。ふはは。なるほどなるほど。そこの女生徒。ちょっとどけ。ん。外傷なし、あばらも無事っと。……頭は打ってないんだな? ふむ」
 白衣少女は、香也の胸ぐらを掴んで、上体を起こしたかと思うと、べべべべ、と、平手を何度も往復させて、香也の頬を、両方から、ぶった。
「いつまで寝ておるか、糸目少年! この三島百合香の目の前で堂々とサボりを決め込むなんざ百億年早いわ! なんなら強制的にわたしがそこの女生徒ともども車で直々に送り届けてやろうか? あん? ほれ、立て、起きろ。ご家族に無駄な心配をかけるようなサボり方はするんじゃねぇ!」
 白衣少女が一喝すると、香也はバネ仕掛けの人形のような動作で跳ね起き、直立不動の姿勢になった。
「おし。それでよし。そこの眼鏡っ娘! この糸目少年を学校まで無事連行するように! 今ならまだ遅刻無しで充分に間に合う」
 白衣少女が唖然として見守っているばかりだった樋口明日樹にむかって檄を飛ばすと、樋口明日樹はそこではっとした表情になり、白衣少女、羽生譲、狩野真理のほうにに軽く頭を下げ、「香也君、行こう!」と声をかけ、、香也の腕を引っ張るようにして、学校へと向かう。
 学校、すなわち、常識が支配する、まともで日常的な世界へと……。

「……ふむ……」
 突如登場し、その場の主導権を当然のように把握した白衣少女は、今度は大の字になったままの忍装束のほうに歩み寄り、腕を組んで、しばらく、足下の物体を観察していた。
「わははは。こりゃニンジャだ。誰がどう見てもニンジャだ。何でこんなキワモノが朝っぱらから落ちてくるのだ。面白すぎるではないか! わはははははは」
 いきなり腰に手をあてて、豪快に笑いだした。そして、そのニンジャの体のあちこちをまさぐりはじめる。
「こっちは頭打ったのか。ん。頭骨に異常はないし、ほかに目につく外傷もなし。あの高さなら、たぶん、大丈夫だろ。なんとなくこいつ、頑丈そうだし。脳震盪だな、これは。ほっとけばそのうち目をさますだろ」
 そして、呆然として成り行きを見守っていた(見守るしかなかった)羽生譲、狩野真理のほうに向き直り、
「自己紹介が遅れた。そちらはあの眼鏡っ娘か糸目少年のご家族とお見受けする。わたしの名は三島百合香。あの子らが通う学校の、保健室の先生だ。当然、医術の心得も多少はある。ついでにいうと、先月そこのマンションに越してきたご近所さんだ。
 で、お願いあるのだが、この路上にのびているやたら目立つ物体を、どこか、人目につかない所に隠すのを手伝ってはくださりませんかね?」
 そして、返事も待たず、携帯を取り出して、「近所で事故が起こったので、応急手当の心得がある自分が手当をしている」とか、通話し始める。どうやら、勤務先に連絡をしているらしい。
「ほい。そこののっぽのおねーさん。このニンジャをわたしのマンションに運び込むのを手伝ってくれるとありがたいのだがな……」
「あの……」
 ようやくフリーズからとけた狩野真理が、白衣の少女……三島百合香と名乗る女性にいった。
「運び込むのなら、こちらのほうが近いんですけど。そこ、うち、ですから」
 と、すぐそこの玄関を示す。

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髪長姫は最後に笑う。 序章 (5)

序章 (5)

 加納老人の依頼をぼちぼち真剣に検討しはじめたわたしは、手始めに疑問に思った点をまとめながら、さらに詳細な資料の提供を求めた。
 名刺に書かれた電話で対応したのは若い女性の声で、わたしが名乗ると、
「加納から承っております。失礼ですが、先生のプライベートなメールアドレスを頂けませんでしょうか?」
 と聞き返し、数分もせず、膨大なサイズのファイルを添付して、メールで送付してきた。どうも加納老人の一味は、わたしのことを「先生」と呼称することに決めたらしい。教鞭を執っているわけでもないのに「先生」よばわりされるのもこそばゆいが、院をでて研究職に就いている、というだけでわたしのようなひよっこが「ドクター」よばわりされるよりは、ナンボかましか。
 それにしても、加納老人は、わたしの出方をあらかじめ予測していたのか、イヤになるような手際の良さだった。

 送付してきたのは、少女「髪長姫」の件に関係した警察関係の文書のコピー、病院のカルテのコピー、どうやら、老人の一族が独自に調査したものらしい膨大なレポート、などが、未整理のままに混在しており、その全てに一通り目を通すだけでも、かなりの時間を要した。量も膨大だったが、バラバラで断片的な情報群をひとつひとつ整理しながら、それこそ、バラバラのピースからジグゾーパズルでもくみ上げるように丹念に読み込んでいったので、なおさら、時間がかかった。
 あえて、未整理のまま送ってきたのは、多分、老人の側で整理すると、わたしが余計な予断を持って情報に向き合うから、それを避けるため、という意味合いもあったのではないかと思う。本業の方にも時間を取られているので、結果として、年末年始の休暇をほとんど潰すような形で、わたしは、この情報群を「自分なりに解釈する」ことになった。

 すぐに気づいたのは、この一件は冗談でも捏造ではない、ということだった。どこかの誰かが、わたしなんざを騙すために、ここまで手間暇をかける理由、というものを思いつかなかった。それに、断片的な情報群も、そこそこ矛盾した箇所があったが、それも誤差として許容できる範囲内で、かえって、その点在する矛盾点が、一件のリアリティを保証しているように思えた。
 例えば、「複数の情報源から採取された、数年前の出来事に関する証言」、などというものに、一貫性がありすぎたら、かえってそれは、作り物めいていたと思う。そういう意味では、わたしが与えられた情報には、十分なリアリティがあった。
 次に感慨深く感じたのは、加納老人の「一族」の能力と意欲の、異常なほどまでの高さ、だった。

 与えられた情報をもとに、わたしなりに、一件の流れを軽く整理してみよう。
 まず、二月末某日、某県警に匿名の電話が入る。ボイスチェンジャーで変換された性別さえ判明しない声で、今では廃村になっている某所に、少女が軟禁されている、という内容だった。最初、某県警は悪戯として処理した。
 山中にあるその廃村は、人が住まなくなってから数十年以上が経過している。当然、電気、ガス、水道などのインフラもなく、村への道さえ、樹木に埋もれている。地図にさえ、村名が記載されていない。そんな忘れられた土地に住める人間が、いるとは思えなかった。ましてや、「軟禁」となると、食料や生活物資などを余分に用意しなければならない。誰かを虜にするにしても、車でいくことさえ不可能な、そんな不便な土地を、わざわざ選択するだろうか? そもそも、その通報者は、そのどうやってそんな場所に人が軟禁されている、と知ったのか? 「たまたま通りかかる」という土地ではないのだ。
 当所、その県警が「悪戯」として扱ったのは、常識的な判断だったと思う。
 だが、その悪戯電話は、毎日同じ時刻に数日にわたって繰り返され、不明瞭ながらも、廃村の村役場の前に佇む少女の写真(望遠レンズを使用して、かなり遠距離から撮られたものだった)が県警の近所のコンビニからファクスされるにいたり、動かざるを得ない状況となった。
 廃村から一番近い村の駐在に、県警から連絡がいき、山道に慣れている有志の村民数名とともに、山中の道なき道を二十キロ近くをあるき、半ば忘れられた村に踏み入れた。

 そこには、たしかに少女が居た。
 それだけではなく、その廃村だった場所は、小規模ながらも田畑や用水路、それに、自家発電の設備までが整備され、数年にわたり、人が居住していたらしい痕跡も、あった。
 少女は、その廃村で、たった一軒、まともに住めるくらいには補修された家の中で、布団にはいって、やすらかに眠っていた。
 彼らは、衰弱していた少女を担いで村に帰り、すぐに「事件性あり」と判断した県警から増援が派遣され、数日に渡り、その廃村が調査された。その廃村に関しては、夥しい写真とともに詳細な報告がなされていたが、分かったことといえば、ごくごく少なかった。

『その少女と加納仁明が、その村に十年くらい、住んでいた』
 ようするに、それだけのことしか、分からなかった。彼らの生活の痕跡が、あるばかりだった。

 少女の体に性交渉の痕跡を認めた警察側は、この件を「拉致監禁事件」として捜査し始めたが、すぐに連絡を受けた加納家からの圧力がかかりはじめたことと、それに、少女の身元がいつまでも不明のままだったので、自然、捜査活動は進展しないまま、徐々に下火になっていった。
 以降、警察側の資料はかなり乏しいものとなり、かわりに、加納老人の一族からの情報が飛躍的に増大する。特に熱心に加納仁明を追ったのは、やはりというべきか「仁明が捨てた身重の妻」の身内たちだった。
 もともと虚弱体質だった彼女は、仁明の息子、荒野を出産した際に亡くなっている。彼らは、執拗、かつ、熱心に、加納仁明の消息を捜査した。
 が、加納仁明の行方は、いまだに、不明のままだ……。

 年末年始の休みを潰して、詳細に資料を読むふけったわたしは、メールに、

『髪長姫と加納涼治への面会を乞う。
 できれば、加納荒野にも』

 とのみ、記述して、送付した。
 次のような素っ気ない返事が来るまでに、三日ほどかかった。

『了解。
 二月○日、午後一時、○県○市内の○病院に来られたし。』

 指定された日は休日で、指定された病院は、加納家の息のかかった「髪長姫」の現在の入院先。当事わたしが住んでいた場所からそこまでは、新幹線を使って二時間ほどかかる位置にあった。念のため、口座を調べてみると、「加納涼治」という振込人から交通費にしては多額の金額が振り込まれていた。

 髪長姫、と呼ばれる少女が「発見」されてから、そろそろ一年が経過しようとしていた、その二月……。
 わたしは、髪長姫と加納荒野に面会することになった。

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彼女はくノ一! 第一話 (4)

第一話 ある日、くノ一が落ちてきて……。(4)

 朝食の片付けをした後、お茶お入れて食卓にもなっている炬燵に陣取り、ノートパソコンを開いてメールチェック、次いで、表計算ソフトを立ちあげて、簡単な家計の点検を行うのが、狩野香也の母、狩野真理の日課だった。今時、「放浪の画家」などという流行らない職業をしている夫の仕事から、無理矢理収入をひねり出すのが狩野真理の仕事であり、「収入」の計算が一般のサラリーマン家庭よりずっと繁雑になっているので、表計算ソフトは必須(夫の順也は、南米や東ヨーロッパの聞いたこともないような小国へ赴いて、平気で数ヶ月居座って仕事をしてくる。しかも、ドル建てで報酬をもらうように契約してくれればいいのに、現地の貨幣で仕事をすることも多い)で、夫や取引先との連絡は、大抵、メールで済ませている。この辺、グローバルなネット環境が整備された時代に産まれて良かった、と思う。
『……今月も結構苦しいなぁ……』
 多少、名が知れてきたとはいっても「アーチスト」などというのは所詮虚業。「作品」を「商品」に、無理に変換しないとお金にならない、という一面がある。ここ数年の順也は、世界中転々として気に入った場所に壁画を描いて回るのに凝っていて、ローカルなニュースになることは多いのだが、額縁に入る絵(つまり、ギャラリーに展示できて、そのまま売れる)絵を描いていた頃よりは、収入が減っている。
 狩野真理は、年に何回か、たいていは地方の小さな美術館や画廊で行われる順也の個展の打ち合わせ、それに、当の順也との連絡をメールで行い、その後、家の掃除にかかる。このメールでの対応にかかる時間は日によって異なるのだが、その日は、順也の壁画をCDジャケットに使用したい、というロンドンからのオファーに返事を書いた程度で、三十分もしないで終わらせることができた。

 そしてまず、玄関前と庭のお掃除、とばかりに、箒とちりとりをもって外にでると、コットンパンツにセーター、その上にどてら、その上くわえ煙草、という、完全に室内着ファッションの羽生譲と出くわす。
「ども」
 百七十の長身とスリムなボディ、顔だって悪くないのに、ほとんどドレスアップすることがない羽生譲は、いかにも眠そうな顔をして、片手を上げた。
「香也、もう学校にでました?」
「そこ」
 今時、いかにも昭和的な、平屋木造一戸建て、の、古い日本式家屋である狩野家は、庭の造作まで純和風で、腰の辺りまでしかない生け垣越しに、香也と迎えに来た女生徒の姿が見えた。

 羽生譲が指さしたちょうどその時、なんだかかなり大きくって黒っぽい塊が、香也の上に降ってきて、
「げほぉ!」
 という悲鳴を残して、香也が、生け垣の下に姿を消す。

 羽生譲の口から、煙草が落ちた。

『なに?』と疑問に思う間もなく、香也が姿を消した当たりから、その降ってきた塊が勢いよく飛び出してきて、生け垣で見えない部分で、そのまま二、三度地面上を転がっている気配。『あれ、人間?』とか思う頃、最初の落下地点から数メートル離れた場所に、ばっ、と、真上に飛び上がった。そのまま、両手を高々と上げて……。
「あ。こけた」
 ……着地に、失敗した。

 ゴン、という鈍い音。

「きゃあー!」
 樋口明日樹が悲鳴を上げたのを皮切りに、
「なに? なんで? 空から、人が!」
 狩野真理が、呆然と、叫ぶ。
「こーやくん、大丈夫か!」
 真っ先に狩野香也に駆け寄ったのは、羽生譲だった。

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髪長姫は最後に笑う。 序章 (4)

序章 (4)

 話しがそこまで進むころには、老人が「加納家」とか「一族」という言葉を使うとき、通常とは違う意味合いが含まれていることに、気づいていた。
「一族」に、固有名はないという。「加納家」は、一族を代表する血族で、代々、多くの頭目を輩出してきた名家だそうだ。その時々の頭目は、同世代の人材の中から、もっとも抜きんでいる能力を持つものが選ばれる、とかで……るって、いまどき、そんな「頭目」を必要とする、無名の一族ってのも、今わたしの傍らでにこやかに話しを続けている老人の実直そうな印象とは反対に、かなり、胡散臭い。

「わたしらの一族はかなり特殊な存在でしてね。
 何十代か前のご先祖さんの頃から延々何百年も、ある種の稼業を請け負っていまして……なに、人間が社会を形成して生きている限り、決して廃れない稼業です」
 そう前置きして、加納老人は、「自分たち一族は、世襲の戦闘プロフェッショナルなのだ」という意味のことをいった。「自分は加納家の、現当主であり、同時に一族の頭目でもある」とも、つけ加える。
 ……正直、聞いていて、途中から頭がクラクラしてきた。なんで、どんどんトンデモな方向に話しが転がっていくのか。この老人、みかけによらず、ピーな方なのか? でも、そうな人を恩師の先生がわざわざ紹介してくるわけないしなぁ……。
 そう、思い直し、もう少し、三流劇画じみたお話しを拝聴することにした。
「とはいっても、正規軍に組み込まれる傭兵ではなく、諜報や情報攪乱が一番得意なんですがね。何百年か前は、草とか素破、乱破とか呼ばれていたそうです。
 どちらにせよ、あまり表だって吹聴にできる稼業ではないことは確かですが……」
 どこかに隠しカメラが隠してあるのではないかと、わたしは、急いであたりを見渡した。
 よりにもよって、ザ・ニンジャときたよ。「現代の闇に生きる続ける忍者軍団」……だとぉ?
 ここまでいくと、三流劇画を通り越して、伝奇小説かライト・ノベル、もしくはアニメか、はたまた、ハリウッドのC級低予算映画の世界だ。

 だが、隠しカメラと「大成功!」とか書かれた看板、ならびにそれを担いだレポーターはどこにも見あたらず、どこからも現れない。
 傍らに座る加納老人の態度は、きわめて真摯に思えた。
「まあ、いきなりこのような事を信じろ、といっても無理でしょう。
 今回の会見はこれまで、ということで。これ以上、われわれにおつき合いいただけるようなら、さっきの名刺の番号にご連絡ください」
「ちょっと待って! 一つだけ!」
 わたしは、急いで加納老人を引き留めた。本当は一つどころではなく、聞きたい疑問点は山ほどあった。が、その中で、一番気にかかったことを、問いただす。
「計算が、あわない。加納仁明とあなたとの年齢差が、ありすぎるわ。
 いったい、あなたが何歳の時に生まれた息子?」
「ほほう」
 加納老人はにやりと笑った。不適な、名乗った通りの、「忍者の頭領」に似つかわしい、不適な笑みだった。
「やはり聡明な方だ。そう。仁明は、わたしの孫です。その息子である荒野は、曾孫ということになりますな。
 あなたと同じで、わたしも年齢通りにみられることが少ないので、こと年齢に関する話題に限り、こういうどうでもいい、細かい部分については、適当に誤魔化すのが習いになっているんですよ」
 加納老人は、とても自称する「大正生まれ」とは思えないキビキビした物腰で、伝票を手にして、席をたった。
「もし先生がお断りになっても、今日、お時間を割いていただいた分のお礼は、振り込ませていただきます。
 それでは、また。ご縁があったら、お会いしましょう」
 そういって狐にでも担がれたような気分のわたしを残して老人は去り、一回目の会談は終わった。

 数日後、わたしの口座に「冗談では済まされない」金額が、振り込まれ、わたしは今後の身の振り方について、真剣に考えることになる。

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彼女はくノ一! 第一話 (3)

第一話 ある日、くノ一が落ちてきて……。(3)

 以下に、羽生譲が樋口明日樹のことを「わかりやすい」と判断する根拠を列挙する。

 その一。「狩野香也をまともに登校させる」という名目で狩野家に通っているのに、学校がない夏休みまで、なにかと口実を設けては狩野家に訪問していた。
 その二。香也に対するときと、他の人の対応するときとでは、まるで顔の輝きが違う。
 その三。今のリアクションにしても、裸になっている羽生譲に、ではなく、真面目にスケッチしている狩野香也に向かって、怒鳴りつけていた。

『……こんなん、わたしじゃなくったって、フラグぴんこ立ちしているのモロわかりやんかー……』
 ぼんやりとそんなことを考えながら、羽生譲は灯油ストーブの上に乗せておいたミルクパンを手に取り、中身の牛乳をマグカップに移して、口をつける。
 ぬるい。
『……あんな、ぽやぽやーっとした、掴みどことのない香也の、一体どこがいいのかねぇー……』

 傍らでは、裸のままの羽生譲は思いっきり無視して、樋口明日樹が狩野香也のネクタイを直したり、「ハンカチ持った? ティッシュは?」などと問いただしている。
『あー。せーしゅんだなー。若いっていいなー』
 とか思いながら、
「文句いうなら、堅物眼鏡っ娘もまざって脱いだり脱がせたり描いたり描かれたりすればいいんだよー。ヌードデッサンは基本中の基本だぞー」
 と、樋口明日樹の耳に入るか入らないか、という微妙な大きさの声で、ぼそっと囁いてみる。
 樋口明日樹は、羽生譲の期待通り、「脱いだり脱がせたり」のあたりから微妙に視線が落ち着かなくなっていたが、すぐにキッとした表情を作って、
「その、『堅物眼鏡っ娘』って言い方、やめてください」
 と、こちらに向き直る。
「んじゃ、あすきーちゃん。
 あれ、わたしら、不純異性交遊とかさー、そういう怒られるようなやましいこと、全然、なんも、やってないしー。
 あすきーちゃんはさー、放課後、部活とかで遅くまでこーちゃんとひっついているんだからいいけどさー。朝のわずかな時間くらい、おねーさんに貸してくれてもいいじゃないかよー」
 ことさらのんびりとした口調でいって、
「怒りっぽいのはカルシウムが不足しているからだなー」
 と、付け加え、まだ半分以上残っているミルクパンを突きだして、「これ、飲む?」と聞いてみる。
「いりません! もうそろそろ出ないと遅刻します。香也くん、いくよ!」
 といって、「あー」とか「うー」とか不明瞭なうめき声しか出さない狩野香也の腕を引いて、プレハブから出ようとする。
「あー。じゃあ、おねーさんはこーちゃんの原稿にペンいれしようかなー。今年はコミケの席とれたしー」
 その背中にポツリと呟くと、「こーちゃんの原稿」という単語にピクリと背中を震わせた樋口明日樹が、肩越しに振り返る。
「あのぅ……『コミケ』って、なんですか?」
『真面目っ子がおる! ここに世間知らずの真面目っ子がおるよ!』
 心中でそう叫んでいるの隠しながら、羽生譲は、表情を変えないように努力しつつ、
「うーん。一種の自費出版の即売会だなー。こーちゃんの絵を本にして売るのだなー」
 そう、答える。不正解でもないが、必ずしも正確な答えでもない。

 こと、絵に関しては、どんな画風も、たいていはしばらく見て、二、三十分練習しただけで、なんとなく真似てしまえる、という奇妙な特技を、狩野香也はもっていた。加えて、手が早い。それに、羽生譲の知恵が加わると、以下のような作戦が可能となる。
 売れ線のジャンル(たいていは、エロ。やおいやBLも含む)、旬な題材、作品、キャラなどを羽生譲が指定し、なおかつ、その時々のニーズに沿った、事細かな注文まで指定して、狩野香也に線画を量産させる。それに、羽生譲本人と、羽生譲の昔の悪友たちが寄ってたかってペン入れや仕上げ作業をし、製本し、コミケや即売会で大量に販売。
 たいていの画風を真似できる器用さ、描くものを問わない無頓着さ、それに、驚異的な手の早さ……という狩野香也の特質と、その時々の、旬な売れ線を的確に見抜く羽生譲のセンスならびに嗅覚がタッグを組むことで、初めて可能となる作戦だった。

 この作戦は予測以上に当たり、ここ数年、狩野香也や協力してくれた悪友たちへの分け前をさっ引いても、羽生譲に結構な額のボーナスをもたらしていたわけだが……。
『……コミケでバカ売れするような本を、この純情真面目っ子が見たら、一体どういう反応をするのか……』
 年末の楽しみが、ひとつ、増えたな、と、密かに期待を膨らませつつも、羽生譲は、態度には表さないように気をつけ、素っ気ないふりを装い、
「んじゃあ、さ。あすきーちゃんにみせたげるねー。本できたらー」
 といって、登校しようとする二人の若人に、手を振る。
「羽生さん」
 プレハブの引き戸を閉じる一瞬、樋口明日樹はチラリと羽生譲のほうに視線を走らせ、
「早く服着ないと、風邪引きますよ」
 といって、戸を閉めた。

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髪長姫は最後に笑う。 序章 (3)

序章 (3)

 加納老人の息子、加納仁明は、十数年前、身ごもった妻を置き去りにして、姿を消した。加納家の人脈と情報網は「率直にいって、かなりのもの」なのだそうだが、加納仁明は十年以上に渡って、そうした捜索網をかいくぐり、裏をかき続け、見事に自分の消息を消し去っていた。

「その少女が保護されたのは、今年の二月になります」
 少女は、国内の僻地……住む者が途絶えた真冬の廃村で、発見、保護された。
 保護された当初、少女と失踪した加納仁明とを関連づけて考える者はいなかったが、廃屋に残された慰留物から、十余年に渡り、少女を軟禁、及び性的な虐待していた男が、加納仁明だと判明した。この期間は、加納仁明が消息を絶っていた期間と完全に一致する。
 そうした事実が、独自の情報網に引っかかったので、当然、加納家の者はその廃村に急行したが、もちろん、加納仁明の姿はどこにもなく、それどころか、加納仁明の以後の足取りを示すような手がかりさえ、見つけることができなかった。

 かくて、加納仁明が、閉ざされた世界で育んできた少女だけが、一人、残された。
 もちろん、その少女は壊れていた。

 保護された当初、少女は衰弱が激しく、意識不明の状態だった。
 手当を受け、体力が回復してからも、数ヶ月にわたって、なにもしゃべらなかった。語りかけられた言葉には反応し、かなり限定したコミュニケーションなら、可能だったが。例えば、看護士のいうことは理解し、その指示には素直に従ったそうだ。
 ただ、少女自身がなにを考え、なにを思い、なにを欲しているのか……ということは一切外に漏らさず、長期間に渡り、なにもしゃべらなかった。
 入浴やトイレなど、必要最小限の用事以外には、ベッドから離れようともせず、柔らかく微笑んで、延々と長い髪の手入れをし続けた。軟禁されていた期間中、ほとんど切らなかったのではないか、と推測される、自分の身長よりも長い、黒い髪を、丁寧に丁寧に梳り、一日一日を過ごした。
 少女の、身元も本名(というものが、あるのだろうか?)も依然として不明のままだった、という事情もあって、関係者の間で、少女は「髪長姫」のあだ名を奉られる。

「こうや」
 少女が言葉らしい言葉を話しはじめたのは、保護されてから半年以上経過した、十月も終わりの頃だったという。
「かのう、こうや」
 食器を下げにきた看護士にそれだけをいうと、少女は穏やかな微笑みを浮かべ、驚愕した看護士をよそに、そのまま横になって寝息をたてはじめた。
 ようやく少女の口から出た言葉らしい言葉は、自分を軟禁していた男の、実の息子の名前だった。
 また、それ以降、少女がなにがしかの言葉をしゃべるということは、絶えてなくなった。

 加納家の関係者に衝撃が走る。
 少女を軟禁していた男、加納仁明が、失踪した当時、加納仁明の息子は、まだ母親の胎内にいた。まだ名付けられていなかった胎児の名を、加納仁明は、いかなる伝手で知ったのか。
 また、捨てたはずの妻の胎内にいた息子の名前を、どうして知ろうとしたのか?
 なぜその名を、少女が、今、口にするのか?

 加納仁明の消息と少女の来歴は不明のまま、数々の謎ばかりが、残った。
「で、わたしのような老骨が、一連の不祥事の始末をつけるために呼び出されたわけですわ」
 加納老人は、自嘲するように、薄く笑った。
「一応、わたしは、一族本家の中では最年長なわけで。うちら一族は、身内の不祥事は身内でかたづける、ということになっておりますのでな。
 よりにもよって、仁明は本家の直系です。なにがなんでも見つけ出して、始末をつけないことには、周囲に示しがつかん。
 それと、被害者の少女の先行きですな。先生にお頼みしたいのは、もちろん、こちらのほうです」

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彼女はくノ一! 第一話 (2)

第一話 ある日、くノ一が落ちてきて……。(2)

 この寒い朝、灯油ストーブをがんがんに効かせた狩野家の庭隅にあるプレハブの中で、羽生譲は一糸も纏わぬ全裸になっていた。身長は百七十ほど。引き締まったボディライン。胸はBカップだから、さほど大きいわけではないが、その分、ツンと上を向いていて、形がいい(と、本人は、思っている)。そして、入念に手入れをされ、生え際が処理された陰毛……。
『結構イケていると思うんだけどなぁ……』
 と、狩野家の居候、羽生譲はポーズを保持しつつ、心中で嘆息する。
『……この子、そういうのに、一番興味を持つ年頃なのに、全然、動揺しないでやんの……。つまらん』

 目の前には、椅子に腰掛け、熱心にスケッチブックに鉛筆を走らせている狩野香也がいる。普段は、のほほんと弛緩しきった表情しか見せないが、絵を描く時だけ、彼は、別人のように鋭利な表情を示す。
 朝っぱらから羽生譲が裸なのは、別に色っぽい理由からではなく、人物画のスケッチのため、であった。狩野順也の押しかけ弟子、羽生譲は、一応、狩野香也の絵のアドバイザーみたいなことを以前から買って出ていて、人体スケッチのモデルも、以前から交代でやっている。
 つまり、お互いの裸なんか、見慣れているわけなのだが……。
『……ここまで無関心だと、意地でも反応させたくなるよな……』
 という理由で、絵から離れた所で、冗談半分に香也に「自分の女の部分」を見せつけてはあたふたする様子を楽しんでいたりするのだが、その辺の事情については後述する。

「おはよーござーまーす! おじゃましまーす!」
 ほら、もう一人の「お年頃」が、今朝も迎えに来たようだから。
 律儀に、毎朝のように迎えに来るようになった樋口明日樹は、いつものように、玄関先で声をかけてから、庭を廻り、このプレハブに来るはずだ。そのとき、真面目な優等生タイプである彼女は「全裸になった羽生譲に向き合っている狩野香也」に遭遇するわけで、その時、どのような反応を示すのか……。
 想像するだに、面白い。
「香也くーん! こっちにいますよねー! 開けますよう!」

 樋口明日樹の声がして、プレハブの立て付けの悪い引き戸が開き放たれる。
 冷たい朝の空気が中に侵入し、樋口明日樹は、戸を開いたままの恰好で、しばらく、見事にフリーズしていた。
「……あ……あ……あ……」
 明日樹は、大きく目を見開いて、しばらく口をパクパクさせていたが、
「あ、朝からなにやっているんですか! 香也くん!」
 数十秒後、ようやくフリーズから脱し、ご近所迷惑な音量で、絶叫した。

『こっちのお年頃は、分かりやすいし、気持ちいいくらいに反応するから面白いんだけどなー』
 とか、羽生譲は、思った。

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髪長姫は最後に笑う。 序章 (2)

序章 (2)

 恩師を通じて、少年の祖父に奇妙な依頼について打診を受けてから、そろそろ一年になろうとしている。
 当時、わたしはあるシンクタンクに在籍していて、そして、自分の研究に行き詰まっていた。
 普段なら面識のない人物から面会の要請があっても相手にしないのだが、さんざん世話になった大学時代の恩師の紹介、ということと、軽い気分転換も兼ね、その老人と面会することにした。去年の今頃、十一月末ののことだ。
 その依頼主に面会可能日として指定されたのが、たまたま出張で東京に出ていた日だった、ということも、それなりに大きい。が、自分の研究に行き詰まりを……言葉を変えると、「研究者としての自分の資質」に疑問を感じていなければ、そもそも、転職の誘いになんか、応じやしないのだ。

 指定されたホテルのラウンジに現れた加納涼治と名乗る老人は、聞いていた年齢よりずっと若く見えた。
 艶のある、浅黒く日焼けした肌、体格が良く、きびきびと小気味良い動き、それに、眼光が、妙に鋭い。見た目だけでいうなら、「老人」というより、「中年」かせいぜい「壮年」くらいに形容するのが、ふさわしいように思えた。
「実際より若く見える、ということであれば、あなたと同じですな」
 名前と電話番号しか記されていない、奇妙な、かつ、素っ気ない名刺をわたしに差し出しながら、加納氏はいった。
 わたしの場合は、「若くみえる」というのを通り越して、「幼くみえる」。
 すでに義務教育を終えた頃から、初対面の人間で、わたしの実際の年齢を言い当てる者は皆無だった。わたしの外見的な特徴は、小学生の高学年程度のレベルで停止し、それ以上は、成長も老いもしていない。今では、単にホルモン分泌のバランスが、少し他の人々と違うだけだろうと思っているが、自意識過剰な十代の頃は、生物学の本を拾い読んで覚えた「ネオテニー」の人間例が自分なのではないのか、という、今にして思えば、かなり荒唐無稽な疑問さえ、抱いたこともあった。
 この、いつまでも変わらない自分自身の外観への懐疑が、わたしが研究職を選択した原動力にもなったわけだが……。

「先生のほうから、一応、お話は承っております。
 しかしそういったご依頼は、専門家の方ににご依頼になったほうが……」
 わたしの研究対象は、人間を構成するハードウェアのほうであって、ソフトウェアではない。カウンセラーでもないし、精神科医でもない。
「いやいや」
 加納氏はそうしたわたしの反応を予測していたように首を振る。
「わたしが依頼したいのは、彼らの治療ではありません。報告です。彼らの事情について興味を持ち、いくばかの注釈や考察も交えてレポートできる人材です。治療や必要以上の干渉は、どちらかというと、してもらいたくはない。
 わたしが欲しいのは、今後、彼らが直面する場面において、どのような選択をしたのか、という事実関係のレポートと、なぜ、その時その選択を行ったのか、という考察です。
 前者だけなら興信所でも使えば間に合いますが、後者の考察に関しては、細かい観察眼と透徹した思考の持ち主、つまり、あなたのような人材にしか頼めません」

 次いで、かなり大ざっぱな概略だけ聞かされていた「彼らの事情」について、かなり詳細な部分を、わたしに話しはじめた。

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彼女はくノ一 第一話(1)

第一話 ある日、くノ一が落ちてきて……。(1)

 少し回りくどいが、松島楓嬢が墜落した当事、彼女の周囲にいた人々のことについて、順を追って語っていくことにしよう。ということは、松島楓嬢が墜落したとき下敷きなった少年、狩野香也の周囲の人々について語る、ということでもあり、あらかじめ、そうしたことを語っておけば、当面の「登場人物紹介」にも兼ねることになる。

 まず登場ずるのは、樋口明日樹。
 この物語のもう一方の主役である、狩野香也と同じ学校に通う女生徒だ。ただし、学年は狩野香也の一学年上で、現在二年生。そろそろ受験の問題が身近に感じられる時期だが、地味な外見にふさわしく、堅実な成績をキープしているので、本人も周囲もあまり心配はしていない。おかげで所属している美術部の活動に積極的に参加していて、狩野香也との出会いも、部活を通じて、だった。
 より正確にいうと、まず狩野香也の描いた絵に興味を持ち、ついで、狩野香也の実物と接することが多くなると、今度は彼の「あぶなっかしい」挙動に、はらはらしながらフォローする、ということが多くなった。
 家も近所、ということが判明してからは、そのフォローの一環として、たいていは一緒に登校することにしている。狩野香也の家族は、狩野香也本人と同じくらいに浮世離れした人々であり、ともすると「登校時間」どころか、「狩野香也が学生である」という事実さえ重要視していない節があった。事実、絵を通して樋口明日樹が狩野香也の存在を「発見」し、興味を持つまでは、狩野香也は不登校に近い状態だったし、級友とっても教師にとっても、狩野香也という生徒は、極めて影の薄い存在でしかなかった。

 数ヶ月前、樋口明日樹は、美術室に放置されていた一枚の絵を発見した。
 A4の画用紙に、一見して、ぞんざいに書き殴られたような筆跡の風景だったが、水彩画であるのにもかかわらず、絵の具をあまり薄めずに描かれたその絵は、筆の跡がはっきりと残るほど、こんもりと絵の具がもりあがっており、油絵であるかのような錯覚さえ覚えた。しかも、大ざっぱに塗り分けられているようにみえて、よく見ると、細筆で、非常に細かく塗り重ねられていることに気づく。技法としては印象派に近いような気もするが、絵全体から受ける印象は、なにか別の、変な、としか形容できにない雰囲気を放射していた……。
 たまたまその場にいた、美術部の顧問も兼ねている美術教師に尋ねると、一年の生徒が、授業中にかき上げたものだ、という。
 美術と音楽は選択授業で、一回の授業を、二時限続きで行う。つまり、その二時限分だけのわずかな時間で描き上げた、ということになる。
 樋口明日樹は自分でも絵を描くのでよくわかるが、たったそれだけの時間で描き上げたにしては、その絵はあまりにも筆が細かすぎた。その話が本当だとすれば、狩野香也という生徒は、よっぽど手が早い、ということになる。

 ……たかが授業に提出するための絵、に、こんなクオリティのものが平然と提出され、なおかつ、誰もこの絵に注目していない、というのは、絶対に、なにか間違っている……。

 義憤にも似た、そんな焦燥にかられた樋口明日樹は、絵の隅に無造作に書かれたクラス名と署名を確認し、すでに放課後だったので、後日、その生徒を訪ねることにした。そして、実際に、その絵を描いた彼、狩野香也の所属するクラスで知ったのは、その生徒は滅多に学校に来ない、ということだった。
 樋口明日樹は、さらにその生徒の住所を聞き出し、そこまで足を運んだ。
 狩野香也の家は樋口明日樹の家から歩いて五分ほどの場所であり、対応に出た狩野香也の母親に聞かされたところによると、香也の父、順也は、国内ではあまり知られていないが、海外ではそれなりに名の通った画家である、ということだった。

「いえね。わたしにいわせると、親子揃って、たんなる変人なんですけどねー」

 学校の制服のままいきなり尋ねてきた初対面の女生徒を気軽に家にあげ、お茶を振る舞い、「そのうち帰ってくると思うから」の一言で、香也が使っているという離れのプレハブに案内する。しかも、平日の昼間から、当の息子が「登校もせずに外出している」ことにあまり関心をもっているように見えない。かなり若くみえる香也の母親は、自分のことを棚に上げ、のほほんとした声と表情で、自分の配偶者と息子を「変人」と評する……。
 このとき、樋口明日樹は「この親にしてこの子あり」という文句を想起した。

 そのまま放置されたおかげで、樋口明日樹は、そのプレハブ内多数放置された香也の絵やスケッチを存分に検分することができた。香也が描いた絵やスケッチはあまりにも数が多すぎ、午後七時近くになって香也が帰宅するまでみても、全てに目を通しきれなかった。
 ようやく当の香也が帰ってくると、待ちわびた樋口明日樹は、挨拶もせずに身を乗り出し、熱心に美術部への勧誘をしだした。
「……誰?」
 当惑した表情の香也にそう聞かれるまで、樋口明日樹は、香也とは初対面であることを失念していた。

 翌朝から、なにかというと「登校することを忘れ」がちな香也に、学校の存在を思い出させるために、毎朝のように狩野家によることが、樋口明日樹の日課として組み込まれた。
 そうなってから、既に半年以上が過ぎようとしている。

 その朝も、いつものように、樋口明日樹は、狩野家を訪ねていた。

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髪長姫は最後に笑う。 序章 (1)

序章(1)

 なにを思ったか、少年は、わたしの机の上から一本の安ボールペンを取り出し、「これ、貰うよ」といったかと思うと、さりげない動作でサッシの窓を開け、ベランダに一歩踏みだし、スナップを効かせて、そのボールペンを無造作に下に投げる。

「あ。これ? 気にしなくていい。こっちには関係ないことだから。いや、目の隅を目障りなもんが横切ったんでね。ちょっとした悪戯。なんか騒ぎになっているみたいだけど、お隣りが絡んでくるとどうせエスカレートするだろうから、後でみにいってみるといいよ。興味があるなら。
 どうせ、先生、すぐに出勤時間でしょ?
 それでなに、今朝は彼女と初めてあったときの印象を聞きたいって? あー。それは、結構長くなるな。あれは千九百九十×年、おれは、じじいとじじいの雇った連中とともに東南アジアの……。あ? 時間がないから手短に、って。

 ああ。じゃあ、かなり端折っていうけどね、この国にいて普通に暮らしていると実感湧かないだろうけど、世界には、まだまだ人身売買をしている場所もあって、そういうことをしているヤツラは、見た目の良い人間を、家畜同然に飼ったり交配させたりしているんだ。あー。愛玩用。もっとぶっちゃけていうと、セックス専用奴隷として。うん。おれ、そういう世界に足踏み入れたし、人間として教育されてこなかった人間、ってのも結構みてきたけど、そういう、飼われているヤツラの目に似ていたよ、彼女の目。

 第一印象というのなら、その印象が一番かな。
 もちろん、今では、彼女がそれなりに大事にされていたことも、教育も受けていたことも、聞いている。でも、初めてあったときの彼女の目は……。

 あれだ。『魂』ってもんが入ってないような、そんなうつろな目をしていた。
 それが、一番強く印象に残ったよ。

 ところで先生。そろそろ、本業の『ガッコウ』とやらの時間じゃないのか?」

[つづき]
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彼女はくノ一! 第一話

第一話 ある日、くノ一が落ちてきて……。(0)

 ここ数日めっきりと寒さが増して、怠惰なその地方都市も、そろそろ年末の準備をはじめたような、そんな時分の、良く晴れた朝……。

 地上二メートルから三メートル、という半端な高さを飛ぶような勢いで駆け抜けていく、柿色の物体があった。
(……ううっ。風が冷たい! 寒いですぅ……)
 電信柱やケーブルの上を平均時速三十キロで疾走する、という常人離れした所行をしているわりに、凡庸な感想を抱いて流れ出ようとする鼻水をすすっているその少女は、名を松島楓という。
 内に鎖帷子を着こみ、その上には柿色の脚絆、手甲、頭巾、忍装束、と、まるで絵にかいたような典型的なニンジャ・ファッションに身を包んだ彼女は、昼日中の現代社会に現れれば間違いなく注目を浴びる存在だ。が、当の本人は、その恰好が一番、「人目を忍ぶのに適している」とかたく、信じ込んでいる。
 松島楓嬢が、この物語の舞台となる、平々凡々とした某地方都市の、少し前に流行った言葉でいえば「ファスト風土」な、特徴のない平均的な日本的景観の中にあって、あくまで今のところ、注目されていないのは、ひとえに、通勤、通学で忙しない時間帯に、「ぼけぇーっと、空を見上げている暇人がいなかった」から、たまたま「見つけた人がいなかった」ということに由来する。

 その存在が、わずか数分後には、白日の下、衆人環視の憂き目にあうと知らず、松島楓嬢は「お頭」に指示された住所まで、脇目も触れず、まっしぐらに走り続けた。……電線の上を。
 異変が起こったのは、よりにもよって、彼女が「目的地」としてい認識している住所の門前で、その地点で、彼女の足と、伝い走っている伝線との間に、不意に異物が発生した。
(え? あれ?)
 不測の事態に、それでも声を上げなかったのは、流石といえよう。
 しかし、その、常日頃からなされている「気配を消し去る」という教育を全うしたおかげで、下界にいた人間は、転倒して落下した彼女の存在に気づくこともなかった。
(あ! わひゃっ! 落ちている! 落ちちゃっているよ、わたし!)
 もともと、不安定な足場上で、全力に近い速度で疾走していた彼女は、不意に発生した障害物を見事に踏んづけて転倒し、そのまま地上へと、まっさかさかに墜落した。
 落下しながらも、自分の足下に出現した異物、らしきものを視認した(そこいらのコンビニや百円ショップで売っているような、ごく普通の安物の「黒ボールペン」だった)のは良しとしても、だからといってそれが、落下した自分を救うのになんの助けになるけでもなし……。

 お尻から落下した彼女は、なにか柔らかい物体に一度は受け止められはした。
「げほぉ!」
 という悲鳴が、彼女の下から聞こえる。
 が、落下した勢いはそのまますべて相殺されたわけではない。そのエネルギーを消費すべく、彼女は二、三回後転して勢いを殺し、勢いがかなり弱まったところで、上に、飛び上がった。
(よし! これで、最悪の醜態はさらさずにすんだ!)
 と、彼女が内心でガッツポーズを取ったそのとき、最後の最後になって、「例によって」彼女持ち前のドジ属性が炸裂、発動する。
 ……最後の着地地点に、先ほど視認した、落下の原因となった「黒ボールペン」が、たまたま足下にあったのだ。
 そのため、安心しきった彼女は、ものの見事に、よりによって平坦なアスファルトの歩道上で、すってーん、と、いう擬音が似合うような見事な転倒をして、地面に後頭部を強打する。
 
「きゃあー!」
「なに? なんで? 空から、人が!」
「こーやくん、大丈夫か!」

 ようやく上がった悲鳴や懐疑の声などを聞きつつ、(ああ。わたし、このままじゃ目立っちゃう)彼女は、そのまま気を失った。

 ……そして、少年と少女は(一応)出会い、物語が開幕する。

[続き]
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髪長姫は最後に笑う。 目次

髪長姫は最後に笑う。 目次

 序章
(1) (2) (3) (4) (5) (6) (7)
「序章」登場人物一覧

 第一章 「行為と好意」
(1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10) (11) (12) (13) (14) (15) (16) (17) (18) (19)
「第一章」登場人物一覧

 第二章 「荒野と香也」
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「第二章」登場人物一覧

 第三章 「茅と荒野」
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「第三章」登場人物一覧

 幕間劇(一)

 第四章 「叔父と義姉」
(1) (2) (3) (4) (5) (6) (7) (8) (9) (10) (11) (12) (13) (14) (15) (16) (17) (18) (19) (20) (21) (22) (23) (24) (25) (26) (27) (28) (29) (30) (31) (32) (33) (34) (35) (36) (37) (38) (39) (40) (41) (42) (43) (44) (45) (46) (47) (48)
「第四章」登場人物一覧

 第五章 「友と敵」
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「第五章」登場人物一覧

 第六章 「血と技」
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せんでん

彼女はくノ一! 目次

彼女はくノ一! 目次

 第一話 ある日、くノ一が落ちてきて……。
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 第一話 登場人物紹介

 第二話 ライバルはゴスロリ・スナイパー!?
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 第二話 登場人物紹介

 第三話 激闘! 年末年始!!
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 幕間劇(二)
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 第三話 登場人物紹介

 第四話 夢と希望の、新学期!
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 第四話 登場人物紹介

 第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!
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 第五話 登場人物紹介

 第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!
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にんぎょう

隣りの酔いどれロリおねぇさん (最終回)

隣りの酔いどれロリおねぇさん (最終回)

 何十匹もの猫にまとわりつかれて、全身をざらざらした舌で舐め回される、という夢をみて、その突拍子もないイメージと触覚のリアルさに、全身汗まみれにして起きあがって、目を覚ました。見渡してみると、そこは自分の部屋ではなくて、ベッドと本棚とパソコンデスクがあるだけの、見慣れない部屋だ。
 少し考えて、ようやく昨夜のことを思いだし、ここは三島さんの部屋なのだ、と、納得する。生活感がなく、装飾もほとんどなく、持ち主の個性を反映していない部屋で、清潔ではあるが、殺風景といってもいい。ほぼ唯一のインテリアは、25インチくらいのごついパソコンのディスプレイ(液晶ではなかった)の上に、起立したビグ・ザムの左右にポーズをとったシャア専用ゲルググ、シャア専用ズゴッグの三体の完成品ガンプラがのっかている事ぐらいで、なぜこんなものがここのあるのか、という唐突さが、強いていえば、三島さん自身の人柄を偲ばせるものなのかも知れない。
 っていうか、なんでガンプラ? しかもファースト? さらにジオン軍?

 寝起きの頭でそんな益体もない疑問をつらつらと考えていると、エプロン姿の三島さんがひょっこり顔をだして、
「お。青年。起きたか。今めし作っているからな。とっとと顔洗ってこい」
 といって、こっちに背を向けた。
 ……をい……。
「……なんで、エプロン『しか』身につけていないのですか、三島さん!」
 ぼくの寝起き第一声が、これである。
「ん? 男性というのは、こういう恰好に萌えるのであろう?」
 三島さんは剥き出しのお尻をぼくのほうに突き出して、くりくりと動かしながら、「おっとこーのゆっめだーはっだかっえーぷろーん」とか、例によって適当な節回しで歌うようにいいながら、キッチンのほうに去ってゆく。
 ……あんたがそういう恰好しても、「萌え」うんぬんより、ニュアンスとしては「クレヨンしんちゃん」のほうの雰囲気に近くなるんですが……。
 という思いは、治安維持と二人の精神的平穏を考慮して、内心で思うのみにとどめ、口には出さないことにする。

 ぼく自身も、なにも身につけていなかったので、近くの床に放り出していたバスタオルを腰に巻き付け、その情けない格好で洗面所に向かう。背後から、「タオルと新しい歯ブラシ、出しといたから」という三島さんの声が追いかけてくる。
 顔を洗い、キッチンにいくと、踏み台の上にちょこんとのっかった三島さんが、できあがったばかりの出汁巻き卵をまな板にのせ、包丁を入れているところだった。
 テーブルにはすでに、空の茶碗と味噌汁のお椀、調味料と漬け物の皿、などが並んでいる。うーん、和食か。それも、かなりオーソドックスな。
「ほれ。今更遠慮する必要もなかろう。さっさとそこに座れ」
 一口大に切った出汁巻き卵に盛った皿を乗せた盆を手にした三島さんが、ちょこまかとテーブルに歩み寄って、慣れた様子で配膳をした。
「ごはんも多めに炊いてるからな。おかわりもどんどんしてくれ。おかずが足りなくなったら、一切れだけあるお魚も焼く。朝はしっかり食べないとな」
 ああ見えて三島さんは、結構家庭的な人らしかった。思い返してみても、部屋のどこをみても、きちんと整頓されていて、埃の一つもおちているわけでもなく、清潔に保たれていたし……本当に、意外性の塊みたいな人である。
 案内されるままにテーブルに座る。裸エプロンと対面して座る腰バスタオルの男、しかも囲んでいるのは和食、というのは、客観的にみればかなりシュールな光景なのかもしれない。が、そういうことは、とりあえず、脇に置いておく。
 昨夜、かなりきつい運動をしたので、かなり空腹だった。しかも、目の前に用意された食事は、見た目も匂いも、ものすっごく、まそうだった。一刻早く、なにかを腹に収めたかった。

 二人で「いただきます」と唱和して、まず味噌汁の椀にとりつき、箸をつけて一口啜ったところで、絶句した。
 ……予想外に、うまかったのだ……。
「出汁は、鰹節と昆布。味噌は、赤と白のブレンド。出汁も味噌も合わせですか?
 朝なのに、さりげなく手が込んでいる……」
 呆然とぼくが呟くと、向かい側に座る三島さんの目が、一瞬、ぎらり、と光った……ような、気がした。
「ほう。わかるかね、青年。なに、出汁は普段から少し多めに作り置きしておくからな。そんなに手間はかからない。出汁さえあれば、そこの卵のように、咄嗟のときに一品ふやせるしな」
 次にその出汁巻き卵に箸をつけ、一切れ、口に放り込む。
 ……これも、うまい。味付けといい、焼き具合といい、申し分ない。
 こういうシンプルな料理のほうが、かえって腕の差が出やすいのだが……ヘタすると、三島さんの腕は、家庭料理の域を越えている……。が、不満がないわけでもない。
「味噌汁の出汁は、いりこのほうが味が深いような気がします。……それに、合わせ味噌も上品すぎて……これだけ寒くなったら、赤味噌オンリーのが……」
 三島さんの目が、再びひかった。さっきのが「ぎらり」だとしたら、今度のは「ぴかー」という感じである。
「よかろう、青年。そこまえいうのであれば、それなりに心得があるのだろう……。今日は、これから時間があるか? あるな? では、今日はこれから、二人で買い出しに出かけて、味噌汁勝負といこうではないか!」
 くわっ、と、口を開き、椅子の上に立ってから、どん、と、片足をテーブルの上に乗せた三島さんが、なぜか芝居がかった口調で、そう叫ぶ。
 ……あんたはどっかの陶芸家と不良新聞記者の親子ですか?
 それ以前に、そんな恰好でテーブルに片足上げたら、昨夜さんざんお世話になった裂け目が丸見えです、三島さん。第一、行儀悪いし……。
 一度ポーズをつけ終わると気が済んだのか、三島さんはすぐに元通りに椅子に座り、
「どうせだな、あれ、昨日約束した、弁償するスーツのほうも見立てたいしな。食事終わったら、車出すから、ショッピングセンターにでも行こう。二人で」
 と、続ける。
 なんでそこでそわそわして、目をそらして、ほんのりと頬を染めているのか。
「三島さん」
 三島さんの目を正面からみて、ぼくはある疑問を口にした。
「三島さん、ファースト・ガンダム世代なんですか?」
 真面目にそう尋ねると、
「ちがーう!」
 どん、と、テーブルの上に両手を置き、三島さんが力説しはじめた。
 いわく、そんなわけないだろ、そんな年齢にみえるか、いわく、この前免許証みせただろう、実際の年齢知っているだろう、いわく、ガンダムはファーストに限る派だが、それは後継シリーズが細部に拘泥するあまり、ドラマをおなざりにする傾向があるからで、いわく、もちろん、観たのはビデオでだぞ、本放送はおろか、再放送もみてない……などなど。
 例によって脱線しまくりの饒舌で、唾を飛ばして力説してくださった。
 なにしろ、順法意識が希薄な人だし、いろいろと非常識かつ規格外の人だし、場合によっては公文書偽造くらいして年齢ごまかしているかな、とかも思ったが、さすがにそれはないらしい……。

「少し休んだら、わたしが着替え取ってくるから、後で青年の部屋の鍵貸せな」
 いろいろあって、食事を終え、お茶を飲みながらそういった三島さんの顔は、なんか機嫌が良さそうだった。
「それとも、青年、その恰好で外に出て隣りまでいくか? 外は晴れているけど、結構寒いぞ。なんだったら、そのなりのまま、ショッピング・センターまでいくか? 青年がお巡りさんにしょっぴかれたら、他人の振りして逃げ帰ってくるけど……」
 三島さんの笑顔をみながら、「あー。なんか、しっかり三島さんのペースに乗せられているなぁ」とか、思った。

 それは別に、不快な感じでもなかったけど。

[おしまい]
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隣りの酔いどれおねぇさん (最終回)

隣りの酔いどれおねぇさん (最終回)

「さ。シャワーを浴びて、ベッドのほうに行きましょう」
 加々見さんが、ぼくの肩を軽く叩いて、そういったのは、五分後だったろうか。
 若干の疲れはみえるものの、シャワーを浴びている加々見さんの貌も肌も、初めて会った頃よりは心持ち色艶がよくなっているような気がした。
「君にはもう充分良くして貰ったから。まだ、わたしとセックスしたい? やってもやらなくても、もうどちらでもいいわ。こっちのほうはおかげさまで、いろいろな渇きを潤してもらったし」
 滴の垂れるぼくの髪を、タオルでガシガシ拭いながら、加々見さんは、そういう。そのときぼくに見せた笑顔は、とうてい、お義理や社交辞令のものとは見えず、加々見さんの心情がそのまま沁み出ているような、自然な笑顔だった。
「本当。君には感謝している。君のおかげで、わたし、すっごく軽くなった。いろいろ、重くなって、身動き取れない、とか思って、一人で悶々としてたのが、すっと、軽くなった。だから、この後は……」
 ──君が、わたしのことを好きにしていいよ……。
 と、そのとき、加々見さんは、いった。

 とのことなので、ぼくは、その後、加々見さんに添い寝して貰うことにした。
 いや、かなり、限界ギリギリ近くまで疲れてたし。それ以上どうこうってのは、体力的に無理っす。

 夢も見ずにぐっすりと眠り、翌朝、先に目を覚ましたのはぼくのほうで、加々見さんを起こさないようにそろりそろりとベッドから抜け出し、着替えて、朝食の用意をする。その途中でバスローブ姿加々見さんが起きだしてきて、キッチンで動いているぼくみつけ、
「……マメねぇ……」
 と、半ば呆れたながら呟いた。
 朝はコーヒーだけ、という加々見さんのためにちょうどできあがったまばかりのコーヒーをマグカップに注ぐ。ベーコンエッグとトーストを皿に盛り、自分の席に置く。
「えーと、なに……昨日そんなようなこと、ちらちといってたけど、この部屋がやけに殺風景なの、一緒に居た人がでってたばかりだから?」
 一緒に住んでた彼女が出て行ってから、ぼちぼち一月ほど。
 朝食を平らげながらそういうと、
「君、誰にでもこんなに優しいんでしょ?」
 マグカップを口元に抱えて弄びながら、面白がっているようなニヤニヤ笑いを浮かべて、加々見さんがそういった。
「あのね。そういう、全方位無差別放射状の優しさってのは、本当に君のことを好きな女性にとっては、とても辛いものなの。わかる? 君の近くにいればいるほど、君にとって、『自分が、とくに特別な存在ではない』って、いちいち思い知らされるわけだから。その、出て行った彼女も、彼女のほうから君に近づいてきたんでしょ? で、君は、『特に嫌ってもいないから』程度の気持ちで、その彼女を受け入れてた。違う? うん。やっぱり。それでどれくらい? ああ。よく二年も保ったわ、その彼女。
 あなたは、とても優しくて、でも同時に、とても鈍感で、とても残酷だから。
 わたし? わたしはもう駄目よ。そういうのに付き合う体力、ないし。
 昨日はね、いろいろダメージ蓄積してた」所に、不意に優しくされて、ついつい甘えちゃったけどね。そういうのは、もう、昨夜で終わり。そんな顔しなくても大丈夫よぅ。また、どうしようもなく疲れてきたら、ちゃんと、お隣さんに助けを求めますから。そのときは、よろしくね。わたしはね、もう大丈夫。昨日、君に力を貰いましたから。
 ……うーん……。
 そうね。君に似合う人、というのは、たぶん、図々しい人、かな? 君が自分をどう思っているのか、なんて細かい事は気にせず、君にぴたりとへばりついて、君が嫌ったそぶりを見せても、そのまま居着いちゃうような、ちょっと図々しくて、でも、憎みきれない。そんな可愛い人。え? はは。たしかに実際にいたら、結構地雷系かも。でも、面倒見良くて鈍感な君には、それくらいの人の方が、張り合いあるんじゃない?」

 さて、ぼくが加々見さんについて語れることも、そろそろ残り少なくなってきた。
 その後、加々見さんは、幾つか電話をかけた後、自室の鍵を保管している飲み屋と連絡がつき、午前中のうちにぼくの部屋を出て行った。何日かたって連絡がきて、ぼくのスーツの弁償をしたい旨の連絡がきたので、採寸のために一緒に外出し、お礼代わりに、ぼくの驕りで少し贅沢な外食をご一緒させてもらった。数日後に、想定したより高価な布地のスーツが届き、恐縮してお礼にいった。
 それ以上、加々見さんとぼくの関係が進展する、ということもなく、もちろん、お隣りに住んでいるわけだから、それなりの頻度で顔を合わすし、そうなれば挨拶や世間話しもするけど、ただそれだけ。まあ、いいご近所さんだと思う。
 ただ、それ以来、あの酔いどれていた夜のように痛々しい加々見さんの姿は、絶えてみていない。会うたびに、柔らかい、見る人を包み込み、安心させるような優しい笑顔を浮かべていて、やはり、そちらの顔のほうが、加々見さんの地なんだな、と思うと、ぼくはとても安心できる。

 あの夜のように、加々見さんがぼくを必要とする可能性は、もうほとんどないんだな、と、思うと、いくばかの寂しさも、感じないことはないのだが……。

[おしまい]
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隣りの酔いどれロリおねぇさん (19)

隣りの酔いどれロリおねぇさん (19)

「むはっ」
 二人して、ベッドに横たわってぜーはー荒い呼吸をしていると、突如、三島さんがおかしな笑い声をたてはじめた。
「むひゃひゃひゃひゃっ。
 いやー。良かったな、今の。青年、グッジョブだ。ナイス・ファックだ。ファイン・プレイだ。ともかく、すっげぇー気持ちよかったぞ。あれだな、今までアブちっくなプレイは敬遠していたけど、こうして縛られてみると、自分で思うように動けないもどかしさが何ともいえないな。かなりクる。っつうーか、キた。どうだ。ん。青年もあれだ。かなーり堪能したろ。ん?」
 相変わらず縛られたままにも関わらず、ぼくのほうに体の向きをかえて、肩を動かして、「にしし」と笑いながら、こちらにじり寄ってくる。
「これで、青年にはたっぷりと責められたわけだから、今度はわたしの番な」
 三島さんは、後ろ手に縛られている事など意に介していないような活発な動きで、しゃくしゃくとぼくににじり寄ってきたかと、ぼくの股間に取り付き、器用なことに、口で、填ったままの避妊具を外す。
「おー。この匂い。ザーメン濃いし量多いな、青年。やっぱりそっちも気持ちよかったか。うんうん」
 とかいいながら、まず、ゴム製品の中の白濁液をじゅるじゅると啜り、次ぎに、ぼくの男性自身を口に含んで、丁寧に舌で拭いはじめた。
「んも。ん。おんしぃぞ、青年」
 口に咥えながら、のため、不明瞭な発音で三島さんはしゃべり続ける。
「んん。なんなにだふぃたのに、こんなふぃかふぁい。わふぁいな、青年」
 どうやら、射精後も硬度を保っていたぼくの男性器について言及しているらしい。
 あらかた舐め終わったのか、んぱっ、三島さんは、口を離し、
「こんだけ硬ければ、すぐに次のラウンドもいけるな」
 といいつつ、もぞもぞ身もだえるような動きをしたかと思うと、あっけなく戒めを解いた両手首を、体の前に出して、ぼくの目の前にかざした。

 ……取ろうと思えば、いつでも取れたのね、それ……。

 ぼくが「もう、どうとでもしてくれよ」という気分で黄昏れている間に、三島さんは新しい避妊具を持ってきて、封を切っている。
「やっぱり若い男はいいナー。元気だなー。さーて、おねぇさんもがんばっちゃうぞー」
 とかいいながら、ぼくの性器に新しい避妊具を素早く装着し、当然のように、その上に跨る……。

 で、その後、どうなったかというと……こってり、搾り取られました。ええ。限界まで。前に、三島さんがいった通りに。

[つづき]
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隣りの酔いどれおねぇさん (20)

隣りの酔いどれおねぇさん (20)

 ぼくに下から突き上げられながら、加々見さんは、髪を振り乱しながら、自分でも動いている。意識してやっているのか、無意識に動いているのか。ぼくは、加々見さんの体を上に乗せる、という不自由な形で、それでも、不器用に、加々見さんのかあrだを突き上げる。ぼくも加々見さんも、獣のような呻きをあげながら、お互いの体を貪る。貪り続ける。
「もっと。もっとよ。もっと」
 加々見さんは譫言のようにいいながら、ぼくの上で、自分の腰を上下に動かす。
 ぼくは、加々見さんの下で、乳房を鷲づかみにしながら突き上げていたが、そろそろ変化が欲しくなったので、加々見さんを犯し続けながら上体を起こし、体面座位になって加々見さんの上体を引き寄せる。
「うわぁ。あぁああああ」
 そうするとより深く入るのか、それとも、従来とは違う角度になって刺激される部分が違ってくるためか、加々見さんは、身をよじって明らかに感じている声を上げる。そんな加々見さんの体を抱き寄せ、密着して、口をこじ開けて、舌で加々見さんの口内も、犯す。
「ん。んんん」
 なにかいおうとする加々見さんには構わず、舌を絡ませると、加々見さんも目を閉じて、応じるように、ぼくの舌に自分の舌を絡ませてくる。
 そうしながらぼくは、加々見さんと結合した腰を、水平方向に回転させるように動かす。決して激しい動きではないが、それでも感応する所があったらしく、加々見さんのぼくを受け入れている部分が、きゅっきゅっきゅっ、と、収縮し始め、加々見さんの中のぼく自身も、ピクピクと震えはじめた。
「加々見さん。もうそろそろ。限界が」
 近い。ぼくが耳元で呟くと、
「もうちょっと。もうちょっとだけ。ああ」
 すっかり快楽を追求するモードになっている加々見さんは、やんわりと、ぼくを叱咤する。
「動かします」
 どこまで我慢できるか分からないが、とにかく暴発する前に、加々見さんを連れて行けるところまで連れて行こうと思い、加々見さんのお尻を側面から鷲づかみにして、わざと乱暴な動きで、がくんがくんと、不規則に揺さぶる。
「うっ。あっ。あ。あ。あ」
 その動きに反応して、加々見さんは呻き、自分が受けている快楽を証拠であるその呻きをねじ伏せるように、ぼくの顔に覆い被さって、ぼくの口の中を乱暴に舌で掻き回す。
 ぼくが、さらに激しく加々見さんの体を動かすと、
「んあっ!」
 と、絶えきれなくなったように、加々見さんがのけぞって、ぼくの口唇から離れる。
「あっ。あっ。あっ。あっ」
 加々見さんは、よだれの糸をぼくの口と連絡させながら、半眼になって、下から突かれ、揺さぶられる都度に、面白いように反応し、声を上げる。
「可愛いですよ」
 加々見さんのほうも、着実に絶頂に近づいてきている、と見たぼくのほうは、かえって精神的な余裕が出てきた。
「行きます。最後」
 いって、残った体力を使い果たすような勢いで、加々見さんを動かす。
「わはぁ。ふぁあ。あ。あ。あ」
 ガクガクと全身を揺らしながら、のけぞらせた加々見さんの喉から切実な音が漏れる。それまで収縮してぼく自身を締め付けていた加々見さんの膣が、ぎゅうっ、と、締まる。ぼくのも、射精前に感じる熱を、もうギリギリまでため込んでいて、いつ暴発してもおかしくない状態にあった。
「出ます」
 そういったのが早かったか、それとも、実際に加々見さんの中に放ったのが早かったか。ぼくが放った熱い液体は、もの凄い勢いと量で加々見さんの中を直撃した。そのときの射精は、勢いが良いだけではなく、長く続き、加々見さんの膣からあふれてきても、どくどくと脈打ちながら放出し、続ける。
「……熱いの……熱いのぉ……」
 ぼくに抱きついたまま、加々見さんは、耳元に小声で囁く。膣中を浸食し続けるぼくの精液のことなのか、火照ったままのぼくらの体のことなのか。

 しばらく、ぼくら二人は動けずに、そのままの恰好で抱き合いながら、肩で息をしていた。

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隣りの酔いどれロリおねぇさん (18)

隣りの酔いどれロリおねぇさん (18)

 太股ごと、体をぼくに抱えられながら、上下に揺さぶられてる三島さんは、
「いいのいいのすっごくいいの!」
 と絶叫しながら、油断するとぼくの腕から落ちそうになるぐらいに激しく、暴れ出す。実際のはなし、結構な力でぼくの手を振り払らおうとするので危なっかしくて、しかたなく、一旦ぼくの膝の上に三島さんを置いて、三島さんの脇の下に両手を突っ込み、立ち上がる。こういう持ち方なら、多少、三島さんが暴れても、取り落とすことはない。
「ほら、三島さん、鏡をみてご覧」
 ぼくはいった。
「すごいよ、三島さんの今の恰好。上と下、両方からあんなによだれを垂らして」
 事実、鏡の中の三島さんは、挿入されたまま、両脇を支えにして、だらん、と吊り下げられていて、口の周辺とぼくとの結合部分から、夥しい液体が流れ出して、皮膚に川を形作っている。特に、下からの流出量が凄くて、どこからこんなに出てくるんだ、と、そう思うほど量の液体が次から次へと流れ出てきて、三島さんの足首までしたたり落ちている。もちろん、ぼくの足へも伝わって、腿から足首まで濡らしている。
 そうした恥ずかしい姿を、ぼくの示唆によって鏡の中に見いだした三島さんは、
「だって……だって……」
 と、焦点のあっていない目をして、イヤイヤをするように首を振り、
「すごいのぉ……こんな……こんな……恥ずかしいのにぃ……」
 と、擦れた声で、囁く。
「それでは、そろそろ、また動かします」
 そういってぼくは、両脇から三島さんをつり下げたまま、三島さんの体を上下にスライドさせる。すると、三島さんは、「うっ!」と呻いて、体をくの字型に軽く曲げ、お尻、つまりぼくとの結合部を、ぼくの体のほうに突き出す。
 何度か動かすと、それだけで、三島さんの股間から流れ出る液体の量が、すぐにそれと分かるほどに、増大して、ぴちゃぴちゃとフローリングの床を濡らす。
「駄目じゃないですか、お漏らししちゃ。仮にも先生なんだから」
 と、ぼくがからかうと、
「あ。あぅぅぅううぅ」
 と、三島さんが呻吟する。
「い、意地悪! いや……あ。あ。あ。……怖いの! この恰好、恥ずかしいのに怖いの! 落ちるの! どっかおちちゃうの!」
 と、叫んで、両脚を後ろに突き出して、ぼくの体に巻き付けようとする。
「大丈夫です。ちゃんと掴んでいますから」
 ぼくは三島さんの耳に、後ろから息を吹きかけるようにそういった。
「恥ずかしがってよがっている三島さん、可愛いですよ。もっと声を聞かせて」
 三島さんの耳の穴に尖らせた舌を突っ込んで、なぶる。
「ふぁ! そんなこと! あ! あ! あ!」
 じゃじゃじゃ、と、上下に揺さぶりながら、口と舌でも、三島さんの耳やうなじを嬲っている内に、いよいよ本格的に昇り詰めてきたのか、三島さんが、ガクガクと全身を震わせて絶叫する。狭くて浅い三島さんの中が、痛いほどに収縮する。ぼくのほうも、先ほどから股間に熱が集中していくような感覚を感じていた。

「怖いの怖いの落ちちゃうのどこかいっちゃうの!」
「いくよ、ぼくも行きますよ! 一緒に!」
 二人して叫んで、背後のベッドに倒れ込む。

 ……しばらく、頭が空白で、なにも考えられなかった。
 二人して、ぜいぜいと喉を鳴らして、酸素を体内に摂取するだけの時間を過ごした。

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隣りの酔いどれおねぇさん (19)

隣りの酔いどれおねぇさん (19)

 加々見さんの声を聞きながら、ぼくは加々見さんを攻める。味わう。皮膚と皮膚、皮膚と舌、指先と耳、指先と乳首、指先と陰核が擦れあい、お互いの存在を確かめる。感触、声、汗、体臭を、ゆっくり、あるいは、激しく求め合い、確かめ合う。ぼくが汗だくになっていくにしたがって、加々見さんの反応も徐々に激しくなっていく。顔を、いや、全身を紅潮させ、声を張り上げてぼくにしがみつき、自分でも腰を使う。ぼくに抱きつき、舌同士を絡ませて貪り合う。「ああっ。ああっ」という加々見さんの囀りが次第に早くなってきて、終いには、息も絶え絶え、という感じで、ぼくの肩を叩き制止を求めてくる。
「もう。あなたばかり」
 そういって加々見さんは立ち上がり、するり、と、ぼくのモノを抜いた。
「今度はわたしに……わたしのペースで、ね」
 というと、加々見さんはぼくの体を導き、浴槽の縁に座らせて、その前に跪き、加々見さん自身の愛液に濡れててらてら光っているぼく自身を口に含み、上目遣いの挑発的な視線でぼくの表情を伺いながら、口にしたモノを味わいはじめた。

 まず、じゅぼじゅぼと音を立てて、ぼくの股間にある加々見さんの頭が上下する。同時に、皮膚に包まれた二つの球状の物体を、加々見さんの掌で包み込み、睾丸まで垂れてきた液体をぬぐい去るように弄ぶ。睾丸まで口に含み、皺のひとつひとつを舌先で確かめるような丁寧さで、じゃぶり回す。竿を指先でしごきながら、亀頭の尖端の割れ目を、チロチロと集中的に舐める……。
「加々見さん、いやらしいじゃぶり方、しますね」
 ぼくが弾んだ息の下でいうと、加々見さんは、
「なによ。あなたが火をつけた癖に」
 といって、ぼくの体を床に導く。ぼくを仰向けに寝かせ、ぼく自身を握って加々見さんの中に導きながら、馬乗りに腰を下ろす。
「ちゃんと、最後まで、責任とってもらうからね」
 そういって加々見さんは、自分の膝の上に両手を置いて、目を閉じて、動き始める。

 ぼくの呼吸音と、加々見さんの呻きが、重なりはじめ、それらのテンポがどんどん早くなる。上で動いている加々見さんの体から流れた汗が、動きに合わせて周囲に散る。ぼくの体や顔にもかかる。ぼくが下から突き上げると、「んあぁあ」と、加々見さんが鳴く。目の前には、弾むように動く加々見さんの乳房。それを、下から支えるように鷲づかみにし「んふぅ」そのまま、親指と人差し指とで、少しきつめにつまみ上げる「ああっ」。三回、加々見さんの体が宙に浮くのではないか、と、思えるほど激しく、下から突き上げ、動きを止める「ひゃ。っあ。っあ」。当然くるもの、と想定していたつぎの刺激が不意に中断され、不満そうな、恨めしそうな顔をして、加々見さんが、上からぼくの顔を睨んで、催促するように軽く腰を振る。その拗ねたような表情が可愛くて、もっと見たくなって、ぼくは、激しく揺さぶったり、それを不意に止めたり、を繰り返す。
 どうも、そうした変則性が良かったみたいで、加々見さんは、今までのように、性急に直線上に昂ぶるのではなく、高揚しては強制的に少し中断、の繰り返しのおかげで、従来以上に深い所まで到達しそうな様子だった。
「こんなの。もう。はじめて」
 加々見さんは、汗だくの顔を拭いもせず、ぼくに多いかぶさって、キスをする。
 そのまま、結合したまま、ぼくの横に寝そべって、
「ね。動いて。もっとわたしを滅茶苦茶にして」
 と、ぼくに主導権を返した。
 ぼくは加々見さんにキスをしながら、手で加々見さんの片足を大きく上げ、加々見さんの横上に自分の体を配置してから、加々見さんのリクエスト通りのことをはじめた。
 つまり、加々見さんを無茶苦茶にするために、動き始める。

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隣りの酔いどれロリおねぇさん (17)

隣りの酔いどれロリおねぇさん (17)

 後ろ手に縛られてうつむけに寝かされた、お尻だけ突き出している……そんな屈辱的な姿勢でも、三島さんは、後ろからぼくが動きはじめると、「うひっ」とか「うひゃ」とか、ひとつきごとに鳴き声を漏らしはじめた。
「いいのいいの後ろからずんずん突かれるのいいの気持ちいいのもっと突いてー」
 声帯が溶けかかっているのではないかと思うほどに、甘い、恍惚とした声で、三島さんは「もっと、もっと」と、ぼくに即す。
 三島さんの中は相変わらずきつくて、でも、さすがにほぐれてきたのか、きついなりにも、中に入って出入りしているぼくのモノをしっとりと包み込んで締め付けてくる。より具体的にいうと、三島さんのそこの締め付けは今や「少しきついすぎるかな」という程度で、潤沢に供給される三島さんの潤滑油とあわせて考えると、ちょうどいい按配になる。奥行きまでは、流石に多少ほぐれてもサイズが変わるわけもなく、従来と同様、奥の方まで行くと、ぼくの先っぽをぎちぎちと締め付けて、根本までの侵入を拒んでいた。
 その、亀頭が締め付けられて、それ以上先に進めない、という箇所にまで届く度に、三島さんは過剰に反応し、「うひぃ」とかいいながら、身を揺らめかせる。
「こう? ここ? 奥まで当たるのが、いいんですから?」
 行けるところまで入れた状態で、ぐりぐりと腰を横に揺らしながら訊ねると、
「いいのいいのそこ奥当たったところぐりぐりされるのがいいの」
 とのことなので、試しに亀頭が大きく旋回するような形に、腰を回してみると、
「うっひゃぁあ! わっひゃぁあ!」
 と、絶叫しながら、小さな背中をびくんびくんと震わせて、痙攣して、静かになった。

 三島さんが反応しなくなったので、一旦引き抜いて、たまたま目に付いた、部屋の角にあった縦長のスタンド・ミラーをベッドのそばに持ってきて、ベッドの、その鏡の正面に腰掛ける。ぴくぴくと痙攣しながら目を閉じて涎を垂らしている三島さんの体を抱え上げて、一旦、ぼくの膝の上に三島さんを座らせてから、大きく三島さんの足を開き、そのまま上に持ち上げて、鏡をみながら、三島さんのぱっくりと開いた入り口に、自分の亀頭を押し当てる。
「はい。深いのが好きなら、今度のも気に入ると思いますよー」
 そういいながら、ゆっくりと、三島さんの腰を沈めていく。
「……うーん……」
 と呻きながら、ようやく薄目を開いた三島さんは、目前に鏡に、大股開きになったまま、ぼくの性器を半ば飲み込もうとしている自分の性器、を認め、
「いやぁ!」
 と、叫んだ。
「こんなの駄目! 恥ずかしい! やめて!」
 などと叫んでゆさゆさと体全体を左右にすさぶって抵抗するのだが、ぼくが両膝をもち、性器も半分くらい入っている状態だったので、重力に逆らう術もなく、そのままずぶずぶと、ぼくのモノを、深々と飲み込んでいく。
 三島さんの腰がすっかり下がりきると、三島さんは深い息をついた。
「ほら、ちゃんと前をみてください」
 ともすれば、目を閉じたりそらせたりしがちな三島さんに、ぼくはいう。

 胸も腰も膨らんでおらず、くびれもない体験の三島さんが、ぼくの手で両脚を押さえられて開脚し、無毛、かつ、ピンク色のアソコには、いきり立ったぼくの性器が突き刺さっている、という光景が、鏡に映っていているわけで……ぼくと三島さんは、二人して、しばらくまじまじと、自分たちの痴態に見惚れていた。
 美しかったから、見惚れていたわけではなく、いや、三島さんにせよぼくにせよ、少なくとも、例え裸になったところで、醜悪と呼ばれるほどには、容姿に不自由しているわけではないのだが……美醜以前に……「倒錯的」な、光景だった。
「……えっちぃ……」
 ぽつり、と、漏れた三島さんの言葉が、端的に、そのとき、ぼくらが感じたことを現していると思う。ぼくのように幼児性愛の趣味がない人が見ても、なにごとか、穏やかでない心情になりそうな、淫靡な光景だと、そう、思った。
「動かしますよ」
 一応、宣言してから、M字型に開脚させたままの三島さんの両腿を下から抱え、排便のしつけがなされていない赤ん坊に用便をさせるような恰好で、三島さんの小さな体を上下に揺さぶる。感じやすい三島さんはすぐに反応し始め、
「うはぁあん、あはぁん」
 と、大きな声を上げて身をよじりはじめる。
 すぐにコツを掴んできたのか、声を上げて身もだえしながらも、器用に自分でも体を動かしはじめた。

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隣りの酔いどれおねぇさん (18)

隣りの酔いどれおねぇさん (18)

 右手で加々見さんの腿を持ち上げて足を開かせ、下から挿入する。
 するり、と、いう感じで、スムースにぼく自身が加々見さんの肉を割り、侵入した。そのまま腰をくねらせると、その動きに合わせて、「あっ。あっー、あー」とか細い声で、歌うように加々見さんが声をあげる。ゆっくりとした動きでピストンをはじめると、結合部から、じゅるじゅるじゅる、という音がして、壁とぼくの体に挟まれた加々見さんの体が、ゆらゆらと左右に揺れる。耳元で、加々見さんの呼吸が速くなっていくのを聞きながら、やはり片方の腿だけを持ち上げていると、体勢的に不安定だな、と、思ったぼくは、加々見さんの左腿のほうにも手を延ばす。そのまま持ち上げ、完全に加々見さんの体重を自分の両腕だけで支え、持ち上げた状態で、ゆさゆさと小刻みに加々見さんの体を上下に揺さぶる。

 加々見さんの体は、痛々しいくらいに軽くて、正面から抱き合った状態で揺さぶっても、ぼくの腕は、あまり負担に感じなかった。ぼくが加々見さんの体を本格的に揺さぶりはじめると、加々見さんはぼくの背中にしがみつくようにしながら、ぼくの耳元に小さな声で、「あーあーあーあー」という、長く尾を引く声を上げた。いくらか加々見さんが軽いといっても、人一人を持ち上げた状態でそうそう激しく動かせるわけもなく、結果として、ぼくが持ち上げた加々見さんを動かすのは、ゆっくりになるわけだが、それでも、加々見さんの側からみれば、全体重をぼくの腕と結合部だけで支えているわけで、例えゆっくりとした動きでも、それだけの力をもって性器を内部から攪乱されるのは体験としては珍しいはずで、実際、加々見さんの反応をみても、ゆっくりと、しかし強く、下から穿つぼくの感触を、戸惑いつつも、次第に次第に、受け入れていた。
 しばらく、つまり、ぼくの腕がだるくなって、そろそろ危ないかな、と思うところまで加々見さんの体を腕の中で揺さぶり、それから、足下に気をつけながら、加々見さんを浴槽の縁に腰掛けるように、降ろす。
「もう、休憩?」
 繋がったまま、上体を少し反らした加々見さんが、正面からぼくの顔をみて、少し悪戯っぽい顔をしていった。その表情は、感じはじめたところを中断されて、拗ねているようにもみえて、可愛い。
「これからですよ、まだまだ」
 ぼくはいった。
「こうすると、もっと自由に動けるし、それに、加々見さんの顔を見られる。おっぱいもしゃぶれる」
 いって、ぼくは顔を加々見さんの乳房に近づけ、加々見さんの乳首を甘噛みしながら、手でも加々見さんのおっぱいを揉みしだき、同時に、縦横に、かなりの高速で、体全体をぶつけるようにして、結合部を摩擦させる。
 それまでもスローペースから、いきなりハイペースに転じたぼくの動きに、加々見さんは最初だけ戸惑っていたが、すぐに蹂躙される快楽に呑まれ、両脚を左右に大きく開いたまま、つま先までピンと延ばし、ペタペタとぼくの背中に掌をさまよわせる。
「我慢しなくていいんですよ」
 ぼくは加々見さんの口唇を自分の唇で塞ぎ、ながながと加々見さんの口の中を楽しんだ後、
「歌って。可愛い声、聞かせてください」
 そういって、手を結合部の少し上のほうに持って行き、指をぬらしてから、すっかり硬くなっている加々見さんのクリトリスを摘んで、少し力を入れる。同時に、乳首に歯を立てて、加々見さんを蹂躙する動きもさらに激しいものにする。

 加々見さんが、歌うような、可愛い甘い声をあげはじめた。

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隣りの酔いどれロリおねぇさん (16)

隣りの酔いどれロリおねぇさん (16)

 全裸のまま両手首を後ろ手に縛られて、うつむけの体勢でベッドの上に放り出されている三島さんの格好に、ぼくは、三島さんの子供そのままの体格と相まって、ひどく倒錯的な印象を受けた。
 とりあえず、三島さんの肉の薄いお尻を、平手で軽く叩く。
 ぱしん、という小気味良い音がして、三島さんは、「うひぃ!」という悲鳴をあげた。三島さんは、胸と同じく、腰回りにも全然肉がついていない。彼女の体に関し、「子供のような」という形容を使うのは、「身長が低い」ということを揶揄するためだけの表現では、決してなく、ましてや、比喩ではない。プロポーションのバランスまで含めて勘案した上でも首肯できる、かなり正確な形容なのだ。
「こうして縛られていると、ぼくがなにをしても、三島さんは抵抗できないでしょう?」
 いいながら、ぼくは、さらに、二発、三発、と三島さんのお尻を叩く。さほど力は入れていないが、ほとんど脂肪らしい脂肪がついていない三島さんのお尻は、叩く度に「ぱしん、ぱしん」という、やけに大きな音がした。
「同じように、ぼくも、さっきは全然抵抗できなかったんですよ」
「悪かった。青年。さっきは調子に乗りすぎた。本当に悪かった。謝る!」
 何度か単調にお尻を叩き続けると、三島さんはすぐに謝りはじめる。
「だから、こういう痛いのやめろ!」
「……そうですか……」
 ぼくは、素直に三島さんのお尻を叩くのをやめた。もともと、そっちの素養があるわけでもない。ぼくが手を止めると、強ばっていた三島さんの背中が心持ち弛緩し、見た目にもほっとしているのがよくわかる。

「……ところで、三島さん……。
 この、股のところに垂れているのは何ですか? ひょっとして、……叩かれて感じちゃったんですか?」
 含み笑いをしながら、そう指摘して、三島さん股間かからの太股に伝ってきた愛液を指先ですくって、三島さんの目の前に示す。
「痛い思いをして感じちゃうなんて、貴女、変態ですねぇ。三島さん」
 両手を拘束された状態で、否定しようもない証拠を目前に突きつけられて、三島さんの顔全体が羞恥によって真っ赤に染まる。
「嫌がっているふりをして、実は、期待していたんじゃないですか? 縛られたときから」
 顔を真っ赤にした三島さんは、口をパクパクさせるが、結局なにもいえないでいる。
 ……うーん。面白い。この人でも、こんなに恥ずかしがることがあるんだ……。
 面白いから、さらにこっちの側面をつついてみよう、と、ぼくは思った。

「さっき、『前からでも後ろからでも』っていいましたよね?」
 ぼくは、うつむけに寝そべっている三島さんのお尻を両脇から掴んで持ち上げ、お尻を上に突き出すような格好をさせる。後ろからみると、三島さんの性器と肛門が丸見えになり、かなり屈辱的な格好である。
「こうして後ろから見ると、三島さんのあそこがどろどろに濡れて、欲しがっているのがよくわかります。なんなら、この格好のまま、入れてみますか?」
 そういわれた三島さんは、相変わらず顔全体を朱に染めながらも、露骨に顔を背けたり、未だ勃起したままのぼくの男根にチラチラと、視線を走らせたりして、しばらく躊躇していた。
 が、……。
「……欲しいです……」
 やがて観念したのか、蚊の鳴くような細い声で、ぽつりといった。
「なにが、どこに欲しいんですか? もっと具体的にいってください」
 ぱしん、と、もう一度お尻を叩くと、三島さんは身震いし、それから目を閉じて、
「その、いきりたった硬いおちんちん、入れてください! わたしの、百合香のいやらしいおまんこにぶちこんでください!」
 と、叫んだ。

 ぼくが懇願された通りにすると、三島さんは、それだけで、全身をくねくねと踊らせて、歓喜の声を漏らした。

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隣りの酔いどれおねぇさん (17)

隣りの酔いどれおねぇさん (17)

 加々見さんが疲れているようすなので、抜こうとすると、「まだ最後までいっていないんでしょ」と、止められた。しかし、息も絶え絶えでかなりきつそうな加々見さんをみると、普通に続行する気にもなれず、しかたなく、挿入したまま大きな動きはせず、耳や乳首などを甘噛みしたり、手の届く範囲内で加々見さんの体を優しく愛撫したりして、加々見さんが回復するのを待つことにする。
 AVとかで、「行くよ! 行くよ!」とか声をかけあって、男女ほぼ同時に絶頂をむかえる、というシーンをみたことがあるが、あれは、視聴者にカタルシスを与えるための演出なのだろうか? それとも、ぼくが未熟なので自然にシンクロできないだけなのだろうか?
 いずれにせよ、ぼくの経験によると、男女が同時に達したことはほとんどなく、タイムラグが発声するか、一方が満足してもう一方が不完全燃焼で終わる、というパターンが多いような気がする。加々見さんもそうだけど、ぼくが今まで付き合ってきた女性に関していえば、あまりどん欲に自分でエクスタシーを貪る事を求める、ということもなく、むしろ、相手であるぼくの快楽を優先的に考える傾向が強い気がする。この辺、男女の普遍的な性差なのか、それとも、単にぼく個人が気を遣われているだけなのか……。
 などということを、漠然と考えながら、加々見さんの体を撫でたりしていると、熱意がないと判断したのか、加々見さんが、「もう、やりたくない? やめる?」と聞いてきたので、少し中断して、シャワーでも浴びて休憩しましょう、と、提案した。今度は、加々見さんも同意した。

 加々見さんに先に風呂場に向かって貰って、ぼくはすばやく、汗とオイルまみれになっていたベッドのシーツを、新しいものに替え、古いシーツを洗濯機に放り込み、加々見さんから、さほど遅れることなく、風呂場に入る。
 加々見さんはぼくに背を向けてシャワーを浴びていて、その肩に、ぼくは優しく手を回す。加々見さんのお尻に、未だ硬いままのぼくの股間が押し当てられ、「だめよ、こんなところじゃあ」と加々見さんがいったが、その声は少し鼻にかかっていて、媚びを含んでいるようにも思えた。加々見さんと正対するように体の向きを変え、抱き合って、長々とキスをしたあと、ゆっくりと、加々見さんの背中のそこここを手探りする。

 やはり、痩せている──と、そう思った。
 今まで抱いてきた女性と比べても、全体に、肉が薄いように、感じた。

 口唇を合わせながら、加々見さんの体のあちこちをまさぐる。そこだけはたっぷり肉付きが良いお尻の感触を楽しんだあと、手を前に回そうとすると、加々見さんに手首を掴まれたので、加々見さんの目を見ながら、「さっき、ここ汚したから、ぼくが洗いますよ」と囁くと、加々見さんが目をそらす。それを諒解の印としるしと解したぼくは、手首に絡まっていた加々見さんの指をはがし、変わりに、未だ硬いままのぼく自身を握らせる。そして、指先で加々見さんの陰毛をかき分けて、二人分の体液がつまっている加々見さんの中に、中指を侵入させる。
 加々見さんは、うっ、と呻いて、軽く眉間に皺を寄せ、頭を、ぼくの肩の辺りに預けてくる。ぼくは、さらに指を侵入させ、内部に入ったままの体液を中指で掻き出す。それだけでも、加々見さんは体を震わせていたが、さらに、加々見さんの股間にシャワーを当てると、加々見さんの喉から「あ、あ、あ」という細い声が漏れるようになり、ぼくが、指で加々見さんの内部をさらに掻き乱すと、加々見さんはぼくの体にしがみついてくる。
「……こんなところで」
 と、加々見さんはいった。なんだか、悔しそうなニュアンスが、言葉に込められている。
「こんなところで、やったことはないですか」
 ぼくはいった。
「こんなところで、やっては駄目ですか」
 加々見さんは、数秒、なにか考えるように沈黙していたが、結局、
「いいわ。きて」
 と、いって、ぼくに体を預けてきた。

 ぼくは加々見さんの体を寄せて、壁にもたれかかれるようにし、右手で加々見さんの太股を持ち上げて、立ったまま、ぼく自身を加々見さんの中に割り込ませる。
 うっ、と、加々見さんが息を飲む音を、聞いた。

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隣りの酔いどれロリおねぇさん (15)

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「おーい! せーねーん! 大丈夫かぁ!」
 どこか遠くで声が聞こえる。あと、ぺちぺちと頬になにか平たいものが当たる感触。
「失神って普通、女がするもんだぞー! いししっ。わたしの具合、そんなに良かったかぁー!」
『いししっ』なんて奇妙な笑い方を天然でするような知り合いには、たった一人しか心当たりがない……って、気を失ってたのか、ぼくは!
 突如意識が明晰になったぼくは、がばりと上体を起こし、ぼくの上に乗っていた三島さんが、ころん、と後ろに転がった。ぼくも三島さんも全裸のままで、いや、より正確にいうのなら、ぼくのみ局部に避妊具を装着したままだったが、とにかく、二人の恰好と配置からみて、ぼくが意識を失ってから、さほど時間はたっていないようだった。
「おお。起きたか、青年」
 一旦はベッドの上に転がった三島さんは、よっころしょ、とかけ声をだし、あぐらをかいた。もちろん、股も大きく開いているわけで、性器も丸だしである。
「うひひっ。堪能したぞ、青年。途中から完全にいっちゃってたようで、マグロ状態だったけどな。それでも肝心のちんちんは、いやなに、元気なもんだった。
 って、今だに果ててないし……」
 例によって際限のない三島さんの饒舌が続くのだが、相手をするぼくの側が半ば「ここはどこ、わたしは誰」状態だったので、上の空もいいところで、半分も話を聞いていない。
「ん? まだぼーっとしてんのか、青年。なんなら気付けにもう一発いくか? 前からでも後ろからでもいいぞ」
「……つまり、こういうことですね……」
 ようやく、自分が置かれた事態を把握してきたぼくは、冷酷な声で、三島さんにいった。
「意識不詳になっていたぼくの体を、三島さんが、今までいいように玩具にしていた、と……」
「……あー。それは、その、あれだな……ちゃんと介抱もしたんだぞ。
 これでも、保健室の先生だからな。それなりに、医療の心得はある」
 ちゃんと介抱したのなら、なぜここで、そこで露骨に目を泳がすのか……。
「……なんか、顔中に、べたべたした感触が残っているんですけど……」
「それはだな。
 その、青年の顔が涙と涎でぐしょくしょになっていたからな。わたしが舐めとって清めておいたのだ」
 ……なぜ普通にタオルかなにかで拭う、という方法を採用しないのか? ……いや、愚問か。この人の場合、「なんとなくそうしたかったから」、程度の根拠しかないに決まっている。
「……ほぉほぅ……」
 ぼくは、芝居がかっているのを承知で、ことさら低い声を出した。
「医学的な見地からみて、それが妥当な処置だったわけですね?」
「か、顔と声が怖いぞ、青年」
 三島さんは、珍しく狼狽えている。
「そうだ、あれだな。青年のほうも、あんなに泣き叫んで許しをこうほど、わたしとのプレイを堪能したわけであってだな、つまりその、その辺りの悦楽と相殺ということに……」
 いっている途中で、ぼくの怒りが適当にごまかせるものではない、ということを雰囲気から察してきたのか、三島さんは、ひきつった顔をしてじりじりと後退し、最後の方で、くりると背を向けて、部屋から逃げようとした。
 が、……甘い。
 なにせ、体格差が、大人と子供ほどある。当然、歩幅の差も相当なもので、三島さんが部屋を出る前に、ぼくは難なく三島さんの体を捕らえた。
 両脇から手を差し入れて、持ち上げ、そのまま、ベッドの上に押しつける。
「そういうおいたをする子には、お仕置きしなくてはいけませんねぇ」
 ふと、カーテンが目に留まる。正確には、窓際の金具に掛かっていた、カーテンを纏めるときに使う、細長い布地が。

 ……あれって、後ろ手に回した人の両手を拘束するのに、ちょうどいい長さなんじゃないかい?

 三島さんにとって幸か不幸かわからないが、背中を押さえつけて三島さんの動きを封じたままでも手を伸ばせば届く所にその金具はあり、そこにかかっている布地も難なく手にすることができた。
 ということで、ぼくは、背中に回した三島さんの両手首を縛って、三島さんの自由を、かなり奪った。三島さんは例によって、「犯されちゃうー」とか「百合香ちゃん、貞操の危機一髪!」とか騒ぎはじめたが、その声は、怖がっているというよりも、どうみても聞いても、「何かを期待している」ような響きしか聞き取れなかった。
 ……ひょっとして、こういうプレイも好きなのか、この人……。
 いや、そうであっても、今更驚かないけど。

 さて、どうしてくれよう。

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隣りの酔いどれおねぇさん (16)

隣りの酔いどれおねぇさん (16)

 加々見さんと抱き合って、口唇を合わせながら、加々見さんの体を、しばらく、腕の力で上下に揺すっている。と、我慢できなくなったのか、加々見さんが強引に顔をそらして、「ああ。ああああっ!」と、声を上げはめた。
 ぼくらは依然、体を密着させたままなので、当然、今、加々見さんの頭がある位置は、ぼくの耳元になり、そこで小さくはない声を出されるのは結構堪えるのだが、加々見さんだってどうしても我慢できなくなって声をあげているご様子なので、そのまま構わず、かえってもっと声を上げさせるように、腕にさらに力を込めて、動かす速度を増す。
 がくんがくんがくんと前後に揺さぶられると、加々見さんは声をだすをやめ、唇を固く結んで顔を伏せたり、喉をのけぞらせたりし、忙しなく、細かい動きをしながら、それでもぼくの首に回した腕には、力を込めたままで、加々見さんの熱い息が、どうしようもなく、オイルと汗にまみれたぼくの肌にふりかかる。
 そのうち、腕がだるくなってきたので、ゆっくり加々見さんの体を押し倒し、その上に覆い被さりながら、再び口唇をあわせ、そっと股間の結合部のほうに空いた手を差し入れ、結合している箇所の少し上にある硬くなった小さな突起な突起を手探りで探す。
 結合部からとどめなくあふれてくる液体で指を湿らしてから、さぐりあてた突起を刺激しながら、腰を振りはじめると、加々見さんはぼくの下でいやいやをするように首を振り、ぼくの束縛から逃れようとするが、当然、それは許さず、合わせた口唇にかける力を少し強めて、さらに愚直に、パンパンと音が出るほど、腰の動きを大きくする。
 それまでぼくの首に回っていた腕から力がぬけ、所在なげに、ぼくの脇とか背中をさまようようになり、最終的には、ぼくの腰の両脇辺りに落ち着き、大ぶりになってきたぼくの動きを助けるように、少くなからぬ力がこめられはじめた。
「あうっんっ!」
 と、一声叫んで、ぼくに組み敷かれた加々見さんは、顔を背けて叫ぶ。いつのまにか、両脚を大きく開いて、全身を「人」の形にして、ピン、と硬直しており、
「あ! あ! あぅうっ!」
 と、小さなな、しかし、どうしようもなく喉から漏れた、という感じの、切実な響きのする声を上げ、ピクピクと痙攣しはじめる。
 ……いきそうなのかな?……。
 と、判断したぼくは、さらにダイナミックに腰を動かして、容赦なく、加々見さんの性器を自分の性器で、ザクザクと串刺しにする。
「はぁ、うぅぅぅんっ」
 と呻吟しつつ、加々見さんの背筋が必要以上に緊張しはじめ、加々見さんの体が、頭と足の先を支点とした孤を描く形になり、そのまま細かく震えて、硬直する。

 加々見さんは、数十秒ほど、そうして硬直していただろうか。

 がっくりと力を抜いて、しばらく虚脱した後、ようやく頭をふりながら、焦点があっていないような蕩けた瞳をぼくの顔の方に向け、
「……君、凄すぎ……」
 ぽつり、と、それだけいって、目を閉じた。

 思い返してみても、とりたててぼくが経験豊富とか、そういうこともなかったはずなので、単純に、加々見さんとぼくとの体の相性が良かっただけではないのか、と、思っている。

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隣りの酔いどれロリおねぇさん (14)

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「いあやぁ、このぶちまけられたザーメンの独特の野趣あふれる匂いもひさびさにかぐなぁ」
 足蹴にされてベッドの上に尻餅をついたぼくには目もくれず、三島さんは自分の顔に付着した白濁液を指ですくい、ぺろり、と、舌で舐めとった。汚物を口にすることに、抵抗は感じないらしい。
「……うーん……濃い。まったりとしてコクがあり、……若いな! 青年!」
 あははは。と、あっけらかんとした笑い声をあげて、平手でぼくの硬や背中をぺたぺたと叩く。
「んふっ。んふふふふふふふ。こういう匂いをかぐと、どんどん燃えてくるなぁ。
 こっからが本番だぞ、青年。最初だから特別に生挿入させてやったが、今度からはゴムつきな。これでも保健室の先生なのだから、そこら辺の衛生管理は規範的にいかなけりゃ、最近盛りがついてきているうちの生徒らにもシメシってもんがつかない。その代わり、一晩中でも付き合うから。っつーか、今夜はそっちの体力の限界まで搾り取るから。まずは、ゴムかぶせる前に汚れた青年のちんちん清めるな」
 あっけにとられるぼくに(なにせ、性交中に蹴り飛ばされるの初めての経験である。三島さんと一緒にいると、短時間で様々な『初体験』が一気に体験できる。ぜんぜん、嬉しくはないけど)口を挟むいとまを与えず、性行為による高揚も手伝ってか、三島さんは一気にまくしたて、自分の体のそこここに付着したぼくの精液には構わず、ぼくと三島さんの分泌した液体にまみれたぼくの股間に頭を埋め、ぴちゃぴちゃと音をたてて、熱心に舌で拭いはじめた。
 今まで何度か三島さんには口でして貰っているが、今回のが一番熱心かつ執拗で、それまでだって決してヘタというわけではなかったけど、従来のそれは、今受けている刺激には、到底及ばなかった。
 技術の巧拙というよりも、モチベーションの差、なのだろうか。今の三島さんは「燃えてきた」と自称するとおり、明らかにヒートアップしており、性に関して、今まで以上に、高い関心と士気を持っているようだった。ともかく、今の三島さんは全身をほのかにピンク色に染めて明々白々に発情しており、あー、例えるのなら、あれ、「ハイパーモード発動中」みたいな状態、に、見えた。

 ……この分だと本当に、最後の一滴まで搾り取られるんじゃないだろうか……。

 とかいう不安も、かなり痛切に感じてはいたが、それも、少しざらついた舌で執拗に下半身を舐めとられる感覚に浸っている内に、徐々に意識の隅に追いやられていった。実際に、現在進行形で皮膚で感じている刺激に比べ、やや抽象度の高い思考は、優先度において、やはり劣る。三島さんは、一見なにも考えていないようで居て、その辺のことを良く心得てらしく、ぼくにまともに考える時間を与えないように、次から次へと新しい刺激や不測の事態を与えていた。
 ……仮に、三島さんがそうした計算からではなく、見た目通り「なにも考えたないで」今までのような言動をとっているのだとしたら、それはそれで存在自体がかなり怖いし……。

 このときも、あるいはただ単に、三島さん自身が一刻も早く再挿入して貰いたかっただけなのかも知れないが、一通りぼくの股間と周辺の汚れを自分の舌でぬぐい取った三島さんは、一旦ぼくの体から離れ、部屋の隅に行ったかと思うと、コンドームの箱をとって、すぐにとって返した。もどかしげに箱の封を切り、ゴム製品の袋を歯で破って、驚くべき迅速さでぼくの性器にかぶせる。そして、あっけにとられているぼくの上に乗り、自分自身で導いて、どすん、と、乱暴に体重をかけ、ぼくのモノを再度すっぽりと体内に収めた。
 再挿入した後のほんの数秒間だけ、三島さんは体内に入ったぼく自身の感触を楽しむようにうっとりとした顔をしていたが、すぐに、
「さっきは青年が上だったから、今度はわたしが上な」
 といって、ぼくの体を横倒しにして、その上で、字義通りに、「跳び跳ね」はじめた。

 ぼくは、合体したまま、男性の体の上で、女性があれほど動けるのだということを、初めて知った。
 本当、三島さんとつきあっていると、「初めて」の経験には事欠かない。三島さんが後に語るところによると、三島さんが「本格的に」動き始めたとき、ぼくは、あらぬ事を絶叫して、泣き喚いて許しを乞うていた……そうです。

 ……いや、全然、記憶にないんですけどね、そのときのことは……。数分間、すっぽり記憶が抜け落ちていて……。
 どうも、体験としてあまりにも強烈にすぎるため、無意識時に、そのときの記憶がブロックされているものらしい……。

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隣りの酔いどれおねぇさん (15)

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「ん。まだ、硬い……若いね」
 加々見さんは、未だ加々見さんの中に入ったままのぼくの分身を確かめるように、ほんの少し腰を浮かせ、それから優しくぼくたちの体の向きを変えた。
「今度は、わたしが動きます」
 繋がったまま、ぼくの上に馬乗りになった加々見さんは、宣言したとおり、ぼくのモノを味わうように、自分で結合部をすりつけるように腰を動かしていく。そこはすでに精液と、加々見さん自身が分泌した透明な液体で必要以上に濡れていて、加々見さんが動くたびに、じゃぴじゃぴちという水音と、それに、陰毛同士が擦れる音がした。泡だち、混合した液体が、ぼくらの陰毛に付着する。
「ふ。ん。ん。ん」
 加々見さんは、ぼくの上で髪を振り乱して動いている。
 加々見さんの動きが段々と激しくなり、同時に、それまで必死で押し殺していた声も出すようになる。その様子は、それまでの、全体になにか抑えたような加々見さんの挙動が、徐々に解きほぐされていく様子を、象徴しているように思えた。
 ……加々見さんは、今、なにかを吹っ切ろうとしている……。
 そう感じたぼくは、加々見さんに乗りかかられた状態のまま、タイミングを計って、下から大きく突き上げた。
「はっ! ん。ん
 加々見さんの動きに合わせてぼくが突き上げると、加々見さんは体を大きく跳ね上げて、そのときだけ声を高くする。乱れた加々見さんの髪は、加々見さんの顔を隠すように前に垂れてが、体がはねた一瞬だけ、加々見さんの顔を露わにし、明らかに性感に酔いはじめている恍惚とした表情をのぞかせ、すぐにまた元のように顔を隠す。
 病的なほどに白い加々見さんの体が、ぼくの上で踊る。全体に、不健康な感じに痩せたフォルムの中で、そこだけは丸みを残し、ぷっくりと半球状に突き出ている乳房に、下から手を伸ばし、鷲づかみにする。そして、掌全体で、乳房の下半分を包み込むようにしながら、両手の人差し指と親指で、両方の乳首を同時につまみ上げ、腰を使って、加々見さんを下から、激しく突き上げはじめた。
「はっ! あっ! あっ! あっ!」
 ぼくの動きに合わせて、加々見さんが短い声を上げ、ぼくの上で跳ねる。
 加々見さんが前傾姿勢になったので、乳房に当てているぼくの腕に、それまで以上に加々見さんの体重がかかる。それを支えながら、乳首のほうも、続けてつまみ上げる。下からの突き上げを、さらに激しくすると、加々見さんは、
「んふっ! んっ! ふっ! ふっ! ふっ!」
 と、短い声を上げる。声を抑えようとして、抑えきれなくて漏れてしまった、という加々見さんの様子が、ひたすら可愛く思えて、ぼくは上体を起こし、上半身を加々見さんの上体と密着させ、正面から抱き合うような形にして、だらんと垂れていた加々見さんの腕をぼく自身の首に絡ませて、両手で、側面から加々見さんのお尻を掴み、胡座をかく。
 それだけ体勢を整えてから、目の下に、とろんとした目つきで口の端からよだれを垂らしている加々見さんの顔を確認し、お尻に添えていた腕を動かして、加々見さんの体全体を上下に揺さぶる。
「ああ! ああ!」
 顔をのけぞらせ、白い喉を無防備に晒し、ひときわ大きな声を上げ始めた加々見さんの口を、強引に、自分の口唇で塞ぎ、もちろん、舌も入れてかきまわしながら、加々見さんの体をさらにシャフルさせる。
 加々見さんは「ん、ん、ん」と、喉の奥でなにかいいたそうに唸っていたが、すぐに目を閉じて、ぼくの首に回していた腕に力を込めはじめる。
 たぷたぷと、ぼくらの体の間で、豊かな加々見さんの乳房が揺れていた。

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