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2007-02

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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(234)

第六章 「血と技」(234)

 そんなわけで、荒野はかなり物憂い気分のままマンションに帰りつき、着替えて、隣の狩野家へと赴く。材料は、ノリと三島、樋口明日樹と玉木珠美が帰りに待ち合わせて調達してくる、ということだった。荒野はまっすぐ帰ってきたので、まだ誰もいない可能性の方が高かったが、その場合は庭のプレハブにでもいって、久しぶりに香也の絵でも眺めて時間を潰すつもりだった。
「……はぁーいっ!」
 狩野家の玄関は案の定、開いておらず、シルヴィ一人がぽつねんと立っていて、荒野の顔をみると手を振った。
「あの三人を、取り込むつもりか?」
 挨拶も抜きに、荒野はシルヴィの真意を尋ねる。
 余分な駆け引きをしても、いいたくないことは絶対に口外しない相手だと分かっているから、単刀直入に尋ねた。
「彼女たちが、望めば……」
 シルヴィは、大仰に肩をすくめる。
「姉崎本家は、映像が出回りはじめてから特に、強い興味を示してくるけど……でも、彼女たち、まったくその気がないんでしょ?」
 ……それまで「様子見」だったシルヴィが、いきなり接近してきたのは、本家に対するポーズかも知れないな……と、荒野は思う。
 もっとも、「荒野にそう思わせるためのジェスチャー」ということも十分に考えられたから、即断は避けるべきだったが……。
「まあ……できる限り、穏便にいきたいから、お手柔らかに頼むよ……」
 今の時点では、荒野としては、余計な刺激を加えないように、そういうしかない。
「……That's all……」
 シルヴィも、頷く。
「こちらも、無用に事を構えたくはないから、そうするけど……。
 そっちこそ、ダイジョブ?
 ソンシとかあの三人とか、かなりキナクサい動きをしているように思うけど……」
 ……やっぱり、傍目には、「富国強兵」とか「軍備拡張」に見えるか……と思い、荒野は天を仰いだ。
「……あれで、悪餓鬼どもへの牽制という意味合いも期待できるわけだし……そうそう暴発するやつらでもない、と思っているけど……まあ、折りをみて、一度強く釘を刺しておくよ……」
 荒野としても、姉崎とか他の六主家からみて、荒野があの連中への「抑え」にはならない……と、思われることは、避けたい。筋からいっても、荒野に「監督責任」があるわけではないのだが、あの三人や孫子が荒野の手に余る……と思われたが最後、他の六主家からも、続々と監視兼監督の人員を送りつけてくるだろう。三人に関して涼治が、孫子に関しては鋼造が後見人として控えているので、よほどの事がなければ、直接、干渉してくることはない筈だったが……。
 現状でもかなりややこしいことになっているのに、ここからさらに一層こじれた事態になる、というのは、避けたかった。
「……コウのこと、疑うわけないけど……彼女たち、強靱なようでいて、不安定だから……」
「……ああ……」
 荒野も、ため息まじりに頷いた。
 あまりにも、思い当たる節がありすぎる指摘だった。
「そうだ……」
 な……っと、いい終える前に、口唇を奪われた。
 シルヴィをそのまま荒野の首を抱いて、荒野の口の中に舌を入れてくる。熱くて硬いシルヴィの舌が、荒野の口内をねっとりと掻き回した。
「こんなところで……他人に見られたら、どうする……」
 しばらくして、シルヴィがようやく体を離すと、荒野は憮然とした表情でそういった。
「向こう流の挨拶だ、とでも、いっておけばいいさ……」
 男っぽい口調になって、シルヴィがいう。
「……コウ……。
 わたしのベッドは、いつでも空いている。
 疲れたら、いつでも休みに来るといい……」
「……そうだな……」
 荒野は、素っ気なく頷く。
「……そのうち、おりをみて……」
 子供の時分に一緒に育ったシルヴィと荒野は、ビジネスライクな関係を維持するには、お互いのことを知りすぎており……同時に、愛欲や恋情のみで結びつくには、絆が強すぎた。
 荒野が一番、「肉親」として意識しているのは、実際に血の繋がりがある涼治や荒神ではなく、このシルヴィだろう。
 また、シルヴィが、彼女なりに荒野のことを案じているのも、理解している。
 最近、荒野が置かれている立場が、多少でも事情を知る者なら、誰の目から見ても、微妙すぎるものだった。ほんのちょいとバランスを崩すだけで、あっという間に脆い足場は崩壊してしまうだろう。
「そういや……例の悪餓鬼どもについて、何か収穫は?」
 荒野はさりげない動作でシルヴィから体を離して、そう尋ねる。目下のところ、荒野が認識している中で、一番の不安要素だ。居場所さえ分かれば、一気に襲撃してカタをつけたいと思っている。
「……これといった収穫は、まだ……」
 シルヴィは、ゆっくりと首を振る。
「あの似顔絵を頼りに、現在の足取りと、過去の、例の件の生き残りの捜索と、二つの線で探らせているけど……どちらも、全然……」
 シルヴィは「例の似顔絵を頼りに、入管のデータまで照会してチェックしてみたが、それらしい人物の出入りはなかった」、といった意味のことをいった。
「……やはり、国内に潜伏していたか、それとも、密入国する当てがあるのか……」
 荒野は、そう感想を述べる。
 たかが、子供二人だ。
 隠そうと思えば、どうにでもできる。
 一億以上の人間がひしめいているこの国で、たった二人の人間を捜し出し、居場所を特定することは、容易ではない。
「……過去の方……生き残りの線も……根気よく、洗い直しているけど……」
 こちらも……望み薄、だろうな……と、荒野は思う。
 何しろ、時間が立ちすぎている。
「……現象の線とかも……」
 現象や、現象の実母の事跡をたどれば、なにかしらの手がかりが得られると思ったのだが……。
「……やっては、いるけどね……」
 シルヴィは、肩をすくめて首を左右に振る。
 やはり、荒野が思いつく程度のことは、一通り試しているようだった。
「その他、その手の研究施設や必要な機材の入手先とかも含めて、全世界規模で洗い直している最中だけど……」
 包囲網が、時間的にも空間的にも、大きくなる分、それなりの結果がでるまで相応の時間がかかる……という。
「……でも……姉崎は、執念深いわよ……」
 とも、シルヴィは付け加えたが。
「時間がかかるにせよ、必ず尻尾を掴んでみせる」ということらしい。
 荒野にしてみれば、どのような動機であっても、奴らの情報を提供してくれる分には、感謝をすることはあっても文句をいう筋合いはないのであった。

 そんなことを狩野家の玄関前で話すうちに、見覚えのある三島の小型車が、家の前に停車してた。運転席に三島、助手席にノリ、後部座席に制服姿の玉木と樋口明日樹が乗っている。
「……待たせたなっ!」
 窓から顔だけをだして、三島が荒野たちにそう挨拶をした。
 ノリ、玉木、明日樹がばらばらと車から降りて、後部のトランクからビニール袋を取り出す。
 ノリが、玄関の鍵を開けて、みんなを中に招き入れた。




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彼女はくノ一! 第五話(317)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(317)

 香也にとっては、昨夜から今日にかけては、比較的穏やかな展開になっている。昨夜、プレハブについてきたガクは早々に寝てしまったし、その後、楓が来るとかいっていたが、何故だかあれからプレハブには姿を現さなかった。かといって、香也が楓のことを案じるということもなく、一人で静かに絵に没頭できる環境でありさえすれば、香也にとってはそれでいいのであった。
 事実、いい時間になって画材を片づける段になって、ようやく、
「……そういや、楓ちゃん……来なかったな……」
 と思い当たったくらいで、つまり、その時まで香也は、楓のことをまるで失念していた。
 それから、一人でのんびりと風呂を使い(幸いにして、この日は誰も乱入してこなかった)、就寝。
 朝、起きたときから学校の校門につくまでべったりとノリにくっつかれたのは少々アレではあったが、それ以外は特に波乱もなく、まずまず平穏だった、といってもいいだろう。登校時、ノリに腕を取られていたところを、柊をはじめとしてクラスメイト数名に軽く揶揄されはしたが、そういった罪のない野次も、一緒にいた楓や孫子が一瞥をくれるとすぐに静まったので、香也にとっては特に問題にするほどのことはなかった。
 授業時間中はいつものように機械的にノートをとりながら気軽に聞き流し、休み時間中も、ノートの端に落書きをしたりぼーっとしたりしているうちに、すぐに過ぎ去っていく。
 つまり、香也の主観によればあっという間に放課後になり、香也はそれまで、ぼっーっと意識にかかっていた霞がいきなり晴れたような気持ちがした。
 香也にとっては、これからが本当の意味での、一日のはじまりである。外見上、そうとはわからないわけだが、香也は教材を手早く片づけ、意気揚々と美術室に向かった。登校する時、放課後、ノリたちが家でなにかをやるとかいっていたが、とりあえず、その時点で学校にいる香也には関係がない。強いていえば、樋口明日樹もそっちにいく、というから、部活に参加する生徒が実質、香也一人になるわけだが、香也はそのような些事を気にすることもなかった。明日樹不在の部活は確かに、少し寂しい気持ちはしたものの、香也自身の活動には、直接的には影響しない。
 香也にしてみれば、学校であれ自宅のプレハブであれ、静かに絵を描ける環境さえあればいいのであった。
 美術室に入り、手早く絵を描く準備を整え、さあ、これから、というところで、ガラリと音をたてて美術室の戸が開いた。
 ……誰だろう?
 と疑問に思いながら、そちらに首を向けると、同じクラスの柏あんなが立っていた。
 何故か、怒った顔をしている。
「……香也君!」
 柏あんなは、怒った顔のまま、ずかずかと大股で香也の近づいてきた。
「……いったい、どういうことなの!
 松島さんや才賀先輩では飽きたらず、今度はガクちゃんやノリちゃんにまでっ!」
 ……香也は、固まった。
 いや……柏あんなが、彼女なりの倫理感……というより、「女性としての規範」として、無思慮無分別に同居人と「仲良く」しているように見える香也に、怒りを覚えている……というのは、理解できるし、「事情を知らない第三者からは、そう見えるだろうな……」ということも、想像がつく。
 実際には、柏あんなが漠然と想像しているように、香也が彼女たちを誑かしたり口説いたりコナかけたりしているわけではなく、その逆に、香也の方が彼女たちの積極的な振る舞いにたじたじとなっている有り様なのだが……それを説明し、納得させるのは、容易ではない。
 そこで、香也は、
「……んー……」
 と、とりあえず、うなってみせた。
 そして、相変わらず、怒った顔をして立っている柏あんなに、
「……説明してもいいけど……話すと長くなるから、座って。
 ちょうど、誰かに相談したいと、思っていたところだったし……」
 勢い込んで駆けつけてきた柏あんなは、そんな香也の様子に戸惑ったようだが、もともとあんなは香也に意見をしようとして来たわけであり、不審な顔をしながらも、香也の勧めに従って、適当な椅子に腰掛けて香也の顔を見据える。
「……んー……」
 と、香也は少し考えた。
 柏あんなに相談するのはいいのだが、どこからどこまで説明していいものか……こうしたことに不慣れな香也は、うまく判断ができない。
「それで、柏さんは……ぼくの何に、文句をつけにきたの?」
 そこで香也は、柏あんなに、まず、話しをさせようと思った。あんなが香也の何に不満を持っているのか……以前からのあんなの態度から類推しても、おおよその見当はついている。だが、あんなの不満が見当違いであることを、順を追って説明する方が、この場合、早道であるように思えた。
 幸い、今日は樋口明日樹も香也の自宅に向かっている筈であり、他にこの時間に美術室に来る可能性があるのは、顧問の先生か、楓くらいしかいない。
 前者は、仮に来たとしてもすぐに出ていくからやりすごせばいいし、楓が来たとしたら、香也にとってはかえってこういうことをじっくり話すいい機会である。

 柏あんなにしてみれば、若干、出鼻をくじかれた感もあったわけだが、それでも憤然とした様子で香也に食ってっかかった。
 香也はそのあんなの誤解を、つまり、「自分が彼女たち迫っているわけではなく、むしろその逆である」ということを、一つ一つ丁寧に、場合によっては、差し障りのない範囲内で、具体的な例をあげながら説明していく。例えば、香也は入浴中、何度か彼女たちに乱入され、性的な誘惑をなされたことまでは柏あんなに語ったが、その先のもっと具体的な行為の詳細については、話さなかった。
 省略した部分が多いにせよ、香也の説明がやけに具体的、かつ詳細でリアリティに富んだものであったため、最初のうち、香也をやりこめようとして乗り込んできたあんなは、次第に不審な顔になり、ついで、困惑した表情になり、
「……ちょっと、まぁくん……堺君、呼んでもいいかな?」
 と、自分の携帯を取り出した。
 例によって、パソコン部の部活に勤しんでいた堺雅史が、柏あんなに呼び出されて美術室に合流し、香也は、問われるままに、あんまり過激な部分は省略したした形で、二人に今までの同居人たちとのあらましを語る。
 この二人は、それなりにつきあいはあるとはいっても、飯島舞花、栗田精一、玉木珠美、有働勇作、徳川篤朗ほど「こちら」の内情に通じていたわけではない。この時、はじめて知る事実も多かったが、これまでに二人が見聞してきた事物と香也の証言に大きな矛盾はなく、時折、堺が不定期に差し挟んだ質問に香也がすらすらと答えたこともあって、香也が一通りのことを説明し終えることには、どうにか現在の香也の境遇を納得してくれたようだった。
「……ようするに……」
 香也の「事情説明」が一段落すると、柏あんながため息まじりにそういった。
「うちのおねーちゃんみたいなのと、何人も一緒に同居しているようなもんね……」
「……んー……」
 今度は、香也が首を捻った。
「あの……柏さんのおねーさん……普通の人に、みえるけど……」
 香也にとって、柏あんなの姉である千鶴は、羽生の同人誌が修羅場になると駆けつけてくれる人、という認識しかないのだが……それでも、穏やかでまともそうにみえた。
 香也がそういうと、柏あんなは慌てた様子で、「今のは忘れて」とか、「そういう意味じゃないから」とか、理由にならない理由を並べ立てて、前言を撤回した。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(233)

第六章 「血と技」(233)

 孫子の会社は、事実上、予定されているうちの一部の機能がすでに稼働を開始している。顔見知りになった一族の者のうち、希望者に対し、試験的に仕事を与えている段階だった。また、孫子は昨夜のうちに、楓にも事務処理用のソフトを、より業務の実態に即した形にカスタマイズする仕事を依頼した、という。
「楓が承知した上でやっているんなら、とやかく言うつもりはないけど……。
 その、負担的には、大丈夫なのか? 楓の方は?」
 荒野は、そこを心配する。
 下校時の茅の護衛から解放されたとはいえ、楓もまだまだ多忙な身だった。
「……学校の方も、かなり落ち着いてきましたし……」
 と、楓は頷く。
 まだまだ、楓以外のパソコン部員だけでは、あまり戦力になっていないのが現実だったが……それでも、ボランティア活動に必要なシステムの、主要な部分は、かなりのところ茅と楓が仕上げてしまった。細かい手直しとか、変更はまだまだ必要だった。が、それはできる限り、パソコン部員にやってもらう。楓は、今後はできるだけ手を出さずに、部員たちの手に余る時にだけ、手を貸すつもりだった。最近めっきりやる気を出してきたパソコン部員たちに経験を積ませるためにも、そうするべきだ……と、そのように考えている事を、楓はその場にいた荒野たちに伝えた。
「……それで、放課後は、実習室に詰めて、そこのマシンを使って才賀さんのお仕事をすればいいかなぁっ、て……」
「勉強会の方は?」
 荒野はすかさず、確認する。
「そっちは、もう、プログラム的な作業はほとんど終わっているの。
 残っているデータの入力作業は茅が中心となって、進行している最中……」
 楓の代わりに、茅が答える。
「……確かに量的には多いけど、OCMソフトで問題集や教科書を丸ごと読み込ませて、それに説明や解説を加えて……という作業が残っている程度だから、楓の手はもう必要ないの。先生方も協力的だし、後は、計画的に残りの仕事を片づけていくだけ……」
「……つまり、楓に関しては、問題はないということですわね……。
 少なくとも、オーバーフローするような状態にはない、と……」
「……楓は、ともかく……」
 荒野は、なおも慎重な口振りを崩さない。
「おれたち、四月から三年生だろ?
 勉強の方、大丈夫なのか?」
 ここに集まった連中のうち、玉木、有働、徳川に関しては、荒野たちの事情につき合わせてしまっている……という負い目を、荒野は感じている。自分たちのせいで彼らの進学が失敗してしまうのは、荒野にしてみても不本意だった。
「そもそも、進学の必要もあまり感じていないのだが……」
 徳川は、そう答えた。
「もし必要を感じたら、スキップして海外に高飛びでもするのだ」
「ぼくは……今のところ、不安はありません。
 やるべきことを、しっかりやっていますから……」
 有働の余裕ある返答は、なかなか優等生っぽかった。
「……え、ええっとぉ……」
 全員の視線が、残る玉木に集中すると、とたんに玉木は視線を泳がせた。
「わはっ。わはははははっ。
 だ、大丈夫だってっ! これまでも、何とかなってきたし、これでも本番には強いし……」
「……茅……」
 玉木の狼狽ぶりを確認した荒野は、茅の方に顔を向ける。
「……勉強会の資料整理がひと段落したら、是非とも玉木の奴をしごいてやってくれ……」
「わかったの」
 茅も頷く。
「二度と忘れないようになるまで、玉木に必要な知識を叩き込むの」
「じゃあ、ぼくは……その時は、玉木さんに逃げられないように、捕まえておきます」
 有働が、さりげなく過激な約束を口にすると、玉木は、「うひっ」というしゃっくりのような短い悲鳴をあげ、その後、椅子から立ち上がって、「うどーくんのうらぎりものーっ!」と叫んだ。
「あの……」
 楓も、おずおずと片手をあげる。
「その時は、香也様も一緒に面倒を見てもらえませんでしょうか?
 わたしが見るより、茅様が見た方が、確実だと思いますので……」
「わかったの」
 茅は短く即答した。
「絵描きにも、二度と忘れられなくなるまで、叩き込むの」
「わたくしも、及ばずながら協力させていただきますわ……」
 うっそりとした口調で、孫子も賛同の意を表した。
 この短い問答で、香也本人の意志を確認することもなく、香也の将来がある程度決定してしまう。
「……せっかく、勉強のための資料を整理しているんだ。自分たちでも活用しないと損だよな……」
 と、荒野も頷く。
 ……などと、雑談に流れそうになった時、昼休みの終わりが近づいたことを告げる予鈴のチャイムが鳴った。

 放課後になると、荒野はいそいそと帰宅の準備を整え、脇目も振らずに帰路についた。今日の放課後は、今朝、無理矢理約束させられたある用事あったのだ。
『……ノリとか玉木だけだったら、まだしも……』
 ヴィとか先生とも約束した以上、すっぽかしたら、後々どんなペナルティがあるのか、分かったもんじゃない……。
 無理矢理、迫られた約束ではあっても、無碍にできない理由は、この二人の年上の女性にあった。どちらも、どちらかというと、荒野が苦手意識を持っている女性だった。もっと砕けたいいかたをすると、「頭が上がらない」存在である、ともいえる。
 もともと荒野は、その外見に似ず、異性に対しては奥手で、若干の気後れを感じているところがある。そういった部分は、年齢相応といっていいのだが……よりにもよって、シルヴィと三島は、荒野がイメージする、女性の不可解な部分を具現化したような存在でもある。
 今朝、週末に不在だったノリに強くせがまれ、手作りチョコ講習の再演を、狩野家ですることを約束したのだが……。
『……あの面子で、無事済んだら、そっちの方が奇跡だよな……』
 と、荒野が思う。
 第一、料理のことで荒野が三島に教えることなんて、あるとも思えない……。
 今日の登校中(三島にとっては、通勤中)、即座に参加を表明した時の表情からいっても、三島の場合は、荒野への嫌がらせとしか思えなかった。
 シルヴィは、三島のパターンとは違って、荒野を揶揄する感情があるとも思えないのだが……それとは別の意味で、今回のような状況を楽しんでいる……ような、気がした……。
 シルヴィは姉崎の一員として、荒野以外の一族の術者とは、一線を画して距離を置いているように見えたが……楓や孫子に対しては、妙な親近感を抱いているらしい。
 特に孫子に肩入れしているようにみえるのは、荒神が楓を弟子として認めたことへの対抗意識、故なのか……とか、思うこともある。
 そうした事を除いても、シルヴィは年下の同性に対しては親身に接することが多く、現在の、この土地でのポジションも、楽しみはじめているらしい……と、荒野は観測している。
『……万が一、あの三人が、姉崎に取り込まれたりしたら……』
 それ以外の六主家にあの三人が取り込まれた場合以上に、従来のパワーバランスが、大きく崩れるだろう……と、荒野は予測する。
 母であり、女性である……ということを、アイデンティティの拠り所にする姉崎と、あまりにも人為的なあの三人の出自とは、あまり相性がよくないのだが……彼女らの生まれは、彼女ら自身が選択した結果ではない。
 また、本草学、博物学、錬金術……などの知の体系を受け継ぎ、独自に自然科学系の知識を収集し続けて数百年の伝統を誇る姉崎が、三人というサンプルを入手したら、その応用に関しては、他の六主家の及ぶところではないだろう。
 荒野個人としては、実のところ、六主家間のパワーゲームにはあまり関心はないのだが……あまり極端に、現在の均衡が崩れても、あまりいいことはない……と、考えている。
 この間の竜斎への対応を思い返しても、三人が直ちに姉崎に靡くとも思わないのだが……注意は、必要だろう、と、荒野は思った。




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彼女はくノ一! 第五話(316)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(316)

「……あの……。
 ノリちゃん、もうちょっと、離れてくれると……」
「駄目。
 今日は、ボクの日……」
 翌日はノリの「当番」だった。
 ノリは、ガク以上に積極的であり、登校の時にも香也の腕を抱いて離さなかった。昨日のガクが無邪気にじゃれついてくる感じだったのに対し、今日のノリの様子は、明らかに第三者の目を意識し、周囲に香也と自分の関係をアピールしようという意志が働いていた。
「ノリちゃん……なんか、背が伸びただけではなく、めっきり女の子らしくなって帰ってきたな……」 
 そう呟いたのは、いつも一緒に登校する生徒の一人、飯島舞花であった。
「……それで……今日は、ノリちゃんの番って、なんなの?」
 舞花は、ふと思いついた疑問を口にする。
「……そ、それは……」
 楓は、覿面にうろたえて口ごもった。
「最近では、みな、多忙になってきましたので……」
 取り乱した楓があらぬことを口走らないように、と、孫子がすぐに口を挟む。
「……香也様のお世話を、順番にすることにしたのです……」
「ああ。なる」
 舞花はあっさりと頷いた。
「ノリちゃん、きれいになって帰ってきたし、特定の誰かが絵描きさん、独占するといろいろやばいわけだ……」
 飄々とした口調で、舞花は孫子があえてぼかした部分をあっさりと言い当てた。
「……狩野君……」
 樋口明日樹が、なんともいいがたい顔をして、香也の顔をみた。
「……あっ。いや。
 たぶん、想像しているのと、違うから……」
 あわてて、香也はそんなことを口走る。
 なにがどう違うのかというと、この時に明日樹が漠然と想像したことよりは、香也を取り巻く現実の方が遙かに過激だったりするのだが……。
「……そう」
 決まり悪げに、明日樹は香也から顔を逸らした。
 明日樹は明日樹で、香也の慌てぶりをみて、思わずいかがわしい想像をしてしまった自分を恥いっている。
 ノリは香也の腕を抱く力を少し強め、樋口大樹は、「なんで、こんなやつばっかり……」とかなんとか、ぶつくさいっている。
「……そういや、ノリちゃん。
 明日のバレンタイン、なんか用意してる?」
 そうとは知らずに修羅場を呼び込む寸前だった舞花は、あっさりと別の話題をだした。
「他のみんなは、ノリちゃんがいない間に手作りチョコ、用意してたけど……」
「……ばれんたいん?」
 ノリは、キョトンとした顔をした。
「何、それ?
 あ。
 そういう行事っていうか、習慣のことは聞いているけど……。
 用意とか手作りとか、聞いてない……」
「……あれ?」
 今度は荒野が声をあげる。
「お前ら、仲いいから、てっきりその話し聞いていると思ったけど……」
「先週の土曜日に、荒野がみんなにチョコの作り方、教えたの」
 茅がノリに説明をはじめる。
「部活の一環として、学校の生徒たち向けのものだったけど……テンとガクも、紛れ込んで一緒に作ったの……」
「それ……ボク、聞いていない……」
 ノリが、一瞬、口惜しそうな顔をした。
「かのうこうやっ! 今日の放課後、時間あるっ!」
 可愛い顔に迫力をみなぎらせ、ノリは荒野に向かって、吠えた。
「……あるっていえば、あるけど……」
 荒野は、必死になって頭を回転させて逃げ道を探した。
「チョコの作り方なんて……図書館とかネットとかで、簡単に調べられるぞ……」
「みんなと同じでなけりゃ、意味がないのっ!」
「……そ、そういう、もんなのか……」
 珍しく、荒野が気圧されている。
「まあ……今日は予定ないから、協力してもいいけど……」
「よしっ!
 じゃあ、放課後に、うちに来てねっ!
 あとっ! 必要なものはっ!」
 語気の一つ一つに、気合いが入っていた。
「……はよっーすっ!」
 ちょうどこの時、玉木が合流した。
「って、何、この雰囲気は?」
「……ノリが、自分の分だけ手作りチョコがないから、今日中に作るといっているの」
「ああ。なる……。
 週末のあれ、ノリちゃんがいない時だったもんな……」
 玉木が納得した表情で頷いた。
「じゃあ、わたしもそれに便乗しようかな……。
 何? 場所は、絵描き君の家でいいの?」
「わ、わたしも、一緒にっ!」
 がっ!、と勢いよく、樋口明日樹が玉木に便乗した。
「いや……一人教えるのと、三人に教えるのとでは、あんま変わらないから……おれの方はどうでもいいけど……」
 投げやりな口調で、荒野が返答する。
 ここまで勢いづいたら、多少のことでは止められないだろうな……と、荒野は思った。
「……材料っ!」
 ノリが、そんな荒野に催促する。
 荒野は暗記していたレピシを思い出しながら、必要な材料を口頭で伝える。ノリは、自分の携帯を取り出して、荒野がしゃべった材料を書き留めた。
「……ノリちゃん、放課後待ち合わせて、必要なもの、一緒に買いに行こう……」
 樋口明日樹が、がしっ、とノリの肩に手を置く。
「……めがねっこすりーっ!」
 ノリと明日樹の肩に手を回して、玉木がわけのわからないことを叫んだ。
「……はぁーい!
 なに?
 朝から往来の真ん中で叫んだりして。
 それって最近の日本でのはやりなの?
 世界の中心で愛を叫んだり……」
「……ヴィ……」
 荒野がこめかみを指でマッサージしながら、諦観のこもった声をあげる。
 どこかで監視していて、声をかけるタイミングを見計らっていた……としか思えないタイミングだった。
 突如現れたシルヴィに向かって、玉木とノリがかくかくしかじかと「放課後、狩野家で荒野が手作りチョコ講習を開く」という情報を伝える。
 シルヴィ・姉崎は、「おぅ!」とかなんとか、いかにも芝居がかった仕草で声をあげながら、荒野が予測していたとおりに、
「……そういうことなら、ヴィもご一緒させていただいて……。
 日本の風習を体験するのも、一興ね……」
 などと言い出す。
『……どうか、これ以上ややこしいことになりませんように……』
 と、祈らずにはいられない荒野だったが……。
 その祈りは、結局聞き届けられることはなかった。
 すぐに、彼らの背後から、車のクラクションが聞こえる。
「……朝っぱら、なに道の真ん中でたむろっているんだ、お前ら……。
 ん?」
 三島百合香が、愛車の窓から身を乗り出して、そんな挨拶をかました。
『……これで……今日も一騒動は確実だな……』
 と、荒野は思った。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(232)

第六章 「血と技」(232)

 その日の昼休み、荒野たちは示し合わせて囲碁将棋部の部室に集合した。参加者は、荒野、茅、楓、孫子、玉木、有働、徳川の七名。
 ボランティア活動と自主勉強会、孫子の会社と「シルバーガールズ」……などなど、様々な活動を同時進行しているおかげで、定期的に集会して連絡を取り合った方が効率的だろう、ということで、皆の意見が一致したからだ。放課後にはそれぞれやることがあるので、校内の関係者が集まるのに都合のいい時間となると、昼休みくらいしかない。

「……ボランティアの方ですけど……参加希望者はそれなりに集まっていますが、ネックとなるお金、資金源の方が、相変わらず、あてがない状態です……」
 開口一番、有働がそういった。
「あまり、こういうことは強調したくないのですが……人手だけあっても、先だつものがなければ、出来ることは限られているわけで……」
「当座はうちからの寄付、という形で、出してもいいのだ」
 すかさず、徳川がそういう。
「税金対策にも、なるしな……」
「お気持ちは、ありがたいですけど……駄目です」
 しかし、有働は、きっぱりと断った。
「寄付そのもの……は、否定しませんけど……別に恒久的な資金源を作っておかないと、長続きしません」
「それで、シルバーガールズ!」
 玉木が、元気よく片手をあげた。
「あれって……本当に、お金になるんですか?」
 有働が、怪訝そうな顔をして玉木を見返した。
「なるよっ!
 今、すっごい、反応来ているんだからっ!
 ネットの方のアクセスも、増えているしっ!」
 玉木は、若干ムキになって答える。
「それ……今の時点で、具体的に、どれほどの金額を予測していますの?」
 孫子は、玉木に尋ねた。
「……ええっとぉ……具体的な数字は、今、ちょっとぉ……」
 途端に、玉木は口ごもる。
「……ちなみに……これ、この前試算してみたんですけど……」
 有働は、コピー用紙にプリントアウトした書類を全員に配りはじめた。あらかじめ、用意してきたらしい。
「……現在チェックしている場所の不法投棄ゴミを、自前で片づけると、これだけの金額がかかります……」
 有働に手渡された書類をみて、荒野や徳川は、
「まあ、こんなもんだろうな……」
 とか、
「妥当な線なのだ……」
 などと頷き合っている。
 孫子は、黙って頷くだけで、楓と茅は、書類に一応目を通したが、そこに示された数字がピンとこなくて、どう判断していいのか分からないらしく、困惑顔のまま、なにもいわない。
「……ちょっとっ!
 これ……水増ししてないっ!」
 玉木一人が、大声をあげる。
「たかがゴミが……なんで、こんなお金かけなけりゃ、なくらならないのぉっ!」
「たかがゴミ、でも……量が、量ですから。
 それに、これでも、かなり低く見積もっているんですよ……」
 有働はそういって、別の書類を回した。
「で、これが……削減できる費用を、可能な限り削減した際の、試算です。
 こっちのパターンですと、ゴミをあらかじめ分類して、リサイクルできるものはリサイクルの業者に、それ以外の粗大ゴミも、直接クルマで乗り付けて、行政指定の捨て場に持って行くことになります。
 このパターンですと、かなり安上がりになるんですが……」
「……さっきのより、こっちがいいじゃないっ! さっきの何分の一かですよっ!」
 玉木が、また大声をあげた。
「こっちの試算では……ゴミの運送にかかる費用を計上していないから、見かけ上、安く見えるわけです。
 仮に、トラック持ち込みで、ゴミを運んでくるボランティアが、必要数、確保出来たとしても……燃料費の問題があります」
「……のべで、何十往復……いや、百往復以上のオーダーか……。
 ガス代だけでも、ン千万とか軽くいっちゃうんじゃね?」
 荒野が、指摘する。
「それ……個々人で負担してくれっていったら……誰も、引き受け手、いないわな……。
 常識的に考えて……」
「……じゃ、じゃあ……。
 細切れにして、乗用車とかで、一人一回だけ運んで、とかいうキャンペーンとかやれば……」
「……その場合も、現場にはりついて、持って行くゴミの場所とかを教える人が必要になります。その人は、他人の私有地に、四六時中張り付いて、いつ来るか分からない協力者を待ち続けることになるわけですが……。
 学校に通っているぼくらには、無理ですね……」
 有働が、指摘する。
「……そういや、才賀の会社では、宅配便みたいな仕事もするんだよな?」
 荒野が、孫子に確認した。
「……ええ。
 荷物を配送した後の、空荷の社用車にゴミを乗せて、毎日少しづつ……ということなら、可能です。
 若干、燃料代が割り増しになりますが……これは、仕方ありませんね……」
 孫子も、荒野と同じことを考えていたらしかった。
「……現金を寄付するよりか、そっちを負担した方が、地元での会社の印象、良くなるんじゃねーの。
 どのみち、量が量だから、長期戦になるわけだし……。
 あとは……ゴミの仕分けか……。
 これ、マニュアルとか、もう作っているの?」
 荒野は、有働に確認した。
「簡単なものなら、一応、作ってありますが……。
 ぼくも、実際には一度もやったことがないので……そのマニュアル通りに行くのかどうか、心許ない状況です……」
 有働は、軽く首を振る。
「……じゃあ、そのマニュアル作成と、仕分けの人集めは、そっちでやって貰う……ってことでいいかな?
 どうせ……才賀の会社も、本格的に動き出すまで、まだしばらくかかるだろうし……」




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彼女はくノ一! 第五話(315)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(315)

「……あれ?」
 風呂上がりの楓は、ガクを背負った香也が玄関から入ってくるのを目撃した。
「ガクちゃん……」
「……んー……。
 プレハブで、寝ちゃった。
 そのままにしておくわけにもいかないから、連れてきた」
「……はあ……。
 今日も、朝早くからいろいろやっていたようですし……」
 と、楓は言葉を濁す。
 楓や荒野たちが、香也の関わりのない場所でいろいろと動いているらしい……ということは、流石に香也も気づいている。なにせ同居しているのだ。
 楓たちも、香也を巻き込むまいとは思っているようだが、特に秘密にしている、という風でもなく、例えば食事時などにも、三人組は平然と開発中のソフトの話しとかをしている。幼い声と口調に似合わない、香也にはまるで理解できない難解な専門用語の羅列だったが、香也に「彼女たちが、大人の専門家顔負けの仕事を行っている」ということを理解させるには十分だった。
「あっ……。
 後は、わたしが、部屋まで運んでいきますから……」
 楓は慌てて香也の背中に歩み寄り、ガクの体を受け取った。
 その際、湯上がりの楓の体臭が香也の鼻腔をくすぐり、香也は少しどきりとする。
「……んー……。
 お願い……」
 内心の動揺を隠すため、香也はことさらにゆっくりとした口調で答えながら、姿勢を低くして、楓がガクを受け取りやすいようにした。
 ガクの体を楓に渡すと、香也は再び庭のプレハブに向かう。
「……あの……」
 その香也の背中に、楓が話しかけた。
「また……見にいっても、いいですか?」
「……んー……。
 いいけど……」
 香也は、「いつもは断りをいれることもなく来るのに、今日に限ってなんで……」と訝しく思ったものの、別に断るべき理由もないので、軽い気持ちで快諾する。
 楓は、実は時間さえあればプレハブに立ち寄る常連だったりするのだが、すぐ側にいる時でも、いつも香也の邪魔をしないよう、気を遣って静かにしているので、香也も楓の存在を苦にする、ということはない。香也にしてみれば、絵を描く邪魔をしない限りは、相手が誰であっても拒否する理由はない、ということになる。
 しかし、その夜、楓が庭のプレハブに行くことはなかった。

「……ちゃんと報酬も出すのですから、真面目にやって貰わないと……」
 居間で、炬燵の上に自分のノートパソコンを置きながら、孫子が楓にいった。香也と別れて、ガクを三人の部屋に届けてからすぐに……楓は孫子に捕まった。
「……ボランティアの方で使用しているスケジュール調整のソフトを、こっちでも応用したいし……それに、これ、うちの系列で使用している、ロジスティック用の管理プログラムなのですけど……」
 楓の思惑はなど素知らぬ風で、孫子はノートパソコンを操作しながら、淡々と説明を続ける。
「基本的に、有りものプログラムに適宜、手を加えればなんとかなると思うのですが……あなた一人で無理なようでしたら、必要なだけ、人を使っても結構です。
 報酬は、出来高……提出されたものを、生産性その他の観点から評価して、その都度、支払います」
「あっ……はい……」
 プレハブにいる香也のことを考えがちだった楓は、目の前の現実に意識を集中する。
 複数の人手が必要な大規模な改良ならば、それに見合った報酬を用意する……ということなのだろう。報酬を保証した上で孫子の希望を伝え、その上で、楓の判断に委任している形だ。孫子のコネクションを考慮すれば、仕事を評価する伝手にも困ることはないのだろう。才賀系列の企業にあえて仕事を回さないのは、孫子が地元での雇用を確保することに拘っているからだった。
「これ……いつまでに、やれば……」
 期限を、尋ねてみる。
「当然の話ですが、早ければ早いほど、都合がいいです」
 孫子は、考えながら、答える。
「既存のソフトでも、多少、余分な人手がかかるとはいえ、通常の業務は、最低限、こなせるわけですから……。
 逆に、今あげた改良点にパッチを当てるとして、どれくらいの時間がかかるものなのか、こちらが知りたいですわ」
 どうやら孫子は、一回きりの大規模な改良というよりは、業態に沿った小規模な改良の積み重ねを、楓に期待しているらしい。
 学業その他と兼業でやる以上、楓にしてみても、明確に期限を区切られない方が都合が良かった。
「その、業務なんですけど……実際に実務に携わる人にしか思いつかない部分、っていうのが、あると思うんですね……。
 ですから、今のうちに、実働している人に話しを聞いてから取りかかりたいんですけど……。
 もう、働いている人、いるんですよね?」
「まだ、人数は少ないですけど……商店街回りでのチラシ配りとか、清掃とかの仕事は、試験的にはじまってます」
 孫子は、頷く。
「今の時点では、大半が一族の関係者ですが……そうですわね。
 あなたになら、彼らも本音で話してくれるでしょうし……あなたがヒアリングにいった時に協力するように、全員に通達しておきます。
 それから、うちの仕事をするのに必要でしょうから、業務用に一台、あなたにもパソコンを預けます。三人が使うのと一緒にこの家に届くよう、手配しておきましょう」
「……助かります」
 今度は、楓が頷いた。
 学校とか部活とかと平行して行う以上、自宅で作業できる環境があった方がいいに決まっている。
「現在、稼働している人員のデータについては、オンラインで確認できるようにしておきますから、好きな時間に話しを聞きにお行きなさい」
 こうして楓は、孫子の会社の、システム関係の非常勤顧問のような形に収まった。





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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(231)

第六章 「血と技」(231)

「……なんか……呆気ないっつーか……今回のは、素材として使えないっす……」
「いや……でも、女の子同士がバイオレンスなことする映像よりは、こっちの平和でいいですよ……」
 茅による種明かしをされた後、玉木と有働は小声でそんなことをぶつぶつ話し合っていた。
「……グローブってところで、思い出すべきだったな……。
 それ、野呂さんのやつのパクリだろ」
「……パクリではなくて、インスパイアなの」
 荒野が問いただすと、茅はさりげなく荒野から目を逸らした。
「……パクリだろうがインスパイアだろうが、必要な条件を満たす素材を確保するのに苦労したのだ……」
 徳川が説明をはじめる。
「透明度、強度、引っ張り強度……熱に対する耐性も要求されるし、重量制限も厳しい……。
 心当たりがあったから、なんとか調達出来たが……。
 かなり高くついたのだ……」
 徳川の説明によると、茅が使用したワイヤー状の物体は、某所から無理して都合して貰った、カーボン系の最新鋭ハイテク素材だという。
「軌道エレベータの建材として開発中の試作品を、無理いって譲って貰ったのだ……」
「代金は、後で働いて返すの……」
 茅は、平然と返す。
「それはいいのだが……」
 徳川は、ちらりとテンに視線をむける。
 テンは、体中に絡まったワイヤーを、ガクとノリに取って貰っている。
「……ガクではあるまし、テンがこんな単純な仕掛けにあっさりと引っかかるとは思わなかったのだ……」
「……ガクではあるまいし、っていうのは何だよーっ!
 こんなもん、予想できる方がおかしいよーっ!」
「痛いっ!
 ガク、引っ張るなってっ! 無理に引っ張ると痛いんだからっ!」
 複雑に絡まったワイヤーがなかなかほどけないので、こっちはこっちで、騒がしいことになっている。
「……トクツーさん……。
 これ、全然ほどけないけど……簡単に切る方法、ないの?」
 ノリが、げんなりとした表情で呟く。
「簡単に引きちぎれるようなら、こういう使い方はできないのだ」
 徳川は、したり顔で頷く。
「強いていえば……耐熱処理はしてあるとはいえ、もとはカーボンだからな。熱には、比較的弱い……。
 どれ。
 今、バーナーを持ってくるのだ……」
「でも、荒野。
 茅、テンに勝ったの。
 これで、体術を……」
「……楓……。
 基礎からみっちり、教えてやれ……」
 荒野は、仕方がないと思っていることを隠そうともせず、首を振りながら、楓にそういった。
「……はい……」
 荒野が不機嫌になったことを感じ、楓は小声で返事をする。
「やると決めた以上、本気で仕上げるつもりでいけ。
 茅だからといって、手加減する必要はない。半端に覚えると、かえって面倒なことになるし……」
 荒野はあえて、重ねてそう明言する。
 荒野が許可を出すのは「いやいや」だ。だが、やると決めた以上は、本気で茅を「使える所」まで持って行って貰わねば意味がない。
「分かりました」
 楓も、荒野の意図を察して、真面目な顔で頷く。
「茅様……覚えは早いから、わたしはあまり心配はしていませんけど……」
「……それで、そのグローブだが……」
 荒野は、今度は茅に向き直った。
「野呂さんのみたいに、先端にアンカーつけて射出したりできるのか?」
 落ち着いてくると……何しろ、珍しいツールだ。
 具体的な使用法や応用に関して、興味が出てくる。
「理論的には、可能なの」
 茅は、頷く。
「今回は、時間がなかったし、仮にそういう仕掛けを作ったとしても、茅の力では使いこなせないから、射出機構はつけていないけど……」
 遠くにあるモノや人にワイヤーを絡ませて……というのは、確かに一定以上の筋力がなければ、効果的な使い方が出来ない。
「この糸……もっといっぱい、用意できる?」
 テンを解放するためにバーナーを持ち出した徳川に、ノリが尋ねた。
「ボクたちなら、これ、もっと効果的に使うことが出来るけど……」
「そういうと思って、かなり余分に確保してあるのだ」
 徳川は、バーナーに点火しながら、つまらなそうな顔をして呟いた。
「非力な茅でさえ、あれだけ使えたのだから……あの素材を使ってお前ら専用の武器を作れば、もっと強力な使い方ができるのだ……」
「……考えておく……」
 ノリは、頷く。
「リーチが長くて、強度があって、視認しにくいワイヤーか……やれることが多すぎて、目移りがするくらいだよ……」
「……結構なことなのだ……。
 テン。
 熱いけど、少しの間、我慢するのだ……」
「……はいはーい……。
 放送部は、撤収。早く帰って仕度しないと、学校遅刻しちゃいますよーっ! 今ならまだ、朝ご飯食べても間に合いますよっー!」
 これ以上、ここにいる必要もないと判断したのか、玉木は周囲に向けて大声で叫んだ。玉木の声に反応し、ぞろぞろと撮影機材を片付けはじめる放送部員たち。
「……今回、こっちはあんま収穫なかったけど、そっちはそれなりに得るところがあったようっすね。
 また、学校ででも詳しいこと教えてください……」
 とかいいながら、玉木たち放送部員は撤退していった。
「……おれたちも、帰るか……」
 荒野が茅にそういうと、グローブを脱ぎながら、茅は頷いた。




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彼女はくノ一! 第五話(314)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(314)

 狩野家のその日の夕食は、重苦しい雰囲気に包まれていた。
「……おにーちゃん。
 はいっ。
 あーんして……」
「……んー……。
 いい。
 一人で、食べられるし……」
 帰宅後の香也に、ガクがべったりとくっついて離れないため、他の少女たちの顔が、軒並みひきつっている。
 当番制、とかいうのを決めた場に羽生も居合わせたわけだが、その後、籤引きで、よりにもよってガクが、最初の「香也番」ということになったらしい。
 よりにもよって……というのは、この中でガクが、一番「限度」とか「加減」というものを知らない性格だったからだ。よくいえば純粋で天真爛漫、悪くいえば自分の欲求を追求することに忠実で、場の空気を読まないというガクの性格は、「当番制」が本質的にはらんでいるいびつさを浮き彫りにした。
 つまり……いかに、他の少女に不服があろうとも、 香也自身が嫌がらない限り、香也番に当たった少女の増長を止める術がない。
 かくて、ご満悦のガクと、ガクの密着ぶりを受け流している香也、重苦しい雰囲気に耐えかねている羽生の三人を除く全員が、ひたすら不機嫌そーな表情をして黙々と箸を動かし続ける。
 はしゃいでいるのはガク一人であり、いつもは普通に存在する会話というものが、その日に限って一切なかった。
『……こんなんが……』
 これから当分続くのか……と、羽生は内心でげんなりとする。
 それから、
『いや……それでも……』
 ガク以外の少女たちの反応をみていると、この不自然な当番制とやらも、あまり長続きはしないのではないか……と、思えてくる。
 この分だと、当番制を決めた当事者たちの間に不満や鬱憤が溜まって、数日と持たずに瓦解する……という可能性も、十分にありえた。初日の今日でさえ、ガク以外の全員にかなりのストレスが溜まっている。羽生の目には、これが決壊するのも、時間の問題……のようにも、見えた。
『……どうせ、駄目になるんなら……』
 早く駄目になって欲しい、と、羽生は切実に思う。
 こういう重苦しい雰囲気は、羽生が苦手とするところだったし……遅くとも真理が帰ってくる前に、この不自然な状態にケリをつけて欲しい……と、羽生は願った。

 夕食が終わると、いつもなら夕食後の日課である勉強を先にすませていたので、香也はそのまま庭のプレハブに向かった。
 当然のような顔をして、ガクも香也の後についてくる。
「……んー……」
 プレハブの中に入る直前に、香也はガクに向き直り、あえて注意した。
「……来るのは、いいけど……絵を描いている時は、静かにしてて……」
 ガクとて、悪気があるわけではないし、たいていのことには拘らない香也にしてみても、譲れない一線というのはある。
 香也に念を押されると、ガクは「わかっているよぉ。おにーちゃんの邪魔はしないって……」と、口をとがらせる。
 一抹の不安は感じたが、まだ何もしていないガクをプレハブから閉め出すわけにもいかず、香也とガクは一緒に中に入った。
 いつもの手順でストーブに灯油をいれ、火をつけ、香也は少し考えて、描きかけのキャンバスの中から一枚を取り出し、イーゼルに立てかける。
「……わっ……」
 キャンバスに描きかけの絵をみて、ガクが小さく声をあげた。
「これ……ゴミ捨て場の……」
「……んー……。
 そう。
 学校の人に頼まれて描きはじめたけど、なんか、描いているうちにおもしろくなってきて……。
 もう、八割くらいは、できてるんだけど……」
 ボランティア関係のポスターに使用するため、有働経由で依頼され、描きはじめたのだが……今では、香也の方がこのモチーフに夢中になっている。
 有働と相談した結果、ボランティアのサイト向けには軽く彩色した「現場」のイラストを何枚か渡し、それとは別に、ポスターに使用するために、大判の絵を用意することにした。
 それが、今、香也とガクが目にしている「これ」なのだが……。
「……これ……写真みたいにリアルだけど……なんか……実物よりも、迫力があるというか……みていて、もの悲しい気持ちになってくる……」
「……んー……。
 そう?
 ぼくは、これ、見たままを描いているだけだから……」
 筆の準備をしつつ、香也はガクの感想を軽く受け流す。
 今回、香也は完成品をイメージしながら、数種類のパターンを検討してみたのだが、いくつかあった案の中から、写実的な、あまり描いた者の意図を表面に出さないタッチを採用した。
 画面内に、大小さまざまなモノが溢れかえっていて、あまりタッチをくどくすると、息苦しい印象を与えるということもあったし、それ以外にも、このモチーフの場合、変に香也の主観を強調しないほうが、かえっていい結果を生むような気がしたので、香也は、できるだけ写実的なタッチをこころがけた。
「じゃあ……はじめるけど、描いている時は、集中したいから、なるべく話しかけないで……」
 香也はガクにそう前置きして、絵の具を絞りはじめる。

 ガクが、香也が絵を描くのをじっくりとみるのは、実はこれがはじめてのことだった。もちろん、完成品や未完成品の絵は、かなりの目にしている。しかし、描いている最中の香也を、じっくりと見るのは、確かにこれがはじめてだ。
 最初のうち、少し離れたところから香也の背中をみていたガクは、次第に背中だけでは満足できなくなり、香也の邪魔をしないように足音を忍ばせて、徐々に距離を詰めていく。
 絵を描いている時の香也の肩や腕の動きは、リズミカルで、動きに迷いや「止め」がない。
 あくまで、なめらかで……自分も体術を仕込まれてきたガクは、その熟練した無駄のない動きに、「洗練」をみた。
 そう。
 今の香也の動きは、何年も、何千何万回も反復練習をしてようやく到達する、武術のフォームと同じくらいに「仕上がっている」。
 ノリとは違い、ガクは、完成品の絵そのものにはあまり興味を持てなかったが……それでも、今の香也のように動けるようになるのなら、絵を描くのもおもしろいかも知れない……と、思いはじめる。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(230)

第六章 「血と技」(230)

「……武器……だって?」
 荒野は反射的に茅の言葉を鸚鵡返しにする。
 どうみても……茅の、それは……肘から先をすっぽり覆う、ゴムか何かの長手袋にしか、見えない。
「……見てれば、分かるの」
 茅はそう答えるだけで、荒野の不審そうな声には答えず、テンの前まで歩いていった。

 五メートルほどの距離を置いて、茅がテンの前に立ち止まると、完全武装のテンが、
「……はじめる?」
 と、茅に声をかける。
「いつでも、いいの」
 茅も、静かな口調で頷いた。
「最初にいっておくけど……やるからには、手加減をするつもり、ないから……」
 テンは、茅に向けていった。
「手加減をする必要は、ないの」
 茅が、平静な声で答える。
「それに……油断をしていると、怪我をするのは、テンなの」
 茅の言葉を聞いて、テンは、首を傾げた。
 茅の性格を考慮すると、このような場面で、意味のないはったりをかますとは思えない。
『……まあ、いいや……』
 やってみれば、わかるや……と思い、テンは油断することなく、六節棍を構える。
「……行きます」
 一応、宣言して、茅に向かって殺到した。
 無言で打ちかかっても良かったのだが、茅は、テンと同じく「完璧な記憶力」を持っている。テンが次のモーションに移る時の微妙な前兆は、すべて記憶しているとみていて、まず間違いはない。
 案の定、特に手加減したつもりはないのに、テンの第一撃目は茅に軽くかわされた。
 テンの一撃を避けた……というよりは、攻撃を先読みして、体を捌いていた……といった態の、動きだった。これだと、驚異的な速度とかは必要がない。
『……こういうの、敵に回すと……』
 やっかいなものだな、と、テンは思う。
 少し先を読んで動く、というのは、いつもなら、テン自身が相手にしかける側なのだが……。
『でも……』
 それでも、茅とテンでは、身体能力が圧倒的に違う。速度も体力も、テンの方が茅を軽く凌駕している。
 茅に肉薄した状態で、テンは、一度振り切った六節棍を、素早く反対側に返した。
 距離を詰めた状態で、攻撃を連発すれば、多少動きを先読みされても、回避のしようがない……。
 第二撃目も、茅は姿勢を低くして、かわす。六節棍は、轟音をたてて、しゃがみこんだ茅の頭上を通過した。
 まだまだ、茅の動きに、余裕があった。
『……まだまだっ!』
 テンは、休む間もなく茅を攻撃した。
 当たらないからムキになっているわけではなく、攻撃を連続することで、回避し続ける茅の体力を奪う作戦だった。
 五回、六回……とテンが六節棍を振り回しても、むなしく宙を切るだけで、すぐそこにいる茅の体には当たらない。
 しかし、対戦を開始して二分とたたない短い間に、茅の息は明らかに荒くなっている。
『……いけるっ!』
 と、テンは思った。
 今度は棍だけではなく、手足も使用した連携技を試してみよう……と、テンは判断し、即、実行に移した。
 そして、次の瞬間……。
 テンは姿勢を崩し、無様に転倒した。

「……えっ? あれ?」
 玉木が、間の抜けた声をあげる。
 その他の、大勢のギャラリーと同じく……玉木には、「何で、テンがあそこで転ぶのか」、まるで理解できていなかった。
「……今の、何?
 わたしには……連チャンで攻撃してたテンちゃんが、勝手に転んだように見えたけど……」
 玉木は、傍らにいた荒野に、もの問いたげな顔を向ける。
「……おれに聞くなよ。
 おれも、何がなにやらわからないんだから……。
 あのグローブに秘密があることは、まず確実だろうけど……」
 荒野は、徳川に視線を向ける。
 徳川は、したり顔でにやにや笑いを顔に張り付けていた。
「タネを知っていそうな奴は、どうやら解説したくはないらしいし……。
 才賀か楓、何かわかるか? あれ……」

 転倒したテンは、何がどうなったのか、まるで分かっていなかった。分からないながらに、必死に頭を回転させ、状況の分析を試みる。
 そうしながら、油断することなく、周囲に目配せをする。
『……さっきは……』
 軸足に、抵抗を感じた。
 足首を引っ張られる感触があって、気がついたら転倒していた。
 問題は……その時の茅は、テンの攻撃を避けるのが精一杯の様子で、テンに何かを仕掛ける余裕があるようには見えなかったことだ。
 テンは、ついさっきの出来事を振り返りながら、身を起こそうとする。
 そして……愕然とした。

「……今、テンの体は、細くて頑丈な繊維で幾重にも戒められているの……」
 茅の声が聞こえる。
 確かに……起きあがろうとしたところ、テンの手足は自由に動かなかった。
 六節棍と、手と、足とが……複雑に、目に見えない力によって、結びつけられている。
 右足を動かすと、左手が、背中に引っ張られる。
 六節棍の一端が、左手首にくくりつけられ、さらに、右の腿あたりにも、固定されている。
 茅がいうとおり、細くて頑丈な繊維……視認しにくいほど細くて、強度のあるワイヤーで、縛られている……と考えると、確かに、現在の茅の状態の説明には、なった。
 手の内のさらした茅は、苦労して上体を起こしたテンの周囲を、距離を取りながら、ぐるぐると回っている。
 テンは、目を凝らす。
 注意深くみてみると……確かに、茅の手元から自分に向かって、細長い「何か」が延びている。
 時折、光線の加減で、その「何か」がキラリと反射した。
『……そういう、ことか……』
 テンは、納得する。
 テンの一方的な攻撃から逃げる一方に見えた茅が、テンの周囲をぐるぐると回っていたことも、茅がしていた奇妙なグローブも……タネが分かってしまえば……実に単純なことに思えた。
 テンがそんなことを考えている間にも、茅は腕をかざして、ぐるぐるとテンの周囲を回っている。
 この方法なら……攻撃を避ける能力さえあれば、極端に強靱な肉体は必要ない。
 相手に何を仕掛けているのか、気取られることなく、近寄って……体か持ち物のどこかにワイヤーを引っかけ、後は相手に暴れさせておけばいいのだ。
 それだけで、相手は、文字通り「自縄自縛」の状態になる。
『……しかも……』
 テンの力でも、用意に引きちぎれない強度を持つ、ということは……。
『……プロテクタがなければ、血だらけになっているな……』
 茅のワイヤーは、使いようによっては、立派な武器になる。
 いや。
 今回のような近接戦闘だけではなく、トラップを仕掛けるのにも、都合がいい。汎用性、ということでいえば、六節棍よりも上なのかも知れなかった……。
「……いいですっ!
 負け、負けましたっ!」
 テンが、相変わらずぐるぐるとテンの周囲を回り続ける茅に、そう宣言した。
 まったく……なんで自分は、この手の「絡め手」について、警戒しなかったのだろう?
 身体能力については、圧倒的な各差があることは、テンも茅も「前提」として認識していた筈だ。
 だから、茅は……そのような不利な前提をものともせず、それでも「勝てる」方法を考案し、準備し、実行した。
『……それに、引き替え……』
 自分は、何の準備も、警戒もしていなかった。
 これは……能力の差を自明視した慢心だ……と、テンは、自分の心に刻み込む。
 そう。
「身体能力」などという直線的なパラメータによる優位など、ちょういとした創意工夫によって覆せる程度の、脆い優位なのだ、と……。 




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彼女はくノ一! 第五話(313)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(313)

 香也の言葉を聞いた柊誠二は、目を見開いた。
「……おま……。
 それ、本気でいってるのか!?」
 柊は思わず香也につかみかかろうとして、楓の視線に気づき、あやういところで自制。
 声を低くして、香也に尋ねる。
「……ほんとに……。
 こんな子たちに囲まれて暮らしてて……お前、なんとも感じないのかよっ! 健全な野郎なら、我が生涯に一遍の悔いなぁーしっ! とかいって、狂喜するシュチュだろ、ここはぁっ!
 その年齢で枯れてんのかっ!
 悟りかっ! 悟りを開いたのか、お前はっ!
 末はブッダか、仙人かっ!」
 最初のうちこそ声をひそめていたが、柊はすぐに自分自身の声にヒートアップし激していく。
「……お馬鹿……」
 少し離れたところで成り行きを見守っていた樋口明日樹が、他人事のような口調で率直な感想を口にした。
 それがきっかけとなって、
「やーねー、男子って……」
「柊君、さいてー」
 などの声が人だかりの中から聞こえてくる。声の主は、主として女子だった。
「……んー……」
 香也は少し考えた後、
「別に悟っているわけではないけど、この生活は、これでなかなか大変だし……」
 香也の本音だった。
 香也は面倒くさい、という理由で人付き合いを避ける傾向があるが、だからといって取り立てて無愛想だというわけでもない。
 むしろ、明確に自分に向けられた言葉にたいしては、律儀に答えようとする。
「……たい、へん……」
 しかし、香也の返答を聞いた柊は、愕然とした表情をしていた。 
「そうっすか……。
 それはもう、大変なことになっているんですか……」
 柊は、「……負けた……糸目に負けた……」とかぶつぶつと小声で呟きながら、よろよろとした足取りで何処かへと去っていった。
 柊は香也が口にした「大変」という単語から、瞬時にとんでもない想像力を駆使して勝手に敗北感に包まれて打ちひしがれている……らしい。
 まあ、実体の方も、柊の想像とさして変わりはなかったりするのだが……。

「……なんか、変な人だったね。
 学校って、ああいう人が、いっぱいいるの?」
 帰路、ガクが無邪気な声で、誰にともなくそう尋ねる。
「さっきの人、待ち合わせをしているからって何度断っても、ボクとか双子のおねーさんをしつこくお茶に誘ってきたてたんだけど……」
 紛れもなく、ユニークな存在であるガクに「変な人」呼ばわりされた柊という一年生の顔を思い浮かべながら、明日樹は、
「……彼はまた、特別っていうか……ああいう人、そんなにいないよ……」
 と、いっておく。
 そういってガクの顔をみた明日樹は、「……あれ?」と小さな違和感を覚えた。
 なんか……ノリほど極端に、ではないけど……この子……少し前より、雰囲気がしっとりとしてきていないか?
 挙動や言葉遣いは、いつもと変わらないのだが……なんとなく、大人っぽくなったような……。
 そのガクは、荒野の腕に縋りながら、無邪気な笑顔を見せている。
 少し前なら、子供がじゃれついているようにしか見えなかったけど……今は、なんか、「女性の媚態」のように感じるのは……気のせいだろうか?
 明日樹は横目でちらりと視線を送り、楓が複雑な表情で、香也の腕を抱いているガクを見ているのを確認した。孫子の場合はそうでもないのだが、楓は、自分の感情を隠すことが下手で、思っていることが顔に出やすい。
 楓の表情を確認した上で、
「……やはり、自分の錯覚ではないらしい……」
 と、明日樹は確信する。
 どうも、狩野家の内部で、人間関係を変化させる、何事かのイベントが起こったことは確実らしい……と。
 楓がこんな複雑な表情をしながらも、ガクを香也から引き離そうとしない……というのは、これまでのことを考えると、やはり「なんらかの理由」があるとしか思えないのであった。
 でも……まさか、学校からの帰り道で込み入ったことを問いつめるわけにもいかず、明日樹も楓と同様に複雑な表情をして、歩いていく。
 マンションの前で茅と酒見姉妹と別れる。
 普段の通りなら、狩野家の前で楓とも別れ、そこから明日樹の家までの短い距離を歩く間、香也と二人きりになる筈だったが……何故か、この日に限って、明日樹を送っていく香也に、ガクもついてきた。
 そのため、結局、明日樹はこの日、香也を問いつめる機会を得ることはなかった。

「……おにーちゃーんっ!
 来週、学校でテストあるんだってねっ! 勉強しよう、勉強っ!」
 一方、明日樹を送った後、香也とともに帰宅したガクは、相変わらず香也にまとわりついていた。
「……ご飯できるまでの間っ!
 ボク、おにーちゃんの学校で教える程度のことなら、知ってるからっ、おにーちゃんにも教えられるよっ!」
 ガクだけではなく、テンやノリも、島で暮らしている時に、じっちゃんなる人物により、義務教育レベルから分野によっては高校卒業レベルまでの知識を、徹底的に「基礎知識」として叩き込まれている。ペーパーテストで計測できるタイプの知識の量、ということでいえば、決して成績が良いわけではない香也の比ではないであろう。
 また、そのようにいわれると、香也の方にも断る理由が思いつかない。孫子や楓に勉強を見て貰うのはよくて、ガクに同じ事をされるのが駄目だとかいうわけにもいかなかった。
 しかたがなく香也は、少々ハイになっているガクを警戒して自室で二人きりになることは避け、ガクを居間で待たせておいて、一旦、自室に入って制服を着替え、勉強道具を持って居間に引き返した。
 すぐそこの台所では、テンとノリ、それに楓の三人が夕食の支度をしており、居間にいる限り、無用のトラブルは回避できる筈であった。仮に、何かの間違いでガクがその気になっても、他の少女たちが香也を救援にかけつけてくれる筈……である。
『……だけど……』
 炬燵に入ってノートを広げながら、香也は思う。
 昨夜、急遽決定した「当番制」とやらが実施された初日から、この状態である。
 この日の香也の心労は、従来の比ではない。
 ガクと一緒にいたのは登下校時のごく短い時間だったが、「一対一で他人とつき合う」、ということが、香也にとってどれほどの心理的負担をもたらすのか、改めて香也に認識させる一日となった。
 ガクは、そんな香也の心証など汲むこともなく、無邪気に香也のそばにいることを喜んで、体をすり寄せてくる。 




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(229)

第六章 「血と技」(229)

 翌朝、ランニング時に、茅とテンはいつものコースから外れ、徳川の工場に向かった。その他の連中も、ぞろぞろとその後ろをついていく。
 茅が、本格的に体術を修養する条件として、荒野が出した条件……テンとの模擬戦を、登校前にすましておく……と、いうことだった。
 茅とテンの話しによると、「派手なことになりそうだから」人目を避けておいたほうがいい、ということだった。
 徳川の工場に到着すると、白衣姿の徳川はとともに、野呂静流や仁木田の一党、佐藤、田中、鈴木、高橋の四人組も含めた一族の者たちが勢ぞろいしていた。
 この土地に流れてきた一族の関係者が、総出で見物に来ているのではないか……という、人数だった。
「……仁木田さんや、静流さんまで……」
「こんな好ガード、見逃すかよ。
 三人はともかく、お前ら加納が抱えている姫さんのデータは、極端に少ないんだ……」
 仁木田は口の端をつり上げて、荒野に答えた。
「お、同じく……の、野呂としても、実地に確認しておかなければならない、一戦なのです……」
 静流も、真面目な表情で答える。
 そんな会話を続けているうちに、
「……やっ、はぁっ、はぁっ!」
 ずさーっ、と、玉木が自転車のまま工場内まで駆け込んできた。
「おおっ!
 カッコいいこーや君っ!
 まだ始まってない? 間に合った?」
 挨拶も抜きにして、息を切らしながら、玉木が叫んだ。
「……茅たちなら、準備があるとかで奥に引っ込んでいるけど……。
 玉木、寝ぐせ……」
 荒野は玉木に向かって、自分の後頭部を指さしてみせた。
「……やっ、いや、これは……。
 あはははははっ!
 いや、滅多にしない早起きなんかしちゃって、そのままソッコーで来たからさぁっ!」
 玉木は、手を後頭部に当てて髪を押さえつけながら、ことさらに大声をだして誤魔化した。
「……ところで……その、勝負っての、すぐ終わるの?
 あんま、長引くと、学校が……」
 ……こいつが来た、ということは、放送部の撮影舞台もおっつけ集合するんだろうな……と予測しながら、荒野は、
「テンはともかく、茅はそんなにスタミナないから、長引くことはないよ……」
 と、いっておく。
 常識的に考えれば、一対一で茅とテンが勝負した場合、茅が勝つ可能性は万に一つもない。身体能力の基本性能が、土台からして違いすぎる。
 普通に考えれば、一瞬で茅がテンに叩き伏せられて、終わりなんだが……。
『……でも……茅、妙に、自信ありげだったんだよな……』
 荒野が見落としているところで、茅なりに、成算があるのか……。
『まあ、実際に見てみればわかるか……』
 玉木に続いて、顔見知りの放送部員たちがわらわらと集合してきて、持参したり工場内に保管しているカメラをあちこちに設置しはじめる。
 この頃には放送部員たちも、被写体の機動力についての予備知識を持つようになってきているため、かなり広範囲に多数のカメラを分散して設置するようになっている。この手の記録作業に関しては、徳川が理解のあるスポンサーになっていて、高感度のカメラを率先して調達してきている。どうも徳川は、玉木のそれとは微妙に方向性の違った、「好奇心」を一族や新種たちに抱いているらしい。生体は専門ではない、という徳川の興味は、もっぱら「性能」の方に向かっている。一族や荒野のそれにも興味はあるのだろうが、今の時点では、その徳川の好奇心は、速度や筋力などにおいて、他の一族を大きく引き離す、新種たちの性能に注目している。
 まとめたデータをどこかに公表しようとしているわけではなく、純粋に好奇心を満たそうとしているだけであることを理解しているので、荒野は徳川の記録行為をあえて黙認している。
 将来、今のところはその必要を感じていないが、荒野が必要を感じれば、徳川が収集したデータをコピーして貰うことも、一応は考慮はしていた。荒野がその必要を感じるよりは、涼治をはじめとする一族の上層部が、そうしたデータを欲しがりそうな気もするのだが、今のところ、徳川や放送部にその手の交渉を目的に接触してきている形跡は見られない。
『……やつらを、本気で一般人にするつもりなのか……それとも、十分に成長するのを待っているのか……』
 あるいは、荒野が想像できないような思惑があるのか……今の時点では、荒野には何ともいえなかった。
 確かな事実としては、荒野も茅も新種も、今のところは、完全に行動の自由を保証されて……別の言い方をすれば、泳がされている。
 荒野にとっては、そうした現在の状況は、心地よかったりするのだが、涼治の本当の思惑について、なかなか予測がつかなくて、困惑している部分もある。荒野が何を聞いても涼治は、「好きに楽しめ」としか返答してこない。
 都合がいい、と思う反面、ここまで好き放題にしても特に諫められることもなく放置されている現状に、「気味が悪い」という気持ちも、拭いきれなかった。
 何しろ、香也は一族最大のタブーである「秘匿性の意図的な暴露」を行っているのにも関わらず、とがめられるどころか、妙に協力的な反応があったりもする。
 たまたま、一族がそうした変質を必要としていた時期に、茅たち新種が現れたとみるべきか、それとも、他の思惑があって、荒野たちの行動と存在が黙認されているのか……荒野の立場では、見極めることがかなり困難であった。
 このあたりのことについては、とやかく考えても仕方がない側面もあるので、普段、意識に昇らせないようにしているのだが……そうした大状況について、正確な判断をすることを望むのなら……。
『……もっと、外部へのコネクション……信頼性の高い情報網が、必要だ……』
 と、荒野は判断する。
 今まで、障害のほとんどを海外で過ごしてきた荒野は、「加納本家の直系」という名望とはうらはらに、国内には、これといった故知をほとんど持っていない。幼少時に涼治の引き合わせで顔を合わせた者、海外での仕事絡みで知り合った者などが多少いる程度だったが、それだけでは量的にも足りないし、また、人材的にも偏りがあるため、多角的な視点からみた情報評価ということが、事実上不可能なのであった。
『……これも、今後の課題だな……』
 荒野は脳裏に書き留める。
 六主家と一般人社会、それに悪餓鬼ども……などの間を縫って、長期的なサバイバルを行うとなると、その手のマクロな視点で物事を判断する役目は必要不可欠だ。
 そして、資質とポジジョン的なことを考慮すると、その仕事をするのに一番適しているのは、荒野自身なのだった。

 荒野がそんなことを考えているうちに、準備を終えた茅とテンが、姿を現した。
 テンは、ヘルメットにプロテクタ、それに六節棍を手にしたシルバーガールズの完全装備。
 茅の方は……。
「……どうしたんだ、茅……。
 その格好は……」
 荒野が、尋ねる。
 茅も、長い髪をうなじのあたりでまとめ、ヘルメットをかぶり、ゴーグルで目の周辺を隠していた。
 その程度の用心ならば、荒野にしても、まだしも納得ができる。
 テンの相手をする……ということは、生半可な事ではない。防護策を講じておく用心くらいは、必要となるだろう。
 不可解なのは……それ以外にも、茅は……スポーツウェアの上から、奇妙なグローブをはめていることだった。
 シルバーガールズのプロテクタほどの嵩はないから、耐衝撃などの「防護」を目的としたものではないのだろう。茅の肘から指先までが、ゴムかプラスチックのような、光沢のある、質感の布状の材質ですっぽりと覆われている。
「これは、茅の特性を最大限に生かす武器。
 徳川に発注して、作らせておいたの……」




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彼女はくノ一! 第五話(312)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(312)

 家での時間が徐々に賑やかになっていくにつれ、最近の香也にとって、学校にいる時間は安心して過ごせる期間として機能していた。家での賑やかさも決して嫌いではないのだが、静かに絵に取り組めないことと、何かというと「誰を選ぶのか」と決断を迫られることだけは、どうにも煩わしい。学校にいる限り、それらのプレッシャーとは無縁であり、なおかつ、放課後になれば好きなだけ絵に集中できる。
 だから、ここ最近の香也は、放課後、美術室にいる間だけ、以前にもまして穏やか、かつ、満ち足りた表情をしていた。
 そんな香也をみて、
『……最近、張り切っているなぁ……』
 と、樋口明日樹は思う。
 以前から香也のことをよく観察していた明日樹は、一見して変化に乏しく、見分けにくい香也の微妙な表情を、ある程度読めるようになっていた。
 その明日樹自身は、こうして毎日のように部活に出るのも、あと僅かにという時期になっている。三年生になったら、受験勉強に専念するため、部活への参加は控えるつもりだった。週に一日か二日、顔を出して、三年生の期間をかけて、一枚の完成品を仕上げて、卒業するつもりでいた。時期が遅くなると受験の準備も追い込みに入るから、そうして回数を減らしても、実質的に参加できるのは、前半の半年くらいのものだろう。
 こうして香也と共有する時間が残り僅かになってきた最近になって、明日樹は香也の変化を感じていた。
 以前より、多くの人と交わるようになったせいか、香也は……以前より、自分の殻を固持しないようになってきている……ように、明日樹には、思える。
 同年輩の同居人たちの押しが強い、どのみち香也を放置しておかない……というのが、一番大きい、と、明日樹は思う。
 そして、香也の方も、アグレッシブな彼女たちに若干辟易しながらも、その実、本気で嫌がっている風でもない。
 自分には、あれほどの強固に自分の意志を香也に押しつける、積極性は持てないし……それに、彼女たちの存在が香也にいい影響を与えていることも、認めないわけにはいかなかった。
 日常の、ちょいとした時の、香也の挙動もそうだが……香也の描く絵が、彼女たちが来る前と今のとでは、全然、違ってきている。
 技術的な部分も、時間相応に上達していると思うが……以前の香也の絵には、どこか冷たさやそよそよしさが漂い、どことなく、見る人を拒絶するような距離感を、感じさせてた。しかし、今の香也の絵は、どことなく暖かく、血が通っていて、見る人を和ませるようになってきている。
 そうした香也の変化をもたらしたのは、自分ではなく彼女たちの存在なのだ……ということを考えると、明日樹は複雑な心境になる。明日樹の目の届かないところで、どんなことが起こっているのか、明日樹には想像もできなかったが……彼女たちと香也の距離が、日を追うごとに確実に縮まっているのは、見ていれば感じ取れる。
 そうした変化は、あくまで、「彼女たち」という複数形で起こっており、その中の特定の一人が香也と親密になった様子もないから、明日樹も、まだしも平静でいられるが……それにしても、彼女たちが、明日樹の知らないところで香也と時間を共有し、親密さを増している……という事実は、明日樹の気分を落ち着かなくさせる。
 彼女たちのように、同居しているわけでもなく、また、必ずしも自分の容姿に自信を持っているわけではない明日樹は、「落ち着かなくなったから」といって、自分から積極的に香也にどうこうしよう、とは思わなかったが……。
 いや。
 より正確にいえば、仮に思ったところで、明日樹には、自分から香也に働きかけるほどの勇気も、なかったわけだが……。
『……そこも……』
 彼女たちとの、大きな差、だよな……と、明日樹は思う。
 以前に孫子が、クラスメイトが注視する中で、「片思いの相手がいる」と堂々と宣言した場面を目撃しているからこそ……。
 なおさら、あそこまで堂々とできないよな……と、思ってしまう。
 良くも悪くも樋口明日樹は、その内面も容姿も気標準的な、年齢相応の平凡な少女であり……また、本人も、そのことを、ともすれば必要以上に自覚する傾向が、あった。

 最終下校時刻が近づいたことを告げる放送があり、画材を片づけている最中に、楓と茅が迎えに来た。
 楓は、一応、下校時の茅の護衛役の任を荒野から解かれているのだが、楓も茅も、自分たちの用事で、毎日のようにギリギリまで居残りしているので、結局、みんなで一緒に帰る形になる。
『……こうして、みんなと一緒に帰ることも……』
 あと、いくらもないんだな……と、帰り支度をしながら、明日樹は少し感傷的になる。

 校門前に、奇妙な人だかりができていた。
 下校するために、そこのそばを通りすぎようとすると、
「……おにーちゃんっ!」
「「……茅様っ!」」
 人混みを割って、ガクとカラフルなメイド服を着た双子が、香也たちの一団に近寄ってきた。
「……迎えに来たよっ!」
「「……お迎えにあがりましたっ!」」
 近寄ってきた三人のうち、メイド服を着た双子をみた明日樹は、その場で回れ右をして逃げ出したくなったが、自制心を総動員して、なんとか踏みとどまる。顔から血の気が引き、強ばってしまうのは、自分の意志では止めようもなかったが。
 彼女ら、三人を取り囲んでいた生徒たちが、軽くどよめいていた。
「……ボク、来年からここに通うから、先輩たち、よろしくねーっ!」
 ガクが、どよめいている野次馬な生徒たちに向かって、元気よく手を振る。
「……おい、糸目……」
 いつの間にか、香也の背後に近づいていた男子生徒が、香也の首に腕を回していた。
「……たった今、聞いたぞっ!
 お前の家、くノ一ちゃんや才賀さんだけでは飽きたらず、こんなに可愛いシルバーちゃんまで同居だってなっ!
 なんだそれはっ!
 どこをどうしたら、そんな不公平なことが起こり得るんだ……」
 ……明日樹は名前までは記憶していなかったが、たしか、香也と同じクラスの……。
「柊」
 茅が、香也の首に腕をかけようとしていた一年男子に、声をかけた。
「それ以上、すると……楓が、黙っていないの」
 決して、大きな声ではなかったが……逆らいがたい、威厳を備えた声だった。
 茅に「柊」と呼ばれた生徒は、茅と、凍りついた笑顔を浮かべた楓とを、交互に見る。
「知らないかも、しれないけど……怒った楓は、最強なの」
 メイド服の双子が、茅のすぐ後ろで、ぶんぶんと首を縦に振っている。
「……あっ。あっ。あっ」
 訳が分からないながらも、彼女たちの態度から、自分が何かとんでもない失態をしでかしかけた……ということを、何とか悟った柊は、香也の首に回していた腕を解いた。
「わ、悪い……そんな、つもりじゃ……」
「……んー……。
 いい」
 当の香也だけが、いつもの通りにマイペースだった。
「みんな……大袈裟すぎ……」




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(228)

第六章 「血と技」(228)

 食事が終わり、情報交換とも雑談ともつかない談義もひと段落すると、ちょうど甲府太介と約束していた時間に近づいた。約束の八時より五分ほど前に、インターフォンが鳴り響き、甲府太介に伴われたスーツ姿の中年男性が玄関先に姿を現した。
 気慣れていないのか、スーツがまるで似合っていない中年男性は、出迎えた双子のメイド服にひどく驚いた顔をしていたが、荒野が顔をみせるととたんにほっとした表情になる。
 中に招き入れ、椅子を勧めると、中年男性は持参した菓子折りをテーブルの上に差し出しながら、荒野をみて、
「……涼治さんに似ていますな」
 と目を細めた。
 中年男性は、「村越」と名乗った。
 荒野自身に自覚はないが、涼治と荒野の両方を知るものは、たいてい「似ている」と口を揃えるのだった。そして、そのようにいわれるたびに、荒野はどこかくすぐったい思いを感じる。
 血縁者、というのは、とかくそんなもんなんだろうな……と、どちらかというと、肉親というものの縁が薄くい環境に育った荒野は、そのように思う。
 涼治とは、今、住んでいる家と土地を、親の代から涼治から借りている関係……涼治には、長年、借家を借りているだけの関係ではなく、困窮した時、過去に何度か相談にも乗ってもらい、一家ぐるみで世話になっている、とのことで、二つ返事で太介を預かったのも、涼治への信頼が大きな動機になっているようだった。村越家では、太介を預かることを、涼治への恩返しとも感じているらしい。
 太介が、荒野たちを順番に紹介していく。とはいっても、深いところまで及んだ説明はせず、茅については「荒野の妹」、酒見姉妹については「荒野の家に手伝いに来ている」という風に、意図的にぼかした説明を行っていたが、村越氏とはさほど深いつき合いになるも思えず、この土地で使用する姓名を名乗っておけば必要十二分なのであった。
 一族のことについて、村越氏がどこまで知っているのかも判然としないので、会話は当然当たり障りのないものになった。話題としては、当然のことながら、太介や村越氏の一家のことが中心となる。
 最初のうち、双子と茅の三人のメイド服にかなりビビリが入っていた村越氏も、穏やかな荒野の物腰や茅がいれた紅茶を飲むうちにうち解けてきて、柔和な顔つきになってきた。
 冷蔵庫に放り込んであるケーキはおみやげに持って帰って貰うことにして、村越氏が持参した和菓子をお茶請けにさせて貰った。

 村越氏は小さいながらも自動車の修理工場を経営していて、一家も工場と同じ敷地内の家屋に住んでいる。夫妻と、長く病床についている村越氏の実母、高校生と大学生の娘が二人。家業の経営は、そこそこ順調だったが、教育費と医療費とが家計を圧迫していた、という事情もあり、毎月まとまった金額が振り込まれる上、病人の介護も親身になってしてくれる、という条件で、太介を預かったことを、むしろ喜んでいた。
 着用しているスーツが今一つしっくり来ていないのは、普段、作業着姿で過ごすことが多いからかな、と、村越氏について、荒野は思った。
 村越氏について、荒野は、「実直そうな人だな」という印象を受ける。
 家に空き部屋がない、ということで、かいがいしく老人の面倒を見ている太介を、工場内の詰め所に寝泊まりさせていることをしきりに謝罪していた。
 当の太介は、介護のこともまともな居室を与えられていないことも、特に意に介することもなく、
「……おばあさんのお世話は奥さんやおねーさんたちと交代でしているから、思ったほど大変ではないし……寝泊まりができるできるだけでも、上等です」
 と、けろりとした顔をしている。
 生まれついて頑強にできている太介にしてみれば、その程度のことはなんでもないのであった。
「……うちは、わたし以外は全員女性でして、肩身が狭い思いをしていました。
 そういう意味でも、太介君に来て貰ってよかったですよ……」
 村越氏は、そんな太介をみて、目を細めるのであった。
『……こっちは、放っておいても、問題はないようだな……』
 と、荒野は安心する。
 どちらにも感傷的な甘えがなく、利害を考慮した上でビジネスライクにつき合っているから、かえってうまくいっているのかも知れない……とも、思った。 涼治の口利きで太介が下宿したことは、村越家にとっても太介にとっても利害が一致しており、「取引」としてみると、双方ともが喜び、良い結果しか遺していない。
 涼治がどこまでを見越して村越氏に太介を預けのか、までは、荒野には判然としなかったが……仮に、村越家の家族構成や経済状況、その他の要素まで含めて計算はしていたのだとすれば……やはり、涼治と荒野とでは、人脈や配慮の仕方などの点で、まだまだ雲泥の差がある。
 キャリアの積み方が桁違い……ということを荒野が思い知らされるのは、こんな時なのであった。
 そんなことも考え、荒野は人知れず心中で嘆息した。

 村越氏と太介は、四十分ほど荒野たちと談笑してから帰っていった。
 村越家の家族のことを一通り話したら、後は他愛ない世間話しをしていただけで、話題が途切れがちになったところで、「あまり遅くなっても、家の者が心配しますので……」と村越氏が腰をあげた。
 いい時間になっていたので、酒見姉妹も、帰り仕度をはじめる。とはいっても、ハンドバック程度の軽い手荷物を持つだけだったが。
 村越氏と太介、それに酒見姉妹をマンション前まで見送り、太介にはマンドゴドラの箱を持たせて、荒野と茅は四人を見送る。

 来客を送り出し、二人でマンションに戻ると、室内がやけに静かに感じられた。
 ……先週が、騒がしすぎたから、なおさらそう思うのかな……と、荒野は思う。
 つい最近まで、この部屋には、荒野と茅、それに、たまに狩野家の人々が来る程度だった。
 それが、いつの間にか、毎日のように多種多様な「お客さん」を迎えるようになっている。
 渦中にある間は、ひたすら慌ただしくて、感慨に浸っている余裕などないのだが……こうして、ふと、静かな時間が出来ると……周囲の変化の速さに、とまどいを感じる。
「……静か……だな……」
 口に出して、いってみる。
 荒野がこのマンションに住みだしたのは、昨年の十月末。
 あれから、まだ半年も経っていないのに……荒野自身も、荒野を取り巻く環境も、急速に変わってきている。
『……おれは……おれたちは……』
 この先……どこまで、行ってしまうのだろうか……と、荒野は思った。




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彼女はくノ一! 第五話(311)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(311)

 所で、学校で、あるいはクラスでの香也のポジションは、依然としてたいした変化があるわけではなく、「おとなしくて目立たない生徒」のままであった。誰よりも本人が、そのままでいることを望んでいる。香也は、注目を集めること……というより、無用に人間関係を増やすこと自体を、忌避している……
ように、楓には、見える。
 煩わしいとか、面倒くさい、とかいう以前に……同じクラスに通う生徒たちに、まるで関心がないように、思える。
 そして、そうした香也の様子は、楓には、健全にはみえなかった。
 だから楓は、休み時間はできる限り、香也のそばにいるようにした。そうすると、楓と知り合った友人たちが、自然と香也にも声をかけてくれる。それを覗いても、同居している競争相手の中で、香也と同じクラスにいるのは楓だけだった。その特権を、楓は十分に享受した。
 香也もそうした楓の態度を嫌がる風でもなく、また、二人が「一つ屋根の下」に同居していることも広く知れ渡っており、少なくともクラス内において、楓と香也の関係は、「公認」という扱いになっていた。何しろ、同じクラスに自分たちの関係をあっけらかんと肯定している柏あんなという実例があるので、他のクラスメイトたちも比較的冷静に、そうした関係を認知できる。

「……で、実際の所……」
 その「前例」である柏あんなは、体育の授業前後の着替えの時など、こっそりと楓に確認を求めてくることが、何度かあった。
「……どうなっているの?
 彼とは?」
 他のクラスメイトよりは近い距離で狩野家と加納兄弟周辺の状況を見る機会が多い柏あんなは、他のクラスメイトとは違い、香也周辺の人間関係が安定しているとは、全然、信じていない。
「……えっとぉ……」
 聞かれるたびに、楓は言葉に詰まる。
「どう、って……前と、あまり変わりありませんけど……」
 そうとしか、答えられない。
 あんなに、孫子と香也と三人でやったことがあるとか、昨夜の乱痴気騒ぎのことを伝えたらどういう反応を示すのだろうか、という好奇心がチラリと脳裏をかすめはしたが……それを実地に試してみるのは、流石にリスクが大きすぎる。
 楓の答えを聞くと、あんなは、すっきりしない顔で「……そう……」と、低く呟くのだった。
 そして、その後、
「……彼……狩野君、あんまり強く自己主張するタイプでないから、てっきりいいように回りに流されているかと思ったけど……」
 などと、意外と的を射ていることをいったりする……。
 そんなやりとりを、転校してきてから今まで、何度となく繰り返してきた。
 この日も同じような問答があったわけだが、あんなは楓の表情から何か読みとったのか、いつもとは違い、最後に楓に、
「……本当につらいことがあったら、相談しにきてね……」
 と、軽い口調で付け加えた。
「……鋭いな……」と、楓は思い、その後、すぐに「多少なりとも観察力がある人ならば、楓の変化に気づくのかも知れない」、と、思い直す。
 なにしろ、楓は……自分の気持ちを表に出さないでいることが、圧倒的に不得手だった。
 そして楓は、現在の香也と自分とを取り巻く環境の変化に、正直な話し、かなり混乱していた。
 孫子一人でも持て余し気味だというのに……なんだって、こんなに……ややこしいことになってしまったのだろう?

 心理的な混乱をなかなか解消できない楓とは違い、香也の方は、いつもと同じように、落ち着き払っているようにみえた。少なくとも、外見上は。それはもう、見ていて小憎らしくなるほどに、「いつもと同じ」だった。
 あるいは、楓と同じく、心理的な混乱を表に出すまいと努力しているだけなのかもしれないが……楓は、自分だけが思い悩んで、香也が平然としていることに、不公平さというか、理不尽な思いを抱いた。

 内心での混乱に収まりをつけられないまま、昼休みとなり、給食を終えた後、楓は茅と連れだって、美術室に向かった。
 登校してくる時、荒野も、柏あんなと同様に、楓の様子がおかしい……と、思ったらしい。
 その場で、半ば強引に、昼休みにそこにくるように、と約束させられたのだった。
「……茅様……」
 連れだって美術室に向かう途中で、楓は、茅に尋ねた。
「今日のわたし……そんなに、変ですか?」
「……変、というより……」
 茅は、楓の目を見据えて答える。
「今日の楓、とても、心細い顔をしている……。
 無理をしなくても、いいの」
 静かにそういわれただけで、楓はその場で泣きたい気分になった。
「……なんだって、こう……うまくいかないんでしょうねぇ……。
 わたしって……」
 茅から目を反らし、歩きながら、うつむいて、楓は答える。
「楓は、失うことを恐れすぎるの」
 茅は、そっと隣を歩く楓の手を握った。
「でも……怖がりすぎてばかりだと、かえってすべてを失ってしまうの。
 だから、楓は、もっと貪欲になるといいの。
 欲しいものは欲しいって、はっきりいって……与えてくれない人なら、どんどん振ってしまえばいいの」
「……わたしが、ですか……」
 楓が、戸惑った声で、茅に応じる。
「……そう」
 茅は、頷いた。
「楓は、とても強いのに、同時に弱い。
 何故かといったら……楓は、失敗を自分に許していないから……。
 失敗してはいけないと、頑なに思いすぎるから……足がすくむの。
 怖い時は怖いといい、イヤなものはイヤだといえばいいと思うの。
 昔はどうっだったか知れないけど……今の楓には、茅がいる。荒野がいる。才賀も、他のみんなもいる。
 大勢の、友達がいるの……」

 楓は、美術準備室で合流した後、荒野と、それに途中から乱入してきた玉木に向かって、今、自分が抱えているモヤモヤを、盛大にぶちまけた。
 玉木は楓の話す内容がかなり具体的な肉体関係にまで及んでいたため、若干引き気味になっていたが、荒野は泰然とした態度を崩さずに楓の話しを最後まで聞いてくれた。
 どちらも、真剣に聞いてくれた……と、思う。
 それだけでも、楓の心は、かなり軽くなった。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(227)

第六章 「血と技」(227)

 ノリが、孫子のライフルを自分用にカスタマイズした試作品を早速作り、試射をはじめた。孫子のライフルのスペア・パーツに若干のオリジナル部品をくっつけて組み立てただけ。しかも、精密加工が可能なハイテク工具も必要な材料も、工場内にあらかじめ置いてあったものを使ったので、午前中にCADデータを用意していたこともあって、実際の加工には、ほんの小一時間ほどしかかけなかったという。
 酒見姉妹の話しを総合すると、「拳銃のグリップにライフル銃身を無理矢理くっつけた」ような、形状をしていたらしい。スコープはつけておらず、セイフティ・スイッチ、その他の操作も、片手だけで出来るように工夫されていたそうだ。もともと遠視の傾向のあるノリは、裸眼のまま、それを片手で扱い、試射時には相応の命中率を叩きだした。
 荒野はその話しを聞いた時、「銃床がないと、重量バランス的に安定しないのではないか?」と思い、聞き直してみると、グリップの底から二の腕にかけて、細長くて扁平な形状の安定板をとりつけ、それを腕に固定することで安定させているらしい。その安定板には、手首の下あたりで関節をつけられており、手首の動きについては、かなりの自由度を保証されている。
 あくまで、ライフルの総重量を単純に持ち上げ続けるだけではびくりともしないノリの筋力を前提としたものだが、銃身の長い銃を抱え、できるだけ動きやすいシステムを考案したもの……であるようだった。
 ノリの機動力に、ロングレンジの攻撃力が付加すると……ダメージを受けにくく、攻撃は当たりやすい、という、かなり理想的な「駒」になる。

 ノリがそっちの「試作品」を製作している間、ガクとテンは、電気屋さんで調達してきたジャンク扱いのパソコンパーツやLANカード、マイクやイヤホンを接続し、「かろうじてLAN接続が出来る」程度のジャンクマシンを作り上げた。
 ほぼ、接続実験のにみ使用するマシンだから、ハイスペックである必要はないのであった。
 その試験用マシンで、もとからあった徳川の工場内のLANに接続できることを確認すると、ガクがジャンクマシン用の、テンがLAN制御用のコードを、猛然と打ち込みはじめた。
「これは、まだまだ最初の試験機だからこんなゴチャゴチャしているけど……。
 本番の時までには、必要な機能を絞ってチップに組み込む、とか考えるから、かなりの小型化、軽量化が図れると思う……」
 キーを打つ手も休めず、テンとガクは、集まってきた一族の者に自分たちがやっていることの意味を説明しはじめる。
「今、作っているのは、要するに、多目的通信機。
 無線LANで、声はもちろんだけど、必要なデバイスさえ接続すれば、映像も送れるようにする。これだけの人数がいても、指揮系統がしっかりしないと、咄嗟の時に動きが鈍くなったり、必要な時と場所に駆けつけられなかったりするでしょ?
 そういったロスを防ぐための、システム……」
 などなどと、説明してみせる。

 酒見姉妹にだいたいのところを説明された上で、意見を求められた荒野は、
「……いいんじゃないか? 通信と打撃力の強化、ってことだろ?
 順当な展開だと思うけど……」
 と、気のない返答をする。
 話しが長くなったので、夕食はすでに終わり、茅がいれた紅茶をみんなでいただいている。この間の一件以来、茅は酒見姉妹にはお茶をいれさせないようになっていた。
「「……でも……」」
 と、双子が荒野に反駁する。
「……お前ら……。
 そんなにおれに、陣頭に立って欲しいのか?」
 荒野は、ますますうろんな目つきになった。
「それじゃあ、いうけど……。
 やつらが今やっているのは、コンセプト的にいえば、正規軍的な軍備増強だ。
 補給と通信を確保し、物量で攻める……そうだな。
 才賀のヤツが好きそうな方法論だ。
 そこまでは、わかるな?」
 荒野がそこで一度問いかけると、酒見姉妹は首を何度も縦に振った。
「で、だ……。
 そもそも、おれたち一族は、根本的な部分で、力押しオンリーの正規軍なんかではないし、おれたちが、今、仮想敵と想定している悪餓鬼どもは、それに輪をかけてワケのわからん連中なワケだ。
 いいか?
 そういった装備品の整備が、戦力増強に効果があるこことは、確かだ。否定しようがない。
 だけどな……。
 どんなに戦力を増強したところで……肝心の、叩くべき敵の姿を捉えられなければ、宝の持ち腐れだろう?」
 荒野が指摘すると、酒見姉妹は完全に虚を突かれた表情で、「「……あっ」」と、小さく声をあげた。
「……さらにぶっちゃけていうと、だな……。
 今、ヤツらが用意しているような代物、町中で派手に使用するようなハメになったとしたら……。
 もし、そんなことになったら……おれら、全員、確実にここにはいられんようになるぞ……」
「「……そう……でした……」」
 荒野が続けると、酒見姉妹は肩を落として小さくなった。
「だから、一番いいシナリオは、悪餓鬼どもが何かを仕掛けてくる前に、こっちがヤツらの動きを捕捉して、身柄を取り押さえる、っていうことなんだが……。
 戦闘に勝って全てを失った、ってのも……ひどくつまらない結末だろう?」
 そう付け加えながらも、「悪餓鬼どもの所在が掴めた後でなら、三人が増強した軍備も使いようはあるかな……」とか、思っている。
 あの三人や一族の者多数が、ハイテク機器の力を使って連携して取り囲めば、多少の個体の能力差なら、十分に無効化できる筈であり……。
『……でも、なあ……』
 今まで十年以上も隠れ続けてきたヤツらだ。
 そう簡単にしっぽは掴ませないだろう……とも、思う。
「……もう一度、確認のためにいっておく……」
 最後に、荒野は念を押した。
「一番いいのは、ヤツらが本格的に動き出す前に、取り押さえて無力化すること。
 それでも駄目なら、初動の段階でヤツら鼻面をぶったたいて、被害を最小限に食い止めること。特に……人的な被害は、絶対に出しちゃあ、いけない……。
 おれたちの目的は、負けないことであって、勝つことではない。
 これは、スポーツでもゲームでもない……おれたち自身の生活を守るための行動なんだ。
 その辺を履き違えると……この土地での居場所をなくすぞ……」




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彼女はくノ一! 第五話(310)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(310)

 香也たちが登校するために玄関に出た時、今日に限って三人が家の前まで送り出してきた。
「……えっ……とぉ……」
 先に来て待っていた樋口明日樹が、ノリの顔をみて考え込む表情になる。
「……あっ、あっ……。
 ノリちゃんっ!」
「……ええっ! あの、ちっこいのがっ!
 これ……じゃなくって、この人っ!」
 樋口大樹も、姉とミニスカ姿のノリを見比べて、叫ぶ。
「……そーでぇーすっ!」 
 昨日、雪かきにもその後の騒動にも顔を見せなかったこの二人は、帰還したノリと顔を合わせるのはこれが初めてである。
「……なんかまぁ……しばらく会わない間に、ずいぶんと成長しちゃって……」
 明日樹は、目を見開いて呆然としている。
「……んー……うちの大樹より、大きくなっちゃったんじゃない?」
 ノリの頭の高さに平手をかざして、自分の弟と比べてみる。
「……あっ。
 やっぱ、大樹追い越している……」
 もともと大樹は、その名に反してかなり小柄な体格をしている。そして、そのことを本人もかなり気にしている。 
「っるせーな、ねーちゃん……」
 大樹は姉の手を、乱暴な動作ではねのけた。
「お、おれだって、まだまだ、成長期だし……」
「でも、お父さんも小さいよね。
 大樹、お父さん似だし……」
 明日樹が追い打ちをかける。
「……大丈夫だ、樋口……」
 一応、幼い頃からの顔見知りである栗田精一は、ぽん、と大樹の肩に手をかけた。
「……背が小さくても、そういうの気にしない人もいるから……」
「もう相手をみつけているお前にそういわれても、ちっとも嬉しくねぇっ!」
 栗田も、大樹とたいして変わらない身長だった。
「……そうだよっ! 背だせっ!」
 一方、ガクはテンに向かって、早速確認をしていた。
「ガクっ!
 ボク、延びたっ!?」
「……一晩や二晩で、そんなに変化が……」
 と、いいかけ……言葉を途中で止め、テンは、まじまじとガクの顔をみる。
「……延びてる……」
「マジっ?
 やったぁっ! やっぱ牛乳だよ、カルシウムだよっ!」
 ガクは、周辺をぴゅんぴょん飛び跳ねて喜びを表現した。
「……本当か?」
 マンションから出てきたばかりの荒野も、近寄ってきてテンに確認する。
「……うん。
 ほんの、一センチくらい、だけど……」
 テンも狐につままれたような顔をしている。
「……寝ている間に、脊椎も若干、緩んで背筋が伸びるんだけど……その誤差以上に、延びている……。
 って、いうか、ガクの場合、手足が……ちょっとずつ長くなっている。身体各部の比率が、昨日とは微妙に変わってきているから……成長期に入ったのは、確実だと思う……」
「……ノリも、まだ……なんだよな……」
 荒野が、重ねて確認した。
「そう。
 成長は、まだ止まってない……。
 これ、どれくらい続くの?」
 今度は逆に、テンが荒野に聞き返す。
「個人差があるから何ともいえないけど……だいたい、数ヶ月から半年くらい。長い者でも、せいぜい一年前後。
 それくらいの期間でかなり大きくなって、それから後は、ゆっくりになる……。
 でも、おれもそうだったけど、大多数の者は、だいたい三ヶ月程度で終わるな……」
「……そっか……」
 テンが、思案顔で頷いた。
「体の中が……それくらいの期間で、造り変わるんだね、たぶん……。
 その、急激な成長期って……やはり、加納の?」 
「そう。
 加納の特性だ」
 荒野も、テンに頷く。
 二人とも、直接言葉には出さなかったが、ノリとガクが長命種としての特性を引き継いでいる可能性が高い……と、思い、この会話でその可能性を、確認しあっていた。
「……こうなると、テンも時間の問題だな……」
「それは、どうかな?」
 テンは首を捻った。
「ボクらは、試作品だからね。
 全く同じコンセプトで製造されたとも、思わないけど……」

 学生たちが三人に見送られて登校すると、三人はどっと家の中に入り、手分けして手際よく家事を片づけていく。
 三人の少女たちは、この世界の中で、自分たちが異質な存在であることをよく自覚していた。
 そして、ノリが帰還した今、この世界に、異質な自分たちの存在を受け入れさせるための努力をしなければならない、ということも、心得ていた。
「世間の偏見」とか「いつ、無差別攻撃を仕掛けてくるかわからない、正体不明の敵」とか、障害は多そうだったが……それを撃破するための準備を、全力で遂行する必要も、自覚していた。
 だから三人は、これから全力を尽くさなければならない。
 この穏やかな世界を、穏やかなままでしておくためにも……やるべきことは、いくらでもあるのであった。
 例えば、炊事、洗濯とか、買い物とか……それに、彼女たちが、いざというときに全力を尽くせるようにしておくための、下準備とかが。
 
「大丈夫?」
 登校中、香也は樋口明日樹に心配されてしまった。
「顔色……少し良くないようだけど……」
「……んー……」
 香也は、できるだけ何気ない風を装う。
「何でもない。
 いつもと同じ……」
 明日樹だけではなく、他の人たちにも、現在の香也の境遇を知られてはならない。例えば、昨夜のような酒池肉林な出来事を夜な夜なやっていると思われたら、まず確実に、学校やら世間やらから問題視されるだろう。
 香也だけならまだしも、楓やあの三人があの家から追い出されるようなことがあってはいけない……と、香也は思う。
 そのためにも、醜聞は避けなければならない……。
「……そう……。
 なら、いいけど……」
 樋口明日樹は、香也の様子がいつもと少し違いことに気づいたが、その違いがどこに由来するかまでは、流石に分からなかった。
 だから、「香也自身が大丈夫だというのなら、おそらく大丈夫なのだろう」と納得する。

 そうしたやりとりを、楓と孫子は居心地が悪い思いをしながら間近に聞いていた。
 孫子は動じることなく聞き流すことはできたが、精神的な動揺が表に出やすい楓は、若干、顔が強ばっていた。
 この二人にしても、現在の狩野家内の状況が周知のものになれば、自分たちは香也と離れて暮らすより他ない、ということはわきまえている。しかし、他の競争相手の手前、香也に対するアプローチの手を緩める、といったことも、できない。

 この時点で香也を取り巻く状況は、奇妙な緊張をはらんだ、微妙な均衡状態を保っていた。




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「髪長姫は最後に笑う。」  第六章(226)

第六章 「血と技」(226)

 酒見姉妹の話しによると、ノリを迎えた三人娘が、いよいよ活発に動き出した……ということだった。
 徳川の工場は、仁木田たちの一件以来、流入組の中で暇な者が、なんとなく屯するようになっている。
 徳川や三人組に対する、単純な物珍しさもあったし、撮影やシルバーガールズ用に誂えた装備をみて、実用面での興味を持ちはじめた、ということもあった。
 彼ら、一族の者は、開発中装備の実用試験や撮影への協力など、積極的に三人と関わりを持つようになって来ている、という。
「「あの新種……今では、かなりの人気者です……」」
 色違いのメイド服を着た酒見姉妹は、そう声を揃える。
「まあ……妬まれたりするよりは、いいんじゃないかな?」
 一族のうちのほんの一部とはいえ、無用の摩擦を生まずにあの新種たちが一族に迎え入れられたこと事態は、非常に結構なことだ……と、荒野は思う。
 もっとも荒野には、特に竜斉との一件が原因となって、あの新種たちが一目置かれるであろう事は、容易に予測できたのだが。
 仮にも、六主家の長を、正面からぶちのめしたのである。
 あの一件のおかげで、「実力」を人物評価の際、かなり重要視する一族の社会の中で、新種たちはそれなりの評価を確立した……とみるのが、妥当だ。
「「それは、いいんですが……」」
 また、双子たちは声を揃えた。
「「あの三人を、この土地での共存実験の象徴とみなすものが、ではじめています……」」
「一種の、シンパ……みたいなもんか……」
 荒野は少し考えてから、頷く。
「そういう展開も、まるで予測していなかった訳でもないし……。
 それも、特に問題はない……」
 実のところ、成り行きとはいえ、自分自身が一族の者に「共存路線の旗頭」として目されることに、荒野はいい加減、げんなりとしてきている。
 その手の好奇の視線がいくらかでも三人の方に分散されるのなら、荒野としても歓迎したいところだし……それに、そうした傾向は、「あの三人を目立たせる」、という、例の悪餓鬼対策とも、合致する。
 荒野が特に異を唱えることもなく首肯したので、酒見姉妹は、物足りなさそうな表情をして、
「「……そうですか……」」
 と、声を小さくした。
 ……この二人は、どうも……おれに、もっと強力なリーダーシップを取って貰いたい……という願望を持っているようだ……と、その表情を確認した荒野は、予想した。
 しかし、荒野個人の希望としては、そもそも、現在のように目立っていること自体、とても不本意なこととであり、自分に向かう視線がいくばかでもあの三人に分散するのなら、そういう傾向はむしろ歓迎したいところところだった。
「「……あとは……」」
 続けて姉妹は、工場内での、三人の具体的な活動を報告しはじめる。
 別に、その手のことを調べておけ、と命じた訳ではないが、荒野が学校にいる間の出来事を自主的に報告してくれるのは、それなりにありがたい。
 この姉妹は、どうやらこの土地では荒野に取り入ることを考えているらしく、荒野の心証をよくするため、自発的に働いてくれているようだった。
「「まずは、例のシルバーガールズ絡みで……」」
 かなり大規模なソフトの開発を、はじめた……という。
 わいわいと打ち合わせをしながら、三人でいっせいにキーボードを打つ様は、壮観であった……そうだ。
「「……学校から帰ってきた徳川さんの話しによると……3Dとかグラッフィック関連の基幹ソフトを、どうも一から作りはじめたようで……」」
 実写の人間の動きを、光源や影、背景はそのままに、リアルタイムで3Dのキャラにさし変える……というソフトを、あっという間に作ってしまった、という。
「それは……ガクが、か?」
 荒野は確認する。
「「特定の誰か、というより、三人の合作のようで……」」
 酒見姉妹も、工場内で直に目撃していたわけではない。
 目撃した一族の知り合いから、「こういうことがあった」というメールが回って来たのだ。国内の一族の者に、これといった伝手がない荒野とは違い、酒見姉妹には、その程度のニュースなら、教えてくれる知り合いがいる。
 特にこの土地に流入した者の間には、見聞したことを伝え合う、暗黙の了解のようなものができつつあった。突発的な事件が多く、周辺の事情を少しでも早く、詳細に知りたがっている……という点では、流入組のニーズは一致している。そのためには、協力して情報を持ち寄った方が効率的なのだった。
 とにかく、酒見姉妹が目にしたメールには、目撃した者の中で、そうした技術に比較的明るい者の解説コメントも付随していた。
 それによると、三人の作業中のおしゃべりから類推するに、大体の区分でいえば、レンダリングなどに必要なエンジン部をガクが、周辺のインターフェース部分をテンが担当したらしい。
 ノリは、テンの手伝いをしながら、高速で操作が可能な動画の編集が可能なシステムを組んでいたり、孫子のライフルの設計データに手を入れ、自分専用にカスタマイズをしていた……と、いうことだった。
「「……ここまでが、午前中で……」」
「……ちょっと待て……」
 荒野は、酒見姉妹を制する。
「今ので……午前中だぁ?
 ……普通、一日かけても終わらないんじゃないか、それ……」
 荒野のような素人でも、そこまでの作業だけでも、かなりの工程を踏まなければならない、ということは、容易に察しがつく。
「ええ。
 実際、まだまだ完成していませんし……」
「だけど、基礎部分は、かなり出来たといっていましたけど……」
 姉妹は、荒野に向かって頷きながら、交互に答える。
「「でも……あの子たちは、普通ではありませんし……茅様が作業しやすい環境を整えておくんだって、張り切っていたそうです……。
 壮観だったそうですよ。
 わいわいおしゃべりしながら、六本の腕が、同時に六つのキーボードを高速で打鍵する様は……」」
 その時の様子を想像し、まるで、キメラか阿修羅像だな……と、荒野は思った。
 三人のそういった面に対して知識を持たなかったギャラリーは、さぞかし驚いたことだろう。
「……それで、午後は、別のことをやったんだな?」
「「……そうです……」」
 荒野が確認すると、酒見姉妹は頷いて話しを先に進めた。
「午後は……どちらかというと、ハードウェアの開発を行っていたようです……」
「お昼に徳川様にメールで材料の使用許可をとって、ノリ様が、午前中に起こしていたCADデータから、自分専用のライフルを実際に試作しました」
「テン様とガク様は、多目的通信機を試作していました……。
 通信機、といっても、実際には無線LANをつけた小型コンピュータを作って、それに音声チャットのソフトも組み込むそうですが……」
「音声のみの応答にも使用できて、必要に応じて、それ以外のデータのやり取りも可能で……」
「通信時に、データの暗号化をすることを前提にしたものを、作るそうです……」




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彼女はくノ一! 第五話(309)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(309)

 そのような取り決めによって、「今日は、ガクの番」ということになっているわけで……昨夜、「中立だから」という訳の分からない理由で、半ば無理矢理、順番を決めるためのあみだ籤を作らされた香也も、しかたはなしにそれを受け入れている。下手に逆らっても余計に事態がこじれるだけだし、表面的には彼女らの提案を受け入れてみせて、後はできる限り自分のペースを維持しよう、とは思っている。年端もいかない子供でもあるまいし、そうそう他人の世話を必要とすることもない。香也さえ毅然としていれば、今までと特に変わらない筈だった。

「……皆さん、今日の予定の方は……」
 朝食の時、羽生が、いつものように皆に尋ねる。
 羽生は羽生で、真理の留守中に家庭内の人間関係がどんどん変質していくことに対して、複雑な思いを抱いているのだが……それでもまさか、世間体を考えて、年頃の娘たちに「他人に好意を持つな」ともいえない。
 昨夜、あやうく妖しい雰囲気に引きずりこまれそうになった羽生は、「それ以上、彼女たちのペースに引き込まれない」ことを、自分自身の指針としている。
「……今日はねー、ノリが帰ってきたし、午前中の家事が終わったら、トクツーさんの工場にいくーっ!」
 ガクが、羽生や香也の複雑な心境も知らぬ顔で、無邪気に声をあげる。
「あたらしく来た人たちにも顔通ししておきたいし、射撃練習とかも、あそこならできるし……」 
 ノリも、ガクの言葉に頷いた。
「……あと、せっかく三人揃ったんだから、これから本格的に新装備の準備とかも、はじめたいよね……。
 せっかく、新しいパソコンも、誂えてくれるというし……」
 ガクもにんまりと笑う。
「また面白そうなソフトを開発したら、声をかけてくだされば、販路を開拓いたしますわ……」
 孫子も、請け合った。
 もちろん、その際はいくばかのマージンを受け取るつもりだったから、孫子にしてても、まったくの善意でいっているわけではない。ガクの人物識別ソフトは、今のところ、大きなバグも発見されておらず、実用面でも、まったく問題がない代物だった。
 三人のうち誰かが、あるいは、三人共同での制作で、この先画期的なソフトを開発する可能性も十分にある……と、孫子はみている。
 そして、それを換金するための道筋をつくるのは、自分の仕事だ……と、孫子は思っている。
「わたしは……今日も、茅様と一緒に、ぎりぎりまで居残りですね……。
 学校の方で、まだまだ人手が必要ですから……」
 楓が、いう。
 実の所、「人手が」うんぬん以前に、楓と茅の二人は、校内で開発したソフト群の総括者とみなされている。パソコン部の生徒たちも最近、めきめきと技量をつけているのだが、まだまだ楓たちの判断を仰ぐ場面が多く、二人のどちらもいない状態だと、すぐに「判断待ち」の案件が溜まってしまい、処理するのに難儀することになる。
 最近、茅はソフト開発から徐々にフェイドアウトして、仕事の比重を自習用ソフトのデータ整備に移しているので、楓の負担は少しづつ、増加していた。実践的な仕事を経験するうちに、堺たちパソコン部員たちの知識や作業効率の方が着実に向上してきているので、今のところ、なんとかバランスがとれている状態だった。
「……それで、わたくしは、いよいよ起業の方が、秒読み段階に入りました……」
 最後に孫子が、にこやかに答える。
「今日の放課後も、その準備であちこち走り回る予定です……」
「……そんで、こーちゃんは、いつもの通り、部活、と……」
 羽生は、ぐるりと皆の顔を見回す。
 まさか、学校にいるときまで、昨夜のようならんちき騒ぎを繰り広げるわけもなかろう……と、その程度には、羽生も彼女らを信頼している。
「……昨日いってた、当番もいいけど……いちゃつくにしても、ともかく、常識の範囲内でいちゃつくように……」
 それでも……羽生は、そう付け加えずにはいられなかった。
 三人組は、その「常識」の概念自体がかなりあやしかったし、楓と孫子についても、こと、香也が絡むとなると、かなり怪しくなる。
 現にガクは、いつも楓と孫子が占めている「香也の隣」の席を、例の当番制のおかげでゲットして、かなりご機嫌な様子だった。
『……楓ちゃんやソンしちゃんの隙を伺っていたこの子らには、それなりにメリットのある提案だったんだろうけど……』
 この当番制がもたらす安定が、実際にさて、どれだけ続くのかというと……羽生には、かなり心許なく思えるのであった。
 それでも……。
『……まあ、昼間のうちは……』
 たいしたことも起こらんだろう……と、羽生も思っては、いる。
 今後、何事かが起こるとすれば……全員が揃っている、夜なんだろうな……と。
 当番制、とやらで順番に香也に……と、決めたはいいが、実際に香也が誘惑に負けて、特定の少女とそんなことをはじめてしまったとして……他の少女たちが、取り決め通り、その様子を見て見ぬ振り、できるのかどうか……。
『……エロゲでよくあるハーレム展開って……はたからみていると、胃が痛くなるもんなんだな……』
 と、羽生は思った。

『……どこかで……』
 香也は朝食の席で、現在の自分の境遇に、既視感を抱いている。
 しばらく思い返して、
『ああ。
 羽生さんの、ゲーム……』
 同人誌の参考に、と、羽生に見せられた成人向けゲームのシュチュエーションに、現在の自分の境遇に近いがいくつかあった……と、香也は思い当たった。
 それら、当時の売れ線のゲームを題材とした同人誌を作成するため、羽生にざっと大まかなストーリー
を説明されながら、プレイ画面のセーブデータを見せられたのだった。
 その手のゲームの主人公は、平凡な学生だったり特殊な能力を持っていたりするあたりの設定はまちまちだったが、何故か、妙齢の女性に囲まれている、というあたりでは一致している。主人公を除く登場人物が全員女性、という、思い切りのいいゲームも少なくはなくて、たいていプレーヤーの分身である主人公が何もしなくとも最初から好意を持っていたり、そうでない場合は、話が展開すると何かと口実をつけて、主人公に言い寄ってきたりする……。
 羽生に説明されながら、そうしたゲームに触れた香也は、「……ずいぶん、都合がいい話しばかりなんだな……」と思ったわけだが……いざ、自分が似たような立場になってみると……。
『……これは、これで……』
 ストレスが、溜まるもんだな……と、思った。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(225)

第六章 「血と技」(225)

 マンションに戻った荒野は、制服を着替え、ノートや教科書、筆記用具などをダイニングのテーブルに持ち出し、茅に「今夜、甲府太介が世話になっている家の人たちが挨拶に来る」旨をメールで打ち、自分用のコーヒーをいれはじめる。
 茅が帰宅するまでまだ間があり、その間に自分の勉強を少しでも進めておきたかった。今日のように、「何も起きない一日」というのは、最近の荒野にとってはとても貴重であり、この静かな時間を無駄にしたくはなかった。
 実際にこうして、コーヒーの入ったマグカップを片手に、課題や授業の復習などをしてみると、思いの外、はかどるし、内容が頭に入る。
 これは、荒野が「真面目である」、とか、「勉強が好きである」、ということよりも、ひとりで集中して何かをやる、という時間を最近、まるで持てないでいたことから来る反動も、あった。もともと、荒野は、短時間に大量の情報を頭にたたき込む訓練は受けているわけだし、時間と精神的余裕さえあれば、教科書の内容を丸暗記すること自体は、さほど苦痛ではなかった。
 当初、予備知識が乏しかったため、荒野が苦手としていた古文や日本史などの科目も、この国に来てから疑問に思ったことを解決するための知識を得る教科として認識してからは、かなり興味が出てきている。
 特に、「外来の文物を吸収したり選択したりする」ストーリーとしてこれらの教科を履修すると、ユーラシアの東の外れに位置するこの列島の、地政学的な意味を知識としてあらかじめ知っている荒野であればこそ、頷ける点が多く、現代日本の文化や言語などにも直結している科目でもあり、このごろでは、荒野自身が、これらの科目に対して、かなり強い興味を持ちはじめていた。
 この国が、この国になっていく課程は、面白い……。
 そう、一族、という特殊な出自を持ち、それまでの生涯のほとんどを海外で過ごしてきた荒野は、思う。
 原住民と、複数の経路から断続的に流れ込んだ異民族が混合し、列島という、比較的閉鎖的な環境下で積んできた歴史は、なるほど、「一族」という特殊な集団を育み、現在に至るまで存続させていただけの要件を満たしている……と。

 すっかり日が暮れてから、茅は酒見姉妹を伴って帰宅した。
 酒見姉妹は、例によってマンドゴドラのロゴが入った箱を抱えている。来客用のお茶請けをメールで頼んでおいたのは荒野だが、箱の大きさをみると、酒見姉妹もちゃっかりと自分たちの分を確保しておいたのだろう。
 荒野は勉強道具をしまいながら、茅と簡単な情報交換を行う。少しでも離れている時間があれば、その間の出来事を伝え合うのが、この頃には二人の習慣になっていた。安全保障、という意味が強いのだが、それ以外にも、共通の友人の動向について話し合うのが、日課となっている。
 茅の話しによると、やはりガクが、香也が帰る時間に合わせて迎えに来たという。
 それ自体は、昼休みに楓に聞いた話しを裏付けるもので、特に不審な点もなかったが……。
「……楓、複雑な表情をしていたろ?」
 荒野は、別室で着替えている茅に、そう尋ねてみる。
「楓よりも、絵描きが……」
 制服をメイド服に着替え、エプロン姿かけながら出てきた茅が、そう答えた。
「……なんか、疲れた表情をしていた……」
 ……だろう、な……と、荒野も納得する。
 不審な顔をしている酒見姉妹に、荒野は昼休みに楓から聞いた、「香也を巡る取り決め」とやらについて、かいつまんで説明する。
 荒野の説明を一通り聞いた後、姉妹は、
「「それ……本当ですか?」」
 と口を揃えて疑問を発した。
「こんなことで、おれや茅が、お前たちに嘘をついて……どういうメリットがある?」
 荒野は、淡々とした口調で念を押した。
 どうやらこの二人にとっては、「狩野香也」という少年は、あまり魅力的ではないらしい。
「なんなら……楓や才賀のヤツあたりに、確認してみるといい。
 あいつらなら、とうとうと彼の魅力を語ってくれるだろうから……」
 荒野の返答を聞くと、酒見姉妹は、「……うーん」と唸って黙り込んでしまった。
「双子は、こっちに来て手を洗うの」
 そんな姉妹に、茅が声をかける。
「今日は、野菜の切り方を教えるの……」
 茅の声を聞くと、酒見姉妹はいそいそと流しの方に歩いていく。
 茅の護衛をして一緒に下校、そのまま、茅に料理の基本を教えて貰いながら、夕食の仕度、それで、ここで夕食を食べてから帰宅……というのが、何もイベントが起きない日の、この姉妹のルーチンとして定着しつつある。二人には茅の護衛とか買い物の荷物持ちとかやって貰っているので、荒野としても文句はいわなかった。
 それにしても……と、荒野は三人のカラフルな背中をみて、思う……この二人、あんなにゴツい山刀は軽々と振り回す癖に、包丁を扱うとなると、途端に危なっかしい手つきになるのは、何故だろう……と。

「……流入組の大半は、学校なり職場なりを見つけ、周囲に不審をもたれることなく、潜入することに成功していまいす……」
「……若干名、無職とか負傷療養中の者もおりますが……。
 こちらには、加納様の息がかかった病院が多く、無職の者も、フリーターとして才賀さんの会社の設立に尽力している次第です……」
 夕食時に、双子の方から自然にそんな話しがでてくる。
 この姉妹も同じ流入組だから、それなりにコネクションがあって、そっちの動向は把握しやすいのだろう、と、荒野は予測する。
 また、学生という立場を崩すつもりがない荒野も、そういう情報を定期的に流してくれる存在があれば、それなりに重宝する、という計算も、もちろんある。二人にとって、荒野に自分たちの利用価値をアピールすることは、意味があることだった。
「……竜齋が、きちゃったからなぁ……。
 これ以上、新種への挑戦は、ないと思うけど……」
 荒野は、念のため、二人に尋ねる。
「そういう動きとか、新しくこっちに来たので、注意が必要なヤツがいたら、それとなくチェックしておいてくれ……」
 竜齋の一件が一応の決着をみたことで、「一族に対する、新種の実力考査」は終わったものと荒野は見ている。
 荒野の言葉を聞くと、酒見姉妹は顔を見合わせて、頷き、
「……流入組の動きと、関連あるのですが……」
「工場の方で、新しい動きが出はじめています。
 いずれ、加納様のお耳にも入ると思いますが……」
 そう、続けた。




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彼女はくノ一! 第五話(308)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(308)

 翌朝、香也はボディプレスをかまされて目を醒ました。
「ごはんだよー、おにーちゃんっ!」
 目を開けると、ガクの顔がごく至近距離にある。
「……早く起きないとこのままディープキスしちゃうぞぉー!」
 香也は目を細めながら、「……んー……」と唸ってガクの額に額をあてて、どかす。
「……起きるから、どいて……」
 朝から元気だなぁ……とか、香也は思っているわけだが、香也と羽生以外の住人は二時間ほど前に起床して日課のランニングを終え、シャワーを浴びて身支度をしていりのであった。
 ガクの体からも、ほのかに石鹸の匂いが漂ってきている。
 香也が押しのけると、ガクは素直に体をどかした。
 香也はパジャマのボタンに手をかけたところで、ハタと手を止める。
「……ガクちゃん、出る……」
 香也は、開け放たれた襖を指さして、いった。
「……えっー!」
 ガクが不満そうな声をあげる。
「今日一日、お世話ぁー……」
「着替えくらい自分で出来るし。
 そんなこと、手伝わなくて良いから、出る……」
 香也は、少し強い語調を作った。
 ガクは、しぶしぶ、といった調子でとぼとぼと廊下にでいていき、襖の向こうに姿を消した。
 香也はようやくほっとした表情を浮かべ、着替えをはじめる……。

 なんでこのようなことになったのか、といえば、昨夜、孫子が切り出してきた「妥協案」が、そもそもの原因であった。
 昨夜、孫子は、
「……はなはだ不本意ではありますが……」
 と前置きして、以下の条件を香也に提示した。

 その条件とは……。
 一、楓、孫子、テン、ガク、ノリの五名交代で、月曜から金曜までの五日間、一日づつ、香也の身の回りの世話をする。
 二、また、その当番の日に、当番に当たった者が香也とどのような行為を行っても、他の者はとやかく干渉しない。
 三、その当番の順序は、毎週、くじ引きで決める。
 四、香也が将来、特定の女性と正式につき合うようになったら、この取り決めは無効となる。
 逆にいうと、香也がこの取り決めを破棄したい時は、この五人であるなしに関わらず、誰か特定の女性と正式にお付き合いをすればいい。
 五、たとえ、「香也番」に当たった者でも、香也当人の意思を無視して、香也に肉体的な関係を迫ってはいけない。
 言い換えれば、香也の意思でありさえすれば、毎日とっかえひっかえで関係を持っても、少なくともこの五人は文句はいわない……。
 六、土曜日曜は、特定の誰かを香也にあてがう、ということはしない。
 ただし、香也が誰かを選択して一緒にいることを望めば、他の者はこれを邪魔してはいけない……。

 ……それらの条件を聞いているうちに、香也はぐらぐらと目の前の光景が回り出す錯覚にとらわれた……。
「……香也様もご承知の通り、今、ここにいる五人は、例外なく、超人的な戦闘能力を持っています……」
 孫子は、冷静な声でそう指摘する。
「わ、わたしくしも……このような条件は、非常に不本意、なのですが……」
 このあたりから、孫子の声が若干、震えてくる。
 孫子の膝に置いた拳が、ぷるぷると小刻みに震えていた。
「……このまま、現状を放置すれば、家庭内の痴情のもつれで、取り返しのつかない乱闘事件が起こる可能性も、十分にありえます……」
 翻訳すると、「香也に、彼女たちの欲求不満をはらすための役割を、日替わりで、順番に行え」ということであるらしかった。
 最後に孫子は、
「脅すわけでは、ありませんが……こ、香也様が、仮に、この申し出をお断りするようなことがありましたら……」
 ……この子たちもわたくし自身も、どこまで自分を抑えられるか、保証の限りではありません……。
 と、押し出すような声で付け加える。
『……脅しだよっ! それ、立派な脅迫だよっ!』
 と、香也は内心で絶叫する。
 外見tけいな表情としては、「唖然」の一言で表現できる顔をしていた。
 より具体的いうと、ぽかんと口を開けたままであった。
「……んー……」
 全員が見守る中、香也が口を開くまでにたっぷり三分以上の時間が必要だった。
「……羽生さんは……そのことについて、どういってた?」
 風呂場でのアレがあったのは、ついさっきのことだ。
 その「話し合い」とやらの現場にも、羽生がいたに違いないのだ。
「……それが、その……」
 楓が、いいにくそうに、言葉を濁しながら……それでも、告げた。
「途中まで……それなんてエロゲ、とか、どこのエロコメですか、とか、合いの手入れてたんですけど……。
 途中で、疲れた、とだけ言い残して、お風呂から先にあがっていきました……」
 ……羽生も、途中まで聞いた上で、あきれ果てて退出したようだった。
 いや、確かに……彼女たちの相手をすることは……かなりの疲労を伴うだろう……。
 今現在、香也がすっげぇ疲労を感じているように……。
 香也はさらに三分以上、「……んー……」と唸りながら考え込んだ末、
「……本当に、ぼくが止めて欲しい、っていえば……それ以上、誰も何もしないんですよね……」
 と、確認する。
 全員が、「うん、うん」と熱心に首を縦に振った。
 他の少女の邪魔をされない期間を公然と作る……ということで、彼女たちの意見と利害は一致している。その間に香也にアプローチして、他の少女たちより密接な関係を作れれば……というわけである。今のままでは、そもそも、アプローチするだけでも、横槍がはいって、事実上、何もできない。

 結局……香也は、熟考の末、彼女たちの提案を受け入れることにした。
 あくまで比較の問題だが……五人全員を一度に相手にするより、一人づつの方が、まだしも気が楽だろう……と思ったからだし、それ以上に、その提案を蹴って、無秩序状態になった時のことを想像したら……その条件をのまないわけには、いかなかった。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(224)

第六章 「血と技」(224)

「……業者の試験、来週……」
 放課後、クラスメイト経由でその情報を耳に入れた荒野は、小さく呟く。
「そう。
 あれ、一月に一度、やることになっているから
……」
 飯島舞花が、もっともらしい顔をして頷く。
「定期試験と違って、成績には直接、反映しないらしいけど……。
 偏差値はそっちの結果で集計するからなぁ……」
「……勉強、しなけりゃな……」
 荒野も、舞花に頷き返す。
 荒野の成績は、取り立てて悪いわけではない。科目によりバラツキがあるが、中の下から中の上をさまよっている感じだ。
 しかし、荒野たちが二年生でいられる期間も、残り少ない、この時期は……樋口明日樹がそうしているように、本気で受験に取り組みはじめる生徒が多くなる時期でもある。
「偏差値」とは文字通り、試験を受けた全生徒の成績を偏差として集計したものだから、仮に、同じ点数を取ったとしても、他の生徒たちの点数の方が底上げされていれば、それだけ低くなる。
「……今日は、直帰して勉強しよう……」
 誰にともなく、そう呟く荒野だった。
 自称、「いつまでも場慣れしない学生」である所の荒野も、本人が自覚している以上に順応している。
 何しろ、いつどんな事件が起こるのか、予測がつかない。そして荒野は、何事か起きれば、真っ先に駆けつけなければならない境遇だった。
 だから、学校の勉強もできる時に、できるだけやっておくに限る……。
 ……などということを思いながら、荒野は帰り支度をしはじめた。
「……参考書かノート、お貸ししましょうか?」
 いつの間にか荒野の背後に近づいていた孫子も、意味ありげな笑顔を浮かべて、そう声をかけてきた。
「……遠慮しとく。
 できる限り、自力でやっときたい……」
 孫子に借りを作りたくない荒野は、ぶっきらぼうな口調でそう答える。
 荒野が勉強関係で、本当に手助けが必要な時は、茅とか佐久間先輩を頼るだろう。
 なに。
 孫子の方も、純粋に好意でいってくれているわけではなく、今まで何かと世話をかけている荒野に恩を売って、少しでも精神的な優位を保ちたいだけなのだ……と、荒野は予想する。

 掃除当番も部活もない日だったので、ちゃっちゃと帰り支度を済ませて帰路につく。
 この日は、今のところ、これといったトラブルも起こらず、平穏に推移している。
 この平和がいつまでも続くように、と祈りながら家路を急いでいると、途中の商店街はずれ、つまり、例の、マンドゴドラの前あたりで、荒野は、とんでもないものを見つけてしまった。
「……何やっているんだ、お前ら……」
 まさか、無視して通過するわけにもいかず……いや、仮に、何もいわずに通過したとしたら、向こうからユニゾンで声をかけられ、かえって目立つ結果になったろう……荒野は、仕方はなしに酒見姉妹に向かって、声をかける。
「「……あっ。
 荒野様……」」
 酒見姉妹は、同時に振り返って荒野の姿を確認した。
「「……みての通り、ビラ配りのバイトです……。
 学校に行きながらでもできる、時間の融通が利くバイトを、才賀さんが紹介してくださいまして……」」
 そういいながら、双子が差し出してきたチラシを、荒野は受け取る。
 案の定、「登録制スタッフ募集!」うんうんとか印字してある、孫子の会社のチラシだった。
「……お前らが、どんなバイトをしようが、干渉するつもりはないけどな……」
 そういう荒野は、かなりうろんな目つきになっていた。
「……お前らのその服は……いったい、何なんだ?」
「「……似合いませんか?」」
 二人は、声を揃えて首を傾げた。
「似合う、似合わないはともかく……町中で着る服では、ないだろう……それ……」
「「……これ……茅様と、お揃いですが……」」
 そのことにも……茅につき合って、毎週のようにあの番組をみている荒野は気づいていた。
 二人が着ているのは、デザイン的には茅のと同一、ただし、色違いで……。
「……あの番組、来週で最終回だぞ……」
 二人が着ているのは、赤と黄色を基調とした、けばけばしい色調のメイド服で……今の荒野には、それぞれ、「メイドレッド」と「メイドイエロー」が変身する前のコスチュームだということが、判別できるようになっている。
「「……番組は、どうでもいいのですが……」」
 酒見姉妹は、ユニゾンで答えた。
「「……茅様に教えてもらったお店に、この色しか残っていませんでしたので……」」
 ……どうやら、茅から、あのマニアックな店の所在を聞き出して、わざわざ買いにいったらしい……。
「いや……。
 どんなに目立つ格好するのも、お前らの自由だけどな……。
 茅が下校する時は、迎えにいってやってくれよ……」
「「……それは、もう……」」
 双子が、荒野の言葉に頷く。
「「……それに、目立つ服装をした方が、チラシを効率よく受け取ってもらえる、とアドバイスしてくれたのは、才賀さんで……」」
「ああ……そう」
 荒野は、「あいつ自身の、経験から出たアドバイスかな?」とか思いつつ、かなり投げやりな返答をした。
 孫子は、年末にチラシ配りのバイトをしていたことがある。
「まあ……適当に、がんばれや……」
 そういって荒野は、酒見姉妹と別れた。
 ……あいつらはあいつらなりに、この環境に適合しようとしているんだな……と。
 商店街で買い物をしていくことも考えたが、冷蔵庫の中身を思い返すと、昨夜の夕食を狩野家でご馳走になったおかげで、食材には余裕がある。あまり余らせても、材料が痛むだけなので、この日は買い物をせず、まっすぐに帰ることにした。

 マンションに到着する前に、携帯の着信音が鳴った。
 液晶を確認すると、登録していない、見慣れない番号で、訝しく思いながら出てみると……。
『もしもし?
 ……荒野さんっすか?』
 何のことはない。
 甲府太介だった。
「そうだけど……何か、あったか?」
 荒野は即座に表情を引き締める。
『いえ、特に、ないですけど……』
 太介は、声に少し焦りを滲ませて返答した。
『だた、自分用の携帯がゲットできたんで、番号を教えておきたかったのと……。
 それから、おれがお世話になっている家の人たちが、今日か明日あたり、ご挨拶に行きたいっていうんで、そちらの都合をお聞きしたくて……』
 太介の話しだと、向こうの家の人が気を効かせて、太介用のプリペイド携帯を都合してくれたらしい。
 荒野は少し考えて、「例によって、急用ができなければ」という条件をつけた上で、「……今日の夜、の方が、いいな……」と返答した。
 太介は、すぐさま、
『……それでは、今夜八時過ぎにお邪魔しても、いいですか?』
 と、時刻を指定してくる。
 おそらく、「向こうさん」が気を効かせて、荒野たちが食事などを済ませていて、しかし、寝るには早すぎる時間を、指定して来たのだろう。
 また、荒野のマンションに訪れる側にとっても、夜間に忙しい仕事でなければ、そのくらいの時間の方が、都合がいいはずだった。
 荒野は歩きながら、太介と二、三、簡単な連絡を済ませてから帰宅した。




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彼女はくノ一! 第五話(307)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(307)

 風呂場から裸で逃げ出してきた後、香也は自分の部屋に逃げ込み、そこで服を着て、布団を敷き、証明を消して、その中に入った。
 まだ寝るのには早い時間だったが、プレハブに籠もって絵に集中できる気分では、ない。無性に、むしゃくしゃした。何だって自分は、ああいう場面ではっきりと拒絶することができないのか? あんなどさぐさまぎの関係、誰にとってもいい結果になるとは思えないのに……。
 そういって香也は、布団の中で股間に手を当てる。
 香也のそこは、朝に孫子の中に一度、先ほど、楓とノリの口にそれぞれ一度づつ放っているが、ガクの中に入った余韻で未だに勢いを保っており、半勃ちになっている。
 そこの感触を確かめると、香也は、自分でもコントロールしきれない、自分の若さと欲望とを、呪った。
 周囲の環境が激しく良くない、ということをはずしても、香也は、この年頃の少年にありがちなことに、自分の性的な欲求を持て余しがちである。
 そこを触り続けていると、そのまま自慰をはじめてしまいそうになるので、慌てて手を離して、硬く目をつむる。
 年齢が近い、異性の同居人が増えてからこっち、香也の自慰の回数は、めっきり減っている。彼女たちが処理してくれることを当てにして、ということではなく、自分でしている現場に踏み込まれ、気まずい思いをしたくなかったので、そういった事態を警戒して、自然と減ってしまった。
 そのおかげで一層、香也が誘惑に弱くなっている、という皮肉な側面もある。
 覚醒していると、どんどんネガティブなことを考えてしまいそうになるので、特に眠たくもなかったが、香也は目をつむり、必死に寝ようとした。

「……あの……いいですか……」
 いくらも経たないうちに、襖の向こうから、楓の声が聞こえた。
「い、今の……」
「……んー……。
 いいから……」
 香也は、布団を頭までひっかぶって答える。
「……気にして、ないし……」
 楓の性格と今し方の、風呂場での出来事を考え合わせれば、何をいいに来たのか、おおよその見当がつく。
「……いえ……その……。
 そういうことじゃなくって、せすね……いえ、あの……そういうことも含めて、なんですけど……」
 楓は、襖の向こうでなにやら説明しようとするのだが、いっこうに要領を得ない。
 気弱になった時、楓の口調は、妙に歯切れが悪く、回りくどくなる傾向があった。
「……こういうことですわっ!」
 いきなり、孫子の声がして、襖を開ける音がした。
 何事か、と香也が布団から首を出すと、パジャマ姿の楓と孫子、それにテン、ガク、ノリが勢ぞろいしている。
「相談の結果、この家の結束を固めるために、急遽、パジャマパーティーを執り行うことになりましたっ!
 会場は、この部屋ですっ!」
 孫子が合図すると、テン、ガク、ノリがわっと布団を運び込む。
 唐突な事態に、香也の理解力が追いつくより前に、ばたばたと香也の回りに布団が敷かれた。香也の部屋は八畳間で、ほんんど家具がない殺風景さと相俟って、かなり広く使える。壁から壁までぎっちりと布団を敷き詰めるような形になったが、なんとか人数分の布団を敷くことができた。
「話し合いの結果、香也様とも他のみなとも、もっと深いコミュニケーションが必要、ということで、意見が一致しました」
 上体を起こしただけで、ぽかん、と口を開けるだけで、ろくな反応もできない香也に、孫子が説明をする。
「思えば、こうして一緒に住んでいても、お互いのことを話し合う機会もあまりありませんでしたし……」
「……ねえ、おにーちゃん……」
 パジャマ姿のガクが、四つん這いになって香也に顔を近づける。
「さっき、無理矢理しちゃったこと……怒っている?」
 香也は、とりあえず無言で首を振る。
 自分の欲望を制御できなかった結果に対する自己嫌悪……などという感情を、ガクにうまく説明できるほど、香也は口が回る性質ではない。
「……よかったぁ……」
 ガクは、香也の複雑な胸中も知らずに、安堵の表情を浮かべた。
「おにーちゃんに……嫌われちゃったかと、思った……」
「ねーねー、おにーちゃん……」
 今度は、ノリが、ガクと同じ四つん這いになって、香也に顔を近づける。
「また……絵のこととか、教えてくれる?」
 香也は、これにも頷く。 
「……よあかったぁ……」
 ノリがそういって、香也も首に抱きついて、香也を押し倒した。
 それがきっかけとなって、周囲にいた少女たちが、「あーっ!」とか、「だめーっ!」とか叫びながら、我先にと香也に抱きついてくる。
「……ちょっ! ちょっ!
 そんなにされたら、また、さっきみたいにっ!」
 今度は、流石に香也も大声を上げて、手足をバタつかせて抵抗をする。
 もう……後になって、後悔するようなことは、したくなかった。
 抵抗の甲斐あってか、それとも、少女たちにも多少は反省するところがあったのか、風呂場での時とは違い、いったん盛り上がりかけた騒ぎは、今度はすぐに収束し、少女たちは、香也から少し離れて車座になる。
 香也は、はぁはぁと肩で息をしながら、少女たちを不審な表情で見渡す。
「……わたくしたちも、先ほど話し合った結果……このまま、中途半端なままでは、いろいろと混乱するばかりだという結論に達しました」
 正座をし、しゃんと正座をした孫子がそういうと、周囲の少女たちも、うんうんと頷いている。
「最初に確認しておきますが……香也様は、まだ……特定の女性と、深いおつき合いをするつもりは、ないのですよね?」
 香也は、頷く。
 特定の女性とつき合うつもりがない……というよりは、異性であれ同性であれ、誰かと深いつき合いをする……という事自体、自分にはまだ早すぎる、と、香也は感じている。
「ここにいる者たちは、わたくしも含めて、そんな香也様の気持ちを納得した上で、香也様と深い関係を結びたいと思ってます。
 その意志は、先ほど、確かに、確認いたしました……」
 孫子は、香也の目をまともに見据えて、そういいきった。
「しかし、香也様は、まだ特定の誰かとつき合う気はないとおっしゃいます。
 今日の例をみましても、現状をこのまま放置すれば、無用の混乱を招くのは、必定。
 そこで、わたくしたちは、話し合いの結果……香也様に、ここで一種の妥協案を、提案させていただきたいと思います……」




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(223)

第六章 「血と技」(223)

「……例えば、さぁ……。
 去年の一学期……連休あけて、少しした頃、かな? まだ六月には、なっていなかったと思うけど……。
 わたし、たまたま、彼を、何度か見かけたんだけど……」
 玉木が続けるのを、荒野が遮った。
「彼って……香也君のことか?」
「そう、彼」
 玉木が頷く。
「その頃は、まだ名前も知らなかったけど……。
 うち、駅の近くだから……同じ年頃の子が、平日の朝とかに駅に向かってくと……顔、覚えるよね……」
 玉木の話しによると、「平日の朝早く、バックパックを背負った香也が、出勤客に混じって駅の方に向かう」所と、「数日後、かなり汚れた同じ服を着た、すっかり日焼けした香也が、商店街を通り抜けた」所を、玉木は目撃している。
 その頃は、香也が不登校気味だった時期だから……つじつまは、合うか……と、その話しを聞いた荒野は思った。
「……で、それからしばらくして、樋口のあすきーちゃんが、彼を美術部にひっぱってきて、そこでわたしは、はじめて彼の名前を知るわけだけどさぁ……。
 なんというか、ね。
 あすきーちゃん経由で彼のこと、知る前に……学校フケけて、自分一人でぽーんとどこかに放浪してくる子、ってイメージあったから……あんなひょりょひょろでも、逞しいところがあるんだなぁって、思ってたけど……」
 玉木が披露した思いがけぬエピソードに、荒野と楓が顔を見合わせる。
「……そういうの……知ってた?」
 荒野が確認すると、楓は、
「……いいえ……」
 と、一度首を振りかけ、それから、
「……あっ。でも……。
 真理さんが、前に一度……チラリと、うちの男たちは、ほっとくとすぐ、どこかに飛んでいっちゃうから…とか、何かの拍子に、そんな言い方をしたことがあったような……」
 と、以前、真理から聞いた話しを思い出す。
「……何となく、聞き流して、忘れかけてましたけど……」
「……いや、いわれてみれば……あの家、キャンプとかアウトドア用品、多いよな……香也君のスケッチも、ほとんど、風景画だったし……」
 荒野も、記憶の中から関連した事柄を引っ張りだしてくる。
「ただの風景画、ではなく……」
 茅も、口を挟む。
「プレハブの中にあったものは……山とか海とか……ここから数十キロ以上、離れた場所のスケッチが、九割以上を占めるの。
 この近辺の風景は、意外と少ない……」
「……同じ、不登校でも、さ……」
 玉木が、頷きながら、先を続けた。
「まず……学校に来るよりも、やりたいことがあってそっちを優先させているのと、特にやりたいことはないけど、なんとなくさぼっている、っていうのは、違うよね。後のは単なるダウナー系だけど、彼みたいな人たちは、ずっとポジティブに動いているわけだし……。
 それに、同じ絵を描くためにサボるのでも、一日中、家に籠もって絵を描いているのと、外に出て……それこそ、何日も一人で泊まり歩いてスケッチ旅行してくるとでは……かなり、イメージが違ってくるよね……。
 わたしが女子だからってわけではなく……保護者も同伴も抜きで、ひょいと、おそらくは、何の伝手もない場所を、何日も外泊する子、って……そういうことができる子って、そんなにいないと思うけど……。
 プチ家出とかで、近所の友達の家を泊まり歩いているのとは、わけが違うんだから……。
 彼と同学年の……いや、学校中の生徒、全部合わせても……同じ事してみろっていって、すっとやっちゃえる人、ほとんどいないんじゃないかな?」
 そんな場面を目撃したりしていたので、玉木の香也に対するイメージは、「みかけによらず、逞しい子」、というものであり……楓や荒野が語る人物像とは、かなりの「ズレ」がある。
「……スポーツができるとか、勉強ができるとかいう、分かりやすい強さじゃないけど……。
 彼、君たちに心配されるほどには、ヤワな人では、ないんとちゃう?」
 荒野や楓が返事をする前に、午後の授業の開始を告げる、予鈴のチャイムが鳴る。
「……玉木。
 情報提供に感謝する。
 楓。
 続き……詳しい話しは、また別の機会にな……」
 荒野は早口でそういって、席を立った。
 他の面子も、各自の教室に帰るために立ち上がる。

「……人のこと……あんまり、分かった気にならない方が、いいよ……」
 美術室の前で別れ際に、玉木は荒野に向かい、そんなことをいった。
「特に、身近な、近すぎる人ほど……特定の面しか目に入らないで、全体像がみえなくなるってこと、よくあるから……」
「……気をつける……」
 玉木の言葉に荒野は素直に頷き、自分の教室へと急いだ。

 午後の授業中、荒野は、昼休みに玉木にいわれたことを反芻する。
 確かに……自分は、楓や孫子も含め、自分たちは、実の所、香也のことなど何一つ、理解していないのではないか?
 などと、考え込んでしまった。
 この土地に来るまで、荒野とつきあいのあった人間は、おおよそ二種類に分類される。
 荒野と同じ世界……とは、つまるところ、一族と同じ世界、ということになるわけだが……の住人と、それ以外の、一般人。
 前者には、利害関係を前提として相手に接する態度を選択する、いいかえれば、ビジネスライクに接していれば良かったし、後者の一般人と接触する時は、例外なく任務に従事していたときだったので、その時々に与えられたパーソナリティを演じきるだけでよかった。
 だから、荒野は、今までに対人関係で悩んだことがない。
 あらかじめ、他人に教えられた通りのメソッドを忠実に実行するだけでいいのだから、荒野自身は、何も考える必要がなかった。
 しかし、ここでは……荒野は、荒野自身として、対面する人々、一人一人に対する態度を決しなければならない。
 一般人にとっては、それがごく当たり前のことなのだろうが……。
『……面倒といえば、やはり面倒だな……』
 と、荒野は思う。
 何しろ……人間一人を理解する、というのは、かなり難しい。
 年齢や社会的地位などの「役割」だけで機械的に判断する方が、よっぽど気が楽なのだが……対等の友人同士、となるど、そうした機械的な態度もとれない。目前の一人一人に対して、目の前の人物の人となりや性格、価値観などを類推し、自分の態度を決定づけなければ、ならない……。
 ……などということを考えているうちに、荒野は目眩を感じてきた。
 そして、ぐるりと教室内の生徒たちを見渡す。
 この一般人たちは……全員、そんな面倒くさい事を、しているのか?
『……なるほど……』
 荒野は、かなり腑に落ちる感覚を味わった。
 これは……実際に社会にでる前に、若年者を一カ所に集めて集団生活を体験させる施設……すなわち、学校……が、必要となるわけだ、と。
 荒野は、一般人社会の複雑さや多様さについては、相応の知識を持っている。
 あんな複雑怪奇な「社会」にいきなり放り出されるよりは……あらかじめ、そのミニチュアで予行練習をして置いた方が、なにかと耐性は修養できるだろう。
 以前、大清水先生もいっていたことだが……学校の役割は、学科の勉強を学習するだけにとどまらず、生徒たちに社会性を身につけさせる、というのも重要な役割で……だから、一見無意味な規則も生徒たちに強要するし、そこそこ抑圧的な性格も、本質的な部分に、秘めているのだろう。
 こうして、よくよく考えてみると……。
 と、荒野は、思う。
 普段、通っている学校という施設も、なかなかに不思議な場所だという気がしてきた……。
 そう思っている荒野自身が、一生徒として通っているという事実にも……荒野は、未だに、なじめずにいるのだが。




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彼女はくノ一! 第五話(306)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(306)

 香也の上から降りたガクは、
「……っ。
 まだ、おにーちゃんのが、体に入っているような気がするぅ……」
 と、涙目で軽く顔をしかめた。
 股間から足元にかけて、一筋の血がながれているのが、痛々しい。
「……馬鹿……」
 テンが立ち上がり、ガクの肩を抱き寄せる。
「こんな時くらい、無理すんな……」
「いや……無理にでも笑わないと、泣いちゃいそうだし……」
 ガクは、テンの包容を受けながら、やはり無理にでも笑ってみせる。
「ガクは……いつも、ボクたちのために、無理をしすぎる……」
 テンは、頭をガクの肩に乗せ、顔を伏せながら、そういう。
「……ごめん……」
 ガクが、微妙な表情をして、呟いた。
「謝るなよ……。
 ……本当、馬鹿なんだから……」
 テンは、顔を伏せながら、小さく呟いた。

「……はい、おにーちゃんは、こっち……」
 二人がそんなやりとりをしている間にも、香也は、テンに手を引かれて、洗い場に移動している。香也にはもはや、抵抗する気力も残されていない。
 テンは、香也がなすがままにされているのをいいことに、シャワーで香也の股間を洗い流した。
「わっ……。
 まだ、ここ、元気……。
 すごいねー、おにーちゃん……」
 シャワーで洗い流しながら、テンはこわごわと香也の起立を手で探る。
「……んー……」
 香也は、のんびりとした口調で答えた。
「なんか、ここまでくると、かえって現実感がないっていうか……」
 ……あっ。
 麻痺しているんだ……と、その会話を聞いていた羽生は、香也の心理をなんとなく察した。
 ……確かに、理性のどこかを麻痺してしまわなければ、現在香也が置かれているような現状は、なかなか受け入れられないだろう……と、羽生も納得する。
「……まだ、こんなんなんですねぇ……」
「こんなに大きくして、苦しそう……。
 なんなら、わたくしたちが最後まで……」
 香也の前に、楓と孫子が進み出た。
 こころなしか、声がねっとりと艶を含んでいる。
「このままでは、つらそうですわ……」
「わ、わたしなら……ここで、最後までしても……」
 ……楓と孫子は、香也の直前で軽くもみあいをはじめた。
「……んー……。
 いい」
 香也は、妙にきっぱりとした口調でいって、ノリの肩に手をかけ、ノリの体をそっと横にずらす。
「……疲れたし……。
 それに、こういうの、あまり勢いや惰性でしたら、いけないと思う……」
 香也はノリ、楓、孫子の脇をすり抜けて、大股で浴場を出ていく。香也には珍しく、何となく、誰にも有無をいわせない、気迫、みたいなものを漂わせていた。
「……おにーちゃん……。
 怒っちゃった?」
 香也が脱衣所で着替えを抱え、服も着ないで出ていった後、ガクが、こわごわと、といった風情で羽生に尋ねる。
「……怒った、というより……」
 羽生は、軽くため息をつき、
「あれは……なんとなく、そのままで流されちゃった自分に腹をたてているんじゃないのかな……」
 と、ごく簡単に説明した。

 いくら、大勢に囲まれ、逃げ出すのが難しい雰囲気だったとはいえ……ガクのような小さな子と、こんなことをしてしまったことを……香也は、出血をみて、事の重大さを、改めて認識したのではないだろうか……。
 と、羽生は、香也の態度から、推測した。
 しかし、そのような詳細を……まさか、ガク本人の目の前で、しゃべるわけにも、いかない。
 ガクはガクで……強引で、思慮が浅い側面は否定できないにせよ……それなりに、真剣に考えた上で、こうした行動に出ているのだ。それは、ガクだけではなく、テンやノリ、楓や孫子にも、いえることで……。
『……悪意がなく、真剣で……みんな、いい子で……』
 だからこそ、難しいよな……と、羽生は、心中で思う。
 遊び感覚や、興味本位でこのようなことを行為しているのなら、まだしも本気で怒る事ができるのだが……。
 そこまで考えて、
『……それをいったら……こーちゃんのが、よっぽど難しいか……』
 と、思い直す。
 どの子も、拒否したり邪険にしたりするのが難しいほどには、魅力的だし……加えて香也は、他人と細かな感情を伝え合うことが、あまり得意な性格ではない。
 ことに今回のように、相手が、外見的にいかにも子供っぽいガクやテンなどから、明白に性的な関係を強要された時、相手を傷つけずにスマートにかわせるほど、香也は器用ではない。ノリも含めて三人が、楓や孫子と香也がそういう既成事実を作ってしまった、という事実を知っている状態であるから、なおさら、断るのが難しい。
 外見的な年齢、あるいは、香也自身の意志……どちらを口実にして断るにせよ、相手を傷つけることは確実で……そういう駆け引きややりとりに、香也は明らかに不慣れだった。
 そして……。
『……実際に、血をみて……』
 自分の不甲斐なさに対して、自己嫌悪を覚えている最中なんだろうな……と、羽生は香也の心理を想像する。

 とにかく、香也は……今まで人つきあいをさぼってきた分、こうした駆け引きや機微に、場慣れしていない。
『……こーちゃんも、大変だけど……』
 この子たちも、大変だよ……。
 と、羽生は同性の同居人たちを見渡して、しみじみとそう思った。
 年少の三人はいうに及ばず、楓にしろ、孫子にしろ、誰もがちょっとづつ、「ズレ」ている。
 同年輩の、ごく普通の生活を送ってきた、例えば、樋口明日樹とか玉木珠美、飯島舞花などとは、ちょいとしたところで感覚や価値判断にズレがある。
 流石に、楓や孫子などは、学校に通うようになってからこっち、同級生らの影響か、急速に「普通の感覚」を学びはじめているようだが……。
『……三人の方は、まだまだ世界が狭いからな……』
 ことに最近は知り合いも増えて、つき合いがぐんと広がっているようだったが、それでも、まだまだ「こっちの世界」に来て間もないので、香也とはまた違った意味で、他人とのつき合い方をよく分かっていない節がある。
『……こういうのは……』
 三人の、社会適合の具合とかは……もう一人の「こうや」、加納荒野も、管轄外だろうな……と、羽生は思う。
 あっちはあっちで、何かと個性的なニンジャさんたちのお世話とか尻拭いでイッパイイッパイのようだし……そもそも荒野は、三人の保護者でも後見人でも、なんでもない。
 もしも、三人が、「こっちの世界」に適応っできなければ……荒野なら、あっさりと三人を見限りそうな気がする……。
 もっとも、羽生が見るところでは、三人の学習能力と順応性は、かなり高いので、そんなことにはなりそうもなかったが……。
 いずれにせよ……。
『……みんな、それぞれに……』
 複雑な子たちだよ……と、羽生は、思う。
 もちろん、その「複雑な子」の中には、香也も含まれているわけだが……。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(222)

第六章 「血と技」(222)

「……うーん……」
 玉木は一度、言葉を切って考え込んだ。
「あの……こういうこというの、なんだけど……。
 その、彼、香也君、さ……。
 そんなに、特別な子なんかなぁ……。
 いや、楓ちゃんとか才賀さんがどうこういうんじゃなくって、誰が誰を好きでも、それはどうでもいいんだけど、でも……。
 あの子、わたしなんかからみれば、かなり普通の……いや、どちらかというと普通よりももっと地味で目立たないくらいの子でさぁ……。
 少なくとも、そんな……腫れ物か壊れ物に触るような態度で接しなくとも、とは、思っちゃうんだよねー……」
 もっと、こう……普通に、ざっくばらんにつき合えないもんかなぁ……と、玉木は呟く。
「……あのー……。
 同級生でも、そうだけど……楓ちゃんなんか、一緒の家に住んでいる……家族同然の存在なわけなんでしょ?
 だったら、もっと……面倒くさい事はあんま考えず、自然体っつぅか、もっと気軽に、フランクに接していても、いいんじゃないかなぁ……って……」
「……ふ、ふらんく、ですか……」
 楓は、玉木にそんなことをいわれるのがかなり意外だったらしく、目を白黒させている。
「……そー、そー……」
 玉木はガクガクとかぶりを振った。
「君たちは、どう見ているかは、わからないけど……あれは、多少のことでは動じないっていうか、太い、っていうか、器が大きいっていうか……。
 どにかく、君たちの話しの中の彼の像と、自分の目で普段、みている彼の実物っていうのが……なんか、びみょーにズレているんだよねー……わたしにいわせると……」
 玉木は腕組みをして、うんうんと一人頷いている。
「……そういや……」
 荒野も、玉木の言葉に頷いた。
「彼だけではないけど……あの家の人たちは、たいていのことは、呑み込んじゃうな……。
 大して動揺も、みせず……」
 ……そーでしょ、そーでしょ……と、玉木も頷き返した。
「……だいたい、だね。
 君とかっ!(と、玉木は楓を指さした) 才賀さんとかっ! あの三人とかっ!
 その中の誰か一人にでも言い寄られたりしたら……うちの学校の男子なら、普通に舞い上がって、あっという間にのぼせ上がっちゃうよ……。
 それ、平然と受け流して……さっきの話しだと、体を差し出されても、我慢でいなくなるぎりぎりまで辞退するって……。
 それで……結局は、誰とも靡いてない、って……。
 よっぽど意志が強いか、欲望が薄いのか……。
 ともかく、本当に弱くて壊れやすい男の子は、強固に抵抗し続ける、ってそんな選択……できないと、思うけど……。
 だって、適当な所で手を打って誰かとくっついちゃえば、才色兼備の恋人と一つ屋根の下でいつでもうはうはっ! な、状態なんだよ、今の彼。
 それを、自分の意志で拒否し続ける、っていったら……彼の根性、っつうか、精神力、むしろ、並以上なんじゃないか?」
 長々と説明した後、玉木はチラリと荒野の方をみた。
「いや、まあ……。
 わたしは、男子のムラムラなんて、実の所、よくわからないんだけどさぁ……。
 聞くところによると、すごいんでしょ?」
「……なんでそこでおれの顔をみる……」
 荒野は半眼で玉木を見返した。
「なんでって……ここに男子、おにーさんしかいないし……って、あっ、そうかぁっ!
 カッコいいおにーさんは、もうムラムラ解消する相手、いたっけかっ!」
 玉木はわざとらしく大声を上げた。
「昨夜は、じっくりと時間をかけた前戯の後、激しいのを三回……」
 突如、それまで何もいわずに聞く方に回っていた茅が口を開くと、玉木の方が慌てはじめた。
「茅は毎日でもして欲しいけど、そういうのは普段の態度にまで影響を与えるから、平日は控えるようにいわれているの」
「わっ! たっ! たっ!」
 と、玉木は目前の何もない空間で無意味に手を踊らせる。
「眉一つ動かさず、そういうのろけを真っ正面からしますかぁ、この子はぁっ!」
 玉木のオーバーアクションは、明らかに「照れ隠し」であり、顔が真っ赤だった。
「ここには、事情を知っている人しかいないから、問題ないの」
 茅は、やはりポーカーフェイスを崩さずに続ける。
「他の場所では、こんなことはいなわないの。
 それに、荒野だけが例外ではなく、堺雅史や栗田精一の例からいっても、同年輩の性的な欲求は、平均的に、それなりに激しいものと推察される。
 そうする機会がふんだんにあたえられているのにも関わらず、自分からは求めない絵描きの方が……やはり、例外的だと思うの」
 理路整然と茅に説明され、玉木は、毒気の抜かれた表情で、
「……はぁ。
 そうっすか……」
 と返答し、がくりとうなだれた。
「欲求うんうんは、ともかく……」
 荒野が、咳払いを一つしてから、しきり直す。
「彼の内面が、見かけ以上に強い……という意見には、賛同したいな。
 それに……楓は、彼が、他人との接触を恐れているように感じているようだが……その見方には、おれ、かなり違和感を感じている……」
 ……だって、彼……あんなに、一生懸命、絵を描き続けているじゃないか……と、荒野は続けた。
「おれ……アートとか、そっち方面は、どちらかといえば疎い方なんだけど……。
 それでも、彼の、絵に賭ける情熱が並じゃあないことくらいは、わかるよ……。
 何か、誰かに伝えたいことがなければ……あんなに何年もの間、一生懸命には、なれないんじゃないか?」
 楓は……どうやら、香也のことを、「他人との接触を忌避する、ダメージに弱い人格」と規定しているようだが……それは、荒野の見方とは、異なる。
 荒野は、むしろ香也は……内部に、他人にぶつけたい想いを膨大に抱え込んでいる、そして、その想いを表現する術を、何年かがかりでずっと探り続けている、強靱な人格なのではないか……とか、思いはじめている。
 相手が誰であれ、対面しての会話には、確かにあまり関心はないようだが……そのかわり、あれだけ多大な時間を費やして絵を描いている、ということは、いいかえれば、不特定多数の、未知の人々に何かしら伝えたいメッセージなりヴィジョンなりが、あるからではないのか……という「仮説」を、荒野は披露した。
「……本人は、技術だけ、みたいな言い方をしているけどさ……」
 荒野は、誰もいないプレハブの中で、香也の絵をはじめて見たときの印象を思い出しながら、語る。
「……あれは……今でも、小手先だけ、なんてレベルのもんじゃあ、ないと思う……。
 本人が習作だ、っていっているのでも、あれだけ迫ってくるものがあったし……。
 なあ、玉木。
 それとも、彼だけが特別ってことはなくて……日本の学生は、あれだけ絵を描けるやつが、そこいらにごろごろいたりするの?」
「……まっさかぁ……」
 玉木は、顔の前で平手を振った。
「マンガとかイラスト、うまい人は、それなりにいるけど……デッサンとかの基礎も含めて、きちんとした絵が描ける人って、やはり珍しいと思うよ……。
 それこそ、数万人に一人とか、数十万に一人って割合でしょう。
 ああいうの、楽器の演奏とかクラシック・バレイとか同じく、才能やセンスだけでなく、かなり長い時間をかけないと身に付かない技術でさ……。
 彼本人がどう認識し、どう名乗ろうが……客観的にみて、あの年齢であそこまで描ける人、そんなに多くないっす。
 裏返していうと……そんだけ、膨大な時間を、絵につぎ込んできたわけね、彼。他のことは、そっちのけで……。
 だから、経験してきていることに、それなりに偏りはあるとは思うんだけど……」
 ……そういうのは、玉木よりは香也と近い関係にある、荒野や楓の方が、よく理解している筈でしょ……といった意味のことを、玉木はいった。
 こうして話してみると……香也という人格は、決して弱くも傷つきやすいわけでもなく、多少の偏重がみられるだけ……というのが、玉木と荒野に共通する観測だった。
 それだけ、一つのことに打ち込み続けられるのだから、むしろ、人格の根底に強靱な部分を秘めている、と。




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彼女はくノ一! 第五話(305)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(305)

「……んんっ!
 はぁ、はぁ……。
 やっぱり、キツいな……」
 香也の上に馬乗りになったテンは、脂汗をながしながら、それでも数分ほど、体重をかけたり腰を揺さぶったりして、香也を呑み込もうと試みた。
 しかし、テンのソコはごく浅い、入り口の付近まで香也の先端をくわえただけで、そこから先はみっしりと肉が詰まったまま硬く閉じていて、どうしても一線を越えることができない。
「……はぁ……。
 本当に、こんな大きなの……入るもんなの?」
 膝の上に乗ったテンから、上目遣いに恨めしそうな顔で睨まれ、香也は返答に詰まった。
 まさか、
「……楓や孫子を相手にした時は、回数も数えられないくらい出入りしてます」
 などと、本当のことを答えるわけにもいかない。
 そこで結局、
「……んー……」
 と唸った後、
「む、無理は、しないほうが……。
 たぶん、まだ、体の準備ができていないんだよ……」
 と、当たり障りのない答えかたをする。
「はいはーい。
 交代、こうたーい……」
 ここぞとばかりに、ガクが声をはりあげて、テンの両脇に手を入れて、その体をひょいと持ち上げる。
「……無理はしないー。
 今度は、ボクのばーんっ!」
 ガクは脳天気に声を張り上げ、香也の鼻先に自分の股間を突きつけ、自分の指で薄い陰毛をかき分け、秘裂を押し広げて鮮やかなピンク色の「中身」を香也にみせつけた。
「……ボク、たぶん大丈夫だよ……。
 ほら……おにーちゃん、みて……。
 もう、こんなに、なってる……」
 香也の目の前に示されたガクの内蔵は、淡い色をしていて、テラテラと濡れ光っていた。
 香也は、複雑な形状で、見ようによってはかなりグロテスクなガクのそこから、目を離せなくなった。
「ボクのここ……もう、こんなになっているんだから……ちゃんと、おにーちゃんを受け入れられるよぉ……」
 頬を染めたガクは、鼻にかかった声でそういう。
 いっている先から、ガクが自ら押し広げている部分から透明な体液が分泌され、腿に伝わり落ちてくる。
「……ほら、おにーちゃんも、顔、真っ赤……。
 のぼせないうちに、一度、お湯からでようね……」
 ガクは香也の手を引いて立たせ、香也を湯船の縁に座らせる。
 その香也に背を向け、いきり立ったままの香也の分身を後ろ手に持ち、自分の中心に導きながら、後ろ向きに香也の前に座ろうとする。
「……おにーちゃんの……硬い……」
 いいながら、ガクは、香也の亀頭に自分の愛液をすり付けるように、秘裂に沿わせて動かす。
「……ふっ……。
 入れるよ、おにーちゃん……」
 片手で香也の分身を固定し、もう一方の手の指で自分の入り口を広げながら、ガクは香也の上に座り込んだ。
「……んっ……」
 と、ため気を漏らしただけで、ガクは、あっさっりと香也の亀頭を呑み込んだ。
「……は、入った……。
 これだけでも、アソコがジンジンする……」
 自分の股間をのぞき込んで、かすれ声でガクがいう。
 亀頭を呑み込んだけでも、ガクは涙目になっている。 
「……お、おにーちゃんと、繋がりたいから……んんっ!」
 ガクは、目に涙をためながらも、じわじわと腰を沈めていった。
「……あっ! あっ!
 割れちゃうっ! 裂けちゃうっ!」
 途中、叫びながらも、ガクは腰を沈め続ける。
 ゆっくりと、ガクの小さな裂け目が、香也を呑み込んでいったのを、他の少女たちも固唾を飲んで見つめていた。
 なにしろガクは、前向きで、香也に重なろうとしている。今まさに香也を呑み込もうとしているガクの局部も、丸見えだった。
 いや。
 ガクは、他の少女たちに見せつけることを目的として、その体位を選んだのだった。
「……はっ……はぁあっ!」
 ゆっくりと香也の上に沈み続けたガクの体が、ぴたりと止まった。
 ガクは、目を閉じて荒い息をついている。
「……やっ!
 こんなところで……。
 さ、最後まで……」
 ガクの言動から、香也の先端が、最後の抵抗にあたっているらしい……と、ギャラリーの少女たちは思い当たる。
 ガクは、しばらく深呼吸した後、目を閉じたまま、
「……やぁっ!」
 とかけ声をかけて、一気に数センチ、腰を降ろした。
 そのままガクンと顔を仰け反らせ、
「……あっ! あっ! あっ!」
 と、ガクは叫んだ。
「入ってっ! おにーちゃんっ! おにーちゃんのがっ! ふぁっ! ミシミシって、中にぃっ!」
 ……つぅーっと、二人の結合部から、一筋の破瓜の証が伝い落ちた。
 その後も、ガクは「ぎぃっ!」とか、「がっ!」とか、時折、大きな声をあげながら、ゆっくりと香也をさらに呑み込んでいく。
 一番下まで腰を降ろし、完全に香也を呑み込んだ後、ガクは、
「……はぁっ!」
 と、ひときわ大きな声を出して、がっくりとうなだれた。
 しばらく、肩を落として、はぁはぁと荒い息をついている。
 少し休んだ後、ガクは、自分の陰毛の上あたりを、愛おしそうに、指先で撫でた。
「……痛い、けど……おにーちゃんが、中にいるって……なんか、へんな感じ……。
 ……おにーちゃん……気持ち、いい?」
 呼吸を整えながら、ガクが、切れ切れに香也に尋ねる。
「……い、痛い……」
 香也も、苦しそうな口調で答えた。
「中が、狭すぎて……ギチギチに、締め付けられて……痺れてる……」
 決して、二度射精した後の余裕とかではなく、実際に未開発のガクの内部は、香也をむやみに圧迫し、締め付けるだけで……快楽とか悦楽を感じるにのには、ほど遠い感覚を香也は味わっている。
「……そっかぁ……」
 ガクは、笑いかけて、次の瞬間、顔をしかめた。
 無理に香也を受け入れた部分が、鋭い痛みを訴えたのだ。
「……でも、痺れているんなら、ボクと一緒……。
 ジンジンして……感覚ないし……」
 ガクは、痛みを堪えながら、無理に笑おうとする。
「……おにちゃんっ!」
 それから、香也の腕をとった、自分の胴体にまわした。
「ぎゅっとしてっ! 今だけでいいから、抱きしめてっ!」
 香也はガクに言われたとおりにし、ついでに、後ろからガク頭も撫でた。
 少しして、それ以上の痛みに耐えかねたのか、それとも最後まで香也を受け入れ、貫通したという事実に満足したのか、ガクは、あっさりと香也の上から
とびのいた。
 ガクが退いた後の香也の分身は、確かにガクの血と愛液に濡れたまま、それでもまだ起立していた。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(221)

第六章 「血と技」(221)

「……大丈夫、ねぇ……」
 荒野はため息をついた。
 楓は……どうおいう状態をもって、「大丈夫」と見なしているのだろうか? 日常的に同居人たちによる逆レイプの危険にされている香也の現状は、荒野の目には、とても「大丈夫」とは見えないのだが……。
「まあ、いいたいことは、なんとなく想像つくけど……。
 ……でもな……楓。
 よーく、想像してみてくれ。
 おれたちが来る前も、香也君は、それなりに……というか、今よりもずっと平穏に、何不自由なく暮らしてきていたわけだ」
 荒野は、ここで一旦言葉を切り、楓が「それ以前の香也」の生活を想像する時間を与えた。
 それから、楓の目をまっすぐにみて、切り出す。
「こういっちゃあ、なんだけど……おれたちが来る前の状態っていうのが……香也君にとっては、一番……大丈夫な状態だったんじゃないのか?」
 荒野も以前から、時折、考えていたことだった。
 香也は……今まで見聞してきた事物を総合して考えると……少しづつ、ではあるが、着実に変わってきていっている。ごくゆっくりとしたペースではあるが、まず、真理や羽生、それから、樋口明日樹、と……徐々に心を開いた人間は、増えているのだ。
 荒野は、荒野や楓たちが姿を現さなくとも、あと数年もすれば、香也は多少風変わりではあっても、どこにでもいる普通の青年に成長したのではないか……と、想像することもあった。
 少なくとも香也の場合、「他人にあまり関心がない」だけであって、極端な人嫌い、というわけでもない。ことが「興味の有無」ということであれば、何かの契機で猛然と香也が「他人」に興味を示す可能性もあった筈で……だから、荒野は、楓が心配するほどには、香也のことを心配していない。
 それよりも、荒野は……例え、その動機が悪意ではなく好意から発しているにせよ、同居人たちによる、香也に対する度重なるセクハラの方を、心配している。
 日本では、女性による男性に対する性犯罪については、何故か話題に昇らないが、人権意識が高い国で、現在の香也のような目にあった人がいたら……下手をすれば、訴訟沙汰にも、なりかねない。
 荒野はゆっくりとした口調で、そんな意味のことを、楓に語った。
 最後に、
「あえて、いうんだが……」
 と前置きした上で、
「香也君にとっては……おれたちが来なかった方が、静かな自分の生活を維持できたんじゃないかな?」
 と、締めくくった。
 楓は真剣な顔をして荒野の話しを聞いていたが、荒野がそれ以上、何もいわないと分かると、
「では、加納様は……香也様にとっては、わたしたちは、いない方が良かった、と……おっしゃるんですか?」
 と、聞き返した。
「そういう問題は……設定すること自体が、無意味だよ。
 現に、おれたちはここにいるわけだし……、考えるだけ無駄というか……」
 荒野は、楓に、そのように答える。
 荒野は基本的にリアリストであり、「仮定の問題」を、本気で考えられる性質でない。
「それよりも、現在の、ここの地点からどうすれば、彼と……彼にとっていい環境を整えることができるか、何が最善の選択なのか、ということを……もっとよく、考えてみるべきではないかな?」
 ……そもそも、人間関係に、「模範解答」はないのではないか? と、荒野は思う。そこにあるのは、しがらみと妥協の末に到達する怠惰な結果論の世界。当事者が「よりよく」と思い、あがきまくって、その結果、なおさら、事態がややこしくこじれまくることさえ、別に珍しいことではない。
 人間同士の関係も国同士の関係も、その辺は大して代わりはないだろう……と、いくつかの泥沼をかいくぐってきた荒野は、そう思う。
 いや。
 荒野のこれまでの経験からいえば、個人の思惑や理想論が大勢に良い影響を与えた例をあまり知らず、逆に、拗らせた例の方は、際限なくみてきている。
 だから、楓の「香也をなんとかしよう」という気持ち自体を否定するつもりはないのだが……その楓の純粋さを、荒野はかえって危ぶんでしまう。
「香也様にとって……最善の、選択……ですか……」
 荒野の内心はともかく、多少は、荒野の言葉に感じるところがあったのか、楓は真剣な顔をして考え込みはじめた。
 しばらくして顔をあげ、楓は、再び荒野をみる。
「……でも……今の香也様の状態って、……やっぱり、健全とは、思えません……」
「うん。
 楓が、香也君のことを心配しているのは、よくわかった」
 荒野は、楓の言葉に、頷く。
「だけど……彼の問題を、楓、お前が背負い込む必要が、あるのか?
 それと……健全、ってことだけど……おれやお前が、何がノーマルで何がアブノーマルなのか……判断する資格が、あると思うのか?」
 荒野にそういわれて……楓は、室内にいる、荒野、茅、玉木の顔を、順番に見回す。
 ……確かに……いわれてみれば、この中には、あまり「ノーマルな」人は、いない……。
「……玉木さんは、香也様のことをどう思いますかっ!」
 そして、この中では一番、「ノーマル」なパーソナリティである玉木に向かって、勢い込んで尋ねた。
「……ええっ! わたしっ?」
 玉木は、楓の気迫に飲まれて背を反らした。
「そうくるかぁ……。
 ええっと、ねぇ……一年の、狩野君のこったよね……何故か、一部でモテモテの……。
 っていったも、わたし、あの子のこと、よく知らないからなぁ……。
 絵を描いてくれって、頼んだことは、何度かあったけど、用事がなければあんまり話したこととかなかったし……」
 玉木は楓から目線を逸らしてぶつくさいった後、
「……あんまり、お役に立つようなこと、いえないけど……。
 あの子については、物静かな子だなーっとか、絵がうまいなーってことしか、知らない。あの子が他の人としゃべらないことについても……まあ、そういう性格も、ありなんじゃないかなーって……。
 口数が少ないっていっても、根暗な感じではないし、必要なことはちゃんとしゃべってくれるし……。
 他人とまともにコミニケーションがとらないのなら、問題だけど……彼の場合は、そういうわけでも、ないし……
 あんまり心配する必要はないんじゃないかなぁー、って……」




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彼女はくノ一! 第五話(304)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(304)

「……あわわ……」
 羽生はかなり引き気味になりながら、マンガみたいな狼狽の声をあげる。
 一旦、鎮静化にみえた香也への実力行使が、今また解禁……を通り越して、暴走状態になっている。割って入ろうににも、うかつに近づけばまたさっきみたいに羽生自身も巻き込まれかねない。
「……あっ、あのー……。
 えっちなのはともかく……む、無理矢理は、いけないと思うぞ……」
 弱々しい声で、羽生はひとかたまりになっている香也たちに声をかける。
「えーっ!」
 ガクが不平の声をあげた。
「おにーちゃん、いやがってないよー……。
 おちんちん、こんなにおっきくしているしぃ……」
「気持ちいいと、大きくなるんだよね、ここ……」
 ノリも、ガクの意見に賛同する。
「こんなにビクビクしているし、おにーちゃん、今、いっぱい気持ちいいんだよ……。
 きっと。
 おにーちゃん、入れるのはまだ無理だったけど、気持ちいいお汁は、いつでもいっぱい出してねー……。
 ボクだけ、おにーちゃんのお汁、受け止めたことないから……」
 そいいう間にも、香也の局部に左右から二人で顔を近づけて、ぴちゃぴちゃと水音をさせて舐めあげたり指で刺激したりしている。
 ……半端な知識はあるから、かえって始末に悪いな……と、羽生は、自分の部屋にある書籍類を三人に無制限に解放したことを、はじめて後悔した。
 羽生の部屋には、自分で手がけた同人誌の他に、参考資料として、絡みやヌードの写真、既成エロマンガなども大量に蓄えてあった。それらが教育上、良くない、という意見に、羽生自身は与しないが……それでも、三人の場合は、その生い立ちからしても、かなり特殊だ。知識はあっても、経験が不足しているというか……三人にとって香也は、三人を育てた男性に次ぐ、「好意を抱いた、身近な異性」で、あり……そして、ごく狭い環境で育った三人は、その好意と、恋情、恋愛感情、欲情をわけて考えられるほどには、複雑な人間関係に、未だ慣れていない……。
 学校にでも通うようになって、同級生たちとつき合うようにでもなれば、また、変わってくるのだろうが……三人は、好意にもいろいろな種類があり、他人との距離の置き方も、当然、まだまだわかっていない節がある……。
 そんな、分別のつかない状態の三人に、ああいう性的なファンタジーを何の警戒もせずに見せたのは、明らかに自分の失態だ……と、羽生は後悔した。
 この件をやり過ごした後、しっかりと「現実」というものを言い含めておかなければ、ならない……と。
『……三人については、それでいいとしても……』
 羽生は、香也の肩にとりついて、左右から自分の体を擦りつけるようにしながら、盛んに香也を愛撫している楓と孫子をみる。
 ラリっている……というか……二人とも、明らかに、スイッチが入っている。
 香也との行為に淫している、「女」の表情をしていた。
『……三人でやるのが、癖になりつつあるのかな……』
 とか、思いもしたが……男性経験のない羽生には、そういう状態、というのが実はよく想像できない。
この間の様子からいっても、かなり手慣れた感じがしたし……三人同時に、というのは、すでに何度か体験しているような印象は、受けていたが……。
『……どちらかというと……ソンシちゃんのが、積極的だな……』
 と、羽生は観測する。
 普段、あれだけツンケンしているのに……こうしている時の孫子は、一方的に香也に快楽を与えることに、専念している。
 今も、香也の指を自分の股間に導いて……細部までは、よく見えないが……おそらく、「孫子の中」にまで、香也の指を導き入れている。それも、恍惚とした表情を浮かべて……。
 楓は……羽生の目には、孫子への対抗意識で、後追いで真似をしているようにみえた。 
 孫子が、「自分の興奮を静めるために、香也に奉仕している」という印象があるのに比べ、楓の方は、「見よう見真似で香也にいろいろしているうちに、自分の体も反応してきている」というように、見える。
 いずれにせよ、そうした連鎖がはじまってしまえば、止めなくヒートアップしていく以外にはないわけで……。
「……らぁめぇ、もう、らめぇっ!」
 と、身をよじった香也が、女の子みたいな声をあげる。
 興奮のためか、呂律が回っていない。
『……やっぱり……』
 と、羽生は思った。
 先ほど、楓の口の中に一度放った筈だったが……
これだけの刺激を一度に受けていたら、香也でなくとも、そうそう長くは持たないだろう。
 ……などと、一見、冷静に考えているようにみえる羽生も、実の所、体中が火照っているし、腰に力が入らなくて、立ち上がれない状態だったりするのだが……。
「……いいよっ、おにーちゃんっ!
 ボクがお口で受け止めるから、いっぱい出してっ!」
 破瓜に失敗した雪辱戦、とうわけか、香也に終わりが近づいたとみるや、ノリが香也の正面に陣取って、香也の分身をぱっくりとくわえ込む。
 次の瞬間、香也は「……うわぁっ!」と叫んでビクビクと全身を震わせた。
 そのまま、しばらく荒い息をついて硬直した後、香也ががっくりと全身の力を抜き、その場に膝をつく。
 その動きに合わせて、香也の股間から顔を離し、香也と向き合う形で座り込んだノリは、「ゴクン」と喉を鳴らして香也が放ったものを飲み込んだ。
「……イガイガしてて……まずい……」
 ノリは、ぼんやりとした表情で、そういった後、前のめりになって香也の肩に頭を乗せた。
「でも……おにーちゃんと、少し一つになったって気がする……」
 そのまま、香也の体に縋りつこうとするノリの体を……。
「……はいっ!
 そこまでーっ!」
 テンが、引きはがした。
「今度は、ボクの番っ!」
 テンはそういい、向き合った形で香也の膝の上に乗る。
「……んっふっふっふぅ……。
 おにーちゃん、まだ硬い……」
 テンは自分の性器を、いまだ硬度を保っている香也の硬直にすりすりと接触させた。
「はじめてだから、ノリと同じように、うまく行かないかもしれないけど……。
 おにーちゃん……。
 今……試させて…ー」
 そういってテンは、香也の分身を指で固定し、自分の入り口にあてがった。
 香也はぜいぜいと息をつくだけで、テンの返事をする余裕もない有様だ。
「……こんな風になるから……ボクも……どんどん変な気分に……。
 んんっ!」
 テンは、恐る恐る、といった感じで、腰を沈めていく。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(220)

第六章 「血と技」(220)

 昼休み。
 荒野は樋口明日樹に鍵を借り、美術準備室に向かう。昨夜、みんなが帰った後、狩野家で何があったのか「事情聴取」を行うため、楓と茅を呼び出しているのだった。
『……何となく……想像は、つくけど……』
 今朝、香也を除く狩野家の住人は、「妙に機嫌が良かった」。
 ノリが帰還したことで、香也を中心とした人間関係に、なんらかの進展、ないしは変化が起こった……ということは、想像に難くない。
 荒野とて、他人の色恋沙汰にあまり干渉したくはないのだが、すでに多大の迷惑をかけている狩野家の人々、特に香也にかける心理的物理的負担、というものを考慮すると……やはり、知らぬふりを決め込んで見て見ぬ振りを決め込むこともできず、最低限、正確な情報を当事者の一人である楓の口から確認しておきたいのであった。
『……香也君……大丈夫かな……』
 普通に考えれば、「大丈夫」なわけがないのだが……荒野としては、これで何度目になるのかわからないつぶやきを心中で漏らさないわけにもいかない。

 荒野が借りてきた美術室の鍵をあけ、中に入って五分弱待つと、楓と茅が揃ってやってくる。楓と茅は同じクラスだった。
 会話の内容が微妙な、他人に聞かれると支障がある内容になりそうに思えたので、三人で、狭くて雑然とした美術準備室の方に移動する。毎日、放課後に当番の生徒の手で掃除がなされている筈だったが、所狭しと石膏像などの備品がおかれている美術準備室内は、どことなく埃っぽく薄汚れた印象を受けた。
 茅と楓は、珍しそうに周囲を見渡している。美術部員でもなければ、普通の生徒がここまで入り込む機会はそんなにない。
「……何で呼ばれたのか、だいたい、想像はついていると思うけど……」
 そこいらにあったパイプ椅子とか段ボール箱とかに適当に腰掛けて落ち着いてから、荒野はそう切り出した。
「……正直、あんまり干渉もしたくはないんだけど……香也君が、心配だ。
 昨夜、おれたちが帰った後……彼を巡って、何があった?」
 単刀直入、かつ、明確な返答を楓に迫る口調だった。
「……あっ、はいっ……」
 楓は、一度荒野の気迫に押されてその場でしゃんと背筋を伸ばし、それから頬を……いや、耳まで真っ赤にして、もじもじと落ち着かない様子で視線をさまよわせた。
「あっ……あの……。
 やっぱり、はっきりいわなっくっちゃあ……駄目、ですか?」
 顔を伏せた楓が、一度チラリと荒野の顔を一瞥する。
「……その態度で、おおよそ、おれの推測が誤っていないという事が、はっきりした」
 荒野は、少し辟易した表情で答える。
「いいか?
 のろけが聞きたいわけでもなければ、恋愛カウンセリングをするためにお前を呼んだわけではない。
 重要なのは……本来、おれたちとは無関係な人たちに……迷惑をかけているのか……ということで……」
 ここで荒野は、わざとらしく太いため息をついた。
「もちろん、お前が現在も未来も絶対に大丈夫、お世話になっている狩野家のみなさんに無用のご迷惑をおかけすることはいっさいありません……と、はっきり断言できるのなら、このまま何もいわずに帰っていい。
 もっとはっきりいうと、だ。
 彼、香也君、な……」
 荒野が「香也」の名を出すと、楓はもう一度全身をピクリと震わせた。
「……お前らが、彼に今後、物理的精神的な負担を一切おかけする心配がありません……と、そういい切ることができるのなら……。
 おれも、何もいわないよ。
 だけど……今後、少しでもこじれる可能性があるのなら……早めに、おれたちに状況報告してくれた方が、おれたちも対処しやすいんだけど……」
 いいながら、荒野は「……えらそうなことをいっているな、おれも……」と、心中で呟いた。
 そっち方面に詳しい知識を持つわけでもなければ、経験豊富なわけでもない荒野は……それでも、場合によっては、自分なりに「なんとかする」つもりだった。
 妙な所で義理堅く、背負わないでもいいような責任を自分から背負い込んでしまう傾向が、荒野にはある。
 その時、茅が、荒野の肩を指で叩き、無言のまま戸口の方を指さす。荒野は軽く頷いて、足音を忍ばせて戸口まで歩み寄り、一気に、ドアを開く。
「……そんなところで、なにをやっているんだ?
 ……玉木」
 ドアにぴったりと耳をつけた姿勢で半身を前に倒して折り曲げていた玉木に、荒野が尋ねる。
 茅に少し遅れて、荒野も美術室の人が入った気配を感じ取っていた。
 そして……こんなに分かりやすく、文字通り「聞き耳を立てる」人間の心当たりなど……確かに、玉木くらいしかいないのであった。
「……あっ……ええとっ……いや、その……。
 い、いやっ! ち、違うんだっ! これはっ!」
 硬直から解けた玉木はパタパタと手を振りながら、弁明になっていない弁明を行う。
「何が、どう違うのかわからないけど……」
 荒野は、玉木に顔を向けて、楓の方を指さした。
「……ことは、プライベートに属することだからな。
 どうしても聞きたいっていうんなら、おれに言い訳するよりも、楓本人に頼め」
 楓が承知しなかったら荒野は玉木を叩き出すつもりだったが、楓は「そうですね、相談に乗ってくださる方は、この場合、多い方が……」とかいいながら、玉木もこの場で楓の語る事情を聞くことを承知した。
『……こんな、興味本位の奴に相談、って……』
 と、荒野も内心ではかなり不安に思ったものだが、楓自身が承知していることを、荒野がひっくり返すのも、筋道としておかしい。根本的な所で人が好い楓は、玉木だけが例外ではなく、おしなべて、他人が自分に対して悪意を持つことがある……ということを、前提としていない節がある。
 そのまま、荒野、茅、玉木の三人で、中断していた楓の説明を聞くことにした。

 楓の「説明」がはじまると、玉木は「ええっ!」とか「そこまでしますかぁっ!」とか「破廉恥な、まったく、破廉恥なっ!」とかいう声をあげながら赤くなったり青くなったりした。
 楓が語る「昨夜の出来事」がちょいとしたポルノグラフィだったため、その手のことに免疫のない玉木が照れ隠しに騒ぎはじめたわけだが、いい加減うるさいさい話しが先に進まないので、早い段階で荒野は「出ていくか、静かにするか、どちらかを選べ」と少し凄んだら、ようやく静かになった。それでもそれ以後の玉木は、楓の「説明」がすべて終わるまで、顔を伏せて耳まで真っ赤にして俯いていた。
『……まあ、年齢相応の反応かも知れないけど……』
 と、そんな玉木の反応をみながら、荒野は思う。
 顔を合わせるたびに回数自慢を繰り広げるようなバカップルは、日本の同年輩の学生の中ではやはり少数派だろう。
 一方、「説明」している方の楓はといえば、どうやら、「自分がそんなに過激なことをしている」という自覚はないらしい。楓にとって香也を巡る一連の出来事は、「ごく自然な成り行きで、なるべくしてそうなった」出来事であり、必要以上に包み隠そうとは思っていないようだ。
 性的な事柄に対して必要以上に関心を持たない楓の感性は、荒野にしてみれば、わかりやすい玉木の反応よりは、よっぽど理解しがたい。
「……それで、ですね……」
 一通り、荒野を中心としたらんちき騒ぎ、つまり、昨夜行われた多人数プレイをすべて説明し終えた楓は、いよいよ本題を切り出した。
「……わたしが問題だと思ったのは……やはり、香也様の精神的な……なんというんでしょうか……他人との接触を避けようとする、傾向です……。
 わたしは、そういう専門的な知識はないですけど、ああいういうのって……放っておいても、大丈夫なんでしょうか?」




[つづく]
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彼女はくノ一! 第五話(303)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(303)

「……そんなこと、いっちゃぁ……」
 ガクが、湯をはね上げて香也に抱きついた。
「……ダメダメっ!」
 ガクが抱きついた勢いに負けて、後ろに倒れ込みそうになった香也の背中を、楓が抱き止める。
 むに、っと、香也の背中に、豊かな楓の乳房が押しつけられた。
「そうですっ!」
 楓は、背中から腕を回し、香也に抱きついたガクもとろも、ぎゅっと抱きしめた。
「だって、わたしたちは……ここに、もう、こんなに近くにいますっ!」
 テンとノリが「ボクも、ボクもっ!」といいながら、ひとかたまりになっている三人に抱きつき、体を押しつける。
 孫子と羽生は、まだしも自制心と羞恥心が残っているのか、しばらく戸惑ったような顔をして成り行きを見守っていたが、
「……そんなこといっても、おにーちゃん、まだ、コチンコチンに硬いしっ」
 とか、
「あっ! そんなところ、触っちゃ駄目っ!」
 とかいう声が聞こえると、その孫子も、すでに肉団子状態になっている香也の周辺を引き剥がして、少しでも香也の肌に触れようとする。
 たちまち、もみ合い混戦状態になった。
「……っちょっ! あっ! そんなとこ、触んないでっ!」
 合間に、香也の情けない悲鳴のような声が聞こえる。
 たまらず、逃げだそうと香也が腰を浮かしかけると、すかさず誰かしらが香也に抱きつき、湯船の中に引き戻す。
 ……年頃の男の子にとっては、かなりの拷問なんじゃないのか、これ……。
 と、羽生は思った。
「……あー……」
 なんだかほのぼのしてきたし、このままエロゲ的な展開にならなければ、真理さんにも申し訳が立つだろう……と思った羽生は、ことさらのんびりとした声を出す。
「……じゃれるのは、いいけど……湯あたりしない程度にね……」
 これだけの人数が香也を狙っていて、なおかつ、香也が「誰も選択しない」という選択をしている限り……香也狙いの少女たちは、お互いに牽制しあって、結果として、微妙なバランスが生まれるのだった。
『……逆ハーレムっつうか、アンチ・エロゲ的っていうか……』
 一人の主人公に複数のヒロインが何故かベタ惚れ、っていうのは、ある種のフィクションの定型なわけで、羽生はそっち方面の事情にも比較的明るいわけだが……。
『必ずしも、ヒロインを必要としていない主人公っていうのも……』
 ……いいいんだか、悪いんだか……。
 羽生がそんなことを思っている間にも、香也の周辺はどんどんとんでもないことになって行く。
「……おにーちゃん、こんなにしちゃって……」
 これは、ガク。
「硬くて、熱い……」
 これは、ノリ。
「あの……これ、出すと小さくなるんですよね?
 お手伝い、しましょうか?」
 これは、楓。
「もう……遠慮なさらなくても……。
 一人で始末するくらいなら、わたくしがお手伝いしますのに……」
 これは、孫子。
「ボクだってっ! 駄目だよ、おにーちゃんっ! 変な遠慮しちゃっ!
 おちんちんが大きくなるのは別に恥ずかしいことじゃないんだからっ!」
 これは、テン。
 香也は立ち上がりかけた姿勢のまま、全員に抱きつかれて立ち往生していた。
 そうしながらも、香也に抱きついた少女たちは、我先にとばかりに香也に自分の体をなすりつけ、そこここをまさぐったり揉んだり舐めたり握ったりしごいたりしている。
 これだけの人数が香也にとりついているわけだから、とりついた少女たちの間に自然と競争意識が生まれる。それでなくても、ほぼ全員、直前までの行為でかなり体が火照っているわけで、その上で競うようにして香也の体をまさぐっているわけだから、どんどんヒートアップしていった。
「……ああっ!
 いやぁ……だめぇ!
 そんな、とこっ……んんっ!」
 香也はたちまち、女の子のような切なげな喘ぎ声を出しはじめていた。
 楓と孫子は、すでに数度、「香也を交えて三人」で、という経験をしているので、それだけスイッチが入りやすくなっていた。テンとガクも、楓と孫子ほどではないにしろ、二人で協力して香也を射精した経験があり、一人だけそうした経験に乏しいノリは、彼女ら四人に対抗心を燃やしている。加えて、大勢で香也一人の体をまさぐっているため、女性同士でも肌が触れ合うことが多く、そうした接触も刺激の元になっている。
「……ちょっとっ!
 いつまでも抱きついてないで、わたくしにも触らせなさいっ!」
 香也に抱きついて離れようとしない楓に業を煮やした孫子が、楓の敏感な部分をつつく。
「……やっ!
 そんなところ、触るなんて……」
 楓が身を硬直した隙に、孫子は楓を押し退けて香也の胸に飛び込んだ。
「……ああっ……やっと……」
 孫子は香也の胸に頬を密着させ、すりすりと掌で香也の胸のあたりを撫でさせる。
「ノリ……。
 おにーちゃんのおちんちん、独り占めしない……」
「……えー?
 だって、これ、不思議なんだもん……」
 ガクが、背後から手を回し、物珍しそうに香也の硬直を弄び続けていたノリに抗議した。
「……みんなは、ボクがいない間におにーちゃんを堪能してたから、いいけどさ……」
「……じゃあ、ボクは……下のぶらぶら、いじるーっ!」
 ガクはそういって香也の股間に顔を近づけ、重さを量るように香也の睾丸を自分の掌の上にのせ、それから舌と口で香也の睾丸を弄びはじめた。
 テンに背中から抱きつかれて竿を握りられ、正面の胸元では楓と孫子が入れ替わり立ち替わり抱きついたり愛撫を加えたりしている。ガクは足に抱きついて、香也の股間に顔を埋めて口で愛撫を加えている。
「……じゃあ、ボクは、こっち……」
 テンが、前にとりついているガクと向き合うようにして、後ろから香也の下半身に抱きついた。
「……にゅうたんの本だと、ここも感じるだよね……」
 後ろから香也の腿を抱きすくめたテンは、湯船のお湯を指ですくって軽く香也の菊門をゆすぐと、そのままお尻の肉を手を押し広げて、香也のそこに口をつけた。
「……やぁっ!
 そ、そこ、だめ……」
 香也がひときわ大きな声をあげる。
「……わっ! おにーちゃんの、今、一瞬、びくってなって、一回り大きくなった……」
 香也のそこを握っていたノリが、不思議そうな声をあげる。
「……おにーちゃん……。
 お尻の穴で、感じているの……」 
 そういって香也を見上げたガクの表情は、半ば蕩ろけている。
「……いい、よ……。
 お口で受け止めるから……このまま、出しちゃっても……」
 ガクは香也の臑に自分の陰部をすり付けながら、ノリが握っているモノの先端をくわえた。
「……ずるい、ボクもっ!
 おにーちゃんのいやらしい液、欲しいのっ!」
 ノリが慌てて前に周り、ガクと並んで香也のいきり立った棒を、ガクと奪い合いはじめる。
 その間もテンは香也の肛門をちゅらちゅらと音を立てて舐め続け、楓と孫子は、交互に香也とキスをしながら、陶然とした表情で、香也の胸から上を優しく愛撫し続ける。




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