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2007-04

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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(292)

第六章 「血と技」(292)

 それからも、取り立てておかしなイベントは何も起こらず、雨の休日は、平和に過ぎ去っていった。
 相変わらず、荒野たちは勉強を、茅たちは「シルバーガールズ」の打ち合わせを行っている。
 聞くとはなしに茅たちの話しを聞き流していると、どうやら、今までに撮り溜めた映像素材をどのように切り貼りして整合性のある話しにしていくのか、とか、そのためには、新たに、どういったシーンを撮影しなければならないのか、などの打ち合わせを行っているようだった。
 昼食後、二時間ほどそうして過ごし、誰はともなく、「そろそろ休憩をしよう」ということになって、茅がお茶をいれてくれた。その際には、プレハブにいっていた、現象、梢、舎人の三人も呼び戻された。新参の三人も交えて、勉強のこととか学校についてしばらく話し、途中で、炬燵に寝ていた浅黄が起き出したので、茅がケーキを用意しだした。
 お茶が終わると、現象たち三人は「思いがけず、長居をした」とかいいながら、帰って行く。
 そのまま居続けると夕食まで誘われると予想がついたため、慌てて帰り支度をしたようにも見えた。
 なんだかんだいって、あの三人は、この家に馴染みだしていたしな……と、荒野は思う。あまり馴染みすぎても、彼らとしては、いろいろとやりにくいのだろう。

 現象たちが帰った後も、荒野たちはしばらく勉強を続けた。香也も、彼なりに思うところがあるらしく、それまでのようにプレハブに引きこもろうともせず、真面目に勉強に取り組んでいる。
 茅たちも打ち合わせを続けていたが、同時に、眼を醒ました浅黄の相手もしなければならなかったので、以前ほどの真剣味は感じられなかった。
 真理が夕食の仕度をしはじめた頃を見計らって、荒野は茅に合図をして、帰り仕度をしはじめた。舞花と栗田も、それに従う。
 昼に豪勢な食事を用意してもらって、夕食までご馳走になるのも、少し図々しすぎるように思えた。
 帰り仕度をしながら、「浅黄はどうするんだろう」、などと話しているところに、玄関の方から、
「……来てやったのだっ!」
 という徳川の声が聞こえた。
 浅黄が、とたとたと軽い足音をたてて、玄関に向かって駆けだしていく。
「大人しくしていたのか?」
 出迎えた浅黄に抱きつかれながら、白衣姿の徳川は、そういった。
「おう。
 お前さん自身より、よっぽど周りに迷惑をかけない子だよ、この子は……」
 そういって荒野は、徳川の胸元に、浅黄の着替えとお泊まりセットの入った紙袋を投げる。
「……あさぎ、ねー……」
 浅黄が、徳川に説明する。
「……きょう、おいしーもの、いっぱいたべたのー。
 まりさんと、おとなりにこしてきた、おおきなおじさんが、おひるにおいしいものつくってくれたのー。むしたおさかなとかー……」
「……おとなりにこしてきた……おおきなおじさん……」
 浅黄の言葉を、荒野はぼんやりと反復する。
「おおきなおじさん」というのは、二宮舎人のことだろう。だけど、舎人の存在と、「おとなりにこしてきた」という前半の部分が……荒野の中では、うまく接続しない。
「……あの、奇妙な三人組が、この家にいたのか?」
 徳川も、首を捻っている。
 ……「奇妙な三人組」、って……と、荒野は思った。
「ああ……」
 荒野は、おそるおそる、徳川に確認してみる。
「その、三人、って……」
「うむ」
 徳川は、大仰な動作で頷いて見せた。
「数日前から、うちの隣の古い農家に、引っ越してきたやつらがいてな……。
 最初は、がたいのいい大男だけだったが、そいつが何年か放置されていた家を修繕しはじめたかたと思うと、その後に、目つきの悪い少年と、その少年を景気よくどついて回る少女までもが越してきたのだ……」
「……ええっ、と……」
 荒野は、数十秒ほど硬直してから、ようやく声を絞り出した。
「……徳川、お前の家、どこにあるっていったっけ?
 玉川は、お屋敷、とかいっていたけど……」
「お屋敷というか、祖父が道楽半分に建てた、洋館だな」
 徳川は、平静な声で答えた。
「広くが古いだけだし……確かに、相続税の金額が凄かったから、あれで、そこそこの値打ちはあるのだろうが……。
 市の北の外れ……というか、完全に市街地から離れた、風光明媚な田畑のど真ん中だ」
「……そうか……」
 荒野は、頷いた。
 そして、かがみ込んで、浅黄と同じ目の高さになって、語りかける。
「……浅黄ちゃん……。
 あのおじさんとかおにーちゃんたちが、お隣に越してきた人たちなのかなぁー?」
「……うん!」
 浅黄が、元気よく答える。
「……あのひとたちが、おとなりにこしてきたひとたちなのー……」
「……知り合い、なのか?」
 流石に、荒野の様子がおかしいことに気づいた徳川が、荒野を問いただす。
「まあ……一応。素直に知り合い、っていうには、ちょっと因縁がありすぎるのも、一名混ざっているけど……。
 いずれにせよ、例によって、一族の関係者だ……」
 荒野は、若干、げんなりした表情になって答えた。
「……その三人のうち、二人は、春からおれたちの学校に通うようになる。
 それに、シルヴィとか双子とかも、お前のお隣に越してくるそうだ。シルヴィは、完全に移り住むわけではなくて、時たま様子を見に泊まりにいく感じだけど……」
「……そうか……」
 徳川は、したり顔で頷いた。
「お前のところも、いろいろと複雑そうだな」
「ああ」
 荒野も、徳川に向かって頷いて見せた。
「いろいろと、複雑なんだよ。
 それも……段々、複雑さが増して来ているような気がする……」




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彼女はくノ一! 第六話(33)

第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!(33)

 どうやら、香也は香也で、何かしら思うところはあるらしい。
「……焦ることはないよ」
 と、荒野がいった。
「まだまだ、これから……いろいろなことを、経験していけばいい」
「そうそう」
 舞花も、頷く。
「幸い、周りの人にも、恵まれているし……」
 荒野も舞花も、香也の危惧、つまり、学校の勉強のみならず、「見聞する事柄が限られていて、同年配の人tに比べても、人生経験が乏しい」という不安を、正確に読み取っている。
「……ええ」
 楓もそういって、みんなにわからないように、炬燵の中で、香也の太股の上に自分の掌を乗せた。
「この先、何があろうとも、わたしたちが、ついていますから……」
 太股の上に掌を乗せると、香也は一瞬、身震いをしたが、それ以上の反応はなかった。
 拒絶されるかな、とか思っていた楓は、少し安心をする。
 香也がいやがっているのは、短絡的に性的な行為へと結びつくことであり、楓との接触全てを拒否しているのではないらしい……ということが、最近、楓にもわかかけてきている。
 とはいえ、香也狙いの他の少女たちにも、香也は同じような態度で接している筈なので、楓としては、あまり安心できないのだが。
 また、そうした競争相手の少女たちが存在しなかったら、楓もこうまで強硬な態度で香也に接することもなく、もっとゆっくりと時間をかけて、距離を詰めていったことだろう。しかし、現在の現実としては、そんなに悠長な真似をしていたら、どんどん、他の少女たちに既成事実を作られてしまい、香也の中での楓の存在が、軽くなっていく……と、思うので、楓としても、隙あらば、それなりに香也に構いつけなければならないのであった。
 香也は、「それで、自分が描く絵の個性が弱くなっているから」ということが原因で、不安に思いはじめているようだったが……どんな動機であれ、香也が自分の意識で見聞を広めようと思いはじめたのは、好い傾向だ……と、楓も、思う。また、「自分自身」よりも「自分の絵」を重視するのは、いかにも香也らしいと思うし……それに、舞花が指摘したように、香也は、環境……もっと端的にいって、周囲の人々に、とても恵まれている……とも、思う。
「まあ……学校で習う程度のことなんて、あくまで土台だからなぁ……」
 舞花は、そういって大きく伸びをした。
「茅ちゃんとか、楓ちゃんとか……後、他にもここには、大の大人も太刀打ちできないような知識や能力を持った人たちが、いっぱいいるわけだけど……。
 それに、絵描きくんだって……この間の同人誌みたいに、分野を限定してそれだけを専門にして仕事をしていれば、今からだって、それなりにお金を稼げると思うけど……でも、それだと、土台が脆弱だから、やはり先の広がりが限られてくると思うし……。
 別に、勉強だけに限らないけど、今からいろいろなことを経験して、いろいろな人とつき合っていくのは、いいことだと思うよ……」
「いや……例え、その辺の大人以上の、能力とかがあっても、だな……」
 荒野は、意外と深刻そうな表情を浮かべ、ため息をついた。
「今の学校から、学ぶべきところは、意外に大きいよ……」
「……ぼくは……」
 突然、それまで口を閉ざしていた現象が、呟く。
「正直、学校には……いい思い出が、あまりない……」
「思い出があるだけ、ましではありませんか……」
 梢が、複雑な表情で、現象を諭した。
「わたしなんか……一般人と同じ学校に通った経験も、ありませんから……」
 テン、ガク、ノリの三人が、「ボクも、ボクも」と、梢の言葉に賛同しはじめる。
「……まあ、こういうイレギュラーな連中ばかりだし……」
 荒野が、今度は、辟易した表情になる。
「香也君程度なら、全然、普通だよ」
「……しかし、よくよく考えてみると、凄いよな……」
 滅多に口を開かない栗田精一が、感心したように、呟いた。
「……ええっと……来年の春から……こっちの二人が、二年で……こっちの三人が、一年、っと……」
 栗田は、現象と梢の二人、テン、ガク、ノリの三人を指さす。
「野郎はともかく……来年からうちの学校、美少女キャラのインフレ状態だ……全学年に、数名づついることになるし……」
「……そういう軽薄なことをいうのは……」
 舞花が、栗田の首の後から手を回して、ほっぺたを両側から、むにっ、っと抓み、ぎゅーっ、と、力任せに引っ張る。
「……この口かっ! この口かっ!」
 二人はもつれ合って畳の上をごろごろと転げ回る。
 現象と梢が、なんともいいようもない表情で、ぽかんと口を開けてじゃれ合う二人をみていた。
「……こういう、人たちですから……」
 楓は、なんとなく申し訳がないような気がしてきて、小声で、梢に向かって声尾をかける。
「……仲が……よろしいんですね……」
 梢が、やはり小声で答えた。
「幼なじみだそうだ」
 荒野が、ずずず、と、紅茶を啜った。
「そんでもって……今は、見ての通りの関係だ……」
 栗田と舞花がどたばたと暴れたので、その振動で浅黄が眼を醒ます。眼を擦りながら、起き上がった浅黄を見て、
「……ケーキを出すの」
 といって、茅が立ち上がった。
 どうやら、浅黄が起きるまで待っていたらしい……と、楓は思った。
「……おしっこ、してくる……」
 といって、浅黄も立ち上がった。
「そういえば、あの子……」
 その浅黄の背中をみながら、梢が楓に尋ねた。梢にしてみても、同じ年齢である楓は、話しかけやすい相手なのだろう。
「……どういった、関係の……。
 加納様のマンションにいましたが……まさか、一族の関係者とも思いませんが……」
「……ええっと……やはり同じ学校の、徳川っていう人の姪御さんで……」
 楓は、どこまで詳細に説明したらいいのか、考えながら、ゆっくりと説明する。
「茅様と仲がよろしくて、時折、泊まりがけで遊びに来るようです……」
「……茅の、トクサツ友達だ」
 荒野が、真面目な顔をして頷いた。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(291)

第六章 「血と技」(291)

「夜でも、不都合がなければ……だけど……」
「不都合は、ありません」
 梢は頷いて、茅に聞き返した。
「場所は……どうします?」
「広さとか、条件とか……あるの?」
 茅が、聞き返す。
 そもそも、佐久間の技の習得……とはいっても、具体的にどういうことをやるのか、まるで聞いていない。
「特殊な条件は、特にありません。
 が……そうですね。
 少し離れていますが、うちの方までご足労願えますか?」
 梢は、少し考えて、茅に答える。
「特殊な条件はありませんが……人目につかない方が、いいと思うので……」
「……何をやるか、わからないけど……」
 荒野が、口を挟む。
「やっぱり……他人に見られると、やばいの?」
 門外不出の秘伝……なのだろうか……とか、荒野は思っている。
「やばい……っていうことも、ないんですけど……。
 第一、何の予備知識もない一般人の方がみても、何をやっているの、かまるで分からないだろうと思いますし……。
 それに、見られても……普通の方には、全然、何をやっているのか分からないと思いますし……」
 梢は、何故か、言い淀んだ。
「ですから、見られても……別に、実害とか、あるわけないんですけど……でも……見られると……その……皆さんが、恥ずかしいと思います」
 だから、町外れにあり、隣家との距離も空いている、梢や現象の住まいに来て貰うのが、都合が良い……と、梢はいった。
「……な、何をする気なんだ、一体……」
 荒野は、少し不安になったが、梢や現象は、「その時になればわかります」といって、それ以上のことは明かさなかった。

「明日の夜以降、現象たちの家で」
 という詳細が決まると、現象たちはそのままプレハブに戻っていった。
 それに合わせて、静流やシルヴィも帰るといいだし、三島が車を出すと言いだす。
 シルヴィはともかく、静流はこういう形で他人の家に泊まるのははじめてだとかで、少し浮かれている……ように、荒野には、見受けられた。
 少なくとも、現在の境遇を楽しみはじめている。
『……まあ、今までが、不自由すぎたところもあるだろうから……』
 これはこれで、静流にとっては、良い傾向なのかも知れない。
 荒野がそんなことを考えている間に、楓が出ていこうとする香也を引き留め、勉強をするように即した。
 そういえば、月曜から実力テストがあり、来週は期末試験になだれ込む。最近、何かと成績のことを気にしはじめた荒野にしてみても、他人事ではなかった。
 香也は、楓の提案を素直に聞き入れ、勉強道具を取りに戻り、荒野や飯島舞花、栗田精一も、一旦、マンションに戻ってそれぞれの準備を整えて戻ることにした。
 そうしている間にも、茅、テン、ガク、ノリの四人は、ノートパソコンを覗き込んで、熱心に「シルバーガールズ」の打ち合わせを続けている。
 酒見姉妹は、早速引っ越しの準備をするから、といって帰っていき、真理は、食器の後片付けが終わった後、そのまま別の部屋の掃除をはじめ、徳川浅黄は、炬燵で毛布を被って安らかな寝息を立てていた。

 そんなこんなで、その日の午後は、炬燵に入ってみんなで勉強……ということになったのだが……。
『……すっげぇ、違和感あるな……』
 現在の自分の境遇を顧みて、荒野はそう思う。
 一年前、いや、ほんの半年前の荒野自身の生活と、現在の荒野の境遇は……あまりにも、格差がありすぎた。
『……平和すぎる……』
 荒野はそう思った後、すぐに、
『平和なのは、いいことなんだけど……』
 と、思い直す。
 様々な問題を抱えながらも、今の時点では、決して悪い方には転がっていない。
 言い換えると……。
『こうも、平和だと……』
 ……おれの存在価値が、どんどんなくなっていくな……と、荒野は思う。
 何もトラブルが起きない時、荒野には、「ごく普通の一学生」として生活する以外、することがなくなる。
 平和なのは、歓迎するべきだとは思うが……一抹の物足りなさも感じてしまう、荒野だった。
 荒野は、真剣な顔をして教科書やノートを開いている、香也や楓、舞花や栗田の顔をそっと見回し、
『余計なこと、考えないで……』
 今は、勉強に集中しよう……と、思う。
 それが、現在の荒野にふさわしい……来年に受験を控えた学生にふさわしい、態度だ……と、自分に言い聞かせる。
 他の、例えば、悪餓鬼どもの対処などは、どのみち、今すぐどうこうできるものでもない。
『……どうも……』
 おれは……現場意識が、いつまでも抜けきらないな……と、荒野は内心で自嘲する。
 いつでも、最前線をかけずり回っているような気分でいる。
 一瞬の判断の遅滞が取り返しのつかない事態を招く、荒事の感覚から、なかなか抜けきらない。
『今……おれに必要なのは……』
 目の前の事態を直感的に処理するミクロな判断力ではなく、長期的な視野を持って、何が最善の選択するタイプの、マクロな判断力であり……そういったものは、動物的な勘よりは、正確な知識や情報と、それに知性に頼るタイプの判断力が必要であり……。
『まったく、なんでおれ……なんだろうな……』
 どちらかというと、そういう仕事は、荒野自身よりも茅の方が、向いていると思うのだが……茅たち新種だと、静流やシルヴィなど、一族のバックアップは、期待できない。
 以前、楓も指摘したように……一族が、あるいは、一族の一部が、荒野たちの動きを多少なりとも助けようとするのは……あくまで、荒野の存在があってのことなのだった。
『出生は、自分の意志で選べない……か……』
 そんなものは……茅たち新種でなくとも、多少の差こそあれ、人間なら、みな、同じなのではないだろうか……。
 と、荒野は思う。




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彼女はくノ一! 第六話(32)

第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!(32)

 孫子が再び出ていった後、荒野は現象や茅たちと、いよいよ佐久間の技を伝授するための、具体的な日時を話し合いはじめる。
 そんなことは香也には関係ないので、そろそろプレハブへ戻ろうかと腰をあげかけるのを、楓は制止した。
「……香也様」
 香也の背中の服地を掴んだ楓は、にこにこっと笑う。
「今週は、実力テストがありますし……そろそろ、お勉強をしましょうね……」
「……んー……」
 香也は、楓から目を反らしながらも、すでに諦観の域に入っているのか、すぐに頷く。
「道具、とってくる……」
 飯島舞花までもが、
「どうせなら、こっちで一緒にやれせてもらおうか……」
 などと言い出して、栗田精一を伴って帰っていった。
 そんなことがきっかけとなって、シルヴィと静流も帰るといいだし、三島が、「雨も降っていることだし、車で送ろう」と腰をあげる。

 シルヴィ、静流、三島が出ていったのと入れ替わりに教科書、ノート、筆記用具を持った香也が居間に戻ってきて、少し遅れて舞花と栗田の二人が戻ってきた。
 楓と香也、舞花と栗田が本格的に勉強に没頭しはじめる頃には、荒野たちの話し合いも終わっていて、四人の様子を確認した荒野も、「……おれも、こっちで勉強しようかな……」とか、いいだした。
 別に一人でやっても効率的には、さして代わらないのだろうが、他に予定がない日曜日、何気なく、こうして集まって……というのも、滅多にないことだった。
 茅と、テン、ガク、ノリの四人は、相変わらずノートパソコンを開いて「シルバーガールズ」の打ち合わせをしている。
 現象は、プレハブにいって勝手に絵をみせて貰う、といって、居間を出ていき、梢と舎人もその後をついていった。

 二時間ほど、そうしていた後、茅が茶器を持ち込んで、紅茶をいれてくれた。現象、舎人、梢も、ついでで居間に呼び戻されている。
「……いつもと雰囲気が変わったせいか、割と、集中してできたな……」
 ティーカップを傾けながら、舞花がいった。
「他人の目があると、かえって気が引き締まりますね……」
 楓も、舞花の言葉に頷く。
 いつもは香也に教える一方の楓だったが、今日は学年が上の舞花や荒野に自分の勉強も見て貰っていた。なんだかんだで面倒見がいい荒野は、自分の知っている範囲内のことなら丁寧に教えてくれるし、舞花は、栗田とのつき合いで慣れているのか、教えるのがうまかった。
 楓がそう指摘すると、荒野は、
「いや、来年、受験生だし。一応……」
 と答える。
 荒野はその後、「いまだに学生生活に実感が伴っていないのだが、最近は、隙間の時間を利用して真面目に勉強している」といった意味のことをいった。
「確かに……。
 来年、受験生なんだよな……実感が湧かないのは、こっちもだけど……まあ、なんとかなるでしょう……」
 と、舞花も頷いた後、楓に向かって問いかけた。
「それで、そっちの方は、どうなの?」
 香也のこと、である。
「……ええっと……段々と、持ち直してます……」
 楓としては、そう答えるより他ない。
「本格的な成果が出はじめるのは、これからでしょうね……」
 実際のところ、年末からの短期間で、入学して以来の、全教科分の復習をしているようなものだった。しかも、一日に使える時間は限られている。実体的にみると、香也の成績は「最低」から持ち直して、「下の中」、あるいは、「下の上」あたりをうろうろしている感じだった。
 毎日の地道な努力の甲斐があって、各教科とも、基本的な知識は身についてきているから、これからはぐんと伸びる時期に入るのだろうが……今の時点では、お世辞にも他人に自慢できる成績ではない。
「……そっか……」
 舞花は、楓が考えていることを見透かしたかのように眼を細めた。
「まあ……まだ、一年だしな。
 長期休暇の時期に、時間取って真剣に取り組めば、まだまだ挽回する時間はあるよ……。
 周りの子が放っておかないから、まず、大丈夫だろ……」
「……本人にやる気になって貰うのが、一番いいんですけど……」
 楓は、はっきりと聞き取れない小声でむにゃむにゃと呟いた。
 香也は、こうして「つき合え」と少し強引に腕を引いてくれば、それなりに時間を割いてくれる。
 けれども、今ひとつ、真剣味が感じられない。
 香也とて、知能が低いわけではない。人並みだ。
 だから、時間をかければかけただけの成果は、一応、でてはいるのだが……楓の主観では、イマイチ、手応えを感じないのであった。
 話題になっている当の香也は、それらの話しに耳を傾けている様子もなく、いつの間にかスケッチブックを取り出して鉛筆を走らせている。
 逃げ出さないだけマシ……ではあったが、絵に向ける熱意の何文の一かを別のことにふり分けてもいいのではないか……と、楓は思う。
 香也の感心のありようは……一極集中にも、ほどがある……と。
「……それで、あれだけのものを産み出せるのなら、別に構わないじゃないか……」
 それまで黙って一連のやりとりを見ていた現象が、いきなり口を挟んできた。
「いくら学校の成績がよくても、他に何も出来ないやつ、何の役にも立たないやつなんざ、ざらにいる」
「……でも……絵、だけだと……」
 楓は、現象に向かって、抗弁しようとした。
「……んー……。
 そう……」
 その時、それまで聞く一方だった香也が、はじめて口を開いた。
「絵、だけだと……どんどん、狭く、つまらなくなる。
 だから、もっと……いろいろ、広いところを見られるようにならなければ、駄目……。
 知識も必要だし……それに、もっと、いろいろな物を、見たり経験したりないと……絵や線が、硬直していく……」




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(290)

第六章 「血と技」(290)

 食後も、何故かみんなその場から動かず、静流がいれてくれたお茶を飲みながら、歓談していた。
 真理と三島と舎人は、料理のレピシを交換している。
 テン、ガク、ノリの三人と、それに茅を含めた四人は、「シルバーガール」の打ち合わせを熱心に続けていた。香也と楓は、その打ち合わせの聞き役に回っていた。三人がなにくれと香也に話しかけたり、ノートパソコンを持ち出して、「シルバーガールズ」のスチールなどをみせては、造形やデザインについて意見を求めたりしている。
 浅黄は、満腹したら眠くなったのか、食後、すぐに炬燵に横になっていた。
ました
 そんな中、孫子が帰宅して、居間に入ってくるなり、ガクに向かって、南米で指名手配犯が逮捕され、例の認証システムが使えることが実証された、世界中から問い合わせやオファーが来ている、といった意味のことを告げた。
「……何の話しだ?」
「あのチビどもが、人の顔を識別するソフト作って、そのかげで逮捕者がでたらしいですよ」
 舎人が荒野に聞いてきたので、荒野は簡単に説明してみせた。
「それは……機会が、監視カメラとかの映像を操作して、人の顔、勝手に見分けるってことか?」
 舎人が、不審げな顔になって聞き返す。
「今のコンピュータは、その手の判断は苦手だった筈だが……」
「だから、それ、判断させるソフト、その場で作っちゃったんですよ、あいつら……」
 荒野が、説明を追加する。
「おれ、たまたま、その場にいたけど……」
「それって……あの、テンって子ですか?」
 今度は梢が、荒野に聞いてくる。
「いや。
 今、才賀と話している、ガクの方……」
 当然、三人に関する資料くらいは、事前に渡されているのだろうな……と、荒野は思った。
「……あのガク、あれで、時々、他の二人にも理解できない、複雑なプログラム組むらしい」
 そういいながら、荒野は梢と現象の顔色を観察する。
 テンと茅に、完璧な記憶力があることは、関係者の間では、すでに周知の事実になっている。「佐久間」として、それが、どれくらい普遍的な資質なのか、荒野には判断できなかった。
 そこで、梢と現象に、あえて質問をぶつけてみる。
「カオス理論がどうとかこうとかいってたけど、詳しい理屈はおれには理解できなかった。そういう、あー、アイデアとかインスピレーションの類も、佐久間の領分なのか?」
「……ぼくが、一般的な佐久間について、よく知っているわけがなかろう……」
 現象は、そういってむくれてみせた。現象の経歴を考慮すれば、納得のいく答えだったが、野郎が拗ねてみせても、ちっともかわいげがないな……と、荒野は、身も蓋もない感想を抱く。
「……あっ……ははっ」
 梢は、どうしたわけか、乾いた笑い声をあげた。
「佐久間って、いうのは……その……。
 資質にも、性格にも、個人差が大きいので……同じ佐久間でさえ、作動原理が理解できない、とんでもない機械、いきなり作っちゃう人とかごろごろいますし……その分、扱いが難しい人も、多いんですが……」
「……それは……あれか……」
 荒野は、梢の言葉を自分なりに咀嚼してみせる。
「おれは……六主家の一員である、佐久間の、表面的なことしか知らないわけだけど……。
 佐久間って、あれ……どこかいっちゃったマッドサイエンティストの集団、とか……」
 荒野は、静かな寝息をたてている浅黄をちらりとみながら、梢にそう確認してみる。身近にそういう実例がいるので、想像がしやすかった。
 そういえば、源吉も、「佐久間は、一族の仕事を、兵役のように感じている」とかいう意味のことを、いっていたっけ……。
 梢は、「……あはっ。あはははは……」と乾いた笑い声をあげて、荒野の質問に回答することを避けた。
『……佐久間が、なかなか姿を現さないのは……』
 まともなコミュニケーションがとれる人間が、少ないから……という理由も、あるのではないだろうか……と、荒野は、想像する。
 常人を遙かに凌駕した知性の持ち主がどのような言動をとるのか、常人並みの知性しか持たない荒野が正確に予想するのは、難しい。
 梢が言葉を濁している以上、問いつめても無駄だろう……と、判断した荒野は、話題を変えることにした。

 荒野たちがそんなことを話している間にも、孫子は、廊下にでて何箇所かに電話した後、また家を飛び出していった。

「それで……例の家庭教師の件だけどな、いつからはじまれそうなの?
 幸い、今、この場に関係者が揃っているんで、日程とかそういうの、打ち合わせしやすいと思うけど……」
 荒野は、「シルバーガールズ」の打ち合わせに夢中になっている、茅と三人娘をみながら、そう続ける。
「茅は、まだ学校があるし、みての通り、これでこいつらも、結構、忙しいから、決めるんなら話しあってさっさと決めちゃった方が、いいと思うよ……」
「……あっ。
 はい……」
 荒野の言葉を聞くと、梢は、ピンと背筋を伸ばす。
「わたしたちは……ごらんの通り、学校に通いはじめるまでは、暇ですけど……」
「……うん。
 それじゃあ、向こうの四人の都合を確認して……茅っ!」
「聞いてたの」
 荒野が声をかけると、茅はすぐに顔をあげた。
「佐久間の技の修練って、毎日、少しづつでもやった方がいいものなのか、それとも、丸一日時間をあけて、集中して習った方が、覚えやすいものなの?」
 茅の疑問は、きわめて順当なものだった。
 確かに、効率的な修得法をあらかじめ知っていた方が、スケジュールが組みやすい。
「最初のうちは、感覚を拡張するところからはじまりますから……毎日、少しづつお時間を頂くのが、効果的です。
 ようは、身体の慣れの問題ですから……」
 梢は、真面目な表情を作って、頷く。
「毎日、一時間前後が都合良いのなら……夕食の後ででも、みんなで集まるの」
 茅がそういうと、テン、ガク、ノリの三人も、頷く。
 昼間は徳川の工場に入り浸っている三人にとっても、夜間の方が、何かと都合が良い。




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彼女はくノ一! 第六話(31)

第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!(31)

 浅黄には、周囲の人が一口分くらいづつ取り分けてくれたが、酸味や辛味が強い味付けは駄目らしくかった。しかし、白身魚の香草蒸しはかなり気に入ったようで、何度かおかわりをしていた。もともと、はしゃぎすぎで体力が切れかかったところに満腹してしまったので、ますます眠そうにして、炬燵で横になってしまう。真理が毛布を持ってきて、浅黄の身体にかけていた。
 賑やかな食事が終わると、静流がみんなにお茶をいれてくれた。食事が終わっても、みんなして、しばらくおしゃべりをしている。最近、顔を合わせる機会が多い、ということもあるし、学校のこと、一族のこと、シルバーガールズやボランティア関係のことなど……共通の話題は、いくらでもあるのであった。
 新参の現象や舎人、梢は、神妙な顔をして聞き役に回っていた。まずは、情報収集に務めているらしかった。
 食後も、静流にお茶をいれて貰って、そんなおしゃべりがしばらく続く。

 そんな中、玄関の方で、
「……ただいま帰りました……」
 という、孫子の声がした。
 孫子は、まっすぐに居間に入ってきて、いきなり、
「……日本時間で昨夜未明、南米のホテルで、指名手配されていた、麻薬カルテルの大物が逮捕されました」
 と、告げた。
 その後、続けて、
「……そのホテルは、うちの系列の警備会社と契約していたわけですが……結論を述べると、これにより、ガクの、人相を判別するシステムの実効性が、証明されたことになります。
 今、同システムに関する資料請求や問い合わせが、世界中から殺到しています……」
 と、一息にまくしたてる。
 ガクが反応するのに、しばらく時間がかかった。
「……売れるの?」
「おそらくは」
 孫子は、短く答える。
「使えるものには、金払いがいい世界ですから……。
 ライセンス契約については、使用条件や価格など、専門家ともう少し煮詰めなければなりませんが……試験段階で、実用性が証明されたのは、スタートとして、かなり幸先が良いと思います。
 問い合わせ件数の何分の一かでも、実際の発注に繋がれば……俗な言い方をすれば、かなりの金額になります……」
 孫子の基準で「かなりの金額」とは、具体的にどれくらいの金額になるのだろうか……と、楓は思った。きっと、楓が漠然と想像しているより、ずっと多額なのに違いない……。
「……へぇ……。
 あんなのでも、お金になるんだ……」
 当のガクは、実感がわかないのか、そんなことをいっている。
「……要するに、視覚による、あいまいな認識を、システム化して、プログラムに移植しただけなだけど……さっきみせたモーションキャプチャも、似たような仕組みなんだけどな……。
 人の顔をみて、似てる、とか、似てないとか判断するのと、画像や動画から、こっからここが手、とか、足、とか、指、とか、判断させる、ちょっとの曖昧さも許容した処理系は、実は似たところがあったり……」
「……その、曖昧さを許容した判断をプログラムすることが、今まではとても難しかく……少なくとも、実用レベルでまともに動くものは、皆無に近かった、ということですわ……」
 孫子は、頷く。
「今後も、変なプログラムを作ったら、こっちに知らせなさい。
 応用や実用に関しては、一緒に相談して考えましょう……。
 そうですわね。
 何なら、この部門だけ法人化したほうが、税制上も有利ですし……何なら、その手続きも代行いたしますが……」
「うん。実用ね」
 ガクは、即座に頷く。
「あるよ。ひとつアイデアが。
 このシステムと安物のUSBカメラ多数をネットでつなげて、出来るだけいっぱいの、お店屋さんで使って貰うの。
 そんでね、万引きとかした人、しそうな人、挙動不審な人、それと、閉店時の強盗や窃盗犯なんかも、人相パターンを記憶して、自動でデータベース化して、全国とか全世界レベルでの防犯システムを構築するとか……。
 この間、夕方のニュースで、万引きとか軽犯罪が小さなお店やさんに深刻なダメージを与えているってあったけど……孫子おねーちゃんのおうち、警備会社もやってるんでしょ?
 もう、基本的な判別システムは完成しているわけだから、その程度の改良とダウンサイジングなら、そんなに手間がかからないけど……」
「……いいですわね」
 孫子は、頷いた。
「その場合、監視に使うカメラの解像度は……」
「そんなに高級な機種は、いらない。
 せいぜい、この携帯についているやつ程度でも、十分、顔を判別はできるよ……」
 ガクは、自分の携帯を取り出して、請け負ってみせた。
「……ここのカメラの解像度よりも、設置台数の方が問題かな、どちらかというと……。
 サンプル数が多ければ多いほど、データの信頼度も増すっていうか……」
「……それは、なんとかします」
 孫子は、真剣な顔をして頷いた。
「うちの系列にとっても、今まで未開拓だった分野へ参入する、いいきっかけになりますし……」
「一度、システムを構築しちゃえば、後はほとんど無人で運用できる筈だし……契約金は、できるだけ安くした方が、いいと思う。
 どちらかというと、余裕がなくて、まともな万引き対策ができないような、小さなお店が対象だから……」
「もちろん、それは考慮します」
 孫子は、ガクの言葉に頷く。
「月にせいぜい数万円で、全国規模の、万引き犯警告システムを利用できるとなれば……飛びついてくる顧客候補は、いくらでもいるでしょう」
「そうそう」
 ガクは、頷く。
「一度でもおかしな真似をすれば、全国で、顔が知れ渡る……っていう環境を一度作っちゃえば、ゲーム気分で万引きするような人たちも、いなくなると思うんだよね……」
 孫子は、居間から出て、廊下に何カ所かに電話をかけてから、ガクに、
「……この件が本決まりになりそうだったら、そのうち、うちの系列の技術者と、かなり込み入った話しをして貰います……」
 と言い残して再び外に飛び出していった。

「……けたたましくて、落ち着きのない女だ……」
 孫子がでていった後、佐久間現象が、ぽつりと呟く。




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エロ漫画の書評だよ☆「小池田さんと遊ぼう!」は変態純愛青春マンガだっ!

いやぁ、まあ、若さってやつぁ、熱いっていうか、熱苦しいっていうのか……。
小池田さんと遊ぼう! 小池田さんと遊ぼう!
みた森 たつや (2005/12/19)
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この、「小池田さんと遊ぼう」は、露出行為(パンツ、はいてない)が見つかったのがきっかけで、女の子(小池田さん)が男の子と成り行きで絡んで、その後もずるずると(アブノーマルな行為を含む)関係を続けてしまう、というこの手のマンガにありがちなフォーマットに沿った展開をたどりつつも、読後感は以外にすっきりとさわやかなのであった。 CONTINUE

「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(289)

第六章 「血と技」(289)

「キミ……一体、何を考えている?」
 現象の立候補宣言に、真っ先に反応したのは、梢だった。
「この土地で、自分の基盤を作ることを考えている」
 現象は、即答する。
「ぼくには、加納とは違って、自分自身の基盤がない。
 それに、ぼくが自身に規定している、一族キラーとしてのアイデンティティからいっても、一族内部にシンパを募るわけにはいかない。
 だとすれば、一般人社会の中で、自分の能力を十全に生かす術を模索するのが、適切な態度というものだろう。
 そして、ぼくの当面の立場といえば、学生だ。
学生として、自分の能力を生かし、なおかつ、異能の自分を受け入れてくれるよう、周りを感化しやすい立場に立とうとするのなら……。
 確かに、生徒会長という肩書きは、それなりに重宝するものだ……」
 そこまで一気にまくしたて、現象は、
「……それとも、君たちの学校は、転入したばかりの生徒は、生徒会役員に立候補できない、とかいう理不尽な校則でもあるのかい?」
 と、付け加えた。
「そういう校則は……ないの。
 立候補することは、生徒でさえあれば、誰にでも可能。
 でも、選挙で票が入らなければ……同じことなの」
 茅が、すらすらと現象に答えた。
 その茅の表情をみて、
『……うわぁ……。
 茅……すっげぇ、機嫌が悪くなっているぅ……』
 と、荒野は内心で冷や汗をかきはじめる。
 茅が機嫌を損ねた時、真っ先に割を食うのは、荒野なのだった。
「もちろん、転入したてだと、その点は不利なわけだが……あいにくと、ぼくは佐久間だ。
大衆の扇動や意識操作は、それなりに得意でね……」
 現象は、にやにや笑いを浮かべている。
「……生徒会の選挙って、当選するのがそんなに難しいんですか?」
 楓が、隣に座る香也に、小声で尋ねていた。
 香也が、ぼそぼそとした口調で楓に答えている間にも、茅が、
「負けないの……」
 と、珍しく敵愾心を露わにして、現象の顔を軽く睨んでいた。
『……やっぱり……』
 茅は、機嫌が悪い……と、荒野は茅の言動や表情を観察し、荒野はそう観測する。
 茅は、おそらく……本質的に、自分と似た資質を持つ現象を、内心では、恐れている。その現象が、自分と同じアプローチを選択したことで、ますます自分たちの同質性を意識し……それで、不機嫌になっているのだ……と、荒野はみる。
 資質や体質の面でみれば、今までに知り合った「新種」の中で、茅に一番近いのは……現象なのだ。
 資質だけを比較すれば、佐久間の特性が強いテンも似たようなものだが……ずば抜けた身体能力とそれを使いこなす体術体系をすでに会得しているテンに対しては、茅は、近親憎悪的な感情を抱いていないらしい。
 その点、「肉体を使った戦い方」を学んでこなかった現象は……。
『……まあ……茅と似ているっていえば……似ているよな……』
 荒野は、茅が、現象に対して対抗意識を持つ下原因を、そのように分析した。
 そして、
『……なんか……』
 茅にこんなに脆い部分があるのを、ひどく意外に思い、同時に、安心しているところもあり……と、荒野の心境は、複雑だった。

「……お前ら、今、二人で自活しているんだろ?」
 その話題がひと段落すると、荒野は、今度は、酒見姉妹に向けて、先ほど、梢から打診された件を切り出してみた。
 簡単に、梢が置かれた状況を説明し、
「……そういうわけで、お前ら、その家に済んでみないか?
 家事も分担すればそれだけ楽になるし、部屋代も……」
 荒野は、ちらりと舎人に視線を走らせる。
「……気持ち程度でいいよ。
 もともとの住人が夜逃げしたとかで、廃屋同然の家だったわけだし……交通の便が悪いこともあって、ほとんど、借地の分しか払ってないしな……」
 舎人は、荒野の意図を察知してそういい、肩を竦めてみせる。
「……まあ、佐久間のお嬢ちゃんがそれで安心できるってんなら、どうせ部屋は余っているし、いつでも来るといい……」
「……と、いうことだ。
 今、賃貸でいくらくらい負担しているのか知らないが、経済的にもかなり楽になると思う……」
 学校に通っている間は、この姉妹も一般人の学生程度のバイトしかできない身の上であり、まとまった収入源がない。つまり、現在の酒見姉妹は、貯蓄を切り崩して生活している状態であり、月に数万円単位の倹約ができるものなら、歓迎するだろう……と、荒野は予想した。
 梢にしても、時折、シルヴィが立ち寄るほかに、同年輩の双子が住むとなれば、かなり心強いだろう。
「「……それは……いいのですが……」」
 荒野の予想に反して、酒見姉妹は顔を見合わせ、即答を避けた。
「「その……一つ、問題が……」」
「なんだよ、その問題って……」
 荒野が、尋ねる。
「「……実は……」」
 姉妹の返答を聞いて、荒野は軽い目眩を感じた。
 物心ついてからこのかた、一族の仕事一筋で生きてきた姉妹は……この土地に来て、はじめて一カ所に腰を落ち着けて定住することになり、それまで押さえていた「趣味」が、一気に爆発してしまった。
 その「趣味」というのは……。
「……今までの収入、ほとんど服に変えちまった、だと……」
「「……ええ……」」
 姉妹は、頷く。
「「アパートにも入りきれなくなって、今では大半をトランクルームに預けている状態で……」」
 それまで抑圧していた衣装道楽が、ここに来て一挙に爆発し、結果、今までの仕事で蓄えた資金も、かなり乏しくなっている……という。
「……するってぇと、何か……」
 荒野は、こめかみを指で軽くもんだ。
「お前ら……今までの貯えを、あっという間に、衣装道楽で使い果たした、と……」
「「流石に、あと数年分の生活費くらいは残っていますが……服の量が、半端ではなくって……」」
「……売れ」
 荒野は、低く唸る。
「そんなもん、必要最低限の普段着だけ残して、みんなうっぱらっちまえ……」
「……まあ、まあ……」
 舎人が、慌てて割ってはいる。
「生活費を使い果たしたわけではないし……服の量ってのが問題なら、二人には、物置一つ、使って貰おう。
 昔風の土蔵だが、こまめに風を通せば、問題はないだろう……」
「……土蔵?」
 荒野が、聞き返す。
「そう。土蔵」
 舎人が、頷いた。
「大きな、古い農家だっていわなかったか?
 ついこの間、持ち主のじいさんがお亡くなりになったんだが……親族は、みな、ここを離れてそれぞれに所帯持っていて、だれもこっちに帰らなくてな……。
 何でも、文化財に指定されそこなったとかで、建物自体を解体することも出来ず、かといって、気軽に賃貸に出せる物件でもなし……宙に浮いていたのをいいことに、長老経由でおれたちが使わせて貰っている、ってわけだ……。
 電気と水回りはしっかりしているけど、ガスなんて今だにプロパンだし……それに、屋根なんて、藁葺きなんだぞ……」
 荒野は、しばらく絶句した。
「……そんなもんを、気軽に手直ししたんですか……舎人さん……」
「その昔、宮大工に偽装したこともあってな。古い工法や大工仕事も、基本的なことには一通り、通じているんだ。
 何度か市の教育委員会が心配して覗きに来たけど、現状維持はちゃんと心得ていたし、逆に関心して帰っていったよ。
 補助金を申請しますか、っていってたけど、議会を通して何ヶ月だか何年か待たなけりゃ貰えないって話しで、そっちは断った……」
 二宮舎人は、ことなげにそう答えた。




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彼女はくノ一! 第六話(30)

第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!(30)

 香也は、いつも平然としている……と、みんなで賑やかに食事をしながら、楓は思う。
 これはやはり……一緒に過ごす時間が多い、真理の影響が大きいんだろうな、と。
 その真理は、一口、料理を口にしては、三島や舎人に作り方やコツを聞いたりしている。顔見知りの三島はともかく、舎人と真理はほとんど面識がなかった筈だが、成人男性の標準よりも身体が一回り大きく、いかにもこわもてな感じの舎人にも、真理は臆するところがまるでない。まるで、近所の主婦を相手にしているような気軽さで、舎人に接していた。
 ……この、真理に普段から接していれば……そりゃ、影響を受けちゃいますよねぇ……と、楓は思う。
 そういえば、真理は、過去に、楓や孫子、テン、ガク、ノリの三人の尋常ではない少女たちの存在も、あっさりと許容して、同居を許しているわけで……その真理に育てられた香也も、同様の鷹揚さを身につけている。
 楓は、さきほどのプレハブでのやりとりを思い起こす。
 佐久間の術者は……どうやら、他人の記憶とか考えていることを、読みとる能力があり……現象は、香也に対して、それを行使したらしかった。
 香也は、楓とは違い、術者の能力がどういったものなのか、とか、事前に説明をうけていないにしても……前後の会話の流れから、なんとなく、現象が自分にしたことに対して、察していてもおかしくないのだが……特に態度を変えたり、特別な言動をしたりすることもなく……その時の香也は、まったくもって、いつもの通り……つまり、我関せず、とばかりに、黙々と絵を描きつづけていた。
 自分の記憶なり内面なりを無断でのぞき込まれても、平然としている、というのは……剛胆なのか、鈍感なのか。
 いや……香也の関心が……極端に、香也自身から、外れている……ということなの、ではないか……と、楓は、これまでの香也の言動も併せて思い返し、そう推察する。
 むしろ……香也は、自分が考えていること、感じていること……言い換えれば、自分の内面を、直視することから、逃避しようとしているようにも、見える……。
 そうした香也の態度が……現象が香也の中に「発見」し、そして、楓たちにその内容を教えようとはしなかった「何か」と、関連するのではないか……と、楓は思った。
 せっかく、うまくいっている現状を……無理して、暴きたてることはない……という現象の言い分は、それなりに、納得できるのだが……当面は、それでよくても……将来、香也は、今まで目を反らし、閉ざしてきた自身の記憶と、まともに向き合わなくてはならなくなる日が、いずれ、来るのではないか……。

 楓が、機械的に手を動かし、食事を続けながら、そんなことを考えていると、荒野が、
「茅が、新学期に生徒会長に立候補するようだ……」
 とか、いいだす。
 楓は、特に深く考えることもなく、ほぼ反射的に、「いいですね。協力します」みたいなことを口にしている。
 別に楓は、生徒会の活動に興味はなかったが、茅の能力を考えれば、適任……どころか、オーバー・スキルもいいところだろう……と、思った。
 驚いたのは、荒野がそういったすぐ後に、現象も、
「……それじゃあ……」
 と、前置きして、
「……ぼくも、立候補しよう……」
 といいだしたことだ。

 これには、楓も荒野も、かなり驚いた。
「キミ……一体、何を考えている?」
 目を丸くしている一同を代表して、梢が現象に真意をただした。
「この土地で、自分の基盤を作ることを考えている」
 現象は、即答する。
「ぼくには、加納とは違って、自分自身の基盤がない。
 それに、ぼくが自身に規定している、一族キラーとしてのアイデンティティからいっても、一族内部にシンパを募るわけにはいかない。
 だとすれば、一般人社会の中で、自分の能力を十全に生かす術を模索するのが、適切な態度というものだろう。
 そして、ぼくの当面の立場といえば、学生だ。
 学生として、自分の能力を生かし、なおかつ、異能の自分を受け入れてくれるよう、周りを感化しやすい立場に立とうとするのなら……。
 確かに、生徒会長という肩書きは、それなりに重宝するものだ……」
 そこまで一気にまくしたて、現象は、
「……それとも、君たちの学校は、転入したばかりの生徒は、生徒会役員に立候補できない、とかいう理不尽な校則でもあるのかい?」
 と、付け加えた。
「そういう校則は……ないの」
 茅が、現象の問いに答えた。
 茅なら……校則ぐらいは、丸暗記しているのだろうな……と、楓は予測する。
「立候補することは、生徒でさえあれば、誰にでも可能。
 でも、選挙で票が入らなければ……同じことなの」
「もちろん、転入したてだと、その点は不利なわけだが……あいにくと、ぼくは佐久間だ。
 大衆の扇動や意識操作は、それなりに得意でね……」
 現象は、余裕の笑み、のつもりなのか、にやにや笑いを浮かべている。
「……生徒会の選挙って、当選するのがそんなに難しいんですか?」
 楓は、隣に座る香也に、小声で尋ねる。
 この場にいる中で、あの学校のことについて、一番
よく知っているのは、香也だった。
「……んー……」
 香也は、緊張感のない、のんびりとした声で答える。
「……むしろ、なり手がいない。
 たいてい、先生が……毎回、成績がいい人とか、生活態度が真面目な人に、立候補しないかと持ちかけているくらいだけど……」
 そうしたことにまるで興味を持たない香也にしてから、このような認識を持っている……。
 と、いうことは、やはり、面倒くさいだけの生徒会役員などに、自分から立候補する生徒は……ほとんど、いないのだろう……。

 ……なんか……おかしなことに、なりそうだな……と、楓は思った。
 香也がいうような状態なら……今ではそれなり顔と名前が知られている茅が立候補しさえすれば、ほぼ自動的に当選したのではないだろうか?
 現象には現象の思惑はあるのだろうが……。
『……茅様にしてみれば……』
 邪魔くさいこと、この上ない……。
「負けないの……」
 案の定、茅は、珍しく敵愾心を露わにして、現象の顔を軽く睨んでいた。
 茅が、無防備に感情を露わにすることも……珍しい。

 現象の登場は、大小様々な影響を、自分たちに与えはじめている……と、楓は、改めて感じた。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(288)

第六章 「血と技」(288)

「……あの……加納の若様……」
 佐久間梢が、声をかけてきた。
「加納か、あるいは荒野でいいよ。
 年だってそんなに違わないし……」
 荒野は軽くいなしてから、用件を尋ねる。
「それで……なに?」
「はぁ……こういうこと、お願いするのもなんですが……誰か、一族の者、あるいは一般人でも、ある程度事情を知っている一般人の方で、下宿先を探しているような方に、心当たりありませんかね?」
 梢は、物怖じせずに、荒野に用件を切り出す。
「今すんでいる家……古い農家なんですけど、今のところ、女性はわたし一人だから……」
「ええと……現象と、舎人さん、平三さん……それに、梢さん、かあ……」
 いわれて、荒野ははじめて気づく。
 確かに、知り合って間もない野郎の中に、若い女性が一人だけ同居……というのは、何かとやりにくいところがあるだろう。
 長期戦になればなるほど、不具合も大きくなる筈だ。
「……うん。
 すぐには思いつかないけど……折りをみて、心当たり、探しておく……。
 ……そうだ。
 ヴィなんか、どうだ?
 珍しい佐久間の生態、間近に観察できるぞ……」
 とりあえず、すぐそこに居合わせて、声をかけやすいシルヴィに声をかけてみる。
「……いいかも」
 シルヴィは、少し考える振りをした。
「今のマンションは、セーフハウスとして確保しておいて……普段は、そこに寝起きしても、今のレポートは、継続できるし……」 
 姉崎に送る報告が、多種多様、かつ、克明になることは、シルヴィ個人の利益にも繋がる。
 交通の便がよい場所にある今のマンションを引き払うつもりはなかったが、もう一つ、寝泊まりできる場所を確保しておいても、不都合はないのであった。
「それで……その家の、場所、どこなの?」
「……ええっと……ここから、かなり離れていて……」
 梢は道順を説明する。
「本当に、町外れだな……」
 荒野は、梢の説明する道順をざっと思い浮かべて、頭の中で、この近辺の地図と重ねてみせた。
「……あそこいらだと……周囲に、ろくな建物、ないんじゃないか?」
「そうです。
 一面、畑や田圃。
 一番近くの建物が、今にもお化けがでてきそうな、古ぼけた洋館で……」
 梢は、頷く。
「半壊して、打ち捨てられいた家を、これが、長に喧嘩うって、返り討ちにあって怪我していた間に、舎人さんがどうにか住めるように修繕してくれた感じで……」
 とかいいながら、梢は、現象の頭を拳で軽く小突く。
「……周囲に人家がない環境がいい、って注文だしたのは、おれの方だからな……」
 台所から、舎人が、ひょいと首だけを出して茶々をいれた。
「その程度のことは、やらねーと……」
「料理作ったり、大工仕事やったりと……」
 見かけによらず、何かと、器用な人だ……荒野は、後半を省略して、ぼそりと小声で呟く。
「おれはそういうの、苦にならないたちだし……それに、予算が限られているんだから、仕方がねーだろ……」
 舎人はそういって、すぐにまた、台所に引っ込んだ。
「あと、すぐに思い浮かぶのは……あの、酒見姉妹だなぁ……」
 荒野は、話題を戻す。
「あいつら、今、二人でマンション住まいだそうだし……。
 あいつらの場合は、家事が不得意なようだから、声をかければ、即座に引っ越してくると思う。そのかわり、あいつらと同居するとなると、そっちの内情は、この辺の一族関係者に筒抜けになると思っていいけど……」
「望むところ……というより、そっちの方が、何かと都合がいいですね、こちらの立場としては……」
 梢は、そういって頷いた後、荒野に聞き返す。
「あの二人って……あの、噂の酒見、なんですか?」
「そう。
 目的の為には手段を選ばす。しかし、その手段に夢中になるあまり、肝心の目的の意味を見失いがちな……あの、間抜けな策士だ」
「……はぁ……」
 梢は、曖昧な顔をして、気の抜けた声を出す。
「……もう……何でもありのオールスターキャストなんですね、ここって……」
 ……平然と、現象をぞんざいに扱っているやつがいうなよ……と、荒野は内心で思った。

 そんなやりとりをしている間に、買い出しにいっていた茅や楓たちが帰ってくる。賑やかに荷物を運び込むと、すぐに、次々と料理が出てきた。
 どうやら、三島が携帯で詳細に買い出し班に指示を出していたらしく、妙に段取りがいい。

 炬燵にはいるとすぐに横になって目を閉じていた浅黄を、飯島舞花がやさしくゆり起こす。最初のうち、眠そうな顔をして目を擦っていた浅黄は、炬燵の上にずらりと並んだ皿や器をみて、すぐに目を丸くする。
 三島と舎人の共同作業だったせいか、和風のと東南アジア風とか広東料理風とか台湾風とか、エスニックな総菜とが半々の状態となっていった。
 人数分の小皿と箸を配り、三島が宣言する。
「……人数が多いし、品目を多くして、飽きがこないようにした。
 多くの種類を摂取した方が、栄養的にもいいしな。
 少しづつとって、好きなだけ食べろっってーのっ!」
 三島がそういうのと同時に、こういうノリに慣れている連中が、
「……いっただきまーっす」
 と唱和してすぐに箸を取り、現象や梢が、少し遅れて箸を取った。
「あの先生、あれで、料理の腕だけは確かだから……」
 荒野は、梢にいった。
「こういうときは、遠慮しないでどんどんいったほうが、いいよ……。
 うまいものから、すぐになくなるし……」
 確かに目の前で、テン、ガク、ノリの三人が猛然と料理を消化しはじめている。荒野の言いぐさを聞いて、
「今日は、朝から真面目に会議していたから、おなかも空いているんだよぉー」
 と、ガクが不満の声をあげた。
「何でもいいけど、ご飯がおおしいのはいいことだ……」
「同感」
 テンとノリは、そういったきり、黙々と箸を動かし続ける。別にがっついいているわけではないが、ペースを崩さずに食べ続けるので、すぐに空になる皿がではじめていた。
「……まあ、これで足りなかったら、またなんか追加で作るわ……」
 エプロンをはずした三島が、そんな風に応じる。
「昼から、豪華すぎるかと思ったけど……この勢いだと、すぐになくなりそうだな……」
 舎人も、もっともらしい顔をして、頷く。
「育ち盛りが多いから、こんなものか……」
 シルヴィと静流も、それに真理も、しきりに「おいしい、おいしい」と連呼しながら、箸を休めずに動かしている。
 舞花と栗田は、浅黄のために遠くに置いてある料理を、小皿に取り分けたりしながら、食べていた。ゆっくりと食べていた。
 楓と香也、真理も、似たようなもので、こちらのグループはあくまで自分のペースで料理を楽しんでいる。

「……そういや……」
 そんな感じで、和やかな食事が続いた後、荒野が誰にともなく話しを切り出す。
「新学期になったら、茅が、生徒会長に立候補したいっていっているんだけど……」
 楓と三島、舞花と栗田が、「……おおっー!」と感嘆の声をあげた。
「いいんじゃないか?
 茅ちゃん、そういうの、向いているいると思うし……それに、顔も売れているから、選挙もかなり有利だと思うし……」
 これは、舞花。
「ま。もともと、一般人社会にとけ込む、ってのが、お前らの当面の目標だったし……生徒会長とかそういうのが身内にいると、何かと便利そうだしな……」
 と、三島。
「応援とお手伝い、します」
 これは、楓。
 この場にいる人々は、茅の能力に関しては、まるで不安を抱いていなかった。
「……それじゃあ、ぼくも、立候補する」
 突如、現象がそんなことをいいだし、思わず、全員が現象の顔を注視する。




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彼女はくノ一! 第六話(29)

第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!(29)

「……記憶を閉じている、ということには……それなりの、意味がある。
 事実、こいつは、このぼくなんかよりもよっぽど、うまく世界に適合しているじゃないか……」
 そういって現象は、自嘲まじりの苦笑いを浮かべるだけで、楓や梢がいくらもとめても、詳細な説明を拒んだ。
 現象は、その後、
「せっかくうまくいっているんだ。
 これ以上、下手に手を加えて、うまくとれている釣り合いをあえて崩す愚も、行わない……」
 と付け加え、これ以上、香也に不要な干渉を行わない……とも言明したので、楓も梢も、現象に対して強硬に説明を求めることができなかった。
 少なくとも、現象は……香也に危害を加えるつもりはないらしい。

 その後の現象は、大人しかった。
 時折、楓に短く質問を投げかける以外は、一枚一枚、香也の絵を手にとっては眺めている。
 香也は、相変わらず、描きかけの絵に没頭している。
 楓と梢は、昨日、買い物に出かけた時、行動をともしにていたこともあり、同い年ということもあり、また、梢は孫子ほど取っつきにくい性格ではない、ということも手伝って、今ではかなり打ちとけていた。未知の他人に出会った時、まずは気に入られるよう、振る舞う楓と、誰が相手でもいいたいことをすっぱりいう性格の梢とでは、馬があうようであった。
 年少者たちのそうしたやりとりを、二宮舎人は、少し離れた壁際で、興味深そうにみている。

「……あらあら、お客様なの?
 何のお構いもしませんで……」
 そうしてしばらく経過した後、真理がひょっこりとプレハブに顔を出した。
「あっ。どうも。
 お邪魔しています」
 壁際に立っていた舎人が、真理に向かって大きな身体を折り曲げる。
「こうして勝手に絵をみせて貰っているだけで……おれたちは、そんな、お客だなんてご大層な代物ではありませんので……。
 どうか、お構いなく……」
「どういう理由かは存じませんが……うちのこーちゃんを訪ねてきてくださったのなら、やはり、お客さんです」
 真理は、舎人にきっぱりと答えた。
「お昼のリクエストを聞きに来たんですけど……みなさんも、召し上がっていってください」
「あっ。わたしも手伝います」
 梢と話し込んでいた楓が、慌てて立ち上がる。
「……いや。
 楓ちゃんは、いいから……」
 その楓の肩に手を置いて、梢が真理の方に進み出た。
「ええっと……いろいろ、事情がありまして……これから、ここの子たちとも、顔を合わせる機会が増えるもので……その辺の説明がてら、お昼はわたしたちに用意させてもらえませんか?」
 そういって梢は、舎人に向かって意味ありげな視線を送る。
「そう……だな」
 舎人も、頷いた。
「もし、よろしければ……お台所を、貸して貰えませんでしょうか?
 なに、これでも、ついこの間まで、アジア方面をあちこちうろついていたものでして……あちらでは、料理はたいがい、男の仕事ですからね。自然と覚えましたよ……」
「ええ……。
 このおじさん、料理の腕だけは、確かですから……。
 あんまり凝ったものは作りませんが、その場にある材料を使って、ぱぱっと簡単でおいしい料理作っちゃうもので……。
 ほらっ!
 キミも来るっ!
 監視対象のキミがこっちについてこなくてどうすんのっ!」
 梢は、現象の腕を取って引きずるようにして、真理と舎人の後を追ってプレハブを出ていく。
 プレハブを出ていく間際に、楓に向かってウインクしていくことも、忘れなかった。
 
 香也は、そういう周囲の雑音にも気を取られた様子はなく、描きかけの絵の上に身を乗り出して、完全に「描く」という行為に没頭していた。
 こうなったら、身体に手をかけて強く揺さぶるとかしなければ、香也は我に帰らない……ということを、楓は、経験上、知っている。

 さらに少しすると、梢が再びプレハブに顔を出し、
「……ついでだから、加納の若たちも呼びませんか?」
 と、いいだした。
 おそらく、真理の発案だろう……と、楓は推測する。
 テン、ガク、ノリの三人は、朝食前からお隣にお邪魔している、という話しだった。その辺を気にかけるのは、いかにも真理らしい、と。
「そうですね」
 だから、楓は二つ返事で頷き、すぐに腰をあげた。
「わたし、ちょっといって、声をかけてきます」
 電話やメールで……と、楓も一瞬考えたが、なにより自分の目で荒野たちの様子を確認しておきたかった。
「……楓ちゃん……」
 傘をさして外に出て、玄関前にさしかかると、真理が声をかけて、楓を手招きした。
「今朝までうちにいたお客さんたち、ほとんどそのままお隣のマンションに流れていったようだから、今、あそこはすし詰め状態だと思うのね。
 だから、少し強引なことをいってでも、みなさんをこっちに連れ込んじゃないさい……」
「……え?」
 楓は、一瞬、真理がいったことが、把握できなかった。
 真理のいう、「今朝までうちにいたお客さんたち」とは、三島、シルヴィ、静流……といったところか。確かに、誰もが荒野に縁があり、いかにもマンションに立ち寄りそうな面子ではあったが……。
「……それに、テンちゃんたちが加わると……すし詰めもいいところですね……」
 でしょう……と、真理は頷く。
「わかりました。
 少し強引なこといってでも、こっちに引っ張ってきます……」
 楓は真理にそう言い残して、マンションに向かう。

 実際に荒野たちのマンションに到着すると、そこには予想した面子に加え、飯島舞花と栗田精一のコンビ、それに、徳川浅黄や酒見姉妹までもがいた。
 楓は、玄関先に出てきた荒野に真理の意見を言付けする。
 すると、荒野は、二、三、会話した後、楓に多すぎるくらいの紙幣を押しつけ、食材の買い出しに行くようにと申しつけた。
 食事、と聞いて、三島が、喜びいさんで中から出てきて、荒野が荷物持ちとして三人娘と双子をつけてくれた。
 茅も、クリーニング屋に用事がある、とかで、楓たちについてくる。そういえば、今日は、珍しく茅は、メイド服を着ていない……と、楓ははじめて気づく。

 片手が傘を使うことを考慮しても、十分すぎるほどの人数だった。
 ……昨日の、延長みたいだな……と、楓は思う。
 昨日は、日永一日、数人づつのグループを作って、集合離散を繰り返しながら、ショッピング・センターをうろついて、みんなで服を選んでいたのだった。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(287)

第六章 「血と技」(287)

 昼前になって、今度は楓が尋ねてきた。
「……真理さんが……留守中にお世話になったようだし、みなさんに、お昼をご馳走したいっていうことで……」
 荒野は振り返って、来客の人数をざっと数え、足元をみた。
「あの……申し出は、嬉しいんだけど……今日のうち、とんでもなく、人数が多いんだけど……」
 楓も、荒野の視線を追って、目を落とす。
 履き物が、玄関に入りきらなくて、廊下のフローリングの上にまで、新聞紙を敷いて置かれているありさまだった。
「真理さんも、知ってます。
 昨日の今日ですし……うちから直接こっちに来た人も、多いですから……。
 それに……このマンションに、この人数というのは……」
 荒野たちのマンションの間取りは、2LDK。対象、リビングが広めの設計であるが、この人数を収容するには、流石にきつい……とは、思っていた。
「……そう……だな。
 真理さんの好意を、素直に受けておくか……」
 不承不承、といった感じで、荒野は頷いて、みんなに「お隣に移動しよう」と、告げにいった。
 楓が、真理に報告するため、正確な人数を数えていると、
「おお。
 またみんなで飯か?
 任せろっ!」
 と、真っ先に、三島がでてきた。
 ……真理さんの負担が、かなり軽くなるな……と、楓が思っているうちに、三島は、取り出したメモ帳にさらさらと何事かを書き付け、そのページをちぎって楓に渡した。
「ほれ。
 これ、買ってこい。
 荷物持ちに、何人か連れていって……。
 それから、お代は……荒野持ちでいいな?」
 首だけを後ろに向けて、三島が確認をした。
「……ういっす」
 荒野が、再び玄関に顔を出した。
「これで」
 と、自分の財布から紙幣を何枚か抜き出して、楓に押しつけ、
「……余裕あったら、マンドゴドラにも寄ってきてくれ……。
 この人数だから、そこから代金払ってもいいし……」
 と、付け加えた。
 それから荒野は再び室内に戻り、
「双子と三人娘っ!
 楓にくっついていって、買い出しの荷物持ち部隊なっ!」
 と、いった。
 雨が降っているし、人数は多い方がいい、と思ったから、そう指示したわけだが……実際には、それに、ついでにクリーニング屋に寄っていく、という茅が加わって、ぞろぞろと大人数で出ていった。
 昨夜、今日とはしゃぎすぎたのか、眠そうな顔をしている浅黄の手を飯島舞花が引いて、荒野と残りの面子はお隣りの狩野家へと向かう。

「……よう、荒野」
 玄関で二宮舎人のごつい巨体にエプロン姿で出迎えられ、荒野はリアクションに困った。
「……舎人さん。
 こんなところで、何をしているんです?」
 数秒、固まった後、荒野は、ようやくそういう言葉を絞り出す。
「みて、わからないか?」
 舎人は、手にしていた包丁を胸元に掲げ、真面目くさった表情で答えた。
「昼飯の、準備だ」
「……いや、まて……。
 それは、なんとなく予想がついている。
 おれが聞きたいのは……なんで、舎人さんが、この家で昼飯の準備をしているのかっていうことで……」
「そりゃ、お前……」
 舎人は、ゆっくりと首を横に振った。
「これから、現象とか梢とかが頻繁にお邪魔するわけでな。
 この家の人たちにも、気に入られておいた方がよかろう?
 で、だな……奥さんにお願いして、台所をお借りしている次第だ」
 そんなことより、外は雨なんだから、みんな、早く中に入れろよ……とかいいつつ、舎人は大きな背中をみせて、台所の方へと去っていく。
「おい! 待て、おっさんっ!」
 その後を、三島が追った。
「人数多いいから、今、材料を買い出しに行かせたところでな、お前さん、何を作るつもりだ……」
「冷ご飯があったんで、冷蔵庫の残り物を炒め合わせた五目炒飯。
 それと、春雨を戻してベトナム風のスープで仕上げて……」
「ま。人数も多いし、品数は、多い方がいいだろ……」
 大きな背中と小さな背中が、並んで去っていく。

 全員で居間に入ると、もう一つ、以外な出会いが待ち受けていた。
 いや、舎人がいる時点で、予測していてもおかしくなかったのかも知れないが……。
「……何で、お前が炬燵にあたっているんだよ……」
「……うるせーな。
 ぼくがどこに行こうが、勝手だろうが……。
 第一、佐久間の技を伝授しろって呼びつけたのは、お前等じゃないか……」
 荒野と佐久間現象とは、例によって、顔を合わせると瞬時に険悪になる。
「はいはい。
 二人とも、元気が良いのはいいけど、ここでは、仲違いしない……」
 真理が、すかさす割ってはいる。
 真理は、現象が過去に何をしてきたのか、知らされていない。しかし、真理の性格からいっても、この家の中での喧嘩や公然とした仲違いは、断じて許容する筈もないのであった。
 荒野は憮然として炬燵の中に入る。
「……実は、こちらの坊ちゃんの絵が気になるとかいって、見に来たんですよー……」
 佐久間梢が、こそこそ、といった感じで、荒野に囁きかける。
 主語は、「現象が」なのだろうな、と、荒野は判断する。梢なり舎人なりが絵に興味を持ったのなら、それぞれ単独で来る。三人が揃っている、ということは、現象が動いたから、監視役の他の二人も付随してきたから、ということなのだろう。
 当の香也は、居間の中にはいなかった。大方、例によって、食事の仕度が出来るまでの間も、寸暇を惜しんで絵に没頭しているのだろう。




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彼女はくノ一! 第六話(28)

第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!(28)

 寒いだろうから、と中に招き入れられた佐久間梢、現象、二宮舎人は、灯油ストーブの周りに集まって、楓の説明を一通り、聞いた。
 何故、楓が説明しているかというと、香也はしばらくして落ち着くと、後は関係ないとばかりに、書架を少しストーブから離して置き直して黙々と絵を描きはじめたからだ。楓にしても、こうして改めて説明する行為に対し、羞恥は十分に感じるのではあるが、それ以上にこれ以上、香也を邪魔して迷惑をかけてはいけない……という思いが強い。
 それに、これから長いつきあいになりそうだし、誤解のないように、説明すべきことはあらかじめ説明しておいた方がいいだろう……という気も、した。
「……はぁ~……」
 楓の話しを一通り聞いた佐久間梢は、ため息をついて、感心してみせた。
「……こっちの人たちは、随分と、進んでいるんですねぇ……」
「……なんとも、まあ……」
 二宮舎人は、ちらりと香也の方に視線を走らせた。
「どっかの童貞願望充足マンガみたいな境遇なんだな、ここのおにーさんは……。
 どうだ、童貞!
 うらやましいかっ!」
 と、隣の現象を肘で軽く小突く。
「……ど……どう……」
 楓が説明する間中、顔色をなくして目を白黒させていた現象は、舎人に小突かれて上体をぐらぐら揺さぶられながら、露骨に狼狽してみせた。
「ど、どうして……どどど、どうて……その、経験がないと決めつけるのかっ!」
「いや、恥ずかしがることないって、童貞」
 舎人は、大きな掌を、現象の頭の上で、ぽんぽんと弾ませる。
「……お前らの年頃なら、それで当たり前なわけだ、童貞。
 それに、お前さんのように無駄にプライドが高いタイプは、異性の前ではいい格好をしようと身構えるから、なおさら機会が遠のいていくわけだ、童貞」
 いちいち語尾に童貞をつけているあたり、確実に現象をからかっている。
「……おっ。おっ。おっ……」
 現象の方はというと、こういう事態に慣れていなくてどう対処していいのか、戸惑っているのは傍目にも丸わかりで、酸欠になった金魚の様に、口をパクパクさせている。
「こちらの方とは違い、現象が異性に持てないのは今更断るまでもないことですから、こっちは適当にスルーしておいて……」
 梢は、現象の方をみようともせず、なかなかに辛辣な態度をとる。
「お邪魔はしませんし、静かにしますから、少し、ここの絵とか見させてください。
 ほらっ!
 キミも、お願いするんだからしっかり頭を下げるっ!
 違うっ!
 楓ちゃんじゃなくって、こっち絵描きさんの方むいてっ!」
 とか、結構きつい調子でいいつつ、現象の頭に手を置いて、力づくでグリグリと押し下げた。
 梢だけではなく、舎人までもがそれに加勢する。
 ……なんだか……力関係が、もうすっかり、固定しているんだな……と、楓は、内心で冷や汗をかきながら、そう思った。
「……あっ……あの、香也様……」
 とりあえず、立場上、楓は、香也にそう声をかけてみる。
「……んー……。
 いいけど……」
 香也は、しゃこしゃこと高速で手を動かしながら、上の空で答えた。返答に要した時間からいっても、ちゃんと熟考した出した結論……というわけでもなく、上の空のまま、内容をよく聞きもせず、脊髄反射的に返答をしているのだろう……と、楓は思う。
「……ええっと……。
 香也様はこの通り、絵の方に夢中なんで……あまり、話しかけないでくださいね。
 わたしで説明できることでしたら、協力させてもらいますので……」
 楓としては、そう答えるしかない。
「ああ。
 邪魔は、しないし、させない……」
 二宮舎人は、そういって立ち上がり、壁際まで退く。
「おれはあくまで監視役だから、後は若い者同士、好きにしてくんな……。
 もっとも……ここで下手な真似をすれば、最強のお弟子さんが黙っていないと思うがな……」
 おそらく、現象への牽制の意味も含めて、あえてそういう言い方をしたのだろう。
 わざわざ楓の存在を引き合いにださなくとも、それなりの瞬発力と判断力を兼ね備えた舎人なら、仮に何かあったとしても、今の現象を確実に取り押さることが出来る……と、楓自身は、みているが。
 楓と舎人がそんなやりとりをしている間にも、現象は、立ち上がって、勝手にそこいらに放置してある香也の絵を手にとって、眺めはじめる。
「すいませんねぇ、礼儀がなっていないもんで……」
 楓の視線を追った梢が、楓に向かって頭を軽く下げた。
「いえ……いいんですけど……」
 現象にしてみれば、楓や香也の目の前で、梢と舎人にああいうあしらい方をされて、ばつが悪いのだろう……と、楓は想像する。
 それに……。
「他意はなく、純粋に、絵に興味を持っているようですから……」
 思いの外、真摯に一枚一枚の絵を見ていく現象の態度から、楓はそう判断する。
「……なあ……」
 現象が背中を向けたまま、誰にともなく、尋ねた。
「なんで……ゴミの絵が、多いんだ?」
「それは……そういう絵を、頼まれたからです」
 香也が答える前に、楓が、説明を開始する。
 不法投棄ゴミを片づけるボランティアのこと、そこから、香也が宣伝用のポスター描きを頼まれたこと……など。
 現象は、たまたま目に付きやすいところにある、上の方から順番に……いいかえれば、最近、仕上がった絵から順番に、みていっている。
 ゴミの絵が多いのも、当然だった。
「いや……そういう表面的なことではなしに、だな……。
 絵描き……お前は、何でゴミを描くことに、こだわる?」
 現象は、いきなり香也の肩に手を置いた。
 香也は、首だけを現象に、向け、答えに詰まったように、
「……んー……」
 と、唸る。
 しばらくして、
「自分でも……よく、わからない……」
 と、口にした。
 その時の香也は、本当に困惑をした表情をしている。
「……そうか」
 香也の返答に関わらず、現象は、ひどく腑に落ちた表情になる。
「お前も……捨てられたのか。
 ぼくと、同じか……」
「……キミっ!」
 梢が、厳しい声を出して、現象に近づいた。
「本人の同意なしに……勝手に読んじゃあ、駄目でしょっ!」
 ……えっ?
 と、楓は、不審に思う。
 読んだ……って……何を?
「その本人でさえ、記憶の奥底に押し込んで、忘れようとしている記憶を、盗み見ただけだ」
 現象は、梢の剣幕にも構わぬ風で、うっそりと答える。
「本人が望まない限り……盗み見た内容を、伝えるつもりはない。
 そうか……。
 貴様とぼくは、同じ……廃棄物同士、だったんだな……」




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(286)

第六章 「血と技」(286)

 茅と、テン、ガク、ノリ、それに舞花が、真剣に「シルバーガールズ」の打ち合わせをしはじめると、シルヴィが荒野に近寄ってきて、
「朝、先生もいってたけどね……」
 と前置きした上で、荒野に、
「彼女たちに、一度、自分たちの特殊性を、きちんと説明しておいた方が、いいよー……」
 と、続けた。
「春から、学校に通い出すんですしょ?
 学校と監獄は、基本的に異物を排除するようにできているから……」
 荒野は、少し考えて、
「……そう、だな……」
 と、普段より、一層、慎重な口振りで答えた。
「やつら……今まで、あまり、自分たちを否定的にみる人とは、接触していないから……ことによると、学校に通いはじめるのが、いい機会かも知れない……とも、思ってたけど……いくらなんでも、ぶっつけ本番は、リスクが大きすぎるか……」
 荒野は、今まで、三人と接触してきた人たちを思い返す。
 今まで、三人が接触してきたのは……一族の関係者に、狩野家の人々、それに、楓と孫子によって、あるていど免疫をつけてしまった、商店街の人々……であり、程度の差はあるものの、三人にも比較的寛容であった筈だ。
 新学期になり、学校に通うようになると……今度、主として接触するのは、三人のことも、楓や孫子、茅や荒野の存在が「公認」になっている「校風」にも染まっていない、新入生な訳で……。
『……年度ごとに、一学年分の生徒がまるまる入れ替わる、というシステムも……』
 学校としてはしごく当然の機構も、今の荒野にとっては、割合、負担が大きく思える。
 考えてみれば、新学期とは……。
『……悪餓鬼どもが、怪しまれることなくおれたちに近づくための……』
 絶好の、機会ではないか……。
「新入生の身元調査を、徹底的にしておかないとな……」
 突然、荒野はシルヴィの問いとはまるで関係のないことをいいだす。
「そ、その程度なら……」
 静流が、口を挟んだ。
「流入組の野呂に声をかければ、造作もないことなのです。
 い、今では人数がいるから、分担して行えば、た、たいした負担でもないのです……」
 そうした探索や調査は、確かに野呂の得意とするところだ。
「うん。
 おそらく、お願いすることになると思う……」
 時間をかければ、編入時、荒野と楓だけでおおかたの生徒について簡単な捜査を行ったように、新入生全員の身元を洗い直すことも可能だったが、あの時とは違い、荒野たちの立場はかなり微妙なものになっている。
 いや。
 以前から、微妙な立場にたっていたが、荒野や楓は、その微妙さについて説明を受けていなかったし、自覚してもいなかった。
 今は……違う。
 個人単位でみた場合、荒野と楓は、客観的にみて、最大の戦力である……から、いざというときに備えて、他の者に回せる仕事は、できるだけ回した方がいい……と、荒野は思っている。
 それに、この程度のことでも……。
『野呂に……いや、静流さんに、貸しを作っておいても……』
 今後の関係を考えると、かえって、その程度の負担を請け負って貰う方が、静流にしても、気が楽になるだろう……。
 と、荒野は判断する。
 静流の、野呂の中でのポジションは、微妙だ。
「パーフェクト・キーパー」の異名を取り、それなりに敬愛もされているとは思うが……仕事を選ぶ、ということは、術者としては半端な存在である、ということを意味する。
 静流は……野呂の中では、「本家の血を繋ぐ存在」として、一番に期待されている。言い換えると、「静流本人」には、誰も大きな期待はしていない、ということになる。
 おそらく、静流は……いや、自分の意志で、この土地に流れ込んできた一族の関係者は、大半……。
『……一族の中でも、居場所がない……』
 半端者、はぐれ者の集まり……なんだろうな……と、荒野は思う。
 一族の社会の中で、実力を認められ、信頼されて仕事を任されているような者は……よほどの拗ね者、変わり者でなければ、現在の仕事に継続して邁進するだろう。
 それまでの地位や仕事を放り出しても惜しくはない……と、考える者は、能力的に半端で肩身が狭いのか……あるいは、性格に問題があって、周囲とソリがあわないかの、どちらかだ……と……荒野は、酒見姉妹の顔を見ながら、そう思った。
「「……な、なんですか?」」
 荒野が自分たちのほうを見ている、と気づいた酒見姉妹が、声を揃えて疑念を口にする。
「いや、別に……」
 荒野は、つい、と、視線を逸らす。
「お前らみたいなのにも、居場所を用意するのが、おれの役割なのかなぁ、っと思ってな……」という内面の想いをその場で口にすることはなく、「手が空いているんなら、浅黄ちゃんとでも遊んでやってくれ……」と、荒野は、酒見姉妹に申し渡した。
 時間をかけさえすれば、一族社会の中に復帰できる気力や能力のある者は、そうすればいい。
 事実、負傷して、一時的な休養やリハビリの場所としてこの土地を選んだ者は、流入組の中でもそれなりの割合を占めていた。
 しかし、そうでない場合……この土地に、半永久的に永住するつもりで来た者に対しても……そのうち、便宜を図っていかなければならないのではないだろうか……と、荒野は思いはじめている。
 この土地が……、
『……一族からリタイアしていく者の、一般社会への順応、馴致の場……』
 として機能しても、いいのではないか……と。
『……だけど、まあ……』
 仮に、将来、そういう事業を立ち上げるにしても……。
『まずは……自分自身たちのこと、だよな……』
 社会的にも、荒野は、未成年であり、学生である。
 現状、荒野にやれることには、大きな制限があり、加えて……。
『……悪餓鬼どもの、対策……』
 を、最も急がなくてはならない……とは、思っているのだが……。
 こればかりは、相手の思惑もあるし、荒野の都合や意気込みだけでは解決のしようもないのであった。




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彼女はくノ一! 第六話(27)

第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!(27)

「……荒野からもさんざんいわれているだろうが、お前らはどうあがいても規格外品なんだから、普段から目だない様に心がけるくらいで、ちょうどいいんじゃなんじゃないか?」
 三島は、そんな風に続けた。
「……あの……」
 楓が、遠慮がちに片手をあげる。
「わたしたち……そんなに、目立ってますか?」
「目立つな。
 何にもしなくても、その容姿だ」
 三島の返答は、にべもない。
「今のところ、学校でもあまり反感を持たれていないのは、二人ともそこに糸目にべったりとくっついているからだ。
 特定の相手が決まっていてるやつは、同性からも異性からも、スルーされやすい……。
 それがなかったら、女子には反感もたれーの、男子からはアプローチかけられーの、大変なことになっているところだぞ、二人とも。
 ただでさえ、鼻息の荒い年頃なんだ……」
 三島が淡々とした口調で説明すると、楓と孫子は、絶句した。
「……ああー……」
 羽生が、三島の説明に相槌をうつ。
「ありうる、かな……十分。
 二人とも、そんくらい美少女なわけだし……周りが放っておかない、ってやつだ……。
 でも、センセ。
 何で今頃、そんな話しを……」
「……そいつは、だな……」
 三島は、にやりと笑った。
「真理さんの留守中、この家の風紀が一気に乱れただろう?
 その紊乱を、あまんまり外に持ち出すと、世間体的にももっと見も蓋のない部分でも、かなり困ったことになるぞーってのと……あとは、あれだ。
 あの三人、こんどの春からうちの学校に転入してくるんだろ?
 今の調子で学校でものべつなしにいちゃいちゃされちゃあ、他の生徒たちが黙っちゃいないってーの。
 ほんでもって、このうちの誰かが妊娠でもしてみろ。目も当てれないことになるぞ。
 ん、で……だ。
 やつら三人に関しては、まぁ、後に回すとして……まず年長者の二人から、じっくりと言い聞かせておこうかと思ってな……」
 三島が説明する間にも、真理は黙々と食事を続けている。
 テン、ガク、ノリの三人は、まだ豪雨が振っているというのに、朝早くからどこかに外出していて、この場にはいなかった。
 香也は、いたたまれないというか、居心地が悪そうな表情で、箸を止めていた。
 楓と孫子は、かなり気まずそうな表情をしていた。
「いやな、色恋沙汰自体をどうこういおうって気は、ないんだ。わたしもこれでも女なわけだしな。
 でもな。
 お前らの年頃にふさわしいつきあい方っていうものが、たいがいに、あるだろうが……。
 四六時中、盛っているのが正常だとは思わんぞ、わたしは……」
「……おおっ……」
 羽生が、妙なところで関心してみせた。
「センセが、常識的なこと、いってるし……」
「……あのな……。
 お前は、わたしのこと、一体なんだと……」
 三島は、ジト目で羽生を軽く睨む。
 それから軽くため息をついて、
「……まあ、いいや。
 ともかく、だな。
 少しは世間の目というものを考えて、もう少し行動を自重するように。
 お前らだってまったくのガキってわけじゃないんだ、その程度の理屈くらいわかるだろ?
 どういう風に振る舞えば、自分たちにとって、利益になり不利なるのか……しっかり考えた上で、行動を選択しろっての……。
 別に、難しいこっちゃないだろ?」
 三島は、珍しく、真面目な顔をして、楓と孫子に目を向ける。
「そこの糸目一人をどうこうして、お前らの気が済むのか? そのためには、今のこの生活を全部壊しちまってもいいのか? ん?
 まあ、一言でいっちまえば、そういう話しだ……。
 ほれ、後かたづけする都合もあるんだから、二人とも、それとそこの糸目も、さっさと飯、くっちまえっ!」  
 そういって三島は、手が完全に止まっていた楓、孫子、香也を即した。

 食事が終わると、孫子はフォーマルな服に着替えて外出し、香也と楓は、例によって庭のプレハブへと向かう。
 三人が姿を消し、羽生も出勤すると、しみじみとした口調でシルヴィが呟いた。
「今まで……ソンシとしかまともなつき合いがなかったけど……なかなか、面白い子たちね……」
「……お前さんは、どちらかというと、糸目ではない方の荒野サイドの住人だからな」
 三島は、頷く。
「面白いっちゃあ、みんなそれぞれに面白いんだが、面白すぎて周囲の人間が困るってこともある。
 荒野も真理さんも割と放任する方だから、わたしくらいは締めるところ締めとかないとな。
 正直、このままずるずるいったら……先が、怖い……」
「わ、わたしは……」
 例によって、お湯を借りて普段から持ち歩いている真空パックでお茶をいれながら、静流が、遠慮がちにいった。 
「さ、昨夜みたいに、よそのお宅にお泊まりする経験も、なかったですし……。
 そ、それに……に、賑やかなのは、好きです。
 き、昨日は、た、楽しかったです……」
「……まあ、昨夜は糸目がさっさと引っ込んだんで、後は女同士の無礼講だったしな……」
 三島は、けけけけけっ、と奇怪な笑い声をあげた。
「静流さんのお茶、本当においしいですし……」
 真理も、ゆったりとした口調で答えて湯呑みを傾ける。
「シルヴィさんも、いつでも寄ってくださっていいんでうすよ……」
 などなど、成人女性陣は何気に結束を固めているのであった。

「……はぁ……」
 傘を差してプレハブに入るなり、楓は太いため息をついた。別に、冷たい雨の中をかいくぐって庭を横断してきたから、というわけでもないらしい。
 香也は、楓の態度には反応せず、まずはいつも通り、年期の入った灯油ストーブの前に屈み込み、燃料をいれ、火をつける。
 香也にしてみれば、楓といわず、同居人の少女たちには、もう少し自重して貰いたいところであり、ここで下手に楓を慰めることも出来ないのであった。
「香也様ぁ……」
 案の定、楓は、屈み込んだ香也の背に、もたれ掛かってきた。
「わたし……そんなに、ご迷惑ですかぁ……」
「……んー……」
 背中に楓の柔らかい感触を感じた香也はその場で固まって……口だけを、もごもごと動かした。
「迷惑、っていうより……その、本気でないのに、あんまりべたべたするのとか……周囲の人の目も、あるし……」
「……ちっわぁーす!」
 そんな時、いきなりがらりとプレハブの引き戸が開け放たれた。
「……昨日は、どうもお世話になりましたーっすぅっ!
 今日は、うちのバカ若がこちらの絵をまた見たいとご所望で、案内してきたら、こっちの灯がついていたんでこっちに直接、来た……来た……来た……」
 一気にまくしたてていた佐久間梢は、そこでストーブの前でうずくまって一体となっている香也と楓の姿に気づき、顔を強ばらせて背を向けて、
「……こりゃまた失礼しましたぁ!」
 と、今朝の羽生と全く同じことを叫んで後ろ手に戸を閉めた。
「……ちょっ……な、何でもないっ!
 何でもないから、遠慮せずに中に入ってっ!」
 反射的に立ち上がって、佐久間梢を呼び戻す、香也であった。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(285)

第六章 「血と技」(285)

「……なるほど……」
 舞花は、ウェブカム用のカメラに向かって、わさわさと指を動かして見せた。あくまでパーソナルユースのウェブカム用のカメラだから、解像度その他の諸元性能は、そこそこの代物である。
 すると、ノートパソコンの中の緑色のモンスターも、わさわさと指を動かしてみせる。そのウィンドウの中では、舞花の座っている椅子に、その緑色のモンスターが座っていた。
「こっちのカメラで読み込んだ動きを、リアルタイムで、こっちのデータの中のモデルに同期させているのか……。
 これって……実は、結構凄い技術なんじゃあ……」
「モーションキャプチャ、という技術や概念は、昔からあるけど……」
 茅は、舞花にそう説明する。
「データスーツを着たり、背景を合成したり、と……実際にやるとなると、それなりに大げさな設備や準備が必要になるの。
 それを、これだけ簡便な設備で出来るようにしたのは、画期的なの……」
「どのみち、使える物を最大限に使うしかないわけで……」
 そういって、ガクは肩を竦める。
「本格的な着ぐるみなんか作る余裕、ないし、それに、中に人が入る、という前提でいくと、デザイン的にもどうしても制限がでてくるし……。
 タマさんに紹介して貰った人がね、結構面白いデザイン、あげてくるんだけど、そういうマニアックなことやる人って、どこかしら懲りすぎているところがあって……実際に造形を作る、となると、難しいデザインが多いんだ……。
 だから、いっそのこと、最初からデータで処理するんなら、そういう凝ったデザインも、できるだけそのままの持ち味を活かせるかなぁ、って……」
「そっか……。
 制約と、それ以外のメリットもあるんだ……」
 舞花は、頷く。
「でも、全部3Dモデルで処理するとなると……質感とか……は、大丈夫だな、これを見る限る……」
 舞花は別のウィンドウを操作して、光源の位置や背景などを切り替えてみる。適当にボタンなどをいじくっているだけだったが、舞花の操作は瞬時にウィンドウの中の光景に変化を与えた。
「……おぉ……反応、いい……。
 ねえ、これ、このシステムだけでも……そっか、売りに出している、とかいってたな、さっき……」
 舞花は、一人でいろいろいじくって、そんなことをぶつくさいっている。
 いろいろいじくった結果、登録されたキャラクターの中から、シルバーガールのモデルを呼び出すことに成功した舞花、カメラの角度を変え、みんなが見ている前で、リビングの中央に移動する。
 そこで舞花がラジオ体操をすると、ウィンドウの中のシルバーガールも舞花の動きをトレースしてラジオ体操をはじめた。
「おお。
 凄い凄い……」
 舞花は、ノートパソコンのディスプレイをみて、小さな歓声をあげる。
 いきなりラジオ体操をはじめた舞花を、浅黄が不思議そうに見上げていたので、
「浅黄ちゃん、こっちこっち……」
 と、栗田が浅黄を手招きして、ノートパソコンの画面を指さしてみた。
 とことこと浅黄がテーブルに近づき、ノートパソコンを覗き込み、舞花の動きと見比べ……ようやく、「舞花の動きを、画面の中のシルバーガールが真似している」と気づいた浅黄は、当然のように、「……やるーっ」と言いだした。
「……じゃあ、交代……」
 舞花は、舞花をリビングの真ん中に立たせ、茅に向かって声をかける。
「茅ちゃん、設定とか、いろいろ、お願い……」
「もう、やったの……」
 ノートパソコンのキーボードを軽やかな動きで叩いた後、茅はケーブルを持ち出してきて、ノートパソコンとテレビを繋いだ。
「浅黄、動くの……」
 茅がいい、浅黄がこくんと頷いて、
「……やぁー!」
 とハイキックを披露した。
 テレビの中のシルバーガールも、ハイキックと、その後、いきなり足を高く上げすぎてバランスを崩し、その場で倒れる動作まで、正確にトレースして見せた。
 荒野や静流など、見守っていた人々が、慌てて倒れた浅黄を助け起こしに行く。
「これ……ゲームとか、それに、スポーツや格闘技のトレーニングとかもにも……十分に、使えるんじゃないか?」
 舞花は、そんなことをいいだす。
「遠く離れた場所にいる人に、フォームを教えるとか……。
 格闘技の場合は、怪我したりするリスクなしに、模擬戦が行える……。
 プロのレベルでは使い物にはならないだろうけど……例えば、趣味でボクシングをやっている人が、顔に痣を作る心配をしないで、気軽にスパークリングを疑似体験できるし……。
 もちろん、体感ゲームとしても、十分に応用できると思う……」
「特許やパテントに関しては、才賀と徳川が押さえにかかっているし、多少の改良で増収が見込めるのなら、この三人なら数日で差分ファイルを用意できるの」
 茅にしても、舞花のいう応用分野に関する認識はあったのか、即座に頷いて見せた。
「例えば、シルバーガールズにしてもさ……映像以外にも、ネット対戦とか出来るゲームを同時に展開すれば、ユーザー層は、それだけ……世界中に、広がるわけだし……」
 いいかけて、舞花は、絶句し……テン、ガク、ノリの三人の顔を、まじまじとみた。
「これ、本当に……たったの一週間で、作ったの?
 ほとんど、君たちだけで?」
「本当は、これだけでは、なくて……他にも、いろいろやってたんだけどね」
 三人を代表して、ガクが、表情も変えずに舞花に向かって頷いて見せた。
 ……凄い子たちなんだな……と、舞花は、改めて思った。
「……責任重大だな、おにーさん……」
 そこで舞花は、荒野にそう声をかけた。
 今のところ、この三人は、反社会的な思想や行動を行う見込みはない。しかし、何かのきっけかけで、犯罪や非合法な行為に手を染めはじめたら……それを制止するのは、かなり難しいだろう……と、その手のことに疎い舞花でさえ、そう思ってしまう。
 それほど、三人の能力は……舞花の予想を、遙かに超えていた。
「ま……なるように、なるよ」
 荒野は、のんきな顔をして、舞花に肩を竦めて見せた。




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彼女はくノ一! 第六話(26)

第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!(26)

「お盛んというか、騒がしいというべきか……」
 香也は、その朝、三島と顔を合わせるのと同時に、挨拶も抜きにしてそういわれた。
「……相変わらず、この家は、お約束に忠実だなあ……。
 お前さん、朝のこんな騒ぎを、もう何回繰り返した?」
 そういう三島は、にやにや笑いを浮かべていた。
「……んー……」
 香也が返答に困っていると、苦笑いをしながら、羽生が助け船を出す。
「センセ、それ、シャレにならんから……。
 いやー……。
 ラブコメってか、お約束なエロコメってか、ともかくもそういうの身内でやられると、ここまで心臓に悪いとは思わなかったわ、わたしも……」
 その口調は苦笑いを含んでいたが、羽生の表情はどこか辟易した風でもある。
 ……パジャマ姿の香也は、さらに返答とリアクションに詰まった。
「……ほら、こーちゃん。
 もうご飯、できているし、早く顔をあらっていらっしゃい……」
 台所から、顔だけをだし、真理がそう告げる。
 香也は、内心「……助かった」とか思いながら、「……んー……」と返答して、洗面所に向かった。
「……こっちも、相変わらず良くできた御母堂だ……」
 香也は洗面所に歩いていく背中で、三島のそういう声を聞いてた。

「……ど、どうも……おはようございます……」
「……んー……」
 洗面所に行くと、見覚えのない美女とばったり出くわし、香也は、当惑した。一見、当惑しているようには見えないのだが、これで香也は当惑している。
 一瞬、その女性が誰だか分からなかった……ということもあるのだが、洗面所の出入り口のところで立ちつくしていたその女性は、香也の鼻先からわずか数センチ、という至近距離で顔を見合わせても、瞬きもせず、香也の顔をじっとみている。
 目が、大きい。黒目がちで、肌は抜けるように白い。茅ほど長くはないが、さらさらのストレートヘアで……
「ど、どうも……」
 香也も、相手につられてどもりながら、挨拶を返し、脇にどいて道を譲った。
「い、いいのです……」
 その女性は、大きなサングラスをかけながら、香也の脇を通って居間の方に行く。
 すれ違い様に、ふと、その女性の体臭をかいでしまい、香也は少しどきりとした。
 ……あっ。
 と、香也は、思った。
 今まで、サングラスの印象ばかりが大きくて、素顔を見たことがなかったから、咄嗟には誰だか分からなかったが……その女性は、野呂静流だった。
「……こ、う、や、さ、まぁ……」
 その時、いきなり背中から、かなーり逼迫した感じの声をかけられて、香也はぎくりと背中をこわばらせ、ぎこちない様子で、顔だけを後に向ける。
 タオルを手にした楓と孫子が、剣呑な表情で、香也の顔を凝視していた。
「……んー……」
 何かいわなくては……と思った香也は、とりあえず、唸ってみせた。
「そ、そういうのじゃ、ないから……」
「な、に、が……そういうのじゃないんですか?」
 楓が、ずい、と一歩踏み出す。
 反射的に後に下がろうとした香也の腕を、孫子が掴んだ。
「やっぱり、香也様……年上の方が……」
 香也の耳元に息を吹きかけるようにして、孫子がそんなことを囁きながら、洗面所の中に香也を引きずっていく。
「……な、なにいうですかこの女はっ!」
 楓も、香也のもう一方の腕をぎゅっと掴んで、抱きしめた。
「一歳や二歳の違いでは、年上も年下もあまり関係ないのですっ!
 それに、成熟度では……」
「今まで、あまり気にかけてなかったけど……」
 わいのわいのいいながら、もつれ合うようにして洗面所に消えていった三人を目撃し、シルヴィは、一人、呟いた。
「ここの子たちも、なかなか……」

「……そーだろ、そーだろ……」
 全員の分の味噌汁を用意しながら、三島が鷹揚に頷く。
「今時だな、こんなにベタな家庭内ハーレムやっているご家庭なんざ、めったにあるもんじゃないぞ! ん?」
「……だから、そこで……なんでセンセが、偉そうに胸を張るんです?」
 羽生が、つっこみを入れた。
「いや、真に偉大なのは、この状態でも動じるところがない真理さんの度量なんだけどな……」
 三島は、味噌汁の茶碗を配りながら、そんなことをいう。
「で、でも……先生のお料理……お、おいしいのです……」
 静流が、そんな合いの手を入れた。
「真理さんも、長旅から帰ったばかりだし……普段、問題児どもが迷惑かけている分、この程度のことはしないとな……」
 三島は、そんな風に軽く答える。
 それから、おたまを香也、楓、孫子の方に振り、
「いいか……問題児ども。
 いくら真理さんが寛大だからといっても、節度はきちっと守れよ。らぶったりこめったりするのは勝手だが、若さ故のあやまちっとかいって、取り返しのつかなくなることだけは、するんじゃないぞ……」
 と、いつになく真剣な声でいった。
「わ、わたくしたちが……問題児、なのですの?」
 孫子が、三島に対して異議の声をあげる。
「おう、問題児だ。本人に責任がなくても、問題児だ」
 三島は、断言した。
「基本的な、現在のこの国は、比較的保守的で……多少毛色が変わっているってだけの人間でも、平気で排除するような性質を、構造的に抱えているんだ。
 お前らは……荒野にしろ茅にしろ、今、眼の前に雁首並べている三人にせよ、今のところ、どうにかうまく行けているが、ちょっとでもバランス崩して踏み外したら、あっという間にスポイルされる。
 今で見てきたんで断言できるが……お前ら、能ある鷹は爪を隠す、なんて器用な真似、できこないだろ? 性分的に?
 だったら、せめても、どうしたら、叩かれないように振る舞えるか、普段から、言動に気をつけていろってーの……」




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(284)

第六章 「血と技」(284)

「……で、お前らまでうちにメシを食いに来たのか?」
「まさか」
 荒野たちのマンションの玄関先で、飯島舞花は、顔の前で掌をぱたぱたと振った。
「茅ちゃんに呼ばれたんだ。特撮物を作るからよっといで、って……」
 それから舞花は、まじまじと荒野の顔を見つめる。
「おにーさん……顔に、お前もか、って書いてるぞ……」
「……実に、的確な洞察力だ」
 荒野は頷いて、舞花を招き入れた。
「まあ、入れ……。
 おーい、茅ぁ……。
 ヒーローオタク、もう一人追加だぁ……」

「……で、どういうコンセプトなの?
 三人ってことは、戦隊物なんだろうけど……」
 テーブルについた飯島舞花が、早速、紅茶をいれてくれた茅に向かって、尋ねる。
「最初から、主人公たちが、みんな同じ目的を持っているのもつまらないから……」
 茅が、ノートパソコンを操作して、「シルバーガールズ」のスナップを舞花に示しながら、説明をしはじめた。
「……全員に、別々の物語を用意するの。
 バラバラの目的、バラバラの敵……それに、変身する理由も、バラバラなの」
「それは……」
 舞花は軽く眉間に皺を寄せた。
「話しが……複雑に、なりすぎないか?
 あの手のものは、シンプルさが肝心だぞ……」
「複雑な話しを、シンプルに見せるの」
 茅はそういって、頷いてみせた。
「媒体がテレビではないから、想定するユーザー層も微妙に異なってくるし……それに、最初はネットで無制限に配信することが前提だといっても、リピーターを作るだけのクオリティにしないと、意味はないの。繰り返し見ることができる、複雑な要素も付け加えなければ、コンテンツにお金を払ってはくれる人はいないの」
「そっか……ボランティアの、資金源にするんだけっけ……」
 舞花が、思い出したかのように、いう。
「でも、テレビのこの手の番組は、たいてい子供向けのオモチャを売るためのものなんだけど……」
「テレビとネットでは、視聴者数が違うから……それに、世界中の人が見るし……オモチャを売るとなると、製造ラインや販売網の整備とか、準備が大変だし……それに、関連グッズについては、デザインに協力してくれた人たちのバーター取引があるから、こちらは手を出さない方がいいの……」
「……って、ことは……やっぱり、コンテンツ自体を、売らないと駄目なのか……」
 舞花が、少し考え込むポーズを取った。
「……これ、経費ってどれくらいかかっているの?」
「今のところ、ほとんど、ゼロに近いの」
 茅は説明した。
「シルバーガールズの装備は、実用品だし、カメラや撮影に必要な機材、それに、映像処理に必要なマシンは、徳川持ち……人件費は、全部ボランティアか条件付のバーター取引……」
「うーん……実際には、タダってことはないけど、現金は動いていないってことか……」
 舞花は、納得した顔で、頷く。
「シルバーガールズの装備とか、撮影に必要な費用は、あとでボクたちが精算しても……」
 テンが、いいかけると、
「それでは、駄目なの」
 ぴしゃり、と、茅が遮る。
「人件費は、有志の協力に頼っても良いけど……それ以外の諸経費をペイして、それ以上の純益をあげないと、意味がないの」
「そうすると、ますます、面白いものを作らなくちゃね」
 そういって、舞花は、笑った。
「熱心なファンがでたり、何度も見返したくなるような内容に、しなければいけない……」
「そう」
 茅は、頷く。
「子供がみても飽きない表層的な部分と、大人が繰り返しみたくなるような、奥深い部分を、共存させるの……」
「それで……三人の主人公、それぞれに、別の物語を用意する、と……」
 舞花も、頷いて、ついで、当然の質問を発した。
「で、肝心の脚本……誰が書くの?」
 茅は、黙って、片手をあげた。
「……いわれてみれば、適役だな……」
 再度、舞花は、頷く。
「そんで、わたしは……何を協力すれば、いいのかな?
 この子たちがいるんなら、アクション方面では協力できる場面もないと思うけど……」
 といって、舞花は、ちらりと荒野に向かって意味ありげな視線を走らせた。
「伝統的ヒーロー成分の、補充なの」
 茅は、答えた。
「飯島は、古い特撮をよく観ている。
 企画とか脚本の段階で意見をだしてくれる監修役には、ちょうどいいの……」
「……ああ。
 そういや、前に、そんな話しもちらりとしたことあったっけ……。
 確かにわたし、昔っから親が留守がちだったもんで、ケーブルテレビでやってる昔の特撮物は、随分観ているけど……。
 でも、そんな素人の言い分、役に立つのかなぁ……」
「参考意見だけ、くれればいいの」
 軽く首を捻った舞花に、茅は、自信がありそうな様子で答えてみせる。
「細かいところは、茅たちがやるから……」
「……確かに……ついこの間、ゼロからはじめて……ここまで作っちゃうっていうのは、凄いけど……」
 舞花は、ノートパソコンの画面を見つめながら、そういう。
 ノートパソコンには、いかにも着ぐるみ然とした敵のクリーチャーと戦うシルバーガールの動画が、大写しになっていた。
「……これ、着ぐるみまで、全部、作ったの?」




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彼女はくノ一! 第六話(25)

第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!(25)

 香也は現在、左右から楓と孫子に、胴体の上に腕を乗せられた格好になっている。
 まずは試しに、そっと身体を浮かせて、そろりそろりと頭の方向に逃げてみることにした。二人分の腕の重みは感じるが、身体が乗りかかっていないだけ、ましだとは思ったが。
 香也は、二人の腕を胸に乗せたまま、二人を起こさないように、そろーっと身体を動かして、布団から脱出しようとした。
 まず、左手で掛け布団を僅かに持ち上げ、孫子の腕を、自分の腰方向に、そろそろと少し、ずらす。それから、楓の腕も、同様に、下にずらす。そいしておいてから、腕を下にずらした分だけ、身体を頭の方向にずらして、布団から抜いていく。

 ずいぶんとゆっくりとした、慎重な動きだった。なによりも、「二人を起こさないで、その場から離れる」ことが、一番の優先事項なのである。一気に二人の腕を動かす、とかいう大胆な動きは、リスクが大きすぎた。
 また、外気の冷たさに反応して二人が目を醒ます可能性が増大するので、動きの邪魔になるからといって、掛け布団を剥がすことも出来ない。
 香也にしてみれば、可能な限り二人に刺激を与えないように心がけながら、慎重に慎重を期して、布団の中からの脱出を敢行しようとしているわけで……その証拠に、この肌寒い冬の朝に、香也の額にはうっすらと汗が浮かんでいる。

 香也が掛け布団の下からみぞおちあためりまでを抜いても、二人は、幸い、目覚める様子がなかった。
 ……ここまでは、よし、と……香也は思う。
 ここからが、正念場だ……と、香也は気を引き締める。
 最初のうち、香也の胸の上にあった二人の腕は、今や、香也の腹部と布団とに挟まれている。
 ここから、二人に気づかれないまま、二人の腕の下から、自分の身体を抜く……予定、だった。
 言葉にすると簡単だが、香也にとっては難易度が高く、いつ二人のうちどちらかが、あるいは、両方が起き出して騒ぎだすかと、気が気ではない。
 実際の作業よりも、そうした精神的プレッシャーが香也の上にのしかかっており、香也の腕は小刻みに震えていた。
 これ以上、二人の腕を下にずらすと、二人の腕は、香也の股間の、ちょう微妙な部分に乗ることになる。
 だから、ここが正念場だ。
 二人は……これから、腕の下に、香也の身体がなくなっても……目を醒まさないで、いてくれるだろうか……。
 香也は、固唾を飲んで、二人のパジャマの裾を指で掴んで持ち上げ、そろそろと、残る下半身を布団から抜きにかかる。
 慎重に慎重を期したのので、香也は、そもまま太股のあたりまで、敷き布団の下から抜くことに成功した。

 ……よしっ! よしっ!
 と、香也は、声をあげるわけにはいかないので、心の中でガッツポーズをとる。
 このまま二人が起きなければ……香也は、無事この窮地から、脱出することが出来る。
 あと、もう少し……後は、膝から下を抜くだけ……っと、香也が思った時だった。

「……ふぅんっ……」
 孫子が、寝返りをうって布団からでかかったいた香也の膝のあたりに抱きついてきた。孫子はそのまま、香也のパジャマの裾を、ぎゅっと掴んでしまう。
「……んんっ……」
 とかいいながら、楓も、香也の臑に乗りかかってきた。
 豊かな楓のバストが、むにゅ、っと香也の臑に押しつけられるが、香也はその感触を楽しむ余裕はない。
 ……二人とも……本当は、起きて、からかっているんじゃないだろうか……と、香也は思った。
 そうは思っても、香也がズボンの裾を孫子に捕まれ、臑のあたりを楓に抱きつかれている、という現状に変わりはない。
 幸い……といっていいのか、よくはわからないが……二人とも、寝返りを打って、香也の方に近づいてきていることは確かだ。
 そこで香也は、前以上の慎重さを持って、二人を自分から引き剥がしにかかる。
 まず、ぎゅっと香也のパジャマの生地を握りしめている孫子の指で掴み、剥がそうと試みる。
 ……孫子は、香也の力ではどうしよもないくらい強く、香也のパジャマを掴んでいた。……本当に、寝ているのかな……と、香也は何度目かの疑問を思い浮かべ、それから……数秒間、考えて、パジャマの下を脱ぎはじめた。
 なんで、こんな情けない格好を……などと考えながら、パジャマの下を膝下まで降ろし、そこで、いよいよ臑に抱きついている楓を引き離しにかかる。
 楓の肩に手をかけて、香也の臑の上に覆い被さっている楓の身体を、少し、持ち上げる。楓は香也の臑の上に乗りかかっていただけなので、特に抵抗はなかったのだが、肩を持ち上げると寝ていても違和感を感じたのか、
「……んんーんっ……ふぅ……」
 などと鼻を鳴らす。
 香也は、楓が眼を醒ますと思って、慌てて楓の下から臑を引き抜いた。そして、素早く楓の身体を降ろす。
 楓は、むにゃむちゃいいながら、孫子の身体に腕を回して、抱く。
 香也は、下のパジャマだけを脱いだ情けない格好でがっくりと肩を落とし、畳の上にへたり込んで、そっとため息をついた。
 ……ようやく、抜け出せた……。
 しかし……なんで、朝、起きるだけでこんな苦労しなければならないのか……。
 などと思っているところに、背後の襖ががらりと開く。
「……おーい、こーちゃん……。
 起きてるぅ?
 真理さんが、朝ご飯できたって……いった……けど……けど……」
 襖を開けた羽生は、視線を落として下半身をむき出しにしている香也を見、香也の布団にくるまって、抱き合って寝ている楓と孫子に視線を落とし、段々と声を小さくしていく。
「……こりゃまた失礼しましたぁっ!」
 きびすを返して去ろうとする羽生の足に、
「ちょっ! 羽生さんっ!
 誤解しているっ!
 絶対っ! なんか誤解しているっ!」
 すね毛を丸出しにした香也がすがりつく。
 その叫び声は、結果としてそれまでの香也の努力を無にした。
 楓と孫子が、もぞもぞと起き出してきた。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(283)

第六章 「血と技」(283)

 その後、茅はようやくパジャマを着替えてみんなの分の紅茶をいれてまわり、その間にも、浅黄とテン、ガク、ノリの三人が、おしゃべりしながら賑やかな朝食を開始した。茅は、メイド服を少し汚しすぎたばかりだったので、この時ばかりは普段着だった。
 茅がみんなの分の紅茶を入れ終え、テーブルにつくと、すかさず、テン、ガク、ノリの三人が、「シルバーガールズ」の打ち合わせにかかる。酒見姉妹も興味があるのか、四人の打ち合わせに時折口を挟んだり、質問したりしている。浅黄は、やはり普段と違う雰囲気に興奮するのか、みんなが話す内容を理解しているとも思えないのだが、たまに奇声を発したり、笑え声を上げたりしながら、食事を続けている。茅や酒見姉妹が交代で、浅黄が口からこぼした食べ物を始末したり、口の周りを拭いたりして面倒を見ていた。
 荒野は、シルバーガールズとかそちらの方面の話題にはあまり興味はなく、さらにいえば、積極的に関わるつもりも微塵もなく、さらにさらにぶっちゃけたことをいえば、出来るだけ関わり合いになりたくはなかったので、その話し合いの詳しい内容については、あえて聞き流すことにして、素知らぬ顔を決め込んだ。
 結果、荒野は、みんながわいわいと食事をしている間、ソファに腰掛けて紅茶を啜りながら、一人でまったりとしている。
 ……平和だな、と、荒野は思った。思った途端、携帯から、呼び出し音が鳴った。
 手にとって液晶を確認すると、シルヴィの携帯からだった。
「はろー。こちら、荒野だけど……」
 シルヴィの機嫌を損ねると、後のしっぺ返しが怖い……ということが身に染みついている荒野は、即座に電話にでる。
『コウ?
 よかった、起きてた。
 今からそっちにいくから。お茶くらい飲ませて』
 電話越しに、シルヴィが、早口にまくし立てる。
「……お茶くらい、構わないけど……。
 今から? 何か急用?」
 不審を覚えた荒野は、そう尋ね返す。
 約束もないのに、日曜の朝から来訪……というのは、シルヴィの性格を考えれば、かなり異例のことといっていい。
『別に、格別報告が必要なイベントは、何も起きていないわ。
 強いていえば……昨日、そっちのお隣りに、泊まっちゃったのよね』
 シルヴィの声は、苦笑いを含んでいた。
『一晩、明かした上、これ以上長居するのも何だし……。
 で、帰る前に、ついでにそっちに寄って、一息つければなぁ、っと思っただけ……。
 あ、あと、シズルもいるけど……それくらい、構わないわよね?』
「ああ。もちろん……」
 そういうことか、と、荒野は納得する。
「あ。二人とも、朝は、もう済んだの?」
『Yes』
 シルヴィは、短く答えた。
『センセイも、いるのよ。
 純日本風のhomemade breakfast、おいしくいただきました。オミソシルがおいしかった……』
 などという問答をした後、通話を切る。
 その後、荒野は茅に向き直って、
「……これから、ヴィと静流さんと先生が、こっちくるって。
 特に用事があるわけではないけど、お茶をご所望だそうだ……」
 と、告げた。
 酒見姉妹が新しくたっぷりとお湯を沸かしはじめ、ぼちぼち朝食を食べ終わったテン、ガク、ノリの三人が、皿をシンクに下げたり、食器を洗ったりしはじめた。何もいわずとも自然に動き出すあたり、この三人も、お隣り狩野家で、いい躾のされ方をしているようだな……と、荒野は思う。孫子や楓もに対してもごく普通に接している真理や羽生の性格を考えれば当然なのかも知れないが、こういう三人だからといっても、あの家の人たちは別段構えることなく、自然体で接しており、その成果がこういうところにも現れている、と。
 学校でも、同様のことがいえるが……総じて、こと、人……には、かなり恵まれているよな、おれたち……と、荒野は思い、それから……でも、そのことに甘え過ぎては駄目だ、とも思い直す。
 気づけば……孫子や楓、テン、ガク、ノリ……それに、茅までもが、各自の方法で、地域社会やら学校やらにコミットし、溶け込もうと動きはじめていた。
 対一族的な要件、あるいは、悪餓鬼対策のため、突発的に時間を取られる身である……という理由はあるにしても、実のところ、荒野自身が、この辺の努力を、一番していない……。
 荒野は、ティーカップに半分ほど残った紅茶に眼を落としつつ、そんなことを考えているうちに、シルヴィ、三島、静流の三人が尋ねてくる。

 インターフォンが鳴った時、出迎えに動いたのは、茅だった。茅は、ちょうど、浅黄を着替えさせ終えたところだった。浅黄も、茅の後をちょこちょことついて玄関まで歩いて行く。
 茅と浅黄に招きいれられて、シルヴィ、三島、静流が入ってきた。
 人数が多すぎてテーブルやソファに座りきれないので、荒野は隣の部屋からクッションや座布団代わりになりそうなものを片っ端から持ち出して、椅子やクッションに座りきれない人たちに配った。茅は、新しいお客さんたちに紅茶をいれた後、テーブルの上にノートパソコンを出し、徳川のサーバ内に置いてある動画にアクセスし、それを見ながら、テン、ガク、ノリの三人と本格的に「シルバーガールズ」の打ち合わせをはじめた。ルーズリーフも広げ、メモをとりながら、どの動画をどういう風につなげる、とか、とか、シリーズ構成や世界観がどうのこうの、とか、荒野には内容を追い切れないディープな打ち合わせだった。
 良くしたもので、三島もソッチ方面の素養を持っていたので、時折口を挟んだりしていた。
 シルヴィと静流は、床の上に直接クッションを置き、それに座りながら、二人で浅黄の相手をしていた。
 好奇心が強い浅黄は、シルヴィの髪を弄ったり静流のサングラスを取り上げたりして遊んでいる。シルヴィや静流も、浅黄に好きなようにさせて、うまい具合にあやしていた。浅黄は、興味をそそられる対象に対しては、物怖じせずに手を出してみるタイプらしい。こういうところは、浅黄のおじに当たる徳朗と似ているのかな……とか、荒野は思う。
 酒見姉妹は、静流やシルヴィのいる場では寛ぐことに抵抗があるのか、二人して壁際に突っ立っていた。一応、六主家の血は引くものの、本家の筋とはお世辞にもいうことができないこの二人は、他の平均的な一族の者と同じく、能力や血筋的なヒエラルキーに対して敏感すぎるところがある。
 荒野にしてみれば、「……そんなに、ビクビクしなくてもいいだろうに……」ということになるのだが……加納本家直系である荒野が何をいっても、かえって逆効果になりそうな気がして、あえて放置しておくことにした。

 ……まあ……平和な休日、だよな……と、荒野は思う。




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彼女はくノ一! 第六話(24)

第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!(24)

 香也がしばらく絵に描きかけの絵に取り組んでいると、ぽつぽつと間隔をおいて、楓、孫子、テン、ガク、ノリといった同居人に加え、佐久間梢までもがプレハブ入ってきた。佐久間梢はプレハブに入る時、小声で「……おじゃましまぁす……」と挨拶し、香也も目礼を返したが、他の面子は「香也がここにいる時は、邪魔をしない」という大原則を心得ているので、黙ったままそっと入って、香也の背中を見ている。
 物音をたてたりしない限り、背後に人がいる程度では、一度絵に取り組みはじめた香也の集中力は乱れはしない。
 香也は、すぐにギャラリーの存在を意識の外に置き、一心不乱に絵筆を動かし続ける。
 香也は休むことなく手を動かし続け、画布の上に絵の具がのり、あやふやなものでしかなかった輪郭や色が、徐々に明確な形になっていく。 
「……ふぁ……」
 はじめて香也が絵を描く様子を目の当たりにした梢が、間の抜けた声をあげるが、小声だったので集中している香也の耳には入らなかった。
「想像していたより、ずっと……はやい……」
「絵を描く」というと、典雅というかゆったりと落ち着いた雰囲気を想像してしまいがちだが、一度集中して手を動かしはじめた時の香也は、手の動きだけをむれば、かなり早い。画布の前にかがみ込み、ぶんぶんと風音をたてて手を動かす。アートとかいうよりも、スポーツといった感じで、実際、プレハブの中は肌寒いくらいなのに、香也の額にはうっすらと汗が浮かんでいる。
 絵を描いている香也自身が、作業を、先へ先へと描き急いでいる感じだった。
 ……ああ、これは……邪魔を、できないや……と、梢は思い、ふと香也の背中から目をそらす。
 すると、壁際のスチール棚に無造作に積み上げられた膨大な量の紙やスケッチブック、キャンバスなどが目に入る。香也の真剣さは、もはや疑うまでもない。香也は、こうして一人黙々と紙や画材と格闘して、これだけ膨大な成果を蓄積してきたのだ……。
 子供の趣味とか遊びでしかない、とはいっても……心身を消耗させ、少なからぬ時間を削るようにして描き上げた香也の絵には……それなりに、意味も価値もあるのではないか……と、梢は思う。
 昼間、現象とともにここに置いてある絵をみても、梢はとくに感銘を受けるということがなかった。梢は、そうした絵画を鑑賞するような素養が少しもなかったし、ただ「巧いな」ということくらいは、判断できたが、現象がそうであったように、それ以上に感じ入る、ということもなかった。むしろ、魅入られたように次々と絵を手にしていく現象をみて、「……何がそんなにおもしろいんだろう?」と不思議に思っていた。
 しかし、こうして香也が絵を描いているところを実際にみて、梢は認識を少し改める。
 梢は、何故、香也がここまで夢中になれるのか、また、その結果できあがった香也の絵に、どれほどの価値があるのか、よく判断できない。だが、こうして我を忘れるほど夢中になれる対象が存在するのは、羨ましい……と、思った。

 楓に声をかけられて手を止めると、すでに梢の姿はなかった。時刻を確認すると、確かにいい時間になっている。何もなければ、明日もほぼ一日、絵を描いていられる筈だったし、そろそろ片づけて寝た方が、効率のいい時刻になっていた。
 佐久間梢は帰ったのか、姿は見えなかった。
 香也が画材の後始末をして母屋に入ると、三島とシルヴィと三島、それに羽生が、酒盛りをしている。三島と羽生が肩を組んで「わははははは」と延々と哄笑を放ち、シルヴィはそれをみて楽しそうにグラスを傾けている。野呂静流は炬燵に座ったままうつらうつらしていて、真理は炬燵の横に敷かれた布団の中で寝息をたてていた。
 夕食の時にはいた飯島舞花の姿は、すでにみえなかった。
 ……大人の女性同士、盛り上がることもあるのだろう……と思った香也は、ちらりと居間の様子を確認しただけで、すぐさま通りぬけ、自室へと向かう。
正直な話し、まじまじと観察した結果、中の誰かに絡まれたりするのも面倒だと思った。
 それでなくとも、久々に、一日中絵に取り組むことができたその日、香也は心地の良い疲労を感じている。
 その夜、かなり遅い時間まで、居間の方からは人の声や物音が聞こえてきたが、香也は安心して熟睡することができた。

 翌朝、香也は、何か熱い固まりが身体に押しつけられている感覚により目を覚ました。より正確を期するのなら、その固まりが身体に密着して押しつけられた箇所がじっくりと汗ばむ感触に覚えがあり、香也の本能が「やばいっ!」と警鐘を鳴らしたので、一気に意識が覚醒した。
 目を醒ました香也は、予想通り、布団の中で自分に抱きついて寝息をたてている二人の少女を確認し、じわり、とこめかみのあたりに冷や汗を浮かべる。
 この間、風邪を引いた時と、そっくり同じシュチュエーションであり、さらにいえば、今回、以前の時とは違い、家の中に真理もいる。ひょっとしたら、昨晩遅くまで酒盛りしていたお客さんたちの何人かはあのまま泊まったのかも、知れない……。
 つまり、どう考えても、香也は……あの時以上に、身動きがとれない状態にあった。
「……んんんんんっ!」
 楓が、香也のわき腹に顔をつけて、身じろぎをした。
 目を閉じたままだったので、おそらく、起きてはいないと思う。
 香也も、楓も、孫子も……幸いなことに、パジャマを着たまま、香也を中心に密着している。三人とも、パジャマは、とくに乱れた様子がない。
 記憶していないだけで、昨夜、何かをやった……というわけではないらしい……と、判断し、香也は、少し安心した。この様子だと、おそらく、香也が熟睡している間に、楓と孫子が布団の中に潜り込んできて、そのまま添い寝していただけだろう。
 ……だからといって、現在の香也の危機的な状況が、改善されるわけでもないのだが……。
 香也は、二人を起こさないように息を殺しながら、必死になって思考を巡らせる。
 まず、二人を、不用意に起こしてはいけない。どちらかを起こしたら、すかさずそのままえっちな行為に誘導されそうだし、二人を同時に起こしたら、もっと大変なことが起こりそうな気がする……。
 次に、誰かに助けを呼ぶわけにもいかない。
 香也はちらりと目覚まし時計を確認する。香也のいつもの起床時刻より、二十分ほど早かった。まだ羽生は出勤していない時刻だし、真理も、いるだろう。だが、この場で大声を出し、そうした人々を呼ぼうものなら……今度は、この状況について、きちんと説明しなければならなくなる。
 いや。説明しようにも、香也が目覚めたらすでにこの状態だったわけで、香也にしてみても説明のしようがない状態なのだが……。
 香也は、真理の顔を思い浮かべる。
 真理なら、避妊具の箱を手渡して、「我慢できない年頃なのはしかたがないけど、責任をとれる年齢になるまでは、きちんとこれを使いなさないね」とかいいつつ、そのまま放置してしまいそうな気がする……。
 そうなったら最後、香也は、ものの役に立たなくなるまで、二人に搾り取られることだろう。幸か不幸か、今日は日曜であり、時間だけはたっぷりとある。

 さんざん考えた結果、香也は、
「駄目でもともと、出来る限り二人を起こさないようにして、この場から脱出する」
 という選択をする。
 万に一つも成功の見込みがないとはわかっていたが……香也は、その「万が一」に賭けてみることにした。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(282)

第六章 「血と技」(282)

 翌朝、荒野はインターフォンの連打で目覚めた。
 慌てて起き上がり、玄関にでてドアを開けると、
「「「……おっはよぉーっ!」」」
 テン、ガク、ノリの三人が、コンビニのビニール袋を手にして立っていた。
「昨日、あれからこっちは、みんなでどんちゃん騒ぎになっちゃってさぁ……」
「泊まり込んだ人ともども、みんな居間を占拠して寝ているし……」
「だから、こっちで朝ご飯、食べさせてね……」
「あっ、かのうこうや、珍しく、パジャマじゃん」
「なに、今まで寝てたの? いつもはもっと早い時間から起きているのに?」
「っていうか、かのうこうや、寝起きでパジャマっていうのが珍しくない?」
「いつもは裸なのに……」
 などなど。
「……ストップ……」
 荒野は、両手の掌を一斉にしゃべり出した三人に向け、とりあえず、おしゃべりを制止した。
「昨夜から、浅黄ちゃんが泊まりにきている。
 だから、騒ぐな」
 荒野が早口にそういうと、それまで騒がしかった三人がピタリと動きを止めた。
「……騒がなかったら、入っても、いい」
 荒野が続けていうと、三人は口を閉じたまま、こくこくと頷いた。
「「……加納様……」」
 その三人の背後から、今度は酒見姉妹がひょっこりと顔を出した。今日は、色違いおそろいのメイド服姿だった。
「「……おはようございます……」」
「お前らも……」
 荒野は、額に手を当てながらいった。
「浅黄ちゃんがまだいるから、言動に気をつけるように……」
 朝から、千客万来……。
 今日も、騒がしい一日になりそうだ……などと荒野が思っていると、
「……むぅー……」
 などといいながら、茅と浅黄が玄関まで顔を出す。茅は浅黄の肩に両手を置いており、浅黄は、眠そうな顔をして片手で眼を擦っていた。
「茅。
 見ての通り、お客……」
 荒野は、来客たちを指さしてみせる。
「むぅ」
 玄関先に並んだ五人を見て、何故か茅は表情を引き締めた。
 もっとも、パジャマのままなので、威厳はかけらもない。
「……とりあえず、入るの……」
 そういって、茅は浅黄の肩を荒野に預け、五人を招き入れようとする。
「入れるのは、いいけど……。
 茅……リビングに、まだ、布団出しっぱなしだろ……」
 茅の背中が、ぴたりと動きを止めた。
 ……どうやら、珍しく、寝とぼけているらしいな……と、荒野は思った。

 茅には浅黄を連れてバスルームで洗顔をするようにいって、荒野は急いで布団を畳んで別室に放り込み、五人のお客を招き入れた。
 荒野たちが寝起きであることを知ったお客たちが、朝食は自分たちで用意する、とかいいだす。もとより、遠慮する間柄でもないので、キッチンを好きに使わせておいた。どのみち、朝食であり、そう凝った料理も出さないだろう……と、荒野は判断する。
 すぐにバスルームから茅と浅黄が出てきたので、入れ替わりに荒野が中に入り、洗顔と歯磨きを行う。その時からテレビのスイッチを入れたらしく、けたたましいCMの音に続いて、お馴染みの主題歌、「戦え! ご奉仕! メイドール3」が流れはじめた。
 すぐに茅、浅黄、テン、ガク、ノリが合唱をしはじめる。
 荒野がバスルームからでると、ちょうどテーマソングが終わったところで、茅、浅黄、テン、ガク、ノリの五人は、テレビの前で決めポーズをして固まっていた。
「「……か、加納様……」」
 酒見姉妹が、異様なノリに恐れおののいて荒野に声をかけてきた。
「……気にするな」
 荒野は、酒見姉妹にそういっておいた。
「日曜朝のスーパーヒーロータイムは、だいたいこんなもんだ……」
「「そ……そう、ですか……」」
 酒見姉妹は、心持ち、引き攣った顔をして頷いて見せた。
 CMの間にバタバタとフレンチトーストの下拵えとサラダを作り、全員分のグラスに牛乳を注ぐ。それに加えて、荒野はコーヒーをいれて貰った。コーヒーメーカーをセットするだけだったり、フレンチトーストをフライパンで焼くだけだったら、酒見姉妹でも失敗する余地はない。
 茅、浅黄、テン、ガク、ノリの五人は「メイドール3」の最終回に釘付けで、軽く牛乳に口をつける程度だったので、最初に荒野と酒見姉妹が朝食を摂った。
 ガス台にも限りがあり、いっぺんにトーストは焼けないから、これでちょうど良いのかも知れないな……と、思いつつ、荒野は、酒見姉妹が焼く端から、フレンチトーストを平らげていく。酒見姉妹も交代で火を見ながら、自分の分をそそくさと食べ終え、また、他のみんなの分のトーストを作りに戻る。

 例によって大量の食事を摂りながら、横目で「メイドール3」を見ていた荒野は、「……現実も、こんなに単純だったら、どんなに楽か……」などと思ってしまう。
 善と悪とが、明確に別れてはいない。誰かを倒せば格好がつく、という悪の権化はいない。自分たちは、間違っても正義の味方などではない。それでも、最低限、自分たちが安心して生活できる場は、キープしておきたい……。
 荒野の欲求はしごくシンプルなものだったが、荒野を取り巻く状況と、このリアルな世界は、あまりにも混沌としている。

 荒野が食べ終わって食後のコーヒーを飲んでいる時、ちょうど「メイドール3」の最終回が終わった。
 やはり、「正義の戦士たちが、幾多の苦難を乗り越えて、悪の巨魁を倒して」終わり、という、この手の番組にふさわしい終わり方だった。
 荒野はマグカップを持ってソファに移り、いまだ興奮収まらぬ様子のお子様たちはぞろぞろとテーブルに向かう。
 その時、テレビが、いつもなら「次号予告」を流すタイミングで、景気のいいBGMとともに「新番組」の紹介をはじめた。
 茅、浅黄、テン、ガク、ノリの五人の視線が、再び、テレビに釘付けになる。
「「……うわぁぁ……」」
 酒見姉妹が、気の抜けたうめき声をあげた。
 新番組のタイトルは、「鎮魂戦隊ミコレンジャー」といった。テレビには、五色の袴をはいた巫女たちが一斉にポーズを取り、爆発を背景にして、身体にフィットしたカラフルなスーツに変身するシーンが映し出されている。
 ……なんて罰当たりな新番組だよ……と、荒野は思った。




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彼女はくノ一! 第六話(23)

第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!(23)

「……最近では、画像やモデリング関係が多いですわね……」
 夕食の席で、「仕事」の話しになった時、孫子はそういった。
「そちら方面の業界とは、わたくしも正直、あまりコネクションがないので、本格的に売り込みをかけるには、まただこからか適切なスキルをもったエージェントを探す必要がありますが……それでも、ネットに公開した機能を限定したフリー版は、アップから数日しか経っていないのに、かなりダウンロードをされています……プロユースも含めて、評価も、上々のようです……」
 テン、ガク、ノリのソフト開発のことだ。
「あれ、シルバーガールズの作製に必要なツールを、ちょこちょこっと試作してみたやつなんだよね……。
 まだまだ改良の余地あるし、割とインスタントな作りなんだけど……」
 ガクは、そう説明した。
「ええっと……今週はぁ……。
 まずレンダリングやトゥーンシェーダーのエンジン。ありもののが、重かったから、軽くてキビキビしたやつつくって……それから、3Dモデリングも面倒くさいから、写真やラフを読み込んで自動的におおざっぱなモデルデータを作るソフト、組んで……あと、3Dモデルと実写映像の動きを連動させて、その上で入れ替える……いわゆる、モーションキャプチャーを自動的にやってくれるマクロなんかも、作ったけっ……」
「……それ……全部……たった一週間でやったんか?」
 なんとなく、それらが「どういうソフトか」想像がつく羽生は、目を見開いて呆然と呟く。
「まだまだコアの部分がようやく形になってきたっていうところで、なんとか使えるようにはなってきたって程度だし、コアの部分以外のインターフェースデザインとかは、ボクやテンの手がかなり入っていて、実質、三人がかりでなんとかここまでこじつけたって感じだから、まだまだ全然、完成度は高くないしじゃないし……。
 細かいバグとかは、実際に使ってみないと存在が表面化しないから、どちらかというと、これからが本番だよ」
 ノリが、いっきにまくしたてた。
「学校が休みの間に撮影作業は一通り終わらせたいから、その前に必要なツールは一通りそろえておきたかったんだよね……」
 テンが、したり顔で説明する。
「あとは……休みに入る前に、茅さんにシナリオを何とかして貰いたいところなんだけど……。
 おおまかな筋書きくらいでもあげてくれれば、あとの細かい部分は別の人にテキスト起こしてもらってもいいし……」
「……ほんでもって、ソンシちゃんが、そこの副産物を売り込もうとしている、っと……」
 羽生が、ため息をついた。
 なんか、わずか数日でそれほどの規模のソフト開発をしてしまうとか、出来た端からネットに評価ヴァージョンを公開して、後で売り込みをかけようとするとか……同居人たちのバイタリティは、羽生の日常的な感覚からは、かけ離れている。
「……前に売り込んだシステムの評判も、上々ですし……もう少しすると、三人にギャラが入りはじめますから……」
 孫子は、真理に向かって、そういった。
 そもそも、どうしてそういう話しになったのかというと、三人や楓にも今後、一定の収入源ができる、ということを真理に説明するためだった。
 今まででは、この四人の家賃や必要な経費に関しては、涼治が負担していた形だが、おりをみて、それを自分たちで稼いだ金を直接、真理に手渡すようにする……ということを、話し合いの末、全員で真理に申し出ていた。
 経済的に自立する、ということは、楓なりテン、ガク、ノリの三人なりが、将来、過度に一族に依存しない進路をめざせる、自由度を確保する、ということでもある。荒野や茅、孫子は、それぞれの出生によるアドバンテージを持つ代わりに、反面、しがらみも強すぎる。しかし、楓たち四人は、比較的自由に生きる余地があった。
「……そんなこと、今から考えなくとも……。
 確かに、お金は、大事よー。
 だけど……」
 真理は、戸惑った表情を浮かべながらそういって、香也の顔をちらりとみて、軽くため息をついた。
「……うちのこーちゃんも、みんなくらい、しっかりしていればねー……」
 もちろん、香也は、そんな真理の視線にも気づかぬ風で、もくもくと食事を続けるのであった。
 炬燵の向こうでは、「なんの話しっすか?」とかいっている佐久間梢に、三島が「シルバーガールズとはなんぞや?」という話しを、身振り手振りを交えて説明している。梢は、三島の話しをふんふんと頷きながら聞いていた。静流も、梢といっしょになって三島の説明を熱心に聞き入っている。

 食事が終わると、食器を片づけていた真理に、
「……こーちゃん、先にお風呂はいっちゃいなさい……」
 といわれた。
 香也は居間にちらりと視線を走らせてから、
「……んー……」
 と答えて、着替えを取りに自室に向かった。
 居間では、来客も同居人も含めて、おおぜいの女性たち賑やかにおしゃべりに興じていた。
 あの中に、たった一人だけの男性として居座り続けるのも気まずかったし、なにより、真理が居る時なら、入浴中に団体様で乱入され、そのままどーこーされる、という心配もなさそうだった。

 この夜、香也は、実に数日ぶりに、心の底からリラックスした入浴を楽しんだ。

 香也が風呂から上がっても、居間から去った者は誰もおらず、相変わらず女同士の歓談は続いていた。成人には酒も周りはじめ、テンションも微妙に高くなっているような気がする。今日が初対面になる組み合わせもそれなりにいた筈だが、羽生以外の面子は昼間の買い物からずっと一緒にいるので、もうかなり打ち解けている様子だった。
 香也は、こっそりと足音を忍ばせて、そのまま玄関に周り、庭にでた。
 彼女たちが、彼女たち同士で仲良くやってくれるのは、香也にとってはむしろ歓迎すべきことで、できれば、せめて今夜くらいは、このままおしゃべりに興じていて欲しいものだ……と、香也は思う。

 プレハブに入った香也は、灯油ストーブに火をいれ、描きかけの絵を、画架にかける。
 今日は丸一日、絵に集中できたから、かなり進んだ。
 このままのペースが保持できれば、週明けには、何枚か有働に頼まれていた絵を渡せるだろう……。
 香也が画架に立てかけた紙には、一面に、多種多様なゴミが、精緻なタッチで描かれていた。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(281)

第六章 「血と技」(281)

 翌朝、荒野が目を覚ますと、パジャマ姿の茅と浅黄に両側から抱きつかれていた。そのため、荒野は、目が覚めてからしばらく身動きがとれず、にじんまりとして過ごした。
 やがて茅が目を醒ます。
 もともと、荒野も茅も、毎日決まった時間に起きる習慣ができている。目覚ましをかけなくともその時間になれば自然に目が覚めるのであった。
「……むぅ……」
 目を覚ました茅が、細目をあけて、小さなうめき声をあげる。
 それから、また目を閉じ、軽く眉間に皺を寄せ、
「……むぅぅうぅぅん……」
 と鼻を鳴らしながら、荒野のパジャマに頬擦りをした。
 茅と荒野は、いつも、裸で寝ている。
 だから、完全に意識が目覚めていない茅は、自分の頬が布地に当たることを、つまり、荒野がパジャマを着ていることを不審に思い、ほぼ反射的に、頬ずりをしていている。
「……茅……」
 ……むぅぅぅぅん……などといいながら、いつまでも目を閉じて荒野の胸元に顔を擦りつけている茅の肩を、とんとん、と指でたたき、茅がとろんとした目で視線をあげると、すーすーと静かな寝息をたてている浅黄を指さす。
 荒野の指先を追って浅黄の横顔をみた茅は、二、三度瞬きをしてから、何故か唐突ににんまりと笑った。
 荒野は……例によっていやな予感を覚えたのだが、浅黄が抱きついて寝ている状態なので、どうすることも出来ない。
 それをいいことに、茅は、ごそごそと布団の中に頭を入れ、なにやら荒野の下腹部をまさぐりはじめる。
「お……おい……」
 荒野は、浅黄を起こさないように、小声で茅を制止しようとする。
 茅は、構わず荒野のパジャマの中に手を入れる。腰回りはゴムで締めてあるだけなので、容易に手が入った。
 茅の指先が、荒野の下着の中に入る感触。
「……おいっ!」
 荒野は、小さく叫んで茅の頭をこんこん、と拳で軽く叩いた。浅黄のことを気遣って、大声を出したり身動きができないのが、つらい。
 などと、声を出せない荒野が考えている間にも、茅の悪戯はエスカレートしていく。
 荒野の下着の中にまで親友下茅の手は、寝起きで半ば勃起していた荒野の陰茎を掴んで明らかに刺激を与えるように、弄りはじめた。荒野の股間の付近の布団が、こんもりと茅の頭で持ち上がり、もぞもぞと蠢いている。
「……あの……茅、さん……」
 横目で浅黄の様子を確認しながら、荒野は小声囁く。
 しかし、すっぽりと布団の中に入っている茅の耳に入っているのかどうかは、かなり疑わしい。
 布団の中の茅は、そのまま荒野のパジャマの下を、下着ごと下にずらしはじめた。
「……こらこら……」
 浅黄をちろちろと横目で気にしながら、荒野が茅の頭を布団越しにぽんぽん軽く叩く。
 にゅるっ、と荒野の分身を生暖かい粘液が包み込む感触。
 どうやら、茅は、そのまま荒野のモノを口に含んだらしい。茅に口に含まれるのははじめてではないし、むしろ、慣れてきていると思うのだが、浅黄がすぐ側にいるこの場の状況こそが荒野にとっては刺激的だった。今でこそ、成り行きで複数の異性と同時に関係している身だが、基本的に荒野は、性的な事柄に関しては、比較的保守的な価値観の持ち主である。
『……こんなところ……浅黄ちゃんに見られたら……』
 などというところが気にかかり、一方の茅はそんなことまるで気にした様子もなく、にいつも以上に大胆な動きで、口にした荒野のモノを前後させる。
 茅の動きにつれて、布団がゆっくりと上下している。
「……んっ……」
 ぱたぱたと掛け布団が動いいていたため、熟睡していた浅黄が小さく呻いて薄めを開けはじめた。
「……ぅわっ!」
 荒野は、慌てて、膝を立てて桃の間で股間にとりついている茅の頭を挟み、浅黄の顔を凝視する。
 浅黄は、むっくりと半身を起こし、どうやら、このマンションに泊まっていたことを、しばらく思い出せないでいたらしく、ゆっくりと周囲を見渡した。
「…………おき、ちゃった……かな?」
 首だけを起こした荒野が、小声で、尋ねる。
「……ふぁっ……」
 浅黄は、おおきなあくびをした。
「……ねこさん、ふはぁー……」
「茅は……その、どこかかな……」
 荒野は視線をあらぬ方向に彷徨わせて、しどろもどろに答える。
 まさか、四歳児の浅黄に、茅は自分の股間をくわえこんでいる……などと正直に答えるわけにもいかない。
「……むー……」
 珍しく、不機嫌そうな顔をした茅が、もぞもぞと掛け布団と荒野の間から、はい出てきた。
「荒野がいきなり動くから……鼻を、ぶつけたの……」
 ……どこに……とは、もちろん、荒野は尋ねない。
「茅が、あんなことをするから……」
 代わりに、茅にだけ聞こえる小声で、素早く文句をいう。それから、眼をこすっている浅黄を指さし、
「……浅黄ちゃん、起きちゃっただろ……。
 浅黄ちゃん……トイレとか、大丈夫かな?」
 と、話題を変えた。
「……おしっこ……したい……」
「茅……頼む」
 荒野は、少し厳しい表情を作って、茅にいった。荒野自身は、茅によって腰の衣服がずり下げられている状態であり、布団から出ることが出来ない。
 茅が浅黄をトイレに連れていってくれれば、荒野も服を直す余裕が出来るのだった。
 茅は、しぶしぶ、といった顔で布団から出て立ち上がり、浅黄の肩に手を置いて、バスルームの中に消えた。
 荒野はその間に素早くパジャマの下と下着を引き上げ、窓の側に行き、カーテンを少し開けて空模様を確認する。

 茅と浅黄がかえってくると、
「……今日も、まだ降っているから……もう少し、寝ていよう。
 どうせ、日曜だし……」
 と、二人に声をかけ、自分も布団の中に潜り込んだ。





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彼女はくノ一! 第六話(22)

第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!(22)

 そういったっきり、孫子は絶句した。
 楓がいうとおり……荒野たちが「悪餓鬼たち」と呼称する者たちが、「あの時点で、徹底的にこちらが嫌がること」をせずに去っていった理由が……思いつかない……。
 あの時点では、こちらは「悪餓鬼たち」の存在すら知らなかったし……それどころか、予想すら、していなかった、つまり、無防備だったわけで……攻撃のタイミングとしては、これ以上の好条件は、ない……。
 現に、あの一件で彼らの存在を知て以来、こちらは、総出で着々と「迎撃」の準備をしているわけで……そもそも、悪餓鬼たちは……何故、そんな余裕を……わざわざ、こちらに、与えたのだろうか……。
「この間の竜斎の一件でもわかるように……術者間の能力の差は……ともすると、一般人と一族の能力差以上に、開いている……」
 孫子は、呟く。
「……Yes……」
 それまで湯呑みを傾けて、聞く一方だったシルヴィが、孫子の言葉に反応した。
「五十人からの術者をまともに相手にして……一方的に手玉に取った、神を僭称する不遜な男も、存在するくらいですから……」
 孫子が誰の、どんな事例について話しているのか、理解している者は、その場にはいなかったが……全員が、沈黙した。
「あの……さ」
 ノリが、ぼそりと呟く。
「あんまり、こういうこと、考えたくはないんだけど……考えられる理由として、ボクたちの準備が整った方が……相手にとっても、都合がよかった……とか?
 ボクたちが準備を整える時間を与えることになっても……向こうにしてみれば、自分たちがさらに成長する時間が、欲しかった……っていう、ことなんじゃないかな……。
 だって、その人たち……ボクたちより、後に生まれたわけだから……まだまだ、小さいんでしょ?」
「……その仮定が、真であるとすると……」
 孫子は、冷静に指摘する。
「当時のわたくしたちの戦力では……彼らの遊び相手にすら、ならなかった……と、その時点でも、相手に判断されたことになります……」
「ボクたちにとっては、あれ……シャレにならない攻撃だったけど……彼らにしてみれば、目一杯、手加減した……軽い、遊びだったってこと?」
 ガクは、俯いて、震える声でいった。
「……そ、そん……なの……」
 ガクは、あの時に、入院までしている。
「でも……そう考えると、せっかく確保した現象をやすやすと手放したことも、説明がつきます……」
 孫子は、あくまで冷静な口調で続ける。
「彼らは、自分たちの勝利を確信している。あの時点でも、わたくしたちが必要と思える防備を固めた、その後の時点でも……。
 だから……いつでもとどめを刺せる、と判断したから、あの場ではたいしたこともせずに、去った……。
 それ以外に、彼らが……あの時点で攻撃を躊躇う、合理的な理由は……思いつきません……」
「同感っす」
 佐久間梢が、孫子にの意見に賛同した。
「負ける要因がないのにも関わらず、叩ける時に、叩かなかった……というのは……向こうにしってみれば、まともに攻撃している、という意識すら、なかった……ということになります……。
 いいかえれば……」
 遊ばれていた……と、いうことです……。
 と、佐久間梢は、いった。
 しばらく、誰もが何もいわなかった。
「……加納が、彼らを、悪餓鬼、と呼ぶ根拠に……納得がいきました……」
 数十秒、沈黙した末、孫子が、誰にともなく頷く。
「彼らは……卓越した力を与えられながら……当たり前の、社会性や倫理感を持ち合わせていない……。
 また、彼らを育て、バックアップした人々も……そうした行為を、容認している……あるいは、彼らは、すでに……バックアップのコントロールから、離れている……。
 善悪の判断もつかない、卓越した力を与えられた存在が……何の抑制もないまま、自分の欲望のままに振る舞いはじめたら……」
「じっちゃんが、いなかったら……ボクらも、そうなっていたかも知れない……」
 ぽつり、と、テンが呟く。
「確かに……躾の行き届いていない、悪餓鬼だよね……。
 しかもその悪餓鬼どもは、一族よりなんかよりも……能力的には、凌駕している。
 それに、現在の居場所、実のところ、何を考えているのかも……まるで、わからない……」
「その、Bad Kidsという呼称は、実はヴィがいいだした名前なんだけど……」
 シルヴィが、口を挟む。
「荒野でなくとも、いやというほど尻を叩きたくなるね……」
「……仮に、首根っこを押さつけて、取り押さえることができたとしても……」
 ノリが、指摘した。
「そんなのを、再教育するとか、なったら……するほうも、それこそ、命がけじゃないか……」
「なに?」
 ガクが、軽い驚きの声をあげる。
「かのうこうや、って……あの、現象を佐久間に引き渡した夜の時点で……そこまで、見越してて……その上で……ああいうこと、いってたの?」
「でも……」
 今度は楓が、口を挟んだ。
「……加納様は、本気で、それをやるつもりですよ。
 攻撃や排除よりは、捕獲を優先すると明言されていましたし……。
 今のところは、いろいろなところに手を回して、捜査網を構築しているところだと、聞いていますが……」
「……そ、そうです……」
 静流が、いった。
「の、野呂の中から、そうした調査が得意な者を選んで、す、すでに動ける者から、動いて貰っているのです……。
 い、今は、研究所の生き残りの、再追跡調査などから、手を着けて貰っています。
 な、なにぶん、昔のことですし、調査に多少、じ、時間はかかるでしょうが……この手の人探しが得意な者は、野呂にはいくらでもいるのです……」
「はいはーい……」
 その時、お盆をかかえた羽生が、居間に入ってきた。
「なんか、シリアスな話しをしていたみたいだけど、とりあえず、ご飯ができたから……おこたの上、片づけて……」
 沈みがちだったその場の空気が、羽生の声で、ふと、軽くなった。
 みんながみんな……深刻な予想ばかりがでてくるこの場の空気に、少々疲れ気味だった。

 直前までの重苦しさの反動か、その日は普段以上に賑やかさになった。
 真理は、今日買った服の話しをしたがったし、羽生も、「ちづちゃんがついていったら、騒がしかったでしょー……」とか、相槌を打つ。
 楓やテン、ガク、ノリの話しによると、羽生が予測した通り、真理と柏千鶴で「かわいー合戦」になったようだった。四人の服代については、とりあえず、涼治に預けられているカードで支払いを済ませていた。四人は、孫子経由で仕事を請け負っているので、その収入がはいり次第、改めて精算をするつもりだという。




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「Walking Nude!」ってタイトルだけど、全裸ではない。

かなり「きわどい水着」ですけどね。


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それよりも、この背景、ちょっと昔の秋葉原電気街口なんじゃないだろうか?

「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(280)

第六章 「血と技」(280)

 夕食が済むと、流石にはしゃぎ疲れたのか、浅黄が眠そうに目をこすりはじめた。
 浅黄がこのマンションに来る時は、もちろん、子供用の椅子などないので、椅子の上にありったけのクッションを敷いてその上にちょこん、と座らせているのだが、そうするとどうしても前かがみの姿勢になりがちであり、浅黄は、食事中でもテーブルの上に片手をつくことが多かった。そのかわり、この年齢にありがちな、服や身の回りを食べ物で汚す、ということはない。今日は、スプーンとフォークでの食事だったが、以前、見たときには、箸も器用に使いこなしていた。おそらく、家での躾がいいのだろうな、と荒野は思う。
「浅黄ちゃん、もう、おねむにしようか?」
 荒野が聞いてみると、意外にしっかりした口調で、
「お風呂と歯みがきー……してからぁー…」
 と、答えた。
「じゃあ、食器は片づけておくから、茅は、そっちを頼む」
 荒野はそういって、テーブルの上の食器を片づけはじめる。
「わかったの」
 茅は頷いて、浅黄が椅子から降りるのを手助けした。というか、浅黄が、椅子の上から転げ落ちないよう、身体を支えた。
 酒見姉妹が、荒野の手から食器を取ろうとしたが、荒野は「いや、これくらい、いいから」と、それを断る。荒野にしてみれば、この程度の日常の雑事で他人の手を借りることに抵抗がある。
「お前ら、もう帰った方がいいぞ」
 とも、いい添え、暗に「早く帰れ」と即した。
 基本的に、茅との二人住まいであり、余分な寝具もない。浅黄一人分ならどうとでもなるが、後二人の大人を泊める余地も理由も、なかった。この二人はごく近所に済んでいるわけだし、また、この二人に限っていえば、若い女性であることは確かだが、だからといって「夜道が危険だ」などということもあり得ない。
「「……はぁ……」」
 荒野にそういわれ、酒見姉妹は、世にも情けない表情になって、頷いた。
「「あの……明日の朝も……来て、いいですか?」」
 そして、声をそろえて、そう続ける。
「「予報では、明日もまだ、雨が続くそうですが……」」
「別に、いいけど……」
 朝のランニングが中止になっても、ここに来てもいいか……という意味らしい。
 荒野は食器をシンクの中にいれ、温水器からお湯を出しながら、双子に背中を向けたまま、答える。
「あんまり、のんびり出来ないと思うぞ。
 明日の朝は……」
 何せ、明日は……「メイドール3」の最終回なのだった。

 酒見姉妹が帰り、食器を洗い終えて、来客用の使い捨て歯ブラシを用意する。浅黄には大きすぎると思うのだが、これしかないから仕方がない。浅黄の口に入らないようなら、口を濯ぐ程度で我慢してもらおう……などと、思ったところに、インターフォンが鳴った。
 こんな時間に誰だろう……と思って来客者の顔を確認してみると、スーツ姿の若い男が立っていた。
「……どなたですか?」
 若干、緊張した声で、荒野が誰何すると、
「ああ。
 こんな姿だから……わかりませんか?
 敷島です。
 徳川さんから、これ、言付かってきました……」
 インターフォン越しに、その若い男が、見覚えのあるポーチを掲げてみせる。表面にキャラクターのプリントがされているそれには、荒野にも見覚えがあった。
 浅黄の、「お泊まりセット」だ。
 荒野は軽くため息をついて、ドアの鍵を開けた。
「誰かと思えば……敷島さんか……。
 徳川に、いいように使われてますね……」
「一応、秘書として、十分すぎるほどのギャラも貰ってますから……」
 男の姿をした敷島は、荒野に「お泊まりセット」と浅黄の着替えの入った紙袋を渡しながら、そういう。
 敷島にとって外見は、見た目の性別も含めて、適宜選択するものらしい。
「……報酬を貰った分は働いておかないと、あれでしょう……」
「徳川って、アレ、人使い、荒いの?」
 続いて、荒野が聞いてみると、
「荒い、というより……並み以下だと無視ですが、並み以上の処理能力があるのがわかると、能力の上限まで、とことん、使い倒すタイプですね……。
 人と機械の区別が、あまりついていないんでしょう……」
 敷島はそういって苦笑いをした。
「と、いうことは……」
 荒野は、納得しように、頷く。「人であろうがマシンであろうが、高性能のものであるかぎり、とことん、使い倒す」というのは、なんだか「徳川らしい」気がする。
「……敷島さんなんかは、使えると判断されたクチなわけか……」
「わたしの場合、外見をあるていど変えることができるのと、それに、法務関係の知識も多少、ありますので……おかげさまで、才賀様とも、毎日のように懇意にさせていただいてます」
 徳川の会社と孫子との、交渉窓口みたいな仕事も、敷島の担当らしい……と、この時、荒野は、はじめて知った。
「それは……さぞかし、疲れるでしょう……」
 荒野は敷島に同情した。
 どちらも癖があるのはもちろんだが……特に孫子などは、こと、ビジネスがらみとなると、妥協も容赦もせず、自分の要望をゴリ押ししてくるのではないか……と、荒野は想像する。
 交渉相手としては、かなり難渋する部類なのではないか? と。
「いや、おかげさんで、いい経験をさせて貰ってます……」
 そんな世間話しを軽くしてから、敷島は、「まだ用事が残っていますので」といいって、去っていった。
 荒野はバスルームの脱衣所で入浴中の茅と浅黄に声をかけ、そこに浅黄の「お泊まりセット」と着替えを置いた。

 それから、床の上に直接布団を敷き、何とか三人が横になれるスペースを確保する。
 茅と浅黄がバスルームからでるのと入れ替わりに、荒野が入り、ざっと身体を洗ってシャワーを浴びた。

 荒野が歯磨きまで済ませて戻ると、食事の後に眠そうにしていた浅黄は、入浴によってまた眠気が去ったのか、今ではまたハイな調子に戻っている。布団の上にペタンと座り込み、浅黄は、少し力を込めて、茅の髪をバスタオルで包んで拭っている。
「……どれ、おにーさんが代わろうか?」
 荒野が、いつも使っているドライヤーを取り出してきて、浅黄と入れ替わって、慣れた手つきで茅の髪を乾かしはじめる。
 今では、茅の髪の手入れは、かなりの部分、荒野の仕事になっている。
「……浅黄もやるーっ」
 と、言い出したので、荒野は浅黄にヘアブラシを手渡し、茅の髪を櫛けずらせてみた。茅の髪は、もう、ほとんど乾きはじめていたので、浅黄の力でも、特に難渋することもなく、ブラシを動かすことが出来る。
「うまいな、浅黄ちゃん。
 やったこと、あるのか?」
「髪のお手入れ、いつも、おかーさんと、いっしょにするのー。
 おかーさんがいない時は、ひとりでするの……」
 とのことだった。
 仕事の都合で留守がちである分、名前を知らない徳川の姉、つまり、浅黄の母親は、身の回りのことに関しては、しっかりと自分で出来るようにしているのだろう、と、荒野は想像した。
 その辺のこと、つまり、小さな女の子の身の回りの世話、などに関しては、徳川篤朗は、おおよそ当てになりそうもないしな……と。
 浅黄は、年齢の割には、利発で扱いやすい子供だと、思い、だからこそ、徳川の姉も、安心してあまり頼りになりそうにもない徳川に浅黄を預け、頻繁に泊まりがけの仕事にでているのだろう、と。
 ……後何年もしないうちに、今とは立場が逆転して、浅黄が徳川の面倒をみるようになるのではないか……と、荒野は思い、その様子がかなりのリアリティをもって想像することが出来た。
 料理は出来るようだが、他の生活に必要なスキル全般が、徳川に備わっているようには見えなかった。
 小学生くらいに成長した浅黄に、ゴミの分別の仕方とか洗濯物など、細々としたことについて、ぶつぶつと文句をいわれている徳川篤朗……という図は、荒野の脳裏にありありと浮かんでくるのであった。




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彼女はくノ一! 第六話(21)

第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!(21)

 佐久間梢は一度台所に手伝いにいきかけたが、三島に「ガキは引っ込んでろってーの」といわれ、真理にも「お客さんですから、気を使わないでいいんですよ……」といわれ、結果として、すごすごと居間に追い返されてきた。
「……で、……」
 梢は、心底不思議そうな顔をして、この家の住人たちにまとわりつかれている香也をみる。
「君……どうして、そんなにモテモテなんすか?」
 炬燵にはいった香也の膝の上にガクが乗り、背中にはテンとノリがもたれ掛かっている。そして左右には、楓と孫子が座り、三人にまけじと香也との距離を詰め、ノートパソコンを香也の前に置いて、なにやら相談だか打ち合わせだかをしている。
「……んー……」
 当の香也は、ずずずっと音をたてて湯呑みを傾け、ついでに自分の首も傾けていた。
「わかんない」
 実際、香也自身にもはっきりとわからない質問には、明瞭に答えようがない。
「……ある意味、加納の若とか姫よりもよっぽど、謎な子だなぁ……」
 梢は、そうぼやいた。
「しょ、正体不明で不気味な佐久間が、何をいいますか……」
 楓が、呆れたような声を出す。
 つい最近まで、「傀儡操りの佐久間」といえば、一族の中では術者が直接姿を現せないことで有名だった。
 いや、今でもその性質は、基本的に変わっていない筈なのだが……。
「あのねー……」
 梢は、大仰な芝居がかった動作で、憤慨した様子を誇示してみせる。
「佐久間の技を伝える家庭教師が欲しい、なんて、前代未聞な要求突きつけてきたの、そもそも君たちでしょ?
 そのわがままをわざわざ聞いてあげるためにここにきてるのに、その態度はないんじゃないかな……」
「そんなもの、現象がしたことに比べれば……」
 楓は、そういって口を尖らせる。
「この子や加納たちは、この土地から離れなければならないような事態になることを、非常におそれています」
 孫子が、説明を補足する。
「そして……現象の襲撃は、自分たちの足元がいかに脆弱であるのかを思い知らされる、格好の事件でした。
 茅やこの三人は、一般人社会というものについての知識が乏しいから、かえって現在の状況の貴重さが実感出来ないのかも知れませんが……」
 そういってから、孫子は、話題を変える。
「現象といえば……あの後、あの子から、何らかの情報は引き出せまして?」
「……全然」
 梢は、首を横に振った。
「そちらで悪餓鬼、とか呼称している子たちについて、こちらもでは、特に長が力を入れてまして、現象に関してもとことん、記憶をさらってみたのですが……めぼしい、有意の情報は、見あたらず……。
 ただ、現象に直接接触してきたのは、そちらから回ってきた似顔絵の二名だけのようです……」
「って、いうことは……」
 今度は、テンが口を挟む。
「その二名には、佐久間の技が使えたってわけだ……」
「……どうして?」
 ガクが、首を傾げる。
「だからぁ……一般人の家庭に預けられていた現象は、記憶の一部と特殊な能力を封じられていたって話しだろ?」
 テンではなく、ノリが、ガクの疑問に答えた。
「現象に直接、接触しているのがその二人だけっていうのなら、その二人が現象の封印を解いたに決まっているじゃないか……。
 いくら佐久間の技っていっても、直接接触していない人間に、微妙な操作を行うのは、流石に難しいと思うけど……」
「おっしゃるとおりです」
 梢が、ノリの指摘に頷く。
「……そうすると……」
 楓は、青白い顔をして首を傾げた。
「その二人は……現状の、子供のままの姿でも……一族の水準を大きく上回る筋力と、佐久間の技と併せ持っている、ということに……」
「でも、それは……かのうこうやも、ある程度、予想していたことだし……」
 緊張した面もちの楓とは対照的に、テンは、のほほんとした表情でいい添える。
「ボクらのデータを持った人たちが、その改良版として合成した子たちだろうって、最初から、いっていたしさ……」
「相手の目的は、まだはっきりしていませんの?」
 孫子は、誰にともなく、そう尋ねた。
 相手が何を欲しているのか……それさえ掴めれば、交渉も可能なのではないか……と、思うのが、孫子の発想である。
「わからないっす。
 声明やメッセージらしいものは、いっさい、発していませんし……現象以外に、やつらに接触したものも、皆無ですから……」
「あの二人が、存在する……ということは、他にも何人か、同等、あるいは、あれ以上のレベルの、仲間がいる……と、思うのですが……」
 孫子が、梢に確認した。
「佐久間も、そう考えています」
 梢は、孫子の言葉に、頷く。
「……大胆なコンセプトの、ヒトを対象とした、遺伝子操作実験、ですから……。
 常識的に考えて、多数のサンプルを作って、その経験からノウハウを蓄積するのが、常道でしょう」
「資金、設備……それに、専門家の手助けが、必要だったでしょうね……」
 といいかけ、孫子は、
「そっちのラインは、シルヴィが調べていますわね、きっと……」
 と、一人で、結論をつける。
「あくまで、噂ですが……姉崎の方では、確かにそっちの線で調べているようです」
 梢は、頷いた。
「姉崎は、経済活動や学会の動向には敏感ですから……時間さえかければ、相応の手がかりを掴むでしょう……」 
「……ええっとぉ……」
 楓が、遠慮がちに、みんなに尋ねた。
「わたし……その、加納様が、悪餓鬼って呼んでいる子たちの目的が……そもそも、見当つかないんですけど……」
 みんなの視線が、楓に集まる。
「その子たちを作った人たち。これは、想像できます。中断した実験を惜しんだ人たちもいれば、現象のお母さんがそうだったように、自分たちをひどい目にあわせた人たちへの復讐の念につき動かされていたのかも、知れません。
 それと、現象の動機、というか、目的も……共感はできませんが、理解は、できます」
 楓は、そこで一度、言葉を切る。
「でも……一族への復讐、が、動機なら……あの時、学校や商店街を同時に襲撃した時……どうしても、もっと徹底的に叩かなかったんですか?
 あの時……今とは違って、この土地には、わたしたちしかいなかったし……相手の総人数まではわかりませんけど……個人対個人の能力比でいえば、下手すれば、向こうが圧勝……一人ずつ分断して個別撃破、という展開も、十分に可能だった筈で……いいえっ!
 それよりも、もっと効果的なのは……むやみに暴れ回って、被害を拡大し……わたしたちが、ここに居られなくなるように、追い込むことっ!
 そうすれば……わたしたちは……」
「……直接交戦しなくとも、散り散りになるところ……だった……」
 孫子が、楓の言葉を引き取る。
「つまり、あの時のは……攻撃、というより……予告? ないしは、警告?
 ……自分たちの存在を……わざわざ、わたしたちに知らせ……準備をする、余裕を与えるための……」




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「君が主で執事が俺で」は、オーソドックスすぎる。

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は、オーソドックスすぎる。

アキバ周辺では予約受付中ということで、いろいろと話題になっているようです(例A例B)。

「姉、ちゃんとしようよっ!」シリーズや「つよきす」の中の人(シナリオ、原画ともに)が独立した新会社の第一弾、ということで、それなりに期待されているようですな。
姉、ちゃんとしようよっ! 姉、ちゃんとしようよっ!
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姉、ちゃんとしようよっ! 2 姉、ちゃんとしようよっ! 2
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つよきす つよきす
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すでに、「テレビアニメ化も決定」しているようで、業界的にも注目度が高いようですよ。
CONTINUE

「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(279)

第六章 「血と技」(279)
 
 無視するわけにもいかないので声をかけると、徳川は、
「加納か」
 と頷いてみせた。
 その後、
「ごらんの通り、また姉が、留守なのだ……」
 と、手をつないでいた浅黄を示してみせる。
 荒野が身をかがめて、浅黄に「こんにちわ」と声をかけると、浅黄は、
「ネコさんはー?」
 と、語尾を上げてみせた。
 浅黄は、茅のことを「ネコ耳=ネコさん」として記憶しているらしい。
「ネコさんはねー。
 今日は、みんなでお買い物に出かけているんだよー」
 荒野は、浅黄にそう説明する。
「……ネコさん……いないの?」
 荒野の説明を理解したのかしないのか、浅黄は、首を傾げた。
「今は、いないねー」
 荒野は、重ねてそう説明する。
「夕方か夜には帰ってくると思うけど……」
 浅黄は、とことこと歩み寄ってきて、荒野の臑にがっしりと抱きついて、
「……ネコさんのおうちにいくーっ……」
 とか、騒ぎだした。
「そうか」
 荒野が返事をする前に、徳川がしたり顔で頷いた。
「浅黄は、今夜はそっちにお泊まりか……」
「……をい……」
 荒野は少し凶暴な目つきになって徳川を睨んだ。
「いや、助かるのだ。
 ここ数日、浅黄の相手をしていて、自分の研究がおろそかになっていたところなのだ。
 そうかそうか。
 今夜は、加納が浅黄の世話をしてくれるか。
 お前たちが遊び相手になってくれる方が、浅黄も喜ぶのだ……」
 などといいながら、徳川は、じりじりと後ずさっていく。
 おいすがろうにも、浅黄ががっしりと荒野の足に抱きついているので、動きがかなり制限されて、それもままならない。
「……ま、いいけどな……。
 茅も喜ぶだろうし……」
 荒野は、徳川の姿がかなり小さくなってから、そっとため息をついた。
「……浅黄ちゃん、なにか食べたいもの、あるかなぁ?
 お買い物が終わったら、ケーキ屋さんで休んでいこうな……」
 荒野は、浅黄の手をとって歩きはじめる。

 浅黄を連れていたのであまりかさばる荷物を抱えることも出来ず、申し訳程度の買い物をしてからマンドゴドラに立ち寄り、ひさびさにマスターの顔をみて挨拶をして、夕食まで少し間があったので、浅黄にケーキとジュースをご馳走した。
 浅黄が口の周りにクリームを付着させながらケーキを食べている間に、荒野はマスターと軽く立ち話をする。
 例のバレンタイン・イベントの時の忙しさは少々異常だった、今くらいに落ち着いている方が、やりやすい……というのが、マスターの意見だった。
「……儲けにはなるから、たまには、ああいう浮ついたのもいいけど……。
 お祭り騒ぎみたいなのは、たまにやるからいいんであって……一年を通してはやりたくはないなぁ……」
 というあたりが、マスターの本音であり、商店街の人たち、大多数の意見だろう、と、荒野は思う。
 マスターの話しでは、マンドゴドラに関していえば、年末のイベントと併せて、それまで店の存在を知らなかった人たちに、店の存在と味を知らせるいい機会にはなった、事実、ネット通販の方も、当初の予想を超えて、一定した発注があるという。
「あとな。
 君らの仲間の、才賀さんか。
 あの子が飛び回って、商店街の人たちをいろいろと説得しているようだけど……」
 そちらの方も、ぼちぼちはじまっているらしい。
 マスターの話しによれば、孫子に口説かれて宅配サービスを開始した店が、地味にじわじわと売り上げを伸ばしているらしかった。
「……よくよく考えてみれば、固定客をがっしりつかむシステムだからな。一気に売り上げを伸ばす、ということはないにしても、一度宅配の契約したお客さんは、継続して買ってくれるようになるわけで……一種の囲い込み、みたいな効果は期待できるわけだし……。
 ここいらへんも、だいぶ高齢化が進んでいるから、お客さんにとっても便利だしな……」
 ……ただ、店を開いて、漫然とお客が来るのを待っているよりは、ずっといい……という。
 もう少し時間が経過すれば、今は様子見している商店主たちも、どんどん孫子の会社と契約していくのではないか……というのが、マスターの見方だった。
 荒野は、そういう商売とかサービスとかについて、定見がもてるほどの見識もなかったが、それでも、話しを聞く限りでは、かなりうまく行っているようだった。
 あまり実感はなかったが、よくよく考えてみれば、荒野も孫子の会社に少なからぬ金額を出資しているわけで、その事業が順調にはじまっていることは、素直に喜ぶべきなのだろう……と、荒野は思う。

 傘をさしながら浅黄の手を引いて、マンションへ帰る。結局、たいした買い物もせず、荷物も少なかったが、浅黄が歩く速度にあわせたため、いつもの倍近くの時間がかかった。
 マンションに戻ると、まずは雨に濡れた浅黄の身体にごしごしとバスタオルを押し当てて、できるだけ湿気をとる。浅黄の来訪自体がとっさのことであり、当然、浅黄の着替えなどあるわけもなく、浅黄も衣服に関しても、できるだけ水気を抜いて暖房を少し強めに設定する、程度のことくらいしか、できなかった。
 浅黄は、傘をさすのがあまりうまくなく、というよりも、自分の身体が雨が濡れることにあまり頓着する様子がなく、下半身がかなり濡れていた。短パン姿だったので、靴下を脱がしてバスタオルでよく水滴を拭えば、かなりましな状態になったが。
 浅黄の身体を拭いて、テレビをつけてケーブルテレビの中からアニメ番組ばかりと放送しているチャンネルを選択し、テレビの前に浅黄に置き、キッチンに買ってきた荷物運び込んで、冷蔵庫に収納する。
 それから茅に、「徳川に押しつけられて、浅黄が泊まりに来た」ということをメールで伝えると、手が空いていたのか、すぐに茅から電話がかかってくる。浅黄がオムライスを食べたがっている、と告げると、「水を少な目にして、ご飯を炊いておいて」といわれた。茅の他に、酒見姉妹も来るつもりらしい。
 茅の指示通りに炊飯器をセットして浅黄と一緒に子供向けのアニメをみていると、ご飯が炊きあがるかどうか、というタイミングで酒見姉妹を引き連れた茅が帰宅してきた。荷物は、以前のように配送するよう手配したのか、手ぶらだった。
 浅黄は、はじめてみる酒見姉妹にひどく驚いた様子で、最初のうちこそ荒野の後ろに隠れていた。が、茅が、料理をする間、酒見姉妹に浅黄の面倒をみるように、と命じると、酒見姉妹が左右から浅黄にまとわりつきはじめ、そうすると浅黄もすぐに双子の存在に慣れて、二人の背中や肩に乗ったりして、酒見姉妹を玩具にするようになった。
 茅は、刻んだタマネギとたっぷりのトマトケチャップと共にご飯を炒めている間に、荒野に玉子の用意をして、といい、荒野はボウルの中に玉子を多めに割って、よく混ぜ合わせ、それが済むと、冷蔵庫にあった適当な野菜をちぎってサラダを用意しはじめた。
 炒めたご飯を皿に盛りつけると、茅は素早くティーポットに茶葉をいれ、お湯を注ぎ、蓋をして蒸らしてから、フライパンを温めてサラダオイルとバターをなじませ、手早く人数分の半熟オムレツを作っては、ケチャップ炒めライスの上に置いていった。
 もはや熟練さえ感じさせる、流れるような手つきだった。
 そうしながら、酒見姉妹に声をかけ、ティーカップを用意させ、蒸らし終わった紅茶を注ぐ。浅黄の分には砂糖とミルクを多めに加え、少し甘めにした。




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