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2007-07

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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(359)

第六章 「血と技」(359)

「……拝聴しよう」
 荒野は頷いて、孫子を相手に「高貴なる義務」うんぬんと御託を並べていたイザベラに、先を促す。
「目的なし、面白そう」つまり、「興味本位」でここに来た、と強調する割には、イザベラは、話しを聞く限り、この土地の情報を、かなり詳細に調べ上げた上で、来ている……ように感じる。でなければ、一族の一員ではない孫子のプロフィールなど知るわけがない。
 飄々とした態度とは対照的に、イザベラは、現在この土地で進行中の状況に関して、それなりの見識を持っているように思えた。
 少なくとも……荒野たちに、悪意を持っているようには見えない。
 もっとも……。
『……地獄への道は善意で舗装されている、ともいうしな……』
 荒野は、「悪意を持っていない=害を成すものではない」、という思考はしていない。
 だからこそ……。
『もう少し、何を考えているのか聞いて……』
 確かめておかなくてはな……と、荒野は思う。
 孫子の例からもわかるとおり、上流階級の人間というのは、どこか浮世離れしているというか、時折、下々の者には予想つかない発想をすることがある。
「……おう。
 拝聴するか、加納の。
 ほんじゃあ、ま、続けるがの……」
 イザベラは軽く頷いて、誰にともなく問いかける。
「……おんしら、現にもう少なからぬ影響を、この周辺の地域社会に与えておるわけじゃろ?」
「……より正確にいうと、与えつつある……。
 現在進行形、だな……」
 それなりに「調べ」はついているようなので、荒野はイザベラの言葉に頷いた。ボランティアや学校での活動、孫子の会社……など、例を挙げていけば際限がないくらいだ。どれもまだ初動段階で、現状での影響力はたいしたものではないのかも知れないが、時間が経過するにつれて、周囲に及ぼす影響も大きくなっていく……と、予測される。
 イザベラも指摘するように……今や、荒野たちは、決して、無力な未成年の集団ではないのだった。
「……具体的なことは、お互い、いやというほど分かり切っておるから、個々の事例は挙げんがの……」
 イザベラは、テレビにかぶりつきになっている三人組の背中を指さした。
「……わしが特に注目したのは、その子らが開発した、っちゅう監視カメラ用の顔認識システムじゃ。
 あれ、ごく短時間で開発したっちゅう噂が、嘘やはったり、ちゅうことじゃあなく、誠のことなら……新種が一般人社会に与える影響力は、一族の比ではなかとよ……」
「……本当だよ」
 それまで黙ってテレビの映像を見ていたガクが、振り向きもせずにそう答える。
「あれ、ボクが開発した。
 かかった時間は……だいたい一晩、だったかな?」
「基幹部分だけなら、ね」
 テンが、やはりテレビから視線を逸らさずにガクの言葉を補足する。
「それから、孫子おねーちゃん経由で貰った要望に沿って、いろいろ手を加えて、実用化段階にまで落とし込む手間がかなりかかっているし……。
 そういうのは、相手の話しを聞きながら変えていくわけだから、基幹部分の開発よりもよほど時間がかかる……」
 二人がテレビから目を離せないのは、空から落ちてきた少女とその少女を拾った少年と、どこからか沸いてきた軍隊との追いかけっこが、佳境に入っていたからだ。少年と少女の二人連れは、大人たちの追跡を、地の利や少年の顔見知りの大人たちの協力を得て、うまく躱していく……。
「……いずれにせよ、通常の工程を踏むよりは、ずんと短い。
 あれだけ画期的なシステム、時間や予算をいくら与えられても、普通なら思いつきもしないし、思いついても、あれだけエレガントに形にできるもんではなか……と、うちが抱えておる専門のもんも、いうておった……」
「……分析させているのか……」
 荒野は、納得した様子でイザベラの言葉に頷いている。
 イザベラは、ここでの詳細を可能な限り調べ尽くした上で、ここに来た……という荒野の予測が、またひとつ裏付けられたことになる。
「加納のも、少し考えてみりゃ、容易に見当がつくじゃろ?
 超人的な能力を持つ個体が、なんぼかぽつねんと存在しておるのと、それと、そうした個体がごく普通の一般人でも扱えるモノを次々と開発していくの……どちらの方が、一般人社会に甚大な影響を与えるのか……」
「……少しは、考えていたけどな……」
 荒野は、ゆっくり首を振る。
「それ以前に、もっと差し迫った問題がいろいろあったんで、そういった大局的な問題は、後回しにしていた……」
 答えながら、荒野は、イザベラについて、「……Strange Loveの娘だな、やはり……」と思う。
「新種たちが一般人社会に与える影響」の大小を考察する、などという思考は、同年配の一般人はもとより、一族の大人でも、なかなか出来るものではない。
「差し迫った問題……例の、おんしらが悪餓鬼たら、いうている奴らのことか?」
 イザベラは、軽く眉を顰めて見せる。
「そんなん、こうして一族の戦力が結集しつつある今では、単なる障害物にすぎんじゃろ?」
「障害物、という点には同意するけど……そうやって、ことさらに軽視するのはどうかな?」
 ……イザベラの思考は、戦略的な方向に片寄り過ぎて、目の前の問題を軽視する傾向がある……と分析しながら、荒野は反論する。
 イザベラは、自身が直接戦うのではなく、様々な手駒を効率的に動かすような教育を、受けて来ているのだろう。
「相手の実力や背景がよくわかっていないってのもあるし……それ以外に、無関係の一般人を巻き込んでの破壊工作でもされたら、戦力的にどんなに優位に立っていようが、こっちは完全にお手上げだ……。
 すでに、そういう警告めいた行為にも、前例がある……」
 荒野は、「悪餓鬼」たちとは、お互いに正面からぶつかり合って雌雄を決する……という分かりやすい決着の仕方はしないだろう……と、漠然と予測している。
 相手がどういう動機で動いているのか、判断するデータが不足しているから……ということもあったが、何となく、力づくで押さえ付けられるような、単純な手合いではないのではないか……という予感を、漠然と感じていた。
「……そうか。
 加納のも、悪餓鬼たらいうやつらには、まだまだ裏があると思うておるのか……」
 今度は、イザベラが思案顔になる。
「……っていうか、正直にいうと、やつらが、なんでおれたちにちょっかいを出してくるのか……それが、よく分からないんだ……」
 荒野は、かなり率直な意見を述べる。
「過去の怨恨……ったって、そんなもん、やつらにしてみれば、自分らが生まれる前の話しだろ?
 背後にやつらを操っている大人がいる……と仮定してみても……一族のなかでしかるべき地位にいるものとか、過去に新種たちの計画に携わった者が狙われるならともかく……なんで、おれたちなんだ?
 第一、やつら悪餓鬼どもが、ここの三人や茅たちと同等以上の能力を持っていたと仮定して……そんなやつらが、黙って周囲の大人たちのいうとおりに動くものなのかなぁ……」
 荒野の「悪餓鬼ども」に関する意見は、どうしても疑問形で締めくくられる。具体的なデータが揃っていない以上、どうしてもそうなる。
「……ともかく、何をやらかすか、予測がつかない……っていうのが、やつらに関するおれの評価で……だから、現状を維持しつつ、やつらの尻尾を掴もうと思っている」
「加納のは、自分たち以外に、被害が広がることを極端に恐れている」
 イザベラは、平静な声で指摘する。
「加納の積極的な動きを封じることが、やつらの狙いだとしたら?」
「その可能性は、十分にあると思うけど……」
 荒野は、肩を竦めた。
 荒野のような者を相手にする場合、牽制して動きに掣肘を加えようとするのは、別に不可解なことではない。
「……仮にそうだとしても、こっちは、その思惑に乗るよりほかない……」
 というか……商店街にセコい催涙弾を使用した目的は、それ以外に思いつかない。




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彼女はくノ一! 第六話 (100)

第六話 春、到来! 出会いと別れは、嵐の如く!!(100)

「……ほれほれ。
 みなさん、ぐーっといったってや。せっかくの出会いの宴じゃけ……」
 いつの間にか、孫子も連座していて、香也、楓、孫子の三人にグラスを持たせ、イザベラがそれぞれのグラスに酒をなみなみと満たしている。
 ……これは、一体どういうシュチュエーションだろう……といった意味のことを、香也、楓、孫子の三人は、それぞれに思った。イザベラに悪気がないのは理解できるが、今日であったばかりでこれほど親密な態度を取るイザベラのパーソナリティについては、三人の理解の外にある。
「……の、飲むのは、いいんですけど……。
 そうなると……歓迎の宴、ということになりますと、イザベラさんも主賓ということになります。
 まずは、イザベラさんから、ぐーっと……」
 基本的に人が好く、疑うことを知らない楓までもが、変な警戒心を持ちはじめていた。
 イザベラは、楓が一升瓶を引ったくったことに、特に警戒心を働かせることもなく、
「……おっとっと……」
 などといいながら、楓が注いだ酒をグラスで受け、その上で、一気に飲み干し、その後に、
「……ぱぁっー!
 うまかぁー!」
 などと感歎した。
 見事な飲みっぷりである上、リアクションにおやじが入っていた。
 その上、
「ささっ。
 皆様も、遠慮せずに、どんぞ……」
 などと、どこのものともわからない奇妙な訛りで、三人にも飲むように勧める。
 今度は断るわけにもいかず、香也、楓、孫子の三人は、一口、酒をすすった。アルコールに対する耐性としては、三人とも、決して弱い方ではない。
「……あなたに、聞いておきたいことがあります……」
 孫子が、イザベラの目を見据えて、単刀直入に尋ねた。
「……イザベラ……。
 貴女の目的は、いったいなんですの?」
 ジュリエッタやホン・ファ、ユイ・リィなどについては、今までの経緯から、「ここに来た理由」というものが理解できている。しかし、イザベラに関しては、そのような話題が出てきていない。
「……目的?」
 イザベラは、孫子にきつい目線を送られても動じることなく、飄々とした口調で答えた。
「……特にこれといった目的は、ないんじゃがのう……。
 面白そうじゃから、様子を見に来た……というだけでは、駄目なんかのう?」
「……目的なし、面白そう……」
 孫子が、イザベラが言ったことを鸚鵡返しにして、眉間に皺を寄せる。
「……Strange Loveの跡取りが、そんなに軽々しく動けるものですの?」
 孫子は、イザベラの動きに何か裏があるのではないか、と勘ぐっている。
「本当なら、動けんのじゃろうが……そこはそれ、わしには姉崎のネットワークがあるし……」
 イザベラは、肩を竦める。
「それに……おんしも、才賀の後継者やっとったんなら覚えがあると思うが、ええとこの子弟というのも、これでなかなか疲れるもんなんよ。
 向こうのええとこのおなごが通う学校なんぞ、肩が凝るだけでな。わしが行っておったのは、全寮制での。ありゃあ、異様な世界じゃった……」
「才賀の後継者やっとった……ではなく、わたくしは、今現在も、後継者です」
 孫子は、イザベラの発言の中の過去形を、律儀に現在進行形に修正した。
「……つまり、異様な世界だった全寮制の学校から抜け出すために、姉崎のコネクションをフルに活用して逃げ出してきた……と……」
 孫子も、その手の「世界」の異様さに身に覚えがあるので、イザベラの境遇は何となく想像が出来た。
「……平たくいえば、そういうこっちゃな……」
 イザベラは、悪びれた風もなく、孫子の言葉に頷く。
「向こうの全寮制の学校、いうたら、生活態度や学業だけではなく、思想的な面も含めて、生徒をぎちぎちに締め上げてくるからのう……。
 いくら家が裕福であっても、いや、生まれた家が上流であればこそ、相応のソサエティの色に染めようとしてきおる。
 それも、ごく自然に……」
「……わかります」
 全寮制ではなかったものの、同様の学校に通った経験がある孫子は、共感を込めて頷いた。
「あの中だけで完結した小世界……。
 馴染んでしまえば居心地がいいのかも知れませんが、その中では、自分は異邦人でしかない……ということを自覚している者にとっては、煉獄です……」
「……そうじゃ、そうじゃ……」
 イザベラも、したり顔で頷いた。
「……姉崎なり才賀なりの出自を持つわしらは、良くも悪くも、完成された小さな世界に閉じこもって満足できる柄ではなか。
 世界の複雑さと広大さを認識しておるけん、目をつむり耳を塞いでも、ほんの少し外で進行している矛盾や軋轢を無視することが出来ん……」
「……noblesse oblige……ですわね……」
 孫子も、頷く。
「そうじゃ、そうじゃ……」
 イザベラは、パチパチと手を叩いた。
「……わしらが富者たるゆえんは、財力だけはなく能力やコネクションも含めて、一般人より秀でおるということになるが……ともかく、ここでは目下、そのアドバンテージを死蔵せず、全開にしてもええよう、社会の方を改良する実験をしておるところなのじゃろう?
 ええ?
 加納の?」
 最後の言葉は、すぐそばでそのやりとりを聞いていた荒野に向けられたものだった。
「……実験……それに、高貴なる義務か……」
 荒野は、一人呟いてから、イザベラに向かって頷いてみせる。
「意図的にそうなるようにし向けた……わけではなく、結果的にそうなった……ってだけのことだけど……だいたいの方針としては、間違っちゃいないな……」
 一般人と一族の共存を目指す……ということは……最終的には、公然とその能力を全開にしても問題がない環境を作る……ということになるのだろう。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(358)

第六章 「血と技」(358)

 そのイザベラというのも、よくわからんヤツだよなぁ……と、荒野は思う。イザベラは、ぱたぱたと居間中を歩き回りながら、「よろしゅうに」とか「今後も、どうぞ」などといいながら、見境なくみんなに酒を注ぎ回っている。
「……どういう人種だ、あれは?」
 ホン・ファが荒野に近づいてきて、視線でイザベラを追いながら、荒野に小声で尋ねてきた。
「さぁ……」
 荒野は、肩を竦める。
「おれも、あいつとは初対面なわけだし……」
「……不可解だ。
 ああいう、何を考えているのかわからない相手が、一番、対応に困る……」
 バスタオルを頭に巻いたホン・ファは、思いっきり不機嫌な表情になっている。
「そうか……」
 荒野は、訳知り顔でうんうんと頷いた。
「ホン・ファは、何を考えているのかわからない相手が苦手か……」
「……それが、何か問題か?」
 ホン・ファは、少し険しい顔をしながら、荒野を軽く睨んだ。
「問題、ということもないんだが……」
 荒野は、真面目な顔をして答える。
「ただ……学校のヤツらとつき合うようになると、苦労はするだろうなぁ……と……」
「……学校?」
 ホン・ファが、眉毛を片方だけ、あげた。
「学校には、あんなのがごろごろしているのか?」
「あんなの……というよりも、もっと訳がわからないのが、ごろごろしてるし……」
 荒野は、やはり真面目な表情で答える。
 飯島、玉木、徳川……思い返してみても……確かに訳がわからないヤツらばかりだった。
 このうち、イザベラの人なつっこさは、飯島舞花のものに近いかな……という気は、するが……。
「……そ、そんなに、カオスな場所なのか……。
 日本の、学校というのは……」
 ホン・ファは、荒野の真面目な表情をみて、荒野の言葉を本気で受け止めている。
「カオスといわれれば、カオスだな……。
 実際、荒事とか修羅場のさなかに身を置く方が、よっぽど気が楽だと思うことが多いよ……」
 荒野がしみじみとした口調でそんなことをいったもので、ホン・ファが、目を見開く。
「……パ……パイランが……それをいうのですか……」
 数秒の間を置いて口を開いた時、ホン・ファの声は震えていた。ホン・ファは、荒野の近過去の噂を、かなり身近に聞く機会が多かった。
「が、学校というのは……そ、そんな場所なのですか……」
 それで、「……あの、パイランが、戦慄している……」などという、誤った印象を、「日本の学校」に対して抱いてしまう。
 荒野は「ここではその名前で呼ぶのは勘弁してくれて……」と前置きしてから、
「まあ……具体的に説明するよりも、実際に体験して貰った方が、良く理解できるだろう……」
 などと、荒野が軽く首を振りながら、気持ちを込めた口調で思わせぶりなことをいったもので、ホン・ファはさらに不安になった。
 ホン・ファは、想像力が豊かで、なおかつ、他人の言葉を真に受ける素直さを持っていた。

「……ほれほれ。
 みなさん、ぐーっといったってや。せっかくの出会いの宴じゃけ……」
 荒野とホン・ファがそんな会話をしている間に、イザベラは、香也と楓、それに孫子にグラスを持たせ、なみなみと酒をついでいる。
 香也、楓、孫子は、戸惑った顔をしてお互いに目配せをかわし合っている。イザベラの対応はこれまでに出会ってきた一族の者たちとの対応とは、まるで違った。
 正直、三人とも、イザベラが何を考えているのか測りかねていた。
「……の、飲むのは、いいんですけど……」
 楓が、意を決してイザベラに話しかける。
「そうなると……歓迎の宴、ということになりますと、イザベラさんも主賓ということになります。
 まずは、イザベラさんから、ぐーっと……」
 楓はそういって、イザベラにも空のグラスを持たせ、イザベラの手から一升瓶をもぎ取って、なみなみと酒を注ぐ。
「……おっとっと……」
 イザベラは、特に慌てた風もなく、グラスをしっかりと持ち、楓が酒を注ぎ終えるのを待ってから、
「……こりゃどうも。
 ほんじゃ、失礼して、お先に……」
 といって、いかにもうまそうな表情をして、ごくごくとグラスの中の酒を一気に飲み干した。
「……ぱぁっー!
 うまかぁー!」
 いい飲みっぷりであり、明らかに飲み慣れた挙動でもあった。
 一気のみをした後、イザベラは、そう感想を述べて、
「ささっ。
 皆様も、遠慮せずに、どんぞ……」
 と、勧める。
 香也、楓、孫子は、ちらちらと横目でお互いの表情を伺ってから、ほぼ同時にグラスに口をつけた。三人とも、未成年ながら、決して酒に弱い方ではない。しかし、酒豪というわけでもなかったので、イザベラのように一気にグラスを乾す、などという無茶な飲み方はせず、いくらかを嚥下したところでグラスから口を離した。
「……あなたに、聞いておきたいことがあります……」
 孫子が、若干頬を赤く染めて、イザベラを見据える。
「……イザベラ……。
 貴女の目的は、いったいなんですの?
 ジュリエッタは、出稼ぎ。ホン・ファとユイ・リィは、新種たちの見極めと社会見学……。
 貴女がここに来た目的が、わたくしには一番、想像できません」
「……目的?」
 イザベラは、孫子に見据えられても特に動じる様子もなく、にこやかな表情で首を捻ってみせた。
「……特にこれといった目的は、ないんじゃがのう……。
 面白そうじゃから、様子を見に来た……というだけでは、駄目なんかのう?」
 そういった時のイザベラは、虚勢を張ったりや芝居をしているようには見えなかった。





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彼女はくノ一! 第六話 (99)

第六話 春、到来! 出会いと別れは、嵐の如く!!(99)

 居間の中は、大きくわけて、茅やホン・ファ、ガク、ノリなど、DVDを再生しはじめたテレビの前にかぶりつきになる子供たちの組、それに、ゆっくりと酒盛りをはじめる真理や羽生、三島や舎人の組との二手に別れていた。いや、そのどちらにも属さない、荒野や香也、楓、孫子などのグループも存在していたので、実際には三グループに分かれていたことになる。いずれにせよ、銘々のスタンスでゆっくりと寛いでいる、という感じだった。
「……ところで……」
 孫子は、荒野に向かっていった。
「あなた……いつまで、食べていますの?」
 荒野は、この期に及んでも、まだ箸を使って食事を続けていた。
「……いや、食える時は、食えるだけ食っておこうと思って……。
 料理も、うまいし……」
 荒野は平然と答えて、ペースを崩さずに箸で食物を口の中に放り込んでいる。「そういいながら、もう二時間くらい、食べ続けているし……」
 孫子は、呆れたような表情を浮かべて荒野を見ている。
 当初、茅やガク、ノリ、現象なども、荒野と並んで健啖ぶりを発揮していたが、今でも食べ続けているのは荒野だけだった。
「……そういう体質なんだよ……」
 荒野は、箸と口を動かす合間に、そんな風に答える。
「……加納って、家でもいつもこんな感じなの?」
 孫子は、今度は身体の向きを代えて、茅に問いかける。
「……いつもこんな感じなの」
 茅は、テレビの画面から目を逸らさずに、素っ気ない口調で答えた。
「茅のと合わせて、最近では十人分くらいの食費がかかるの」
 何気ない口調で茅にそういわれ、孫子は、どこまで本気で受け止めていいものかどうか、判断出来なくなる。
「「……そういえば……」」
 そのやりとりを聞いていた酒見姉妹が、声を重ねる。
「「……材料がなくなるペース、早いですねぇ……」」
 この二人は、茅の下校につき合う関係で、買い物にも同行する機会が多く、茅と荒野の「台所事情」についてもそれなりに詳しい。
「……加納も二宮も、どっちも大食らいだからなぁ……」
 コップ酒をちびちび舐めていた舎人が、口を挟む。
「荒野の場合、両方の血を引いているから……」
「……荒野もアレだ。
 いろいろと非常識なヤツだが、なんだな、代謝系が通常とは違うんじゃないのか?」
 三島も、便乗する形でそんなことを言いはじめた。
「……たまには医者らしいことをいうこともあるんだな、先生……」
 舎人は、まじまじと三島の顔を見返す。
「運動量を考えると、多少の大食らいではとてもじゃないが追いつかないくらいなんだがな……」
 三島は、不躾な舎人の視線は気にした風もなく、淡々とした口調で続ける。
「……カロリーの問題もあるし、瞬発力とか……その時、身体にかかる負担とかを考えると……運動量だけでは解決できない問題が、多いんだが……」
 三島は自分の思考の中に沈み込む表情をして、ぶつくさと呟き続け、その後、不意に顔を上げて、
「……本当に非常識なヤツらだよな、お前ら……」
 と、荒野にいった。
「……いや、非常識なのは、否定しませんけどね……」
 相変わらず箸と口を動かす合間に、荒野は短く答える。
「……あなた……」
 半眼になった孫子が、荒野にいった。
「……食べている時は、本当に幸福そうですわね」
「うまいもの限定で、だけどな」
 荒野は即答した。
「最近、これ以外に楽しみがないし……」
 そのやりとりを間近で聞いていた香也は、「……平和だな……」と思った。
 香也は、炬燵にあたりながら、例によってスケッチブックを開いて鉛筆を走らせている。
「……ソードダンサーじゃな……」
 その香也の手元を覗き込んで、囁いた者がいた。
 香也は、突如目の前の視界を塞ぐように突き出された、濡れた赤毛をみて、若干のけぞる。
「……ちょっくら、絵を見せて貰っているだけじゃ。
 そうそう、大仰に驚くこともないじゃろ……」
 風呂上がりのイザベラが、上気した顔を香也の方に向けて、歯を見せて笑った。
「……んー……」
 香也は、のけぞった姿勢のまま、唸る。
 確かに、この時、香也は、日中にみたジュリエッタの姿を描いていたわけだが……こういう「無邪気な押しの強さ」の持ち主も、今まで香也の身の回りにいなかったタイプだ。
「……見たいのなら、どうぞ……」
 と、香也は、スケッチブックを開いたまま、イザベラの前に押しつけて、立ち上がろうとする。
「……おっ……」
 イザベラは、スケッチブックを受け取りながら、さらに、香也の腕を取って、立ち上がりかけた香也を座らせる。
「……まぁまぁ。
 別に、取って食おうってわけではないし、邪魔をするつもりもなかけん……。
 そんまま、そんまま……」
 香也の背中に回って、香也の肩に両手を添えて、体重をかけて押し下げる。
「……最強のお弟子さんも、そんな、うらやましそうに睨まんと……」
 イザベラは、自分を睨んでいた楓に向かってウインクをしてみせる。目鼻立ちがはっきりとした、いかにも白人といった顔をしたイザベラがそんな表情をすると、実に様になるな……などと、楓は思いながら、楓は、気後れしながら、
「べ……別に、そんなんじゃないですけど……」
 目線を逸らして、どもり気味に答えた。
「……ええから、ええから……」
 イザベラは、空のグラスを取りだして、香也と楓の手に握らせ、こぽこぽと一升瓶を傾ける。
 背後で、
「……あっ。
 いつの間に!」
 などという三島の声が聞こえたが、イザベラは特に頓着するということもなく、
「……さあさ、ぐーっといきまっしょ。
 お二人とも、いける口でしょ?」
 などと、楓と香也に笑いかける。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(357)

第六章 「血と技」(357)

「……んー……」
 香也は、ボクもぼくも、と背後でいいたてるノリや現象のことはとりあえずスルーして、ユイ・リィに問いかける。
「絵、描きたいの?」
「描きたい、っていうか……」
 改めてそう問いただされると、ユイ・リィは、自分が本当はなにをしたいのか、よくわからなくなる。
「……師父の動きを、こんなに明瞭に描くのは……描けるのは、すごいと思う……」
 そういって、ユイ・リィは、スケッチブックに描かれたフー・メイの姿を指さす。
 簡潔な線で身体の輪郭を軽くなぞった程度のスケッチで、顔も描かれていないくらいだったが、制止した絵であるのにもかかわらず、その動きは、明瞭すぎるほどに、わかる。シンプルな香也の線は、フー・メイの肢体の輪郭を切り取ることで、筋骨に込められた力の大小までもを的確に表現していた。
「……んー……」
 香也は、特に謙遜する口調でもなく、平然と返す。
「……あの人のは、手足の動きが速すぎて、ほとんど見えなかったんだけど……。
 ……ここに描いたのも、ほとんど、あの人が動きを止めている時のものだし……」
 香也は、そういうと、ユイ・リィはやおら立ち上がり、。
「でも……よく、見てる。
 ……そこのページの動きを、ゆっくりと再現してみる」
 と、前置きし、その場で一通り手足を振り回し、香也に演舞をしてみせた。
「これが……いろいろな状況に応じて対応できる、基本的な型……。
 今度のは……見えた?」
 ユイ・リィが香也の方に顔を向けたことで、香也ははじめて自分に見せるために、わざわざユイ・リィがそれをやってくれたのだ……ということを、ようやく悟った。
「……んー……。
 見えた……」
 香也は、短く呟き、開いていたスケッチブックに、ざっ、ざっ、ざっ、と、鉛筆を走らせる。ざっと見た感じでは、ラフに腕を動かしているようにしか見えないのに、スケッチブックの上には、小さなユイ・リィの姿が、見る間に現れた。
 簡単な線で構成されたスケッチだったが、その代わり、無駄な線も一本もなく、的確に描きだしていく。
「……おー……。
 どれどれ、見せてみ……」
 いつの間にか香也の背後に羽生がにじり寄り、香也の手からスケッチブックを取り上げた。
「……んー……。
 これは……ほぼ、同じ大きさだし……」
 とか、ぶつくさいいながら、羽生は、香也の手から取り上げたスケッチブックから、たった今、香也が描いたページを破り取り、それを丁寧に折りたたんで、手で、何分割かに、千切った。
「……ほれ。
 こうすりゃ、動きがよくわかるでよ……」
 羽生が、千切った紙の端っこを指で押さえて、もう一方の手でぱらぱらと紙をめくってみせると……確かに、描かれたホン・ファが、動いているように見える。
「……動いてる……。
 それに、姉様の動きと、そっくり……」
 それまで黙って成り行きを見守っていたユイ・リィが、目を丸くして、呟く。
「……パラパラマンガ、知らんの?」
 羽生は、「最近の子は、ノートとか教科書の隅に落書きとかしないのかな……」などとぶつくさ言いながら、一度、席を外し、すぐにDVDのケースを持って居間にかえってくる。
「……よしよし……。
 ほんじゃ、ま。
 おねーさんがよい子たちに、いいもん、見せてあげよう……」
 といいながら、羽生は、DVDをプレーヤーにセットし、居間のテレビが映像を再生しはじめると、ユイ・リィだけではなく、茅やノリ、ガク、それに現象までもが、テレビの前に集まり出した。
「……こんで、しばらくは静かになるかな……」
 と、羽生は呟く。
「……子供を静めるのには、ジブリだな……」
 三島も、頷く。
「下手すると……大人までもが見入っちゃうのが難点なんですが……」
 羽生も、頷き返した。

 しばらくして、借り物のパジャマやスウェットに身を包んだ風呂上がりのジュリエッタや酒見姉妹も、茅たちと一緒にテレビ前に陣取る。梢やホン・ファも、身を乗り出して夢中になる、というところまではいかなくとも、少しはなれたところでそれなりに熱心に鑑賞していた。

「……ほー……」
 その間に、今度はイザベラが、香也のスケッチブックをぱらぱらと見返して、素直に関心してみせた。
「……若いのに似ず、たいしたもんじゃな……」
「若いのに似ず、って……」
 荒野が、同年配のイザベラの言いように、苦笑いしてみせる。
「……たいして変わらないだろう、年齢的に……」
「……あっ。いや……。
 そういうことではなく……ここまで描けるようになるには、かなり練習しなければならなかったのではないか……ということでな……。
 今の年齢で、ここまで描ける、ということは……それこそ、幼い頃から、かなり描き続けてきたのと違うか……と、そう思ってな……」
 イザベラは、スケッチブックから顔をあげて、香也を見据えた。
「……おんし……。
 一般人の子供が……なんで、ここまで、絵にのめり込めるんじゃ?」
 香也の本質を衝く質問を、いきなりぶつけてきた。
 ……それなりに、鋭いところもあるのかな……と、荒野は、イザベラの洞察力を評価する。
「……んー……」
 香也は、例によって、間延びした声で答えて、
「……よく、わからない……。
 確かに……気づいた時には……いつも、絵ばかり描いてたけど……。
 そういえば……なんでだろう?」
 しきりに、首を捻っていた。
「……絵を描くのが、好きなんじゃないのか?」
 荒野は、助け舟を出すつもりで言葉を挟む。
「好きか嫌いか……っていったら、好きな方だけど……そういうの、改めて考えたことなかったし……ただ……」
 ……描いていると、落ちつくんだよね……と、香也は、いった。
「……強いていえば、絵を描いていると、落ち着くから……かなぁ……」
 それが、イザベラの「なんで絵ばかり描いているのか?」という質問に対する、香也の答えだった。
 どうも、香也は……傍目にそう見えるほど、強烈な情熱を持って絵を描いているわけではないらしい。少なくとも、本人が自覚している限りにおいては。
 本人が意識しているのと、実際の行動との間にあるギャップは……いったい、どういうことなのだろう……と、荒野は、少し疑問に思った。




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彼女はくノ一! 第六話 (98)

第六話 春、到来! 出会いと別れは、嵐の如く!!(98)

 食事が終わると、羽生が酒瓶を持ち出して、酒宴がはじまる。
 最初のうち、舎人は「……運転するから……」とかいって羽生の誘いを断っていたが、「明日、日曜だし、雨が降ってきたし、いっそのこと、泊まっていっちゃえば?」という羽生の甘言と、それに、大勢の女性たちに囲まれて一斉に勧められ、結局はしぶしぶコップ酒を舐めはじめる。
 舎人はごつい大男、といっていい体格の持ち主だったが、そうした舎人が悪意のない女性たちに囲まれ、詰め寄られ、背を丸めながらしぶしぶ従う様子は、それなりに見物ではあった。
 舎人が飲みはじめるのと前後して、羽生と真理、三島は、シルヴィ、ジュリエッタ、イザベラら、ホン・ファとユイ・リィらと酒見姉妹、梢らを風呂に誘う。シルヴィと酒見姉妹を除けば、全員長旅の直後でもあり、三島らが「日本風の風呂」の長所をいくつか挙げたこともあって、香也の絵に興味を持ったユイ・リィ以外はその誘いに従い、彼女らはテンに先導されて風呂場に向かった。

 ユイ・リィはといえば、香也の絵に興味を持ったようで、先程からじっと香也の手元に視線を据えて、動こうとはしない。
 そんな様子をみて、羽生がのんびりした口調でユイ・リィに問いかける。
「……ユイ・リィちゃんは、絵に興味があるのか?」
 ユイ・リィは、しばらくの間を置いて、ぽつりと答える。
「……わからない……」
 ユイ・リィは、続けた。
「今まで……絵を描く人、知らなかったし……。
 でも、この人の手……魔法みたい……」
 と、香也のスケッチブックを指さす。
「……さっ、さっ……って、動くと、師父の姿が、紙の上に現れる……」
「……んー……。
 ……魔法じゃ、ない。
 強いていえば、技術……。
 ぼく程度になら……時間さえかければ、誰でも、描けるようになる……」
 香也は、淡々と答えた。
「……誰でも?」
 ユイ・リィは、まともに香也の目を見返して、首を傾げた。
「ユイ・リィにも……それ、出来る?」
「……出来るよ」
 と、香也は軽く頷いた。
 背後で現象が「……ぼくも最近、描きはじめた……」とかわめきだしたが、誰も気に止めなかった。
「……師父の動きを、こんなに明瞭に描くのは……描けるのは……すごいと思う……」
 そういって、ユイ・リィは、スケッチブックに描かれたフー・メイの姿を指さす。
 簡潔な線で身体の輪郭を軽くなぞった程度のスケッチで、顔も描かれていないくらいだった。が、ユイ・リィの目には、その制止した絵から、明瞭すぎるほどに、師父の動きを感得することができた。
 シンプルな香也の線は、フー・メイの肢体の輪郭を切り取ることで、筋骨に込められた力の大小までもを表現している。
 故に、その絵に描かれた次の瞬間の師父の動きが、ユイ・リィには、ありありと予測できた。
「……んー……」
 香也は、特に謙遜する口調でもなく、平然と返す。
「……あの人のは、手足の動きが速すぎて、ほとんど見えなかったんだけど……」
 香也の動態視力はあくまで人並み程度にとどまり、めまぐるしく動き続けたフー・メイの動きよりは、一振りごとに銀色の軌跡を残すジュリエッタの剣撃の方が、まだしも視認しやすかった。
「……ここに描いたのも、ほとんど、あの人が動きを止めている時のものだけだし……」
 香也は、そう付け加える。
「でも……よく、見てる」
 そういって、ユイ・リィが立ち上がった。
「……そこのページの動きを、できるだけゆっくり、再現してみる。
 こう構えて……」
 立ち上がったユイ・リィは、緩慢に見える動作で両腕を前につきだし、確かにスケッチブックの中のフー・メイとうり二つの姿勢となった。
 特に力んだ様子もないのに、身体全体に、力が漲った……ように、見えた。
「……ここから……こう、とか……こう、とか……」
 ユイ・リィが手足をひと振りするごとに、ユイ・リィの小さな身体の周辺で、ぶぃん、とか、ぶぉん、とかいう大きな音と風が発生した。
「ゆっくりと再現」とユイ・リィ自身がいったとおり、フー・メイの時ほどにはシャープな印象はなく、かなり迫力に欠けたが、それでも、間近で見ていた香也は顔に、かなりの風圧を感じた。
「これ……いろいろな状況に応じて対応できる、基本的な型だから……。
 今度のは……見えた?」
 ユイ・リィが、香也の方に顔を向け、問いかける。
 そこまで来て香也は、「自分に見せるために、ユイ・リィが、わざわざ演舞をしてくれたらしい……」ということに、ようやく気づいた。
「……んー……。
 見えた……」
 香也は、短く答えてスケッチブックをめくり、新しいページに、小さく、何種類かのユイ・リィの姿をさらさらと描きだす。
「……早い……」
 その香也の手元を覗き込んで、ユイ・リィが、呟く。
 香也がその場で素早く描き上げて見せたのは、やはり、簡単な線で構成されたスケッチブックで、ついいましがたのユイ・リィの動きをかなり正確にトレースしたものだった。単純な線で構成された小さなユイ・リィが、A4の紙の上に、少しづつ姿勢を変えて、何体も並んでいる。
「……おー……。
 どれどれ、見せてみ……」
 香也が描き終わるや否や、いつの間にか香也の背中ににじり寄り、肩越しににじり寄っていた羽生が、香也の手からスケッチブックを取り上げる。
「……んー……。
 この絵は……ほぼ、同じ大きさだし……」
 とか、ぶつくさいいながら、羽生は、香也の手から取り上げたスケッチブックから、たった今、香也が描いたページを破り取り、それを丁寧に折りたたんで、何分割かに、手で千切った。
「……ほれ。
 こうすりゃ、動きがよくわかるでよ……」
 羽生が、千切った紙の端っこを指で押さえて、もう一方の手でぱらぱらと紙をめくってみせると……確かに、描かれたユイ・リィが、動いているように見える。
「……動いてる……。
 それに、姉様や師父の動きと、そっくり……」
 それまで黙って成り行きを見守っていたユイ・リィが、目を丸くして呟く。
「……パラパラマンガ、知らんの?」
 羽生が、ユイ・リィに尋ねる。
「最近の子は、ノートとか教科書の隅に落書きとかしないのかな……」
「……絵が動いている。
 こんなの、はじめて……」
 ユイ・リィは、目を丸くして、ただただ、驚いている。
「原始的なアニメーションなんだがな……。
 わかる? アニメ?
 テレビとかで見たことない?」
 羽生は、丁寧な口調でユイ・リィに説明する。
「……ない」
 ユイ・リィは、しょぼーんとした感じでうなだれ、羽生の言葉に答えた。
「テレビとかネットは、俗悪な内容のものが多いから、って……師父が……」
「……禁止されていたんか……」
 羽生が、関心したような、呆れたような口調で息をつき、ゆっくりと首を振った。
「……よしよし……。
 ほんじゃ、ま。
 おねーさんがよい子たちに、いいもん、見せてあげよう……」
 そういって羽生は軽やかな足取りで一旦居間を出て行き、DVDのケースを手にしてすぐに戻ってくる。
 羽生が持参してきたDVDをプレーヤーにセットし、居間のテレビで再生しはじめると、ユイ・リィだけではなく、ガクやノリ、茅までもがテレビの前ににじり寄って画面を見はじめた。画面の中では、ゴーグルで顔を隠した、太った老嬢が、銃身の太い短銃でぽんぽん催涙弾を発射しながら、
「……ひこーせきだよー……」
 とか、わめいている。
 逃げまどった少女が、飛行船の縁から指を滑らせて落下してセピア色のオープニング映像が流れる頃には、子供たちは、すっかり画面の中の世界に視線を釘付けになっていた。




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天空の城ラピュタ 天空の城ラピュタ
田中真弓、横沢啓子 他 (2002/10/04)
ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント

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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(356)

第六章 「血と技」(356)

 しばらくして、だいたい食事が終わる頃になると、羽生が、
「……まぁ、まぁ、まぁ……」
 とかいいながら、一升瓶を持ち出してくる。
「外、雨が強くなってきたし、明日は日曜だし、もう少しゆっくりしていていいでしょ?
 子供たちの方も盛り上がっているし……」
 そういって羽生は、香也の周囲にまとわりついているユイ・リィと楓、孫子を指さす。
 ユイ・リィが、香也に絵を描くようせがんで、香也がそれに応じている形だった。
 ホン・ファとイザベラは、少し離れたその様子を見守っており、それ以外の荒野や茅、は、ペースを崩さずに黙々と食事を続けている。現象は、もはやその四人ほどの食欲はなくなってきた様子だったが、それでも妙な意地を張ってきたのか、箸を止めようとはしない。
 ジュリエッタと梢、シルヴィなどが交代で台所と往復して食料を補充していた。
 三島などは、その風景をみて、
「……かなり余裕をもって作っておいて正解だったな……」
 と、呟いた。
「……でも、おれは運転して帰らなければならないし……」
 舎人はそうって、羽生がつきだしたグラスを辞退しようとした。
「いいじゃん。
 泊まっていけば……」
 羽生は、あっさりとそういう。
「……外、久々に土砂降りですよ。
 いいっすよね? 真理さん?
 そっちも、帰っても、別に寝るだけでしょ?」
「「……いただきます!」」
 何故か、酒見姉妹が声を揃えた。
「……未成年が……」
 すかさず、三島が、ぺん、ぺん、と二人の後頭部を平手で叩く。
「……お前らに飲ますくらいなら、わたしたちが優先的に飲む。
 ほら……真理さんも……。
 たまにはぐーっといきましょ、ぐーっと……」
 そういって三島は、真理の手にグラスを押しつけた。
 真理は、「あら、あら、あら……」とかいいながらも、三島に逆らわずにグラスをしっかりと握っている。
「……お風呂、沸いたけど……」
 そんな時に、居間から姿を消していたテンが戻ってくる。
「……ジュリエッタさんとかイザベラさん、入っちゃえば?
 長旅で、こっちに着いたばっかりだって話しでしょ?
 日本風のお風呂は気持ちいいよ。特にこの家のは、広いから……」
 羽生が、すかさず勧めた。
「……ええ、どうぞ。
 ご遠慮なく……」
 なみなみと日本酒が注がれたグラスを手にしながら、真理も羽生の言葉に賛同した後、テンとシルヴィに向かって、
「……テンちゃん。
 皆さんをお風呂場に案内してあげて。
 よかったら、シルヴィさんもどうぞ……」
 などと声をかける。
「……All right……」
 シルヴィは頷き、ジュリエッタとホン・ファに声をかけて立ち上がった。
 ジュリエッタとホン・ファは素直に立ち上がる。その際、ホン・ファは、ユイ・リィにも声をかけたのだが、ユイ・リィは立ち上がろうとはしなかった。
 ユイ・リィは、香也の手元を覗き込むのに夢中だった。
 ホン・ファは、小さくため息をついて、テン、シルヴィ、ジュリエッタ、イザベラなどと一緒に居間を出て行く。
「……梢ちゃんや酒見ちゃんたちも、一緒に入ってきちゃいな……。
 うちのお風呂、相当広いから……」
 羽生は、その三人にも声をかけて即した。
 酒見姉妹はすぐに頷いて立ち上がり、梢は、ちらりと舎人の顔を伺って、舎人が頷くのを確認してから、居間を出て行く。
 その背中に三島が、
「……湯上がりの一杯は、効くぞー……」
 と声をかけた。
 ジュリエッタは、「……おさけー、おふろー……」と歌うような節回しでいいながら廊下に姿を消した。

「……ユイ・リィちゃんは、絵に興味があるのか?」
 羽生が、香也の手元から視線を逸らそうとしないユイ・リィに声をかける。
 ユイ・リィは、羽生を見上げ、数秒、その言葉の意味を把握しかねているような表情で目蓋を開閉させていたが、しばらくの間を置いて、
「……わからない……」
 と、小さく呟く。
 続いて、ユイ・リィは、
「今まで……絵を描く人、知らなかったし……。
 でも、この人の手……魔法みたい……」
 と、香也のスケッチブックを指さす。
「……さっ、さっ……って、動くと、師父の姿が、紙の上に現れる……」
「……んー……」
 一連のやりとりを黙って聞いていた香也が、はじめて手を止めて、口を挟むと、香也がしゃべるとは思わなかったのか、ユイ・リィは一瞬、ぎくりと身体を強ばらせて、小さく後ずさる。
「……魔法じゃ、ない。
 強いていえば、技術……。
 ぼく程度になら……時間さえかければ、誰でも、描けるようになる……」
 香也はユイ・リィの態度にも気づかない様子で、淡々とそんなことを話す。
「……誰にも?」
 一度は香也から遠ざかったユイ・リィは、まともに香也の目を見返して、首を傾げた。
「ユイ・リィにも……それ、出来る?」
「……出来るよ」
 答えたのは、香也ではなく、ノリだった。
「ボクも……ついこの間まで、絵なんか描いたことなかったけど……今では、描いているし……」
「……ぼ、ぼくもだ……」
 現象が、自分の口を掌で押さえながら、よろよろと香也たちがいる方に歩いてくる。
「ぼくも……ごく最近、絵を、描きはじめた……」




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彼女はくノ一! 第六話 (97)

第六話 春、到来! 出会いと別れは、嵐の如く!!(97)

 そんなやり取りをしている間に、食事となる。
 新参のジュリエッタ、イザベラ、ホン・ファ、ユイ・リィも含めて、ずらりと並んだ料理の品評も兼ねた会話が、ひとしきり弾んだ。三島と真理、舎人、ジュリエッタは料理のレピシを交換したり、調理法や味付けについて、情報を交換している。特にジュリエッタは、生の白身魚が、包丁の入れ方によって味が変わってくる、という例を、先程三島が実演して見せたため、日本の料理についてかなり関心を持つようになっていた。

「……こういった料理は、比較的馴染みがあります……」
 そういって、ホン・ファは生春巻きをかざして見せる。
 その後、
「でも……こういったものは、はじめてです。
 流石に、サシミくらいは知っていますが……」
 といって、鯛の兜焼きを指さしてみせた。
 ユイ・リィにいたっては、魚の頭がそのままの姿で「でん」と卓上に上がっている事に対して、かなり違和感を持っているようだった。
「……スシ、サシミー、テンプラー……。
 ニッポンのフード、みんな、おいしいですねー……」
 イザベラは、わざと奇妙なアクセントでそういってから、
「……くいもんに罪はなか。
 それに、そっちも机と椅子以外の足のあるもんんは、たいがいに食う文化じゃろぉ。
 たかだか魚の頭くらいでびくついて、どうする?」
 そういって、兜焼きの目玉に箸を突っ込んで、ぐりっ、乱暴な動作で眼球をえぐりだし、自分の口にほうり込む。
 ユイ・リィが泣きそうな顔になり、ホン・ファが、軽く眉間に皺寄せ、
「……その魚……寄生虫とかは、大丈夫なのですか?」
 などといった。
 ちょうど刺し身を口に含んだところだった現象が、そのホン・ファの言葉を聞いて、複雑な表情になる。
「……種類にもよるけど、海の魚は、だいたい大丈夫だよ。生でも……」
 荒野が、イザベラの代わりに答える。
「種類にもよるんだけど……そういう心配がある食品は、日本の商店には並ばない。寄生虫の心配があるような魚は、刺し身以外の調理方で、食べる。
 衛生的なことをいうのなら……この国は、世界で一番神経質な国だろうね……」
「……刺し身や寿司なんざ、今では世界中で食われているもんじゃと思ったがな……」
 イザベラがそう付け加えると、
「わたしたちは、あまり、食べ歩きなんてできる生活ではなかったから……」
 と、ホン・ファが返す。
「……あちこち、移動してばかりの生活だったし……」
「師父、厳しい。
 修業中は、勝手に外、いっては駄目……」
「……なるほど……」
 荒野は、ホン・ファとユイ・リィの言葉に頷いた。
「……君たちは、あっちこち渡り歩くフー・メイの後を追いながら、英才教育を受けていた……と……」
「……教育ではなく、習練、です」
 ホン・ファは、荒野の言葉を軽く訂正する。
「……我が流派の技を完全に体得するのには、気の遠くなるような時間と精神の集中が必要となります。他のことに意識を向ける余裕は、あまりありません……」
「……でも……」
 今度は、楓が口を挟む。
「お二人は……しばらく、こちらに住むんですよね?」
「そうです」
 ホン・ファは、まっすぐ楓を見返して、返答した。
「……広い世界を見るのも、また習練だ……と、師父はいわれた……」
「……二人の最大の目的は、茅たちの動向を見て、茅たちが技を受け継ぐ資格があるのかどうか、判断すること……」
 今度は、茅が話しだす。
「無論、そうです」
 ホン・ファも、頷いた。
「なによりも、それが先決ですが……同時に、師父は、時間をかけて慎重に観察し、判断を誤るな……とも、いわれました。
 何年かかけても、いいと……」
「どれほど慎重に扱っても慎重すぎることはない……対象……ということですわね……」
 孫子も、頷く。
「この二人の社会教育も、兼ねているとは思うけどね……」
 いいかけ、荒野は、慌てて言葉を付け足す。
「あ。
 決して、お二人を馬鹿にしているわけではなく……」
「……わかってます」
 ホン・ファは、生真面目な顔をして、荒野に頷いてみせる。
「確かに、わたしたち二人は……これまで、世界が狭かった……」
「すぐに慣れるよ、ここの生活も……」
 ガクが、脳天気な口調でいった。
「ボクたちも、すぐに慣れたし……」
「まあ、そうだな……」
 荒野は、こめかみを指先で軽く掻きながら、ガクの言葉に同調した。
「会話に不自由しない以上、特に問題はないと思います。
 何かあったら、シルヴィにでもおれたちにでもいって貰えば……」
「……のう……」
 イザベラが、不機嫌な顔をして口を挟んだ。
「……なんでこの二人のことは心配して、わしのことは心配せんのじゃ?」
「なんで……おれたちが、自分の意志で勝手に飛び出てきた家出娘の心配をしなければならないんだ?」
 荒野は、まともにイザベラを見返して答えてから、大仰にため息をついてみせる。
「それでなくても……心配の種には、事欠かないというのに……」
「……この……」
 イザベラの表情が、少し険しくなった。

 香也はというと、それらのやりとりには関与せず、黙々と箸を動かし、目の前の料理を平らげている。
 半分以上、会話の内容がわからなかったから参加のしようもないし、それ以上に、こうした席が設けられる度に、うまい食事にありつけるのは、香也にしてみても、非常にありがたかった。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(355)

第六章 「血と技」(355)

「……こいつはまた、随分と上等な真鯛じゃないか……。
 それも、二尾も……」
 三島は、静流が取りだした包みを開いて中身を見せると、感歎の声を漏らす。
「……さ、魚屋のご主人とお話ししていて、今日、人が大勢集まるといったら、べ、勉強するから持って行きな、と、いってくれたのです……。
 い、活きのいいのが入ったし、人数が多いんなら、ちょうどいいって……」
「玉木の家か……」
 静流の答えを聞いて三島が頷く。
「……ここの家の連中も、いいお得意さんだからな……。
 まあ、こんだけ立派なのが二尾分も、丸々あるとなると……刺身以外にも骨蒸しや兜焼きも作れるな……」
 三島はしばらく考えてから、自宅から持参した包丁を取りだし、
「……おし、こっちは任せろっつーの!
 真理さん! 蒸し器、用意していてくださいっ!」
 といった。

 台所の方でそんな準備が進んでいる間に、途中から楓や孫子が合流してきて茅たちと一緒に下拵えの手伝いをはじめる。
 居間の方では、荒野たちや酒見姉妹も合流してきて、かなり賑やかなことになっていった。
 そのうち、仕事に出ていた羽生も帰ってきて、真理が玄関に出迎えにいく。
「……おおー。今日も、いるいるー……。
 新顔さんも何人か、いるなぁ……」
 その後、そんな羽生の声が居間の方から聞こえてきた。
「……ところで皆さん……。
 こーちゃんの後に固まって、何やってんの?」

 羽生はしばらく居間の荒野たちとやりとりをした後、台所の方にも顔を出し、
「……おお。やってるやってる。
 みなさん、ご苦労さんでーっす。
 せんせ、なんか手伝いますかぁー?」
 と尋ねてくる。
「……いいって。
 見ての通り、もうそろそろ、終わりだ……」
 三島は、答えた。
 事実、三島や舎人、ジュリエッタの主だった料理人たちは、流石に手際が良く、この頃には、使い終わった調理器具を交互に洗いはじめている。
 茅や楓などの年少組が、食器や料理を盛った鍋や皿を、居間に運ぶ準備をしている所だった。
「……なんか、多国籍になっちまったがな、なかなか豪勢だぞ、今回も……。
 お前さんも、仕事から帰ってきたばかりだろ?
 さっさと着替えてこいってーの……」
 羽生にそういった三島は、少し疲れた顔に満足そうな笑みを浮かべている。

「……おおっー……」
 着替えて居間に戻った羽生は、所狭しと炬燵の上に並べられた料理を見渡し、思わず声をあげる。
 具だくさんのパエリア、一口大のガーリック・ステーキ、エビと挽肉、二種類の具が入った水餃子、野菜の生春巻き数種類のエスニック・ソース添え、真鯛の刺身、骨蒸し、兜焼き、皮焼き、根菜の煮付け……。
「……確かに、豪勢で多国籍だ……」
「……いっぺんに並べきれなかったが、お代わりもまだまだあるからな。
 遠慮なく食え、育ち盛りども……」
 三島がそういったのを機に、
「「「「……いっただきまーっす……」」」」
 の合唱が響き、炬燵の周囲にずらりと並んだ「育ち盛りども」は一斉に箸を取り、それぞれ、思い思いの料理に手をつけはじめる。口にした料理の感想を交換しては、別の料理に箸を延ばし……という小品評会が、しばらく続いた。
「……ステーキとガーリックの組み合わせが……」
「……この水餃子、皮がつるっとしてて、もちもちっとしてて、中の具が、歯ごたえあって……」
「……お刺身……。
 ただ、切って並べただけなのに……甘い……」
「……このパエリア……味が染みてて、また、この焦げ目のところが香ばしくって……」
 どの料理も、特別凝った調理法をしているわけではないのだが、素材の味を素直に引き出し、自然な旨さを醸し出している……というのが、大方の意見だった。
 一通り、情報交換がなされると、後はほとんど全員が料理に夢中になって、黙々と食べ続ける。
 特に荒野と茅、ガクとノリ、それに現象の五人は、他の面子が満腹して箸を止めてからも、黙々とマイペースで箸を動かし続けた。
 交代で台所から残りの料理を持ってきながら、真理や羽生、三島の年長者一般人組は、珍しそうにその「食べっぷり」を眺めた。
「……みんな……細っこいのに、良く食うなあ……」
 しばらく見物した末、羽生がそう感想を述べる。
「……荒野たちについては、話しは聞いていたがな……」
 そう答えたのは、三島だった。
「……おい。おっさん。
 現象も、いつもこんなもんか?」
 三島は、そう舎人に問いかけた。
「……最近は、確かに食が太くなってきているな……」
 舎人は少し考えた後、慎重な口ぶりで、そう答える。
「……うん。
 確かに、一緒に住みはじめてからより、ここ数日の方が、かなり大食らいになっている……」
「……そうか……」
 三島が、舎人に答えた。
「そうなると……現象も、これから、急激に身体が成長する可能性があるぞ。
 ガクやノリも、こっちに来てから、急激に身体がでかくなった……」
「……ああ……」
 舎人が、何かに思い当たった表情になる。
「……噂に聞く……加納の体質、ってかやつか……」
 確かに、現在の現象は……身体がやせ細っていて、全体に、同年配の少年よりも、頼りなく見える……。




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彼女はくノ一! 第六話 (96)

第六話 春、到来! 出会いと別れは、嵐の如く!!(96)

 事実、この狩野家の居間には、居間では結構な人数がひしめき合っているのだが、香也は、意に介した風もなく手を動かし続けている。意に介していない……というより、周囲の情報が、脳内に届いていない状態だった。
 一度紙を目前に広げて、集中して絵を描きはじめると、周囲のノイズを脳内に受け付けなくなる香也だった。
 しかし、早々に台所に移動した楓や孫子はともかく、香也のそうした様子に慣れていない、他の大多数の面子……具体的にいうと、現象、梢、イザベラ、ホン・ファ、ユイ・リィなどは、一人、また一人、といった具合に、脇目もふらず高速で手を動かしてパラパラとスケッチブックのページを捲っていく香也の様子に気づき、視線を集中させていく。そんな香也に、誰も声をかけないでいたのは、ひとえに、荒野がジェスチャーを駆使して「静かに。邪魔しないで」という指示をそれらの人々に徹底させていたからだった。
 その場にいた者たちは、大部分、荒野に一目置いていたし、それに、香也を邪魔したくない……という荒野の意志にも理解を示し、自主的に協力する、という判断を、瞬時に示した。
 しばらく、全員が注視する中、しゃらしゃらと、香也の腕の動きに合わせて鉛筆の芯が紙の上の摩擦する微かな音だけが、周囲に響く。
 最初のうち、遠慮がちに遠目から香也の様子を見守っていた人たちも、イザベラや現象が足音を忍ばせて香也の背後に回り込み、香也の手元を覗き込むようになると、競い合うようにして、全員が香也の背中に回り込んだ。

 そんな様子を、荒野は苦笑いを浮かべながら、見守っている。
 下手に騒いで、香也の邪魔をするよりは、いくらかはマシか……と、荒野は思う。

『……これ、さっきの……』
『師父の絵……。
 それに、二刀流の人も……二刀流の人の方が、多い……』
『……師父の動きよりも、あの長い剣の方が、一般人には見やすかったろう……。
 むしろ、一般人の目でこれだけあの二人の動きを追えたことの方が、驚きだ……』
 ホン・ファとユイ・リィが、こそこそと小声で囁き合う。
『……それにしても、手の動きが速いな。
 無駄がないっていうか……最小限の輪郭線だけで、身体の動きをさっと描きだして、次に移っている……』
 やはり小声で呟いたのは、イザベラだった。
 イザベラの言葉通り、香也は、最小限の手間で明確なスケッチを描いては、ページを捲っている。
『……観たものを、忘れないうちに描き留めて置きたかったんだろう……』
 小声でイザベラに返したのは、現象である。
『こいつは……自分の記憶力に、自信がないから……』
『長期の記憶力に自信がないから……憶えているうちに、描き留めておく……』
 梢は頷きながら……それでも、納得の出来ない表情を浮かべている。
『理屈としては、理解できるんですが……その……実際にやるとなったら……こうして、短時間で何枚も絵を描く方が……ずっと難しくないですか?
 普通は……』
『……だから……』
 現象は、目を細めた。
『……こいつも、大概に普通じゃない、ってことだろ……。
 一般人にも、いろいろいるんだ……』
『……一般人にも、いろいろ……か……』
 梢ではなくイザベラが、現象の言葉に頷いてみせた。
『……多様性……ということでは……確かに、一族よりも一般人の方が、上かも知れんのう……』
 香也のすぐ背後で、そうした「囁き会議」が開催されているとも気づいた風もなく、香也は一枚、また一枚、とスケッチを完成させては、ページを捲っていく。
 香也の背後霊と化した連中も、一通り、いいたいことを言い合った後は、黙ってじっくりと香也の手元に視線を集中しているだけになった。

 ……何か……妙な、構図だな……。
 と、その様子を少し離れた所から見ていた荒野は思ったが、そう思いつつも、香也の邪魔をするよりは現状を維持していた方がいいと判断し、そのままの状態を維持することを選択した。

「……たっだいまーっす!」
 その奇妙な均衡状態を破ったのは、玄関の方から響いてきた羽生の声だった。
 調理の様子を見物しているだけで手が空いていた真理が、玄関まで羽生を出迎えに行き、
「……今日は、お客さんが大勢……」
 とか、
「また先生とか二宮の舎人さんがおいしいものを……」
 とか、羽生に話しかける声が聞こえてくる。
 羽生の方も、
「……いやー……。
 帰る途中で、ちょっと雨が降ってきっちゃって……」
 などと、のんきな声で真理に答えていた。
 その声に我に返った香也は、ふと周囲を見渡して、荒野以外の全員が自分の背後に身を寄せ合うようにして張り付いている様子に、ようやく気づき、
「……んー……。
 ……何?」
 背後を振り返って、首を傾げてみせた。
「……い、いや……。
 な、何でもなか……」
 イザベラが、もろに動揺した様子で、ぶんぶんと首を横に振る。
 ホン・ファとユイ・リィは、露骨に香也から視線を逸らして明後日の方向に顔を向けている。
 現象も、イザベラに負けず劣らず、動揺した様子で忙しく視線を彷徨わせていたが、梢に肘で小突かれて、意を決したように、ぼそぼそとした声で香也に話しかけた。
「その……絵を描いているところがちょっと珍しかったんで……見物させて貰った……」
「……おおー。今日も、いるいるー……。
 新顔さんも何人か、いるなぁ……」
 そんな時、羽生が、ひょいと居間に顔を出した。
「……ところで皆さん……。
 こーちゃんの後に固まって、何やってんの?」




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ヌキヌキ学園

「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(354)

第六章 「血と技」(354)

 真理はしかし、度重なる「台所ジャック」を、むしろ、歓迎している節さえあった。やたらと厨房を使用される不快感よりも、その分、自分で料理を作らなくていい、というアドバンテージを重要視しているように見える。真理は、主婦としては、決して手を抜くタイプではないが、だからこそ、一回でも二回でも、自分が手を下さずに料理が用意される……という状況を、喜んでいる側面があるのだろう。家事という労働は、際限がなく、終わりもない。真面目に取り組めば取り組むほど、時折、休憩できることの有り難みが身に染みてくる。
 材料費が他人持ち……とか、様々な、時には珍しい料理を試食でき、調理法を実地に見ることができる……などのメリットもあったが、こうした、この家での宴席は、真理にとってはルーチンの労働をスキップ出来る機会、なわけであり……そうした息抜きの機会を得ることの方が、他のデメリットよりも重視しているのではないか……と、三島は推察している。
 とりあえず、今日は人数がいるので、少しは凝ったものを作れそうだ……と、周囲を見回して、三島は思う。この間、腕を証明して見せた舎人がいるし、テン、ガク、ノリの三人に加え、ジュリエッタと静流、シルヴィもいる。それに、もう少し待てば、楓と孫子も帰ってくる。
 こうしてみると、
『……多い……というより、多すぎるくらいだな……』
 とか思い、三島は、
「……真理さんは、向こうで休んでいても……」
 と、真理に声をかける。が、真理の方は、この場で何をどう料理するのかに興味があるらしく、台所を去ろうとはしなかった。

 とりあえず三島は、他の二人、舎人とジュリエッタが何を作るのか見極めてから、自分のメニューを決定しようと考えた。
 三島が様子を伺っていると、ジュリエッタは早速、この家の主婦である、と紹介された真理に向かって、
「……大きな、平たいパン、ありますか?
 それと、日本では、ライスを主食にしていると聞いてますが……」
 などと声をかけ、大きなフライパンと米を用意させている。
 ジュリエッタはたった今、買ってきた荷物の中から、「うお玉」のビニール袋を取り出し、数多くの魚介類も取りだして、一口大の食べやすい大きさに切りそろえる。静流に米をざっと洗って水を切っておくように指示し、タマネギ、ニンニクをみじん切りしてオリーブオイルで炒め、殻がついたままの浅蜊を入れ、浅蜊の口が開いたところで、先ほど切っておいた魚や烏賊の切り身と一緒に火を通す。さらにその上に、静流が洗ってザルの上に乗せておいた米をざらざらと注いで炒めあわせ、米の色が透き通ってきたところで、白ワインを注いでアルコールを飛ばした。
 他にサフランやローリエなどの香辛料も用意していたので、パエリエを作るつもりだろう。
「……そっちがご飯物作るんなら、こっちは点心でも作るかな……」
 しばらく様子を見ていた舎人は、ボウルを取りだし、腕まくりをして小麦粉と水を混ぜて捏ねはじめる。
 こちらは、餃子か饅頭を、生地から作りはじめるらしかった。生地を発酵させる時間も含んで、先に作っておくのだろう。
「……おーい、お前ら……」
 それらの作業をしばらくして観察した後、三島は、食材の中から隠元豆を取り出し、それを手頃などんぶりに空けて、居間に持って行った。
「お前らも、食うばかりではなく、何か手伝えって……」
 居間でつけっぱなしのテレビをぼーっと眺めていた現象と梢は、きょとんとした表情をして、三島を見返す。
「……ついでにこれも、炬燵の中にしばらく入れておけ……」
 三島のすぐ後から、舎人がボウルに濡れ布巾をかぶせたものを手にして居間に現れた。
「……少し、暖かい場所で発酵させる……」

 一旦、茅を伴って自分のマンションに帰り、エプロンと包丁、それに圧力鍋と作り置きしているだし汁のボトルを持参して来た。
「……ほんじゃ、こっちはお吸い物と副菜でも作るかね……」
 三島がそう呟く頃には、舎人は両手に包丁を持ってむきエビとネギ、生姜を一緒くたにして刻んでおり、ジュリエッタは肉に塩、胡椒を振りかけているところだった。
 三島は、茅やテン、ガク、ノリの三人にも手伝わせ、買ってきた大根や人参、馬鈴薯、蓮根などの皮を剥き、蒟蒻と一緒に、一定の大きさに切りそろえさせる。
「……終わったら、片っ端からこの鍋に放り込んでおけ。
 人数多いし、大食らいが何人かいるからな。ありったけの材料、使っちゃっていいぞ……」
 三島は、根菜の煮物を作るつもりだった。栄養バランス的にも、植物系の総菜が欲しいところだったし、万が一余ったら、そのままこちらの家で消費して貰えばいい。
 その間に、舎人は、紹興酒などで味付けをしたエビのすり身を器に入れてラップし、一旦、冷蔵庫の中に入れ、今度は肉の塊を俎の上に乗せ、両手に包丁を持って刻みはじめる。舎人が包丁を振るう度に、がんがんがん、と、かなり大きな音がした。
「……いや、これ、実はスジ肉なんですがね……」
 三島が物珍しそうに手元を覗き込んでいたのに気づいた舎人は、簡単に説明をする。
「……こうして刻んでしまえば、食うのにも不自由しないし、それに、普通の挽肉よりも歯ごたえがあってうまいんですよ……」
「……軽く動かしているように見えるが……お前さんの力でないと無理だな、それは……」
 三島は、腑に落ちた顔をして呟く。
 スジ肉、といったら、かなり硬い。
 そのままでは、包丁の刃さえ、ろくに入らないくらいで……普通なら、じっくりと時間をかけて煮込むくらいしか、調理法がないくらいだが……。
 舎人は、軽く手を動かしているように見えて、これでかなり力を込めているのだろう。
「……こっちとさっきのエビは、水餃子の具にします。
 あと、タレを何種類か用意して、生春巻きも作るつもりですが……」
「普通のサラダよりは、そっちの方が変化あっていいか……」
 舎人の言葉に、三島も頷く。
「しかし、水餃子か……。
 お吸い物でも作ろうと思ったが、別のもんにした方が良さそうだな……」
 汁物が何品も重なるのは、歓迎できない。
「……あっ。あの……」
 それまで黙っていた静流が、声をかけてくる。
「お、お刺身にできる魚も買ってきたんですけど、それに、ほ、包丁、入れて貰えますか?」




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彼女はくノ一! 第六話 (95)

第六話 春、到来! 出会いと別れは、嵐の如く!!(95)

 帰り道では、イザベラ、ホン・ファ、ユイ・リィが香也の周囲に集まり……という形になった。
 三人とも、一般人である香也が何でこの場にいるのか、ということが、なかなか理解できなかった。もちろん、香也自身や荒野、それに楓や孫子が、「楓や孫子が下宿している家の息子で……」うんぬんと、表面的な説明を一通りするわけだが、それにしても腑に落ちない表情は、なかなか拭えないのであった。
「……だって……世話になっている大家の息子、というだけで、わざわざ一族同士の決闘の場に引っ張ってくる、というのは……筋道的に、おかしいでしょう?」
 首を捻りながら、端的に疑問を口にするホン・ファだった。
「この人が、一族のことを、すでに知っている……というのは、いいです」
 ユイ・リィも、じっと香也の顔を見つめながらいった。
「でも……だからといって……無理に引っ立てるようにして、あの場に連れてくるのは……やはり、不自然です……」
「あの場」に、というのは、「ジュリエッタとフー・メイが乱闘している場」に、ということで……荒野たちは、「茅たち新種の検査に、乱入してきた者がいた」という知らせを受けて駆けつけたわけだが……確かに、その中に、戦力になるどころか、足手まといにしかならない香也が含まれているのは……指摘されるまでもなく、おかしい。
「……そういや……彼は、なんで連れてきたんだっけ?」
 荒野までもが、そんなことをいいはじめる。
「……なんで、って……」
 楓は、口ごもった。
「その……」
 孫子までもが、珍しく途中で不自然に言葉を区切り、次の言葉を探る表情になる。
「……いわゆる、あれ……」
「あれって……どれ?」
 荒野が、孫子の顔をまじまじと眺めながら聞きかえした。
「いわゆる……その場のノリ、というものです」
 孫子は、一つ頷くと、真剣な顔をして、意を決したように、答える。
 荒野は、しばらくまじまじと孫子の顔を眺めたあげく、深々とため息をついただけで、その件に関してコメントすることを避けた。
 当事者である香也は、あらぬ方向に視線を逸らし、
「……んー……」
 とか、唸っている。
 楓は、若干、引きつり気味の笑顔で、
「……あはっ。あははははは……」
 と、乾いた低い笑い声を漏らしはじめた。
「……この人たち……」
 ホン・ファの背中に隠れていたユイ・リィが、ほとんどホン・ファにしか聞こえないような小声で、呟いた。
「……見ていると、面白い……」

 そんなことを話し合いながら歩いて行くにうちに、一同は狩野家の前に到着。
「「……あっ……」」
 そこで一行は、旧知の人物と合流することになる。
「「……加納様……」」
 酒見姉妹が、玄関先に、ちょうどスクーターを止めているところだった。
「なんだ。
 お前らも来たのか……」
 立場上、荒野が双子に声をかける。
「「……舎人さんから、ここに来ないと今夜の晩ご飯が食べられないといわれまして……」」
 酒見姉妹が、悪びれることなく、声を揃えて答える。
「……そっちかよっ!」
 荒野が、軽くつっこみを入れた。
「お前ら……その様子だと、引っ越してからずっと、舎人さんに世話になりっぱなしなんだろう?」
「「……だって……」」
 姉妹は上目遣いになり、声を揃えて荒野に抗弁する。
「「舎人さん……わたしたちがお料理とかお掃除をしようとすると……途中で止めて、自分でやっちゃうんですよ……」」
「……それは……お前らの手際が、あまりにも危なっかしすぎるからだ……」
 荒野は、額のあたりに手を当てて、目をすがめた。
「い、いや……まぁ……。
 おれがあんまりそういうこというのもアレだし……とりあえず、スクーター、置いてきたら?
 ちょうど……というか、何人か、紹介しておきたい人もいるし……」
 荒野はそういって、手でイザベラやホン・ファ、ユイ・リィたちがいる方を示した。

 酒見姉妹が手押しで庭の方にスクーターを移動させている間に、楓たちはぞろぞろと家の中に入る。
 玄関を通り、居間に入ると……そこで、現象と梢が、炬燵に差し向かいで隠元豆の筋を取っていた。
「……お前ら……何を……」
 数秒間絶句した後、ようやく荒野が口を開く。
「……見てわからないか?」
 現象が、憮然とした表情で答えた。
「お前らも、食うばかりではなく、何か手伝えって……あのチビ女に、無理矢理、渡された……」
 現象のいう「チビ女」とは、三島のことだろう。また、現象と一緒に梢も隠元豆の筋とりをしている、ということは、梢も、家事の心得はないらしい。
 荒野の背後にいたイザベラが、「……ぷはっ!」と吹き出し、続いて大声を上げて笑いはじめる。
 その反応が面白くないのか、現象が、ますますむっつりとした顔になる。
「……やっぱり……ここの人たち、面白い……」
 相変わらず、ホン・ファの背中に隠れているユイ・リィが、ぽつりと呟いた。
 楓と孫子は、それらのやりとりを横目に、まっすぐ台所に向かう。
 香也は、上着を脱いで壁のハンガーに掛けて炬燵に入り、部屋の隅に常備してあるスケッチブックを開いた。一連の動作があまりにもさりげなさすぎて、誰も香也の動きに注意していない。
 そんな中、
「「……お邪魔します……」」
 と声を揃えて、酒見姉妹も居間に入ってくる。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(353)

第六章 「血と技」(353)

 シャワーを浴び、着替えた子供たちを三島は車に収容し、帰路につく。
 現象と梢は、来た時と同じく、舎人のワゴン車に乗っている。茅たちの様子を見学していたシルヴィも、舎人のワゴン車に同乗することになった。三島の車は狭すぎて、茅と三人組、それに運転をする三島が乗り込めば、それ以上人間を乗せる余裕がない。
 茅たちが検査をしている間に、三島が電話で荒野や真理と相談して、この後、狩野家でジュリエッタ、イザベラ、ホン・ファ、ユイ・リィの四人の歓迎会を兼ねた夕食をする算段になっていることになっていた。
 もちろん、現象たちやシルヴィにも、声をかけている。

『……まぁた……』
 荒野のヤツ、「姉崎の新参者四人」という新しい要因の登場に対して、神経を尖らせているんだろうな……と、三島は思った。
 その荒野の心配も、決して杞憂とは言い切れない、あたり、たちが悪い。確かに、これまでのところうまくいっているからいいようなものの……現在の状況が薄氷の上を歩いていくようなものであることは、詳しい事情を知るものなら誰もが心得ている。新たに登場した「姉崎たち」は、不確定要素が多く、荒野にしてみれば「お荷物」以外の何物でもない。もちろん、「戦力」としての魅力はあるし、変に姉崎を刺激して、関係を拗らせるのも「加納の若」としては避けたいから、受け入れるしかないわけだが……。
 無用なトラブルや摩擦を避けるためにも、新参者四人の「人となり」を、出来るだけ早く把握する必要があり、そのために、三島も荒野に「全員まとめて夕食に招待する」ことを進言したのだった。
 三島が電話越しにそのことを提案すると、荒野は、即座に首肯した。
 三島の考えを読んで……というより、誰かが来たら宴会、というのは、いつの間にか関係者の間で定例化しているので、荒野も特に考えるまでもなく、賛同をしたのだろう……と、三島は想像する。
 彼女ら新参者四人をよく観察し、性格その他を把握するいい機会だ……と、荒野なら、当然その程度のことは、瞬時に想定するとは、思うが。
『……あいつも……』
 心配性なところはあるが、決して、馬鹿ではないからな……と、三島は思う。

 商店街の外れで、買い物を済ませた荒野たちと合流し、荷物だけを受け取って先に狩野家に向かう。どのみち、この人数では全員、車に乗ることは出来ない。
『……また、真理さんに世話、かけるなぁ……』
 と、三島は、心中で嘆息する。
 集合する人数が多くなりがちな関係で、広すぎる狩野家は、格好の集会場所になってしまっている。場所を貸してくれるかわりに、食材や食事の手間はこっちで持つようにしているものの、真理がなにかと鷹揚な性格の持ち主でなかったら、ここまで好き勝手にさせては貰えなかっただろう。
 楓や三人組が世話になっている……ということを除いても、真理には、普段からかなり無理なことを要求してしまっている。
 荒野なども、心理的に、真理に引け目を感じているのではないか……と、三島は予想する。
『……まっ。
 世話になりっぱなしな分、せいぜい、うまいものを食べて貰うってことで……』
 その程度の礼くらいしか、できないしな……と、三島は思う。
 今夜は、三島と舎人、それに、ジュリエッタまでもが、何か料理を作るという。ジュリエッタの料理の内容までは聞いていないが、出身地から考えれば、南米の料理だろう。三島の和食と舎人の中華、それに、ジュリエッタの洋食が一度に揃うことになるが、人数が多いし大食漢も若干名いるから、なんとでもなるだろう……。
『……最近では、茅やガク、ノリも、食べるようになってきたというし……』
 話しを聞いてみると、この三人は、成人男性以上の食事量になっているらしい。というか、一回の食事で、普通の二人前とか三人前にあたる分量を、苦もなく平らげる。別に、普通の量でも我慢できないこともないのだが……食べるものが確保できる時は、出来るだけ食べるようにしている、という。
 このあたりの体質、荒野のそれと酷似していた。
『……いざという時の運動力を考えると、それでも追いつかないくらいなんだが……』
 問題は、そのようにして消化・吸収された食物が、どのような形で体内に蓄えられているのか……ということで……このへん機序については、今のところ、三島にも、涼治の手配した医師たちにも、説得力のある仮説を提示できないでいる。
 そもそも……人間の身体は、構造的にみて、一族とか新種とかがするような激しい運動は……出来るわけがないのだった。
 例えば、生身の人間が、ノリや野呂の上級者のような無茶な機動をしたとしたら……そのGにより血流が止まり……脳に酸素が行き渡らず、その場で意識を失い昏倒する。
 ガクのように、自分の体重の何倍もの力を手足にかければ……骨や筋肉が負荷に耐えきれず、ずたずたになる。
 佐久間の特性である諸能力に至っては……どういう理屈をつけて説明していいのかさえわからない、言語道断な代物だ。
『……理屈からいやぁ……』
 絶対、「あり得ない」ヤツらだよなあ……と三島も思う。
 そう思うのだが……彼らは、彼女らは……現実に、三島のすぐそばにいる。
『……非常識なヤツらめ……』
 と、三島も思うのだが……現にそこに居る者は、居るのだから……否定するだけ、無駄というものである。
 現に「ここにいる」者を否定してもしかたがないので
『……欠食児童どもに、たらふく、うまいもの食わせてやりますかね……』
 と、三島は思う。
 三島がその『非常識なヤツら』のためにできることはといえば、今のところ、せいぜいその程度のことなのであった。

「……どうも。毎度ぉ。
 またお世話になりますぅ……」
「いえいえ。
 先生こそ、お疲れ様です。先生の作るご飯おいしいから、いつでも歓迎ですよぉ……」
 玄関先に出迎えてくれた真理と、そんなような挨拶を交わし合いながら、三島は、
『……この人の肝の据わり方も、ホンマモンだよな……』
 とか思ってしまう。
 あんな非常識な連中と一緒に暮らしていて、まったく動じた様子がない。
 それに……。
『……どうやら、太らない体質らしいし……』
 などということも、三島はチェックしている。




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彼女はくノ一! 第六話 (94)

第六話 春、到来! 出会いと別れは、嵐の如く!!(94)

 歩きながら、なんのかんのと話し合ってはいたものの、さほど広くはない商店街であり、孫子や楓は、実際的な事柄は手際よく片付ける性格でもあった。口を動かしながらも効率的に各商店を回り、荒野に渡されたメモとそれに、今後、狩野家で使用する分の食材も、適当に見繕って買いあさる。
 人数が多く、不意の来客も多い狩野家では、食材の消費速度が半端ではない。手が空いた者が機会さえあれば食料を買い足しておく、という不文律が、女性たちの間で成立しつつあった。
 今回も、使える人手が三人分もあったので、孫子と楓は、荒野のメモにあったものを買うのに加え、それ以外に、三人の手で抱えられる限りの食材を買い足した。

 三人分の両手で抱えられる限りの荷物を抱え、三人は指定された集合場所である、商店街の外れの某所に移動する。そこには、すでに、荒野と香也、ホン・ファ、ユイ・リィの四人が、大きなビニール袋に入った荷物を手に持ったり、ガードレールの上に置いたりして、談笑していた。
 荒野が新参二人との仲立ち役を積極的に務めている、ということもあったが……普段、あまり他人のことに興味を示さない香也も、今回は、比較的積極的に二人に話しかけている……ように、楓の目には、感じられる。
 ……これは……あくまで、一時的なことなのか、それとも、香也にも、それなりに変化が起こりつつあるのだろうか……と、楓は興味を覚えた。
 ジムでのジュリエッタとフー・メイとの対決を目撃して以来、香也の「他人に関する関心」が、強くなったように、楓は感じている。

 三人が荒野たちに合流していくらもしないうちに、三島の小型国産車が目の前に停車し、荷物を車の中に入れるよう、荒野に声をかける。
 そのすぐ後に、舎人のワゴン車も到着し、ほぼ同時に静流とジュリエッタも、やはり大きな荷物を抱え、にこやかににこやかに談笑しながら到着した。
 談笑、といっても、静流はひっそりと微笑み、ジュリエッタは歯を見せて、「明朗」という言葉がぴったりくる笑顔を見せている。性格的にはまるで違う二人だったが、それ故に、かえって相性がいいのかも知れない……と、楓は思った。横目で確認すると、荒野も二人の様子をみて、幾分安心したような表情をしている。荒野はあれで、周囲の人々に対し、かなり細やかな気の遣い方をしている……ということには、楓も気づいていた。

 荒野は、自分自身よりも周囲の人々が傷つくことを恐れている……と、楓は、見ている。性格的なものもあるだろうし、荒野自身の物理的な意味での「タフ」さを、荒野が十分に認識している故、の、心理的な余裕でも、あるのだろう。
 しかし、そうした「自分自身よりも他人の身を案じる」傾向がある荒野にとって、何かと微妙なバランスの上にようやく成立している現在の状況は……。
『……もどかしいし、歯がゆいし……』
 ……精神的には、かなりきついだろうな……と、楓も思う。
 何より、「荒野自身の努力で、改善できる部分がほとんどない」わけだし、加えて、いつでも現在のバランスを崩しかねない不安要素だけは、山盛り……という状況なのである。
 それでも、最近は落ち着いてきた方だし、荒野も何とか保ってはいるが……。
『……早めに、根本的な対策を立てないと……』
 そのうち、荒野が、心労で倒れでもするんじゃないだろうか……とさえ、楓は思っている。あまり、態度に表す性格ではないが、現在の荒野は、それくらい、神経が張り詰めているのではないか……と、楓は思った。楓も、どちらかというと、他人に気を遣いすぎる傾向があるから、現在の荒野の心境は、かなり正確に推察できるつもりだった。
 来週の期末試験が終われば、終業式や卒業式などの行事の日を除いて、学校も、しばらく休みになる。そうすると、荒野もそれなりに骨休めができるのだろうが……。

 三島の車と舎人のワゴン車に買い物を詰め込み、ついでに年長者の静流とジュリエッタ、それに呼嵐も、舎人のワゴン車の後部座席に押し込み、楓や荒野たちは、徒歩で狩野家に向かった。もとより、歩いてもたいした距離があるわけでもない。
 イザベラは、今度は香也に話しかけている。香也のそばには、ホン・ファやユイ・リィもいた。三人とも、香也に興味を持っている様子だったが……彼女らの表情を見る限り、その興味の持ち方は、どうみても「異性に抱く関心」ではないようだった。
 どちらかというと、「何でこの場に、香也のような凡庸にみえる少年が、混ざっているのだ?」という疑問形の興味であり……とりあえず、新参の三人が、香也を異性として見ていなさそうな様子なので、楓は安心した。
 香也の方も、珍しく乗り気になって、イザベラ、ホン・ファ、ユイ・リィと、長いこと会話を継続している。もとより、香也は、話しかけても反応が淡泊で、用事がなければ自分から誰かに話しかける……というタイプでもない。対人面での積極性は乏しい香也が……。
『……ちょっと……変わっている……』
 香也の様子が、微妙に変わっていることに、楓は気づいた。

 香也が……例によって、「……んー……」と前置きした上で、
「……君も、あの、二刀流の人とか、拳法の人みたいに、何かできるの?」
 と、イザベラに、問いかけている。
 香也が、自分から……。
 楓は、目を見開いて、半ば反射的に周囲を見渡す。
 同じように、驚愕の表情をしていた孫子と目があい、どちらからともなく目線を逸らした。
 孫子も……そうした香也の態度に、不信感を憶えたのだろう……と、楓は悟る。そして、楓の表情から、楓も同じような疑問を持ったことを悟り、何となくばつが悪くなって目を逸らした……と、いったところだろう。
 ともあれ……孫子も、楓と同じく、今の、変に社交的な香也の態度が、「らしくない」ということでは、楓と意見が一致しているようだった。孫子の態度が、それを物語っている。
 楓は、皆に遅れないように足を動かしながら、あわただしく香也に関する記憶を思い返してみる。
 最近の香也に……そうした変化を促すような……。
 と、考えかけたところで、楓は、「あっ!」と声をあげそうになった。
 思いついてしまえば、ごく単純なことだった。
 今日……それも、つい、今し方……香也は、ジュリエッタとフー・メイの戦いを観戦している。
 あんなハイ・レベルの戦いを目撃して……「興味を持つな」という方が、むしろ、無理というものだ。
 それに……よくよく思い返してみれば……香也が、「一族の戦い」をはっきりと目撃したのは……これが、はじめてなのではないだろうか?
 楓にとって、香也は、あまりにも身近な人物だったため、今まで思い至らなかったが……香也は、あまり、一族関係のことを、見聞していないのである。
 香也自身が興味を持たなかった、ということもあるし、誰も香也に詳しく説明しようとしなかった……ということも、ある。
 香也が……今日のことがきっかけになって……それまで関心のなかった一族周辺の事物に、興味を持ちはじめたのだとしたら……それは……。
『……いいこと、なのか……それとも、悪いこと、なのか……』
 楓は、この時点では、何とも結論をつけることができなかった。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(352)

第六章 「血と技」(352)

 途中、予想外の乱入者たちや、それを収めに荒野たちが来たことで、長めの中断はあったものの、その後の検査はかなりスムーズに進行した。現象も含む全員が協力的であり、また、現象を除く茅や三人組は、こうした検査をはじめて経験するわけでもないので、多少、慣れてもいた。それ以上に、全員、検査結果が出る度に一喜一憂し、この検査を楽しんでいる側面もあった。なにしろ、自分たちの「現在の身体能力」が、きちとした数字で評価される。三人組の他に、茅や現象もこれで負けん気が強い方だし、全員が積極的に、「いいスコアを出そう」と本気を出していて、すぐに結果を測定したり書き留めたりする側が煽られるくらいの勢いが出はじめた。
「……あの現象なんだがな。
 こうしてみていると、意外に素直……というか、単純なやつなんじゃないか?」
 とりあえず、記録をとり続ける医師たちに意見を求められたりしない限りは見守ることくらいしかすることがない三島は、その暇な時間に、同じように暇を持てあましている舎人に話しかける。
「単純、というより……全力を出して競いあえる相手、ってのが、あいつの場合、これまでいなかったわけだろ……」
 舎人は、少し考え込んだ顔をしてから、三島に答える。
「その、反動なんじゃないか?」
「……なるほどなあ……」
 三島は、見た感じ、割とわかりやすくムキになって、他の子らと張り合っている現象の姿をみて、嘆息する。
「あいつの育ちと性格を考えると……確かに、友達、いなさそうだもんだ……」
「……そういうのもあるけど……」
 その時、舎人は、曖昧な微笑み方をした。
「おれらみたいなのは……あいつらでなくとも、自分の能力を全開にできる場所にくると、それなりに昂ぶるもんなんですよ……」
 三島は数秒、考え込み、もう一度、
「……なるほどなぁ……」
 と、呟いた。
「確かに、この場では……あいつらも、自分たちの能力をセーブする必要はないし……」
 しかも、周囲に同年配の競争相手がいるとなると、否が応でもモチベーションは高まってくるのだろう。

 そんなわけで、残りの検査に関しては、中断した分の時間を埋め合わせてもおつりが来るほどにスムースに進行し……おかげで全ての測定が終了したのは、予定されていた時刻よりも早いくらいだった。
 茅たちがジムのシャワーを借り着替えたりしている間に、三島は、まず真理に電話をして場所を確保し、それから荒野に連絡して、食材の買い出しを命じ、詳細な「買い物リスト」をメールで送信した。
 こういうことが何度もあったので、三島も真理も荒野も、もはや、慣れっこになっている。

 三島の小型国産車と舎人のワゴン車に分乗し、帰る途中で、三島は茅や三人組に、
「……これから、例のアレだ。
 さっきの連中の歓迎会を兼ねて、みんなで食事」
 とだけ、短く告げた。
 この連中には、これだけで十分伝わるのだった。
 すると、案の定、三人組と茅は、
「……おぉぉぉぉぉぉっ……」
 という小さな感歎の声を上げはじめる。

「……荒野。
 そのでかい荷物、後の車に乗っけろっ!」
 商店街アーケードが途切れるあたりでたむろしていた荒野たちをめざとく見つけた三島は、窓から顔を出してそう声をかける。
「……見ての通り、こっちは満杯の状態だっつーの!」
 三島の声は、弾んでいた。
 三島は、荒野に向かって買ってきた食材を舎人のワゴン車に乗せるよう、指示すると、すぐに発車させ、車内にいる茅たちには、
「……帰ったら総出で、すぐに下拵えだっ!」
 と、告げた。
 料理が得意……ということもあったが、そうした日常の雑事にかまけることで、ごちゃごちゃとした現在の状況を考えずに済む、という面もある。
 確かに、こいつらを取り巻く状況というのは、複雑で、将来どう転ぶのか予断を許さないシビアな面もあるわけだが……こうしてはしゃいでいられる間は、せいぜい楽しくやってやろうじゃないか……と、三島は思う。

 狩野家の前に車を止め、茅たちを降ろして車をマンションの駐車場に戻しにいく。
 徒歩で再び狩野家の玄関に向かうと、全員総出で三島たちの車のすぐ後をついてきていた舎人のワゴン車から、買い込んだ食材を降ろしているところだった。もちろん、三島もそれを手伝い、家の中に運び入れた材料を台所に持って行き、すぐに真理や舎人、茅たちと手分けして、材料を洗ったり皮を剥いたりしはじめた。
「……料理の経験ないやつは、いても邪魔になるから、居間にでもいってテレビでもみてろってーの……」
 と三島がいうと、現象と梢は、大人しく台所から出て行く。
 その後ろ姿を見届けてから、三島は舎人に、
「あいつら……二人とも、アレなのか?」
 と、小声で確認をする。
「……佐久間の連中が、子供をどうやって育てるのか、聞いたことはないんすけど……」
 舎人は、何故か、決まりの悪い表情をしながら答えた。
「……梢は、全然、経験ないようです」
「現象の方はともかく、梢もかぁ……」
 三島は、小声で呟いて、小さく頷いた。
「……あの年齢だと、家事をやったことがなくても不思議ではないんだが……あっちの方も、それなりに不安だなぁ……」
「……梢のことっすか?」
 舎人も、三島につられて小声になった。
「ありゃあ……しっかりしすぎているくらいのもんですけど……」
「……でも……」
 三島は、断言する。
「自分のこと以外は……ってのが、その条件として、つくんだろ?」
 三島の知る限り、あの梢という娘も……現象を監視する……という、命令されたこと以外の事物に、感心を向けたことがない。
 あの年齢で……自分自身のことより、自分以外のこと……命令を完遂することばかりに、感心や注意が集中する……というのも、大概に、健全な精神構造とはいえない……三島は思う。
 まったく……問題児ばかりが、集まってくるな、と。




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彼女はくノ一! 第六話 (93)

第六話 春、到来! 出会いと別れは、嵐の如く!!(93)

「……ほんで……」
 他の面子と別行動になると、イザベラは早速、楓に話しかける。
「わからんのは、おんしじゃ。
 才賀衆の末裔じゃとか新種じゃとか、一族とか一般人とかがいるのは、わかる。
 しかし、おんしは……」
 ……一族の出身ではないのに、それ以上の能力を持った楓。
 他の一族を差し置いて、荒野の次に、荒神に「弟子」として認められた、楓……。
「……一体、何者なんじゃ?
 こちらに関するレポートを、遠くでチェックしていると……出てくる奴ら全ての中で、一番、わけがわからんのが、おんしじゃ……」
「……そう、いわれましても……」
 楓は口唇を尖らせる。
 「自分が何者であるのか?」などという問いは、楓自身が誰かに教えて貰いたい位だった。
「わたしは……わたしです……」
 楓としては、そう答えるしかない。
 その後、楓は……。
「自分が何者であるのか、明確に断言できる人の方が、少ないと思います……」
 少なくとも、一般人の場合は。
 楓は、学校に通い出してからというもの、楓も楓なりに、多少なりとも視野が広がっている。具体的にいうと、楓は、それ以前には見えなかった、見ようとしなかった、一般人社会の有り様を目の当たりにすることになった。
 そこでは、楓と同年配の学生たちがたむろする学校と環境では、楓がそれまで抱えていた「自分が何者であるのかわからない」という不安や悩みは、むしろ普遍的で、凡庸に過ぎるくらいの「悩み」であり……内面的なことを問題にするのなら、楓は、荒野や孫子と比較すれば、よっぽど「普通である」とさえ、いえた。
「……そう、それ……」
 イザベラは、楓の態度をみて、納得のいったよな表情をして頷く。
「おんしは……」
 ……一族と比較してさえ、その卓越した能力を持ちながらも……どうして、平然と「普通」でいられるのか……。
 といった意味の疑問を、イザベラは口にする。
 能力と内面の齟齬……というか、乖離。
 イザベラは、楓の大きな特徴について、そう指摘する。
「……わしのような、一族の中でも比較的、軟弱なAnesakiでさえ……一般人と自分との差に、悩んだことがあるというのに……」
「わたしだって……いつも、悩んでますよ……」
 楓は、再び不満そうな顔なる。
 イザベラの言い草を聞いていると、楓が、まるで脳天気で単細胞な考えなしに思えてくる。
「先のことを考えると、不安で不安でたまらないし……よく眠れないし……。
 だから……最近では、不安になることは、あまり考え込まないようにしていますけど……」
 楓の神経が、そうした繊細さを持っているのは事実だった。
「……じゃけん、おんしの悩みは……自分の将来に対するもんであって……自分が何者であるのか、というところに由来もんではなか……」
 イザベラは、まぶしいものをみ時のように目をすがめて楓の顔を眺める。
「能力はどうあれ、おんしは……中身的には、すっかり、一般人じゃ……」
 二人の会話をすぐそばで聞いていた孫子は、イザベラがこの土地の情報をすっかりリサーチした上でここに来た、という事実を確認し、同時に、観察眼の鋭さも、確認した。
 他者が収集したデータを読んで想像することと、多少の予備知識は持っていたにせよ、ほとんど初対面に近い楓から、これほどすんなりと「本音」を引き出して、自分の「仮説」を自然に検証しようとする手口。
『姉崎は……』
 肉体的には他の六主家に劣る分、データの収集と分析には力を入れている……という情報は、どうやら順当な評価らしい……と、孫子は自分の持っていた「基礎知識」を再確認した。
 佐久間が、「個体の持つ知性」として最高の存在なら、姉崎は「集団としての情報蓄積、分析、解析」を特化させることで、他の六主家との差別化を行ってきた……ということは、事情を知る者たちの間では、「常識」レベルの定見と化している。
 姉崎が扱う「情報」の中には、ジュリエッタやフー・メイなどの例にも見られたように、「武術や体術など、文書化できないタイプの技術体系」を収集し、伝える……ということも、含まれるわけだが。
 そういう文脈からみえれば、イザベラは、「姉崎らしい姉崎」でもあるわけだ……と、孫子は納得する。
 シルヴィ、ジュリエッタ、フー・メイ、イザベラ……世界中に散らばり、各地要人と結びついた「姉崎」たちは、流石に、人材のバリエーションも豊富だ……と。

 荒野に渡されたメモをみながら、楓と孫子がイザベラを先導しつつ、商店街を案内しがてら、テキパキと買い物を済ませていく。その最中も、イザベラは、各種小規模専門小売店が集積した形態の「商店街」が珍しいらしく、しきりに感心した様子で周囲を見渡していた。
 赤毛で、いかにも外人前としたイザベラを見て、今ではすっかり顔見知りになっている商店街の人々は、楓や孫子に向かって、
「その人(あるいは、「その子」)、また、例の加納さんの関係?」
 などと尋ねてくる。
 シルヴィの例もあり、この近辺の人々にとって、「見慣れないガイジン」はだいたい荒野の関係者だ、という認識が、できつつあるようだった。シルヴィ本人は、あまり商店街付近には姿を現さないのだが、何分、住人の定住率が高く、噂話の伝達が早い土地柄でもある。
 商店街付近では、荒野本人の知名度も異常なほど高かったし、そうした感心の高さもあって、荒野とシルヴィの関係は、学校関係者経由で商店街付近にも広まっていた。
「加納のとは……知り合いとか親戚ではなかけんどな……」
 そうした質問をされた時、決まって当のイザベラ本人が、ぺらぺらと流暢な……というよりも、へんな方言混じりの自己紹介をしはじめたので、問いかけた方が、ぎょっとした表情で固まってイザベラを見返すことになる。
「わしは、イザベラいうケチな小娘でな。
 ……どちらかというと、加納の、というより、シルヴィの姉御の方の、遠い縁者じゃ……。
 しばらく、この辺にたむろすることになるけん、どうか、よろしゅうに……」
 そういうイザベラの風貌と言葉遣いのギャップは、目撃者にしてみれば、それなりにインパクトがあった。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(351)

第六章 「血と技」(351)

 その後も、ユイ・リィと香也の、噛み合っているようで微妙に噛み合っていない会話が、しばらく続く。
 ユイ・リィは、この場に紛れ込んでいる一般人らしい香也が、実のところ、一体、何者であるか、という興味を持ったらしく、しきりに香也に細々としたことを聞いていった。香也も、比較的に丁寧に、ユイ・リィの質問に答えていく。
 問答の内容よりも、香也がここまで初対面の人につき合っている、という状況に対して、荒野は興味を持つ。別に、香也が不親切だとはいわないが、どちらかというと、積極的に他人に関わるタイプではない。その香也が、それなりに辛抱強くつき合っている……というのは、やはり、ここ最近の変化、なのではないだろうか?
 そんなことを考えながら、荒野は、香也に二人のことを軽く紹介しながら、買い物を続けていく。

 茅から示されたリストの量は多かったが、三組に別れたおかげでそれほどあちこちを回る必要もなく、買い物自体はごく短時間で終了した。荒野たち四人は、たくさんの荷物を両手に抱えた状態で、集合場所である商店街の外れ、アーケードがとぎれる場所まで出る。品数はさほど多くはないが、一品あたりの量が多い……という状態だった。
 他の二組はまだ来ておらず、荒野たちが一番乗りだった。
『……静流さんたちにも、もう少し人数を分ければよかったかな……』
 他の組が遅れいているのを確認して、荒野は思う。
 ジュリエッタと静流はこれからしばらく同居するということもあり、出来るだけ早くうち解けるよう、二人きりにする機会を作ったわけだが……それが良い判断だったのかどうか、荒野は、ここに来て、自信が持てなくなった。
 荒野がそんなことを考えているうちに、楓と孫子、イザベラのグループが、やはり荒野たち同じく、かなり大量の荷物を抱えた状態で合流してきた。孫子が他の二人に少しきつい口調でなにやら話していて、二人の方は孫子の口撃に対しても怯むことなく、にこにこと笑いながら軽くいなしている……という感じだ。
『……あっちは……』
 そんなに問題ないかな……と、荒野は思う。
 イザベラは、物怖じしない性格らしく、加えて、かなり社交的でもあるらしい。
 その直後に、三島の車が車道からクラクションを鳴らして荒野たちに合図を送った。三島の車の後には、二宮舎人が運転するワゴン車もついてきており、そちらには、佐久間現象と梢が同乗している。
「……荒野。
 そのでかい荷物、後の車に乗っけろっ!」
 運転席の窓を開け、首を伸ばして三島は荒野に指示する。
「……見ての通り、こっちは満杯の状態だっつーの!」
 三島の言葉通り、助手席に茅、後部座席にテン、ガク、ノリの三人を乗せた三島の小型車の内部は、荒野の目からみても、かなり窮屈そうに感じた。
 荒野は大人しく三島の指示に従い、合流してきた連中にも声をかけ、荷物を舎人のワゴン車に運び入れる。こちらは三島の車とは対照的に、キャパシティが余っているような状態だった。
 舎人が荷台のドアを開けてくれたので、荒野たちはどさどさと食材が詰まったビニール袋を片っ端から置いておく。
 舎人は、助手席に座っていた現象に向かって、
「……うしろいって、荷物が転がらないように押さえてろ。
 どうせ、すぐそこだ……」
 と告げた後、窓から首を出して、
「……何人か一緒に、乗っていくかい?」
 と、荒野たちに声をかける。
「おれは……いいや。
 そんなに遠くないし……」
 荒野は首を横に振り、香也も、同じように断った。
 どのみち、毎日、通学のために行き来しているようなご近所でもある。
 重い荷物さえ抱えていなければ、歩くのを苦にするような道のりでもない。
 男性二人が首を振ったから、というわけでもないだろうが、他のみんなも舎人のワゴン車に乗るのを断った。
 三島は、荒野たちが車に乗らないのを確認すると、
「……それじゃあ、先にいって、下拵えでもしてるわ……」
 と言い残して発車させる。

 荒野たちが荷物を車に載せ終えるのと同時に、ジュリエッタと静流が大きな声で歓談しながら、アーケードの中からこちらにやってきた。いや。大きな声を出したり笑い声を上げたりしていたのは、ジュリエッタだけで、静流はもっぱら聞き役に回っているだけのようだったが、その代わり、荷物を抱えているのもジュリエッタ一人だった。ジュリエッタは、器用にも両手と、それに頭の上にも高々と荷物を小山のように積み上げ、悠然と陽気な声をあげながら歩いてくる。
 当然、その場に居合わせた買い物客たちも、ジュリエッタに注目していたが、ジュリエッタはそうした周囲の視線に、まるで頓着していないようだった。視覚に障害のある静流は、当然のことながら、そうした視線に気づいた様子もない。
『……不幸中の幸い、だな……』
 と、荒野は思う。
 同時に、静流の障害について、そのように考えることは不謹慎だ……とも、自覚したが。
 荒野たちはジュリエッタに近づき、荷物を受け取って舎人のワゴン車に放り込んだ。舎人は、静流とジュリエッタたちにも車に乗るよう、声をかけたが、ジュリエッタは荒野たちのように遠慮はせず、「OK!」と即答して後部座席に乗り込む。その時にジュリエッタが静流の腕を取って引っ張ったので、静流もジュリエッタの勢いに乗せられた形で、呼嵐とともにワゴン車の中に乗り込んだ。
 舎人がワゴン車を発車させるのと同時に、荒野たちもおしゃべりをしながら、ぶらぶらと歩きはじめた。
 残った面子は、年齢が近いこともあって、一度うち解けるとなかなか活発に話しをしはじめる。女性同士はともかく、いつもは聞き役に回ることが多い香也までもが、いつもよりも積極的に周囲に話しかけているのをみて、荒野は軽い驚きを憶えた。
「……んー……」
 例えば、帰り道で、香也は初対面に近いイザベラに話しかけた。
「……君も、あの、二刀流の人とか、拳法の人みたいに、何かできるの?」
「……一応、得意はあるんじゃがの……」
 イザベラは、快活な口調で返答した。
「……わしのは、まだまだあの二人の域にまでは、全然達しておらんでなぁ……。自慢げに触れ回るほどのもんでも、なかよ。
 一口に姉崎、いうても、内実はいろいろでの。むしろ、身体を使うのを不得手とするのが多いくらいじゃ……。
 あの二人ほど、荒事に特化したのも……姉崎の中では、むしろ、例外的なんじゃが……」




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彼女はくノ一! 第六話 (92)

第六話 春、到来! 出会いと別れは、嵐の如く!!(92)

「……確かに、ああしていると……楓も、全然、見えないのかも知れないけど……」
 荒野がホン・ファにそう答えるのを聞いて、香也は、「……楓ちゃん……この人たちに、どんな風に思われているのだろうか……」と、疑問に思った。
「……それをいったら……最強の実物も、君たちの想像とはかけ離れていると思うよ……」
 荒野が、顔を上に上げてそう続けると、ホン・ファは、
「……師父より強い人がこの世にいること自体が、信じられませんから……」
 と応じる。
 この辺の会話は、「さいきょう」とか「しふ」とかいうのが、具体的にどういう人なのかまるで知らないし想像のしようがない香也にとっては、まるで意味不明な内容である。
 黙って二人の会話を聞くともなしに聞いていると、上着の裾を、つんつん、と引っ張られた。
「……ねぇ?」
 振り返ると、二人組の女の子のうち、小さい方の子が、香也のことを上目遣いに見上げている。
「こっちのかのうこうやは……強いの?」
 その少女は、はにかみを含んだ表情で、香也を見上げている。
 ……つよい?
「……んー……」
 香也は、うなって誤魔化しながら、数秒間、考えた。
 あっ……「強い」ということか……。
 普段の香也の生活圏から出てこない発想であり、パラメータだったので、香也は、その少女の質問の意味を理解するのに、数秒を要した。
「全然……。
 ぼくは……全然、強くないし……たいていのこことは、人並み以下……」
 質問の意味を理解した香也は、躊躇することなく、そう答える。
 実際、香也は、腕っ節に関しては、まるで自信がない。
 体力や腕力的には年齢相応だと思うが、強さを競うよう形で、他人とどつきあうという発想自体が、香也には、まるない。
 こと、喧嘩ということになれば、相手が小学生でも、香也ならことを構える前から躊躇せずに自ら負けを認め、白旗を揚げることだろう。
「……謙遜?」
 その少女は、首を傾げて、なおも香也を追求してくる。
「……んー……。
 違う。
 本当に、ぼくは、何もできない……」
 香也は、本心からそういいきった。
 実際のところ、香也がまともに出来るのは、絵を描くことくらいで、その他こととといったら、荒野や楓たち、「特殊な人々」ではなく、ごく普通の、学校の同級生たちと比較しても、何も出来ない……と、自己評価している。
「……そうか」
 その少女は、真面目な顔をして、頷く。
「こっちのかのうこうやは、何もできないのか……。
 もう一人のかのうこうやと、正反対だな……」
 香也の言葉に、ひどく納得をした様子だった。
「そう。
 ぼくは、何も出来ない……」
 香也は、恬然と少女の言葉に頷く。
「それならそれで、いい」
 その少女は、幼さの残る顔立ちに似合わぬ、理知的な表情を浮かべ、香也の言葉を首肯する。
「ありのままの己を知ることが、一番難しい……と、しふもいっていた。
 本気でそう言い切れる者は、少ない……」
「……んー……。
 そのしふって……誰?」
 香也は、少女に聞き返す。
 まだ名乗りあってもいない、今日、初対面の少女と、これだけ会話が続いているのも、人付き合いを苦手とする香也にしてみれば、珍しい。
「しふ……。
 ユイ・リィの知る限り、一番強くて気高い人。
 この国風にいえば、先生とか師匠とかいう程度の敬称だ。
 ユイ・リィの土地では、相手が女性でも、師父と呼ぶ……」
「この国って……」
 香也は、そばにいる荒野を振り返る。
「この子たち……外国の人なの?」
 香也は、荒野に向かって、そう問いかけた。
「……外見は日本人とわからないし、会話も流暢だから、気づかないのも無理はないけど……。
 この子たち……まだ、日本に来たばかりなんだ……」
「入国したのは、今朝のことです」
 荒野の隣にいた、年長の少女が、そう補足する。
「わたしは、ホン・ファ。この子は、ユイ・リィ。
 しばらくこの土地に滞在することになる。
 一般人の知り合いは少ないから、よろしく頼む」
 ホン・ファ、と名乗った少女は、はきはきとした口調で香也に自己紹介をした。
「……んー……」
 香也は、ホン・ファの言葉を、少し、頭の中で反芻した。
「そういうことは……やはり、そっちの加納君の関係者?
 さっきも、スポーツ・ジムで、姉崎がどうとかいってたし……」
「確かに、ホン・ファたちは、姉崎の流れを汲む者、ではあるんだがな……」
 ここでホン・ファは、荒野にちらりと視線をやり、荒野が頷くのを確認した。
「その辺の事情は少々入り組んでいて、あまり予備知識のない一般人に簡単に説明をするのは、難しい……」
「……興味があるのなら、後でゆっくり説明するよ……」
 荒野も、そう言い添える。
「この二人は、しばらくヴィ……シルヴィのところにやっかいになる予定だ。
 春からおれたちの学校にも通うそうだから、話す機会は、これからいくらでもある……」
「……んー……。
 そう……」
 香也は、気のない声を出して返事をした。
 一見して、興味がなさそうな反応だったが……今までの香也を思い返すと、香也が、これほど他人に興味を示すのも珍しい……と、荒野は感じている。
「このまま何もなければ……時間だけは、たっぷりあると思うよ……」
 荒野は、香也に向かってそういった。




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