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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(365)

第六章 「血と技」(365)

 ジュリエッタとホン・ファ、ユイ・リィによる酒肴も、一緒に風呂を使っている連中が居間に帰ってきたところでお開きということになった。のほほんと手酌のコップ酒を舐め続けているジュリエッタはともかく、長時間、絶え間なく動き続けていたホン・ファとユイ・リィの二人に関しては、すでに体力の限界に近づきつつある。足元がふらついている状態では、いくら二人が意地になっていても、それ以上はどうしようもない。いくら意欲があっても、ホン・ファとユイ・リィは、身体がついて行かない状態になっていた。
 ……まあ、頑張った方だよな……。
 無駄に終わった二人の努力に対して、荒野はそんな風に評価する。結果として、ジュリエッタに一矢報いようとする二人の行動は無駄な努力に終わってしまったわけだが、荒野の方はというと、この「酒肴」からいくつかの知見を仕入れることが出来た。
 ジュリエッタとホン・ファの体術は師匠であるフー・メイ譲りであり、「格闘戦のみ」に限定すれば、かなりの域に達している。条件を限定しさすれば、楓とだって互角にやり合えるかも知れない。
『……だけど……』
 楓も馬鹿ではないから、仮に機会があっても、よりによってこの二人に近接戦闘をすることは、まずないだろう。楓は、大局をみたり戦略的な判断力には欠けるものの、こと、戦術単位での思考となると、決して馬鹿ではない。相手にとって有利な条件をむざむざ設定するわけがないのだ。
 そして……。
『……ジュリエッタさんも……』
 昼間のフー・メイとの一件でも分かっていたことだが……ジュリエッタの方は、野性的な勘と体力、それに長年に渡って技を磨き培ってきた、熟練の武芸者だ……と、荒野は評価する。戦力、ということでいえば、一族でもトップクラスに入れも差し支えないレベルだった。
 この現代にそんな代物がなんの役に立つのか、と考えるのが現代的な常識というものだが、こと、一族がらみの案件になると、火器をはじめとする現代兵器があまり有効に活用できない局面も多く……ジュリエッタのような一流の武芸者が、荒野たちに友好的、協力的なポジションを取ってくれる……というのは、荒野にとってはかなり心強いことだった。
 人格的、性格的な、つまりメンタルな部分で癖は強そうだが……。
『……そこまで完璧を求めるのも……』
 虫が良すぎるよな……とも、荒野は思う。
 荒野の経験からいっても、基本的に、一族の連中は、熟練の術者になるほど、癖が強くなる。いいかえると、性格にいびつな部分が育ちがちであり……そうした癖の強い連中を渡り合い、あるいは騙し騙しでも使役するのが、現在と未来の、荒野の立ち位置なのだった。
 多少癖があっても、これから「悪餓鬼ども」という未知の存在に対応していこうというこの時期、強力な即戦力になりうるジュリエッタのような存在は、荒野としてみてもかなり歓迎したいところである。
 対して、ホン・ファとユイ・リィの方は……。
『……戦力としてみれば、準一級、くらいではあるんだけど……』
 いや。年齢のことを加味すると、つまり、同年配の他の一族と比較すると、二人とも、それなりに抜きんでた実力の持ち主といえるのだが……。
 やはり、人格的には、まだまだ未成熟であり……進んでなにがしかの仕事を頼みたい、とは、荒野は思わない。
『フー・メイさん……姉崎から預かった、客分……』
 シルヴィも承知しているようだし、そんな対応で、当面は問題ないだろう……と、荒野は、ホン・ファとユイ・リィに対する扱いに関して、心中でそう定義づける。ちょっと風変わりな留学生。他の連中といろいろ影響を与え合うのは結構なことだが、よほど苦しい立場に置かれない限り、「戦力」として助けを求めることはしまい……と。
 今日の新参者のうち、最後に残ったイザベラに関しては……それこそ、荒野は「放置」するつもりだ。
 実のところ、このイザベラが何を考えているのか……荒野には、理解しがたい。というより、理解したくない。目的が、分からない。
 興味本位の観光気分、という本人の主張はそれなりに筋が通っているようにも思えるが、荒野にしてみれば、現在のこの町が置かれた微妙さを承知し、いくら興味を引かれたといっても……世界で一番金持った国の巨大軍需企業オーナーのご令嬢、という社会的地位を投げうち、周到に準備して、長期間「ここ」に腰を据えるつもりで家出してきたジュリエッタという存在は……明らかに、異常、異質な存在であり……つまり、どのように扱っていいのか、判断に困っている。
 故に、荒野は、ジュリエッタに関しては、この時点では判断を保留していた。
 このまま何もなければ、荒野の方も何もしない。しかし、今後、ジュリエッタが意図的に荒野たちの邪魔をしたり敵対行動に出た場合は、躊躇なく排除するつもりだったし、それ以外にも、ジュリエッタの実家から身柄の引き渡しとか強制送還作業に協力を要求されたりしたら、喜んで協力するつもりだった。
 荒野にしてみれば、不確定な不安要素は、少なければ少ないほど、いい……のだった。

 ジュリエッタとホン・ファ、ユイ・リィが風呂場に向かったのを確認し、荒野と茅、それに三島の三人は、真理に傘を借りてマンションに引き上げる。
 どたばたしがちなのは毎度のことではあったが、今日は流石に……。
「……いろいろ、忙しない一日だったなぁ……」
 マンションに帰る途上、我知らず、荒野はぽつりと呟いていた。突発的なイベントだけなら、毎度のこと……なのだが、荒野は、今後の、長期的な影響までも含め、様々な要因を想定して想像力をたくましくしなければならない立場であり……今日のような、どう扱ってよいのか判断に困る新参者が同時に押し寄せてくると……いろいろなことを考えすぎて、気疲れをする。
「……お前さんも、苦労性だからなぁ……」
 若干、げんなりしている荒野の顔色を読んで、三島がそういってケラケラと笑い声をあげた。
「まあ、明日は日曜だし、今夜はゆっくりと休むんだな。ん?」
「……そうしたいのは、山々なんですけどね……」
 荒野は、真面目な顔をして三島に答える。
「月曜から、期末試験があるから……受験生としては、そっちの準備も真面目にしておきたいっす……」
「……妙なところで律儀だな、お前さん……」
 三島は荒野の顔をまじまじと見つめた後、そう呟いた。
「ま……。
 そういうのも、平和でいいといえば、いえるんだが……」

 エレベーターで三島とも別れ、二人きりになると、茅はすぐに荒野の背中に腕を回し、抱きついてくる。茅の行動を半ば予測していた荒野は、茅の肩を抱き寄せた。
 二人は、密着した状態で二人の家に向かう。



[つづき]
目次


Comments

再開ありがとうございます。

再開本当に嬉しいです。これからも更新楽しみの待ってます。

  • 2008/02/19(Tue) 16:37 
  • URL 
  • コタロウ #EBUSheBA
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