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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(373)

第六章 「血と技」(373)

「荒野は、自分の価値を過小評価する傾向があるの」
 つまり荒野は、一族とこの土地の一般人、のみならず、一族と茅たち新種を繋ぐ架け橋的な人材であり……荒野自身が自認している以上に、重要なポジションにいる……と、茅は指摘する。
「茅や、あの三人は、一人一人を比べたら、他の一族以上のことが出来るのかも知れない。
 だけど、それは、必ずしも茅たちが一族よりも優位に立っていることを意味しない。
 その関係は……ちょうど、一族と一般人との関係に、類似している」
「数と、社会性……だな」
 茅の言葉に荒野が頷いた時、商店街のアーケードに到着した。二人は傘をたたみ、しばらくは買い物に専念する。人目がある場所で一族関係の話しをする必要はないし、この商店街の人たちともすでに顔なじみになっているので、買い物がてらに足を止め、軽く世間話をしながらの買い物になる。その分、時間はかかるわけだが、日常の場でのこうしたコミュニケーションが自分たちの心証を良くし、今後何にかしら事が起こった際、荒野たちの助けになる……ということも、荒野は当然計算した上で、愛想よく振る舞っている。もっとも、このような状況になくても、他人の警戒心を呼び覚まさないよう、穏やかに振る舞うことは、荒野にとっては、幼少時より身に染みつけた、ごく自然な態度ではあるのだが。
 そうして時間をかけて二人で両手に持てるだけの食材を買いあさり、さらに最後にマンドゴドラによって店長と軽く立ち話しをし、食後のデザートを調達して帰路についた。マンドゴドラの店長はネット通販の売り上げが好調だとかで多忙そうでもあり、また、相変わらず荒野たちから代金を貰おうとしないのだった。
 傘をさしながら、それなりの重量になる荷物を抱え、その上にマンドゴドラで頂いたケーキの箱を置く……という体勢も、荒野にとってはたいした負担になはならなかった。茅も、荒野ほどではないが、両手に大きなポリ袋をぶら下げた上で傘をさしている。並んでいる荒野の荷物の量と比較するとそれほどえもない感じだが、それでも、生野菜や肉、魚などをぎっしりと詰め込んだ袋を両手に抱えているのだから、重量的には決して軽い荷物ではない。が、最近の茅は体力的にも筋力的にも、以前よりもかなり増強してきているので、あまり苦にしている様子でもなかった。テン、ガク、ノリの三人や一族の関係者と比較すればまったく意味がないほどの成長、ではあったが、荒野の目から見ても、今の茅の身体能力は、同年代の一般人少女たちよりも、よっぽど優れているように見える。
 こうした茅の成長は、ごく短期間のうちに行われた……ということを考慮すれば、瞠目して然るべき現象だった。なにしろ、茅は、この年末までひきこもって生活していた娘、なのだ。
『……まわりに引きずられた、というのはあるだろうけど……』
 それを割り引いても、三ヶ月経つか経たないかのうちに、ここまで……というのは、一族の基準に照らしても異常といえた。そもそも、一族の場合は、「成長の早さ」をあまり重視していない。特にまだ身体が出来上がっていない成長期には、無理をせずに、慎重に「鍛える」伝統がある。
『加納の因子が、強く働いているのかなぁ……』
 加納の者は、一般人でいう第二次性徴期を、ごく短期間のうちに終え、身体を急激に成人させる。茅の場合、ホルモンバランスとかの関係で、それらの性質がたまたまうまく作用していた……ということなのかも、知れない。
 三島や涼治が手配して定期的に身体検査をしている医師たちが何もいってこない、ということは、いまのところ、マイナスの影響がない……ということなのだろうが、一度、三島の意見も聞いておこう、と、荒野は思った。
「……ねえ、茅。
 さっきの話しの続きなんだけど……」
 商店街からしばらく離れたところで、荒野はそうした思考を打ち切り、先ほど中断した会話を再開する。
「……今現在、おれがここで平和に暮らしている……というのをアピールするのが重要だというのも、おれのスポークスマンとしての役割が重要だ、というのも、わかった」
 そもそも、「加納本家の跡取り」として教育されてきた荒野は、交渉やネゴシェイターは、荒事と並んで得意とするとこであり、今後そうした「仕事」が増えるというのであれば、歓迎したい気分もある。
 茅は、黙って頷いて荒野に話しの先をうながす。
「だけど……。
 おれ、正直にいって……今の状況を……一族とか、茅たちを……それに、一般人社会の中でのおれたちを……どうすればいいのか……よく、わからないんだ……。
 その……将来的に、どうしたいっていうビジョンが、ないっていうか……」
 荒野は率直に告白する。
 そもそも……ごく最近になるまで、荒野は、「一族の将来」などということを自発的に考えたりしなかった。それどころか、この土地に来るまでは、目上の大人たちの指示に従っていさえいれば良かった。その指示の中には、荒野の感覚ではかなり理不尽な内容もあったが……疑問に思い、嫌悪感を抱きつつも、結局は、荒野はその指示に従ってきた。
 それまでの荒野は、歯車の一つであり、一兵卒であり……要するに、「自分の判断」を必要とされない立場であったわけだが……今は、違う。
「……おれ一人で抱え込むには……ちょっと重すぎる、問題だよな……」
 少し間を置いて、荒野はそう続ける。
 半ば以上、独白……ではあったが、
「荒野ひとりが抱え込む必要はないの」
 茅の返答は素早く、小気味がいいほどだった。
「ここには、大勢の仲間がいる。茅もいる。
 荒野は、一人ではないの」
「……そうか……」
 荒野は、不意をつかれた気分になった。
「おれは……もう、一人では、ないのか……」
 茅としては、当然すぎる事実を指摘しただけ……なのかも知れない。
 が、荒野にしてみれば、その一言で突然、視界が開けたように感じた。
「みんなで、考えればいいのか……」
「……そう」
 荒野が何気なく漏らした呟きを、茅は、聞き逃さない。
「ここには、大人もいれば子どももいる。
 一族もいれば、一般人もいる。
 その中には、一族の存在を知っていて、荒野の立場を理解してくれる人も、大勢いる……」
 ……荒野は一人ではないし……それどころか、かなり自由に「未来」を変革することが可能な立場にいる……と、茅は、淡々とした口調で指摘した。


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[つづき]
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再開待ってました

  • 2008/06/02(Mon) 00:25 
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  • 喜喜 #lhgDXi1Y
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