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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(364)

第六章 「血と技」(364)

 元々その場からほとんど動くことがなかったジュリエッタは、ホン・ファとユイ・リィを完全に翻弄していた。ジュリエッタはその場に根を生やしたかのようにどっしりと居座り、目まぐるしく周囲を駆け回っては不意を突こうとするホン・ファとユイ・リィの動きを完全に把握し、ゆったりとさえ見える、余裕に満ちた挙動で機先を制し続ける。
 具体的にいうと、ホン・ファとユイ・リィによる攻撃は、手足による打突がメインになるわけだが、そうして繰り出された手足を、
「ほい」
 とか、
「はい」
 とか気の抜ける合いの手を入れながら、軽々とすくい上げたりする。
 そのたびに、ホン・ファとユイ・リィは、面白いように姿勢を崩し、動きを読んで待ちかまえていた楓、荒野、舎人のいずれかに抱えられ、あやうく転倒するところを免れる。
 二人が派手に姿勢を崩す度に、完全に見物に回っていた真理、羽生、三島の三人が、
「……おおっー……」
 とか、感嘆の声をあげ、ぱちぱちと手を打つ。
 緩慢で隙が多いゆおうに見えるジュリエッタの動きによって、きびきびとシャープに動いているように見えるホン・ファとユイ・リィの両名の体は、面白いほどに宙に舞った。
 ホン・ファとユイ・リィにとっては、二人掛かりでもジュリエッタ一人にいいように翻弄されている今の事態は屈辱以外のなにものでもないのだが、真理、羽生、三島らの三人にとっては、完全に酒の席でのよい余興だった。
 なにより、二人の体が浮き上がったりこけたりする様子は、第三者の目にはダイナミックな動きのパフォーマンスに見えたし、それに、三人の周囲を取り囲んだ楓と荒野、舎人の三人が、延々とコケ続ける二人の行先にいちいち先回りして抱きとめていたので、怪我、それに室内の内装や家具が破損することを心配する必要がなかった。
 楓と荒野、舎人の三人は、どうした加減か、ホン・ファとユイ・リィが転ける先に、必ず誰かしらが先回りをしており、二人が派手な転倒をするたびに、受け止め、助け上げている。
『……こいつら……』
 と、現象は、半ば本気で呆れた。
 楓と荒野、舎人の三人は、ホン・ファ、ユィ・リィ、ジュリエッタの動きと動線をある程度先読みし、二人が弾き飛ばされる可能性が高い地点にあらかじめ移動している……ということに気づいた現象は、内心で歯噛みしている。
 実戦経験が少ない現在の現象には、とうていできない芸当だった。
 現象も、自分の身体能力については、かなり客観的に把握している。テン、ガク、ノリの三人、それに茅とともに詳細な測定を行ったばかりだ。それに、毎朝の河川敷でのトレーニングで、一族の平均的な能力というのも把握している……つもりだった。
 瞬発力や筋力など、数値的な値のみを取り出してみれば、現象は、一族の平均値を遙かに超えている。かなり割り引いて判断してみても、そう思える。
 しかし……。
『……本気で、こいつらとやりあったとしたら……』
 現象は、楓にも荒野にも舎人にも、勝てないだろうな……と、本気でそう思う。
 とっさの判断までを含めた現在の現象の「実戦能力」は、楓や荒野、舎人などには到底及ばず、もちろん、その下のテン、ガク、ノリよりも遙かに下……。
『下手をすれば……あいつらと、同レベル……か……』 
 朝、舎人に「遊び相手」として紹介された、高橋君や太介の顔を、現象は思い浮かべる。
 困ったことに……その二人を現象にあてがった舎人の判断は、現象の目から見てもさほど誤ったものに思えなかった。
 今までの経験からいっても、能力的には自分には到底及ばないはずの、他の一族の者たちらも、現象はいいように玩具にされている……という現実がある。
 今の自分に、圧倒的に足りていないものは……と、現象は、思う……戦うためのノウハウと、判断力だ、と。経験が圧倒的に不足しているために、有り余る身体能力を十全に生かし切れていない……と。
『……ならば……』
 とも、現象は結論づける。
『今は……』
 その、最低の地点から、自分を鍛えなおせばいい……。
 幸い、そのために必要な環境下に、自分はいる……と。

 師匠にあたるフー・メイほどには精神修養のできていないホン・ファとユイ・リィは、ここまでの実力差を見せつけられたことですっかり頭に血が昇っており、もはや真理ら三人のギャラリーたちの反応は意識にさえのぼっていない。
 二人の意識は、もはや、「ジュリエッタをいかにして攻略するのか」というただ一点に集中しており、元々鋭かった動きも、さらに機敏なものとなていく。
 ……その割には、相変わらず、二人の攻撃の矛先は、目標に届く前に、当のジュリエッタによりやんわりと潰されしまうのだが。

 そうこうするうちに、やがて、風呂から上がった香也が居間に戻ってきた。
 香也は、そこで居間の中央に座り込んで手酌でコップ酒をグビグビあおっているジュリエッタ、その周囲を飛び跳ねながら時折襲撃を試みてはあえなく返り討ちの憂き目にあっているホン・ファとユイ・リィ、さらにその外側に楓、荒野、舎人がおり、ジュリエッタに弾き飛ばされるホン・ファとユイ・リィを、そのたびに受け止めて抱え起こしている……という風景を目撃することになる。
 香也は、居間で起こっている騒動に対しても、少なくとも外見上は驚いた様子を見せず、即座に部屋の隅に押しのけられた炬燵に入ってスケッチブックを開く。
 香也にしてみれば、昼間の続き、といった感覚なのだろう。
 どっしりと座り込んで一人で酒盛りをしているジュリエッタはともかく、ホン・ファとユイ・リィの動きは、香也には、昼間のフー・メイの動きと相似しているようにみえた。しかも、フー・メイほどの鋭さがないから、目を凝らせば香也の目でも、なんとか動きを追える……ような、気がする。
『……まぁ……』
 まずは、実際にカタチにしてみることだな、と香也は思い、無言のままスケッチブックの紙の上に鉛筆を走らせはじめる。
 すると、それまで成り行きを見守っていた現象が香也の手元を覗き込んで、
「……ここは、こういう格好……」
 とか、香也の目が追いきれなかった二人の動きを、自分でスケッチブックの紙の上に再現してみせる。
 流石に香也よりは、現象の方が二人の動きを正確に把握しているようだった。また、茅やテンと同程度の学習能力を持つ現象は、簡単な人体のデッサン程度はその場で描写できるようになっていた。簡単なデッサン、とはいうのはたやすいが、現在、ジュリエッタ、ホン・ファ、ユイ・リィらの三人が行っているような日常の場ではまずお目にかからないポーズを、人体の各パーツを正確な比率を損なわないで紙の上に再現する、ということはそれなりのスキルが必要となることは、香也が一番よく理解している。
 さらさらと手慣れた様子で香也の目が追いきれない動きを紙の上に再現してみせる現象の手元をみながら、香也は、現象が少なからぬ時間を絵の練習に当てていることを悟った。




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