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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(206)

第六章 「血と技」(206)

 そうこうするうちに酒見姉妹や楓たちも駆けつけ、三島が車で乗り付けた。三島の車に手早く荷物を放り込み、車だけ先に行かせて、全員でだらだらと歩いていく。
 テンと堺は、相変わらずパソコンだとかプログラムのことを話している。ガクは一人だけ重そうな荷物を抱え、楓はテンや飯島舞花、柏あんななどと話しこんでいるし、茅は酒見姉妹に囲まれている。孫子と酒見姉妹がファッションのことなどを話しはじめると、それに飯島舞花や柏あんなも加わった。
 茅はメイド服だし、孫子と酒見姉妹の三人はゴスロリ・ドレスのままだったりするが、そういった外見上、多少、奇態な部分を除けば、仲の良い友人同士がだべりながら道を歩いている、ごくありふれた風景だった。
『今日は、いろいろあったけど……』
 と、荒野は思った。
『……ようやく、平和になったな……』
 もちろん、その荒野の感慨は、早計であったわけだが。

 まず最初に発覚した荒野の誤算は、全員が狩野家の玄関に到着するなり、ノリが、
「……おにーちゃぁーんっ!」
 と叫んで、出迎えた香也の胸に飛び込んで、そのまま、ぎゅーっ、と抱きしめたことだった。
 誰かが止める隙もなかった。流石は最速。
 香也は当初、何が何やら理解できないような顔をしていたが、しばらくノリに抱きつかれたまま、ノリの勢いに押されてその場でぐるぐると回転していたが、唐突に、すべてを理解したらしく、「ノリちゃんっ!」と叫んだ。それ以降もノリは、「おにぃちゃん、おにぃちゃん」と香也の胸に顔を埋め続け、「あーっ!」と悲鳴をあげながらもそれを見守っていた楓、孫子、テン、ガクらの間に、みるみるうちに険悪な空気が広がっていった。
「ま……まぁ、ノリちゃん……ひさしぶりなわけだし……」
 飯島舞花がその場を取りなすように、震える声でそういうのだが、楓とか孫子とかテンとかガクとかの耳には入っていない様子だった。
「そうそう。
 ひっさしぶりー、だからぁー……。
 こう、ぎゅうっとしてぇ、おにーちゃん成分補給しているのぉ……」
 ノリが、やたらとご機嫌な声を出して、険悪な空気を醸しだしはじめた少女たちの神経をことさらに逆撫でする。
 ……どっかで聞いたようないいぐさだな、と、荒野は思った。
「ノ、ノリちゃん……今日は、大活躍だったしっ!
 え、MVPってやつ?
 だから、多少、大目にみても……いい、かなぁ……って……」
 そのように取りなしを図った柏あんなの声も、楓とか孫子とかテンとかガクとかに一斉に睨まれ、途中でいきなりトーンダウンしてそのまま立ち消えになる。
 この家の状況をよく知らない酒見姉妹は、顔をこわばらせて小声で茅の耳元に何事か囁き、茅はそれに頷き、姉妹の耳元で何やら囁き返す。すすると双子の顔に、唐突に理解の色が浮かび、「……なんでこんな男が……」とか、モロ値踏みするような表情で香也の顔を無遠慮にじろじろと眺める。
「……なんだ、お前等……」
 どんどん重苦しい空気に包まれていく周囲、蒼白な顔をしている香也、一人だけ上機嫌のノリ……という構図を破ったのは、台所の方からやってきた三島百合香だった。
「来たんなら、そんな所に突っ立ってないで、さっさと中に入ってこっちに手伝え……」
「……は、はいっ」
「行きます行きますっ」
 飯島舞花と柏あんなが、これを幸いとばかりに三島の指示に従って台所に向かった。
「と、徳川さんっ!
 さっきのパーツっ! もう組んじゃいましたっ?」
 堺雅史がそういって居間に入ると、
「お、おれにも見せてっ!」
 栗田精一も取り残されては大変とばかりのその後を追う。
「……あ、あの……ノリ、ちゃん……」
 香也が、これ以上の緊張には耐えられないとばかりに、ついに声をかけた。
「そろそろ……離れてくれないと……。
 その……ここ、寒いし……な、中に入らないと……」
「……えー……」
 ノリは不満そうな声を上げたが、それでも、しぶしぶ、といった感じで香也から体を離す。
「あっ。
 それじゃあ、ねっ! おにーちゃん!
 離れていた間にボクが描いた絵、見てっ!
 真理さんの荷物は?!」
「汚れものって聞いてたから、お風呂場の方に置いといたけど……」
 香也は、とりもなおさず、ノリが離れてくれた事に安堵しつつ、さりげなく少し、後ずさった。
「……わかったっ!
 お風呂場だねっ! おにーちゃんは、暖かいところで待っててっ!」
 テンはばっと身を翻し、廊下の奥に姿を消した。
 ……香也を含め、その場にいた全員が、ほっと安堵のため息をつく。
 香也ががっくりと肩を落とし、そろそろとした足取りで居間に向かうと、楓と孫子とテンとガクも、ぐったりと消耗した後ろ姿を見せて、それに続いた。
「……商店街の騒ぎの後も、あんだけ元気だったやつらが……」
 荒野はそう呟いて、一人、慄然とした。
 楓と孫子とテンとガクを相手にして、これだけ短時間に消耗させるとは……ノリ、恐るべし。

「……加納様……」
 その場に荒野と茅、それに酒見姉妹だけが残ると、酒見姉妹が小声で荒野に尋ねてきた。
「この家……いつも、こんな調子なんですか?」
「今朝もいったろう」
 荒野は、澄ました顔をして答える。
「おれの知り合いに、おれなんかよりもずっともてるやつがいるって……」
 その問答の後、茅と酒見姉妹は、紅茶の道具一式を取りに行くとかで、一度マンションに戻った。

 荒野が居間に入ると、炬燵にスケッチブックを広げた香也が入っており、その横にべったりとノリが抱きついて、香也の広げたスケッチブックを一緒に覗きこんでいる。
 テンは徳川や堺たちと一緒に組み上げたばかりのパソコンに向かいながら、時折、ちらちらと香也とノリの方を伺っている。
 ガクは、誰からも離れた場所で炬燵にあたりながら、「……どうせ、ボクなんか……」とか「ボクだって……もっと育てば……」とかいいながら、うらぶれた表情で紙パックの牛乳をグラスにも移さず、そのまま直接、ちびちびと舐めるように飲んでいた。
 台所で三島の手伝いでもしているのか、楓と孫子の姿は居間には見あたらなかった。
 ……ノリの帰還により、このところ落ち着いていた、この家のパワーバランスが、またそぞろ不安定になったのは、ほぼ確実だな……と、荒野は確信する。
 荒野は「君子、危うきに近寄らず」という日本の俚諺を想起しながら、なるべく何気ない、自然な口調で、
「どう? ノリの絵……」
 と、香也に声をかける。
「……んー……」
 香也は、いつもにもまして、長く唸っていた。
「……いや、短い間にこれだけ描けるようになったのは……正直、凄いと思うけど……」
 香也は荒野に向け、ぱらぱらとスケッチブックのページをめくってみせる。
 そこに描かれているのは、ホテルの窓からみたような俯瞰加減の構図の風景だったり、ベンチに座る人だったり、どこかの公園の風景だったり…ー。
「……うまい……じゃないか……」
 荒野の目には、ノリが描いたというそのスケッチは、緻密で達者なもののようにみえた。
 少なくとも、昨日今日、描きはじめたような稚拙さは、見とることができない。
「うん。
 うまいことは、うまいんだけどね……」
 香也は、言葉を濁す。
「……何?
 おにーちゃん、どこか、おかしい?」
 香也が浮かない顔をしているのをみて、ノリが急に心配そうな表情になる。
「……おかしくは、ないんだけど……」
 香也は、慎重な口振りで、ゆっくりと言葉を押し出した。
「ぼく……今の学校の先生から、お前の絵はうまいだけで面白くない、っていわれてたんだけど……。
 そうか。
 こういうことなのか……」
 香也は、一人で頷いている。
「うまいけど……面白くない?」
 ノリが、きょとんとした顔をして、目をパチクリさせる。
「うん。
 これ……ノリちゃんの絵……ぼくのと、同じ。
 正確なんだけど……これだと、写真と、同じ。
 ノリちゃんの絵では、ない……」




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彼女はくノ一! 第五話(289)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(289)

 楓とノリが合流した時には、すでに他のメンツは集合し終わっていていった。
「……量は多いけど、品数が少ないから……」
 そういった飯島舞花は、栗田と二人で豆腐としらたきばかりをどっさりと買い込んだらしい。
「人数が多い、ってのもあるけど……先生、他人の懐当てにして、ことさら高いものを指定してきたし……」
 和牛の霜降りばかりをキロ単位で買ったの、初めてだよ……と、荒野は苦笑いした。
「……わたしたちは、お野菜どっさりです……」
 楓が、荒野に言葉に追従した。
「……こっちは……マイタケとかエノキとかシメジとか……。
 嵩が張らないし、軽いから助かったけど……」
「……かにっー!」
 柏あんなと玉木がそれぞれに答えた。
 玉木は後ろに、弟と妹も引き連れている。
「……かなりの人数を見越している、ということは、わかった……」
 膨大な量の食材の袋をみながら、荒野が呟く。
「賑やかなのは……いいことだと思いますけど……」
 楓も、そういってみる。
 その時、見覚えのある三島の小型国産車が近づいてきて、車道から軽くクラクションを鳴らした。
「……全員揃ったか?
 材料、全部車んなかに入れろっ!」
 三島の指示に従って、三島の車の後部座席に助手席に食料を詰め込む。
「……あれ? ガクちゃん、それは……」
「これ、ボクの」
 ガクだけが、自分の荷物を手放そうとはしなかった。
 どうやら本当に……山ほど、牛乳を買い込んできたらしい。

 真理が去ってから二時間ほどは静寂のうちに過ぎた。
 しかし、徳川が軽トラで門前に乗り付け、庭のプレハブに乗り込んで、
「おい、絵描きっ!
 玄関を開けるのだっ!」
 と、途中説明を省略して命令するに至って、香也の平穏はあっけなく破られる。
「……ん?
 ……んー……」
 突如乱入してきた徳川に向け、香也は首を捻ってみせる。
「わからないやつだな。
 荷物を届けてやったから、母屋に運び込めるようにせよ、といっておるのだっ!」
 語調の激しさとは対照的に、徳川はにやにや笑いながら香也にいった。
「おっつけ、他の連中も来るから、さっさと玄関を開けるのだっ!」
 徳川とは顔見知りだし、強硬に反対すべき理由もなかったので、香也はのろのろと立ち上がり、玄関に向かう。プレハブを出た所で、見覚えの女性に、「すいませんね、強引で……」と頭を下げられたが、香也は軽く会釈を返しただけだった。
 香也が玄関をあけると、軽トラの座席から徳川とスーツ姿の女性が段ボール箱を家の中に運び込む。
 ぼおっと見ているのも何なので、香也も小さくて軽そうな箱を選んで運搬作業を手伝った。
 徳川は、居間に入るやいなや、平たい箱の梱包を解いてむき出しの基盤を取り出し、それに、小さな箱状のもの、平たいウェハース状のものなどの、いくつかの部品を手際よく据え付けていく。
 徳川と一緒にいた女性は、荷物を降ろし終えると、「トラック置いてきます」といい残して去っていった。
 はじめてみる作業に、香也が興味津々、という様子で手元をのぞき込んでいると、
「……そこのケース……一番大きな箱を、開梱しておいてくれ……」
 と、徳川は白衣のポケットからカッターナイフを取り出し、香也に手渡した。
 香也がいわれた通り、梱包の段ボール箱を開け、中のケースを取り出す。ケースを取り出して畳の上に起き、香也ははじめて、徳川は、今、パソコンを組み立てているのだ……と、気付いた。
「……パソコンの中身って、こうなっているのか……」 
 と、思わず呟くと、徳川が、
「これがメモリ、これがCPU、これがハードディスクと……」
 と、一つ一つの部品を指さして教えてくれる。
 しかし、根本的な所で基礎知識に欠ける香也には、そう説明されてもそれらのパーツが具体的にどのような役割をはたすのか、まるで想像がつかないのであった。
 徳川はあっという間に本体を組み上げてケースの蓋も閉め、今度は液晶ディスプレイの梱包も解いて炬燵の上に安置し、出来上がったばかりの本体とケーブルで繋ぐ。
 さらに、キーボード、マウスなども接続して、電源もとり、スイッチを入れる。
「……これが、BIOS画面……正常に作動しているのだ……」
 と、荒野には理解不能のことを呟き、すぐに電源を切った。

「……おっーしっ!
 いるなっ! 荷物いっぱいあるから、運ぶの手伝えっ!」
 徳川が組み立て作業を終えた頃に三島百合香が到着。
「うまいもん食わしてやるから、お前も手伝えっ!」
 といわれれば、香也に断る術はない。
 三島の車に積んであった食材を降ろし終え、三島が車を駐車場に置きに行ったのと入れ違いに、今度は荒野たちが大人数でやってきた。

「……おにーちゃんっ!」
 そう叫んで、いきなり抱きついてきた塊があった。
 香也は不意をつかれて足元をふらつかせたが、香也が後ろに倒れ込む前に、抱きついてきた塊が香也の体を回転させる。
 すぐ近くで、「……ああっー!!」というかなり切迫した合唱があがる。
「……えっ……。
 あっ。あっ……」
 当然の事ながら、香也には何がなにやらわからない。
 誰かに、抱きつかれている……。
 それも……女の子、だ……。
 体の柔らかさといい、ほのかに感じる体臭といい……。
 いきなりこんな事をする者に心当たりがないっ!
 ……とは、必ずしも言い切れないのが厳しい所だが……少なくとも、こんな、みんなが見ている前で、いきなり抱きついてくるような大胆な真似をする子は……。
 香也は、必死になって心を落ち着かせながら、周囲を見渡す。
 こんな真似をしそうな候補者の中からから、驚いた顔をして現在、こちらを見守っている人々を差し引いていく。
『……そういえば、真理さん……』
 昼間、帰ってきた時、真理が意味ありげに微笑んで、「……びっくりするわよぉ……」とかいっていたことを、香也はようやく思い出す。 
 香也がそんなことを考えている間にも、その子は香也の胸に顔を埋めたまま、「……おにーちゃんだぁ……本当の、おにーちゃんだぁ……」と甘えたような子を出しながら、玄関先で香也ともども、ぐるぐるーっと回転しはじめた。
「……え? あっ、あっ……」
 香也は、ようやくその子の正体に思い当たる。
 覚えている姿と、あまりにも印象が違うのだが……。
 声だけは、変わっていなかった。
「……んー……」
 香也は、おそるおそる確認した。
「ひょっとして……。
 ノリちゃん?」
「……そうでぇーすっ!」
 香也の胸にことさら自分の体を押しつけながら、しばらく会わない間にすっかり大人っぽくなったノリが、元気よく答える。
「……ほんーっとぉっ!
 会いたかったぁ!
 おにーちゃーんっ!」
 脳天気な口調でそういい、成長したノリは、すりすりすり、と、飽くことなく、香也の胸に頬ずりを繰り返す。
 実に幸福そうなノリとは対照的に、二人を取り囲む人々の中に、かなーり不穏な空気が漂いはじめる。
 香也の顔から、一気に血の気が引いた。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(205)

第六章 「血と技」(205)

 しばらく細かい話し合いをしてから、徳川が「早速、パーツを購入してメインマシンを組む」といいだした。すると、三島も「ノリが帰ってきたから、宴会でもしよう」などといいだし、一旦解散して買い出しにいくことになる。
 飯島舞花と栗田精一、柏あんなと堺雅史、酒見姉妹、それに荒野と茅、楓とガク、ノリが組になり、三島からそれぞれ「買い物メモ」を受けとった。
 徳川とテン、それに孫子は揃って電気屋さんにパーツの調達に向かう。
 三島は、一通りメモを書いて渡すと、「三十分後、マンドゴドラの前に集合」と言い渡して、自分は車を取りにいったん帰宅する。

 解散すると、荒野と茅は三島のメモに従って、肉屋さんに向かう。
「……なんだよ、薄切りの霜降り牛ばかり五キロと、ラード、ヨード卵三ダースって……」
 三島のメモをみながら、荒野は嘆息した。
「すき焼き、だと思うの……」
 茅はそう推測する。
「大勢だし……。
 先生、一度帰って、割り下を作ってから、車回すと思うの……」
 茅の推測が正しければ、他の連中は、野菜とか豆腐、それにしらたきなどをやはり大量に買わされているに違いない……と、荒野は思う。
「……ま、どうせ、竜斎のじいさんのおごりだから、どうでもいいっていやいいんだけど……」
 三島はメモを渡す時、取り上げた竜斎の財布から景気良く札束を多めに取り出して、買い出し組に手渡していた。ご丁寧に、
「ツリはとっとけ。領収書もいらんからな……」
 と付け加えて……。
 商店街に金を落とすことになるし、あれだけ暴れた竜斎にも同情の余地はないのだが……あの時の三島の様子だと、普段、滅多に口に出来ないような高級食材ばかりを指定していることも、十分に考えられた。
「……遠慮しねぇなぁ、あの先生も……」
 いろいろと問題の多い性格の持ち主だが、料理の腕は確かだし、それ以上に口が驕っている。
「でも、そのおかげで、おいしいものが沢山食べられるの……」
 茅は、そう答える。
 茅は相変わらず、愛用のメイド服姿だったが、周囲にゴシックだったりロリータだったりするひらひらとした装飾の多用した同年輩の少女たちがわんさかいたので、かえって地味みえるくらいだった。
 ……ただ単に、荒野の目がその姿に慣れてしまっただけかも知れないが……。

 買い物は、人が多かったのと、始終、通行人に話しかけられたりしたので、なかなか移動することができず、玉子と肉を買うだけで、普段の三倍以上の時間がかかり、あやうく待ち合わせの時間に遅刻しそうになった。
 マンドゴドラのCMなどで地元ではそこそこ顔が知られていたことに加え、今朝の雪かきで茅の顔を見かけた人が多かったらしく、年輩の人に呼び止められて、「これ、もっていきなさい」などと飴とか菓子を押しつけられた事も何度かあったし、一緒に仕事をした地元住民のボランティアの人に声をかけられることも多かった。
 集合した際、集まっていたみなにそのことを話すと、多少の差こそあれ、みんな同じような経験をした、ということだった。
「……大丈夫、大丈夫。
 ちゃんと、ボランティアのリーダーはおにーさんと茅ちゃんだといっておいたから……」
 と付け加えたのは、飯島舞花である。
「……それはそうと……」
 もはや、抗弁する気力も沸かないようになっていた荒野は、一人だけ妙に角張ったビニール袋を抱えたガクに声をかける。
「……ガク、お前……。
 先生、牛乳ばかりそんなに買えっていってたのか?」
 荒野は、紙パックの牛乳ばかりをごっそり持っていたガクに、思わずそう声をかけずにはいられなかった。
「……放っておいてくれよ……。
 ボク……これ飲んで、背も伸ばして、むちむちのぷりんぷりんになってやるんだから……」
 非科学的、かつ、意味不明な返答だった。
「いや……どうでもいいけど……これ、全部自分で飲むつもりか……」
 荒野は、ごく自然な動作でガクから目をそらし、
「……胃腸薬もついでに買っておいた方がいいぞ……」
 と、小さな声で付け加えた。
 そして、心の中では「……いや、こいつのことだから、この程度のことでは腹もこわさないか……」と思ったりする。
 一緒に行動していた筈のノリや楓とどういうやりとりがあったのか容易に想像できたので、荒野はあえて追求しなかった。
「……だけど、ノリちゃん……。
 ほんの何日か会わないだけだったのに、随分大人びた雰囲気になっちゃって……」
 そう口にだしたのは、柏あんなだった。
「……身長では、柏追い抜いたな」
 と思わず口に出しかけて、荒野は慌てて口をつぐむ。
 柏あんなは、小柄でスレンダー自分の体格にコンプレックスを抱いている、と、普段の言動から察していたからだ。
 そこで、
「なんか、いきなり、育ったよな……」
 と、当たり障りのない返答をしておく。
 すぐそばで、ガクが地べたに座り込み、「育ってやる、絶対に育ってやる」とか、ぶつくさと小声で呟いている。
「あれ……背が伸びるのはいいけど……関節とか、大丈夫かな?
 体がうまく出来てないうちに一気に伸びたりすると、へんな所に負担がかかったりするけど……」
 心配そうにそういったのは、飯島舞花である。
 この年齢で百八十を越える舞花自身の経験から、思い当たることを呟いたのだろう。
「そうだな……。
 近いうちに先生がきちんとした検査すると思うけど、一応、気をつけるようにいっておくよ……」
 荒野としては、そう答える。
 どのみち、定期的な検査は以前から行っているし、短期間のうちにこれだけの変化をみせたノリの検査をしないわけがない、とは思っていたが……だからといって、荒野の側から提言してはいけない、ということもあるまい。
 そう返答しながら、荒野は、舞花が「水泳部」に所属するのも、関節部によけいな負担をかけないスポーツだから……という事なのかも知れないな、と、思った。
 そんなことを話しているうちに、新しいマシンのパーツを調達しにいった、孫子とテンが手ぶらで合流してきた。
「……徳川は?」
 荒野がそう尋ねると、
「パーツと一緒に、トラックで先にいってますわ」
 と、孫子が答える。
 徳川は先に狩野家にいって、マシンを組み立てている、という。
「まるで、おもちゃを与えられた子供みたいなものですわ……」
 徳川の様子を、孫子はそう評した。
「しかし……すごいな。
 いきなりで、パソコン一台ちゃっちゃと作っちゃうのか?」
「そんな、大げさなもんでもないよ。
 パーツとか、チップセットごとに規格化されているから……相性のいいパーツを買い集めて、マニュアル通りに組み上げるだけだし……」
 テンが、舞花に説明する。
「ボクも、マニュアルみせてもらったけど……パーツ数も限られているし……未経験の人でも、簡単な説明書があれば、すぐに作れるよ。
 プラモデルよりも簡単なくらい……」
 その場にいた堺雅史が、うんうんと頷いている。
「……へぇー。
 そういうもんなのか……」
 舞花も、目を細めて頷いた。
 舞花にとってパソコンとは、メーカー製の完成品を買うもの、だった。
「今回は、用途的にある程度のスペックが必要だったから、最新のCPUとグラッフィクボードを組み合わせて、メモリやハードディスクも高速なのにして、ハードディスクはRAIDにして、データの保全性を高めたんで、結構値段がいっちゃったんだけど……」
「いや、でも、パーソナルユースならともかく、業務用として使うなら、それくらいの出費はしょうがないよ。
 冒険して大切なデータ、壊してもなんだし……」
 ついに、堺雅史が口を挟んだ。
「……うん。
 それ、徳川さんも孫子おねーちゃんもいってた……。
 お金をケチって安全性を犠牲にしては、元も子もないって……」
 ここにいる中で、二人の会話を理解できる者は、他に茅くらいのものだったが……その茅は、二人の会話に参加しなかった。



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彼女はくノ一! 第五話(288)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(288)

 しばらく様々なことを話し合った後、徳川が、
「……メインのマシンくらい、さっさと作っておくか……」
 といいだして腰をあげたので、その日はそこで解散、ということになった。
 三島が、「せっかくノリが帰ってきたし、こんだけの人数が集まっているのだから……」と、いいだし、もともとノリのいい人間が揃ってもいたので、即、「宴会にしよう」ということになる。
 会場は、ほぼ自動的に、一軒家にしては広くて、多少、人数が集まっても融通が利く狩野家に決定する。
 テンと孫子が、徳川について電気屋さんに向かう。電気屋さんでは自作PC関連通販も扱っており、現在、そこの在庫にあるなかで、もっとも高性能なパーツを組み合わせるつもりだ、と徳川はいう。
 テンは荷物持ち、兼、見学、孫子は会計担当として、無駄な出費を監視するためについていく、ということだった。徳川の工場に入り浸っているテンは、今回に限らず、徳川から吸収できることはとにかく何でも吸収する心づもりでいる。
 それ以外の連中は総出で買い出し、だった。
 商店街は目下激混み、ということで、三島から貰った買い物メモをもって、二、三人づつのグループを作って散る。

「……本当は、早くおにーちゃんに会いたかったんだけどね……」
 楓はガク、ノリと一緒に行動することになった。
「順也先生のだけでなく、いろいろな絵、みれたし……それに、スケッチも、いっぱいしてきたし……」
 でも、帰ってくると同時に「商店街で緊急事態発生!」のメールが着信し、急遽、徳川の工場に向かったのだ、と、ノリはいう。
 気付けば、夕方のいい時間になっている。聞いていた通りに、商店街の人出は予想以上で、とにかく前に進むのに時間がかかった。おしゃべりをするのには、好都合だったが。
「……工場にいったら、なんか目つきの鋭いおじさんに誰何されるし……すぐに徳川さんに連絡して貰って、無事に装備を渡して貰ったけど……」
 目つきの鋭い……仁木田さんのことかな?
 と、楓は思った。
「装備っていえば……あの、ライフル……以前から、射撃訓練とかしてたんですか?」
 楓は、周囲の通行に配慮し、声を小さくしてノリに聞いた。
「ううん」
 ノリは、あっさりと首を横に振った。
「ただ、CADデータとかは前に見てたし、構造については頭に入っていたから……後は、手がなじむまで、少し時間がかかったけど……。
 はじめっから、遠距離からの精密射撃は無理だと思ってたし、その分、足をうまく使う戦い方を心がけたんだ……」
 事なげにそう説明するノリの目線は、今では楓とほぼ同じ高さである。
 楓の記憶にあるノリの顔つきよりずっと大人びた表情だった。
「……ぶっつけ本番で、あれだけ……」
 ……この子には、天性のセンスが備わっているな……と、楓は思う。
「その代わり、テンとガクは、ボクができなかった経験を、いっぱい積んでいるわけだし……」
 あとでゆっくり話しを聞かせてね! ……と、ノリはガクの首に腕を回して抱き寄せた。
「……後、あの分身、なんですけど……」
 二人でじゃれあいはじめたノリとガクに、楓は遠慮がちに声をかけた。
「え?
 あれも、はじめて。
 あのおじいさんがやってたのみて、ひょっとしたらできるかなぁーって思ってやってみたら、思ってたより簡単にできた。
 体が大きくなった分、軽くなったっていうか……思った以上に、動けるようになっている……」
 だけど……あんな無理な動き、負担が大きいから、短時間しかできないけどね……と、ノリは付け加える。
 と、いうことは……以前はできなかった、ということで……。
「ひょっとしたら、出来るかも」程度の思いこみを実現し、現場の状況に合わせて応用してみせた、というわけだから……。
『……やはり、この子には……』
 天性の勘、というべきものが、備わっている……と、楓は確信した。
 突発的な状況に対する応用力、という点では、三人の中でも突出しているのではないか?
「……アレもなー。
 本格的に使いこなすとなると、ボク専用のカスタ間マイズが必要となるんだけど……。
 ま。そういう話しは、後でじっくり……」
 そういいながら、ノリはガクの首を極めたまま、軽々と持ち上げてみせる。
 ガクがばたばた手足を動かすが、考えごとをしているノリは、その動きに注意を向けない。
「……ノリちゃん……」
 楓は、指摘した。
「いい加減、離さないと……ガクちゃん、落ちちゃいますけど……」
 事実、先ほどまで手足をバタつかせていたガクも、今ではぐったりとしてノリの腕にぶら下がっている。
「……え?
 あ。
 や、やばい……。
 うっかりして、身長差があること、忘れてたっ!」
 ノリが慌てて腕の力を緩めると、ガクが地面に降りたち、盛大に咳こみはじめる。
「……だ、大丈夫、ガク……。
 ごめんねー……。
 前と同じ調子でやってた……」 
 以前なら、後ろから首を抱いても、ガクの体をぶら下げる、ということにはならなかったのだろう。
 ノリ自身からして、今の自分の身長に、慣れきっていない……ということだった。
「……ちっきしょうぅ……」
 ノリに背中をさすられながら、上体を前に倒してひとしきり咳こんでいたガクは、しばらくして、涙目になりながら、そう呟いた。
「……ノリに悪気がないのは、分かっているけど……。
 ボクだって、ボクだって……す、すぐに育ってやるかんなぁ!
 ノ、ノリよりずっと背が高くなって、そんでもって、楓おねーちゃんよりずっとぼいんぼいんになってやるんだぁっ!」
 この場にテンか孫子がいたら、「何をお馬鹿なことをいっているのか」といった意味の冷静なツッコミを入れたのだろうが、楓とノリは目を点にするばかりだった。
「……ガクっ! どこに行くのっ!」
 そのまま、だっ! と駆け去ろうとするガクの背中に、ノリが声をかける。
「牛乳を買いにっ!」
 ガクは、振り返りもせずに叫び、すぐに人混みの中に紛れて姿を消す。
「……ええと……」
 楓は、ノリと顔を見合わせ、困った顔をした。
「あの分では、心配はいらいないと思います……」
「そう……だね……」
 ノリは、決まりが悪そうな表情を浮かべた。
「「……とりあえず、お買い物すませちゃいましょう……」」
 期せずして、二人でそう唱和する。

 楓とノリが二人で三島に指定された買い物を済ませ、集合場所であるマンドゴドラの前に移動すると、他の面子の中に、両手にビニール袋を抱えたガクも混ざっていた。
 宣言した通り、大量の牛乳を買い付けてきたらしい。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(204)

第六章 「血と技」(204)

 それがきっかけになって、子供たちだけで集まっての打ち合わせ大会がはじまった。具体的な話しとなると、一見して性格も資質も異なる子供たちが、それぞれの長所を生かすように話し合いをしながら、仕事の割り振りをテキパキと進行させていく。
 そのうち、ケーキのケースを抱えて酒見姉妹が戻ってくる。
 新しいケーキと紙コップのソフトドリンクが配られ、打ち合わせの声はますます活発になった。
「……この子たち……いつもこんな感じなの?」
 小埜澪が、目を丸くして、そばにいた野呂静流に問いかけた。
「……さ、さあ……。
 わ、わたしも……ここに来たばかりですし……」
 静流も、戸惑ったように答える。
「で、でも……この人たちが、すっごい行動力を持っているのは、確かなのです……」
 玉木が合図したので、有働が、ハンディカムを持ち出して、打ち合わせを続ける荒野たちを少し離れた所から撮影しはじめた。
「……いつも、こんなもんだな……」
 二人の側に近づいてきた三島百合香が、そう声をかける。
「実際、性格も違いすぎるし、いつもはバラバラもいい所なんだけど……いざとなるとざっと勢いよく動き出すしなあ、こいつら……。
 今日、この爺さんを追い詰めた時も、そうだったろ? ん?」
 そういって三島は、縛られている竜齋を指さす。
 それから、
「……ところで、この爺さん……いつまで、このままにしておくんだ?」
 と、付け加える。
 そういわれて、小埜澪と静流は、顔を見合わせた。
「わ、わたしも……それ、気になっていたんですけど……」
「あー……。
 それ、話し合うために、こうして集まったと思ってたけど……」
「好きにしていいよ、そんなもん……」
 荒野が、こちらを振り返って少し大きな声を出した。
「ひょっとしたら何か裏があるかと思ったけど……どうやら、単に目立ちたいだけのようだったし……」
 荒野の方には、これ以上、竜齋に確認するべきことはない、ということらしかった。
「……そーか、そーか……」
 小埜澪はにんまりと笑って自分の拳を合わせ、指を鳴らしはじめる。
「では……今まで、苦労させて貰った分は、楽しまないとな……」
「……あの……お嬢……。
 尋問とかなら……わたしが出りゃあ、一発で頭の中覗けるんですけど……」
 という東雲の控えめな申し出は、当然のように無視される。
「お、おじさまは、少し痛い目にあった方が、いいのです……」
 静流がそう呟くと、いつの間にか背後に寄ってきていた野呂の代表たちがうんうんと頷いた。
「じゃあ、この爺さんは、うちら、一族の関係者でいいように始末つけるから……」
 そういって、小埜澪は、簀巻き状態の竜齋の襟首掴んで、ひょいと、持ち上げた。
「……死なない程度に、しておいてくださいよ……」
 荒野は興味なさそうな口調で、竜齋を抱えた小埜澪を先頭にぞろぞろと外に出て行く一族の者を見送る。

 これだけの面子が揃う機会も、あるようでない。
 ノリが揃ったこともあり、「話し合い」をいつまでも続いた。シルバーガールズのこと、ボランティアのこと……なにより、「防衛」のこと……。
「今回のイベントも、商店街としては十分に成功だと思われているし……駅周辺にみっちりと監視カメラを据えるのは、問題ないと思うけど……」
 玉木は、そういう。
「なにしろ、維持費も含めてタダで配るわけですから……そうでないと、困りますわ……」
 孫子が、肩を竦める。
「問題は……その程度で、簡単に捕まる相手のなのかどうか、ということだが……」
 徳川が、そういって荒野の顔をみる。
「……ま……難しいだろうな……」
 荒野は肩を竦めて、軽い口調で返答した。
「第一に、ご本尊たちが直に足を運ばなくても、こちらを攻撃する方法はいくらでもある。
 第二に、駅周辺だけを監視しても、別のルートで入ってくる可能性もある。
 まさか……道の一本一本を監視するわけにもいかんだろう……」
 物理的には可能でも、費用がかかりすぎる。
 仮に、荒野が「悪餓鬼ども」と呼ぶ子供たちを捕捉できたとしても……「発見できた」というだけであり、そこから先はまた別の方策を実行しなければならないのだ。
 それを考えると、「早期警戒」だけに過剰にリソースをつぎ込むわけにもいかなかった。
「今朝もあのおのっおねーちゃんがいってたけど……相手がいやがることをするのが攻撃だ、っていうのは、本当だね……」
 ガクが、珍しく険しい顔をしながら、呟く。
「結局、やつら……何もしないでも、こうしてボクたちにプレッシャーをかけて、追い詰めているわけだし……」
 そういうとガクは、目の前に置かれたショートケーキを手掴みにして、猛然と食べはじめた。
「……ガクは、心理戦が不得手だからなぁ……」
 テンが苦笑いした後、荒野に尋ねる。
「かのうこうや……やつらの情報、なんか入った?」
「まだだ」
 荒野は、短く答えた。
 正式にシルヴィに情報収集の依頼をしてから、まだいくらも経過していない。
「こんな短時間では、ろくな結果はでないよ。
 仮に、それらしい情報を掴んだとしても、その真偽を評価するのにもそれなりに手間や時間がかかるわけだし……」
 現代では、「それらしい情報」を収集すること自体はかなり容易になっている。ただ、プログラム的な装置に頼り過ぎると、その中から「本当に役に立つ情報」をより分けるためのフィルタリングが、軽くオーバーフローしてしまうため、結局は、まだまだ人間の判断に頼る部分が大きい。
 例えば某軍事大国が膨大な予算を費やして世界中の情報網を傍受するための機構を作り、現在も稼働中であるが、集められる情報の量に対してフィルタリングの効率が悪いため、当初の予定ほどには役に立っていないといわれている。




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彼女はくノ一! 第五話(287)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(287)

「……孫子おねーちゃん……。
 この間、売るっていってたソフトの代金、少し前借りできない?
 そろそろ、ボクら専用のマシン調達して、家に置いておきたいんだけど……」
 ガクは、今度は孫子の方に顔を向け、話しかける。
「それは構いませんが……。
 ……映像処理用……というと、かなりハイエンドなものが必要なのではないですか?」
「そうなるね……」
 テンが、頷いた。
「でも……走らせるソフトは自分たちで作るつもりだし、ハードの方も出来るだけ安くあげるように努力するよ……」
「回線を繋いげば、工場のマシンで処理することも可能だが……」
 今度は徳川が口を挟む。
「……もちろん、それもやるけど……たとえ分散処理をするにしても、処理系をこっちでも立ち上げておいた方が、後々、何かと便利でしょ?」
 ノリがそういった。
「……いつまでも、にゅうたんのパソコン借りてばっかじゃ、どうしようもないし……」
「……各自で使用する末端と、ハイスペックのセンター・マシンという構成のがいいか……」
 徳川が、少し考え込む顔になる。
「そうだね。
 LANで繋いで、重い処理は、高性能のマシンに回す方ってが、ロス少ないし……」
 テンが、徳川の思いつきに頷いた。
「……荒野」
 茅が、荒野の方に振り返った。
「うちからも近いし、そのLANに無線で接続できるようにしておけば、後々何かと便利だと思うの……」
「いいけど……」
 荒野は、茅の言葉にあっさりと頷く。反対すべき理由がない。
「……おれたちのマシンだけじゃなくって……楓専用のノートくらい、そろそろ都合つけとくか……」
 荒野は軽い口調で、そう付け加える。
 楓も、学校のマシンを使うか、家ではテンたちと同じく、羽生のマシンを借りている身だ。
「それは、いいですけど……」
 しかし、楓の反応は、はっきりとはしなかった。
「でも……お金が……」
「その程度の金額なら、特に問題はない」
 荒野はそう断言した。
「それよりも、マシンがないという環境のせいで楓が自分の能力を十分に発揮できないとしたら……そっちの機会損失の方が、問題だ……」
「そうなの」
 茅が、荒野の言葉に頷く。
「楓も、遊んでいる暇はないの」
「当面、必要になるのは、ノートパソコン四台と、ハイスペックなメイン・マシンが一台。
 それらをLANで繋ぐ器具一式……」
 孫子が、まとめはじめた。
「費用は、うちの会社の設備費ということで落としますわ。
 その代わり、四人ともそれなりの働きをして貰います……」
「いい、けど……」
 テンは、左右のガクとノリの顔を見渡してから、孫子に頷く。
「ボクたちは、当面、シルバーガールズの作業が優先ね……」
「もちろんです」
 孫子は、即座にテンの言葉を首肯した。
「楓には、うちの会社で使用する、業務管理用のソフトを作ってもらいます。
 ボランティア用に作ったシステムを改良すれば、それなりのものが出来る筈ですから……。
 もちろん、仕事をしてもらう以上、相応の報酬は支払います……」
「……あのシステムの改良ということなら、今日、実際に使ってみた時に……」
 茅が慌てて部屋の隅に置いていたノートパソコンを取りに行こうとしたので、
「……待てよ、茅……」
 荒野が、慌てて止めた。
「そういう細かいことは、また後でやろう。
 今は、みんな揃っているし……それに、シルバーガールズの話題が、まだ終わってない。
 結局……茅は、引き受けるの?」
 荒野のそういわれ、足を止めた茅は、一瞬、目蓋を忙しく開閉し、その後、
「……やるのっ!」
 と力強く答えた。
「……と、いうことだ」
 荒野は、テンたちに向かって、そういった。
「必要な情報は……後で……」
「……今まで撮影した素材を、そっちの末端で見られるように設定しておくのだ……」
 徳川は、そういって頷いた。
「そっちのIPアドレスを教えるのだ」
 撮り溜めた映像素材は、全て徳川の工場にあるサーバに置いてある。
 それらのデータを、特定のIPアドレスのみに解放し、自由に閲覧できるようにすることは、現在の設定に少し手を加えるだけで、簡単に行えた。
 茅と徳川は、そうした設定の変更に必要な情報を教えあい、その後、茅が、
「……二、三日中に、シリーズ構成は仕上げておくの……」
 といった。
 なにげに、言葉に力が入っていた。
 茅たちがそんな話しをする間にも、孫子は、少し離れたところで何カ所かに電話をかけていた。
「……ノートパソコンの方は、明日、手元に届くように手配しました」
 電話をかけ終えた孫子が、再びみなの元に近づいて、そういう。
「うちの会社で使う分は、倉庫に入れておきますが、みんなが使う分は、家の方に届けさせます」
 この頃には、孫子も駐車場や倉庫などを借りあげ、着々と起業の準備を整えていた。現在行われている商店街のイベントが終わり次第、つまり、事務所として使用する予定の店舗が開き次第、稼働できる体制が整いつつある。
 ちょうどその時、
「「……ケーキ、持ってきました……」」
 マンドゴドラのケースを抱えた酒見姉妹が、帰ってきた。





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「人でなしの恋」

無限の住人」の沙村広明が描く無惨絵集

人でなしの恋
人でなしの恋
posted with 簡単リンクくん at 2007. 1.28
沙村 広明
一水社 (2006.12)
ISBN : 487076654X
価格 : \3,000
通常24時間以内に発送します。

はい。
割と有名なマンガ家さんによる責め絵……SM画集です。 CONTINUE

「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(203)

第六章 「血と技」(203)

 テンとガクは、荒野を中心に何やらややこしい相談をはじめた人たちとは少し距離を置いて、旧交を暖めていた。
 何しろ、それまでずっと一緒にいた仲間だし、三人のうち一人だけが、これほどの長期に渡って離れて暮らす、ということも、今までに例がない。荒野たちが話している内容に興味がない……ということもなかったが、最近、多少知恵がついてきたといっても、三人はその「育ち」から、圧倒的に「世間」というものを構成する事柄に関しての知識が不足している。
 特に、「世論」とか「経済」といった、複雑で多面的な事物についてはなかなか理解が及ばず、荒野や徳川、孫子が話す内容にまるでついていけず、従って、軽く聞き流すことはしていても、こちらから口を挟む、ということはなかった。
 テンとガクは、ノリがいない間にここで起こった出来事、それに、ノリの方は、はじめて訪れた様々な土地の話しなど、と、話すべきことはいくらでもあり、話題はいつまでも尽きなかった。

 当初はシルバーガールズのコスチュームのマンドゴドラに駆け込み、衆目を集めて、マンドゴドラの売り上げに貢献してきたのだが、ここに呼び戻されてからは、プロテクターやヘルメットを脱いで普段着に戻っている。
「……ノリ、予想通り、背が伸びてる……」
 テンが、半ば呆れたような口調で呟く。
 座っていてさえ、ノリと目線を合わせようとすると、少し見上げるようにしなければならない。コスチュームから着替えたノリは、真理の影響か、以前なら着用しないほっそりとした足のラインを際だたせるミニスカートを履いていた。
「ノリ、縦に育ったよね」
 ガクも、どことなく白けた表情になる。
「……ボクたちより、おねーさん……楓おねーちゃんや孫子おねーちゃんと、同じくらいに見える……」
「……そ、そう……」
 ノリは、どことなく照れくさそうな表情で頬に片手の掌を置き、にやけはじめる。
「……大丈夫。
 テンやガクだって、すぐに大きくなるよ……」
 そういってノリは、手近にいたガクの頭に、ぽんぽんと掌を乗せた。
「……ノリ……。
 帰ってきたら、性格が悪くなった……」
 たちまち、ガクがむっとした表情になる。
「それに……ノリ、縦に背は伸びても、横には全然育ってないじゃん……。
 ほれ、ほれ。
 ブラなんていらないんじゃないのか、これ……」
 そういってガクは、素早くノリの胸に掌を押しつける。
「……やっぱり育ってないし……」
 三人娘は、すぐに騒がしくはしゃぎはじめる。
「これっ!」
 つかつかと近寄ってきた三島が、ぱん、ぱん、ぱん、とスリッパで三人の頭をはたいて回った。
「……帰るそうそう、何をやっているのか……」
「……そう、そう……」
 鎖で縛られたままの竜齋が、懸命に首を伸ばして横合いから突っ込みをいれる。
「……つるぺたにはつるぺたの良さというものが……」
 しかし、三島百合香と三人娘、それに柏あんなに殺気の籠もった視線を送られ、途中で言葉を切り、あらぬ方向に視線を逸らす。
 そうして、夢中でおしゃべりするうちに、マンドゴドラで包んで貰ったケーキはあっという間に消費された。
「……おかわり、貰ってこようか……」
 テンが腰を浮かしかけると、
「「……あっ。
 わたしたちが、取ってきます……」」
 と、酒見姉妹がそれを押し止める。
 もちろん、自分たちもご相伴に預かろうという魂胆があってのことだし、荒野たちがマンドゴドラで顔パスであることを知った上で、自分たちの存在もアピールし、今後いくばかの役得を、と計算している節もある。
 取り上げてテーブルの上に放置してあった竜斎の財布を当然のように持ち上げ、酒見姉妹は意気揚々と外に出ていった。

「……過ぎたことをぐちぐちいっても、取り返しがつくわけでもなし……」
 酒見姉妹がケーキのお代わりを取りに行ったの機に、ガクが荒野たちの会話に強引に割り込み、話題を変えさせる。
「……それよりも、さ。
 シルバーガールズの今後のこと、なんだけど……みんなで前々から話していたんだけど、有りものの素材をうまく繋げて筋の通ったものにする、シリーズ構成とか編集作業をやれる人、今、いないんだよね。
 ノリも戻ったし、これ以上撮影を続けるにしても、そういうのがしっかりとしていないと、効率悪いから……できれば、茅さんにやって欲しいんだけど……」
 ガクにしてみれば、「シルバーガールズ」の計画を進行させる事の方が、荒野たちが話している内容よりも興味が持てるのであった。
「……茅が?」
 いきなり話しを振られた茅は、驚いたように顔を上げ、目をぱちくりさせる。
「……シルバーガールズの?」
「うん。制作総指揮」
 ガクが、頷く。
 昨日の夜も、そんな話しをしていた所だし、ノリが帰ってきた今、本格的に「シルバーガールズ」の制作体勢を整えるのには、いい機会だと思った。
「全体像がはっきりさせないまま、これ以上進めるのも、本当、効率悪いし……。
 シナリオができたら、これから足りないシーンの撮影に入るれし……。
 あと、合成とか編集に必要なツールも、三人掛かりでこれから作ろうって話しを、今、していて……」
 正確にいうのなら、そういう打ち合わせは、以前からメールや携帯で頻繁に話し合っていた。いい機会だから、三人がかりで「使える」動画処理用の多目的ツールを一から作ってしまおう、という結論も、すでに出ている。
「……孫子おねーちゃん……。
 この間、売るっていってたソフトの代金、少し前借りできない?
 そろそろ、ボクら専用のマシン調達して、家に置いておきたいんだけど……」
 茅の返事も待たずに、ガクは、今度は孫子に話しを向ける。
「それは構いませんが……。
 ……映像処理用……というと、かなりハイエンドなものが必要なのではないですか?」
「そうなるね……」
 テンが、頷く。
「でも……走らせるソフトは自分たちで作るつもりだし、ハードの方も出来るだけ安くあげるように努力するよ……」




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彼女はくノ一! 第五話(286)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(286)

「……問題が、山積みだよ……」
 一通り、「現在の問題点」を挙げ終えると、荒野はそういって、小さくため息をつく。
 すると、今度は徳川が、
「……そういう問題も、一つ一つ解決していくしかないのだ。
 第一、それらの問題のうちいくつかは、もう解決に向け動き出している……」
 といいだし、それがきっかけとなって、孫子と一緒になって、いくつかの「事業展開」について事細かに説明をしはじめる。
 徳川と荒野に出資させて、孫子が現在、立ち上げようとしている人材派遣の会社は、まだ本格的に開業もしていないので、どれほどの利益を生むのかは、この段階では明言できない。
 が、徳川が所有する特許やパテントなどの知財がもたらす利潤を、特に海外で、より効率よく回収するマネジメント事業は、すでに軌道に乗りはじめており、徳川の会社の収益は、目に見えて向上している、という。
 才賀系列の企業と、優秀な法務の専門家にコネを持つ孫子は、テンやガクが制作したソフトも、積極的に売り込んでいる。孫子の伝によると、そちらも「手応え良好」ということで、うまく周りはじめれば、かなりの収益をあげそうだ、という。
 徳川が行っているのは、まず孫子のライフルや投擲武器類、それにシルバーガールズの装備類などの製造があげられる。が、当然のことながら、それらからは、まるで利益をあげることが出来ない。資金的なことをいうなら、完全に持ち出しだった。
 その他に、例の監視カメラの製造、なども行っているが、これはまだまだ試作品の段階であり、無料でこの近辺に設置させて貰って、これから性能テストを行おうという段階だから、現実に利潤を生みはじめるのは、そうとう先になるだろう。また、この過程で、テンやガクに、「ソフトとハード、両面における、製造開発業の初歩」を教え込んでいる……という一面もある。
 徳川は他に、工場を開放することで、「シルバーガールズ」の撮影に協力する、なども行っており、このことにより、ここ数日、徳川の工場には、放送部や校外の撮影スタッフ、それに、暇のある一族の者が気軽に立ち寄ってちょこちょこと撮影を手伝う、一種の「溜まり場」になってしまっている。
 そのおかげで、妙に撮影機材の扱いに慣れた一族の者が多くなってきたり、端役のアクション・キャストとして「シルバーガールズ」に出演する一族の者が続出したりするのだが、それらの関連についてはいずれ詳細に説明する場面がくると思うのでここでは割愛する。
 話題が「シルバーガールズ」のことに及ぶと、荒野は、
「さっきの映像、放映したんだよな?」
 と、玉木に確認した。
「反応……どうだった?」
「何を心配しているのか、想像できるけど……」
 玉木は、そうした荒野の反応を予測していたので、冷静に返答することが出来た。
「……全然、心配する必要はないと思う。
 だって、さ……。
 予備知識なしにいきなりこれみて、普通……本当のことだと思う人、いると思う?」
 そういって、玉木は、持ち込んだディスプレイを指さす。
 そこには、「鉄板を振りかぶって、ミスターRをふっ飛ばすシルバーガールズ」の映像が流れている。
「……確かに……」
 荒野は、表情を消して答えた。
「常識的に考えたら……ありえない絵、だよな……」
「みんな……あまり出来の良くない、合成かCGだと思っている……と、思うよ」
 玉木は、頷く。
「一部……近くのビルに登って、わざわざアーケードの上を覗き込んでいた人もいたようだけど、大多数の人は、アーケードの上なんか、見えないから……」
 ディスプレイ越しの映像と、玉木のアナウンスだけで、この件をみていた人々は……十中八、九、「仕込みだ」と思うことだろう。
 玉木は、この映像をリアルタイムで放映していた時、「これが事実である」と断言することは、巧妙に避けていた。
「商店街に大勢つめかいけていた人々の間にパニックを起こしたくはなかった」というのが、主たる理由だったが……。
「……どのみち、学校の関係者には、カッコいいこーや君たちのことはバラしているわけでさ。
 だから、生徒の家族とか口コミとかで、地元ではそれなりに伝わりつつあるわけですよ、君たちのことは……。
 地元的には、そうした断片的な情報にふれていた人たちが、その情報について確信を得ることになった……ということになると思うな、今回の件は……」
 玉木は、そう続ける。
 イベントにつられて遠隔地からやってきた人たちにとっては、所詮、一過性のネタであろう。
「……噂が広まっていって、それを裏付けるための事実が次々と人目に晒されていく……そういう過程だ、ということか……」
 荒野は、呟く。
「……いずれは……とは、思っていたけど……。
 いつも、想定した以上に、早いペースで事態が進行していくんだよな……」
 後半は、ほとんど愚痴だった。 
「……いいじゃん、別に……」
 いきなりそう口を挟んできたのは、テンとともに久方ぶりに再会したノリを囲んで仲間内のおしゃべりに興じていた、ガクだった。
「……過ぎたことをぐちぐちいっても、取り返しがつくわけでもなし……。
 それよりも、さ。
 シルバーガールズの今後のこと、なんだけど……みんなで前々から話していたんだけど、有りものの素材をうまく繋げて筋の通ったものにする、シリーズ構成とか編集作業をやれる人、今、いないんだよね。
 ノリも戻ったし、これ以上撮影を続けるにしても、そういうのがしっかりとしていないと、効率悪いから……できれば、茅さんにやって欲しいんだけど……」
「……茅が?」
 荒野とのとやりとり以来、目に見えてしょぼーんとしていた茅が、不意に話しを振られて、顔をあげる。
「……シルバーガールズの?」
「うん。制作総指揮」
 ガクが、頷いた。 
「全体像がはっきりさせないまま、これ以上進めるのも、本当、効率悪いし……。
 シナリオができたら、これから足りないシーンの撮影に入るれし……。
 あと、合成とか編集に必要なツールも、三人掛かりでこれから作ろうって話しを、今、していて……」




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(202)

第六章 「血と技」(202)

 それから、荒野が主導する形で「今回の件の反省会」みたいな雰囲気になった。
 荒野は、いう。
「おれが目指しているのは……その、あくまで可能な限り……自分たちにできる範囲内で、全力を尽くす、ということで……。
判断ミスで、本当なら使える筈の戦力を出し惜しみしたまま、あとで後悔するようなことは、したくない……ということですよ……」
 そう前置きした後、楓などの意見も聞きながら、今回の件での戦略面の不備を簡単に指摘し、「使える戦力を、十全に使用することが出来なかった」と指摘、その理由として、
「……判断力の問題。
 通信の、不備……そもそも、命令系統さえ、ないから……情報の伝わり方に遅延や無駄が多い。
と、被害を出さない、という第一目標が、どうも、末端まで伝わっていない、という問題。
 地元住民の感情も、気になるし、それらの不都合を解消するためには、お金も必要となる……」
 と、一つ一つ数え上げ、最後に、
「……問題が、山積みだよ……」
 といって、嘆息してみせた。
「……そういう問題も、一つ一つ解決していくしかないのだ……」
 それまで黙って荒野の話し聞いていた徳川が、発言する。
「第一、それらの問題のうちいくつかは、もう解決に向け動き出している……」
「そのうち、資金面に関しては、ご存じの通りいくつかの計画が進行中であり、成果をあげはじめるのも時間の問題です」
 孫子が、徳川の意見を補足した。
「数ヶ月もすれば、かなり改善される筈ですわ」
「……あと、この町の人たちの感情ってやつだけど……」
 玉木が、おずおずと言い出す。
「今の所は……その逆はあっても、悪化するってことは、ないけど……」
「でも……現実にシャレにならない被害者……例えば、おれたちがここにいるせいで死者とかが出れば……そんなもん、あっという間にどん底になる」
 荒野の反応は身も蓋もないものだったが、ある意味ではとても現実的な見解だった。
「おれたちが、今のところ、受け入れられているのは……まだ、被害がでていないからだ……」

 その時の荒野の表情を観察していた小埜澪は、「なるほど、きつい状況だな……」と、そう思う。
 荒野は、自分が置かれている状況に、かなりよく対応している方だとは思う。
 だが……。
『流石に……余裕が、ないな……』
 今、この土地で荒野がやろうとしていることは、ごくごく限られた戦力で、この町全体をすっぽり守り尽くす……それも、「いつくるのか予想がつかない敵襲」から守り抜く、ということであり……それは、大の大人にとっても、かなり困難な話し……もっとありていにいえば、ほとんど不可能な話しだ。
 ゲリラ戦や無差別攻撃を完全に阻止するメソッドは、現在のところ、世界中のどんな組織も、確立していない……。
 荒野の年齢と、置かれた立場を考慮すれば……それもまた、仕方がない部分もあるが……荒野は、なるほど、同じ年頃の平均からすれば、かなり「出来た」子だろう。
 今、ここにいる仲間たちを含めて、大人以上の能力を持っている……と、そう断言しても、構わない。
 そのような前提を認めた上で、さらにいうのなら……守ろうとしているものの大きさと重さを考慮すれば、「彼ら」はあまりにも無力すぎた。
『……だから……』
 このような「不意の」トラブルに遭遇すると……普段は表面にだしていない、不安や苛立ちが、表層に出てしまう。
 能力的には、優秀。性格にも、問題はない。
 責任感が強く、他人の立場や思惑を思いやれる共感能力も、ある。
 そんな荒野の長所が、現在置かれている状況によって、全て裏目にでることも、十分にありえるのではないか……。
 小埜澪は、現在の荒野の態度から、そんな印象を受けた。
 非常に……危なっかしいな、と。
『……どこかで、投げ出すなり手を抜くなりすれば、気が楽になるのに……』
 今の荒野に対して、そんなことを思ってしまう。
 もう少し、年齢を重ねた人間なら……良くも悪くも、自分の限界というものを、意識してしまうから……その限界を超えた部分までは、責任を持とうとしない。
 しかし、荒野は……おそらく、今まで挫折らしい挫折を経験したことがないのではないか? と、小埜澪は、推察する。
「たいていのことが出来る」という、荒野の基本性能の良さが……かえって、荒野の視野を狭くし、抱えきれない荷物までを抱えさせようとしているのではないのか……と、小埜澪は、現在、荒野たちを取り巻く状況を、そう分析する。
『……これで、もし……』
 荒野が一番恐れているように……この町の、荒野に近しい無辜の人たちが、とばっちりを受けて死傷したら……。
『そんな時……』
 荒野自身は……無事でいられるのだろうか?

「……嬢さん……」
 小埜澪が物思いに沈んでいると、東雲目白が小声で声をかけてくる。
「気持ちはわかりますが……わたしら、通りすがりのもんに出来ることは、限られていますぜ……」
 小埜澪と東雲の付き合いは、長い。
 態度や顔つきで、小埜澪が何を考えているのか、東雲にはだいたいの所、想像がつくのだろう。
「……わかっている」
 小埜澪も、声をひそめて頷いた。
 無関係の大人が、気軽に割り込める状況ではない。
『……荒神さんほど、超然とできればなぁ……』
 誰よりも強力な能力を持つあの人は……そんな能力など、ほとんどの場合、なんの役にも立たないということを承知している。

 小埜澪は……荒神ほど悟りきって「不干渉」の立場を堅持できないし、荒野ほどまっすぐに自分の力を世の中に役立てようすることも出来ない……自分自身の中途半端さを、自覚した。
 そして、荒野に対しては、
『どこかで……ポッキリと折れないと、いいけど……』
 と、心配をする。




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彼女はくノ一! 第五話(285)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(285)

 竜斎のその言葉を聞くと、荒野は話しの矛先を茅に替えた。
 何故、自分をもっと早く呼び寄せなかったのか、と荒野が問いつめると、茅は、戦力的に、その時商店街にいた人間で十分にフォローできると判断し、荒野への連絡はメールのみに止めておいた、といった意味の返答をする。
 茅の返答を確認した荒野は、「早い時点で自分を呼んでいれば、もっと短時間で事態を収束させることが可能だった」、「現に、ノリが参戦するまでは、実質上は膠着状態にあった」という二点を指摘し、茅の前髪を指で弄びながら、「もっと荒野のことを信用しろ」といった意味のことを告げる。
 その口調は、決して茅を責めるものではなく、いかにも寂しげに響いたことで、それまでもしょげかえっていた茅の表情は一層、痛ましいものになる。
 それから荒野はその場にいた茅以外の者も含めて、「自分たちがここに住む以上、無関係の一般人に被害はださないことを第一の目標とする」旨、改めて強調し、孫子やテン、ガク、ノリ、それに移住組の一族の者にも同意を求める。
「とにかく、被害者を出さないことを第一の目標にする」……という荒野の方針に意義を唱える者は出現せず、少なくともその場にいた者の間では、おおむね受け入れられたようだった。
「……だけど、それは……」
 そこで口を挟んだのは、小埜澪である。
「いいたいことは、わかるけど……それ、実際に徹底するには、戦力がぜんぜん不足しているんじゃないのか……」
 小埜澪は、これまで見てきた荒野の言動を、どちらかというと好ましく思っている。同時に、ともすれば、極端な理想論に走りがちな部分に危惧も抱いている。
 荒野がいいたいことは、目指すところは、よく理解できるし、共感もするのだが……それ、つまり、「被害者を出さない」ということを徹底するには、それこそ住民数に数倍する人数を用意し、交替で二十四時間警護に当たらせる……くらいのことをしても、それでもまだ完全ではない。
「完璧な安全」というものを期そうとすれば、それはかなり高くつきすぎるから、たいていは「そこそこ」で妥協するのが常識的な対応だった。
 ようするに、「コストの問題」であり、荒野の理想論を現実にするには、膨大な資金とマンパワーが必要となる。
「……わかっています……」
 小埜澪の指摘に、荒野は素直に頷く。
「おれが目指しているのは……その、あくまで可能な限り……自分たちにできる範囲内で、全力を尽くす、ということで……。
 判断ミスで、本当なら使える筈の戦力を出し惜しみしたまま、あとで後悔するようなことは、したくない……ということですよ……」
 そう前置きしてから、荒野は、
「……例えば……今回の場合、竜斎という第一級の戦力が相手だったわけから……出し惜しみせず、最初の段階で、全戦力をぶつけるべきだったんだ……」
 と反省点を挙げる。
 それから、
「楓……あのままノリが来なかったとしたら……お前なら、どう竜斎を取り押さえる?」
 と、今度は楓に話題を振った。
「わたし……ですか?」
 いきなり話しを振られた楓は、最初のうちおずおずとした態度で周囲を見渡していたが、そのうちしっかりとした口調で答える。
「……みなさんと、連携できる体制を整えて……かろうじて、竜斎さんの動きについていける人が、総出で牽制しながら押し包んで……逃げ場と動きを封じた上で、加納様とか、小埜さん、それにテンちゃんとかの打撃力に突出した人に、とどめをさしてもらうとか……それとも、東雲さんに協力してもらうのも、いい手かもしれませんね……。
 逃げ出せない体勢を整えてからなら……どうにでも、できると思います……」
 話しはじめた時、頼りなかった楓の口調は、話しを続けるほどにしっかりとした口調になっていく。
「……その、逃げ出せない体勢、だけど……」
 荒野は、重ねて尋ねた。
「あの時の戦力で作り出すことが、可能だったと思うか?」
「……できた……と、思います」
 少し考えてから楓は答えた。
「わたしと、テンちゃんとガクちゃん……それに、野呂静流、小埜澪さんが中心になって……さらにその外側に、他の一族の皆様が、包囲網を構築すれば……竜斎さん動きをかなり制限できた筈です……」
「……負けない……被害を出さない、最小限に止める……ということを第一義に考えると、こういう結論になる……」
 楓の回答に対して、荒野は満足そうに頷いた。
「……逃げ道を塞がれたら、竜斎の長所である速度は、かなり制限される……。
 おれでも、似たような作戦を採用すると思うな……」
「……動きを制限して貰えれば……」
 孫子が片手を挙げた。
「……わたくしも、十分に戦力になりますわ……。
 今回は、途中から乱戦になって、同士撃ちになる可能性が増大したので、成り行きを見守らせていただきましたが……」
 ……そうだな……というように、荒野は孫子の言葉に頷く。
 今の時点では……やはり、茅よりも、楓や孫子の方が、「実戦」の場では的確な判断力を発揮する。
 やはり……経験値に差がありすぎる……点が、多い。
 楓や孫子は、相対した相手の実力差を見抜くセンスがあるし、実力差があると認めた上でも、その場その場で最上の方法を躊躇なく選択するセンスも持ち合わせている。
 そして、そうしたセンスは……机上の学習ではなく、ある程度経験を積まなくては身に付かないものではないだろうか? と、荒野は思った。
 茅が、楓が出るのを抑えていた……ということは、聞いていたが……楓に、その茅の制止を振り切って飛び出すほどの自主性があれば、今回の件も、また違った展開になっていたに違いない。
 そんなことを思いながら、荒野は指を一本づつ折っていく。
「……まず、判断力の問題……」
 ひとさし指を折る。
「……通信の、不備……そもそも、命令系統さえ、ないから……情報の伝わり方に遅延や無駄が多い……」
 中指を折る。
「……あと、被害を出さない、という第一目標が、どうも、末端まで伝わっていない、という問題……」
 くすり指を折る。
「……地元住民の感情も、気になるし……」
 小指を折る。
「……それらの不都合を解消するためには、お金も必要となる……」
 親指を折る。
「……問題が、山積みだよ……」
 自分の握り拳を見ながら、誰にともなく、荒野は呟いた。




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ろ~ぷれ ぬめりの中の小宇宙

ろーぷれ―ぬめりの中の小宇宙 ろーぷれ―ぬめりの中の小宇宙
大見 武士 (2006/11/27)
少年画報社

この商品の詳細を見る


エロマンガ・スタディーズ」を読んで以来、それまであまり気にしていなかったエロマンガをチェックするようになった今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?

秋葉原ブログ」さんの、
ローション漫画ろーぷれ 「ぬるっと重版再入荷」
というエントリで知ったこの本、

何故か18禁マークがついていません。

未成年でも堂々と買えます。

値段も「¥570(税込)」と安いです。

内容は、
「引っ越しの荷物に紛れ込んでいたローションの壜が、同じアパートに住む住人たちの間を転々としていく」という連作短編。

アパートの住人たち、それぞれカップルが、

もちろん、そのローションを使用してやるわけです。

巡るローションの糸車です。

ヒロインはそれぞれ
第一話=「素直になれない幼なじみ

第二話=「有能だけど思いこみが激しく天然の気がある眼鏡上司管理職」

第三話=「未開発で反応がよろしくない恋人」

第四話=「セックスレスで、夫の浮気を心配する人妻

第五話=「無口系スク水彼女」

……と書きだしてみて、思わず、
それどこのエロゲですか?
といいたくなる最強の布陣です。

ローションの質感はあまりうまく再現されていないようですが(絵だと難しいんです、あれは)、その代わり、女性の体の曲線が、非常によろしいようです。
スレンダーだけど柔らかそうっていうか、ぷにゅぷにゅ感がよく表現できている。
外見的な部分だけでなく、短いページ数の中で、それぞれのヒロインをいききと描くことに成功していると思います。

この連作以外にも、巻末に一本独立した短編を収録。
これもローションだけど。

コストパフォーマンスを考えたら、それなりお買い得な一冊なんじゃないでしょうか?


「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(201)

第六章 「血と技」(201)

「……ほぉ……」
 荒野の目が、すぅっと細まった。
「すると、竜齋さんは……こちらの窮状を汲んで、このような騒ぎを起こしてくださった、と……そうおっしゃるわけですか……」
 一度呼び捨てにした後、また「さん」づけに戻し、静かな口調で確認する。
 丁寧な言葉遣いであるが故に、なおさら迫力があった。
 ……うわぁ……と、側で様子を伺っていた玉木は、自分の顔から血の気が引いていくのを実感する。
 カッコいいこーや君……もともと美形なもんだから、こういう恫喝モードに入ると、なおさら迫力があるよ……と、心中で悲鳴を上げていたりする。
 荒野の周囲の気温が、急に何度か低下したような錯覚さえ覚えた。
「……玉木……。
 さっき倒れて、運び込まれた人たちは……」
「……無事だよ。肉体的にも精神的にも。
 もともとぐっすりと寝てただけだし、その軽薄そうなのがなにやらしたとかで、集団で貧血を起こした、ということで納得してくれている……」
 玉木の代わりに、呼び出されて診察を行った三島百合香が、静流のいれたお茶を啜りながら、答える。
「……でもなぁ……まるっきり、あり得ない、ってこともないけど……。
 どう考えても、確率論的に不自然だろ? あれだけの人数が固まって一度に貧血起こす、なんて……。
 暗示だか催眠術だか知らないが、そうそう何度も使える手口じゃないぞ……」
「……その件に関しましては、わたくしにも責任がないわけではないので、それなりに補償をさせていただきましたけど……」
 孫子が、うっそりと呟く。
 この場合、「補償」という語は、「口止め料」という意味をも含む。
 そして、孫子の声に珍しく力がないのは、孫子自身、この件に関して、自省する所があったからだ。
 孫子は、人が多い場所であのような特殊な弾頭を使用した自分の判断の甘さを、少なからず悔いている。
「実際には……目覚めた時、ちょうどあの騒ぎのクライマックス……そこの竜齋さんが追い詰められた所が中継されていたので、みんなそっちに夢中になって、自分のことはあまり意識してなかったようですが……」
 そう解説してくれたのは、有働勇作だった。
「……あの時、商店街にいた人たち、ほとんどディスプレイにかぶりつきだったし……ネットの方でも、あの中継前後から、シルバーガールズ関連のアイテムに、予約が殺到しています……」
「……だ、だからさ……」
 玉木は、緊迫した荒野の雰囲気にビビりながらも、せいぜぢ声が震えないように自制して話し出す。
「その……結果的には、どうやらみんないい方法にいったみたいだから……カッコいいこーや君も……」
 ……そんな、怖い顔しないで……と続けようとした時、
「……茅……」
 玉木の発言にかぶせ、硬い口調で、荒野は茅に話しかける。
 荒野に話しかけられた茅が、ビクン、と肩を震わせる。
「……真っ先におれを呼ばなかったのは……なんでだ?
 学校からここまで、おれがとばせば、五分とかからないんだが……」
「……そ、それはっ!」
 茅が、慌てて声を張り上げる。
「これだけの人数がいるし……すぐに取り押さえられると思ったからっ!」
 そういって茅は、ずらりと並んだ二宮系と野呂系の術者を腕で示す。
「だけど……実際には、竜齋が出現してから取り押さえられるまで、十五分以上……二十分近い時間がかかっている……」
 荒野は、冷静な口調で事実を告げた。
「たまたまノリが帰ってこなければ……もっと長引いていたかも知れないし……。
 無関係の第三者に、怪我人や……最悪の場合、死者を出していたかも知れない……。
 特に、こんなに人が多い場所でいざこざが起きたら……どんな強引な手段を使っても、一刻も早く収束させて、被害を最小限に止めるべきなんじゃないのか?」
 荒野が平坦な口調でそう続けると、茅はがっくりと肩を落とす。
「おれと楓が組んで向かえば……ノリがいなくとも、なんとかなったかも知れないのに……」
「……楓に、出るな……茅の側にいて、といったのは……茅なの……。
 楓自身は、行こうとしたけど……」
 茅は小声で付け加えた。
「……過ぎた事を、あまりいっても仕方がないけど……」
 荒野はため息をついて、ゆっくりと首を横に振った。
「おれは……おれたちがここにいることで、元からここに住んでいる人たちに迷惑をかけることを、望んではいない……。
 そのためになら、たいていのことはする……というつもりで、ここに住み続ける決心を固めたんだ……。
 だから、さ……。
 茅。
 もう少し、おれを信用して欲しいな……」
 そういって少し哀しげな顔をした荒野は、茅の前髪に指を入れ、くしゃりとかき回した。
「……いい機会だから、これからここに住もうっていう移住組にもいっておく。
 おれは、ここの住人に被害だしてまで、ここに居着きたくはない……」
 そういって荒野は、二宮と野呂、それぞれの代表たちの顔を見回した。
「誰か一人でも、一般人に深刻な被害がでたとしたら……その時点で、おれたちの負けだ……。
 そうならないためには、どうするのが最上なのか……そういう考え方ができるやつらだけが、おれの指示に従ってくれればいい……」
 そういって荒野は、寂しげに微笑んだ。
「……ごめんなさい……」
 茅が、か細い声で、荒野にいう。
「別に、責めているわけではないよ、茅……」
 荒野は、ふたたび首をゆっくりと振る。
「ただ……また、こういうことがあったら……真っ先におれを呼んでくれ……。
 おれ自身が出るかどうかは……おれが、判断する」
 それから荒野は、孫子やテン、ガク、ノリの方に顔を向け、
「……そういう方針で、いいな?」
 と、確認した。
 誰も異論を唱えなかった。




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彼女はくノ一! 第五話(284)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(284)
「……こーちゃーん!
 こっちにいるー?」
 表の方から香也を呼ぶ真理の声がしたのは、昼食が済んで奇妙な男女二人連れが出ていってからしばらく経った昼下がりのことだった。
 朝からバタバタしていて、ゆっくりと絵に集中できる状況ではなかったが、何しろ数日ぶりに聞く真理の声だったから、香也はすぐに立ち上がってプレハブを出ていった。
「……こーちゃん。
 ちょっと、お洗濯をする物、中に入れるの手伝って……」
 真理はワゴン車のエンジンも切らず、家の前に停車したまま、車の中からトランクとか紙袋を出している。どうやら、車を車庫に入れることもなく、そのまますぐに出るつもりらしい。
 香也は、素直に真理のいうとおり、車の中から出した荷物を玄関の中に運び込んだ。
「……途中までノリちゃんも一緒だったんだけどね、急用が出来たとかで途中で降ろして来ちゃった。
 こーちゃん、今度、ノリちゃんと再会したら、驚くわよぉ……」
 真理はいたずらっぽく微笑みながら洗濯物を香也に押しつけ、
「……それじゃあ、あと一週間くらいしたら、本格的に帰ってくるから……」
 といい残して、再びワゴン車に乗り込み、姿を消した。
 僅か五分にも満たない、あっさりとした再会だった。

 荒野が茅からのメールに気付いたのは、手作りチョコ講習が終わりって携帯を確認した時のことだった。
 着信していたメールを開いて文面を確認し、荒野は軽く眉をひそめた。そこには、「どうみても野呂竜斎にしか見えない覆面の男が、商店街で女性たちに悪戯をしかけてきた。関係者が総出でその男の身柄を確保しようとしている」といった文面が簡潔にしるされているだけで、続報はない。
 今まで、荒野に連絡を取ろうとしてこなかった所をみると、「それなりになんとかなってはいる」のだろうが……「続報がない」という事実が荒野を不安にさせた。
 荒野は後かたづけを開始した部員たちに一言声をかけてから、茅の携帯に電話をかけ、詳しい情報を求める。
 茅はすぐに電話をとったが、何故が動揺してうわずった声で、「もう、竜斎は確保した」、「真理に同行していたノリが帰還して、竜斎の確保に尽力した」などの事実を荒野に告げる。
 荒野は、「場所が場所だし、かなり派手なことになったのではないか」と思ったが、それを確認する前に、茅の方から「関係者を集めておくから、後で合流してからしっかりと説明する」といった意味のことをいわれたので、いくつか感じていた疑問を保留にして、「こっちの片づけが終わってから、そちらに寄る」と告げて通話を切った。
 通話を切ると、料理研の部員たちが荒野の顔を心配そうな顔をしてみつめていた。
 荒野は、
「……問題があったけど、なんとか解決したそうです。
 今からおれがいってもやれることはないんで、ここの片づけを終わらせてから、ゆっくりいきますよ……」
 と告げた。

「……って、いうことで、求む説明。
 ぷりーず……」
 裏口から電気屋さんに駆け込んだ玉木に問いつめられたことと、前後して荒野から連絡が入ったこともあって、茅は楓と東雲、有働に対し、主要な関係者を召集するように指示した。
 今回の件に関しては、関係した人数が多い割りに、全体像を把握している人間が極端に少ない、という特徴がある。第一、原因兼元凶である竜斎の身柄を確保したのはいいが、その竜斎からまだ詳しい情報を引き出していない。
 だから、茅にいわれるまでもなく、関係者を一カ所に集め、情報を交換しあうことには誰も反対しなかった。

 玉木が手配した町内会の集会室に、主要な関係者が集合したのは、それから十五分ほど経過してからであった。
 参加者を一通り記述すると、事件を起こした張本人であるミスターR、こと、竜斎、楓、孫子、テン、ガク、ノリのシルバーガールズ三人組、徳川と敷島、放送部員を代表して玉木と有働、小埜澪と東雲目白、野呂静流、それに、事態の収集に協力した野呂系の術者と二宮系の術者から、それぞれ代表が五人ずつ参加していた。
 この面子に、さらに様子を見に来た飯島舞花、栗田精一、柏あんな、堺雅史の毎度おなじみのバカップル二組、さらにさらに、荒野と茅が加わる。
 なかなかの多人数であり、ともすると収集がつかなくなりそうな気配もあったが、司会役を務めた茅がうまい具合にそれぞれの発言者を牽制し、徳川や有働などが中心になって膨大な映像素材(実際にミスターRこと竜斎が暴れていた時間は、ごく短かいものだったが、複数のカメラでその姿を追っていた為、映写された素材の量はどうしても多くなる)を手際よく披露したりして、関係者各位から効率よく話しを引き出していった。
 それでも、関係した人数が多いため、重複した証言が多く、前後の辻褄を確認しながら聞いていったりしたので、その分、どうしても時間がかかり、荒野がだいたいの経緯を聞き終わるのに、小一時間ほどの時間が必要だった。
 一通りの話しを聞き終えた後、その場にはいなかった荒野以外の人たちも、事件の全体像を掴めたような気がした。
「それじゃあ……なんでこんな騒ぎ、起こしたっ! 竜齋っ!」
 荒野が厳しい口調で、竜斎にそう問うと、その場に居合わせたほとんどの者が、頷く。
 大方の者にとって、今、この時点で、この土地で、竜斎が暴れなければならない理由……というのが、想像できない。
 前の「首脳会談」のおりにも、竜斎は荒野の「現地での融和策」を咎めるといったことはなく、むしろ助言らしきコメントをくれた筈であり……少なくとも、一般人社会にとけ込もうとする一族に対して、悪意や害意は持っていた様子ではなかった。
 短刀直入な荒野の問いに、鎖で拘束された竜斎は、不敵に見える笑みを浮かべてこう答えた。
「……なぁに……。
 この手の騒ぎに免疫をつけておいた方が……お前らもこの先、やりやすいじゃろうて……」




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(200)

第六章 「血と技」(200)

「……って、いうことで、求む説明。
 ぷりーず……」
 裏口から電気屋さんに駆け込んだ玉木は、開口一番、そう尋ねた。
「いったい、何がどうなって、いきなりあんなことになったのか……」
「それは……」
 問われた茅は、目をぱちくりさせる。
「ミスターR、竜齋に直接聞いて欲しいの。
 竜齋は、今……」
「コンテスト出場者の控え室で、被害者一同から吊し上げを食らっている最中です。
 お嬢たちはその後で鉄拳制裁を考慮中、とのことですが、まずは堅気の衆へのけじめを優先した形ですな。
 男子禁制とかで、わたしは、追い出されましたが……」
 しれっとした顔で答えたのは、茅の背後に控えていた東雲目白であった。
「……だ、そうなの」
 茅の「説明」は、以上だった。
「……納得いかなぁーいっ!」
 玉木は天井に顔を向け、絶叫する。
 楓が「まぁ、まぁ」と玉木をなだめはじめる。
「……第一っ!」
 玉木が、楓に人差し指を突きつけた。
「いつもなら、くノ一ちゃんとかカッコいいこーや君、こういう時、真っ先に動くのに、今回だけは他人任せだったっ!
 何でっ?」
「……ええっとぉ……」
 玉木に単刀直入に訊かれ、楓は露骨に視線を宙に泳がせる。
「茅様の傍に、誰もいなくなっちゃったしぃ……茅様が、最後まで出ないで控えていろっていうしぃ……」
 それらの理由も、もちろん一因ではあったが……それ以上に、以前、竜齋にあった時、初対面でいきなり胸を揉まれまくった一件で、楓は竜齋に対して苦手意識を持つようになっていた。
 茅がそういっているから……という口実ができて、ほっと安堵している一面もあって、楓としては玉木からついつい目を逸らしてしまう。
「それじゃあ……カッコいいこーや君は?」
「……手作りチョコの講習中だったの……」
 今度は、茅が玉木から露骨に目を逸らす。
「ちゃ……ちゃんと、連絡は……メールで、いれておいたの。
 いつ見るか、分からなかったけど……あれだけの人数いれば、竜齋を押さえられると思ったし……荒野に余計な心配をかけたくなかったし……」
 玉木は、珍しくしどろもどろになっている茅の顔を、じっと見つめた。
 普段、感情を露わにすることのない茅が……なんだか、分かりやすく動揺して見える……。
 怪しい……と、思った玉木は、さらに突っ込んだ。
「なんで……メール?
 電話なら、ほぼ確実に出るでしょうに……」
「ま、マナーモードにしているかも知れないし……携帯を上着のポケットに入れたまま、上着を脱いでいるかも知れないの。
 電話でも、確実ではないの……」
「……つまり……茅ちゃんは……。
 この不祥事を、どうにかカタがつくまで、荒野に知らせたくはなかった、と……」
 玉木がそう断定すると、茅の顔がてきめんに引き攣った。
 ……わかりやすくて、面白い……と、玉木が思ったその時、茅のポケットが「ぶーん」という震動音を発した。
「……荒野」
 ポケットの中から携帯をとりだし、液晶を確認した茅が呟く。
「はいっ!
 だ、大丈夫なのっ! 本当にっ! 片付いたのっ! そうっ! シルバーガールズの活躍でっ! ノリが帰ってきたのっ!」
 茅は、電話に向かって、無意味に元気の良い語調で話しはじめる。
「……うんっ! そうっ! 詳しいことは、込み入っているから、また後でっ!
 そうっ! 玉木もここにいるし、その他の関係者も集合させるのっ!」
 背筋を伸ばしてしばらくそんなハイテンションな調子で話してから、通話を切る。
 そして、いきなりがっくりと肩を落とし、
「荒野……これから、こちらに寄るの……。
 玉木……みんなを集められる場所……」
「……町内会の集会室、使えるか確認してみる……」
 玉木は、いきなり表情豊かになった茅の様子を興味深く観察しながら、茅に答えた。
「……楓と有働、それに東雲……。
 今回の件に関わった、一般人以外の主だった人たちに声をかけてきて……もうすぐ、荒野が来るからって……」
 荒野と電話していた時の元気良さとは違い、一気にしんなりとした様子で、がっくりとうなだれながら茅が告げる。
 有働が放送部員、楓と東雲が一族関係……という分担は納得がいくのだが……。
「……あの……茅様……だ、大丈夫ですか?」
 茅のしょげかえった様子を気にかけ、楓は、そう声をかけずにはいられなかった。
「……大丈夫なの……」
 俯き加減のまま、茅が答える。
「荒野がいない時も、何とかできるようにならないといけないの……」

「……だいたいの経緯は、理解した……」
 町内会の集会室に主だった関係者が集合し、時にビデオを再生しながら交代交代に事情を説明するのに、小一時間ほどかかった。
「竜齋……何か、いい遺すことはあるか?」
 一通りの説明を聞いた荒野が、喉の底から押し出すような声で、鎖でぐるぐる巻きになった竜齋に尋ねる。
「いい……遺すってっ!」
 竜齋が、いかにも芝居ががった哀れっぽい声をだす。
「わし……もう十分にお仕置き受けたのよ……。
 み、みんなでわしのことあんなにいじめて、さ……。
 わし、もう女性恐怖症になっちゃう……」
 その場にいた全員が、「ない、ない! それだけは絶対にない!」と突っ込みをいれる。
「それじゃあ……なんでこんな騒ぎ、起こしたっ! 竜齋っ!」
 荒野の声が、さらに厳しさを増す。
「……なぁに……」
 竜齋が、にたりと不適な笑みを浮かべる。
「この手の騒ぎに免疫をつけておいた方が……お前らもこの先、やりやすいじゃろうて……」




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彼女はくノ一! 第五話(283)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(283)

「……さぁ、大変なことになってまいりましたぁっ!」
 玉木珠美はマイクを握りながら、「……本当に、大変なことになってきたわ……」と思う。
 現在、玉木は液晶ディスプレイで放映中のリアルタイム映像を見ながらの実況を行っている。
「……アーケード上に出たミスターRを二人の女性が追いかけます。速いです。速いです。スプリンター並の速度が出ています。二人とも、ミスターRに追いつけません。あっと、ここでミスターR、いきなり反転。女性の一人に足払いを食らわせて転倒させ、そのまま逃走。転んだ女性はすぐに起き上がってミスターRの追跡を再開……」
 ……こんなもの、「今、ここで、本当に起こっていることだ」といっても、この誰も信じないだろうなぁ……とか、玉木はふと思った。
 ここからは直に見えないが、実際に、彼らはすぐそこの「アーケードの上」にいて、この映像通りの行動をしている筈で……。
「……おおっと、ここでシルバーガールズの登場だ。
 手にしているのは……何と、鉄板です。それも、かなり大きな鉄板です。自分の体よりも大きい鉄板を軽々と振り回していいます。あんなもん、大の大人でも持ち上げられません。無理して持ち上げたら腰がいっちゃうような物を、軽々と振り回しています。
 その大鉄板をミスターRに、ぶつける……。
 おおっと、ミスターR、きれいにかわした。
 しかし、鉄板の影からもう一人のシルバーガールズ登場!
 ミスターRの懐に飛び込んで、棒で攻撃! ヌンチャクのように、関節が紐で繋がっている棒です! 凄い! 速い! シルバーガールズの猛攻を踏みとどまってかわすミスターR! 余裕です、まだ動きに余裕があります! それでもじりじりと圧して行くシルバーガールズ! ミスターR、今度は後退して距離をとります! そこに、もう一人のシルバーガールズが、鉄板で襲う! ミスターR、上に飛んで避けた……」
 玉木は、「六節棍」の正式な名称を知らなかった。
 そして……こんなアナウンスをしていると自分が古館伊知郎になった気がする……。
「……おっと、ここでミスターR、転倒だっ! どうした? 何か十字型のものが、左の足と腿についてます!
 なんだ、これはっ!
 シルバーガールズですっ!
 ここで、銃器らしきものを持った、三人目のシルバーガールズの登場です!
 あの十字型のものは、どうやらあのシルバーガールズの銃から打ち出されている模様です! 逃げ回るミスターRの後に、べべべべべっっと十字型の物体が追いかけていますっ! 速い、速い、ミスターRも銃を持ったシルバーガールズも速い! ミスターR、逃げる一方ですっ! 鉄板や棒を持ったシルバーガールズもミスターRの後を追う!」
 ディスプレイの映像はうまくコントロールされていて、遠景と比較的近距離からの映像をうまく切り替えながら放映されている。
 こんな映像魅せられたら……絶対、あらかじめ用意していた特撮かCGだと思われるだろうなぁ……と、玉木は思った。
 玉木の現在地からは確認できる範囲にいる人たちは、すなわちつい今し方、駅前広場近辺で直にミスターRの動きを直に見ていた人たちなわけで、だから関心もあるし、近くのディスプレイも食い入るように見ている。
 しかし、そうでない人たちは……例えば、ネットでこれを見ている人たちがいたとしたら、「シルバーガールズ」というコンテンツの手の込んだプロモーションぐらいにしか思わないのではないか……と、思う。
 客観的にみて、自分の体よりも大きい、分厚い鉄板を振り回す子供とか、どっからどう見ても非常識な速度で走り回る連中とか、銀ずくめのコスチュームの子供が銃器を撃ちまくる映像をみて、それをガチだと思うよりはネタだと判断する方が、より常識的なんじゃないだろうか……などと玉木が思った所で、
「……ミスターR、分裂です! 今、一瞬、ぶわっと人数が増えました。
 追いすがっていたシルバーガールズの二人が吹き飛ばされる!
 少し離れていた銃のシルバーガールズだけが健在! ……っとぉ!
 今度は、銃のシルバーガールズが分裂したぁっ!
 何十人ものシルバーガールズが、ミスターRに向け、一斉射撃をしているよに見えますっ!
 これは凄い! これはたまらない!
 ミスターRも縮こまっているだけで、身動きがとれませんっ!」
 確認したわけではないが、自分にある程度の裁量権を与えるくらいだから、当然、同じ映像が今、この瞬間にネットで配信されている筈だ……という確信が、玉木にはある。
 有働や茅なら、そのような判断を下すだろう……と。
 だから……玉木は慎重に言葉を選んで、この映像が「現実」であるとも「挙行である」とも断言せず、せいぜい真剣に「実況」することにだけに、心を砕いた。
 そして、目の前に展開する映像を、真剣に解説すればするほど、ディスプレイの中の出来事に関して、「非現実感」を持ってしまうのであった。
『……こんなもん、ありえねーって……』、と。
 一応、関係者の端くれである玉木がそう思ってしまうのだから、何の予備知己も持たない人たちがいきなりこの映像に触れたとしても、はやり「作り物だ」と思いこんでしまうのではないか……と、玉木は思う。
「……動きを止めたミスターRに、鉄板のシルバーガールが迫るっ!
 当たったっ!
 いや、ミスターR、かろうじて手足で鉄板を防いだっ!
 でも、そのまま……体ごと持って行かれるっ!
 ミスターRの体、飛んだっ! 軽々と飛びましたっ!
 鉄板のシルバーガールズ、凄い力ですっ!」
 実況している玉木は、これがガチンコだということを知っている。
 無理して考えれば、ミスターRとミスターRを王人たちがぐるになって、玉木を騙している……という可能性も考えられないこともないのだが、彼らがわざわざこんな手の込んだ真似をして玉木を騙しても、まるでメリットがないのであった。
「……ミスターR、壁に激突っ!
 いや、弾んだっ! 弾んで跳ね返った先には、シルバーガールズが待ちかまえている!
 捕まったっ!
 今度こそ、ミスターR、捕まったっ!
 駆けつけるおねーさんたち! 
 ミスターR、もう、逃げられませんっ! 逃げ場がありません!
 ミスターR、猫の子のように首根っこを掴まれています。おねーさんたちに囲まれて、そのまま連行されていきます……」
 さて、これで一段落、かな……と、玉木は判断する。
「……さて、このへんで実況を終了します。
 皆様におかれましては、引き続きお買い物とイベントをお楽しみください……」
 玉木はそういってマイクのスイッチを切り、詳しい事情を聞くために、電気屋さんへと向かった。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(199)

第六章 「血と技」(199)

 いつしか、シルバーガールズ三号、こと、ノリは、鼻歌を歌っていた。
 誰よりも速く走りながら、誰よりも速い人と、互角以上に渡り合っている……ということを実感するのが、ひどく楽しい。
 内心でリラックスしながら、ノリは、素早く弾倉を差し替え、撃ち終えて空になった弾倉を投げる。
 ノリが投げた弾倉が、ミスターRがノリに向かって投じた六角をはじいた。
 ライフルの扱いも、かなり慣れてきた……と、ノリは、判断する。
 狙った場所に当たるようになってきたし、それ以上に、弾倉を差し替える時間が、極端に短くなっている。
 短時間に数十もの弾倉を空にしてしまったので、連発した分、ライフルの銃身には負担がかかっているようだが……。
 ノリが使用してきたライフルの銃身は、すっかり熱くなってしまって、周囲の空気に陽炎を立ちのぼらせながら、チリチリと音を立てている。
 ……実戦時の耐久度についても、あとで確認しておかなければな……と、ノリは思った。
 徳川か孫子に聞けば、はっきりするだろう。
 このごく短時間の間に、指が、手が、体全体が、ライフルの扱いを習熟したことを、ノリは実感する。
「いくよ……おじいちゃん……」
 これなら……もっともっと……充実した戦い方ができる。
 そう思いながら、ノリはライフルを左手に持ち替え、背中にくくりつけておいたもう一丁のライフルを右手に構えた。
「……何ぃ!」
 ノリの前を走っていたミスターRが、目を剥く。
「……Let's Dancing!」
 叫ぶと、ノリは、数十人に分裂した。
 それも、ミスターR一人を、半球上に囲むように。
「……おいっ!」
 並の術者なら、訳も分からず打撃を受けて昏倒していた所だろう。
 しかしミスターRは、幸か不幸か、一族随一の反射神経と動態視力の持ち主だった。
 ノリが放った弾丸の、一つ一つの弾道が予測できた。
 ノリは……僅かな時間差をおいて、ミスターRの退路をふさぐ形で、外縁部から中心……すなわち、ミスターR自身にむけて、あまたの銃弾を放っていた。
 僅かな時間差……ではあるものの、実際の所は、一秒の千分一程度の時間差、でしかない。
 実質上、かなり密度の高い、弾幕を張られているようなものだ。
 逃げようにも、逃げ場がないミスターRは、腕を揃えて掲げ、せめても、頭部を守る。
 ずべべべべべっ、と、立て続けに、ミスターRの体中にスタン弾が着弾、夥しい十字の華を咲かせた。
 シルバーガールズ三号は、一つの弾倉を使い果たすと、片手に持っていたライフルを軽く放り上げ、それが空中にあるうちに弾倉を取り替えている。
 外見的には、「ライフルでお手玉をしている」としか見えないにだが……そうすることによって二丁のライフルを使用して、絶え間なく銃弾をミスターRに送り込んでくる。
「……そんな……」
 スタン弾の雨をまともに食らいながら、ミスターRは叫んだ。
「……無茶なぁっ!」 
 確かに、無茶で無理な攻撃だったが、効果は絶大だった。
 かろうじて、頭部は守ったものの、両腕、腹部、大腿部、足首などに、無数に被弾している。
 ノリが使用していたのは、すべてスタン弾だったので、被弾が、即、負傷に繋がるというわけでもなかったにせよ、ほぼ全身が痺れて感覚がなくなっている状態だ。今や、ミスターRの全身の中で、まともに動かせる部位の方が、少ない。
 このような状態では、ミスターRの最大の武器である、機動性と高速移動は、ほぼ封じられる結果となる。
「……名付けて、One-man Cross Fire!
 Completed!
 ……後は任せたっ!」
 不意にノリが攻撃を止めて銃口を下げたので、ミスターRは不振な顔をした。
『……後は、って……』
「……どっせっーいっ!!」
 ミスターRの背後から、聞き覚えのある奇声が迫ってくる。
 僅かに首を巡らせて確認すると、一面の鉄板がすぐそこに迫っていた。
 ミスターRは、
「……うっ、ひゃぁあっ!」
 という、情けない悲鳴を上げている。
 常態ならば、この程度は難なくかわせるのだが、今は両足もその他の部位も、痺れてまともに動かない。無理に動かそうとすると、足がもつれる。
 ミスターRは、とっさの判断で、横殴りに迫りくる鉄板の平面に手足を打ちつけ、衝撃を相殺しようと試みる。
 鉄板を振り回しているガクは、その程度の抵抗をまるでものともせず、それまでの勢いを減じることなく「……やぁぁぁあぁっ……」っと、気合いを入れつつ鉄板を振り抜いた。
 ミスターRの丸っこい体が、まるでピンポン球かなにかのように軽々と飛ぶ。文字通り、「飛ぶ」。
 ミスターRの足は地についておらず、ガクに振り抜かれたエネルギーだけで飛翔して、近くのビルの壁面にあわや激突!
 ……という寸前で、ミスターRは体勢をいれかえ、手足を壁面に押しつけ、そのバネを使って、衝撃を減じた。
 しかし、それでもすべての勢いを相殺するまでにはいかず、ミスターRはちょうどゴムボールが弾むように、もと来た方向に跳ね返る。
 そこには……テン、ガク、ノリのシルバーガールズ三人が勢ぞろいして待ちかまえていた。

 三人掛かりで体を抱き止められ、その後、六節棍とかライフルの銃口とか鉄板とかを突きつけられながら、
「「「……まだ、やる?」」」
 と声を揃えて、詰問され、流石のミスターRも、
「……もう……いい……。
 結構……」
 と返答し、その場に手をついて、がっくりとうなだれた。
 シルバーガールズの三人は、その場で小躍りして自分たちの勝利を無邪気に喜んだ。

「……勝負は、ついたようですわね……」
 いつの間にか、すぐそばに孫子が立っていた。
「被害者の一人として、その哀れな老人の身柄を要求します……」
 押し殺した声でそういう孫子の目は、据わっていた。
 四つん這いでそろそろと逃げようとする、ミスターR。
 その前に、お揃いの編み上げブーツに包まれた、二人分の足首が出現する。
「「……同感です……」」
 酒見姉妹が、ミスターRの行く手を遮っていた。
「……まさか、ここまでの騒ぎを起こして、このままとんずらってことは、ないよなぁ……。
 ええっ!? ミスターR……」
 小埜澪が、ミスターRの襟首を掴んで、猫の子でもぶらさげるように、強引に立たせる。
「……お、おじさま……」
 すると、ミスターRの目の前に、野呂静流が立っていた。
「……さ、最低なのです……」
「……彼による被害者の皆様が、向こうでお待ちかねです……」
 小埜澪の後ろに控えていた東雲目白が、うやうやしく頭をさげた。スポーツウェア着用のラフな服装と慇懃な態度がいかにもミスマッチで、まるで様になっていなかった。
「……あー。
 こっから先は、公共の場に出すには不適切になるので、撮影は、そこまで。
 それから、君たちも疲れたろ。
 このじいさんの末路は、教育上、悪影響を及ぼすおそれがあるので、君たちも見届けなくてよろしい……。
 どこかで適当に休んでなさい……」
「……はいはーいっ!」
 ノリが、勢いよく片手をあげる。
「……ボクね、久しぶりだから、マンドゴドラのケーキ食べたい……」
「……ケーキ……ケーキ、ね……」
 東雲はちらりと小埜澪に目配せをする。
「……もちろん、いいとも。
 このはた迷惑なじいさんにつけておくから、遠慮なく食べてくれ……。
 さ。
 みんな、大活躍で疲れたろ……。
 早くそのケーキ屋さんでもどこへでも行って休んでくれい……」
 小埜澪はそう請け合い、ミスターRを取り囲んでいた女性たちが「うんうん」と一斉に頷いて賛同の意を表す。
 シルバーガールズの三人娘は、「ケーキ、ケーキ、食ぁべ放題ぃいっー!」と声を上げながら、スキップして去っていった。

 この後のミスターRの受難については、「無事では済まなかった」というのみで、詳細を描写しない。
 ご想像に任せた方が、効果的で面白いと思うからだ。




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彼女はくノ一! 第五話(282)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(282)

 疾走しながら、ノリは、ミスターRに向かい、無数のスタン弾を放った。いくつもの弾倉を空にしていたが、まともに命中したのはテンとガクが連携して隙をつくってくれた時、左の腿と足首に当たった二発くらいで、それ以外はことごとく狙いを外されている。
 ミスターRは、ただ単に「動きが速い」というだけではなく、老練でもあった。
 こちらの動作を読み、引き金を引く前後でランダムに進路を変えて、着弾点から身を離す。
 そして、少しでもノリの動きが悪くなるようなら、容赦なく六角を投じてくるのだった。もちろん、ノリは、二の腕につけたプロテクタではじくわけだが、高速で移動しているミスターRの慣性を乗せたまま突進してくる六角は、ひどく重かった。
 これは、ノリ自身の体感だけ、ということでもなく、数発を受け止めただけで腕のプロテクタがぼろぼろになり、使い物にならなくなったことも、ミスターRが自身の速度を攻撃力に転化する術に習熟していることを証明している。
 ノリはすぐに使い物にならなくなった腕のプロテクタをパージした。
 何、身軽になったほうが、実はノリ自身にとっても、都合がいい。それだけ速く動ける、ということだから。

「……大丈夫か? ノリっ!」
 ヘルメットの無線越しに、ガクが尋ねてくる。
「プロテクタ、渡そうか?」
 プロテクタをパージしたノリを、心配してくれるのだろう。
 また、シルバーガールズの装甲は、三人とも同一規格の量産品を使用している。ガクやテンのプロテクタを外して、それをノリが身につける、ということも可能だった。
「……ぜんぜん、大丈夫……」
 そのような様子で、一見してノリが不利にみえる状況が続いたが、ノリ自身に焦りはない。
「だって……楽しいじゃないかっ!
 ボクの速さについてこれる人なんて……ボク、初めてだよっ!」
 虚勢、ではない。
 ノリの声は弾んでいた。それに、しばらくすると、ノリの鼻歌までもが、無線に入ってきた。

「……倒れた人たちを、収容してきました」
 そういって、有働が入ってきた。
「ご苦労なの。
 医者の手配は、しておいたの。
 先生……三島先生と、近所のお医者さんが何人か、来てくれるって……」
 ディプレイから目を離さずに、茅が答える。
 茅は、孫子のアンプル弾に毒性がないことを知っていたが、対外的なイメージという問題もあり、念のために心当たりに連絡をつけておいた。商店街で、一度にあれだけの人数が倒れたのだから、たとえ無事だと分かっていても、できる限りの手を尽くすのが当然であり、誠意のある行動だ、と、思っている。
「……どうですか? そっちの様子は?」
 有働は、茅、楓、徳川の背中越しに、身を乗り出してディスプレイを覗き込む。
 報告に来た、というのも嘘ではないが、それ以上にミスターRの件がどうなっているのか、という好奇心を持っていた。
「……人間ドッグファイトだな、これは……」
 徳川が、ぼつりと呟く。
 徳川、茅、楓は、近隣のビルの屋上や、それに、野呂の術者たちが手持ちしているカメラからの映像をモニターしている。
 建物の上から俯瞰してみた場合、ノリとミスターRが、アーケード上という細長い空間を縦横にかけめぐる様子が確認できた。
 手持ちカメラの映像は、より近距離で二人が動く様子が確認できる。こちらは、被写体の動きが速すぎるため、たいていの場合ぶれが大きく、ようやく「何が映っているのか」判別できるていどの鮮明さしかないことが多かったが……そうした不鮮明さが、かえって臨場感を増幅していた。
『……大丈夫か? ノリっ!
 プロテクタ、渡そうか?』  
『……ぜんぜん、大丈夫……。
 だって……楽しいじゃないかっ!
 ボクの速さについてこれる人なんて……ボク、初めてだよっ!』
 シルバーガールズ同士の無線通話も、そこで傍受できるようになっていた。
 しばらくして、ノリの鼻歌が聞こえてくる。
「……楓。
 玉木に連絡。この映像を、今からネットと商店街に流すの……」
 ノリの様子を確認し、茅は、そう決断した。
 楓にそう告げるとともに、忙しく手を動かし、何十もあるカメラの映像を、放映に適した形にピックアップしはじめる。
 楓が慌てて席を立ち、その後に有働が座る。
「……手伝います……」
 中継のためのシステムは、細部に若干の改良が施されているそうだがの、インターフェイス部分は有働が知っている放送部で使用していたものと、ほとんど変化がなかった。
「ここで……やつらの存在を、おおやけにするのか?
 完全にカミングアウトするには、まだ時期尚早だと思うが……」
 徳川は徳川で、忙しく手を動かし、放映に必要な設定作業をしながら、茅にそう尋ねた。
「玉木に任せるの」
 茅は、端的にそう答える。
「茅たちは、今、ここで起こっていることを、映像という形で流すだけ。
 それに意味付けをするのは、玉木の仕事なの……」

「……え?
 って、いきなりそんなこといわれても……」
 玉木は、珍しく戸惑っている。
「もう……はじまっているじゃんっ!」
 楓がステージ上にいる玉木の元に駆けつけた時、すでにアーケード上の映像がリアルタイムで流れていた。
 ステージ……というよりは、駅前広場の周辺部には、数多くの液晶ディスプレイが設置されていたので、ステージ上の玉木からも、十分に確認できた。
 液晶ディスプレイには、だいたい、上空から俯瞰した構図で、スピードスケートの何倍もの速度で飛び回っている二人が映っていた。
 時折、断続的に、横からみた映像が挿入されるので、現在、活発に動きまわっているのは、ミスターRとシルバーガールズの一人……他の二人より長身であること、それに、臑のプロテクタに縁取りがしておらず、銀無垢であること、などから、そのシルバーガールズが、三号、こと、ノリであると、玉木は推測する。三号とおとぼしきシルバーガールは、何故か腕のプロテクタを外して、ライフルを構えている。
 その他二名のシルバーガールズも、動いていないわけでもなかったが、ミスターRと三号の動きと比べると、断然、鈍い。
 カメラが二人の後を追うと、フレームに入らないことの方が多かった。
「……それで……どこまで、話しちゃっていいわけ?」
 マイクをオフにした玉木が、小声で楓に尋ねる。
「それは、聞いていません」
 楓は、きっぱりと答えた。
「茅様は、今、この場で起こっていることを中継する……と、玉木さんに伝えろ、といっただけです。
 他には、何も……」
「……そっか……」
 玉木は、ぽつりと呟いた。
「……ったく、信頼されているんだか、いいように使われているんだか……」
 複雑な表情をしながら、玉木はマイクのスイッチをいれ、ステージの中央に戻った。 




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(198)

第六章 「血と技」(198)

「……しかしまあ、なんか、ひどく妙なことになったもんだなぁ……」
 カメラを抱えてミスターRと、ミスターRを追っている者たちをさらに追いかけている、野呂の者たちは、そうささやき合っていた。
 ただでさえ、一族にとって、この土地は、かなり「微妙」な場所になっている。
 結果として荒野たちが掲げることになった「一般人社会との共存」というテーゼを否定するにせよ、肯定するにせよ……どちらの立場にあろうが、一族でこの土地のことを無視することができる者は、皆無であろう……。
「……ったく、何を考えているんだか、あのハゲは……」
 あのハゲ……とは、いうまでもなく、ミスターRこと、野呂竜斎のことを指す。
 いくら覆面をしようとも、あの体型と性格は、隠しようもない。というか、当の本人からして、隠すつもりもなく、それどころか誇示しているような節もある。
「……荒野さんも……苦労だよなぁ……」
 つい数日前、酒見姉妹に先導されて、自分たちが荒野の一党を襲ったことは、とりあえず、置いておく。一族にとっては、目上の者を、従う価値があるかどうかをまず試すことは、特に珍しいこともない。
 仮に、あの程度の襲撃でどうにかなるようなら、荒野たちも「口ほどでもない輩」として、一族のうちでは総スカンの憂き目にあい、誰からも省みられなくなる筈であった。一族の根本は、時に過剰なほどの実力主義社会であり、故に、荒神とか竜斎とかいう、何かと偏った性格の者でも二宮や野呂の長として認められている……という側面もある。
 つまり、彼ら、移住組の一族の者が、荒野たちの一党の指示に唯々諾々と従っているのは、荒野たちそれぞれが、相応の実力を自分たちに証明して見せた、という実績による。玉木や有働、徳川など、本来なら一族との接点がない子供たちにしても、実際につき合ってみると、荒野が一目置くだけのことはある……と納得するだけの能力を発揮している。
 そんなことをぶつぶつ愚痴りながら、野呂の者たちは、必死になってミスターRとその他大勢との戦いをカメラに収めた。
 この映像が、どの程度、中継されているのか、それに、後でどのような利用のされ方をするのか、彼らは知らない。すべて、あの、特異な子供たちの胸先次第だろう……と、思うと……なんとなく、痛快に感じた。
「……あいつらは……物怖しない、というか、人をこき使うことに、ぜんぜん、遠慮しやがらねぇからなぁ……」
 という「苦笑い混じりの賞賛」が、この近辺に流れてきた一族の者の、荒野の一党に対する心証である。
 あの子供たちは……自分たち一族の将来に、決して少なくはない影響を、与えつつある。ことの重要性を理解できていない、ということも、ないのだろうが……そのことで、萎縮する、ということもない……。
 そして……むやみに怖がられるよりは、それくらい図々しい態度で接してくれる方が、むしろ快かった。
 玉木や徳川、有働たちに対する、彼ら移住組の感情をあえて言語化すれば、以下のようになる。
「……一般人にも、骨のある奴らが、いるじゃあないか……」
 と。
 そういうこともあって、彼ら積極的に、玉木たちに協力している。
 もちろん、荒野がこれから作りつつある、この土地が……この先、どのような姿を成していくのか、自分たちの目で確かめてみたい、という好奇心が、先に立っていたが。
 ともあれ、そうした長期的な展望はさておき……すぐそこで展開されている、ミスターRと敵対者たちとの戦い……に、彼らの目は釘付けになっていた。
 術者同士の戦い……自体は、彼ら術者にしてみれば、さほど珍しいものではない。
 しかし、「六主家の長」が直々に動くような場面を目の当たりにすることは、流石に、極めて希である。
 加えて……その長が、手を抜いているようにも見えないのに、これほど「長引いている」という事実も、驚嘆に値した。
 すでにその実力が周知のものになっている、小埜澪と野呂静流の両名は、ともかく……新種の三人も、実力を発揮する機会さえ、与えられれば、かなりの働きをするものだ……と、彼ら、現役の術者からみても、そう思える奮戦ぶりを、シルバーガールズは見せていた。

 当初、攻勢に加わっていた小埜澪と野呂静流は、「シルバーガールズ」が出てくると、その場から後退し、距離を置いた。
「シルバーガールズ」の攻撃は、だいだい、大ざっぱで時に場当たり的でもあり、三人がかりでミスターRにかかっていきながら、連携も、なっていない。
 お世辞にも洗練された動きとはいえなかったが、それでもその動きの鋭さは、並の野呂の術者に勝っていた。
 その三人が、野呂の頂点にあるミスターRと本気で戦いはじめると、平均的な野呂の術者でさえ、ともすれば、目で動きを追えなくなる。
 一応、カメラを向けてはいるが、どこまで彼らの動きを捕捉できているのか、かなり疑問だ。
 実際問題として、今、この場にいる者の中で、三人の動きについていけるだけ能力を持つ者は野呂静流だけであり、その静流は、視覚に障害があるため、乱戦の場に介入することは、事実上不可能。
 頼みのシルバーガールズも、一人はミスターRの動きになんとか追いついている、という状態であり、もう一人は、何を考えているのか、「自分の体よりも大きな鉄板」などという、扱いにくい代物を片手で振り回している。いや、「振り回せる」だけ凄い、というべきなのかも知れないが、そう言い直したからといって、ミスターRの動きについて行けない鈍重さは、帳消しにはならない。もう一人、最後の、ライフルを手にしたシルバーガールだけが、ミスターRと互角以上の動きを見せている。
 事実、ミスターRが、野呂の上級者にのみ可能な、多数の残像を残す超高速攻撃……一般人のフィクションの中では、「影分身」と呼ばれ、「物理的にあり得ない」とされている。しかし、その能力を極めた野呂の者が、そうした技を使用するのは、紛れもない事実である。一族の上級者は何かと非常識な存在だから、物理法則さえ曲げてしまうのかも知れない……を行うと、他の二人は呆気なく吹き飛ばされ、長身でライフルを手にしたシルバーガールだけが残った。
 地味な色合いの作務衣を着ているミスターRに比べ、ライフルを手にしたシルバーガールは、他の二人とは違い、縁取りの塗装さえしていない、銀無垢のプロテクタを着用していた。他の二人よりも長身のシルバーガールが銀色の残像を残して積雪の残るアーケード上を駆け抜ける様は、ほぼ同じ速度で疾駆していているミスターRよりも颯爽としていて、より早いように錯覚してしまう。
 いや。
 よくよく見てみても、確かに、直線距離においては、シルバーガールの方に分があるようだったが、ミスターRの方が小回りがきき、旋回半径が小さい。ずんぐりした体型に似合わず、ミスターRは、驚くほど機敏だった。
 ちょこまかと細かく方向を変えるミスターRに比べ、やや直線的な動きをしがちなシルバーガールの方は、小回りが効かない不利を、射程の長い銃器の使用で補った。
 そのライフルを扱う手つきも、最初のうちは、どう見ても危なっかしいものだったが……時間が経過するにつれ、かなりスムーズになっていく。
 例えば今では、ライフルの弾倉を交換するのに、瞬きほどの時間もかけない……つまり、ほとんど隙らしい隙に、ならないまでになっている。
 長いように感じているが……三人目のシルバーガールズが登場してから、まだ五分も経過していない。ミスターRの登場から起算しても、せいぜい十五分、といったところだろう。
 三人目のシルバーガールズは、疾走する速度だけではなく、その学習能力についても、かなり「速い」……と、断言してもいいようだ。




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彼女はくノ一! 第五話(281)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(281)

「……そういうな、小娘……」
 ミスターRは、覆面に包まれた頭部をつるりと撫でた。
「これでも、立場とかいろいろ考慮しなければならん、窮屈な身の上でな……。
 いつまでも若いものは育たんし、たまに少しは見込みのありそうなやつがいても、すぐに足抜けしていきやがるし……どさくさまぎれでなくては、まともな立ち合いひとつ許されん身なんじゃよ……」
「そっちの都合は、知らないけどね……」
 ガクは、厚さ二センチ、一辺の長さが二メートル弱ほどの、微妙にいびつな方形をした鉄板を、片手で軽々と振り回す。
 雪かきで使用したもの、だった。
「……これだけ暴れたら、少しは痛い目をみても、文句はいえないよね……」
「……ほっ!」
 ミスターRは、嘲笑混じりのため息をついた。
「それで、自分の力を自慢しているつもりか?
 確かに力だけなら、二宮以上だろうが……そんなもの、当たらなければ、ただの虚仮威しにすぎん。
 それとも、他の二人を適切な位置に付かせるための囮のつもりか?」
 わざわざその懸念を口にする、ということは、ミスターRは、その可能性を考慮した上で、三人が配置に付く隙を故意に作っていた、ということになる。
「……半分だけ、あたり」
 ガクは、にやりと笑って一気に間合いを詰め、鉄板を縦に持って、ミスターRに巨大な平手打ちをかました。
 十分な速度と勢いが乗った一撃だったが、ミスターRが避けられないほどでもない。
 モーションが大きく、鉄板をわざわざ空気抵抗の多い形に、縦に持った……というその攻撃方法に対して、ミスターRは懸念を抱いた。
 案の定、風を切って鉄板が通過した後に……。
「……シルバーガールズ、一号!」
 六節棍を振りかぶったテンが、飛び込んできた。
「……やはり、陽動かっ!」
 ミスターRの問いには答えず、テンは猛然と棍を振るう。
 当初、ミスターRは余裕でテンの動きを見切っていたが、次第次第に追いつめられていく。
 自在に間合いを変えられる六節棍は、ただでさえ、軌道を見切るのに難儀するし、加えて、テンの動きは……。
『……こちらの動きを……先読みしている?』
 休む間もなく打ちかかってくる棍を避けながら、ミスターRは、以前、目を通した、テンに関する資料を、慌てて思い出す。
 長引けば、不利になる……と判断したミスターRは、一気に五メートルほど背後に飛んで、叫ぶ。
「……おれの癖を……学習しているのか?」
 新種の一人に、確か、佐久間の記憶力を受け継いだ者がいた筈だ。
 その情報は、ミスターRもあらかじめ握っていた筈だが……まさか、今、この場で……ぶっつけ本番で、自分の動きを学習する……とは、想定していなかった。
 ミスターRには、完璧な記憶力と、並の術者以上の身体能力の組み合わせがあれば、どのようなことが可能になるのか……といった点への想像力が、欠如していた。
 テンからの返答はなく、代わりに、
「……えやぁーっ!」
 奇声を発して、ミスターRが後退するタイミングに合わせて、今度は助走をつけて……ガクが、鉄板を横持ちにして振るって来た。
「……当たるかよ、そんな大ざっぱな攻撃……」
 まともに食らえば胴体を両断されかねないガクの攻撃を、ミスターRは、真上に跳躍することで軽々とかわした。
「……自由落下中は、無防備!」
 鉄板を振り抜きざまに、ガクが叫ぶ。
 ……何っ!
 と、思う間もなく、ミスターRは、左の足首と大腿部に鈍痛を感じ、きれいに回転しながら、横合いに吹き飛ばされた。
 何が起きたのか理解する間もなく、ごろごろ横転した末、かろうじて、受け身を取ることに成功する。
 膝立ちになって、長年の習慣により、痛みから、自身のダメージを探り、点検する。
 左足が痺れて感覚がないが……出血も、ない。
 ミスターRは、素早く立ち上がって、自分の足が、まだ思い通りに動くことを確認する。
 大丈夫、ただ、痺れて感覚がなくなっているだけだ……完全いつもの通りに、とはいかないが、動くだけましだった。
「……シルバーガールズ、三号っ!」
 油断なく周囲を探っていると、片手にライフルを構えた銀色の人影が、器用に片手撃ちをしながら、こちらに向かってくる。
「……ほっ、ほっ!」
 野呂の一流以上の速度じゃねぇか……と、痺れた左足で乱射される銃弾を弾きながら、ミスターRは思う。
 間違いない。
 三人の中では、あれが、一番色濃く野呂の特性を引き継いでいる……。
「……楽しいじゃあ、ねぇか……」
 ライフルを持った新種が、弾倉を替える合間に、ミスターRは呼吸を整え……自分に一番近い新種を、出迎える準備を整える。
「いくぜぇ! 新種どもっ!
 古参の精髄を、たっぷりとその体に叩き込んでやらぁ!」
 テン、ガク、ノリがそれぞれ別の方向から殺到する中……。
 ミスターRの体が、分裂……したように、見えた。

「……動きが、早すぎますわ……」
 近くのビルの屋上まで移動した孫子は、スコープから目を離してひっそりとため息をついた。
 反撃不可能な遠方から、攻撃対象が察知する前に、叩く……というのが、狙撃のセオリーであり、だから発撃に失敗した時点で、今回の孫子の出番は失われた……と、いってもいい。
 それでも、援護射撃くらいできるかと思ったのだが……。
「……相手が、あれだけ非常識だと……通常の方法論も、通用しませんわね……」
 孫子は、少し考え込む表情になる。
 あれだけめまぐるしく動き廻られると、援護射撃すら、できない。
 特に今回は、攻撃対象の周辺に味方が数名いて、かなり激しく動いている。誤射による同士討ちを避けるためにも、なにもせずに見守っている方が賢明なようだった。
「……目を得ただけでは……届かない……か……」
 孫子は、自分にもできる、対一族用の戦術を考慮しはじめている。

 数十体に分裂したミスターRは、あっという間に、
テンとガクを叩きのめした。
「……最速こそ、最上ぉっ!」
 再び「一人」に戻ったミスターRが、たった一人残った新種を見据えながら、叫ぶ。
「やはり……てめぇだけが、残ったかっ!」
 一人だけ、ミスターRの攻撃を見切ることができたノリは、かなり距離を開けて、ミスターRに銃口を向けている。
「速さなら、負けないっ!」
 ノリは、毅然とした表情で、叫ぶ。

 新種と古参、余人が介入できぬ、「最速」同士の戦いの火蓋が、切って落とされた。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(197)

第六章 「血と技」(197)

「……わぁ……凄いことに、なっているなぁ……」
 液晶ディスプレイの映像をみて、栗田精一、柏あんな、堺雅史らと一緒に駅前広場にかけつけた飯島舞花は、呆然と呟く。
 顔見知りの放送部員たちとその場にいた数人の人たちが、倒れた人たちを肩に乗せて運びだそうとしていた。
 アーケードの前では、覆面姿のミスターRと小埜澪、東雲目白が、緊迫した雰囲気を放射しつつ、何やらいいあっている。
 ステージ上では、エレキギターをBGMに玉木がなにやらアナウンスを行っていた。
「……まーねーっ!」
 立ち竦んだ舞花の腕を、栗田精一が、少し強めに引っ張る。
「考えるのは、後っ!
 今は、倒れた人なんとかしなけりゃっ!」
 そういいながら栗田自身は、放送部員の肩からぐったりした人を受け取り、その人の腕を自分の首に回した。
「そっ……そう、だな……」
 舞花は慌てて、栗田が抱えた反対側の腕を、自分の首に乗せ、二人で一人の人を抱えた。
 実際に倒れている人たちをみて、一瞬、動転してしまったが……このような被害が出る可能性は、常につきまとう……ということは……今まで、荒野たちに何度も説明されていた筈だった。
 ただ、その認識が……舞花の現在の生活と、あまりにも隔たりがあったので、これまで、あまり本気で実感できなかっただけで……。
「この人たち、どこに運べば……」
 舞花は、近くにいた放送部員に尋ねる。
「……どうします? 有働さん?」
 その放送部員は、有働勇作に質問を廻した。
「……とりあえず、コンテスト出場者の控え室に……」
 有働は、携帯を取り出しながら、答えた。
「あそこなら、空調も効いているし……この人数を収容もできるし……」
 有働は、ステージの上にいる玉木を一瞥し、一瞬考えて、茅の番号をコールした。
 その背後では、柏あんなと堺雅史も、舞花たちに倣って気を失っている人を肩にかけて、運び出そうとしている。
 二、三のやりとりで、運び込む場所は、そこでいい、医者は、茅の方で手配してくれる、というのを確認して、有働は一旦通話を切った。
 安心、はできないが……咄嗟の時、込み入ったことを相談ができる相手がいると、不用意に慌てなくて済む……と、有働は思う。
 有働は、どちらかというと誰かをあてにするよりは、「頼りにされ、相談される」ことの方が多かったから、茅や荒野といった、多少風変わりではあるにせよ、自分よりもしっかりとした友人を持てたことで、安心している所もある。
「……あの……」
 そんな有働に、声をかけてきた者がいる。
「できれば……信用してもらえれば、で、いいんだけど……。
 そのカメラ、おれたち野呂の者に、貸してもらえないか? いや、貸してもらえませんか?」
 高橋君、だった。
「……あーあー……。
 こんなところで寝ちゃって……」
 少し離れた所では、甲府太介が、酒見姉妹の体を、一人ずつ左右の肩に乗せていた。
 痩せているとはいえ、年上の女性二人を肩に乗せた少年の足取りは軽く、特に苦にしている様子もない。
「あの……こいつら、どこに運んでおけば……」
 しばらく周囲を見渡した後、有働の方に歩いてきて、そう尋ねました。
 有働は、高橋君に手にしていたビデオカメラを渡し、太介に向かっては、
「一緒に行きましょう。
 ……ついてきてください……」
 と、いった。
 有働が高橋君にカメラを手渡したことで、他の放送部員たちも、それに倣った。
 この間の工場と、それと、今朝の雪かきとで、一族の者たちとはいくらか面識ができていたし……彼らなら、自分たちには近寄れない場所ででも、撮影が可能なのだ。
 荒野たちを信じることにしたのなら……彼らのことも、信用するべきなのだろう。
 たとえ……今回のような、被害が出たとしても。

「……これ、いらない……」
 トラックの助手席の人物が、眼鏡を外してライフルを構えてから、ライフルからスコープを外した。
「なくても……遠くの方が、よく見えるぐらいだし……」
「本当に、それ……使うのですか?」
 運転席の敷島は、心配そうな表情を浮かべた。
「射撃訓練、とかは……」
「したことないよ、もちろん。
 ぶっつけ本番……」
 その人物は、器用なことに、狭い車内でスコープを外したライフルを、片手で、振り回してみせる。
「……うーん。
 やっぱ、重量バランス的に、両手で扱うように出来ているんだなぁ……。
 本当なら、銃座もとっぱらいちゃいたい所、なんだけど……。
 細かいカスタマイズは、後の宿題、かな?」
 その人物は、振り回していたライフルを一度自分の膝に置き、もう一丁のライフルを取り出して、やはりスコープを外しはじめた。
 どちらも、孫子のライフルを複製する時に、何丁か同時に製造したスペアだ。
 それらを、徳川の工場から持ち出してきてるわけで……。
「……たとえ、スタン弾とはいっても……炸薬は、本物なんですから……」
 敷島が、やけに心配そうなそぶりを見せる。
 彼女に何かあったら……敷島は、ライフルの持ち主である孫子と、工場の責任者である徳川、それに荒野にまで責められるような気がする……。
「くれぐれも、扱いには、気をつけてください……」
「……分かっているって……」
 そんな敷島の心配を、知ってか知らずか、その人物は、にこやかに返事をして、今度は、ずらりと弾倉が鈴なりになっているベルトを、肩や腰に着けはじめる。
「じゃあ……眼鏡は、頼んだね……」
 体に巻き付けた弾倉だけでもかなりの重量になる筈だったが、そのままドアを開け、両手に一丁づつのライフルを持ったまま、軽い身のこなしで外に出た。
「……待たせたねっ!
 行こうか、テン! ガク!」




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彼女はくノ一! 第五話(280)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(280)

『……こちら、駅前広場特設ステージに来ております。
 さぁ、新たに白い杖の人と鎖のチョッキを着た人が参戦、ミスターR争奪戦も、この先どうなるのか、ますます予想がつかなくなってまいりました……』
 ステージに上がった玉木が、張りのある声で実況中継をはじめた。その音声は、商店街中にわんわんと響き渡っている。
 小埜澪の着衣を「鎖のチョッキ」と表現したのは、時代劇もみなければRPGゲームもやらない玉木の語彙に、「鎖帷子」も存在しなかったからである。

 有働たち放送部員と、それに、たまたま周囲にいた人たちが協力して倒れた人たちを運び出している。
 東雲の暗示の効果か、騒ぎ出す人もいなかった。
 かえって、玉木の実況中継につられて、今までこの騒ぎにあまり関心を示さなかった人たちまでもが、駅前に流れ込んでくる。

「……お、おじさま……」
 アーケード上に立った静流が、怒気をはらんだ声を押し出した。
「……お仕置き、なのです……」
 ミスターRは、若干、引き気味になる。
 昔から……普段は物静かな静流が、一旦怒りだすと手がつけられなくなる……ということを、よく知っているからだ。加えて、同じ野呂である静流と竜齋とは、身内同士でもある。
 お互いの手の内を、よく知り尽くしていた。
 だが……。
『……何……静流に、近寄らなければ……』
 内心、かなりたじろいでいるミスターRが、自分自身にそういい聞かせている。
 と、
「どうする?
 りゅ……じゃなかった、ここでは、ミスターRだったっけか?」
 小埜澪が、好戦的な笑みを浮かべて、ミスターRに近づいていった。
「あんまり棒立ちになっていると……こっちから、いくよ……」
「……それから、こちらのこともお忘れなく……」
 背後からは、東雲の声も聞こえる。
「あんまり、動かないでいると……書き換えちゃうぞっ、っと……」
「……けっ! ひよっこどもが……」
 いいながら、ミスターRは肺腑の中の空気を抜き、胸郭を収縮させた。
 急激にミスターRの胸囲が小さくなり、巻き付いていた鎖が、気を失った酒見姉妹ともども、地面にずり落ちていく。
 これからの展開を考えると……重しは、ない方がいいのだ。
「いくら束になってもなぁ、まだまだ青二才にやられるおれじゃあ、ねぇんだよぉ……」
 ミスターRは助走もなしにその場で飛び上がり、アーケードの上に着地。
 そのまま、アーケード上を疾走しはじめる。
「……お、おじさま……」
 見ると、静流が併走していた。
 駅前とは違い、人目がないと判断したのか、仕込み杖を抜いて白刃を晒している。
「お、往生際が、悪いのです……」
 ほとんど全盲に近い弱視である静流は、普通ならミスターRと同じくらいの速さで走ることなど不可能な筈であったが……静流は、視力以外の感覚や能力は、常人に数倍する。だから、ある条件さえ整えば、全力で疾走することもできた。
 ……視覚の障害さえなければ、術者としても大成できたのになぁ……と、静流について、ミスターRは、そう思っている。
「……逃げるつもりはあ、ねぇけどな……」
 いいつつ、ミスターRはさらに速度を上げる。
 静流を引き離したところで、瞬時にきびすを返し、静流に向かって突進しながら、懐中から取り出した六角を投じた。
 静流に少し遅れて併走していた犬が、一声、短く吠えたので、静流は横に飛び退く。
 ミスターRの投じた六角が静流の仕込み刀を砕くのと同時に、静流の横をすり抜ける形となった。
 あの犬は……そういう訓練を受けている、のか……と、ミスターRは納得する。
「……こっ、のぉおっ!」
 今度は、静流の後に続いていた小埜澪が、ミスターRに六角を投じた。
 もの凄い勢いで、殺気さえ、籠もっているように感じられたが……。
「……ひょっ、ほ、ほ……」
 ミスターRの動体視力と反応速度をもってすれば、楽々と迎撃できる速度なのだった。
 ミスターRが投じた六角は、甲高い音をたてて、小埜澪の六角を的確にはじく。
 ミスターRは、自分に向かってくる小埜澪の動きを予測し、その脇をすり抜け、無造作に足を払う。
 ミスターRの動きに目がついていかなかった小埜澪は、雪の積もったアーケード上をそのまま前転して勢いを殺し、立ち上がる。
「……だから、速度が伴わなくては、わしには敵わんって……」
 足を止め、ことさらのんびりとした口調で、ミスターRは、小埜澪に告げた。
 自分に匹敵する素養を持ちながら、視覚にハンディキャップを持つ静流。
 筋力では自分を凌駕しながらも、反応速度が追いつかないために、自分を捕らえられない小埜澪。
 その二人が同時にかかってきたところで……ミスターRはさほど脅威には思えなかった。
 小埜澪は、口惜しそうに下唇を噛みながら、ミスターRを睨む。
 その時、
「……それじゃあ、さぁっ!」
 ミスターRの背後から、いきなり声をかけてきた者がいた。
「ミスターRに匹敵する……いや、ちょっと劣るぐらいの速度を持つのが二人、同時かかっていったら、どうなる?」
 手足と胸部に無骨なプロテクターをはめ、ヘルメットを被った子供が、自分の体よりも重たい鉄板を、両手で軽々と頭上に掲げている。
 ガク、だった。
「ようやく出てきたかぁ……新種ぅ……」
 ミスターRが、にたり、と笑った。
「その酔狂な格好と鉄板が気になるが……待ちかねたぞっ!」
「……なんだ、おじいちゃん……」
 ガクは、心底詰まらなそうな声を出す。
「まさか……ボクたちとやりあいたかったから、こんな騒ぎを起こしたっていうの?
 そんなの、一言いってくれれば、いくらでも相手したのに……」




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(196)

第六章 「血と技」(196)

「……東雲っ! そっちは任せたっ!」
「……へいへい……。
 ごたごたの後始末には、慣れていますもんで……」
 スポーツウェア姿の東雲が、やる気がなさそうに返答をする。
「っていうわけだ、そこの眼鏡っ娘」
 玉木が駆けつけた時、アーケードの前で、あの覆面男と若い男女とが、対峙していた。若い男女とは、ついさっき顔を合わせたばかりだったが、どうやら、あの覆面男を止めようとしているらしい。
「介抱とか記憶操作は、出血大サービスでおれがやってやるから、君は君にしかやれないことをやりなさい……。
 これから、ね……。
 率直にいって、たいした見物になると思うよ……。
 なにせ……六主家の本家筋同士が戦う、なんてことは……滅多にないガードなんだから……見逃すと、後悔するよ……」
「……そ、そんなこと……いわれても……」
 まさか、目の前で倒れている人たちを放置して、自分がやるべきことなど思いつかない玉木は、弱々しくやけにラフな格好をした男に、答える。
 その男は、何故かこの寒いのにスポーツウェアしか着ていなくて、近所のコンビニとかパチンコ屋にでもいくような様子である。
「……注目っ!」
 パンッ!、と、男は、小気味よい音をさせて、自分の胸の前で、手を合わせた。
 その場にいあわせた人々が、はっとその男に注目する。
「……今から、貧血で倒れた人たちを運び出しますっ!」
 りん、と、その男の声が、玉木の頭に響く。
 ……そう。倒れた人たちは、あくまでただの貧血なのだ……。
 と、玉木も、納得してしまう。
 この時の玉木は、数名の人たちが、固まって一気に気を失う、という不自然さを、まるで感じていなかった。
「……玉木さんっ!」
 その時、有働を先頭とした放送部の連中が、どやどやと駆けつけてきた。
「今、何が、どうなっているんですかっ!」
 有働の声を聞いた玉木は、びくりっ、と肩を震わせる。
 何か……先ほど、声をかけられるまで、意識に紗がかかっていたような……気がするが……。
「そこの大きいおにーさんたち、そこの眼鏡っ娘の仲間か?」
 スポーツウェアの男が、有働たちを手招きする。
「ちょうどよかったっ! この人たちを、介抱できる場所まで運んでくれっ!
 こっちは、だな……」
 男は、再びパンっ、と胸の前で手を合わせた。
「この場に居合わせた皆様っ!
 これより前代未聞、必見のアトラクションを駅前にて開催しますっ!」
 よく通る男の声が、周囲に居合わせた人たちの意識に、すうぅっと浸透していく。
 そうだ……これは、単なるアトラクションなんだ……と、その場にいた人々は、なんの疑問を抱かずに刷り込まれる。

「……佐久間の技……って、やつですか……」
 電気屋さんの裏で駅前の様子をモニターしていた楓が、呟く。
 特設ステージのイベントを収録するための設備で、音声も拾えていた。
「ここからモニターできる情報で判断すると……意識を書き換える……というより、通常の催眠術に近い技なの……」
 茅も、頷く。
「あの……わたしも、あそこにいった方が……」
 おそるおそる、といった感じで、楓が茅にお伺いを立てる。
「まだ、駄目」
 茅の返答は、簡潔だった。
「もっと、ミスターRの手の内を見届けてから……。
 それに、あそこにいる人たちとテンとガクがいれば……うまくいけば、それだけで取り押さえられるかも知れないの。
 駄目だった場合も、ミスターRは、消耗を強いられる。
 楓と荒野が挑むのは、それからの方が有利なの……」
「出来る限り敵の情報を引き出し、消耗を強いてから、最後の最後に、最大の戦力をぶつける……。
 確かに、理にかなっているのだ……」
 一緒にモニターしていた徳川までもが、茅の言葉に頷いていた。
「ぼくも……松島が出る時は、加納を呼び寄せてからの方が、いいと思うのだ……」

「……けっ! 小娘どもがっ! っと……うるさいってのっ!」
 自分たちの背中に手を回し、山刀を抜いた酒見姉妹は、何故かそのまま山刀を取り落とし、ぐったりと全身の力を抜く。
 からん、と乾いた音をたてて、ごつい外観の山刀が地面の上に落ちた。
「しばらく、そうして気を失っていなってっ。
 あとでたっぷり、可愛がってやるからよぉ……」
「……あー、そこのおねーさん……。
 せっかく楽器持っているんだから、いっちょ、景気のいい曲、弾いてくんないかなぁ……」
 東雲がのほほんとした口調で、ステージの上であっけにとられているエレキギターを抱えた女性に声をかけた。
「それから……そこの、眼鏡っ子。
 君も、大人しく見守っているだけで、いいのか?
 これから起こるのは、前代未聞の見せ物だぞ……」
 それまで玉木は、駆けつけたはいいものの、どうしていいか分からず周囲を見回していた。倒れた人の救助活動は、有働たち放送部員や続けて駆けつけてきた飯島舞花らで十分に間に合う様子だ。
 東雲にそう声をかけられ、反射的に玉木は、
「……あっ……はいっ……」
 と返事をし……それから、やおらに、ステージに向けて走り出した。
「あとで……は、ないんじゃないかなぁ……。
 ミスターR……」
 東雲が、緊張感のない口調で、告げた。
「うちの嬢ちゃんだち、セクハラにはかなりうるさいみたいだからねぇ……。
 静流さんと二人がかりでやりあって、無事でいられる算段はあるのかい……」
「……へっ」
 ミスターRは、吐き出すようにいった。
「その程度のことくらい出来なくて、何のための長か……」
「……よくいったっ!」
 東雲は、いきなり元気の良い声を張り上げた。
 気づけば、いつの間にかこの男が、この場を仕切っていのだが……この場にいる誰もが、そのことを不思議に思っていない。
「……It's Shouw Time……」
 この言葉を機会に、ステージ上の女性がエレキギターをかき鳴らしはじめた。





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彼女はくノ一! 第五話(279)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(279)

「わしほどになればな、経絡を自在にずらすことなど、造作もないのだよ、小娘ども……」
 ミスターRがそういってからからと哄笑すると、はじめ、愕然とした表情をした酒見姉妹は、すぐに憤怒の形相に変わった。
 ミスターRは、姉妹の感情の変化に気づきながら、素知らぬ顔で姉妹の背後をまさぐる。全体に脂肪がうすくて、すぐに指先が骨にあたってしまう。
 皮肉な意味も含めていっているのはもちろんだが、野呂の長として、姉妹の危なっかしさを指摘しておいた方がいい、とも、思う。この双子も、半分は野呂なのだ。成長への足がかりになる、ヒントくらいは与えておいてもいいだろう。
 策を弄すること事態は、いい。
 しかし、姉妹のやり方は、成功した時の効果ばかりに目を奪われて、リスクを回避する工夫とか、失敗した時の対策がおろそかになっている。
 自身の実力を過信する傾向があり、いざという時の為の保険を、まるで用意しない。
 優秀な人材が常時、バックアップに入れるようなら、いいのだが……そうそう、条件の良い仕事ばかりが割り振られるとは限らないのだ。
 これでは、このままでいけば早晩、この双子は、かなり高い確率で、殉職の憂き目にあうことだろう。
 早いうちに、姉妹の短慮さを矯正しておかないと、いずれ、命にかかわる……と、野呂の長としてのミスターRは、考える。
 そこで、ことさらにいやらしい口調を作って、
「こっちは……二人合わせて八十五点、といったところかのぉ……。
 ちと筋張っていて、いささか触り甲斐がない。
 ま、将来に期待、といったところかの……」
 ミスターRは、にこやかに、そう、評言した。
 例えば、この姉妹の母親などは、ありゃ、いい女だった……二宮の男なぞを選んだのが、不運といえば不運だったが……。
 だから、この姉妹も、まだまだ、将来性はあると思うのだが……。

 次の瞬間、ミスターRは、自分の頭部に向かって飛来する物体を関知する。視界に小さな影が入ったのと、それと、周囲の気流の乱れを肌で感じた……と、いうことなのだが。
 野呂の者の中に、時折五感が鋭敏な者が生まれてくることは、よく知られているが、ミスターRも、その例外ではなかった。
 その影が、弾丸らしい……と察したミスターRは、喉の奥に常時仕込んであるピーナッツ大の鉛の粒を、喉の筋肉を収縮させて口内に送り出す。同時に、鼻腔から大量の大気を吸い込み、圧縮しながら肺に溜める。
 標的が分厚い装甲に覆われているのならともかく、弾道を逸らす程度なら、っそんなに大量の空気は必要ない。瞬時、といってもいいくらいの、ごく短い時間で、必要な量の空気を吸い込み……そして、鉛の粒を吹き出すために、一気に放出した。
 これだけの判断と動作とを、ミスターRは、一秒の数十分の一という僅かな時間で、完遂させている。これまでに何度も似たような経験をしてきたので、体が対処法を覚えている、というのもあるし、野呂の長、すなわち精髄、ということは、常人離れした「速さ」を持つ、ということと同義であもある。
 野呂の長でもあるミスターRは、野呂のエッセンスが凝縮された存在でもあった。
「ふぉっ。ふぉっ。ふぉおぅ……。
 誰かと思えば、さっきの九十八点ちゃんじゃないかぁ!」
 弾丸を放った者の姿を確認しようとして、ミスターRは、ライフルを構えてどう目している孫子の姿を見いだす。
 ゆっくりと足を踏み出しながら、芝居がかった口調で話しかけた。
「わざわざ挨拶に来てくれるとは……おじいちゃんは嬉しいぞぉ!」
 ステージから飛び降りようとして、異変に気付く。
 ステージ前に密集していた人々が、ゆっくりと倒れはじめている。
 とはいえ、昏倒する時のように、いきなり意識が途切れるわけでもなく、ゆっくりと膝の力がぬけて、その場でうずくまり、目を閉じて動かなくなる……という感じだった。いきなりしゃがみ込んだ者の体を、周囲の者が支えとするその動作の途中で、やはりゆっくりと、助けようとした者と一緒に、折り重なって地べたに寝そべっていく……という光景が、眼下で展開している。
 薬物、か……と、ミスターRは思った。
 そういえば、才賀の小娘とこの地に派遣された姉崎とは、頻繁に接触している……という報告もあったな、と、ミスターRは思い出す。
 姉崎は優秀な毒使いでもあったから、そのような薬剤を孫子がもっていても、不思議ではないか……と、ミスターRも納得した。
 ミスターRは弾道を逸らすために喉に仕込んだ鉛粒を飛ばした。通常の弾丸なら激突した拍子に行き先を逸らすだけ……の、筈だったが……薬剤を収めた特殊なカプセル弾であったため、外装が破砕され、中身が散布された……ということ、なのだろう……。
 一度は足を止め様子を伺っていたミスターRだったが、一瞥して、実際に倒れている人数が十名以下、と、意外に少ないことに気づいた。
 薬剤の効果が狭い範囲内に収まっていることを確認すると、ミスターRは左右に酒見姉妹をぶら下げたまま、動揺している人々の合間を縫って数度、跳躍し、孫子の元へと向かう。
「……せっかく会いに来てくれたんじゃっ!
 この二人とともども、たっぷりと愛でてやろうぞっ!」
 アーケードの入り口まで跳躍し、そのまま一足に飛び上がる。
 その背後から、何もかが投擲武器を投じてきたのを、ミスターRは寸前のところで感知し、あやういところで体を捻ってかわす。そのおかげで、孫子がいるアーケード上までは、行き損ねたが……。
「……何奴っ!」
「……ちょっと、待ったぁっ!」
 邪魔をした者の顔をみようとミスターRが振り返るのと、行く手を遮った者が叫んだのは、ほとんど同時だった。
「……けっ!
 誰かと思えば、二宮んところの庶子じゃねーか……。
 お前さんも一緒に可愛がって欲しいってか?」
「うるせーこの歩く迷惑エロじじいっ! 一族の恥さらしっ!」
 ダウンジャケットを脱ぎ捨て、鎖帷子を露わにした小埜澪が、仁王立ちになっていた。
「……東雲っ! そっちは任せたっ!」
「……へいへい……。
 ごたごたの後始末には、慣れていますもんで……」
 スポーツウェア姿の東雲が、やる気がなさそうに返答をする。
「っていうわけだ、そこの眼鏡っ娘。
 介抱とか記憶操作は、出血大サービスでおれがやってやるから、君は君にしかやれないことをやりなさい……。
 これから、ね……。
 率直にいって、たいした見物になると思うよ……。
 なにせ……」
 東雲は、口の片端をきゅっ、とつり上げて、アーケードの上を指さす。
「……六主家の本家筋同士が戦う、なんてことは……滅多にないガードなんだから……」
 見逃すと、後悔するよ……と、東雲は続ける。
 東雲が指さした先である、アーケードの上には……孫子を背後に守るようにして、白い杖を構えた野呂静流が立っている。




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12カ国語達人のバイリンガルマンガ。言語学者の考えた発音つき英語学習法。





「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(195)

第六章 「血と技」(195)

 駅前を通りかかると、酒見姉妹が特設ステージに乱入して出場者からマイクを奪っているところだった。何故、あの双子がそんなことをしなければならないのか、楓は疑問を持つとともに強い興味を引かれたが、先行する茅が人混みをかき分けながら早足で電気屋さんに向かっているので、足を止めることなくその後をついていった。
 裏口から電気屋さんの事務所に入ると、
「あっ。来た……」
 と、椅子に座ったまま、玉木が振り返った。
「今、ちょうどステージの方が面白いことになっているよ……」
 玉木はそういって、自分の前にあるディスプレイを指さす。
「ええ……ステージの上、なんか、酒見さんたちがいましたけど……」
 そういいながら、楓は茅ととともに玉木の背後からディスプレイを覗き込む。
 ディスプレイには、ミスターRの左右から抱きついて、自分たちの体ごと、鎖で戒めている酒見姉妹の姿が映っていた。
「この程度では……ミスターRは、捕まえられないの」
 茅は一瞥しただけでそう断言し、玉木の隣の末端を操作しはじめた。
 楓は、何故茅がそんなことをいうのかよく理解できず、茅の横顔とディスプレイを交互に見る。
「才賀……みつけた」
 玉木の隣に座って、次々にカメラの映像を切り替えていた茅が、呟く。
 見ると、確かに孫子らしい女性の後姿が、ディスプレイに映し出されている。
 近隣のビルの屋上に設置された、カメラの映像なのだろう。上から見下ろした構図で、遠くに駅前広場の特設ステージが、かなり小さく見える。その女性の後姿もかなり小さく映っているのだが、ドレスのシュルエットとライフルを構えていることとで、孫子のものだということが判別できた。
 人気のない、雪が積もったままの商店街アーケードの上で、ゴシック・ロリータ・スタイルのドレスを着てライフルを構えている女性……など、そうそう何人もいやしない。その女性の背後に点々と続いている足跡が、寂しさを演出していた。
「……あっ……」
 一目みただけで、楓は、孫子が誰を狙っているのか、容易に想像がついた。というか、この場にいた者は、全員、気がついたことだろう。
 しかし……。
「才賀も、失敗する」
 孫子が映った画面を拡大しながら、ぽつり、と、茅がまた断言した。
 次の瞬間、いくつかの動きが、同時に起こった。
 さきほどより大きく映し出された孫子のライフルから、細い硝煙がはき出される。
 別のディスプレイの中では、それまで大人しく双子に抱きつかれていたミスターRが、いきなり動き出していた。

「……なんで……」
「……針が……」
 酒見姉妹は、同時に声をあげる。
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ……」
 ミスターRは、喉を仰け反らせて哄笑した。
「わしほどになればな、経絡を自在にずらすことなど、造作もないのだよ、小娘ども……」
 いいながら、ミスターRは両腕を左右にとりつた双子の尻に回し、わさわさといやらしい手つきで揉みはじめる。
「こっちは……二人合わせて八十五点、といったところかのぉ……。
 ちと筋張っていて、いささか触り甲斐がない。
 ま、将来に期待、といったところかの……」
 堂々と痴漢行為を働きながら、好き勝手な論評を付け加えた。
「……むっ」
 左右の至近距離から、憎悪の籠もった視線を受けながら、ミスターRは低く呻いた。
 そして、やおら頬を丸く膨らませたかと思うと、
「……よっ! っと……」
 首を後から前に突き出し、何かを吐き出す出す動作をした。
「ふぉっ。ふぉっ。ふぉおぅ……。
 誰かと思えば、さっきの九十八点ちゃんじゃないかぁ!
 わざわざ挨拶に来てくれるとは……おじいちゃんは嬉しいぞぉ!」
 ミスターRがそんなことをわめいている前では、ステージ前に集まった観客が、まとめてばたばたと倒れはじめていた。

「……ああっ!」
 その様子をカメラでモニターしていた玉木は、悲鳴をあげて立ち上がった。
「なんで、こんなことに……っていうか、それよりもまず、救助の手配をっ……」
「前に、才賀がガクに使ったクスリなの。
 放置しておいても、時間が経てば目を醒ますけど……」
 茅の冷静な解説など耳に入っている様子もなく、玉木は裏口から外に飛び出す。
「……まあ……寝ているだけにしろ、あの場に倒れている人を放置してするわけにもいきませんから……」
 楓は、内心で冷や汗をかきながら、玉木の立場を想像した。
 下手に処置をすると……商店街にとって、大きなマイナスイメージになるし、この寒い中、あのまま路上に投げ出しておくわけにもいくまい。
「……後遺症がないのなら、後は賠償とか示談でかたがつくのだ。
 幸い、加害者である才賀は、金に不自由しない身だし……」
 徳川の解説も、茅に負けず劣らず冷静なものだった。
「しかし……あの距離からライフル弾打ち込まれて……その弾丸に、口から吹き出した何かをぶつけた……という、ことなのか? 今のは……」
 孫子の狙撃場所からミスターRの位置まで、五十メートルと離れていない。この距離では、空気抵抗による減速効果も、ほとんど受けていない筈だ。
 徳川にしてみれば、とても信じられない事だったが……たった今目撃した事実から推測できるのは、そういう事実だった。
「荒神が前にいっていたの。
 一流の術者なら、飛び道具に対する対抗手段は持っているって。
 ミスターRは、超一流。
 どういう対抗方法を持っているのかまでは分からなかったけど、飛び道具を防げるということは、事前に想像がついたの……」
 ……それで、直前に、「才賀も、失敗する」と断言できたのか……と、楓は、今更ながらに納得する。
 荒神の言葉は、茅よりも楓の方が頻繁に聞いていたのだが……楓自身は、今の今まで、そのことをすっかり失念していた。
「……ミスターRが、動いた」
 茅が、ぽつりと呟いた。
 ディスプレイの中で、ミスターRが、弾むような足取りで、アーケードの上に……ライフルを持ったまま、愕然とした表情をしている孫子の元へと急いでいた。
 胴体の両側に酒見姉妹をぶら下げたままで、ミスターRは、アーケードの上まで、一足飛びに軽々と跳躍する。




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彼女はくノ一! 第五話(278)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(278)

「……これから、どうしますか?」
 茅と合流した楓は、開口一番、そう確認した。
 楓は、小埜澪率いる一団が、ミスターR一人に翻弄された情景を、ここまで来る道すがら、液晶ディスプレイで確認したばかりだった。
「電気屋さんに、いくの」
 楓の姿を認めると同時に、メイド服姿の茅は歩きだしている。
 確かに……あそこにいけば、商店街の近辺なら、かなり広い範囲にわたって、モニターできる……と思い、楓も茅の後についていった。
「ミスターRの武器は、自分の姿を隠すことと、それに、人知れず、高速度で移動できるということ。
 その利点を、潰すの」
 茅は茅で、現在の状況への対応策について、それなりに腹案があるようだった。

 商店街近辺にいた術者たちがこぞってミスターRに挑戦しはじめてから、十分あまりが経過した。その間、ミスターRに挑んだ術者たちは、ことごとく返り討ちの憂き目にあっている。
 特に、小埜澪率いる二宮の一党があっさりと退けられた一件での心理的な影響は甚大だった。
 この一件以来、ミスターRを追う術者の間に、実力差に対する悲観的な認識が広まって、目にみえて志気が低下している。
 その点は、流石に……野呂の長だけのことはある……と、酒見純は思った。
 しかし……。
「……弱点が、ないわけではない……」
 妹の酒見粋が、純が感じていたことを代弁する。
 そう。
 酒見姉妹は、ミスターRを任意の場所におびき寄せる方法を、知っていた。
 むしろ……なんでみんな、あんなに愚直に、彼の後を追っかけているのだろう……とさえ、思う。
 気付いてしまえば、ひどく単純なことなのに……。
 酒見純と酒見粋は、うなずきあって、駅前の特設ステージの上にあがった。
 コンテストの出場者がエレキギターを演奏している最中だったが、姉妹はそんなことには頓着しない。
 つかつかとステージ中央まで歩んでいき、用意していたマイクを取り出し、すぅーっと深呼吸をして、
「「……ミスターR、すてきっー!!」」
「「……かっこいいーっ!!」」
「「……抱きしめたいっー!!」」
 などと、ユニゾンでわめきはじめる。
「……ちょっと、あんたたちっ! なんなのっ!
 まだわたしの順番なんだけどっ!」
 それまで呆然として眺めているだけだったエレキギターを抱えた出場者が、唐突に我に返りいきなりステージに乱入してそんなことをわめきはじめた双子に抗議をしはじめる。
 それでも、双子たちはマイクを手にしてミスターRを賛辞することをやめなかった。何をいっても無駄だ、と悟ったエレキギターを抱えた出場者が、しまいには双子の肩に手をかけてステージから引きずり降ろそうと試みたが、もちろん、酒見姉妹は、一般人の力などではピクリとも動かない。
「……ひょっほっ」
 一、二分もそうした「ミスターRへの賛辞」わめいていると、案の定、当のミスターRがステージの上に出現する。
 エレキギターの出場者の背後に忍び寄り、ばっとスカートを捲りあげたかと思うと、その臀部に頬ずりをした。
「……うひゃぁっ!」
 と悲鳴を上げて飛び上がり、ついで、振り返って、ミスターRの頬を張り飛ばそうとする出場者。
 ミスターRは、「七十八点っ!」叫びながら背を逸らして、出場者の手を避けた。
 すかさず、酒見姉妹が、
「「……わたしたち、大ファンですっ!!」」
 といいながら、ミスターRに抱きついていく。
 むろん、本音などではなく、ミスターRに接近するための方便である。
 ミスターRは、
「……うひょひょ……」
 などと締まらない笑い声をあげながら、双子が左右から抱きつくままにまかせた。
 酒見姉妹は、一族の中でもそこそこの知名度があったし、野呂の長ともあろうものが、まさか姉妹の思惑に気付いていない、とも、思わなかったが……おそらく、ミスターRにしてみれば、酒見姉妹など、どうとでもあしらえるから、したいようにさせている、くらいの心づもりなのだろう。
 その油断が、まさしく酒見姉妹の狙いだった。
 左右から姉妹がミスターRの丸っこい体に抱きつくと、ミスターRはご満悦の様子で「にょほほほっ」っと、愉悦の笑みを漏らした。酒見姉妹は、背中やお尻をもぞもぞとまさぐられる不快感にを我慢しつつ、ミスターRの体に抱きついて、素早く鎖を二重三重に廻し、自分たちの体をミスターRの体に固定する。
 ミスターRは、その動きに気付いていない筈はないのだが、その動きを遮るということをしなかった。
 姉妹との実力差を考慮しての余裕、ともとれるし、もっと単純に、年若い女性が自発的に自分に体をすり寄せてくれる感触を楽しんでいる、とも、とれる。
 自分たちの体とミスターRの体を、太い鎖でしっかりと固定すると、酒見姉妹は、どこからか針を取り出した。
 これだけ密着した状態から針を使えば、いかなミスターRといえども逃れることはできまい。
 そして、一族内部における酒見姉妹の名声は、より一層高まる筈……なのであった。

「……その油断が、命取りですわ」
 アーケドの上から、ライフル構えた孫子が呟く。
 ライフルのスコープの中に、酒見姉妹に抱きつかれてにやけきったミスターRの顔を捉えている。
 孫子は立て続けに引き金を引いた。
 現在、装填しているのは、シルヴィから供与された超強力麻酔薬を詰めたアンプル弾。途中で弾かれても、至近距離でアンプルが破損されれば、揮発して麻酔薬を吸い込むことになる。また、その速効性も、ガクに使用した時に実証していた。
 本音をいうと、貴重なこの薬物をこんな所で使用するのは、気が進まないのだが……高速での移動と自身の気配を秘匿することに長けたミスターRを捕らえるためには、確実かつ有効な手段でもある。
 孫子は、引き金を引いたこの時、自分の勝利を確信していた。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(194)

第六章 「血と技」(194)

「……次、投擲っ! 別動隊は、網を準備っ!」
 成り行き上、二宮の術者を束ね、指揮することになってしまった小埜澪は、号令をかける。ミスターRは壁を背にしており、流れ弾で第三者を傷つける畏れもない。
 一般人の買い物客は、人払いをするまでもなく、遠巻きにして成り行きを見守っていた。
「……ほいっ。ほいっ。ほいっ……っと……」
 背中に手を回したままのミスターRは、間の抜けたかけ声とともに素早く足をひらめかせ、一斉に投げつけられた手裏剣や六角などの投擲武器を、ことごとく地面にたたき落とした。
 遠巻きにして成り行きを見守っていた野次馬連中が、どっとどよめき、ミスターRに向けて喝采を送る。
 玉木の放送の効果もあってか、大半の野次馬が、新手のアトラクションか何かと勘違いしているようだった。
『……まあ、その方が、こっちも助かるけど……』
 そう思いながら、小埜澪は、号令をかける。
「……投擲、そのままっ! 網、いけぇっ!」
 二宮系の術者が投擲武器を使用する時、その速度は、最低でも時速三百メートルを越える。つまり、拳銃弾とほぼ同じ速度の一斉射撃を受けても、ミスターRは、「足で」そのすべてを叩き落としている……ということになる。
 流石は、「最速」の野呂の長、といった所だが……。
『……こっちも……野呂のトップが、この程度で捕まえられるとは……』
 小埜澪も、思っていなかった。
 投擲武器は、あくまで、ミスターRを足止めするための道具だ。
 投擲武器を叩き落とすことに忙しいミスターRの頭上に、四方から投げつけられた網が迫る。
 その時……ミスターRは、にやりと笑って垂直に跳躍した。
「……にょーふぉーふぉーっ!」
 奇妙なかけ声とともに、ミスターRは、投げつけられた網を、横あいから、蹴った。
 ミスターRの体に覆い被さる筈だった投網は、ミスターRの足首にひっかかりそのまま、横に引きずられる。
 網を投げた者が、前のめりになった。
 ミスターRは、投網を足首に絡めながら、足で半円を描いて着地する。
「……ひょほっ……」
 四方から投げつけられた網のうち、三つが片足に絡まり、残りの一つはミスターRに踏みつけられていた。
 ミスターRは、網が絡まった足首を誇示するように、胸の位置まで上げて見せ、小埜澪にむかって、にたり、と笑って見せた。
「……ほぉれっ!」
 その表情に、何事かを感じ取った小埜澪は、直感に従って、「……退避っ!」と叫んでいた。
「レッツ、ダンシングッ!」
 片足に網を絡ませたまま、ミスターRの体が、独楽のように回転しはじめる。
「……ひょ、ふぉ、ふぉ、ふぉ、ふぉ……」
 と間の抜けた声を上げながら、ミスターRは、網を掴んでいた数人の術者ごと、その場で高速で回転する。
 遠心力に耐えきれなくなった術者が、一人、また一人と、外側に向かって投げ出され、その他に、比較的近距離から投擲武器を使用していた術者数名が、高速で回転する網に横合いから殴られ、少なからぬダメージを受けた。
「……最速は、最強に勝るっ!」
 そう言い残し、回転を止めたミスターRが再び逃走に移った時に、健在な二宮の術者は、以前の四分の一ほどに減っていた。そしてその、残った健在の術者でさえ、以前ほどの志気は期待できないようになっていた。
 ……所詮、六主家の本家筋には……という諦観が、生き残りの者たち全体に覆い被さっている。
『……まずいな……』
 かなり深刻な危機感を抱えながら、小埜澪は、なんとか動ける術者を先導するようして、ミスターRの後を追う。
 しかし、小埜澪は……そうした生き残りの術者でさえ、ミスターRに、すっかり心を折られている……ということを、さまざまと感じ取っていた。
 案の定、いくらもしないうちに、小埜澪は、ミスターRの姿をロストした。

「……なんてぇ、はしっこいんだ……」
 ガクは、ミスターRの後を追いながら、独り言を呟く。ミスターRの追跡を開始してから五分以上が経過していたが、ガクは一度もミスターRに追いつけていない。
 ミスターRは、せいぜい半径数百メートル内の狭い範囲内にしか出没していないから、単純に足が速いとかの問題ではなく、それにプラスして、完全に気配を断ち、誰にも気取られることなく、任意の、意表をついた場所に出没する術を持っている……としか、思えなかった。
 今までにも何度か、十名以上の術者、あるいはもっと多人数の術者と一般人の協力者とが自分たちの体で包囲網を作って一斉に飛びかかったりもしたのだが、ミスターRはその包囲網を愚弄するかのように易々と脱出し、まったくマークしていない場所に出現する。
 人数を集中させて取り囲む、という方法に効果がないことを悟って、術者たちは、人混みに紛れてさりげなく、方々に分散していった。
 暗黙のうちに、個々の術者が「ミスターR」に挑み、徐々に体力を消耗させる……という作戦に、切りかわったのだった。
 現に、当初、一緒に行動していた酒見姉妹も今では別行動をしていて、今、ガクは、テンと二人で行動している。
 ミスターR……つまり、野呂の衆の名目上のトップである竜斎に公然と挑むことができる機会など、そうそうある筈もなく、若くて野心のある術者ほど、実績を作り功名を得る機会に喜んで挑んでいった。
 ミスターRから見れば、「数十人の術者が、自分を見つけ次第、連続してガチンコ勝負を挑んでくる」という状態なのだが……。
 それでも、ミスターRは、そのことをまるで苦にした様子もなく、依然として悠々と逃げては、その合間に、セクハラをしまくっていた。
「……ちょっと待って!」
 ガクのすぐ後ろを走っていたテンが、そういって携帯電話を取った。
「……はい……。
 そ、そうなのっ! うん、うんっ!
 いいよっ! それでいいよっ!
 必要なものは、徳川さんにいえば調達してくれる筈だからっ! うんっ! うんっ!
 わかったっ! そういうことでっ! うんっ! 待ってるっ!」
 最初のうち、覇気のない声で答えていたテンは、会話を続けるうちに、声に張りを取り戻していった。
 通話を切ったテンが、会話をしていた相手の名を告げると、ガクもその場で飛び上がって、
「……勝てるっ! これで勝てるぞっ!」
 と歓喜の声を上げる。
 テンも、すぐにそれに唱和し、二人で笑いざわめきながら抱き合って飛び跳ねはじめた。




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彼女はくノ一! 第五話(277)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(277)

 玉木と徳川は、電気屋さんの裏口に駆け込んだ。そこには、商店街の放送とネット配信を管制するのに必要な設備が整えてある。
 駅前の特設ステージを中継するため、すでに何人かの放送部員たちが詰めていた。血相を変えて駆け込んできた玉木と徳川をみて、「一体、何事か?」と振り返る。
 驚いている放送部員たちを手で制して、玉木と徳川はパソコンを操作し、商店街の各所に設置されたカメラの映像を走査した。
 二人が、今の時点で握っている情報は、あまりにも少ない。
 まずは、「今、何が起きているのか?」把握することが先決だった。
「……ええっと……これ、かな?」
 玉木が、太った覆面男が、数人で固まって立ち話しをゴスロリドレスの少女たちの背後に忍び寄り、端から順番にスカートを高々と持ち上げている映像をみつけだした。勢いよくスカートを持ち上げられ、臍の位置まで下着を露出した少女たちは、手でスカートを降ろそうとする。音声は拾っていないが、被害者の少女たちはかなり大きな悲鳴を上げているのだろう。
「……うわぁあぁ……」
 玉木と一緒に、その画面を覗きこんでいた放送部員たちが、うめいた。
「……小学生並の悪戯と、大人のエロ心……」
「……最低だな、こいつ……」
「一刻も早く取り押さえないと、商店街の評判が地に墜ちるのだ」
 徳川が、冷静に指摘した。
「賞金をかけてでも、ひっ捕らえて、被害者の人たちに謝罪させるのだ」
「……賞金、か……」
 玉木はしばし、考え込むと、徳川に聞き返した。
「……出せる?」
「十万まで。
 それ以上は、加害者本人に慰謝料をいくらでも請求すればいいのだ」
 玉木の質問を予期していたのだろう。徳川は、素早く答えた。
「……それよりも、今はやつを止めさせるのが先決なのだ」
 そういって、徳川は画面を指さす。
 太った覆面男は、露出した少女たちの臀部を丁寧になでさすり、太股に抱きついて頬ずりしたりしている。
 何事か、と遠巻きにして事態を見守っていた人垣を割って、数人の男女がかけつけ、覆面男に踊りかかったが、覆面男は丸っこい体型に似合わない機敏な動きで多人数の包囲網をすりぬけ、人混みの中に姿を消した。
「ほれ。
 加納の同類たちが束になってかかっていっても、軽くあしらえるやつらしいし……」
 玉木の家で、女性たちがしていた短い会話の中から、徳川はあの覆面男が、決して侮などることができない実力者である、というニュアンスを感じ取っていた。
 カメラに映った光景がその印象を裏付けるものだった以上、自分たちも覆面男確保のためき動き、一刻でも早い解決を目指すべきだ……と、徳川は思っている。
「……了解」
 玉木は頷いて、マイクのスイッチをオンにした。
「……あーあー。
 ただいまマイクのテスト中。
 こちらは商店街放送室でございます。
 現在、ステージ上に置きましてコンテンスト・イベントの最中でありますが、同時に突発的サプライズ・イベントを開催しております。
 名付けて……ミスターRを捜せっ!
 現在、商店街各所に覆面姿の悪戯者、ミスターRが出没しています。このミスターRを引っ捕らえた方には、なんとっ! もれなく商店街で使用できる商品券を十万円分、プレゼントぉっ、しちゃいますぅっ!
 このミスターRは悪質なセクハラ軽犯罪常習犯のエロエロ怪人なので、見かけたら遠慮なくしばき倒してフクロにしちゃってください。ミスターRは、額に大きくRの字が縫いつけられているマスクをかぶっています。一目でわかります。また、ミスターRを取り押さえようとしている人たちを見かけても、決して騒がないでください。
 ミスターRの現在地は、商店街に設置したカメラに写り次第、アーケード各所にあります液晶の画面で中継します……」
「……あの覆面男をさがすのだ。常に現在地を、掴んでおくのだ……」
 徳川は小声で放送部員たちにささやき、自分でも各所に設置されたカメラの映像をザッピングして表示させ、覆面男の姿を捜しはじめた。
 その場にいた放送部員たちも、すぐに徳川に倣う。
 ちょうど、玉木がマイクのスイッチをオフにした時、放送部員の一人が、
「……うわぁっ!」
 と叫んで、自分がみていた画面を指さした。
 その場にいた全員がその画面を覗きこみ、そろって息を呑む。
「……才賀さんが……」
 覆面男の被害にあり、スカートを高々と持ち上げられていた。
「……最悪の、展開だ……」
 以前、孫子に狙撃された経験を持つ玉木が、ぽつりと漏らした。
 これで……穏便に事を納める……という展望は、かなり難しくなったな……と、玉木は判断する。
 案の定、画面の中では振り返った孫子が覆面男に踊りかかかり、覆面男は孫子の攻撃を軽やかな身のこなしで避けて、再度、姿を消す。

 覆面男を取り逃がした孫子は、怒りで肩を震わせて、コンテスト出場者の控え室がある、近くの雑居ビルを目指した。
 そこには……ゴルフバッグが置いてあるのだ。

 覆面男は神出鬼没だった。
 こちらで買い物客に抱きついたかと思っえば、数分後には数百メートル放れた場所で痴漢行為を働いている。
 放送部員たちは必死になって覆面男の動きをトレースし、その姿を捕らえ次第、玉木が覆面男の現在地をアナウンスし、商店街に設置されたディスプレイにその姿を実況中継した。
 賞金につられて動き出した人々と一族の者が束になって覆面男を追いかけてはいたが、常に後手後手に廻って覆面男を取り逃がしていた。
『まるで……年末の、サンタとトナカイの、再来だな……』
 と、玉木は思う。
 今行われている、覆面男の鬼ごっこは、あれの、拡大版だ。

「……えっ……ああ。
 そうか……。
 それは……タイミング的に、不幸中の幸いなのだ……」
 そんな中、徳川は、何者かと電話で話していた。
「そう……。
 知らないだろうが……そいつは、信用できる。
 強力な助っ人だから、要求された通りのものを渡してやるのだ……」




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(193)

第六章 「血と技」(193)

『……ええっとぉ……。
 みんな、いっちゃいましたけど……。
 茅様。
 わたしは……どうしましょう?』
 二、三の受け答えの後、楓はひどく狼狽した声を上げる。
「……楓は……こっちに、茅の側に来て……。
 みんな出払って、今、こっちは無防備なの。
 それに、これだけの人数が動いている以上……楓一人が加勢しても、全体的にはあまり影響がないと思うの……」
 ため息混じりに、茅はそう指示した。
 本当に……普段から、荒野が危惧していた通りだ。
 楓は……自分自身で判断を下さねばならない局面になると、極端に弱気になる。
 楓は……フィジカル面での高性能さと、メンタル面での不安定さを併せ持つ、アンバランスな存在……。つまり、使いどころが難しい人材、では、あった。
 しかし、茅と組めば、お互いの長所と短所を、うまい具合に補い合える。
『でも……すぐに、捕まりますよ……』
 楓が気弱な声でいった。
 ごそごそ雑音が入るのは、楓がこちらに向かうために動いている、ということだろう。
「……だと……いいけど……」
 答える茅の声は憂鬱だった。
 今でも、あちこちで女性の悲鳴があがっている……ということは、竜齋は元気であちこちでセクハラを繰り返している、ということである。
「竜齋……あれでも、野呂の長だし……。
 人数を投入すれば抑えきれるかといったら……かえって、目立つだけの結果になる可能性も、大きい……」
 今では、女性の悲鳴に混ざって、男性の怒声なども混ざるようになっている。
 人が多すぎて、遠くまで見通しが効かない状態だが、どうやら竜齋の捕り物が本格的に始動したらしい、と茅は判断する。
 しかし、そうした騒ぎ声が遠ざかったり近づいたりしながら頻繁に方向を移動している、ということは……竜齋自身は未だ捕まっておらず、自由に動き回っている、ということなのだろう……と、茅は判断する。
「荒野に、どういえばいいのか……」
 そういいながらも、茅は、これだけの雑踏の中、加えて、多人数による包囲網がしかれつつあるこの状況下で、自由に移動し好き勝手に悪戯しまくっている竜齋の神出鬼没さに半ば呆れていた。
 なるほど。「野呂の長」の照合は伊達ではないらしい。
『……あーあー。
 ただいまマイクのテスト中。
 こちらは商店街放送室でございます。
 現在、ステージ上に置きましてコンテンスト・イベントの最中でありますが、同時に突発的サプライズ・イベントを開催しております……』
 玉木の声で、そんな放送がはじまった。
『名付けて……ミスターRを捜せっ!
 現在、商店街各所に覆面姿の悪戯者、ミスターRが出没しています。このミスターRを引っ捕らえた方には、なんとっ! もれなく商店街で使用できる商品券を十万円分、プレゼントぉっ、しちゃいますぅっ!
 このミスターRは悪質なセクハラ軽犯罪常習犯のエロエロ怪人なので、見かけたら遠慮なくしばき倒してフクロにしちゃってください。ミスターRは、額に大きくRの字が縫いつけられているマスクをかぶっています。一目でわかります。また、ミスターRを取り押さえようとしている人たちを見かけても、決して騒がないでください。
 ミスターRの現在地は、商店街に設置したカメラに写り次第、アーケード各所にあります液晶の画面で中継します……』
 もちろん、これは、玉木がその場のアドリブで用意したシナリオである。
 しかし……。
『……うまい……』
 と、茅は思う。
 そういうルールのゲームである……ということに、してしまえば、竜齋を取り押さえるために動いている人々が多少、ごたごたしても、たまたまこの場に居合わせただけの買い物客が大仰に騒ぐことは避けられる。また、「パニックになる」という、最悪のシナリオも、回避できる。
 また、カメラの数が限られているので、十分なカバーができないものの、液晶の画面でリアルタイムに竜齋の居場所を中継できる、というのも、かなり有利な条件だ。
 玉木の背後に、孫子が徳川がついていて、入れ知恵をしているのに違いない、と、茅は推察する。「十万円分の商品券」うんぬん、というのも、玉木の独断ではとっさに確約できない筈だが、徳川か孫子なら、その程度の経済的フォローは十分に可能なのだった。

 その孫子は、玉木の放送を聞いてはじめて「騒動」の存在を知った。
 その時、孫子は、アーケード内で、田中君や佐藤君を引き連れ、近く本格的に始動する予定の、人材派遣会社のビラとティッシュを配っている最中だった。
 年末の時に、孫子は同様の仕事を経験しているので、こうした仕事に自ら手をつけることは抵抗なかった。また、これだけ人が集まっている今日という日は、新会社の広報を行うのに絶好の機会でもあった。チラシの内容は、登録スタッフの募集と派遣先企業の両方、同時に募集するものであったが、後者に関しては、あまり期待していない。企業向けに関しては、別に地道でしっかりとした営業を行う方が、よっぽど確実だと思う。
 が、登録スタッフの募集に関しては、近場から多くの人たちが集まってくるこの日、この場で行うことが、かなり有効だと思っていた。
 だから、数人がかりで、にこやかに、道行く人々にチラシやティッシュを配っていたわけだ……そこに、玉木の放送が、入った。
「……なんすか? あれ?」
「……さあ……」
 田中君と佐藤君が、顔を見合わせて首を捻る。
「ミスターR」が出現したの線路の向こう側で、孫子たちの現在地からかなり離れていたし、放送では「ミスターR」としか呼称していないから、「野呂竜齋」がこの騒ぎの元凶だとは、気づくわけもない。
「……とりあえず……液晶を……」
 イヤな予感に襲われながら、軽く眉を顰めた孫子が、近くの液晶ディスプレイに近寄ろうとした所に……。
「……わぁはぁはぁはぁはぁ……」
 突如、竜齋が、孫子の背後に出現。
 哄笑しながら、孫子のスカートを頭上まで捲り上げ、ガーターとストッキングに包まれた孫子の臀部を白日の元に晒した。
 孫子のヒップラインは「完璧」の一言につきたが、この頃には孫子の性格について理解を深めていた田中君と佐藤君が、「ひぃっ!」と小さな悲鳴を上げた。
「……うぉうぅっ! 上玉ぁっ!
 九十八点っ!」
 完全に跳ね上がった孫子のスカートが落ちる前に、竜齋はむき出しになった孫子の臀部を掌で撫で、孫子が反応する前に、姿を消した。

 こうして、孫子も「ミスターRを捜せっ!」というゲームに参入することになった。





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彼女はくノ一! 第五話(276)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(276)

『……竜斎っ!』
 続けて、茅が叫ぶ。
「……竜齋だってっ!」
「お、おじさまが……」
 小埜澪と野呂静流が、携帯から聞こえてきた茅の声に反応して、楓ににじり寄ってきた。
 楓と三人で顔を寄せ合うようにして携帯電話に耳を近づけ、向こうの様子を探ろうとする。
 茅以外の声はかなり遠くて、言っている内容がよく聞き取れないのだが……それでも、確かに、茅が話している相手は、「二宮竜齋」のようだった。
 楓は、竜齋には一度しか会っていないが、それでも竜齋には、強烈な苦手意識を植え付けられている。
『……ミスターR。
 一体……何が目的なの?』
 なにか答える竜齋の不明瞭な声。多数の、女性の悲鳴。
 それに、
『……テンっ! ガクっ! 酒見たちっ!
 早く、あの色ボケ老人を取り押さえるのっ!』
 という、茅の動揺した声が続く。
 普段、感情をあまり表に出さない茅が、このような声を出すのも珍しい……と、楓は思った。
「「……色ぼけ老人……」」
 小埜澪と野呂静流は、顔を見合わせて同時に呟いた。
「……間違いない……竜齋のじじいだ……」
「お、おじさまなのです……」
 二人の反応を間近で見た楓は、「……色ぼけがアイデンティティの、野呂の長、って……」とか、思う。
 小埜澪が、楓の手から携帯をもぎとって、叫んだ。
「……姫様っ! 聞こえるか!
 今、近くにいる二宮に動員をかけたっ!
 二宮の一党は、総力を挙げて竜齋のじじいを引っ捕らえるのに協力するっ!』 「の、野呂も……同じく、なのです」
 今度は、野呂静流が小埜澪の手から携帯をひったくる。
「……じょ、女性の敵……。
 野呂の恥は、野呂でそそぐののです……」
 静流は、楓の手に携帯を押しつけると、「高橋君!」と叫んで外に飛び出していった。
 小埜澪も静流も、妙に、やる気になっていた。
『……竜齋さん……』
 楓は、過去の自分の経験から、そう推測する。
『あっちこっちでセクハラしまくって……敵、増やしてますね……』
 その声に反応して、高橋君が「ぴょこん」と飛びはね、小埜澪と競うようにして、静流の後を追う。東雲目白が、さらにその後に続く。
 太介は、その前の段階で、小埜澪の命により、二宮の術者に招集をかけに、一足先に出ていった後だった。
『……ま、待ってっ!』
 狼狽したの、茅の制止を望む声が携帯から響いたのは、四人が完全に姿を消してからだった。
「……茅様ぁ……」
 軽く脱力を覚えていた楓は、ゆっくりとした口調で返答した。
「あの二人……凄い勢いで、出て行っちゃいましたけどぉ……」
「……うちらも、急ぐよっ! トクツー君っ!」
 玉木も、上着をひっかけて外に向かう。
「電気屋さんだっ!
 あそこなら、商店街中に設置したカメラの映像が、一望にできるっ!
 実況中継も、出来るっ!」
「……面白くなってきたのだっ!」
 玉木と徳川も、ばたばたと外に出て行った。
「……ええっとぉ……」
 取り残された楓は、携帯に向かって、お伺いをたてる。
「みんな、いっちゃいましたけど……。
 茅様。
 わたしは……どうしましょう?」
 できれば……竜齋とは直接事を構えたくない、と思っている楓であった。
 前回の時も、問答無用でいいように胸を揉みしだかかれている。今度近づいたら、もっとひどいことをされるかも知れない。
 いいや、絶対にされる……。
『……楓は……こっちに、茅の側に来て……』
 そう答える茅の声は、ため息混じりだった。
『みんな出払って、今、こっちは無防備なの。
 それに、これだけの人数が動いている以上……楓一人が加勢しても、全体的にはあまり影響がないと思うの……』
 小埜澪は、二宮系の術者を、静流は野呂系の術者を、それぞれに総動員する……と、いっていた。
 二人とも本家筋で、かつ、相応の実力者でも、ある。だから、この周辺にいる術者は、ほとんど集合してしまうことだろう……。
 そういう状態では……確かに、さらに楓一人が加わったところで、大勢には影響がないだろう……と、楓も思う。
「でも……すぐに、捕まりますよ……」
 楓は、食べかけの弁当を片付けながら、携帯に向かってそういった。
『……だと……いいけど……』
 茅は、憂鬱な声で答える。
『竜齋……あれでも、野呂の長だし……。
 人数を投入すれば抑えきれるかといったら……かえって、目立つだけの結果になる可能性も、大きい……。
 荒野に、どういえばいいのか……』
 楓に聞かせる……というよりも、心配事をついつい口にしている、という口調だった。
 ……そうか……。
 と、楓は納得した。
 茅は……荒野不在のこの場を、どうやって無事に収めるか……そして、収められなかった場合、荒野にどう説明をするのか……ということを、心配しはじめている……のか……。
 あんまり騒ぎが大きくなりすぎると……「竜齋のせいで……」といういいわけも、虚しく響く。
 まず第一に、荒野の心証を気にする茅なら……なおさら、そうしたことに敏感になってしまうのだろう。
『竜齋さん……すぐに捕まれば、いいけど……』
 と、楓は思った。




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