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2007-01

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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(192)

第六章 「血と技」(192)

 茅が異変をかぎつけたのは、茅と入れ替わりに楓が食事休憩に入り、しばらくしてからだった。
 それまで、忙しなく手を動かしておたまでコーンポタージュを紙コップに注いでいた茅が、ふと手を止める。
「……どうしたの?」
 茅の様子がおかしい……と、真っ先に気付いたガクが、尋ねた。
「……何か……異様な気配が……邪気が……ものすごい高速で、周囲を移動しているの……」
「……じゃ、じゃき?」
 傍らにいたテンが、戸惑いつつ聞き返す。
 耳慣れない言葉だし……こういう場で、そういう「曖昧な語彙」を使用するのも、茅らしくない。
「……邪な気配、で、邪気。
 そうとしか、表現のできない何かが……いる、ということは、ぼんやりとわかるんだけど……あっちこっちに、移動しているし……実態が、よくわからないの……」
 茅でさえ、正体がよくわからない相手……と、聞いて、テンとガクは六節棍を取り出して、酒見姉妹とともに、茅とドラム缶を背中に守って別々の方向を向き、油断なく周囲に視線を走らせる。
 そして、口々に、周囲にいた人たちに向けて、
「……危ないから、離れてっ!」
 と、叫んだ。
 いきなり、厳しい表情を作って身構えた四人に、周囲の人々は訝しげな視線を送るばかりだった。
 訳が分からない、ということもあったし、いきなり「離れてっ!」といわれたところで、周囲はすでに人が密集している状態であり、ほとんど身動きがとれないでいる。
 中には、いきなり六節棍を構えて背中合わせになったテンとガクの様子をみて、新手のアトラクションかなにかだと勘違いして、携帯のカメラを向けるものもいる。
「……楓!
 想定外の……襲撃なのっ!」
 茅が楓の携帯を呼び出して、叫んだ時……。
「……じゃーんじゃじゃじゃ、じゃーん……」
 間の抜けたアカペラのBGMとともに、ガクの頭の上に、丸っこい巨体が出現した。
 予告なく、ヘルメットの上に出現した重量物に耐えきれず、ガクの体が、くたくたとと崩れる。
 髭もじゃの巨漢は、外見に似合わぬ身軽な動作でひらりと地上に降り立った。
「……竜斎っ!」
 珍しく、茅が大声をあげた。
「……りゅうさい、とな?
 さて? 誰のことかのぉ……。
 わしは、通りすがりの酔狂じじいじゃよ……。
 そうさな。
 仮に、ミスターRとでも名乗っておこうか……」
 そういって、ひたひとと掌で、覆面に包まれた額の「R」の字を叩く。
 そう。「ミスターR」と名乗った肥満体型の男は、一体どこから調達してきたのか、顔の上半分を覆うルチャレスラーのごとき覆面を被って顔を隠していた。
 しかし……顔を隠して体型隠せず。
 ごく客観的にみてみれば……その正体は、その卵形の体型といい、覆面の下半分からはみ出た髭といい、野呂の長、竜齋以外にありえない。バレバレというか、「……本当に、隠す気、あるのか?」と問い詰めたくなるような……つまるところ、バレバレ以前の問題だった。
「……それでは、ミスターRでいいの……」
 茅は、若干げんなりした表情になる。茅が相手に合わせたのは、そうしないと永遠に話しが進まないような気がしたからだ。
「……ミスターR。
 一体……何が目的なの?」
 そして茅には、野呂の長が、わざわざこんな辺鄙な場所まで来て、こんな手の込んだ悪戯をしなければならない理由……今、この衆人環視の環境下で、野呂竜齋が出張ってこなければならない、理由……を、まるで思いつかなかった。
「目的……目的、かぁ……」
 野呂竜齋……いや、自称、ミスターRは、腕組みをして、考え込むポーズをとる。
「……そうさなぁ……。
 わしも目立ちたいからっ……て理由では、駄目?
 例えば……こんな風にっ!」
 叫ぶのと同時に、ミスターRは一陣の疾風となる。
 そして、ミスターRが通った後で、黄色い悲鳴が立て続けに起こった。
「……テンっ! ガクっ! 酒見たちっ!」
 茅は、メイド服のスカートを押さえながら、叫ぶ。
「早く、あの色ボケ老人を取り押さえるのっ!」
 ミスターRは、高速で移動しながら人混みを縫って移動し、移動経路上にいる女性たちのスカートを片っ端から頭上までめくりあげていった。
 テンとガクは、茅にいわれるまでもなく、ミスターRの後を追っている。
 酒見姉妹は、茅と同じく自分のスカートを押さえていた分、初動が遅れた。
 ミスターRは「にょーほぉーほぉー」と奇声を発しながら、人混みの中を、一直線に逃げるのではなく、これ見よがしにジグザグに移動していく。「被害」にあったゴスロリドレスの女性たちの悲鳴がその後を追い、さらにその後をテンとガク、酒見姉妹が追う。
 さすがは野呂の長というべきか、あえて蛇行しているのに、誰もミスターRに追いつけなかった。

『……姫様っ! 聞こえるか!』
 通話を切っていなかった携帯から、楓以外の女性の声が聞こえた。
『今、近くにいる二宮に動員をかけたっ!
 二宮の一党は、総力を挙げて竜齋のじじいを引っ捕らえるのに協力するっ!』
 小埜澪の声だった。
『の、野呂も……同じく、なのです』
 今度は、野呂静流の声だった。
『……じょ、女性の敵……。
 野呂の恥は、野呂でそそぐののです……』
 二人とも、声に闘志がみなぎっている。
 しかし……。
「……ま、待ってっ!」
『……白昼、堂々……』
 いきなり、そんな大捕物をやりだしたら……と、思った茅が、慌てて二人を制止しようと声をあげる。
 が……。
『……茅様ぁ……』
 答えたのは、楓の声だった。
『あの二人……凄い勢いで、出て行っちゃいましたけどぉ……』




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彼女はくノ一! 第五話(275)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(275)

 楓が玉木の家の台所で牛丼弁当をかき込んでいる時、
「……どぅもー、お邪魔いたしますぅ……」
 と軽薄な調子で挨拶を述べながら、スポーツウェア姿の東雲目白が裏口から入ってきた。
「……こちらに、玉木さんとか徳川さんという方は、いらっしゃいますでしょうか……って、何だ。最強のお弟子ちゃんもいるじゃん……っつうか……そのど派手な格好……なんなんだ? 似合っているっていえば、似合っているけど……」
 などと続けるものだから、慌てた楓は危うく頬ばっていた食物を吹き出すところだった。
 東雲目白に加えて、小埜澪、野呂静流、甲府太介に高橋君までがぞろぞろと中に入ってくる。
「……な、な、な……」
 胸を叩きながら、急いでお茶を含んで口の中のものを飲み下し、楓は、
「……何事ですか、?! 一体……」
 と、叫ぶ。
「いや……この人、じゃなかった、この方たちが、玉木さんや徳川さんに会って詳しく話しを聞きたいっていうから、案内してきたんですけど……」
 甲府太介が、上目遣いに楓の顔色を伺う。
「やっぱ……迷惑、でした?」
 そう、改めて聞かれると……太介や高橋君の立場では、小埜澪や静流のいうことをないがしろにするのも、現実問題として難しいだろうな……と、楓は思ってしまう。
 小埜澪と野呂静流……どちらも、二宮と野呂の本家筋の人間だ。ヒエラルキーとしても、実力本位の基準でいっても、太介や高橋君のかなう相手ではない……。
「……っていうことは、わたしらのお客さんってわけか……」
 玉木は、手を休めてお茶を入れる準備をはじめた。
「……何をお聞きになりたいのは、存じ上げませんが……それと、今、ごらんの通り、立て込んでいますので、たいしたおかまいも出来ませんが……それでよろしければ、答えられる範囲内でお答えいたしましょう……」
 玉木はそういって、テーブルの椅子を勧めようとしたが……五人家族ゆえ、椅子は五脚しかない。そのうち一つは、すでに食事中の楓が占めている。
 太介と高橋君は、慌てて「おれたちは、いいです」と遠慮し、小埜澪、野呂静流、東雲目白が腰掛け、残りの一つには、
「……理路整然とした説明なら、トクツー君のが得意でしょ……」
 と、玉木が強引に、鍋洗いに専念していた徳川をシンクから引きはがして座らせた。
「……それで、何が聞きたいというのだ?」
 玉木によって無理矢理矢面に立たされた徳川は、そういって薄い胸を張った。徳川の傲慢な態度への抗議として、玉木が無言で徳川の後頭部をはたく。
「……ええと、玉木と徳川って……ひょっとして、この二人のこと?」
 東雲が、戸惑った様子で楓に尋ねる。
 楓は、無言で頷いた。
「……なんでぇ……。
 黒幕、ってこったから、もっと貫禄があるのが出てくると思ってたけど……一般人の餓鬼じゃねぇーか……」
 そうぼやいた東雲の後頭部を、小埜澪は無言で叩く。
 一瞬、小埜澪と玉木の視線が交差して、無言のまま「……お互い、苦労するな……」的なエールとメッセージを交換した。
「……聞きたいのは、今、駅前商店街で起こっていることについて。
 これの仕掛け人は、君たちだって聞いた。
 目的は、理解できる……つもりだし、それを可能にした具体的方法も、朝の雪かきを見ていれば想像がつくけど……。
 でも、これ、君たちにとっても、苦労ばかりが多くて、損失の方が多いんじゃないのか? 特に費用面では、とてもじゃないが採算が合わないと思う……」
 結局、ずばりと本題を切り出したのは、小埜澪だった。
「君たちにとって……こうした大規模なイベントを仕掛けるメリットというのは、一体どこにある?」
 まっすぐに人の目をみて話す人だな、と、玉木は思った。それに、自分たちを子供扱いせず、対等の口を利いてくれたことからも、信頼に値すると思った。
「確かに、純粋に、このイベント限りの採算、というこ観点から見ると、赤字もいいところなのだが……」 
 玉木が何かいう前に、徳川が説明を開始する。
「長い目でみれば、それなりにうまみはあるのだ。
 例えば、広報面。
 この、何にもない田舎町が、このイベントのおかげで、ネットで話題になり、地元のニュース番組にも取り上げられた。こうした広告効果を考えると、今回の赤字も、決して高い出費ではないのだ。
 それ以上に、重要なのは……」
 安全保障の費用と考えれば、むしろ安いほどなのだ……と、徳川は続けた。

「……だいたい、こんなところだが……」
 一通りの説明を終えた徳川は、半ばあっけに取られている聴衆たちに向かって、実に偉そうな口調で聞き返した。
「ここまでの所で、何か質問はないのか?
 特にそこのサングラスの人は、この間の晩、工場にいたからすべてが初耳でもない筈なのだ……」
「……わ、わたしは……」
 静流は、自分のサングラスの縁を指先で、こつこつ叩いた。
「……こ、これ、ですから……渡されたパンフレットも読めませんし、い、今、説明を聞くまで、だ、断片的なことしか知らなかったのです……」
 玉木が再び、徳川の後頭部を叩く。
「……いや、すいません。
 このトクツー君、デリカシーってもんをどこかで落っことしてきたような人なんで……」
 徳川の代わりに、玉木が静流に対して頭を下げる。もちろん、静流には頭を下げた玉木の姿は見えていないわけだが……。
「……ど、どうしました?」
 遠慮がちに、楓が、玉木から完全に顔を背けている静流に声をかけた。
 いくら、視覚に障害がある、といっても、今話している人から完全に顔を背けるのは、尋常の様子ではない。
「……こ、呼嵐が、唸っている……。
 あ、安全保障に、問題が起こりかかっている、可能性があるのです……」
 静流が、低い声で答え、椅子から立ち上がった。
「そこの……太助君、といったか?」
 小埜澪も、立ち上がりつつ、背後に控えていた太助にいった。
「この近辺にいる二宮の者に、召集をかけてくれ。
 緊急だ……」
 険しい顔をして、小埜澪がそういう。
 楓の携帯が鳴った。
 液晶を一目、確認し、楓は電話を取る。
『……楓!
 想定外の……襲撃なのっ!』
 茅の声には、珍しく、焦燥の色が滲んでいた。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(191)

第六章 「血と技」(191)

「……静流御前も……そうか。
 確かに、移住してきても、おかしくないよなぁ……」
 事前にそういう情報を得ていたわけではなかったが、小埜澪は、一人でそう納得する。
「……え、ええ。
 か、加納の若が、こ、ここを住みやすい町に変えようとしていると、き、聞きまして……」
 静流も、そういって頷く。
「積もる話しは、後にして……知り合いにあったら、聞こうと思ったんだけど……」
 早速、小埜澪は、静流に懸念事項を確認した。
「あの……鍋を持って忙しそうに走り回っている連中……なんなの?」
「な……鍋、って……あ、あの、お鍋の、ことですか?」
 尋ねられた静流は、心底、不思議そうな顔をする。
「……そ、そんなものを抱えて、で、出歩いている人が、い、いるんですか?」
「……いるんだ。
 それも、何人も……全員、一族だ……」
 小埜澪は、重々しく頷いた。
「そっか……静流御前も、事情を知らないか……」
「……あっ、でも……」
 静流が、片手をあげ、一人うなずきながら、説明をしはじめる。
「そ、それ……ぼ、ボランティア、というのかも、知れないのです……」

「……いや、だいたいのところは理解できた……と、思うけど……」
 静流も商店街の様子を見に来た、というので、三人で歩きながら、話すことにした。
「……雪かきは、まだ分かるんだ。役に立つし……。
 だけど、鍋持って走り回ることの、どこが……誰かの役に立つんだ?」
 小埜澪は、そういって首を捻る。
「……そ、それは、よく、分かりませんけど……」
 静流は、ことなげにそう答えた。
「……誰か捕まえて、聞いてみれば、は、はっきりするのでは……」
「……そりゃ、そうか……」
 そうきいた小埜澪は、ぽん、と小さく柏手を打った。
「……おいっ! 東雲っ!
 お前はそっちのはしっこいのなっ! わたしはあっちのちっこいの捕まえるっ!」
いうが早いが、小埜澪の姿が消える。
「……へいへい……」
 どこか達観したような表情で、東雲もそれに続き……そして、数十秒後に二人が姿を現した時には、小埜澪は甲府太介の、東雲は高橋君の首根っこを捕まえてぶらさげていた。
 太介も高橋君も、「何故、今、自分がこうして猫の子のようにぶら下がっているのか、分からない……」といった風の、釈然としない表情をしている。
「ええっと……君」
 小埜澪は、自分がぶら下げている、太介に向かって声をかける。
「君は、二宮の身内だな? 何、身のこなしをみれば見当がつく。
 わたしは、小埜澪。一応、二宮の第三位、ということになっている……」
「……おの、みお……ってっ! ……っちょっ!
 モロ、本家直系の人じゃないっすかっ!」
 太介は、首根っこを捕まえられてぶら下がりながら、直立不動にしゃちほこばる。
「……こいつ、意外に速かったから、おそらく野呂系ですぜ……」
 東雲はうっそりとした口調でそういいって、高橋君の体を静流の前に突き出す。
「……静流御前が口きいた方が、手っとり早いと思うけど……」
「……いいますっ! 何でも、いいますっ!」
 ぶら下がった高橋君は、こくこくと頷く。
 野呂の術者で、静流の素性を知らない者は、いない。
「聞きたいことは、ただ一つ……」
 小埜澪は、低い声をだした。
「そ、そのお鍋……一体、どうして持っているのですか?」
 静流が、二人の少年に問いただす。
 太介と高橋君は、困惑した表情で、顔を見合わせた。

 論より証拠、とばかりに、太介と高橋君は、三人を連れて、アーケードの外れに設置されたドラム缶コンロのところまで連れていった。
 そこには順番待ちの人だかりができており、ゴスロリ服の若い女性が、「……感謝のしるしとして、商店街が無料でお配りしております……」などと声を張り上げている。
「……こういう、わけです……」
「……おれたちは、ここで配っている中身を補充する係りで……」
 太介と高橋君は、順番に説明した。
「……こういうのが、駅前を中心にして、何カ所もあるわけで……」
「……なくなるのが速いから、どんどん空の鍋を持ち帰っては、新しい鍋、持っていきーの……」
「……いや……。
 そういうわけか……」
「せ、説明されてみると、あ、あっけない真相なのです……」
 小埜澪と静流は脱力したため息とともに、呟いた。
「でも……これ……全部、タダだって……。
 ここの商店街、そんなに儲かっているのか?」
 重ねて小埜澪がそういったのは、ぱっと見の印象であまり儲かっていそうに見えなかったからだ。
 こうしている今も、商店街の放送では駅前広場行われているイベントの様子を、賑やかに中継している。ここに立っていると音声だけしか聞こえないが、アーケードの中に入れば液晶ディスプレイが多数設置されており、そのディスプレイとネットにも、リアルタイムで動画が配信されている、という話だった。
 失礼ないいかたになるが、こんな商店街が主催するにしては……随分と、イベントの規模が大きすぎるような気がする……。
 普通に考えたら、かけた経費分をとりかえせないのではないか……とかいう部分を、小埜澪はひどく不自然に感じた。
「おれもよく知らないけど……ネット配信とか中継とかは、ほとんど手作り同然で、あまりお金がかかってないとか……聞きましたけど……」
「今回の、この無料配布も……ほとんど、玉木さんとか徳川さんが中心になっている感じで……」
 好奇心の強い小埜澪は、早速、
「では、その人たちに直接話しを聞きに行こう……」
 とか、いいだし、高橋君と太介に案内をさせる。
「やれやれ」といった表情の東雲と、それに何故か静流も、その後についていった。




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彼女はくノ一! 第五話(274)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(274)

 小埜澪と東雲がそんな会話をしている横で、香也は黙々と食事を摂っている。
 ……この子もマイペースな子だな……と、小埜澪は思う。
「で……色男のおにいさん……」
 澄ました顔をして食事を続ける香也をみているうちに、小埜澪は、からかいたくなってきた。
「君は……いや。
 誰が、君の本命なんだ?」
 香也は、あやうく飲み込みかけていたご飯を吹き出しそうになり、むせる。
「……そんなに焦ることないだろ……。
 誰を選ぶにせよ、みんな、いい子じゃないか……」
「……何?
 あの絵……想像とかではなくて、実際にみたものなんすか?」
 東雲が、今更ながらにそんな間の抜けた声をあげる。
「あの子たちがこのおにいさんと一緒にいる時の表情をみてれば、一発で分かるんだけどね……」
 小埜澪は、香也の背中をさすりながら、そう指摘する。
「……あの絵だって、あんなに克明だったし、第一、そういう妄想とか想像を絵にしたのなら、もっと扇情的な構図というか……それこそ、AVにでも出てくるような、絵になる筈だろ?」
「……ああ、そういえば……」
 小埜澪の指摘に、東雲が頷く。
「そうか……。
 あの絵……どこかに違和感、あったけど……考えてみれば、あの構図は……当事者でなければ……。
 って、ことは……このぼーっとしたのが、あんな上玉二人も……」
 何かを思い返すような表情になって、ぶつぶつとそんなことを呟く。
「……この軽薄な男はな、けっこう間が抜けているけど、記憶力だけはいいんだ……」
 小埜澪は、香也の背をさすりながら、耳元に口を寄せて、
「……もう、ごまかせないぞ……。
 洗いざらい吐いちまいな……。
 あの二人と出来ているんだろ?」
 と、いった。
「……いや、別に……隠しているつもりは…
…」
 ようやく咳こむのをやめた香也は、ぼそぼそと不明瞭に答えて、小埜澪の顔を見返す。
 もちろん、興味本位に面白がっている風もあったが、意外に真剣な面もちにも見えた。
「まあ……わたしらは、すぐにここを去る第三者もいいところだから、恥のかき捨てっていうか、相談するのにはいい相手なんじゃないか?」
 恥のかき捨て……そういう考え方も、あるのか……と、香也は思う。
「……他人に話すだけで気が楽になる、っていうことも、場合によってはあるし……」
 どちらかというと、すべてを自分一人で抱え込むたちの香也は……そのような考え方が、ひどく新鮮に思えた。
 香也は、小埜澪にせかされるままに、ぽつりぽつりと楓と孫子の二人と同時に関係を持ってしまったことを、話す。
 もちろん、詳しい経緯を事細かに話すわけにはいかない。が、香也よりも彼女たちの方がよっぽど積極的であり、香也も、彼女たちのことを真剣に考えたいと思っているため、かえって身動きが取れなくなっている……というようなことを、ぽつぽつと語る。
「……向こうから強引に迫ってくる、なんて……なんとも羨ましい境遇だな……」
 一通り、香也の話しを聞いた後、東雲は、そう感想を漏らした。
 実際、東雲は、心底羨ましそうな表情をしていた。
「……この女癖が悪いのは、ほっとくことにして……」 
 小埜澪は、香也の頭に手をおいて、くしゃり、とかき回す。
「案外、真剣に考えているようで、安心した……。
 いい加減な気持ちで二股とかかけているようなら、ぶん殴ってやろうかとも思ったけど……」
 まあ、後は……焦らずに、時間をかけて、後で後悔しないような結論を出すこったな……と、小埜澪は、いった。
 それを聞いた東雲は、
「……お嬢が殴ったら、一般人なら、即、病院行きですぜ……」
 と、呟き、香也は、
「……んー……。
 じっくり、考える……」
 と、答えた。
 何が解決するか……といったら、何も解決はしないわけだが……それでも、他人に話すだけで気が楽になるということは、あるんだな……と、香也は思った。

 一休みしてから、小埜澪と東雲目白の二人は、狩野家を辞した。
「……でも、考えてみれば……みんな、同じ家にいるんだよなあ……。
 羨ましいけど……代わりたくはないなぁ……」
 東雲は、そんなことをぶつくさと呟いている。
 香也の、身の上に対する感想だった。
「あの子は……ぼーっとしているように見えて、意外に大物だよ……。
 適当なところで、いくらでも妥協できるのに、それをしていないし……」
 小埜澪は、そんな風に返す。
 そして、玄関を出て、いくらもしないうちに、ばったりと荒野に出くわした。当然、軽い立ち話しになる。
 荒野は、学校に用事があるとかで、一旦マンションに戻ってから、またすぐに外出するという。
 小埜澪と東雲が、商店街の様子を見に行こうとしている、というと、荒野は、
「……確かに、いい見世物ではあるかも……」
 と、視線を逸らして微妙な表情をした。
「友達のことを、そんな風にいうもんじゃないぞ……」
 そんな荒野のいいようを、小埜澪が窘める。
「……いや、その……馬鹿にしているわけではないし……それに、実際に見てみれば、あきれ返ると思いますけど……」
 ぶつくさいいながらも荒野は、
「まあ、楽しんでいってください……」
 と、いい残して、マンションの中に入っていった。
 そうして、荒野と別れた後、
「……何となく、意味深ないいかたをしてたな……」
 とか、二人で話し合いながら歩く。
 駅前に近づくにつれて、聞いていたとおりに人出が増えていった。人の流れからいって、駅の方に向かうよりも、駅から溢れてくる方が、多い。
 その人出を縫うようにして、鍋を抱えて右往左往している連中もいて……気配を断っているところから見ても、明らかに一族の関係者だった。
 一族の者が多くこの土地に流れ込んでいる、という噂は聞いていたし、荒野もそんなことをいっていたので、一族の者を多数見かけたこと自体は、疑問ではない。
 しかし、そういった者たちが、何故決まって鍋を抱えているのか、という疑問は、いくら二人で推論を出し合っても、一向に納得のいく回答は得られなかった。
 結局、
「……今度、顔見知りを捕まえた時に尋ねよう……」
 という、極めて面白味のない結論をとりあえず出して、さらに先に進む。
「あ、あの……」
 ……そ、そこに、いらっしゃるのは……お、小埜澪様と、その従者の方では……」
 すると、今度は、野呂静流に声をかけられた。
「……野呂の静流御前かぁ……。
 久しぶりだなあ……」
 小埜澪は、いかにも懐かしい、といった口調で応える。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(190)

第六章 「血と技」(190)

 荒野が昼を用意した、というメールが来たので、茅を先に行かせた。すでに孫子も、駅前のステージでなにやらイベントがある、といって抜けている状態だった。三人ほどゴスロリ服のおねーさんが応援に駆けつけてきたので何とかなっているが、それでも、楓とテン、ガクは、買い物客の対応に追われていた。
「……こっち、なんか、アーケードの方より、人多くない?」
 応援で来たおねーさんたちは、そんなことをいいながらもテキパキとお客さんたちを捌いてくれる。
「向こうは、これほどでもないんですか?」
 手を休めずに楓がそう聞き返すと、
「似たようなもんだけど……向こうは、こっちほどには、家族連れはいなかったなぁ……」
 なるほど……と、楓は、小さい子供たちに「熱いから気をつけてねー」とかいいながら、紙コップを渡しているテンとガクを見る。
 二人の「シルバーガールズ」の格好は、確かに子供受けする。
 事実、二人の周囲は小さな子供を連れたお父さんやお母さんでごった返していた。中には、新手のテレビ番組か何かのプロモーションと勘違いして集まってきた人たちもいるのではないか、と、楓は思った。

 商店街の放送が駅前広場の特設ステージで行われているイベントの模様を中継しはじめる。名誉実行委員長の肩書きを持つ孫子の挨拶が終わり、コンテストにエントリーした人たちの持ち時間に移行する頃に、茅が帰ってきた。
「荒野は、学校にいったの。
 昨日と同じ、チョコを作りに」
 帰って来るなり、茅はそういった。
 より正確にいうのなら、「チョコの作り方を教えに」だが、応援に来てくれたおねーさんたちとお客さんを除いけば、ここにいるのは、昨日、一緒にその講習を体験していた人たちだけだったので、そこまで詳細に説明をする必要もなかった。
「次は、楓がお昼、食べてきて」
 茅は、続けて、楓に簡潔に告げる。
「わたしは、後でも……」
 楓は遠慮したが、
「……今、こっち、手が離せないから……」
「ボクたち、ご飯よりもこの子たちの相手している方が、いいし……」
 テンとガクに続けてそういわれてしまったので、しぶしぶ、といった感じで引き下がり、皆に一礼してから玉木の家に向かう。
 人通りが多い……というより、人がぎっしりと道を埋めている感じで、なかなか前に進まず、普段の倍以上の時間をかけて、ようやく玉木の家の裏口にたどり着く。
「……おじゃまします」
 といいつつ、裏口のドアを開けると、
「来た来た。
 そこに座って、ゆっくり食べていってよ。わたしたちはもう済んだから……」
 と、玉木が椅子を勧めてくれた。
「はい。これ。
 カッコいいこーや君からの差し入れ。牛丼、好き?」
 玉木がプラスチックのケースを楓の前に起きながら、新しい湯飲みにお茶をいれはじめる。
「牛丼は……あまり、食べたことないので……」
 ごにょごにょと不明瞭に答える楓。
「……どうも、カッコいいこーや君、こんなジャンクな物が好きらしくてさあ、食べている時も、顔が崩れていたよ……。
 ま、コンビニ弁当よりは、少しはましだと思うけど……」
 楓の答えを聞いているのかいないのか、そんなことをいいながら、玉木は湯飲みを楓の前に置く。
「そういえば、玉木さん……。
 こんな所にいて……駅前の、司会は……」
「いいの。いいの。
 あんなもん、必要なのは最初と最後だけ。後は、各出場者が勝手に入れ替わってくれるし……。
 時間、超過しそうになったら、次の出場者がせっつくんで、自然に入れ替わるようになっているのよ……」
「……はぁ……。
 そういうもん……ですか……」
 楓は曖昧に頷いて、牛丼弁当の蓋を開いた。
「あの……いただきます」

「……なかなか、盛況じゃないか……」
「そうっすね……。
 人も、こんな場所にしては、多いし……」
 その頃、小埜澪と東雲目白は、商店街に近づきつつあった。
「それに……一族の者も……ちらほら……」
 一般人に混じって、「気配を絶った」一族の者が、少なからず行き交っている。
 それは、まだいい。
 多くの一族の者が、この土地に流れ込んでいる、という情報を二人とも握っていたから、まだしも、納得がいく。
 小埜澪と東雲目白の二人にとって、理解できないのは……そうして、気配を絶って行き交っている者のほとんどが、鍋を抱えていること、だった。
「……新手の新興宗教の儀式かなんかか、あの鍋は?」
「さあ……そういう情報は、掴んでいませんが……」
 二人で首をひねったあげく、「顔見知りを見かけたら、捕まえて声をかけてみよう」という、ありきたりな結論を出して、先に進む。
 小埜澪は、特に二宮系の術者の顔を、多く知っている。これだけの人数が行き交っている状態なら、どこかで知り合いに出くわす可能性も、決して少なくはなかった。
「あ、あの……」
 しかし、思いがけないことに、二人が誰かに声をかける前に、二人がある人物に声をかけられる。
「……そ、そこに、いらっしゃるのは……お、小埜澪様と、その従者の方では……」
 白い杖をつき、犬を連れたサングラスの女性……。
「……野呂の静流御前かぁ……。
 久しぶりだなあ……」
 二人とも、以前からの顔見知りだった。
 頻繁に顔を合わす、という間柄でもなかったが、年齢的にも近いし、合えば奇妙に馬が合った。
 性格的にはまるで違っていたから、かえって話しが合うのかもしれない。




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彼女はくノ一! 第五話(273)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(273)

「……わっ!」
 小埜澪が声をだしたことで、ようやく香也も、背後に近寄っていた小埜澪の存在に気づいた。
「……やっ……あっ……あっ……」
 ぎょっとした表情をした香也は、情けない声を出して、自分のスケッチブックの上に覆い被さり、小埜澪の視界から自分の絵を隠そうとする。
 普通の絵なら、別に他人に見られても構わないのだが……今描いている絵は……内容が、内容だ。
 もちろん、一般人で、普段運動らしい運動をしたことがない香也よりも、自称「二宮の第三位」である小埜澪の動きの方が、よっぽど速い。
「なに……別に、隠さなくてもいいじゃん……」
 香也が自分の体でスケッチブックを隠すよりも早く、小埜澪は、ひょい、と手をひらめかせ、スケッチブックを取り上げる。
「……おお……うまいじゃん。別に隠すことないじゃん……。
 いや……あっ……やっぱ、これは……やっている時のアングルだよなあ……この下の方……このあたりで、繋がっている感じで……これって、君のズリネタ用に……って、わけは、ないか。
 あんだけ選り取りみどりなんだから、今さら自家発電する必要もないだろうしなぁ……」
 そういう間にも、小埜澪の手から香也はスケッチブックを取り戻そうともがいているのだが、小埜澪は自分の体を盾にして、スケッチブックを香也から遠ざける。遠ざけつつ、じっくりと内容を見る。
「……いや……うまいもんだなぁ……。
 それに、裸で、やっている時の絵なんだろうけど……なんか……うん。
 全然……いやらしく、ないし……」
 最初のうちはスケッチブックを取り返そうと手を伸ばしてきた香也を手で押しのけていた小埜澪だったが、香也がなかなかあきらめないので、しまいにはサンダルを脱いで、片足で香也の胸あたりを押し戻して、香也の手を避けるようになった。小埜澪は、香也よりも背が低い。従って、腕の長さも香也よりは、短い。だから、そうでもしなければ、あっという間に香也がスケッチブックを取り戻してしまう。
「……いや……これ……うまいよ、やっぱり……。
 君……その年齢でここまで……えっと、今、何歳だったけ?
 ああ……でも……これは……。
 ここまで描けるようになるには……随分、時間がかかったろう……」
 最初、興味本位で香也の絵を見ていた小埜澪は、次第に真剣に見入ってくる。
「……わたしも、その……長年、一つの技術を究めようと苦労してきたクチだから、ある程度想像できるけど……。
 その年で、ここまで描けるようになるまでは……。
 君。
 相当なモノを、犠牲にして来たろう?」
 そう尋ねた時、小埜澪は意外に真面目な顔をしていた。
『……この格好で、そんなこといわれてもな……』
 と、香也は思った。
 この時のl小埜澪は、片足立ちになって体を水平方向に倒した、新体操のようなポーズをとっていることになる。第一、サンダルを脱いで素足になった片足で、香也の胸板を押し、スケッチブックから遠ざけているのである。
「……すいませ-ん。
 母屋で誰も出てこなかったんで、お嬢、ひょっとして、こっちに来て……」
 その時、スポーツウェアという極めてラフな格好をした東雲目白が、プレハブの中に入ってきた。
「……やっぱ、こっちでしたか……。
 って、お嬢。
 一体、なにやってんですか? こんな所で……」
 その時の東雲も目は、若干うつろだった。

「……ってなわけで……」
 三人は母屋に入り、小埜澪が香也の分の昼食を用意した。
 小埜澪と東雲目白は、遠慮しているわけではないが、「腹が減っていない」とかで、お茶だけを啜っている。
 香也はいつもの通りで、朝食後、プレハブに籠もって絵を描いていただけだし、小埜澪の方も、家事をしていただけだから、話すべきことは少なく、自然と、二人して東雲の体験談を聞く感じになる。
「あの姫様……大人しそうな感じなのに、実際はそんなんか……」
 校庭で、東雲がいいように弄られた話しを聞き終えた小埜澪は、素直に感心している。
「何にもしなければ、大人しいままなんでしょうが……」
 東雲は、ひっそりとため息をついた。
「あんな……見よう見真似で佐久間の技を盗んでいる、なんてことが知られたら……」
「……佐久間本家の方が、黙っていないってか?
 でも、もう知っているんじゃないのか? 本家は?
 この前、長があの子たちに会っているって話しだし……」
 二宮第三位、ということだけあって、小埜澪の耳には、そういう話しも、それなりに入ってきてくる。
「知っていて……下の方には、それを伝えていないってことか……」
 東雲は、少し考えこむ表情になる。
「若とか最強の弟子は別格にしても……あの姫は、予想以上のタマだったなぁ……。
 あの分だと、新種たちもまだまだ隠し球、持っていてもおかしくないし……。
 ああいうの放置しておく上の方も、一体、何考えているんだか……」
 後半は、ぼやきになった。
「……おそらく、ここらで静かに暮らして貰いたい、と思っているんだよ……」
 小埜澪は、そういった。
「彼女ら、生まれが生まれだから……その、上の方にしてみれば、負い目、っていうのもあるんじゃないか?」
「そりゃあ……分からないことも、ないですがね……」
 東雲は、首を振る。
「でも……あれだけの精鋭が、鍛えられることも、仕事に就くこともなく、こんな場所で飼い殺しにされている……って、考えると……
 その、損失の度合いっていうか、もったいないっていうか……」
 小埜澪は、頷いた。
 あの子たちは、今の時点でも、あれほどの能力を持っている。鍛え方によっては、さらに上ににも行けるだろう。
 東雲の考え方は、ある意味では、一族の平均的な感想に近い、とも、思う。
「でも……わたしは、なんか、長老たちが、彼女たちのことをそっとしておいているの、分かるような気がするよ……」
 小埜澪は、一人、頷いている。
 おそらく……可能ならば、一族とは無関係の一般人として、育って欲しい……と、上層部はそう思っているのではないか……と、小埜澪は思った。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(189)

第六章 「血と技」(189)

 それから荒野は、甲府太介に駅前の牛丼屋に使いを遣って持ち帰りの弁当を買ってこさせ、それを平らげてから、一旦、帰宅することにした。ここまで体勢が整えば荒野一人がいてもいなくいなくなってあまり影響はなさそうだったし、それに、昨日に引き続いて、午後から学校で手作りチョコの講習をする約束があるため、一度マンションに帰って制服に着替える必要があった。
 帰路、商店街を通って行くと、思いの外、人が多い。イベント最後の週末、ということもあってか、地元民ではなさそうな家族連れとか、それまでの客層とは微妙に違った人たちがわざわざ足を運んでいるように、荒野には見えた。
 これも、数日前、ローカル放送での短時間の放映とはいえ、テレビで取り上げられた影響なのかも知れないな、と、荒野は思う。
 人混みをかき分けるようにしてアーケードの外に出るまで、ひどく時間がかかった。昼食の時にもそんな話題が出ていたが、確かに、今日の雰囲気は、年末のクリスマス・イベント時のそれに似ている。違うのは、地元の商店街の人々が、以前よりこのような浮ついた雰囲気に慣れて、平常心を崩さないようになっていること、それに、荒野たちやコンテスト参加者などが、可能な範囲内でサポートをしていること、くらいだった。
 昼過ぎから駅前の特設ステージで、コンテストにエントリーした人たちによるアピール活動がはじまるはずだったが、その時間に、荒野自身は学校で女生徒たちにチョコの作り方を指導している約束になっているので、その場で見物することは出来なかった。
 特に見たい、とも、思わなかったが。

 商店街周辺の、非日常的、というか、祝祭的、というか、とにかく浮ついた雰囲気を通過してマンション付近まで歩いていくと、ようやく落ち着いた、普段の住宅街の空気が戻ってきて、荒野はようやく精神が安らいだ気持ちになった。
 一時的に遊びにいく先としてならともかく、普段の生活圏がああして浮ついた雰囲気に包まれると、非常に落ち着かないものだな……と、荒野は妙に納得した。
 そして、そんな納得の仕方をする自分自身に対して、荒野は、
『……地味好き……』
 と、評価を下す。
 前々から漠然と感じていたことだが、荒野自身は、自分の生活に「血湧き肉躍る冒険!」とか「スリルとサスペンス」などの不安定な要素はまるで求めていない。ここに来るまでの生活がまさに、そうした不安定な要素に満ちた生活であったから、その反動ということも多少はあるのだが……それを差し引いても、ああいう浮ついた空気に長時間浸っていると、荒野は精神的な疲労を多く感じた。
 自宅でゆっくりとくつろいでいるか、料理でもしている方が、よっぽど落ち着くのであった。

 そんなことを考えながら、マンション前まで来ると、男女の二人連れが狩野家の玄関から出てくるのに遭遇した。
 何故か、スポーツウェア姿、というラフ過ぎる格好の東雲目白と、今朝も見た白いダウンジャケットにパンツ姿の、小埜澪だった。
「……や。ども……」
 どんな挨拶をしても場違いな気がして、しかし、まるっきり無視するのも具合が悪いので、荒野はごく短く、無難な挨拶をする。
「もう、お帰りですか?」
「……この格好で、か?」
 東雲は、自分の服を見下ろして、荒野に意味ありげな微笑みを見せる。
「いろいろあって、今朝着ていた服、汚しちゃってなぁ……。
 この服、姫さんから借りた、若のだよ。
 夕方にクリーニングから帰ってくるまで、この町に足止めだな……」
 ……道理で、東雲が着ていたトレーニングウェアに見覚えがあるわけだ……と、荒野は思った。
「服は別に、買ってもいいんだけどさ……」
 小埜澪は、二人のやりとりを興味深そうに見ながら、そういった。
「……それよりも、今、商店街がかなり賑やかなことになっているそうじゃないか……。
 姫様とか新種の友達も、大勢動いているって聞いたけど……それを一通り見てから出て行っても、遅くはないと思ってさ……」
「商店街は……賑やかっていうか、むしろ賑やかすぎるっていうか……」
 まあ……そんな所だろうな、と、思いながら、荒野は首をゆっくりと横に振った。
「それを通り越して、騒がしいっていうか……。
 まあ、実際にいってみれば、わかりますよ……」
 荒野は、この二人に明確な害意はない、と見ていたのだが……仮に、商店街方面で何らかの破壊行動を行ったとしても、今、あそこにいる面子なら、十分に押さえられる筈だったので、まるで心配していなかった。
「……ゆっくりと、楽しんでいってください……」
 荒野は本心からそういいながら二人に手を振って、マンションの中に入った。
 二人が商店街のゴスロリ祭りにどういった反応を示すのかまでは、荒野が関知するところではない。

「……ショータイム、ショータイム……」
 そんなことをいいながら、飯島舞花は、ドラム缶の上に乗せていた鍋を片付けはじめる。
 駅前広場特設ステージで、コンテスト出場者のアピールタイムが近づいたので、混雑緩和のため、この付近での配布作業は一時中断することになった。
 一度火を消すと、再度の点火作業に余分な時間と手間を食うので、「暖房代わり」ということで、二、三人の見張りをつけた上で、火はそのままにしている。
 暖房代わり……とはいっても、すでにステージの周辺は、立錐の余地もないくらいに、人が密集していて、人いきれだけで暖房の必要もないくらいに暖かい。
 司会役の玉木や、最初と最後に「名誉実行委員長」として挨拶をすることになっている孫子が、舞台袖で何やら打ち合わせをしている。
 ……ほぼ、手作りで、ここまで人を集めちゃうんだから……。
 と、舞花は、本心から思った。
 ……みんな、凄いよな……。
 このイベントに関わった人たちが集まれば、たいていの問題は軽々と解決してしまうのではないか……と、そんな錯覚さえ、覚える。
 しかし、そのような全能感は、所詮、世間を知らないが故の錯覚である、と弁えるくらいの冷静さは、舞花も持ち合わせていた。
 いくら、頭が良くても、力が強くても、美しくても、お金を持っていても……それでも、解決できない問題というのは、この世の中には、多数、存在する……ということが理解できる程度には、舞花も、世間というものの複雑さについて、認識をしている。
 それでも……こうして、みんなで力を合わせて何事かを成し遂げた、という経験は、決して無駄にはならないだろう……とも、思っているけど……。

「……ずーんずんずんずんずーん……」
 奇妙な節回しで、そんな擬音をわざわざ口で発音しつつ、特製ステージを見下ろしている怪人物の存在を感知している者は、この時点では皆無であった。




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彼女はくノ一! 第五話(272)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(272)

 アーケード出口に陣取った一団が、火を起こし、実際に鍋の中身を配りはじめる頃になると、徐々に多くなっていた人出はいよいよ本格的に凄いことになってきた。
 当初は人目を引く派手な扮装をした楓、孫子、テン、ガク、茅、酒見姉妹が配布係を、それ意外の者が鍋や燃料を補充する、という役割り分担を行っていたが、孫子が声をかけておいたコンテストの出場者たちの中で、予想外に協力を申し出てくれる人が多く、人の多いアーケード周辺はそちらに任せて、ということで、楓たちは自発的な志願者に押し出される形で、より人が少なく、アーケードという天井がない、北口方面へと移動することになった。コンテスト出場者にしてみれば、より多くの人々に自分の存在をアピールしておきたい、という欲望があるのは当然であり、コンテストにエントリーしていない楓たちが座を譲るのは当然だし、それに、本来ならこの町に対してなんの義理も義務ない自発的な協力者の便宜を考慮するのは当然だ、という考え方である。
 また、人手の増加とともに、消費される物量も当初の予想外に広がり、最初のうち、玉木の家で行っていた仕込み作業もだんだん間に合わなくなり、数カ所の心当たりに玉木が交渉して、分散して準備を行うようになっていった。材料を補充する場所が数カ所に分散したことにより、それを運ぶ裏方連中の移動距離と負担はかなり軽減され、また、地元民である舞花やあんな、玉木らは、常時、顔見知りを見つける度に声をかけ、「暇なら少し手伝っていって」といった具合引っ張り込み、その「手伝い」がさらに別の人々を引っ張り込む……という連鎖も往々にして発生し、それに加えて、雪かき作業から引き続き手伝いに参加しているボランティア組、または、テンやガクに随行してきた放送部員たちも、撮影の合間に交代で手伝いに向かいったりしており、仕事量が多くなっただけ、それを処理する側の人手も増え、なんとか均衡を保ちながら推移したのであった。
 そうして自発的に協力してきた人々は、「この賑やかさな騒ぎに乗じて、多少なりとも参画したい」という欲求を満足させる為に手を貸す事が多く、その心理を分析するのなら、「苦役的な労働」である、というよりも、「お祭り騒ぎに便乗する野次馬根性」といった側面が、より強い。
 そうした地元の有志と一族の者が一緒になって、忙しそうに往来を往復している。一見して各個の出自を言い当てられるのは、完璧な記憶力を持つ茅とテンくらいなもので、傍目には、外見だけから一般人と一族の出身者を見分けることは不可能だった。ものもと、ボランティアにせよ、たまたま知り合いに見つかって引っ張りこまれた人にせよ、今日初めて知り合った者同士が共同作業をする、という局面の方が、むしろ普通なこの場にあって、一般人と一族の区別も、ほとんど意識する必要もないわけだし、また、実際に体を動かしていればそんなことを意識するような余裕もない。
 特に、その出自を絶えず意識していた一族からの移住組は、こうして一般人との共同作業を行う機会を与えられたことで、一時的に、ではあるにせよ、自分たちの出自など、別に関係ないじゃあないか……という、感触を得た。
 当初、テンやガクを中心に撮影をしていた放送部の面々も、次第に周囲の熱気に当てられ、次第に、「シルバーガールズ」というコンテンツに使用するための素材としてなら「背景扱い」であるはずの、「周囲にいる人々」を撮影する時間が長引いていく。それら、「市井の人々」の表情が思いの外生き生きとしているしていることに気付いたから、自然にカメラを据える時間が長引いてしまうわけだが、そうした逸脱行為を、玉木や有働も「良し」として承認した。
 実際に公表する段になると、肖像兼などの問題があり、いろいろと難しいのだが……「荒野たち、居異能の者たちが、いかにこの地元社会にとけ込んでいくのか」とテーマを持ったドキュメンタリーの素材としては、十分に活用できる素材なのであった。

 そうして、誰もが忙しく働いている間に時間はあっという間に過ぎ去り、午後に予定のある荒野は、たまたま見かけた甲府太介を手招きし、紙幣を渡して、
「駅前の牛丼屋で、弁当、買ってこい」
 と、命じた。
 荒野、茅、太介、楓、孫子、テン、ガク……それに、玉木と、玉木の弟と妹に、徳川の分……プラス、余分に買っておけば、誰かが食うだろう、と、とっさに勘定し、
「十五人分な。
 それと、帰りに茅に声かけて、交代で食事をするようにいってくれ」
 と、申し渡す。
 茅への連絡はメールでも良かったのだが、忙しくて手が放せない状況である、ということは分かっていたから、太介に言付けるのが確実だろう、と、判断した。
 時計をみると、十一時半を少し廻っていた。
 牛丼屋も込んでいるだろうから、多少待たされるにせよ、食事をして家に帰り、着替えて学校に向かっても、一時半からの手作りチョコ講習には十分に間に合いそうだった。

 その太介が弁当の袋を抱え、茅を伴って帰ってきたのは、十二時を少し廻った時だった。
 荒野は、玉木の兄弟や徳川にも、
「昼にしよう」
 と声をかける。
 すると玉木は、お茶の用意をしはじめて、他の皆も手を休めた。
 玉木の両親は、家業が忙しいらしく店にでずっぱりで、こちらにはたまにしか顔を出さない。それだけ盛況だ、ということでもあり、実に結構なことだ、と、荒野は思う。
 持ち帰りの牛丼をかき込みながら、荒野はその場にいた人々に、
「……おれ、午後に学校で用事があるから、一旦抜けるから」
 と告げる。
 そこのことを知っていた茅は、特に反応を示さず、玉木は「ああ」と納得した表情をする。事情通の玉木のことだ。おそらく、チョコ講習のことも耳にしているのだろう。徳川は、
「人数はもう十分に足りているから、こっちは心配することはないのだ」
 と、いってくれた。
 荒野は続いて、茅に、
「そちらの様子は?」
 と、尋ねる。
「盛況で、成功なの」
 茅は、箸を持ち替えて荒野にVサインを送った。
「下手すると、アーケードのある南口よりも、人が来ているの」
 紙コップを配布している人員目当てに、そちらに人が集まりつつある……という、ことらしかった。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(188)

第六章 「血と技」(188)

 茅と酒見姉妹が商店街に向かっていた頃、荒野は、玉木の家の勝手口から何カ所かあるドラム缶コンロの所まで鍋をあげさげする仕事を担当していた。人出が多くなってきていたこと、それに、数カ所で同時に、通行する人に無料で配っていること、などの条件が重なり、鍋の回転率はかなり早かった。玉木の家で暖める分だけでは足らないので、中身だけを補充した鍋を、直接、ドラム缶のコンロで暖めてもいる。
 支給役は、孫子が声をかけて集めてくれたコンテンスト出場者のゴスでロリなおねーさんたちが、率先して協力してくれた。孫子にいわせると、その協力してくれる動機も、
「顔を売るため、表を集めるためですわ」
 とのことだが、例え動機が利己的なものであっても、手を貸して貰えばそれだけこちらが助かることにはかわりがないのだ。
 そうしたおねーさんたちに加えて、盛装した孫子自身と孫子に半ば無理矢理駆り出された形の楓、シルバーガールズの売り込みを兼ねて、あのコスチュームで駆けつけたテンとガク、やはり孫子に連絡を受けて駆けつけたメイド服姿の茅、ゴスロリ服の酒見姉妹なども加わって、かなりの盛況となっている。
 テンやガク、茅や酒見姉妹が駆けつけたのと前後して、徳川の工場に一旦戻っていた軽トラックが、新たにドラム缶のコンロを積んで戻ってきた。
 そのことを見越していた玉木は、パソコンでプリントアウトして設置場所に印をつけた地図を、駆けつけてからすぐに挨拶に来た茅に持たせておいた。
 茅は、一緒にトラックに乗り込み、商店街の北口方面、つまり、線路の反対側にある側を中心にして、地図にある場所にコンロを設置させていく。商店街の北口方面にはアーケードがなく、人通り的にも、南口方面よりは若干少なく、より閑散とした雰囲気に包まれている。
 そういう場所にこそ「賑やかし」は必要であり、アーケードのある南口方面は、コンテンスと出場者のおねーさん方に任せることにして、孫子や楓、テン、ガク、茅や酒見姉妹などの地元組は、もっぱら北口方面に出没して、耳目を引きつける役割を果たした。
 年末に活躍した楓や孫子の顔を記憶している地元住民は多く、紙コップに入れて暖かい飲み物を配布している間にも、始終、声をかけられることになった。
 楓や孫子ほではないにせよ、茅やテン、ガクの顔も、それなりに知られはじめていて、あまり頻度は多くないものの、たまに声をかけられもした。
 茅は、「マンドゴドラ」のCM映像と、年末のイベントで飛び入りしていることで知られていたし、テンとガクは、ここ数日、商店街に設置されたディスプレイの中で、その姿が繰り返し、放映されている。
「お披露目」してからまだまだ日が浅い、「シルバーガールズ」は、「広く知られている」とまではいかないものの、段々とその姿が認知されはじめているところで、今回、「実物」を多くの人の目に晒したことで、地元での知名度は一気に上昇した。
 何しろ、このコスチュームのまま、あちこちで雪かきに精をだしたりしてきて、その上、人通りの多い商店街に出没して、こうして紙コップを配っているのだ。
 これで、人々の記憶に残らなかったら、そっちのほうがおかしい。

 盛況になり、人が集まってくれば……それだけ、鍋の中身の消耗も早くなる。
 と、いうことで、玉木と一緒に、玉木の家の台所で補充作業を行っていた徳川は、独断で金物屋と食料品を扱っている店、何件かに連絡をつけて呼び出し、金物屋からは新たに鍋をいくつか買い入れ、食料品の店には、在庫にある使えそうなものは、片っ端から持ってこい、と命じた。
 すべて、即金払いのまとめ買い(ただし、領収証は、切ってね)、だったから、進んで、玉木の家まで配送してくれた。そのどれもが、商店街内にある店舗だったから、配送、とはいえ、「ご近所さん」なわけだが。
「……こうして、地元に派手に金をばらまいていれば、防犯カメラの設置もしやすくなるのだ……」
 と、徳川は、玉木と荒野に説明した。
 例の、「試用品の防犯カメラを、この近辺にばらまく」という話し、だった。
 確かに……派手に金を使えば使うほど、地元では、こちらの話しを真剣に聞いてくれるだろう……とは、荒野も思う。
 しかし、同時に、
「でも……お前個人の勘定でいえば、それって割に合わないんじゃないのか?」
 と、確かめずにも、いられない。
「加納は、アレの商品価値を過小評価しているのだ」
 荒野の問いに答えて、徳川はそういいきった。
「それと、あの子らの可能性を……。
 ここで多少散財しても、すぐに元は取れるのだ」
 徳川のいう「あの子ら」の中には、テン、ガク、ノリの三人組に加えて、ひょっとすると茅も入っているのかも、知れない。
 荒野には、その言葉が……徳川が身銭を切って、また、自ら出張ってきて協力しているのは、決して、同情心だけからではない……と、いっているように思えた。
「……別に、いいんじゃない?」
 二人の会話を聞いていた玉木は、そういう。
「カッコいいこーや君にいろいろ事情や思惑があるように、トクツー君にはトクツー君なりの計算や損得勘定があるんだよ。
 わたしだって、こういう状況を利用して、好きなことやっているわけだしさ……。
 それは、才賀さんや楓ちゃんだって、同じだと思うよ……。
 っていうか……他人に言われたからやる……って、そんな主体性のない人……うちらの仲間の中には、いないんじゃないかなぁ……」
 そんなことを話し合いながら、荒野たちは、せっせと鍋の準備をし続けた。

 その鍋を、玉木の家と配給係の間を結んで運搬していたのは、飯島舞花、栗田精一、柏あんな、堺雅史などの学校の仲間と、甲府太介や、一族の移住組の中から、自主的に協力を申し出てくれた人たちだった。
 一族の者たちに関しては、こうした運動が、長い目で見て、「自分たちが目指す共生」に対して、大きく寄与する……ということを理解した上での協力、だった。
 もっとも、そうした「理念」だけではなく、こうして「荒野や新種たちが、率先して荷担している」という「現実」を認め、その後を追おう、という群集心理もあるのだろうが……それでも、やはり、「労働力は労働力」、なのだ。
 助かるか、助からないか……といったら、非常に、助かる。
 だから、荒野も彼らの協力を、素直に感謝した。
 これは余談になるが、荒野はものの試しに、飯島舞花と柏あんなに向かって、
「……お前らも、ああやって着飾って、配る方に廻らないか?
 それなりに、似合うと思う……」
 と尋ねてみた所、
「……ああいうひらひらした、動きにくそうな服……できれば、着たくないんですけど……」
 と、柏あんなは少し不機嫌な表情になりながら答え、
 身長百八十オーバーの飯島舞花は、
「ああ。でも、わたしの場合……合うサイズ、ないと思うぞ……」
 恬然と、そう答えた。
 それに続けて、二人とも、「あんな恥ずかしい格好で表にでるくらいなら、肉体労働に勤しんだ方がまだまし」といった意味のことを付け加える。

 荒野も、まったくの同意見だった。




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12カ国語達人のバイリンガルマンガ。言語学者の考えた発音つき英語学習法。

彼女はくノ一! 第五話(271)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(271)

 孫子により、コンテスト出場者のために用意された控え室に引っ張り込まれた楓は、そこで待ちかまえていたゴスロリなおねーさんたちに一斉に襲いかかられた。
「……この子が、例の……」
「なるほど、スタイルいい……」
「肌もすべすべ……」
「はいはい。女同士なんだから、ちゃっちゃと脱いで……」
「……このぷにゅぷにゅの感触が……はぁはぁ……」
 一斉に襲いかかられた楓は、一般人相手に本気で抵抗するわけにもいかず、「わひゃっ」とか「ちょっ、何、どこ触っているんですかっ!」とか騒ぎながらも、結局はなすがままになっている。
「……せっかく、素材がいいんですから、たまには着飾りなさい……」
 そんな楓に向けて、孫子はこっそりと呟く。
「せっかくそのような風貌に生まれついたのですから、有効に活用にないのは、社会的な損失ですわ……」
 年末、孫子と楓の二人だけで、この商店街にあれだけの人を呼び込んだのだ。
 客観的に観ても、二人にはそれだけの存在感があるということで、孫子の価値観に照らしあわせれば「手持ちの資産を有効に使いきらないのは損失」なのである。
 つまり、孫子にとっては、自分自身や楓の外見が他人に与える影響までも含めて、「資産」として認識していることになる。
 楓の準備が整うのを待つ間、孫子は携帯電話を取り出して、あちこちに電話をかけて連絡をとっていた。

 約二十分後、楓は、どピンクのふりふりドレスに身を包んでいた。もちろん、メイクもばっちりである。
 コスプレめいた、これだけ極端な扮装を身にまとっていても、それなりに様になっているのは、着ている楓に確とした存在感があり、衣装に着られてはいないからだった。
 もちろん、客観的にみれば、滑稽は滑稽であるのだが……その中にも、凛としたものも、感じさせた。
「……準備ができたら……」
 孫子は、再び楓の腕を引く。
「……行きますわよ!」
「あの……行くって、どこに……」
 楓は、孫子に腕を引かれながら、そう尋ねる。
「……もちろん、商店街の皆様に、サービスを行うのです!」
 孫子は張り切って答えた。
「……わたくしたちの美貌も、有効に活用しないないのは、損失というものですわっ!」
 孫子の本心からの言葉であり、素でそういうことをいえるのが孫子の強みでもあった。

 堺は商店街のアーケドが終わる場所で数十分、待ち続けていた。その間にも、周囲の人出はわらわらと増え続ける。それも、「商店街へ集まってくる人」よりも、「アーケードの中から溢れてくる人」の方が、多い。それはつまり、駅からでてきた、町の外からやってきた人が多い、ということで……。
『……年末の時、みたいだな……』
 と、堺は思っていた。
 商店街に人を呼ぶのが今回のイベントの目的だ、と聞いている。堺の目から見ても、その目的は十分に達しているように思えた。
「……まぁくーん!」
 この寒空の下、長時間に渡って待たされていた堺雅史のもとに、鉄製のバケツを手にした柏あんなが、人の間を縫って近寄ってくる。あんなの背後には、何やら大きな袋を担いだ飯島舞花と両手で鍋を抱えた栗田精一が続いている。
「……ごめんねー。待たせちゃって……。
 なんか、バタバタしちゃって……」
 柏あんなが、バケツを地面に置きながら、堺にそういった。
「……ちょっと、待ってな……。
 今、すぐに暖かくなるから……」
 舞花がそういって、担いできた袋の封を切り、ざらざらざらっーと中身を堺の前にあるドラム缶コンロにあける。
 炭、だった。
「で、これが、種火……」
 柏あんなが、バケツの中身をその上に持ち上げる。
 さらにその上に金網の蓋をして、栗田精一が、持参した鍋を置く。
「……扇いで。
 火の周りが良くなるし、火が燃えればすぐに暖かくなるから……」
 柏あんなが、ベルトに差し込んできたうちわを、堺に差し出す。
「……う、うん……」
 堺は、それを受け取って、気弱に頷いた。
「また、すぐに後で来るから。
 自転車、ここにおいておくと邪魔だから、玉木先輩の家の方に置いてくるね。
 それから、他の助っ人の人たちもおっつけくると思うから、その時は、よろしく……」
 そういって三人は、乗ってきた四台の自転車のハンドルと取って、すぐに去っていった。堺が留守番をしていたので、鍵はかけていなかった。
「……一体………」
 何が起こっているんだろうか、と思いながらも、堺はいわれた通りに、炭を扇ぎはじめる。
 風を送ると、種火の炭から徐々に周囲の炭へと、火が移っていく。そちらからの熱と、それに運動による体温の上昇とで、堺はすぐに汗をかきはじめた。
 なるほど、舞花のいうとおり、これは、暖まる……とか、思いはじめた時、
「……堺……」
 と、声をかけられた。
 顔をあげると、コートに裾の長い、黒っぽいスカート姿の茅が、自転車に乗ったまま、堺の顔をみていた。
「他のみんなは?」
「……奥の方に」
 堺は、答える。
「ぼくはずっとここにいいるので、そっちの状況がよくわからないんだけど……玉木さんあたりに聞けば、そっちの様子はよく分かるんじゃないかと……」
「堺は、一人でここにいるの?」
 茅が、尋ねる。
「……う、うん……」
 堺は、頷いた。
「そうなの……」
 茅は、一拍の間を置いた後、後ろに振り返って、
「……酒見たちは、ここで堺の手伝いをするのっ!」
 と、言い残し、しゃーと自転車を走らせてアーケードの中に去っていく。
 アーケードの中は、この時点では、まだ辛うじて、自転車で通れるほどの混雑だったが、もうすぐに徒歩でしか移動できなくなるだろう……と思わせる、混雑ぶりだった。
 堺は、後に残された二人をみる。
 まったく、同じ顔、同じ服装をした女の子が二人、取り残されていた。その服装も……いわゆる、ゴシック・ロリータだった。ただでさえ、異様な印象を受けるというのに、「同じか顔の二人が、同じ服を着ている」ということによって、その「異様な」感覚が増幅される。
 おそらく、双生児だろうとは思うのだが……堺は、その子たちのことは、遠目に見かけることはあっても、正式に名乗りあったり会話を交わしたことがない。
「……あ、あの……」
 とりあえず、堺がそう声をかけると、
「「……とりあえず、なにをすれば……」」
 その双子が、ユニゾンで、堺に尋ねた。

 炭の袋とバケツ、それにステンレスの鋏が残っていたので、双子には、通りの向こうに置いたままになっているドラム缶で、火を起こして貰うことにする。堺が見ていた方のドラム缶は、もう十分に火が回っていたから、うちわも、双子に渡した。
 堺自身は、再びすることがなくなったわけだが、さてどうしようかな、と考えはじめた途端、
「……こちらには、他に、誰もいませんの?」
 と、今度は盛装した孫子に、声をかけられる。
 一瞬、堺が返答に詰まったのは、孫子が白と黒を基調にした、見事なゴスロリ・スタイルを着こなしていたからだ。
「……う、うん。
 でも、またすにすぐにこっちに来るようなことをいっていたから……」
 堺は、孫子の背後にいる人影をみながら、そういう。
 孫子のすぐ後ろにももう一人、ひときわ派手などピンクの似たようなドレスを着た娘がいて、その人が恥ずかしそうに俯いていることもあって、最初は誰か、なかなか気がつかなかったのだが……しばらく、「誰かに似ているなぁ……」と訝しく思いつつ、みていたのだが……よくよくみてみれば、それは、楓だった。
 普段の楓のイメージとその格好と、あまりにも落差があったので、なかなか気付かなかったが……似合っているのかいないのか、でいえば、もちろん、似合っている。
 ただ、典型的な日本の田舎町である周囲の景観に、孫子とか楓のファッションが似合っているかというと、それはまた話しが別になるのだが……。

「……あれ? おねーちゃんたち……」
「……どうしたの? こんなところで……」
 今度は、銀ピカのプロテクターを着込んだテンとガクが、声をかけてくる。
「……ボクたち、雪かき終えて、スコップ返してから、こっちに来たんだけど……」
 二人は、背後に有働勇作をはじめとする放送部の撮影隊を引き連れていた。
 モノクロの孫子とどピンクの楓、それに銀ピカの「シルバーガールズ」に前後をとられ、堺雅史は、「どんどん、複雑なことになっていくな……」と、思った。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(187)

第六章 「血と技」(187)

「そう……。
 状況は、理解できたの」
 茅はそういって通話を切った後、酒見姉妹に向き直った。
「……酒見たちっ!
 行くのっ!」
「……行くって、どこに……」
「……それに、何をしに……」
 酒見姉妹は、怪訝な表情で茅の顔を返す。
「目的地は、商店街! 目的は……」
 茅は、何故か、天の一点を指でびしっぃっ! 指し示す。
「……ご奉仕なのっ!」
 酒見姉妹は、ポーズを決めた茅に対して、「「……おおっー!」」と感歎の声を上げながら、ぱちぱちと手を叩いている。
 別に、茅のいうことを理解し、その発言内容に関心したから拍手しているわけではない。酒見姉妹は、すでに茅の思考内容と行動原理を理解することを放棄している。それ以上に、姉妹の間では、茅のいうとおりにしていれば、まず間違いない、という全幅の信頼心が育ちつつある。
 姉妹が拍手をしたのは、ただ単に「茅のポーズが決まっていたから」、だった。
『……なんなんだ、このノリ……』
 一人、紅茶を飲み過ぎて胸焼けを感じている東雲目白だけが、三人のノリについていけないでいた。
「……その前に、着替えてくるの……」
 たっぷり二分間以上、ポーズをとって満足したのか、茅はさっさと別室に移動していった。

「……姫さん……」
 着替えて出てきた茅の姿を見て、東雲は、呻くようにいった。
「本当に、その格好で、外に出るのか……」
「そうです、茅さま……」
「肝心の、カチューシャをお忘れですっ!」
 酒見姉妹は姉妹で、何かピントが外れた所でつっこみをいれている。
「この格好の上に、寒いからコートを着るの」
 メイド服姿の茅は、そういった。
「それに、カチューシャは、ポケットに入っているの。
 自転車に乗ると、落とすかも知れないから……」
「で、……姫様たちは、商店街にお出かけ、っと……」
 ……あー……もう、好きにしてくれ……と、東雲は思った。
「その間、わたしゃあ……」
「好きに、どこへでも行けばいいの」
 茅は、素っ気なく申し渡した。
「ここは鍵を閉めるけど、ここ以外のどこにでも、自由に行けばいいの……」
 酒見姉妹も、茅の言葉に「うんうん」と頷いている。
「……あっ……やっぱり……」
 その答えを半ば予期していた東雲は、間の抜けた声を出した。
 そりゃあ……あんたたちの覚えがめでたいとは思ってはいなかったけどよぉ……。
「……これ……」
「……東雲の、服……濡れたまま、だけど……」
 酒見姉妹が、片手を背中に隠したまま、にこやかに、東雲の目前に紙袋を突き出す。
 逆らえば……こいつらのことだ。
 問答無用に襲いかかってくる、程度のことは、平気でやりそうだもんな……と、東雲は思った。
 酒見姉妹の評判は、一族の中では、決して芳しいものではない。
 それが……よくもまあ、荒野や茅に対しては、従順に従っているものだ……と、これまで姉妹の様子を観察してきた東雲は、呆れ半分に感心していた。
「……へい、へい……」
 これ以上、悶着を起こすことを望まなかった東雲は、素直にその紙袋を受け取って、椅子から立ち上がる。
 茅と酒見姉妹も、上着を着て外出の準備を整えてはじめていた。

「それでは、東雲。
 茅は、自転車でいくから……」
「「……ごきげんよう……」」
 自転車置き場の方に去っていく茅と酒見姉妹を、東雲は呆然と見送る。
「……あ……ああ。
 姫様たちも、お気をつけて……」
 マンションのエントランスで、東雲に背を向けた三人に、あまり独創的とはいえない言葉を贈って、東雲は、自分が手にした濡れた服の入った紙袋をしげしげと眺める。
「……あっ……。
 仕事が早いクリーニング屋の場所、聞いておけば良かったな……」
 そう呟いた時、自転車に乗った茅が、東雲の前をしゃーっと通過していく。
 酒見姉妹も、自転車の茅に劣らない速度で、そのすぐ後に続いていた。こちらは徒歩であり、一見して走っているようには見えない、滑るような動きなのだが、実のところ、茅から全然引き離されてはいない。
 三人の姿は、あっという間に東雲の視界から消えた。
「……しゃーねー……」
 東雲は、紙袋を肩に下げて、歩き出す。
「……嬢ちゃんから連絡が来るまで……自分の足で探してみるか……」
 小埜澪のお目付役を先代から押しつけられて、もうかなりになるが……小埜澪は、決して大人しく見張られるままになっているような、殊勝なタマではなかった。
 実際の所、逃げようとする小埜澪と、それに引き離されないように食らいついていく東雲、という構図が、ここ数年、続いている。流石に付き合いが長いだけあって、二人の間になにがしかの信頼関係は育っているのだが、だからといって、奔放な小埜澪が、東雲の存在を煙たく思っていないのかというと……決して、そんなことはない。
 今日も、「気がついたら、連絡をくれるように」と小埜澪の携帯にメールをいれているのだが、今になっても返信が来ていなかった。
 それでも、東雲が小埜澪のことをさほど心配していないのは……狩野家の十人たちから、小埜澪の話題がほとんど出ていないから、あまり問題を起こさずにやっているのだろう……と、そのように判断している。
 それに、今、多数の一族が点在するこの町で、一族の中ではそれなりに有名人である小埜澪が動き出せば、何らかの反応は東雲の耳にも入る筈……であり、だから、東雲にそうと知れずに、小埜澪がいつのまにかどこかに消えていた、というような事態には、なりえない……と、東雲は、踏んでいる。
 東雲にしてみれば、小埜澪が問題さえ起こさなければそれでいいわけであり、問題さえ起こさなければ、どこで何をしていようが、過度に干渉するつもりはなかった。
「……さて……っと……」
 東雲は、歩きながら、一人そんなことを、呟く。
「……平和だねー……この町は……」
 ……これだけ多くの火種を抱えているのに関わらず……今のところは、全くの無風状態だった。




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彼女はくノ一! 第五話(270)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(270)

 飯島舞花や柏あんならがら新しく持ってきたドラム缶に取りついて、うちわで扇いで火を起こしている間、ついで弟と二人掛かりで一抱えもある鍋をかかえた玉木がやってきた。鍋には、「準備中! まだ煮えていません! 触ると火傷します」と大書きされた紙が張ってある。
 玉木と玉木弟は、鍋を新たに持ってきたドラム缶コンロの上に乗せる。その後玉木は楓の方に近寄り、
「……重いし、熱いし…………」
 とかいいながら、楓の腕をひっぱってそのまま引き返した。

 先行して準備をしていた荒野は、この時点で太介と二人がかりで鍋の中身をおたまで紙コップにそそぎ、道行く人に配りはじめている。
 ローカル局とはいえテレビで放映されたせいか、駅から降りてくる人たちは荒野が予想した以上に多く、服装や挙動からしてみても、そのほとんどが明らかにイベント目当ての人たちのようだった。あと数日でこのイベントが終了する、ということもあってか、いつもの週末よりも人が増えている。
 加えて、茅からメールで知らされた、とかで、雪かきに参加した人たちが続々と荒野の元に集まり、それが呼び水となって他の通行人も、紙コップを貰うための列を作った。
 おかげで、荒野が見ていたの鍋は、見る間にその中身を減らしていった。
「……太介、ちょっと頼むな」
 荒野はそういい残して、その場を離れた。
「ちょっと、追加の様子とか見てくる……」
 荒野が玉木の家の勝手口に向かうと、大きな鍋を抱えた楓といきあった。
「追加、どうなっている?
 思ったより、減りがはやいぞ」
 荒野は、楓にいう。
「……今、玉木さんと徳川さんが用意してます。
 かなり、たくさん……」
 すれ違いざまに、楓は早口でそういいって、駆け抜けていった。
 かなり、たくさん……なら、多分、そう心配することもないのだろう……と思いながら荒野が「すいませーん……」といいながら、玉木の家の勝手口を潜ると、玉木と徳川、それに、玉木の弟や妹までもが総出で、業務用の大きなレトルトのビニールパックや缶の中身を、タッパーに空けているところだった。コーンポタージュ、ミネストローネ、トマトスープ、ビーフシチュウ……などのラベルが印刷された缶やパックが、台所の隅に山積みになっている。
 そして、電子レンジの中から取り出したタッパを鍋に空け、新しいタッパーをレンジの中に入れる、という作業を、繰り返している。ガスコンロで火にかかっている鍋の他にも、そうして暖められた鍋が、床やテーブルの上にいくつも並んでいた。
 短時間で出来合いのものを加熱するには、それなりに合理的な方法だ……と、荒野は思った。 
「……ああ。
 ちょうど良かった、カッコいいこーや君!」
 玉木は、うっすらと額に汗を流していた。
「向こうの様子、どう?」
「思ったより人が多くて、減りが早い」
 荒野は答える。
「それで、こっちの様子を見に来たんだけど……」
「見ての通り、てんてこまい」
 玉木は、早口にまくし立てた。
「本当は手作りにしたいんだけど、急だったから……」
「当座、これだけあれば上等だと思うけど……おれ、この暖まっているの、持っていく。
 それで、鍋運び要員、連れてくる」
「……お願い。
 あと、こっちの仕事、手伝ってくれる人も、何人か寄越してくれると助かるっ!」
 荒野にそういって、玉木は自分の弟と妹にまだ封を切っていない紙コップのカップやおたまを持たせ、
「このネコ耳のおにーさんについていきなっ!」
 と、いった。
「まあ……これだけ用意してたら、当分持つし、あとは直にドラム缶で暖めても、間に合うと思うよ……。
 なんなら、茅に連絡すれば、増援寄越してくれると思うし……近くで顔見知り見かけたら、声かけてみるし……」
 荒野はそういって、玉木に借りた鍋掴みを手に填め、鍋を持ち上げる。
「……お願いねー……」
 忙しく手を動かしながら、玉木はそういって荒野を見送った。

「……そういう感じだった……」
 荒野は舞花が見ていたドラム缶の上に鍋を置き、ざっと向こうの状況を説明する。
 孫子が呼んだ増援四名の中では舞花が上級生でもあり、舞花に話しておけば、他の連中にも情報が伝わりやすい。
「……それじゃあ、そっちの方を手伝った方がいいのかな……。
 でも、もう火を使っているから、こっから離れるわけにいかないし……。
 って、ダメダメっ!」
「……これに触ると、火傷しちゃうよっ!」
 舞花と荒野はほぼ同時に、どこからかトコトコと歩いてきて、ドラム缶に抱きつこうとした小さなお子さまを制止した。
「……この通り、家族連れも来ているし……」
 確かに、荒野が離れていた僅かな間に、めっきり人手が増えていた。
「今の時点でこれだと……昼過ぎには、年末くらいの賑やかさになるんじゃないか……」
 荒野は、人混みでごった返す駅前を眺めながら、そう呟く。
「……なんの話ですの?」
 背中で孫子の声が聞こえたので、荒野は振り返り、事情を説明しようとして、絶句した。
「コンテストにエントリーした皆さんの中から、有志を募って連れてきました」
 孫子が例のゴシック・ロリータ・ファッションであったことは、別段、驚くには当たらない。半ば、予期していたことだから。
 しかし、背後に同じくらい、ひらひらしていたりゴテゴテしていたりするドレスに身を包んだ少女、ないしは女性たち十余名を引き連れている、というのは、予想外かつ圧巻だった。
「……みなさんで、ここで、この鍋の中身を紙コップに入れて配ってくれ。
 そうだよな、うん。
 イベントの趣旨からいっても、その方が似つかわしい……。
 おれたちは、喜んで裏方に廻る。
 それでいいな? 飯島……」
「……いい。いい」
 荒野同様、あるいは荒野以上にど肝を抜かれている舞花は、コクコクと頷く。
「わたしも、喜んで裏方に廻る……」
「……じゃあ、今、もっといっぱい鍋持ってくるから……。
 とりあえず、あそことあそこもコンロの用意が出来ているので、適当に散らばってください……」
 荒野はそういって、逃げ出すように再び、玉木の家の勝手口に向かう。
「……わたし、柏ちゃんに声をかけてくるわ……」
 舞花も、荒野に続いてその場を離れる。

 荒野がそんなことをしている間にも、楓は鍋を抱えて玉木の家と駅前を往復していた。せっかく特急で暖めた鍋も、早く運ばなければ冷めてしまう。
 何度か往復するうちに、孫子がゴスロリ服の配膳係を引き連れてきたとかで、随分とドラム缶コンロの周辺が賑やかになってきた。
 賑やか……というより、配膳係を目当てに、より多くの人が列に並ぶようになっていた。
 舞花や柏あんななどの初期メンバーは、徐々に玉木の家の台所での作業や、新しいコンロを設置して火を起こすなどの裏方作業の方に廻っていった。
 誰もが人前にでることを、どちらかといえば苦手としており、他に率先して配膳引き受けてくれる人がいれば、喜んでその仕事を譲った。
「……ちょっと、楓……」
 何度か鍋を抱えて往復しているうちに、てきぱきと他人に指示をとばし、いつの間にか現場での人員配置係、のような役割を果たしていた楓に、声をかける。
「こっちに、来なさい。
 あなたには、あなたにしか出来ない仕事をやってもらいます……」
 そういうと、孫子は、楓の腕をとって、コンテスト出場者の、控え室へとずるずる引きずるようにして、引っ張っていく。
 基本的な性格として、押しに弱い楓は、不審な顔をしながらも、孫子に従ってついていった。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(186)

第六章 「血と技」(186)

 帰って来るなり、茅は、
「これ、着て。
 見苦しい格好で、うろうろしないように……」
 といって、荒野のスポーツウェアを東雲目白に手渡し、バスルームに放り込んだ。
 そのまま、キッチンのテーブルにノートソートパソコンを置いて猛烈な勢いでキーをタイプする。
 やることがなくなり、かといって、茅の側から離れるわけにもいかない酒見姉妹は、交代で着替えながらお湯を沸かし、「試しに」紅茶をいれてみる。
 わざわざ「試しに」と入れたのは、酒見姉妹は、これまで、紅茶どころか普通の緑茶でさえ、自分でお茶を煎れた経験がなかったからで、でも、茅が紅茶をいれる所は何度か見ていたから、見よう見真似で何とかなるだろう、と思っていた。
 茅に「キッチンを使っていいか」と尋ねたところ、茅が生返事で「構わないの」といったので、ケトルを火にかけ、交代で別室に着替えに行く。茅の元に最低一人いるようにしたのは、東雲のことを完全に信用しきっていないからだった。
 二人が元のゴスロリドレスに着替え終わった頃、ちょうどお湯が沸いたので、二人して、茅のポットに茶葉とお湯を入れ、蒸らしてみる。
 一応、茅がいつも行っている動作を反復してみたし、お湯や茶葉の量も、大きくは間違っていない……筈だ、と、酒見姉妹は顔を見合わせて頷きあう。
「……雪かき作業、コンプリート……」
 茅がそう宣言した時、荒野のスポーツウェアを着た東雲が、バスルームから出てきた。東雲と荒野は体格差がほとんどなかったので、ラフな格好をしている、という意外に、特におかしな所はない。
 しかし、荒野が同じ服を着ているのを何度も見ていた三人は、いっせいに、
「……似合わない……」
 といった意味のことをいいだした。
「いや……若みたないなルックスのと比べられても困るんだけど……」
 そういわれても東雲は、特に怒ることはなかった。むしろ、本気で困惑している。
「君たちね……若みたいなのを見慣れてアレがデフォになっちゃうと、半端に妥協できなくて、いつまでも彼氏できないよ……」
 と、酒見姉妹に顔を向け、真面目な顔をしていう。
「……そんなもの、別に……」
「……欲しいとも、思ってませんし……」
 平然とした表情で素っ気なく答えながら、酒見姉妹はポットのお茶を人数分のカップに均等に注ぐ。
 これも、茅の動作の見よう見真似だ。
「……って、姫さんは、相変わらず、忙しそうだし……」
 三人のやりとりに興味を示さず、相変わらず忙しそうにキーを叩いている茅に、東雲がいった。
「相変わらず、忙しいの」
 茅は、手も休めずに返答する。
「今朝の経験を、プログラムに移植している所なの。
 全ての判断を機械任せにすることは原理的に不可能だけど、長期的な視野に立てば、省力化の努力は怠るべきではないの……」
「……本当……しっかりしてなぁ……ここの姫さんは……」
 そんなことをいいながら、東雲は、酒見の一人が手元に置いたカップを引き寄せる。
 同時に、茅も自然な動作でカップを手にとって、口につけた。
 不意に……東雲と茅の顔がこわばり、全身が硬直する。
「「……えっ?」」
 二人の反応を見て、酒見姉妹は目を見開いて驚愕の表情を形作った。
「……お前ら……」
 東雲目白は、ゆっくりと時間をかけて口に含んだ紅茶を嚥下した後、二人にこういってみた。
「……自分の分、飲んでみ……」
 そういわれた酒見姉妹は、顔を見合わせて頷きあい、固唾を飲んでから、カップを傾けた。
「……渋い……」
「……苦い……」
 そして、同時にそう呟く。
「たかが紅茶を、ここまでまずく入れられるのも……一種の才能だよな……」
 ため息をつきながら、東雲はそう感想を述べた。
「……お湯の温度と、蒸らし時間が全然、違うの……」
 俯きながら、うっそりとした口調で茅がいった。
「茶葉の種類によって、最適な温度と蒸らし時間というものが、あるの……」
 茅は、こころもち怖い顔をして、やおら立ち上がる。
 唐突な茅の動作に、酒見姉妹は「「……うひぃっ!」」と小さな悲鳴を上げて、寄り添って両手を繋ぎ合った。
「……来るのっ! 酒見たちっ!
 紅茶の精髄を教えてやるのっ!」
 どうやら茅は、姉妹のいれた紅茶を、「紅茶という飲料に対する冒涜だ」と受け止めたらしい。表情は真剣そのものだったし、その目をみれば、闘志のほどがみてとれた。
 酒見姉妹は、こくこくと頷きながら、ぴょこん、と椅子から立ち上がり、茅の後に従った。
 茅は、懇切丁寧な解説付きで、「おいしい紅茶のいれ方」を実演する。
 酒見姉妹は、これ以上はない、というくらい真剣な面持ちで、茅の講習を聞いている。
「……それにしても……」
 そんな三人の背中を半眼でみつめながら、東雲は気の抜けた声を出す。
「……平和だねぇ……ここ……」
 東雲は……こんなに平和で、いいんかいな……とか、思っていたが……その後、一時間以上にわたって、「酒見姉妹がいれた紅茶」の毒味……いや、試飲役を延々と強要されるとは、想像だにしていなかった。
 つまり、茅が付きっきりで指導していても……酒見姉妹は、なかなかまともな紅茶をいれることができなかった。
「……いや、本当……ここまで、できないってのも……珍しい……。
 これはこれで、一種の才能だぞ……」
 香りが飛んでほとんど白湯に近かったり、逆に濃すぎて飲めたものではなかったりする紅茶を飲み過ぎて腹をたぷたぷにしながら、東雲はそう呟く。
 酒見姉妹は、東雲に申し訳さなそうな顔を向けたが……完全に「本気モード」に入っている茅の手前、中途半端な所で止めることもできないのであった。
『……ここの姫様って……あれで、怒らせると怖いんだな……』
 と、東雲は、肝に銘じた。
 銘じたからといって、何がどうなるという問題でもないのだが……。




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彼女はくノ一! 第五話(269)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(269)

 トラックに積んできたドラム缶を全て降ろし終えた頃、一度姿を消した玉木が帰ってきた。
「とりあえず、駅前広場にもう二個。この、アーケード出口の両脇に二個。
 もう一個は、駅の向こう側、北口出口に……。
 もっと個数があるのなら、北口方面にばら撒きたいんだけど……」
「ドラム缶は、まだまだ用意できるのだ」
 このようなサービスは、アーケードの内部で使うより、風が直接当たる野外で行った方がありがたみがある、という判断だった。
 徳川は、携帯電話を取り出した。
「あと、何個必要なのか?
 それと、燃料の調達はそっちで頼む。この間の残りは積んできたが、おそらく、それだけでは足りなくなるのだ……」
 そういって徳川は、トラックの方を指さす。荷台に積んできた、というジェスチャーだろう。
「燃料は、頼まれた」
 玉木は即応する。
「ドラム缶は……あと、五、六個積んできて」
「そのように伝えるのだ」
 答えて、徳川は携帯に登録してある自分の事務所の番号を呼び出した。
 その間に、敷島がガードレールを足場にして、ヒールにタイトスカート姿とは思えない優美な動作でトラックの荷台に乗り、歩道の上に燃料用の炭袋をどさどさと投げ落とした。
「それでは、わたしは早速、それを取りにいって参ります……」
 最後に自分自身が歩道の上に飛び降り、すぐに運転席に乗り込む。
 徳川は、片手をあげて了解の意を表しながら、携帯に向かって工場にいる人間に、ドラム缶の加工を頼みはじめた。
「後は、このドラム缶と燃料を指定の場所に運んでいって……」
 楓が降ろしたドラム缶を横倒しにして、転がしはじめる。
「まずは、駅前にもう二つね……。
 ステージの周辺には人がたまるから、こういう暖かいの、の歓迎されるよ……」
 玉木が楓の前にでて、先導しはじめる。
 ぼちぼち、人が多くなってきている。通行人に注意を呼びかける役目が必要だった。
 孫子も手にしていた書類鞄を徳川に預けて、楓と同じようにしてドラム缶を運びはじめた。

 徳川が通話を切った所に、ちょうど自転車に乗った飯島舞花と栗田精一が到着した。
「なんか、やることあるんだって?」
 飯島舞花は、自転車から降りながら、徳川に声をかける。
「いやあ、寝坊しちゃってさぁ。
 雪かきに出遅れたから、ちょうどいいかと思って……」
「では、早速、この袋を駅前まで持って行って欲しいのだ」
 徳川は、挨拶もそこそこに舞花に指示する。
「そこに、加納や才賀がいるのだ。
 玉木もいる筈だから、あとの指示は奴に聞くといいのだ」
「了解、了解」
 舞花は、にこやかに応じる。
「その程度の肉体労働なら、どうってことないし……」
 いいながら、すぐに炭の袋を肩に担いだ。
「……見た目よりは軽いけど、確かに徳川さんには無理かな……」
 舞花と同じ動作をしながら、栗田がいう。
 二人とも、普段から部活で鍛えているので、同年配の平均値よりはよほど頑強にできている。
「さて、と……あとは……」
 徳川が次にやれることを考えていると、
「……あの……荒野さんから、こっち手伝えっていわれたんですけど……」
 どうみても徳川より年少の少年が、徳川に声をかけてきた。
 徳川は、その甲府太介とは初対面になる。
「……お前……力は、強いのか?」
 徳川は、三十秒ほどしげしげと甲府太介の顔を見つめ続け、きまりが悪くなった太介がもぞもぞと身じろぎしはじめたあたりで、そう声をかけた。
「……えっとぉ……その、普通の人よりは、よっぽど……」
 徳川が一族についてどれほどのことを知っているのか判断ができない太介は、曖昧な返事しかできない。
「それなら、そこのドラム缶を一つ、横倒しにして運んで欲しいのだ。
 肉体労働は、ぼくの領分ではないのだ……」
 わざわざ荒野がよこしたのだから、それなりに使える人物なのだろう……と、徳川は、甲府太介のことをそう判断した。
 太介にしても、穴が空くほど顔を見つめられるよりは、体を動かす方がよっぽど気が楽な性分だったので、素直に徳川の指示に従い、通りの向こうまでドラム缶を転がしていく。
 そうこうするうちに、自転車に乗った柏あんなと堺雅史も到着する。
 太介に残ったドラム缶を転がさせ、あんなには炭袋を持たせて、徳川の先導で駅前へと移動する。堺雅史には、その場に残って自転車と残った炭袋の見張りをして貰うことにした。
 自転車はともかく、炭袋を盗む者が居るとは思えなかったが……念の為、ということもある。

「……四回!」
「……四回!」
 駅前で顔を合わせるなり、飯島舞花と柏あんなはそう言い合った。
 そのあと、何か納得するように「うんうん」と頷きあっている。
 すぐ傍にいた栗田精一は、二人から視線を外していた。
「才賀は、今、着替えにいっている。このイベント用の衣装があるとかで……
 玉木は自宅で鍋の準備。楓は、あそこで種火を移している最中」
 荒野が徳川にそんなことをいいながら、少し離れたところで、新たに運び込んだドラム缶の中にうちわで風を送り込んでいる楓を指さした。
「……荒野さん、このドラム缶はどこに置くんですか?」
 太介がいう。
「線路の向こう側、っていってたたけど……詳しい場所は玉木が帰ってきてから聞こう。
 とりあえず、邪魔にならないように、端の方にでも置いておけ……。
 手が空いている人、向こうのドラム缶に炭入れて、こっちから種火持って行って、火を起こしてくれ……」
「……はいはーい……」
 飯島舞花が、炭袋を担いで誰もついていないドラム缶に歩き出した。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(185)

第六章 「血と技」(185)

 小学校を出て、自分の学校へと向かう途中、トラックの助手席で、徳川は孫子からの電話を受けた。
『こちら、才賀ですが』
「用は何なのだ? どうせ、急ぎなのだろう?」
 ちらりと液晶を確認したので、誰の携帯からかかってきているのかは、電話にでる前の段階で判明している。それに、孫子も徳川も、用事もないのに電話をかけあってだべるような性格でもないのであった。
『では、手っ取り早く用件をいいます。
 可及的速やかに、ドラム缶を商店街に持ってきなさい。
 早ければ早いほど、都合がいいです』
「了解なのだ」
 徳川は、あっさりと頷き、隣の運転席にいる敷島に顔を向けて、
「鉄板班を学校で降ろして、一旦工場に戻って商店街でドラム缶を降ろし、その後、鉄板班を回収にいくのだ」
 と告げ、再び携帯に向かって、
「他に要望はないのか?」
 と確認した。
『他に要望はありません』
 孫子はすぐに言い切った。
『どれくらいでこっちに着きますか?』
「ドラム缶を積み込む時間もあるので、十五分ほどみておくのだ」
 徳川は、答える。
「それ以上、早くなることはあっても遅くなることはない」
 もう学校が見えてきている。工場へも、工場から商店街へも、トラックを使えばすぐに着く距離だ。
「他に何もなければ切るのだ」
 そういって徳川は通話を切って白衣のポケットに収め、シートベルトを緩めにかかった。
「あなた方は……いつも、そんな調子なんですか?」
 気づくと、敷島がバックミラー越しに徳川の表情を確認している。なにやら、おもしろがっているような表情をしていた。
「才賀との会話は、他の連中と違って冗長性がないので快いのだ」
 徳川は、敷島の表情の変化に気づかない風で、用件だけを告げる。
「鉄板班を降ろしたら、すぐにでるのだ。
 本当なら教員か学務員に事情を説明してから行きたいところだが、時間がないそうだからそれは省略するのだ。
 何、この学校の大人どもも、この程度の生徒の強引さには慣れたものなのだ……」
「着きました」
 校門前で、敷島はブレーキをかける。
「急ぐなら、ここから手持ちで行きましょう。
 荷台に乗っている連中なら、わけない筈です」
「それでは、任せるのだ」
 徳川は、一度緩めたシートベルトを再び締め直す。
 代わりに敷島がシートベルトを外してドアを開け、半身だけ外に乗り出して、荷台に乗っている男たちに声をかけた。
「野郎ども!
 予定変更だ。そのまま荷物持って飛び降りて、即刻作業に取りかかれっ!
 少ししたら、また回収に来るっ!」
 敷島が吠えると、即座に複数の人影が荷台から飛び降りた。
 敷島は、何事もなかったようにシートベルトを締め直し、トラックを発車させた。
「工場でも、この調子でいきます。
 ドラム缶の五個や六個なら、号令一つで居残っている連中が積んでくれますよ。それこそ、あっとういう間に……」

「……あの……」
 一方、小学校の校庭では、雪まみれになった東雲目白が寒そうに自分の肘を抱いて震えていた。
「どっか、ここいらに……着替えて、体拭いて、暖まれる所、ないっすか……」
「国道沿いに、ビジネス・ホテルが……」
「商店街の外れの方に、カプセル・ホテルが……」
「町外れに、サウナがあるの……」
 以上、順に、酒見純、酒見粋、加納茅の回答である。
 何故か、後に行くに従って、グレードが落ちていく。
 ……おれ、とことん甘く見られているな、この餓鬼どもに……と、東雲は思った。
「いや……そういうところでも、いいっすけど……できれば、若のマンションとかでシャワーくらいお借りしたなぁ、って……」
 内心の思惑とは裏腹に、東雲は下手に出た。
 何かと悪評の高い酒見姉妹は論外だが、一見大人しそうな茅でさえ、平気であのような真似をする、ということを、身をもって知ったばかりだったからだ。
「……そう……ね……」
 茅は、少し思案顔になったが、すぐに、
「……いいの。
 管制作業も、落ち着いてきたし……」
 そういって、左手で抱えていたノートパソコンを、素早くタイピングした。
 そして、すぐに、
「純……。
 これ、来た時と同じように、持って……」
 と、そのままノートパソコンを、傍らの「酒見の片割れ」に手渡す。どうやら、茅は、双子の見分けがつくようだった。
「……はい。それは、かまいませんけど……」
 茅からノートパソコンを受け取った酒見純は、怪訝そうな表情で茅に聞き返した。
「こんな胡散臭いの、あのマンションに入れちゃって、いいんですか?」
 ……お前がそれをいうか……と、東雲は思ったが、もちろん、そんなことを考えているとは、口にも態度にも出さない。
「いいの」
 茅は、簡潔に答える。
「下手な真似をしたら、三人がかりでお仕置きなの」
 茅のその答えを聞いた途端、酒見姉妹は声を揃えて、
「……おおー……」
 と、
「……ああー……」
 の中間のような、感嘆の声を上げる。
「「……そうですね。
 それは、楽しみなのです……」」
 そういって二人は、東雲には理解できない理由で、しきりに背中に片手を回した。
 ……いったい、何がどう楽しみだというのだ……と、東雲は思った。




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彼女はくノ一! 第五話(268)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(268)

「……はい。茅?
 うん。そっちは一段落ついたのか。そうか。
 うん。うん。
 ああ? ああ……そう、だな。
 確かに、そろそろ、人が多くなってきたし……うん。うん。
 わかった。そういっとく。
 じゃあ、徳川はもう少しで来るんだな……ああ。うん。
 わかった。
 え? 
 まあ……茅がそういうのなら、おれは別に構わないけど……うん。うん。
 じゃあ、そういうことで……」
 通話を切って携帯をポケットにしまうと、楓と孫子が何かいいたそうな顔をして荒野を見つめていた。
「……茅から。
 雪かきの方は順調に進んでいる。
 もう終わりが見えてきたから、これ以上の増援は必要ない。
 徳川が、このドラム缶もって、あと三十分くらいこっちに来る。
 予算が足りないのなら、必要な費用は徳川が持つそうだから、みんなに振る舞うこれみたいなのを、もっと用意してくれ、って……」
 荒野は、その場にいた楓と孫子に、ドラム缶の炭火コンロとその上に乗っている甘酒の鍋を指す。
「……それ、無料で差し上げていますの?」
 まだここに着いたばかりで事情をよく把握していない孫子が、荒野に問い返した。
「そうなんだよね」
 荒野は、頷く。
「……これは、玉木がかけ合って商店街に原料の実費、負担して貰っているわけけど、徳川は、この際だから、金に糸目をつけずにどんどんやれ、といっている……」
「……乗りましたわっ!」
 孫子は、いきなり大声を出す。
「……なんだよ、いきなり……」
 荒野は、少し身を引き気味にしながら、尋ねた。
「その話し、わたくしも便乗しますわっ!」
 孫子は、勢い込んで荒野に説明する。
「せっかくイベントですものねっ!
 最後の週末くらい、景気良く大盤振る舞いいたしましょうっ! うちの会社の宣伝も兼ねてっ!」
「……才賀の場合、後半のが主目的なんじゃあ……」
 荒野の呟きは、孫子に無視された。
「……楓も手伝いなさいっ!
 そうと決まれば、今から、材料の買い出しに行きますわ……」
 孫子は、「あの、えっとぉ……」とか口ごもっている楓の腕を引いて、商店街の方向にずんずん歩いていく。時刻的に、多くの店舗は店を開けたばかりであり、人通りはまだ、本格的に多くはなっていなかった。
「……大丈夫かな、あいつら……」
 荒野は、アーケードの奥に消えていく二人の背中を見つめて、鍋につっこんだおたまを廻しながら呟く。

「……あ、あの……」
 孫子に強引に連れ去られた楓は、戸惑い気味に孫子に声をかける。
「材料……向こうと同じものでも芸がないから、お汁粉にでもしようかしら……それと、大きめのお鍋もいくつか……」
 楓の腕を引きながら、ぶつぶつとそんなことを呟いていた孫子は、楓に声を掛けられて振り返る。
「なに?
 みんなの役にたつのが、不満なの?」
 心底怪訝そうな顔をして、孫子は楓を振り返る。
「……いえ……そういう、わけでは……」
 楓にしてみれば、孫子がわざわざ自分を引っ張ってきた、という事実が不審なわけだが……楓の性格だと、当の本人に面と向かってそういうわけにはいかないのだった。
「あっ!
 でも、何をやるにせよ、玉木さんに連絡して、了解をとっておいた方が……」
 そこで楓は、慌てて話題を変える。
「……やっほぉー! 呼んだかぁいっ!」
 ちょうどその時、スコップを担いだ玉木が近寄ってきた。後ろに、数人のボランティアスタッフを従えている。
「商店街周辺部隊、無事任務完了して、荒野君ところに帰投して、甘酒で乾杯しようと移動していたところなんだけど……」
「……いいタイミングですわ……」
 と、孫子は勢い込んで、玉木に説明しようとする。
 が、玉木は掌をかざして、
「ちょっと、待ってね……」
 と孫子を制止して後ろを振り返った。
「みなさーんっ!
 今日はご苦労さまでしたぁっ!
 おかげさまで、商店街周辺の道はすっかりきれいになり、お年寄りでも安心して歩けるようになりましたぁ!
 駅前広場のステージ脇に、心尽くしの甘酒を用意していますので、そこでスコップを置いて、多少なりとも体を温めてお帰りください。
 大きな雪だるまの脇で、白っぽい髪をした男の子が鍋をみているので、すぐに分かると思います!
 今日は、本当にどうもありがとうございました……」
 玉木は深々とボランティアスタッフたちに頭を下げる。
 ぞろぞろと玉木や孫子、楓の脇を通って駅前広場に移動していくボランティアを見送ってから、玉木は、改めて、孫子に向き直った。
「……で、なんの話だったっけ?」

「……ん。
 わかった。多分、問題はないと思うし、むしろ歓迎されると思う……」
 孫子の話しを一通り聞いた玉木はそういって、頷いた後、
「問題があるとすれば……もうちょいとすると、ぎっしりと人が集まって、そのドラム缶コンロの置き場所を確保することが難しくなるってことだねー……。
 トクツー君、いつくるって? あと、それ、いくつ持ってくるの?」
「……ええっと……」
 楓は、先ほどの荒野の話しを思い返す。
「……さっき、話ですと……三十分前後、とかいってましたから……あと、二十分くらいですか?」
「……今、確認してみます……」
 楓が答える間にも、孫子は携帯で徳川を呼びだしている。
 短い応答の後、すぐに通話を切り、孫子は玉木に振り返った。
「到着は、十分後。ドラム缶の数は、あと五個」
「十分なら、なんとかなるでしょっ……」
 玉木は、頷く。
「わたしは、交渉して置き場所を確保してくるから、お二人は、アーケードの入り口でトクツー君を出迎えて……。
 んで、到着したら、連絡くらはい……」
 早口でそういうと、玉木はきびすを返して去っていった。

「……後、は……」
 玉木が去ると、孫子は再び携帯電話を取り出して、どこかにかけながら、アーケードの覆いが尽きるはずれの場所まで歩き出す。
「あ。おはようございます。才賀です。
 今日は、折り入って頼みたいことがありまして。
 いえ。そんな大層なことではないんですよ。ええ。ちょっと商店街の方で……」
 などという調子で、孫子は二回、通話をしていた。
 そして、通話を切ってから、
「今……柏と飯島を呼びました。
 あの二人を呼べば、男子二名も来る筈なので、五カ所のカバーは十分に出来る筈です……」
 と、楓に説明する。
 五カ所、というのは、新しく到着するドラム缶コンロの数のことだろう。
 それからいくらもしないうちに、徳川のトラックが到着する。
 トラックが停車する前に、孫子は素早く携帯を操作しメールで玉木に「徳川、今、到着」といった内容を送信し、それから、楓と一緒にトラックの荷台からドラム缶を降ろすのを手伝う。
 荷台から路面まで板を渡し、その斜面をひとつひとつ、徳川、敷島、楓、孫子の四人掛かりで転がして降ろしていく。
 実は、徳川を除く三人にとっては、中身の入っていないドラム缶程度なら、特に問題なく担いでいけるのだが、人目がある場所でそういう行動を行うわけにもいかない。
 ましてや、孫子と敷島は、スーツ姿だった。
 虚弱な徳川など比較の対象にもならない身体能力を持つ少女二名と性別不明一名は、せいぜいか弱い素振りをしてみせねばならなかった。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(184)

第六章 「血と技」(184)

「……有働……」
有働の質問に一通り答えると、茅は、ひとかたまりになってなにやら会話しているテン、ガク、酒見姉妹を指し、
「……シルバーガールズ、ちゃんと撮影して。
今なら、子供たちの注意が、東雲に向いているの……」
「……はい」
有働は茅に軽く頭を下げて、校庭の中央に向けて駆けだしていった。
 気分が、奇妙に軽かった。
 ああいう人たちのためなら、苦労のし甲斐もある……と、有働は思う。
 茅も、荒野も……正義とか抽象的な大義名分の為ではなく、あくまで今後の自分自身の生活を確固たるものにするために、頑張っている。
 彼らは……あれだけ、数々の卓越した能力を持ちながら……結局、望んでいるのは平穏な生活だけなのだ。
 有働は、放送部員たちを集めながら、そんなことを考えている。

 有働たち放送部員はテン、ガクと軽く打ち合わせをして、本格的な撮影に入った。これまで、シルバーガールズ関係の撮影は、徳川の校場内か、少し前、商店街アーケード上とか、特殊な条件で、ということがほとんどだった。
 白昼の自然光の元で、準備万端整えて、というのは、放送部員たちにしても、実は、ほとんどこれが初めてのことであり……しかし、これまで劣悪な条件下での撮影に慣れていた放送部員たちにとっては、これまで足枷となっていた様々な要件が外れたことにより、より自由な絵造りができる、ということに対する喜びの方が、大きかった。
 これまで決して少なくはない場数を踏んできた放送部撮影班の手並みは、この時点でかなりスムースなものになっている。
 テンとガクの方も、撮影されることに慣れはじめていいたため、その日の撮影作業はスムースに進行した。

 校庭で撮影作業を進行している中、茅が呼び戻したスコップ部隊が続々と帰投しはじめる。
 時刻も昼に近づき、周辺の登録ボランティアスタッフも続々と参加しはじめていたため、先行していた人員はこれ以上の必要なし、と判断し、また、この小学校から借りた備品も確認しておきたかったので、茅が引き上げさせたのだった。
 この頃になると、雪かきを必要とする場所の面積と比較して、参加する人数の方が格段に多くなっていたので、参加希望や終了報告メールへも返信も、自動で処理できるようになっていた。
 これまで、茅が返信してきた経験を元にして汲み上げたマクロを、すでに大方の連絡に自動で対応できるようになっており、茅が直接返信の文面を書く例外的な処理は、ほとんど出てこないようになっていた。
 今回の事例で、突発的に大量の人員を動員する作業が発生した場合の処理ノウハウが、いくらか蓄積できたな、と、茅は思う。
 帰ってから、データや人の流れに無駄がなかったのか、もう一度検証してみる必要はあったが……いきなり、これだけ大規模な作業を行ったにしては、スムースに事態を進行させることができた、と、思う。
 徳川や一族の者たちが、率先して仕事に手をつけてくれた、という要因が、やはり大きいだろう。
 初期の段階で、「誰かがすでに手を着けている」、という既成事実を作ってしまったのは、群集心理を考えると、やはり大きい。
 先行した鉄板部隊やスコップ部隊が活動していた現場は、それに、除雪した後の様子は、この付近に住む多くの人に目撃された筈であり、そのことは、すでにボランティアに登録済みの人々はもとより、そうではない、まったく無関係の地域住民にも、それなりにいい印象を残した筈だった。
 荒野や茅の本来の目的を考えると、事実上、初回ということを考えれば、かなり良好な成果を上げることができた、ということになる。
 少なくとも茅自身は、今回の件をそう評価していた。

 茅が戻ってきたスコップの数を確認している最中に、徳川たちの鉄板部隊が、当初予定していた作業を完遂して帰投してきた。
「……これで、この付近の主だった歩道は、だいたい問題なく通行できるようになったのだ……」
 そういって徳川は、校庭の角に駐車していたトラックの荷台に鉄板を片づけさせる。
「それでは、少し休んでから、わたしたちの学校も、ここのようにしておいて欲しいの」
「そうだな」
 茅がそういうと、徳川は素直に頷いた。
「今までの例でいくと、校門から玄関まで道をつけるのなら、二、三人もいればすぐに終わるのだ」
 徳川も、今回の件で一族の者のタフさ加減を実感している。
「……他には?
 やることは残っていないか?」
 徳川は、茅に聞き返した。
「後は……そう」
 珍しく、茅は数秒、考え込む。
「それも終わったら……一度工場に戻って、例のドラム缶を駅前に持っていって欲しいの。
 一般人のボランティア要員にも、活躍する余地を残しておくべきだし……」
「……なるほど。
 炊き出しの強化か……」
 徳川は、頷く。
「……足元は確保したから、地元客も商店街に行きはじめるだろうし……。
 そうだな。
 どうせ、イベント最後の週末だし、せいぜい、派手に振る舞うのだ……」
「ボランティアの人たちにも、駅前にいけば熱い飲み物が用意されている……と、同報メールっしておくの」
「半分、客引きなのだ」
 徳川は、苦笑いする。
「この寒い中、その程度の見返りで、実際にあそこまで足を運ぶ人も少ないと思うが……」
 とか、ぶつくつさいいながらも、徳川は、
「……もし、材料が足りなくなるようなら、金は出すから、遠慮なく派手にやれ、と駅前の連中に伝えるのだ……」
 と、茅に言い残し、休憩していた一族の中から希望者を数人募って、敷島と一緒にトラックに乗り込み、去っていった。

 その後、撮影がひと段落したテンとガクが茅のそばに来て、
「他に、撮影しておくようなことはないか?」
 と尋ねた。
 茅は、
「シルバーガールズが、ボランティア活動に従事している映像も欲しいの」
 と、即答する。
「……あっ! そうだっ!」
「肝心なのを、忘れてた」
 茅に指摘されて、テンとガクは、同時に声をあげる。
 シルバーガールズは、もともと、そちらのマスコットでもあり……「特撮番組」としてしか捕らえていなかった二人は、そのことを失念していた。
 そんな二人に戻ってきたばかりのスコップを手渡す。
 そんなわけで、放送部撮影班とシルバーガールズの二人も校門から外に出ていく。

「……みんな……」
「……行っちゃいましたね……」
 残っていた酒見姉妹が、茅にそう声をかけた。
「……ところで、あの人は……」
「…ーいつまで、ああしておくんですか?」
 そういって双子は、校庭の真ん中に立ち尽くす東雲目白を指さす。
 東雲は、あれから一歩も動けないまま放置されていた。最初のうち、子供たちも面白がって雪をぶつけていたものだが、東雲が単調な反応しか返さないのですぐに飽き、じきに、誰にも相手にされないようになった。
 そのまま雪まみれになって、為す術もなくずっとそこに立ち尽くして現在に至る。
「……東雲の存在は、優先順位が低い案件だから、意識の角においやっていたの……」
 茅はそういって、東雲目白にかけていた暗示をすべて解いた。
 体の自由を取り戻した東雲は、その場にがっくりと膝をつき、
「……姫さんは、並の術者よっりもよっぽどたちが悪いや……」
 と、ぼやきとも負け惜しみとも受け取れる事をいって、盛大にくしゃみを発した。




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彼女はくノ一! 第五話(267)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(267)

 茅の意識のほとんどは、現在、この町を盤面にして進行しているゲームの方に集中している。
 投入可能な人員が、いつ、どこに発生するのか、分からない。また、一時は協力してくれた人がどういうタイミングで離脱するかも、まるで読めない。ボランティアとして行っている以上、命令や強制はするべきではなく、去就のタイミングは参加者個個人に任されている。加えて、参加者各位の現在地や移動範囲もバラバラ。
 作業の進行状況も、そうした各種条件により変化してくるわけだが、その「各種条件」を決定するためのパラメータは膨大であり、また、相互に影響しあっている。
 例えば、現在二手に分かれて稼働している鉄板部隊が通った後なら、徒歩での移動は比較的容易になっているが、その他の地区はまだ雪が放置されているため、車両などを使わない限り、長距離の移動には向かない。
 そこで、鉄板部隊には、できるだけ広範囲に動いてもらって、まず移動をスムースにしてもらい、各所に散らばって即席の班を編成しつつある参加者には、手近な歩道や路幅の狭く車両の通行量が少ない道、余裕があれば、周辺世帯の玄関先から行動までを、順次片づけて貰っていた。車通りの多い道は、多少雪が残っていても、すぐに踏みつぶされるだけで、放置していても問題は少ない。
 人通りや車通りが少ない道で、雪がそのまま凍り付く、というパターンが、歩行者転倒事故の原因になりやすいので、雪が新しいうちに片づけるのが望ましい……。
 茅は、そうした複雑な条件を考慮しながら、刻々と着信する膨大な「作業報告」に返信し、その報告に基づいて手持ちのデータに修正を加え、そうして修正した情報に基づいて新たな指示を送る、という行為を繰り返す。

 その途中、茅が「東雲目白」として認識している存在が、茅の知覚圏内に侵入し、周囲の人々の感覚に干渉して、自身の存在をくらましている……のを、茅は関知した。
 茅は、以前から想定していた「佐久間系の術者が干渉してきた場合」の対処法を検索し、数羽種類かある中から、即座に現状に最も適したものを選択、若干のアレンジを加えて実行する。
 目下のところ、茅の判断処理系リソースのほとんどは、ノートパソコンとメールを通して行われているゲームのために裂かれている。そのため、茅は自分の処理系リソースを無理に分割し、以前より用意していた対処法サブルーチンを自動的に走らせる。
 つまり、茅は、意識のほとんどをボランティア活動の管制に集中させながら、東雲目白に気付かれないように、その処理系に接触、ろくに内部を操作しないまま、東雲の意識下に「他者への攻撃行動の禁止」、「茅との距離が五メートル以内になったら、その場で、自力で移動すること禁止」、というコマンドを書き込む。
 以前、茅の目の前で佐久間源吉がしていた事を、少しアレンジして再現しているだけなので、この程度の処理なら、あまりリソースを裂かずに実行できる。
 また、予想していた「東雲目白」の抵抗も、なかった。
 東雲は、茅が佐久間系の資質を持っている、という情報を握っていないのか、それとも、そうした情報を得ていた上で、なんの教育も受けていない茅が、そのまま佐久間の術を使う、ということを「ありえない出来事」としてはなっから除外しているか……とにかく、まるで警戒していなかったの明らかで、おかげで茅は、そうした仕事を拍子抜けするほどやすやすと実行することが出来た。
 そうした東雲の無防備さと、以前、佐久間現象がみせた反応からみても、「術者としての教育を受けていない佐久間」が、佐久間としての技を行使する、というのは、「ありえないこと」である、というコンセンサスがあるのではないか……と、茅は推測し、その事項を記憶に止めた。
 予測していた東雲の抵抗がなかったので、茅はさらに、東雲の意識に「雪玉が当たったら、両腕を上げて鳴き声をあげる」というコマンドも書き加える。

 そんなわけで、東雲目白が実際に茅のそばに来てて、東雲自身がそうと意識しないまま、茅が書き込んだコマンドに従って足を止めた時も、茅は安心して作業に集中することができた。
 茅の中では、その時点で「東雲目白の案件」は「処理済み」として区分されていた。

 その後の推移も、茅の予測を越える事態は起こらず、これまた予測の範囲内の反応を示した有働との会話の後、茅は、「東雲目白が佐久間系の術者として水準的な能力を持つのなら、佐久間の術者の知覚半径は、茅よりも狭く、また、感度も鈍いのではないか?」という疑問を、脳裏に書き込む。
 他の佐久間系の術者に接触するまで、実証が不可能な仮説だったが、この仮定が「真」であるとするならば、今後、茅は佐久間系の術者に対して、大きなアドバンテージを得ることになる。
 今後、検証する機会があったとしても、その結果に関しては、出来るだけ秘匿すべきだ……と、茅は判断する。
 手の内は、可能な限り晒さない。手持ちのカードは伏せたままの方が、ゲームをこちらの有利に進行する事が出来る。

 こちらの「大きなゲーム」の方は、茅と荒野の未来がかかっているのだから、茅としてもそれだけ真剣に取り組まなければならない、のだった。

「……有働……」
 有働との会話が一通り終わると、茅は、ひとかたまりになってなにやら会話しているテン、ガク、酒見姉妹を指さす。
「……シルバーガールズ、ちゃんと撮影して。
 今なら、子供たちの注意が、東雲に向いているの……」
「……はい」
 有働は茅に軽く頭を下げて、放送部員たちを呼び集めながら、校庭の中央に向けて駆けだしていった。上背がある割に、機敏な動作だった。有働は、体が大きくおとなしい性格をしているからそう見られることが少ないのだが、実は運動神経も、そこそこいい。
 有働が呼び集めると、周辺に散らばっていた放送部員たちはすぐに集合し、しばらくなにやら話し合いをした後、機材やレフ板を構え直し、改めて本格的に、テンとガクを撮影しはじめた。
 今度は子供たちも邪魔をするということがなく、興味を持って撮影を見物する子たちが若干いた程度で、撮影は滞りなく進行した。

 それから小一時間ほどは、特に何事が起こるということもなく、おだやかに過ぎ去っていく。
 雪かきボランティアは、時間が経つにつれて参加人数が飛躍的に増大し、そうした人々の何割かは自宅からスコップなどの道具を持ち寄ってくれたから、状況はどんどん良くなっていった。
 何より、早い段階で鉄板部隊が主だった道を通してくれたことが、大きなはずみとなった。これがあったので、様子見をしていた人たちも、結果として多く参加してくれたのではないか……と、茅は推測する。
 ノートパソコンで進行状況を確認した茅は、頃合い良しと判断してこの小学校から持ち出したスコップを回収するよう、メールをうった。

 それと前後して、滞りなく校内での撮影を終えた一団が、茅に「後、何か撮影しておくものないですか?」と聞いてきたので、茅は「校庭での撮影が一通り終わったのなら、シルバーガールズが実際にボランティア活動をしているシーンを撮影して置いて欲しいの」と答える。
 この時点で、茅は、「シルバーガールズ」の件に深く関わっている訳ではなかったが、自主勉強会などの影響もあって、同じ学校に通う生徒たちの間では、「何か困ったことがあったら茅に聞け」という風潮が形成されつつある。
 また、茅がボランティア活動の実質的な指揮を取っているのは、この場にいる者にとっては周知の事実だった。
 茅の返答を聞いた放送部員たちは、
「……そうか……。
 もともと、そっちの方のマスコットだもんな……」
 と頷きあう。
 テンとガクは、ちょうど、スコップを担いで帰ってきた一族の者から、それを受け取り、撮影部隊を引き連れて、意気揚々と校門から出ていった。
「茅の護衛」を自認する酒見姉妹は、茅と一緒に残り、この頃には子供たちにも飽きられ、しかし、自分で動くことを封じられ、立ち尽くすばかりだった東雲が、ようやく茅にコマンドを解除された。
「……姫さんは、並の術者よっりもよっぽどたちが悪いや……」
 自由を取り戻した東雲は、その場にぐったりとへたり込んで、疲労がにじみ出る口調でそういった。




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 Amazonで検索しても他の著書がでてこないので、この人の発単行本、なんだと思う。別名義で描いていれば別だけど。
 この人は、人体の描き方が非常にしっかりとしていますね。

(詳しい内容を読みたければ、「↓continue」をクリックしてね) CONTINUE

「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(183)

第六章 「血と技」(183)

「……無防備でいる筈が、ないの」
 ノートパソコンから顔もあげずに、茅がいう。
 続けて、茅は、校庭の真ん中で雪合戦をしている子供たちに声をかけ、棒立ちになっている東雲を指さして、「このおじさんを、標的にしていいの」といった意味のことをいいはなち、有働に向かっては「東雲を、校庭の真ん中につれていけ」といった。手を引いていけば、それに逆らうことなくついていく筈だから、と。
 有働は、しばし躊躇っていたが、茅にじっと視線をあわせられるとひどく落ち着かない気持ちになり、そのうちに、「どうせ……雪遊び程度のことだし……」と思うようになった。
 結局、東雲の手を引いて、子供たちの近くにまで移動させる。
 最初のうち、棒立ちになって目ばかりをきょろきょろ動かしている東雲の存在をこわごわとみていた子供たちだったっが、一人の子供が意を決して雪玉を投げつけ、避けもせず、それをまともに受け止めた東雲が両腕を上げて「うぉおっ!」と叫ぶと、我も我もと東雲に向かって雪玉を投げつけた。
 雪玉が体のどこかに当たるたびに万歳をして声をあげながら、東雲は、その顔に「……何でおれは、今、ここで、こんなことをやっているのだろう……」と不審と不満が入り交じった複雑な表情を張り付かせている。その顔をみるだけでだけで、東雲が、本人の意思でそんな馬鹿なことをやっているのではないということは、明白に判断できるのであった。

「……あの人に、いったい、なにをしたんですか?」
 東雲の身柄を置いた後、とばっちりを受けないうちに、と茅のそばまで戻ってきた東雲は、茅にそう尋ねる。
「……茅の知覚半径内に、あの男が、自分の姿を見えないようして入ってきたの……」
 茅は、顔も上げず、手を動かしたままで、答える。
「……不審な行動だったし、茅も今は手が放せなくいので、何か仕掛けてくる前に、あの男の意識に枷を填めて、動きを封じた。
 ただそれだけのことなの……」
「……それは、つまり……」
 有働は、茅の言葉を頭の中で反芻し、なんとか自分なりに理解し、解釈しようと努める。
「……茅さんは、あの男に催眠術みたいなものを、かけた……ということ、ですか?」
「……茅が先手をとらなければ、茅の方が、あの男にいいようになぶられたの……」
 茅は、有働の言葉を、否定も肯定もしない。
「……それに、何かをしろ、と命じるより、何かをするな、と命じる方が、無意識の抵抗も少ない……。
 例えば、あの男は、ここで茅に声をかけるまで、自分の制御範囲内にいる人たちの知覚系に干渉し、自分の姿を知覚できないように操作していたの……」
 ここで、茅は有働の理解が追いつくのを待つように、間をおく。
 有働は、最前の出来事を慌てて思い返す。
 ……確かに、あの時……あの男自身が声を出すまで、有働自身を含む誰もが、あの男の接近に、気付かなかった……。
 有働が小さく頷くと、めざとくその動作を認めた茅が、先を続ける。
「……だから、茅は、あの男が何かを仕掛けてくる前に、あの男の意識に干渉して、あの男がここにいる誰かに攻撃することを禁止し、自分の意志では足が動かないようにし、雪玉が体に当たった時、腕をあげて吠えるように……書き込んだの」
 有働は、茅がいったことを反芻して、理解しようと試みる。
 少なくとも、今の出来事と比べた時……矛盾は、見られない。
「……それは、催眠とか暗示に近いものですか?」
 押し出すような声で、有働が茅に聞き返す。
 問題は……。
「機能としては似ているけど、もっと根本的で大きなチカラ……佐久間の技、なの……」
 ……そうしたことが、茅に可能だと仮定すれば……有働が、常識だと思っていた世界が、根底から否定されることだった。
 荒野や楓、テン、ガクとが、どんなに非人間的な能力を発揮したとしても……それは、あくまで普通の人間の能力の延長上にあった。質的な変異、というよりは、量的な増大であり……非常識な能力である、ということに変わりはないとはいえ、それでも、なんとか納得はできる。
 しかし、他人の意識にまで干渉する……あの男がやったように、本来なら見えている筈の自分の姿を、他人の意識に干渉して「見えないもの」として意識させたり、茅があの男にしたように、自分の意志では足を動かせなくしたり、特定の条件を満たした時に指定された動作を行うように設定したり、といったことは……こうした操作は、断じて常人の能力の延長上にはない能力、といえた。
 有働が知っている概念の中で、そうした能力に最も近い例は……。
「……一種の、ESP……なんですか?」
 言語を介せずに意志の疎通を図る、というテレパスの能力に、近いような気がする。
「わからないの」
 茅は、素っ気なく答える。
「実在するエスパーと接触した経験がないから、異同の比較もしようがないの。
 文献で見る限り、ESP能力者とされる人々が出来ることは、もっと限定されているようにも思えるし……。
 あるいは、そうした人々も、的確な修練を積めば、佐久間と同じようなことが出来るのかも、知れない……」
 茅の返答は淀みがなく、遅滞は見られない。
 おそらく、茅自身も、何度もそのことについて考察を重ねてきたのだろう。
「なんで……ぼくには、そこまで率直に話してくれるんです?」
 有働は、そう尋ねる。
 茅は……どうも、あけすけに語りすぎる、という気も、した。
 茅がそうした能力を持っている……という事実が周知のものになったら……どういう反作用が起こるのか、予測できない。
 その気になれば、自分を意のままに操れる……と、分かっている相手と屈託なくつき合えるほど、精神的に成熟した人間は、どちらかといえば、少数派だろう……。
「有働は、知らなくてはならない。
 茅や荒野たちのことを、世間に広める、という仕事を、自ら進んで選択したのだから……」
 茅の返答は、率直だった。
 有働が「知ること」を望んだから、茅も、伝えるべきことを伝えているのだ……。
「それは……責任重大、ですね……」
 有働としては、そう答えるより他、ない。
 茅の信頼に、どう応えるべきか……改めて、真剣に考えなくてはならない……と、有働はそう思った。
「それは、有働の仕事なの」
 茅は、にべもなく、そう言い放つ。
「茅の重要時は……一族の確執に捕らわれることでも、一般人社会の偏見に対処することでもなく……そうした障害などでビクともしないほど、強固な足場を築くことなの。
 そのために、ここの人たちのために役立つこと、出来ることしている……それが、現在の茅の再重要課題なの。
 それを邪魔しにくる者は……ああいう目に遭うの」
 ああいう目、とは……現在、雪まみれになってがおがお騒いでいる、東雲とかいう人のことだろう。
 茅は茅なりに……自分の居場所を作ろうと、努力している。
 他人に尽くすことで、自分たちの存在を認めさせようと、している。
 だから、こうして話している間にも、手を休めることがない。
 動機としては利己的だったが……同時に、合理的で前向き、合目的な行動指針だ……と、有働は思う。
 茅は……まっすぐなんだな、と、有働は思った。 





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エロマンガ・スタディーズ

一言でいって、「労作」である。
エロマンガ・スタディーズ―「快楽装置」としての漫画入門 エロマンガ・スタディーズ―「快楽装置」としての漫画入門
永山 薫 (2006/11)
イーストプレス

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 いったい、これ一冊を著すのに、どれほどの時間と労力を必要とするのか……少し想像を巡らせるだけで、軽い目眩を感じる。 CONTINUE

彼女はくノ一! 第五話(266)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(266)

 校庭開放日、ということで、近所の子供たちが集まってきたこともあり、そのまま雪合戦になだれ込んだ。派手なコスチュームに身を包んだテンとガクはいい標的だったし、一緒にいた酒見姉妹まで巻き添えを食らい、否応なしに引きずり込まれる。校庭開放日に集まってくるのは、この小学校に通っている生徒たちや、その子たちの弟や妹なわけで、当然のことながら、年齢が下にいくにつれて遠慮とか分別というものがなくなってくる。
 母親と一緒に商店街に買い物にいったことのある子供たちにとって、「シルバーガールズ」のコスチュームは見覚えのあるものだった。普段、ディスプレイの中でしかお目にかかれない、派手なコスチュームが目の前に現れたら……いろいろ構いたくなる……というのが、子供なりの心理というものである。
 加えて、この日は、珍しく雪が積もっており、子供たちの心も一様に浮き立っている。結果、テンとガク、それに一緒にいた酒見姉妹は、一緒くたにいい標的になり、標的になった方は、まさか子供のすることに本気を出して避けたり反撃をしたりすることもできず……結果、力や速度を意図的にかなりセーブした上で、反撃する、ということになる。
 いつの間にか、テンとガク、それに酒見姉妹を加えた四人、対、近所の子供たち、という構図が、できあがっていた。
 時間が経過するうちに、子供たちの数が増え、少し後には、放送部員たちも合流した。

「……注目っ!」
 校庭の隅にある備品倉庫でノートパソコンを広げていた茅が、よく通る声で全員の視線を集めたのは、集まってきた子供たちが少し疲れてきて、雪合戦から脱落し、校庭に積もっていた雪で遊びはじめた頃合いだった。校門と校舎入り口を繋ぐラインは除雪していたが、それ以外の場所は手つかずのまま放置されているので、雪には不自由しない。
「このおじさんが、みんなと遊んでくれるそうなの……」
 茅はそういって、傍らで硬直している東雲目白を指さした。
「……有働。
 このおじさんを、みんなの前に連れて行って。
 手を引けば、自分で歩るけるから……」
 そういわれた有働は、少しの間躊躇うようなそぶりをみせたものの、茅にじっと目線を合わせられて、しぶしぶ、といった感じで、東雲の手を引いて校庭の真ん中の方に導いていった。
 有働に手を引かれて歩いている間にも、東雲は、茅と有働の間で忙しく目線を彷徨わせていた。有働に引かれるままに歩いているのも、その感の何か言いたい、けど、何もしゃべらないし出来ない……といったな表情も、見ていて、実に奇妙な感じだった。
「的にするといいの。
 当たると、がおぉーって吠えるの……」
 茅がそういうと、相変わらず抵抗らしい抵抗をしない東雲の顔が、さらに引き攣った。
「このおじさんは……茅の仕事を邪魔しようとしたから、運動野だけを麻痺させたので、反撃できないの……」
「……そういう、ことか……」
 茅のその言葉を聞いて、テンが納得したような表情になった。
「……どういうこと、です?」
 酒見姉妹のうち一人が、不思議そうな顔をして、テンに尋ねる。
「あのおじさん……茅さんにちょっかい出そうとして、逆に、ああなった」
 テンは、解説する。
「茅さん……見よう見まねで、佐久間の技も一部、使えるんだけど……。
 そのこと、あのおじさん、知らなかったんだね……。
 だから、思いっきり油断した状態で、無防備のまま、ちょっかいだそうとし……そのまま、返り討ちにあったんだと思う……」
 茅さん……怒らせると、怖そうだからなぁ……と、テンは嘆息する。
「……見よう見真似……」
「佐久間の技の一部、って……」
 酒見姉妹は、二人揃って別なところで呆れて絶句している。
「「……わたしたち……それ、初耳ですけど……」」
「……そうだろうね……」
 テンは、呆気なく頷く。
「そのことは……ほとんど、知っている人、いない筈だし……」
「ボクも……すっかり忘れてた……」
 ガクも、酒見姉妹に劣らず、驚いている様子だった。
「確かに……ずっと前、見たことは忘れない、分析して、何度も頭の中で練習して……そして、出来るようになる……って、そんなこと、いっていたような気がするけど……」
「そのこと自体は……ボクにも、できるんだけど……」
 テンは、ガクの言葉に補足する。
「ボクの場合、頭の中で反復するより、実際に体を動かした方が、早いんだよね……。
 体ができてないと、とっさの時、うまく動けないし……」
 ……そうだろうな……と、ガクと酒見姉妹は、テンの言葉を、素直に飲み込む。
 自分自身でも、そうした反復練習で技を身につけてきた三人には、実際に体を動かすことの重要さを、「体で」知っている。
「ただ……佐久間の技の場合、反復練習することで身につくような技なのか、ボクたちにはよく分からないし……それ以上に、その手のことを学習するのに必要な感受系が、ボク自身は、まだ育っていないらしい……。
 神経のどこかのスイッチが、まだ入っていないというか……」
 その辺のテンの呟きは、ほとんど独白に近いものであった。
 自分と茅との一番大きな違いは、そうした「センサーの精度と質」だと、テン自身は考えている。
 以前、茅が話してくれた所によると、佐久間の技は……言語などに置き換えて教えることが難しい性質のものらしかった。
「……頭の中で……」
「何度も、反復……」
 酒見姉妹は、テンとは別のことを考えている。
 以前、自分たちが、身体能力では数段劣る茅に破れた理由……あのときも、茅は……そんなことを、いってはいなかったか?
 確かに……思考の中で、どんなにシミュレーションを繰り返しても……体は、その通りに動いては、くれない。
 しかし、逆にいうと……身体能力に頼らない方法であれば、データさえ揃っていれば、事前に何度もリハーサルを行って事態に臨むことができる茅は……多くの局面で、かなり有利に事態を進められるのではないか?
 特に……相手が、茅のことを見くびって、油断している場合は……。
 今回の東雲目白のように……あるいは、以前の酒見姉妹のように……。

 四人がそんな会話をしながら、それぞれ、物思いにふけっている間にも、子供たちは、為す術もなく立ちつくす東雲目白に、容赦なく雪玉をぶつけている。
 東雲目白は、雪玉を避けもせずに、自分の体に冷たい塊がぶつかるたびに、世にも情けない表情のまま、両腕を掲げて、「がおぉ。がおぉ」と声を上げている。
 すっかり、茅の術中に嵌っているようだった。

 東雲目白の体は、すぐに雪で真っ白になった。





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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(182)

第六章 「血と技」(182)

 有働たち放送部員が除雪された歩道を経由して小学校に入った時、そこではすでに、近所の子供たちと「シルバーガールズ」の格好をしたテン、ガク、それに酒見姉妹までが一緒になって、雪合戦を開始していた。
 テン、ガク、それに酒見姉妹の四人は、実に無邪気な様子で近所の小学生たちと戯れている。
「……ええと……あれ……」
 放送部員の一人が、戸惑った表情で嬌声をあげながら無心に遊んでいる子供たちを指さす。
「……録って、おきましょう」
 有働は、落ち着いた声で答える。
「ぼくは、ああいうのにあまり詳しくありませんけど……シルバーガールズに、ああいうシーンが入っていると、それだけ感情移入しやすくなるんじゃないでしょうか?」
「……なるほど……」
 放送部員たちは納得した表情で頷きあい、撮影の準備をしはじめる。
 しかし、子供たちにとって、放送部員たちの事情などは知ったことではなく、それ、新しい標的が来たぞ、とばかりにカメラやレフ板を構えた放送部員たちに雪玉を投げはじめる。ひどいことに、テン、ガク、それに酒見姉妹の四人までがそれに乗じて放送部員たちに雪玉を投げつけはじめた。
 逃げまどったり、めげずに撮影の準備を続行したり、雪玉を投げ返したり……と、放送部員たちの反応は、それぞれだったが、しばらく時間が経つうちに、雪合戦をしていた子供たちに混ざって適当に雪玉を投げ返したり、レフ板を盾にしたりしながら、時折、散発的にカメラを廻すようになった。

「……ま、いいか……」
 少し離れたところでみていた有働は、事態がそのように推移したのを見届けてから、独り言をいって頷いた。
 ……距離を取りすぎるよりは、当事者の一人として、現在進行形のこの事態に関わる……というスタンスの方が、おそらくは……正しい、のだ……と、そう思う。
 それに……テン、ガク、それに酒見姉妹を含めた四人は、すっかりリラックスした表情で、他愛のない遊びに興じている。
 テンとガクはともかく、酒見姉妹は……有働も、せいぜいここ数日の姉妹しか知らないわけだが……それでも、はじめて顔を合わせた頃のあの双子は、とても張り詰めた、硬い表情をしていた。
 自分たち以外は、全て敵だ……とでもいいたいような眼で、周囲を見渡していた。それが、今では……周囲に感化されたのか、すっかり表情が軟らかくなっている。
 テンやガクも含めて……あんな活き活きとした表情なら……多少、乱れたカメラワークでも、編集次第では、いい映像素材になるだろう……と、有働は思う。
 しばらく、その騒ぎから距離を置いて校庭の隅をぶらついていた有働は、しばらくしてからようやくシャッターを開け放した倉庫の中で茅が蹲っているのを発見し、近寄っていく。
 距離を詰めると、茅が膝の上に広げたノートパソコンを、猛烈な速度でタイピングしているのに気づいた。タイミングからいっても、茅は、ボランティア関係の人員配置作業を行っているのだろう……と、容易に見当がついた。
 一人で……それも、こんな所で……。
 と、思いながら、有働は茅に声をかける。
「……なにか、手伝えること、ありますか?」
「今は、ないの」
 茅は、顔も上げずにそう答えた。
「なにかして欲しいことができたら、呼ぶから……」
 そういいながらも、茅は、手を止めようとはしていない。
 茅ははっきりとは口にしなかったが、今は話しかけて欲しくない……という緊迫した雰囲気を放っていた。
「……そうですか……では、ぼくは……」
 ……向こうへいってます。何かあったら、声をかけて……と、いいかけた時……。
「……おおっー。
 すっげぇ、早いね……手の動き……」
 有働の背後で、軽薄な調子の声が聞こえた。
 有働が慌てて振り返ると、有働にとっては面識のない若い男が、立っていた。年齢的には、二十代半ばから後半、というところだろうか? 職業の見当がつけにくい雰囲気だったが、何となく、
『……どっか、都会の方から来たのかな?』
 と、有働は思う。
 垢抜けている……というのとは、少し違うのだが……この辺の素朴さとは馴染まないような複雑さを、その有働はその男が纏っている雰囲気から感じた。
「……いやぁ、商店街の方で、メイド喫茶っていうのに入っても良かったんだけど、もう列ができてて順番待ちだったし、考えて見りゃ、今朝のうちにメイドさんにはおいしいお茶ご馳走になっているかなぁって、思ってね……」
 相変わらず手を休めようとしない茅にも構わず、有働の背中を追い越してその若い男は、茅に近寄る。
「……戯れは、そこまでにしておきなさい、道化……」
 茅は、顔も上げずに呟く。
「茅は……今、もっと重要な、別のゲームを行っているの。
 道化の遊びにつき合っている余裕はないの……」
「……ほぉ……」
 その男は、大仰な動作で肩を竦める。
「姫様は……このわたくしを、道化とおっしゃいますか……」
「……一族のくびきから放たれ、己の欲望のままに動く存在……。
 ともすれば、危険な存在になりそうな者に、先代という人は、小埜澪の守り役という枷をはめた……。
 茅は、東雲目白という得体の知れない男のことを、そう考えているの……」
 茅は、作業の手を休めずに、淡々とした口調で話す。
「しののめめじろ」……というのが、この男の名前らしい……と、有働は思う。
 もちろん、この男と茅たちとの間に、今までどういう経緯があったのか、までは、有働には予測できない。
「……はっ、はっ……そいつぁ、買いかぶりだぁ……」
 茅に「しののめめじろ」と呼ばれた男は、茅の言葉を一笑に付する。
「わたしゃあ、お嬢のお守りくらいにしか、役に立たない男ですよ……」
「そういう謙遜は、今朝、荒野たちをまとめて相手に出来る、と公言した時の態度と矛盾するの」
 茅は、男の韜晦を一蹴した。
「自信家の癖に、自分の能力を見せびらかさない……。
 おそらく、東雲は……自分なら、たいていのことは切り抜けられる……と知っているから……ひどく、退屈しているの。
 先代、という人が、何らかの方法で、東雲に小埜澪という重しをつけたのも……放置しておけば、どこでどういうことをしでかすか、予測がつかないと感じたからだと思うの……。
 事実……今、東雲の姿は、テンやガク、酒見姉妹には、知覚されていない……」
 有働は、慌てて背後を振り返る。
 茅の言葉通り……不審な男が茅に近づいているというのに、四人は、相変わらずこちらの様子に気づかぬ風で、遊びほうけていた。




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彼女はくノ一! 第五話(265)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(265)

 その、少し前。
「……どうも、ありがどうなの」
「「「……ありがとうございまぁーすっ!!」」」
 茅と酒見姉妹、徳川、敷島、その他もろもろの一族の者は、総出で備品倉庫の鍵を開けてくれた小学校の校務員さんに頭を下げていた。
「いやぁ……別に、いいけど……」
 まだ若そうな校務員さんは、照れくさそうに頭をかきながら答える。
「どうで、今日も校庭の開放日だったし……学校の周辺の歩道だけでも、雪、のけてくれたの、助かるし……」
 校務員さんは、「……ちゃんと返してくれるなら、備品も好きに使っていいよ……」と茅たちにいった。
 校門から玄関まで、あっという間に雪をかきわけて道を作ってくれた人たちに、悪意があるとも思えない。
「その辺の管理は、徹底するつもりなの」
 茅はそういって、ACアダプターを取り出す。
「ついでに……といっては、なんですが……電気も、お借りしたいの」
 と、酒見姉妹が抱えるノートパソコンを指さす。
「あっ……それも、問題ないけど……。
 パソコン使うのなら、校内に入った方が……」
「ここでいいの」
 一族の者たちが倉庫の奥から束にしたスコップを抱えてくると、茅はざっと見ただけで総数を確認、校務員さんに「角スコップ三十五本、角丸スコップ二十八本、確かにお借りするの」と、口頭で伝え、その後、倉庫のシャッター脇にあったコンセントにACアダプタを差し込み、酒見姉妹から受け取ったノートパソコンにジャックを接続して、隅に丸めてあった体操マットの上に腰掛け、自分の膝の上にノートパソコンを置いて広げる。
「みなが、外で作業している時に、自分一人だけ、快適な場所にいるわけにはいかないの。
 ここから持ち出した備品は、持ち出した者が責任を持ってここに返すこと……」
 そういって、茅は、スコップを二本とか三本づつに分けて一族の者に持たせ、それが行き渡ったところで、一人つづにこれから行くべき番地を告げ、「そのまま、現地で雪かきを手伝って」と指示した。
 持ち出した備品をたらい回しにするよりは、そのまま使わせて戻させた方が確実だ、と、茅は判断する。茅は、荒野が持っていたリストの内容を丸暗記しているし、従って、これまでに会ったことがある一族の者の顔と名前も、全て把握している。また、今後の長期的なことも考慮すると、一族同士で固まって作業するよりも、「同じボランティア要員として」一族の者と一般人を混在して作業させ、接触する機会を作っていた方がよかった。
「到着した時と、そこでの作業が終わった時に、メールで連絡を入れるの」
 スコップを抱えて出て行く一族たちの背中に、茅はそう声をかける。
「徳川と敷島には、これから集まってくる人を何人か連れて行って、通学路を、鉄板で除雪……する作業を、指揮して貰うの」
 茅は、ここまで移動してくる時間を利用して、一族の者を十数名、メールでこの小学校に招集している。
 事実、出て行った者と入れ違えに、続々と一族の者たちが集結してきた。
 徳川と敷島は、茅と一緒にノートパソコンに表示させた地図を見ながら軽く打ち合わせをした後、四、五名づつの人員を引き連れて校門から出て行く。
 実際に鉄板を押すものと、前後を確認して通行人とかとかち合わないように監督する者を合わせると、それくらいの人数になる。
 それでも、残った若干名は、先ほどと同じく、二、三本のスコップを持たせて送り出した。
 いよいよ、この場に自分たちしかいなくなると、居心地の悪さを感じはじめたのか、酒見姉妹が、
「……あの……」
「……わたしたちは……」
 とか、茅にいいだす。
「校内の、細かい片付けとか……。
 それと、もう少ししたら、シルバーガールズとその撮影隊が来ると思うの……」
 茅は、ノートパソコンから顔も上げずに、そういう。
「……そっちの人たちが集まってきたら、合流して、手伝って……」
 茅は茅で、次々と集まってくる報告や要請を処理するのに忙しかった。

 成り行き上、そうしたてきぱきとした割り振り作業を目撃していた校務員さんは、完全にあっけにとられている。倉庫のシャッターを開けてからここまで、十分ほどしか経っていない。
『……なんなんだ……この子……この人たち、は……』
 と、そう思いながらも、「じゃあ、おれ、向こうに戻っているから……終わったら、声をかけて……」と茅にいって、その場から去っていった。

 スコップを抱えて先に出ていった人たちが、近所の人たちと合流して作業を開始した、という報告が続々と入りはじめる。それ自体に返信する必要はないのだが、各所の進行状況を予測し、その後の人員の割り振りを考えるのには、かなり頭を使う。
 流石にこの時間になると、ぼちぼち、眼を醒ましたボランティア登録者から「作業可能」という連絡も来はじめていて、その人たちの住所や所在地から行き先を割り振らねばならない。これなどは、いつそういった連絡が入るのか予想できず、また、参加可能な人数も、あらかじめ予測できるものではない。
 また、先行に作業に入っていたグループが、「他の場所も手伝いたい」と行ってきた時にも、適切な移動先を選択する必要がある。
 その場その場での判断力が必要な作業であり、茅にしてみても、それなりの集中を必要とした。
 人数や装備より、各所の進行状況を予測し、不足がある場所にフォローを入れ、全体の効率をよくしていく……という、町内を盤面にしたゲームに、茅はすぐに没頭していく。

 そうした中、テンとガクが校庭に到着する。
「ボクたち……とりあえず、何をすればいいの?」
 と問われ、酒見姉妹は、倉庫の方で管制作業に没頭している茅の方にちらりと視線を走らせる。
 今の茅は、声をかけるのも、憚られる様子だ……。
「……もうすぐ、撮影の人たちが来るそうですから……」
「……それまで、待機していてください……」
 結局、姉妹は交互にそういった。
「……あっ。そうそう。
 途中で有働さんたち、放送部の人たち、見かけた……」
「なんだ……。
 そういう用事なら、一緒にくればよかったな……」
 幸い、テンとガクは、簡単に納得してくれる。
 二人は「この学校に集合」という指示は受けていたが、具体的に何をする、ということは伝えられていなかった。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(181)

第六章 「血と技」(181)

「……ん?」
 携帯に着信したメールをみて、ガクは首を傾げた。
「行き先、商店街から小学校に変更、だって……」
 かって知ったる徳川の工場に入り、事務室で管理してある「シルバーガールズ」の装備を身につけたところだった。
「……行き先変更……にしても、早いなぁ……」
 テンが首をひねりながら、呟く。
 楓と別れた時間から換算しても、楓が駅前に到着してから、さほど時間がたっていない筈だった。
「茅さん……。
 見込みがついたから、先まわりしていろ、ってことかな?」
「……それはいいんだけど……」
 ガクは、鏡で全身を点検しながら、テンに話す。
「基本装備の実験もひと段落したし、そろそろ予備をいくつか家の方に置いておいた方がいいんじゃないかな……。
 必要になるたびに、ここまで着替えにくるっていうのも、効率悪いよ……」
「……そうだね。
 どうせ、多めに作っているし……」
 テンも、ガクの言葉に頷く。
「シルバーガールズ」の装備、特にプロテクタの部分は着脱式であり、互換性がある。つまり、塗装を気にしなければ、テンの装甲部をガクが身につけることも、その逆も可能な仕様となっていた。
 これは、装甲を破損した時に、短時間で新しいものに付け替えるのを可能にするため、ということと、それに同じものを数多く作ることで、一つあたりのコストを下げるためでもある。
 シルバーガールズの装甲部は、本体である着用者の身体を保護することが第一義であり、また、今までの経緯が証明しているように、磨耗率も激しい。
 原材料そのものはありふれた素材を使用しているが、それらを複雑に織り込んだりしてみかけの重量以上の強度を出す工法は、素材屋として経験を積んできた徳川の技術が結晶したものであり、将来の損耗も見越して、一度に大量に作っておく方が、何かと都合がよかった。
「防御は、これ以上重くなると、動きが鈍るから……」
「後は……武装だね……」
 テンとガクは、頷きあう。
「シルバーガールズ」の装備開発は、ほとんど徳川の土壇場だったが、だからといっテンやガクも、指をくわえてただ見守っていいたわけではない。使用者としての意見をフィードバックさせているのはもちろんのことだが、それ意外にも細かい意見を徳川に提出して、部分的に採用されている案もある。
 徳川の開発手法の実例を、間近に見ることができた……というのは、二人にとっては、かなり大きな意義を持つことになった。
 企画し、必要な仕様を決定し、設計し、試験を重ね、改良する……という、物作りに必要な一連の工程を最初から最後までつぶさに見学したようなものだった。
「……小学校かぁ……」
 何やら、感慨が籠もった口調で呟くガクを、
「ん?
 ボク、場所なら分かるけど……」
 テンが、不思議そうに振り返る。
「いや、そういうことではなくて、さ……」
 ガクは、珍しく口ごもる。
「その……この格好で、堂々と外にでるのも……初めてだなぁって……」
「……ああ……」
 そういわれて、テンも、感嘆の声をあげる。
「そういえば……この格好するのは……今まで、ほとんど、工場の中だけ……だったっけ……」
 実際には、あの襲撃の日、一度だけ商店街のアーケード上で、秦野の女たちと限りなく実戦に近い演習を経験しているのだが……あの時は、どさぐさまぎれにやってしまった、というのが正直なところであり、今回のように周囲の者に期待されて出たのでは、ない……。
 茅が、「この格好で外に出ろ」といった、ということは……いよいよ、この「シルバーガールズ」が試作段階を越えて、実用段階に入ったことを意味する。
「……いよいよ、だね……」
「うん。最初のうちは、マスコット役だけど……」
「将来、どんなことが起きても……」
「この力は、悪用しない……」
 テンとガクは、今まで何度も確認してきたことを交互に言い合い、最後に、
「「……シルバーガールズを、悪役にはしない!」」
 と、声を揃えて、工場の外に向かう。

 茅からのメールで呼び出された有働勇作以下放送部有志は、この積雪の中、近所の小学校へと急いでいた。
 なにぶん、雪が積もっているのでチャリンコでの移動もままならず、全員が徒歩、である。それもあってか、茅が召集したのは、全員が男子生徒だった。
『……気が利くというか、利きすぎるというか……』
 ビデオカメラとバッテリー、レフ板などの撮影機材を担いでえっちらおっちら集合して来た放送部員たちの胸中は、複雑だった。
 あちこちに散らばっている自宅から、くるぶしまで雪に埋めつつ、苦労して、いつもの倍以上の時間をかけてのろのろと進んできた放送部員たちは、集合地点に指定された小学校に近づくにつれて、きれいに除雪されている歩道が多いことに気付いた。
 車道は雪が積もったままで、歩道だけがきれいに除雪されている……という風景も、有働たちの目には、奇妙にうつった。除雪車が車道の雪を処理するところは、何度か見ているが……その逆は、あまりない。
 もちろん、除雪されていない道を歩くよりは、除雪された道を歩く方が楽だから、放送部員たちが一人、また一人、と集合するまで頃には、この「現象」を不可解に思う声が続出する。
「……これ、ひょっとして……」
 ボランティアの成果か?
 という言葉を出そうとして、飲み込んだ。
 放送部員たちも、登録しているので、遂一、茅が配信する同報メールにより、現在の状況は、かなり正確に把握している。
 人数は確保できても、除雪のための道具が不足しているため、先に人数を集中的に投入して短時間で片づけた(茅の公式発表では、そういうことになっていた)駅前付近などの例外を除けば、現在のところ、除雪作業は点在する地点で散発的に行われているだけ……の、筈、だった。
「……いったい、誰がやったんだ、これ……」
 というのが、集合してきた放送部員たちが、共通して抱いた疑問だった。
「……まあ……先を、急ぎましょう……」
 有働が、怪訝そうにお互いの顔を見合わせる部員たちの先頭にたって、小学校の校門を目指す。
 有働には、誰がこんな真似をしたのか、ほぼ推察がついていたが……どのみち、ここまでくれば、集合場所の小学校まで、いくらもかからない。
 ここで推測を口にするよりは、茅にあって、直接真相を聞いた方が早いだろう……と、有働は思う。
 そんな感じできれいに除雪された道を、有働たちがぞろぞろ歩いていくと、
「……やっほっー……」
「……おにぃちゃんたちー……」
 と叫びながら、「シルバーガールズ」のコスチュームを身につけたテンとガクが、軽やかな足取りで、
「「……先にいっているねー……」」
 と叫びつつ、有働たちを追い越していく。
 二人の速度は、決して非常識なものではなかった。二人の年頃の子供たちが、はしゃいで駆けだしている時の速度程度に抑えられては、いた……。
 が、それでも、二人が駆け抜けていったのが、雪の降り積もった車道であることを考えると、十分に不自然だった。
『……あの子たち……』
 なんか……はしゃいでないか?
 と、有働は不審に思う。
 撮影に関わっている関係で、有働たち放送部員たちは、二人の身体能力についても知っているのだが……それでも、白昼堂々、二人があの格好ではしゃぎ回っている光景にも……奇妙な、感慨を覚えるのだった。
『……そう、か……』
 準備が整ってきたから……一連の事態は、次のステージに移ったんだな……と、有働は不意に悟る。
 おそらく……茅が、そう判断を下し……一族やあの子たちを、徐々に人目にさらしていくように、仕向けているのだろう……と。




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彼女はくノ一! 第五話(264)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(264)

「……それで才賀、お前の方はどこへいってたんだ。こんな朝早くから……」
 荒野は、たった今、駅から出てきた孫子の全身をじろじろと眺めまわして、そういう。
 まだ、大半の商店街の店舗が開店する前だというのに、孫子は、珍しくもフォーマルな服装をきっかりと着込んでいる。しかも、駅「から」出てきた、ということは、日曜の早朝から、どこかに出ていた、ということだった。
 荒野でなくとも不審に思うだろう。少なくとも、その場にいた楓も、同じ事を疑問に思った。
「……ちょっと、うちの者たちが聞き分けがないので、待ち合わせをして、会議をしてきました……」
 それから行われた孫子の説明を聞いて、荒野と楓は軽い……どころではない、目眩を感じた。
「……するってえと、何か?
 才賀は……日曜の朝っぱらから、才賀グループの大物たちをこんなど田舎まで呼びつけたってか?」
 一通りの説明を聞いた後、荒野は眉間を軽くマッサージしながら、孫子に確認をする。
「……呼びつけた、なんて人聞きの悪い……」
 孫子は、例によって澄ました顔で答える。
「待ち合わせ、です。
 わたくしも近くのターミナル駅まで足を運びました。
 それに、それだけの価値があると思わなければ、わざわざご足労願いませんわ……」
 一口に「待ち合わせ」といっても……才賀グループの重役連中がここまで来るのと、孫子がこの駅から快速で二十分強で到着するターミナル駅まで移動するのとでは、移動するためにかかる時間と手間に、かなり格差があるだろう……と、荒野は思う。
 時間や手間、もそうだが……そうした人々の収入を考慮すれば、たかだか一学生にすぎない孫子と比較した場合……そもそも、「時間当たりの単価」が桁違いの筈だ……。
「……あの……そうまでした、用件、というのは……」
 楓は楓で、自分の祖父の世代と同年代の企業人を平気で呼びつける孫子の剛胆さに、ど肝を抜かれている。
「……ええ。
 本当に古い世代は、頭が硬いというか、提出した資料で優位性が明らかになっていても、なかなか認めようとしないというか……」
 などという前置きを長々としゃべってから、孫子は、
「……ガクが開発した特定個人の身体的特徴を識別するシステムを、売り込んでまいりました……」
 と、ようやく結論を述べた。
 荒野と楓は、なんといって良いのか判断しかねて、顔を見合わせる。
「……ちゃんと、外部の企業に評価試験をしてもらい、その結果もつけて売り込んだというのに、何かと理由をつけて決断を回避しますので、呼び……ではありませんわね、待ち合わせをして、軽く脅し……ではなく、ことわりを含めてきましたの……」
 ……実際に顔を合わせてみますと、みなさま、実に素直に快諾なさってくださいましたわ……と、孫子は、上機嫌に付け加える。
 ……これは、あれだな……と、荒野は思った。
 翻訳すると……「才賀本家の出」という、孫子の出自からくるコネクションをフルに使って……重役連中に、ゴリ押ししてきんたな、と。
 楓は楓で、
「……ふぁー。
 凄いんですねぇー……」
 などと、素直に本気で感心している。
「……十分以上に役に立つソフトなのですもの。
 どんどん活用しなくては……」
 と、孫子は昂然と胸を張る。
「……別に、才賀が作ったわけではないだろ……売り込んだだけで……」
 荒野は内心で「売り込むだけで、そんなに得意そうにするなよ……」と思いつつ、苦笑いを浮かべた。
 そして、真剣な面もちになり、
「それで……採用されそうなのか?」
 と、尋ねる。
「当然です」
 孫子は、得意顔で頷く。
「既存の警備システムに、ガクのソフトを付加する作業も、うちの会社で受けてきました」
「才賀の会社っ、て……、もう、動けるのか……」
 登記などの事務手続き関係が終わった、とも聞いていなかった荒野は、軽く驚く。
「いくつかの手続きは申請中、というところですが、必要な条件はすべてクリアしているはずですし、違法な事はなにもしていないので、フライングで業務を開始することには、なんの支障もありません。
 と、いうか……徳川の会社が所有する特許やパテント類から、もっと効率的にお金を稼ぐための工夫など、もう仕事をはじめています……」
 孫子の説明によると、そうした知材関係の事情は国や地域により微妙に扱いがことなるそうで、現地の事情に詳しい専門家を地域ごとに雇って、対策を講じさせている、という。
「その専門家も、多くは個人ではなく、企業単位なのですけど……」
 そうした専門家に対策をまかせることで、徳川の会社は、それまで取りはぐれていた報酬も得ることになるのだ、という話しだった。
「……あの子も……」
 孫子の話しによると、徳川は、開発するまでの課程には興味を持つが、それ以降の、開発した技術やアイデアを換金する課程に関しては、あまり興味を持たない。
 それまでが、必要最低限の収入さえ得られればそれでいい、という姿勢で、どんぶり勘定もいいところだったから、かなりの増収が見込めるはずだ、という。
 孫子の会社は、徳川の会社が所有する知材の管理……というより、知材を管理する能力のある専門家を捜し出してきて、仲介する業務を請け負っていて、すでに相応の成果も出しつつある……というより、という。
「そうすると……、ガクのやつも、お金持ちの仲間入りかな……」
 荒野が、ぼんやりという。
 実際のところ、実感がわかないのだ。
「……しばらくは、試験運用になりますけど……。
 それで問題がなく、正式に採用されれば……系列外の会社にも売れるでしょうから、軽く億単位の取引になりますわね……」
 孫子は、平然と答える。
「……億……ですか……」
 楓が、呆然と反復する。
 楓に至っては、「実感がわかない」どころではないのだが……この時の孫子の予測は、いい方向に大きく外れることになる。
 と、いうのは、ガクのソフトを組み込んだ監視システムが、相次いで逃亡中の、変装したテロリストや凶悪犯逮捕の決め手となり……結果、全世界規模で、一種の防犯標準ソフトになってしまうまでに、一年と要しなかったからだ。
 孫子の顔が利く才賀グループの施設の多くが、主として海外で事業展開をしていた……という要因により、その実効性を早い時期に証明し、また、才賀グループ外にその存在をアピールすることに繋がった。
 数ヶ月後に、ガクは、この時、孫子が予測した額とは桁がいくつか違う報酬を得ることになるのだが……それはまだ、もう少し先の話しになる。
「それで……そのガクたちは、今どこにいますの?」
 孫子が尋ねる。
「今……茅様たちと合流して、町のどこかで撮影していると思います……」
「……シルバーガールズの日常素材、だってさ……この辺で雪が降るなんてめったにないからって、雪かきがてらに、張り切っていろいろなパターンを撮影しているって……。
 あの派手な格好で出歩いていると、子供の受けがよくて、みんな寄ってくるそうだ……」
 荒野は、肩を竦める。
「シルバーガールズ」の動画がネットで配信され、商店街のディスプレイで繰り返し流されているこの時点では、あの格好をした二人が出歩いていても、カメラを担いだ何人かが付きしたがっていれば、特に不審にも思われない。
 それどころか、いざという時……すなわち、二人の装備が撮影のためのハリボテなどではなく、本来の目的として使用される時のためにも……あの格好の二人を、この付近の住民の目に晒して慣れさせておいた方が、何かと都合がいいのであった。




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(180)

第六章 「血と技」(180)

 アーケドが途切れるあたりの十字路にトラックが停車していて、そこにハンディカムを持った玉木とトラックの荷台に乗った徳川がなにやら話し込んでいた。
 荒野たちが近づいていくのに気づくと、玉木は「こっち、こっち」と手招きし、徳川と交互に、つい今しがたの出来事を、荒野たちに説明した。
 徳川が、持ち込んだ鉄板を適当な大きさにぶったぎって、一族の者が数人がかりで、一気に根こそぎ雪を持っていった、という。
「……と、いうわけで、せっかく集まって貰ったけど、駅前周辺半径三百メートルほどの主だった道路から、雪は駆逐されつつあります……。
 いやぁー、手順さえしっかりと組んでおくと、ニンジャの皆さん、仕事、早いや……」
「いや、仕事が早く片づくのは、いいことだと思うけど……」
 荒野は頷きながらもそう尋ねずにはいられなかった。
「結局、おれたちは……ここで、やることないの?」
「……あるのだ……」
 トラックの上にいた徳川が、答えた。
「鉄板でざっと道を作っただけだから、路肩とかにはまだ雪が残っているのだ。
 それと、駅前広場にとりあえず集めておいた雪も、どうにかして欲しい。
 さらに余裕があるのなら、こいつでなにか炊き出しでもしてくれるといいのだ。
 この寒い中、でばってくれた皆に、何か暖かいものでも振る舞うがよかろう……」
 徳川はトラックの荷台にあるドラム缶を手で叩く。何日か前に工場で使用した、ドラム缶を加工した炭火コンロだ。
「……それか……」
 荒野は頷いた。
「そりゃ、いい考えだと思うけど……その、材料とかは?」
「……それは、わたしが何とかするー!」
 玉木が片手を上げる。
「この週末が、今回のイベントの最後の書き入れ時だし、駅前とかで、お客さんも含めてみんなに振る舞おう、っていえば、材料分くらいは、商店街に負担して貰えるよ……。
 甘酒とかだったら、大量に作ってもそんなにコストかからないし……」
「……じゃ、玉木は、その交渉、と……。
 徳川たちは、どうする?
 なんにするにせよ、鉄板部隊は、まとめて動いた方が効率いいと思うけど……」
 荒野がそういうと、
「……近くの小学校で、スコップを借りて欲しいの。
 その交換条件に、校庭と、主要な通学路の雪を片づける……」
 茅が、口を挟んだ。
「……茅が、一緒にいって交渉するの。
 今日は日曜だし、校務員さんくらいしかいないと思うから、これくらいの人数で押し掛けて、校庭と通学路を整備するから……といえば、学校の備品くらいは貸して貰えると思うの……」
「……親切の押し売り強盗だな、まるで……」
 荒野が、そう感想を呟いた。
「……スコップなら、町内会のも何本かあるけど……わたしは、さっきの炊き出しの手配もかねてそれやるっ!」
 玉木が、しゅたっと片手を上げる。
「……わたしたちは……」
「……茅様についていきます……」
 酒見姉妹は、そういった。
「……じゃあ、おれと楓は、こっちに残って、細かい雪の始末と、その後、材料が調達できたら、炊き出しの用意、っと……」
 荒野がそういっている間にも、一族の者たちがトラックの荷台から、ドラム缶製のコンロを降ろしている。
 代わりに、茅と酒見姉妹が、荷台に乗り込み、周囲の道をかけ巡って、一通りの道を片づけていた鉄板部隊も続々とトラックに戻ってきた。鉄板部隊が全員帰投したのを確認してから、徳川と敷島も、助手席と運転席に乗り込んで出発していった。
 残った荒野たちも突っ立ってそれを眺めていたわけではなく、徳川が、
「何かの役にやくに立つかと思って、ネコを積んできたのだ」
 というので、その「ネコ」を荷台から降ろした。
「……この一輪車、ネコっていうのか?」
 荒野が、訝しげな表情で聞き返した。
「語源は良く知らないが、ネコと呼ぶのだ」
 徳川が、頷く。
 ……日本語は、難しい……と、荒野は思う。
「……工事現場とかで、よくみかけるよねー。
 これ……そうか、ネコっていう名前なのか……」
 玉木も、感心したように頷いている。実物を目にする機会はあっても、それを何と呼称するのか知らなかったようだ。
 ……ネイティブでも、知らないような隠語だったのか……と、荒野は少しショックを受けた。

 ともかくも、徳川のトラックが出た後、残った面子は降ろした二台のネコにドラム缶コンロと炭の入った袋を押して、一旦駅前まででる。鉄板部隊が一通り掃除していっただけあって、ネコを押していても、特に通りにくいということもなかった。
 駅前の広場まで出ると、
「……まだ、だいぶん、残っているな……」
 後に残る荒野たちの分を残しておいた……というわけではないだろうが、いく条かの通り道を作っただけで、それ以外の場所の雪は、ほとんど手つかずで残っている。
 最低限の通路は確保しているから、あとはゆっくり片づけても支障ないようなものだが……。
「……玉木、スコップを借りよう……」
 荒野は、玉木に向かって、そういった。
 ネコからドラム缶コンロを降ろし、そのまま玉木に案内させて、町内会の倉庫前までネコを押していく。
「……町内会の人たちに相談してくる」
 といって一旦、姿を消した玉木は、五分とかからずに戻ってきた。
「代わりに雪かきをやってくれるなら、スコップなんていくらでも使ってくれって……」
 そういって玉木は、倉庫の鍵をかざして見せた。

 荒野と楓が駅前広場に戻ってスコップを使っているうちに、近所のボランティアメンバーが続々と集まってきた。
 学校でみた顔もいれば、ずっと年上の人もいる。
 年齢も性別もバラバラで、荒野はボランティアの登録メンバーが、すでに校外にも広がっていることを実感した。
 スコップを使う力仕事は優先的に男性陣にまわし、女性陣には、ドラム缶コンロで炭火を起こしたり、集めた雪を適当に飾り付けたり、といった仕事をしてもらう。
 そうしたボランティアのメンバーと前後して、シルバーガールズの装備を身につけたテンとガクも駆けつける。どこかに消えていた玉木も、大きな鍋を抱えて戻ってくる。
 テンとガクの姿を認めると、
「おお。来た来たっ!」
 と叫んで、甘酒の入った大鍋をコンロの上に乗せて、すぐに去っていった。
 ……と、思ったら、ハンディカムを抱えて、弟と妹を引き連れて、すぐに戻ってくる。
「……はいはい。
 一号と二号、ちゃんと遊んで!」
 ハンディカムを抱えた玉木は、テンとガクに向かって、そういう。

 商店街の大多数の店舗は、朝十時に開店することになっていた。その十分前くらいに、駅前広場の雪は、一カ所に集積することができた。
 後は、集めた雪で、雪だるまを作るといかいうことだったが……。
「……もう、こっちは人数、そんなにいらないなぁ……」
 荒野は携帯を取り出し、少し考えてメールで、その旨を茅に伝える。
「……ええと。
 駅前での仕事は終了しましたので、一時解散とさせていただきます。
 引き続き、仕事をしてもいい、という方は、周辺の道に残った、路肩などの雪を片づけていただきます。
 強制ではありませんので、ここまでで終わりたい方は、その旨メールで連絡だけをして、そのままお帰りください……。
 残る意志のある方は、班分けして動きますので、こちらにお集まりください……」
 茅から、折り返し返信のメールが来たので、集まっていたボランティアのメンバーに、その内容を告げる。





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彼女はくノ一! 第五話(263)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(263)

「……っと、いけないっ!」
 玉木ははっと我に返って、「トクツー君、すぐに戻るからっ!」と声をかけて、自宅へと駆けだした。
 自宅に戻った玉木は、ハンディカムを抱えてすぐに徳川たちが作業している現場に、とって返す。
「……ちょっと、撮影させてくださいねー……」
 とか声をかけつつ、カメラを廻しはじめた。
 徳川の指示に従ってここまで来た一族の者の中で、手の空いていた者が、玉木に「なんで撮影しているのか?」と質問してくる。
「……これはねー。
 皆さんがここでうまくやっていくまでの記録なんですよー……」
 待ってました、とばかりに、カメラを廻しながら、玉木が答えた。
「後で詳しくご説明しますが、皆さんがうまくやれた後……きちんとした形で編集して、ドキュメンタリーとして公表させてもらうつもりでぇーす……」
 玉木の言葉を聞いた一族の者たちの間に、動揺が走った。
 彼らは、玉木が、自分たちの事情をある程度詳しく知っている……と、認識している。
 徳川の工場内で、荒野と一緒にいて、親しく話しをしていたからだ。
「……はい、そこ! この程度のことで、がたがた騒がないっ!」
 玉木は、ざわめいた一団にカメラを向けながら、一喝する。
「もともと君たちは、日陰者から脱出したくてここに来たんでしょうがっ!
 それが成功した時しか公表しないし、だとすれば公表できる時には、君たちの立場も良くなっているわけだから、この程度のことでぐだぐだ動揺しないっ!
 この程度のことで動揺するくらいだったら、こんな所に来ないっ!」
 玉木より年上の男たちが、玉木のような小娘にいきなり大声を出されて、凍り付いていた。
 正論を持ち出されて反論できない、とか、気を呑まれた、とか、迫力に負けて……ではなく、ただ単に、自分たちが想像だにしなかったシュチュエーションに直面し、ぽけん、と思考停止をしているだけである。
 その場にいる誰もが、一族の仕事を何年か勤め、場合によっては死線も潜ってきたプロフェッショナルだった。
 まさか、平和ボケした日本の田舎町で、こんな年端もいかない小娘に、こんな理由で怒鳴られようなどとは……その場にいた者の中で、想像できた者は、皆無だった。
「ま、まあ……このお嬢ちゃんがいうことも……間違っちゃ、いないよな……」
「……いや……いきなりだったから、驚いただけで……なぁ……」
「おれたちは、おれたちの仕事をチャッチャとやっときゃあいいんじゃないの?
 難しい事は、あとで加納の若に考えて貰ってさ……」
 ざわめきながらも、男たちは「とりあえず、仕事だ、仕事!」という順当な結論に落ち着いて、それぞれに動きだす。
 徳川が切り出した鉄板を二人とか三人単位で抱えて、徳川から地図を受け取った敷島の指示に従って、周辺に散っていった。

「……と、いうわけで……」
 少しして荒野たちが到着した時、すっかり雪がなくなり、濡れたアスファルトが露出した路面を指さして、玉木はそれまでのやりとりをざっと説明した。
「……せっかく集まって貰ったけど、駅前周辺半径三百メートルほどの主だった道路から、雪は駆逐されつつあります……。
 いやぁー、手順さえしっかりと組んでおくと、ニンジャの皆さん、仕事、早いや……」
「いや、仕事が早く片づくのは、いいことだと思うけど……」
 荒野は、玉木にそう答える。
「結局、おれたちは……ここで、やることないの?」
「……あるのだ……」
 玉木ではなく、トラックの上にいた徳川が、答える。
「鉄板でざっと道を作っただけだから、路肩とかにはまだ雪が残っているのだ。
 それと、駅前広場にとりあえず集めておいた雪も、どうにかして欲しい。
 さらに余裕があるのなら、こいつでなにか炊き出しでもしてくれるといいのだ。
 この寒い中、でばってくれた皆に、何か暖かいものでも振る舞うがよかろう……」
 そういって徳川は、こんこん、とトラックの荷台にあるドラム缶を手で叩く。
 より正確にいうのなら、何日か前に工場で使用した、ドラム缶を加工した炭火コンロだ。
「……それか……」
 荒野も、頷く。
「そりゃ、いい考えだと思うけど……その、材料とかは?」
「……それは、わたしが何とかするー!」
 玉木が片手を上げた。
「この週末が、今回のイベントの最後の書き入れ時だし、駅前とかで、お客さんも含めてみんなに振る舞おう、っていえば、材料分くらいは、商店街に負担して貰えるよ……。
 甘酒とかだったら、大量に作ってもそんなにコストかからないし……」
「……じゃ、玉木は、その交渉、と……。
 徳川たちは、どうする? なんにするにせよ、鉄板部隊は、まとめて動いた方が効率いいと思うけど……」
 荒野がそういうと、
「……近くの小学校で、スコップを借りて欲しいの。
 その交換条件に、校庭と、主要な通学路の雪を片づける……」
 茅が、口を挟んだ。
「……茅が、一緒にいって交渉するの。
 今日は日曜だし、校務員さんくらいしかいないと思うから、これくらいの人数で押し掛けて、校庭と通学路を整備するから……といえば、学校の備品くらいは貸して貰えると思うの……」
「……親切の押し売り強盗だな、まるで…ー」
 荒野が、そう感想を呟いた。
「……スコップなら、町内会のも何本かあるけど……わたしは、さっきの炊き出しの手配もかねてそれやるっ!」
 玉木が、しゅたっと片手を上げた。
「……わたしたちは……」
「……茅様についていきます……」
 酒見姉妹は、そういう。
「……じゃあ、おれと楓は、こっちに残って、細かい雪の始末と、その後、材料が調達できたら、炊き出しの用意、っと……」
 荒野がそういっている間にも、一族の者たちがトラックの荷台から、ドラム缶製のコンロを降ろしていた。

「……何を、やっていますの?」
 それから約一時間後、スーツ姿で駅から降りてきた孫子は、移植ゴテ片手に巨大雪だるまによじ登っていた楓に、そう声をかけた。
「……ええっとぉ……」
 楓は、自信がなさそうな声で返答した。
「ボランティア、です……多分……」
 楓がよじ登っている巨大雪だるまの周囲には、いつの間にか集まってきた近所の子供たちが、我が者顔に走り回っている。
「……最初は、雪かきってことだったんだけど……」
 孫子の後ろから、荒野が声をかける。
「……集めた雪を、こうして再利用しているわけだ……」
 そういう荒野は、何故かエプロン姿でおたまを手にしていた。
 孫子は、そんな荒野を不思議そうな表情で、眺める。
「おれは……今、あっちでやっている炊き出しを、担当している。
 もう味は整ったから、後は火をみながら配膳すればいいだけだけなんだど……」
 孫子の不審げな表情を予想していたのか、荒野はそういって、おたまですぐそばにあるドラム缶コンロを指さした。
 コンロの上には、かなり大きな鍋がのっかって湯気を立てている。
「……なんか、すごいぞ……。
 例のボランティアなんだがな、たかが雪かきが、何故か電撃作戦みたいなことになっている……。
 このペースで行くと、午前中には町内の主だった道は、雪を踏まずに歩けるようになっているんじゃないかな……」




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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(179)

第六章 「血と技」(179)

 荒野と茅、酒見姉妹、東雲目白、甲府太介という六人でマンションを出た。
 このうち、東雲だけが成人で一応スーツにコート姿。他に、大人びて見える荒野もいるが、こちらは外見年齢以前に、髪の色とか彫りの深い顔立ちが、東洋人離れしている。その他の茅、酒見姉妹、太介の四人は、特にこの中では一番年上の酒見姉妹が幼く見える外見であるため、ちょっとみでは同年配の友人、と見えないこともない。
 しかし……この六人が一緒にいると……。
『奇妙な組み合わせ……に、見えだろうな……』
 と、荒野は思う。
 どう見ても、東雲は、他の連中の引率者とか保護者に見える風体ではない。
 休日の朝、しかも雪が積もっている、ということで、路上に出ている人がほどんどいないのが、まだしもの救いだ。
 酒見姉妹の一人が、ノートパソコンを広げて、茅の前に掲げている。茅を、そのパソコンを、当然のように操作し続ける。もう一人の酒見が、ノートパソコンを抱える酒見の前にいて、先導している……などという所を大勢の住民に目撃されたら、一体、どう思われるのだろう?
 という危惧もあるのだが……。
『まあ……なんとか、なるだろう……』
 そう割り切ってしまう気持ちも、今の荒野にはあった。
 今まであれだけいろいろな経験をしてきて、それでも何とかなっている。それに、ここに移ってきた時と違って、今の荒野たちは、孤立していない……というに認識が、いつの間にか荒野の内部に巣くっている。
 それに、今、大勢の……茅の話しによれば、数百名単位の……ボランティア登録者に対して速やかな指示を送れる者は、茅一人しかいない。
 どうせ、当座の目的地である商店街までは、歩いてもいくらもない。

 そんなことを考えながら歩いていると、楓が、見覚えのあるトラックの横に立って、運転席の者と話し合っている所に行きあった。
 かなり距離があったが、荷台にいる人たちが荒野たちの姿に気づいて手を振ってきた。
『……あっ……あいつら……この間の工場で、宴会した時のやつらだ……』
 荒野は、荷台にいた面々の顔をみて、思い出す。一人一人詳細に紹介されたわけではないが、荒野は人の顔と名前に関する記憶力は、それなりに優れている。というより、一度見た顔は忘れないように、脳裏に刻み込むのが習いになっている。
 マンションの時の話しでは、楓は、テンやガクと一緒に徳川の工場へ行きかけて、そこで商店街方面に進路を変えた、ということだったが……。
『……早々に準備を終えて出てきた徳川たちと、ああしてでくわした、と……』
 荒野は、周辺の地図を脳裏に思い浮かべながら、そんな風に想像する。
 荒野たちが追いつく前に、楓一人を残してトラックが出発した。
 普段であればそれなりに急ぐのだが、この積雪で、おまけに茅は歩きながらパソコンを使っている。それに、急いで合流するほど緊急の用件、というわけでもないしな……。
 などと荒野が思っていると、茅が、
「……楓!」
 と声をかけながら、楓に走り寄っていった。
 酒見姉妹が、そんな茅を慌てて追いかけていく。
 楓との距離は、まだ百メートル以上ある。茅の後を追う酒見姉妹も慌てていたが……。
『……茅……。
 そんなに、楓と仲が良かったかな……』
 楓とは、今朝も顔を合わせたばかりだった。
 雪の中を駆けだしていくほど、茅が楓のことを気にかけているのが、荒野には少し意外だった。
『いや……あの年頃の女の子の、仲間意識と考えれば……』
 別に異常はないのか、と、荒野は思う。
 荒野のクラスメートの女子が、集団でトイレに向かう風習については、荒野も常々不審に思っていた。
 荒野が納得できまいが、「そういうもんだ」と飲み込んでおく方が、いい事柄なのかもしれない……と、荒野は思う。
 前方で、なにやら談笑している茅と楓を遠目にみつつ、荒野はゆっくりとそちらの方に近寄っていった。

「……白いのが、お知らせメールに返信がない人か、不参加の表明をした人。
 黄色いのが、参加希望の返信をした人……」
 荒野が追いついた時、ノートパソコンを抱えていない方の酒見姉妹が、楓に説明している所だった。
「……今回の活動に参加する意思あり、と返信をしてきた黄色い人は、今後、どこにいってなにをやったらいいのか分かっていない状態だから、こちらから詳しい指示を送ってあげなくてはならない。
 もしくは、条件を設定して、自動で返信するするようにしておかなければならないの……」
 茅が、その説明に詳しい解説を付け加える。
「つまり……登録者の現在地を表示する、インターフェースなんですね、これ……」
 パソコンのディスプレイを指さしながら、楓は茅に尋ねた。
「残念ながら……まだ、その所在地は、さほど正確ではないけど……コンセプト的には、それでいいの」
 と茅は頷き、マンションでした「登録してある携帯の機種によっては現在地が判断できなので、所在地不明の場合は、現住所が表示されている」という説明を楓に繰り返す。
 楓は、
「……それでも、ここまで作ってくださると、いざという時、かなり便利ですよ……」
 と、真剣な顔で頷く。
「既存のインフラを利用してここまでのシステムを構築できれば……この先、かなりやりやすくなる……と、思います……」
「……今回は、ちょうどいい稼働実験だになると思うの……」
 茅も、真剣な表情で頷いた。
 荒野は、楓の言葉の中にある「いざという時」、「この先」という言葉が……言葉に込められているニュアンスが、ひどく気にかかった。
『この場で……非常時、とかいわないだけ、ましか……』
 荒野も茅も、楓も……いつか、この町が、あの「悪餓鬼ども」に、無差別に攻撃される……という事態を危惧し、それに対抗するための準備を進めている。
 楓の言葉に込められたニュアンスを、荒野はそう受け止めた。




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彼女はくノ一! 第五話(262)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(262)

 楓に説明をしながら、茅は足を止めない。酒見姉妹のどちらか(楓は、この双子の見分けが未だに出来ていなかった)が、ノートパソコンを抱えて茅の前に差し出した格好で、茅の動きに合わせて移動していている。
『……茅様……ひょっとして、アドリブで……リアルタイムで……一人一人の人員の配置を決めているんだろうか?』
 と、その光景を見ていた楓は、思った。
 よく見ていると、茅は黄色い光点にカーソルを合わせてクリックしてては、青色に変える……という操作を、繰り返している。地図上には、白、黄色、青の三種類の光点が点在し……より具体的に分類すると、大半が白、少しづつ増えている青、茅が片っ端から色を変えているので、短い時間しか存在しない黄色……という内訳になる。
「白いのが、お知らせメールに返信がない人か、不参加の表明をした人。
 黄色いのが、参加希望の返信をした人……」
 楓の視線を追っていた、ノートパソコンを抱えていない方の酒見姉妹が、楓に説明する。

「……おーい、トクツーくーん。
 こっちこっち……」
 同時刻、駅前商店街アーケードの出口付近で、玉木珠美は徳川徳朗が乗った軽トラに向かって手を振っていた。
 待ちかまえていた玉木のすぐ傍で停車したトラックの助手席から出てくるなり、徳川は、足を滑らせて転けそうになる。運転席にいた敷島丁児が徳川の背中から手を添えて、あやうく転倒を防いだ。
「……相変わらず、どんくさい……」
 敷島と同じく、徳川に手を差し伸べようとして間に合わす、代わりに敷島と眼を合わせてしまった玉木は、ぶつぶつと呟く。
「トクツー君、だれ、この人……」
「敷島丁児と申します」
 トラックを運転していた、スーツ姿のいかにも「大人の女性」といった雰囲気の人が、玉木に自己紹介した。
「成り行きで、徳川さんの秘書役を務めさせていただいてます。
 といっても……玉木さんとは、前に一度お会いしているんですが……」
 徳川が足場を完全に踏み固め、体制を立て直したことを確認すると、敷島は、「では、ご挨拶代わりに」と、小声で呟いた。
 しかし、その声は、玉木の背後で聞こえたわけだが。
「……はいっ?」
 慌てて、玉木は振り返る。
 玉木の背後に立っている敷島が、にこやかな表情で片手をあげていた。
「え?」
 玉木は、慌てて、再度軽トラの運転席をみやる。
 そこにも敷島が座っていて、玉木に向かってにこやかに手を振っている。
「……ええっ!」
 玉木は、自分の周囲を見渡す。
 いつの間にか、数人の敷島が玉木を取り囲み、にこやかに手を振っていた。
「……あ、あの時の、分身の人かぁー!」
 こうまでされれば、納得しないわけにはいかない。
 徳川の工場で、テンとガクを相手にしていた人たちのうち、一人だ……。
 あの時は、遠目でしか目撃しなかったこと、それに、あっという間に退場したことから、記憶が薄かったが……確か、襦袢を着ていた人が、同じような術を使っていた……。
「はい。ご名答……」
 運転席にいる敷島が頷くと、いつの間にか「他の敷島たち」は姿を消している。
「なんでこういうことができるのかっていうのは、聞かないでください。企業秘密ってやつですから……」
「……良かったなぁ、トクツー君……。
 こんな別嬪の秘書さんが向こうから来てくれて……」
「秘書が別嬪で、何が嬉しいのか」
 玉木に話しを振られた徳川は、仏頂面だった。
「仕事をしてくれれば、文句はいわないだけなのだ。
 で、どこからはじめればいい?」
「はいはい」
 徳川の、「自分が興味を持てないことに対する淡泊さ」に耐性が出来ている玉木は、すぐに持参した紙を広げる。ネットで検索した商店街周辺の地図を、プリントアウトをしたものだ。
「では、早速、用件に入るね。
 この地図で、マーカー入れた雪をどけて欲しいんだけど……。
 それも、もうじき駅からイベント目当ての人出が出はじめるから、できれば、駅前から順に……」
 玉木の経験からいっても、徳川には本題をずばりと切り出した方が、話しが早くまとまる傾向がある。
「のけた雪はどこに置けばいいのだ? それに、その、イベント目当ての人が来はじめるまで、あとどれくらいの時間があるのが?」
 いいながら、徳川は玉木が差し出した紙にちらりと視線を走らせ、荷台に乗っていた人たちに合図して、ガスボンベを降ろさせていた。
「ええと……雪は、駅前の広場に集めてくれれば……あとは有志で雪だるまでも作ろうかと……。
 それと、時間の方は……あと、一時間ちょいくらいは、大丈夫だと思うけど……」
 玉木は、腕時計を確認しながら、答える。
「……って、ちょっと、こんなところで一体、何をおっはじめるのかっ!」
 白衣のポケットからゴーグルを取り出して、ガスボンベのノズルを手にした徳川に、玉木が問いただす。
「何って……雪かきの、効率的な道具を、これから作るのだ」
 徳川は、ノズルの先で、トラックの荷台から降ろしはじめた、大きな鉄板を指した。
「これを、適当な大きさにぶった切って、一気に駅前まで、積もった雪を押していくのだ……」
 そういって徳川は、玉木の手から地図のプリントアウトをもぎ取った。
「……ふん……。
 では、手近なこの道からはじめるから……」
 徳川は、分厚い鉄板を抱えた男たちに合図して、地図を片手に近くの十字路に移動する。
「……この道は、駅前までまっすぐ続いている。
 最初はここからいくのだ……」
 そういうと徳川は、男たちに鉄板を押さえさせ、バーナーに火をつけて、目分量で、一辺が高さ一メートル、横二メートルほどの大きさに切り出す。
「足の速いのは、先行して通行人がいないかどうかの確認。
 力があるのは、鉄板を押して雪を駅前まで押し出していくのだ……」
 トラックの荷台に乗ってきた男たちは、徳川がいった通りのことを、何の苦もなく実行に移した。
 軍手を手にしただけの男たちが鉄板を押していった後には、あれだけ積もっていた雪はほどんど見られず、アスファルトの地の上に、うっすらと雪が残っているだけだった。
「……に、人間ブルトーザー……」
 その「後」を見た玉木が、呆れたような声を出した。




[つづき]
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