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第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(276)
『……竜斎っ!』
続けて、茅が叫ぶ。
「……竜齋だってっ!」
「お、おじさまが……」
小埜澪と野呂静流が、携帯から聞こえてきた茅の声に反応して、楓ににじり寄ってきた。
楓と三人で顔を寄せ合うようにして携帯電話に耳を近づけ、向こうの様子を探ろうとする。
茅以外の声はかなり遠くて、言っている内容がよく聞き取れないのだが……それでも、確かに、茅が話している相手は、「二宮竜齋」のようだった。
楓は、竜齋には一度しか会っていないが、それでも竜齋には、強烈な苦手意識を植え付けられている。
『……ミスターR。
一体……何が目的なの?』
なにか答える竜齋の不明瞭な声。多数の、女性の悲鳴。
それに、
『……テンっ! ガクっ! 酒見たちっ!
早く、あの色ボケ老人を取り押さえるのっ!』
という、茅の動揺した声が続く。
普段、感情をあまり表に出さない茅が、このような声を出すのも珍しい……と、楓は思った。
「「……色ぼけ老人……」」
小埜澪と野呂静流は、顔を見合わせて同時に呟いた。
「……間違いない……竜齋のじじいだ……」
「お、おじさまなのです……」
二人の反応を間近で見た楓は、「……色ぼけがアイデンティティの、野呂の長、って……」とか、思う。
小埜澪が、楓の手から携帯をもぎとって、叫んだ。
「……姫様っ! 聞こえるか!
今、近くにいる二宮に動員をかけたっ!
二宮の一党は、総力を挙げて竜齋のじじいを引っ捕らえるのに協力するっ!』 「の、野呂も……同じく、なのです」
今度は、野呂静流が小埜澪の手から携帯をひったくる。
「……じょ、女性の敵……。
野呂の恥は、野呂でそそぐののです……」
静流は、楓の手に携帯を押しつけると、「高橋君!」と叫んで外に飛び出していった。
小埜澪も静流も、妙に、やる気になっていた。
『……竜齋さん……』
楓は、過去の自分の経験から、そう推測する。
『あっちこっちでセクハラしまくって……敵、増やしてますね……』
その声に反応して、高橋君が「ぴょこん」と飛びはね、小埜澪と競うようにして、静流の後を追う。東雲目白が、さらにその後に続く。
太介は、その前の段階で、小埜澪の命により、二宮の術者に招集をかけに、一足先に出ていった後だった。
『……ま、待ってっ!』
狼狽したの、茅の制止を望む声が携帯から響いたのは、四人が完全に姿を消してからだった。
「……茅様ぁ……」
軽く脱力を覚えていた楓は、ゆっくりとした口調で返答した。
「あの二人……凄い勢いで、出て行っちゃいましたけどぉ……」
「……うちらも、急ぐよっ! トクツー君っ!」
玉木も、上着をひっかけて外に向かう。
「電気屋さんだっ!
あそこなら、商店街中に設置したカメラの映像が、一望にできるっ!
実況中継も、出来るっ!」
「……面白くなってきたのだっ!」
玉木と徳川も、ばたばたと外に出て行った。
「……ええっとぉ……」
取り残された楓は、携帯に向かって、お伺いをたてる。
「みんな、いっちゃいましたけど……。
茅様。
わたしは……どうしましょう?」
できれば……竜齋とは直接事を構えたくない、と思っている楓であった。
前回の時も、問答無用でいいように胸を揉みしだかかれている。今度近づいたら、もっとひどいことをされるかも知れない。
いいや、絶対にされる……。
『……楓は……こっちに、茅の側に来て……』
そう答える茅の声は、ため息混じりだった。
『みんな出払って、今、こっちは無防備なの。
それに、これだけの人数が動いている以上……楓一人が加勢しても、全体的にはあまり影響がないと思うの……』
小埜澪は、二宮系の術者を、静流は野呂系の術者を、それぞれに総動員する……と、いっていた。
二人とも本家筋で、かつ、相応の実力者でも、ある。だから、この周辺にいる術者は、ほとんど集合してしまうことだろう……。
そういう状態では……確かに、さらに楓一人が加わったところで、大勢には影響がないだろう……と、楓も思う。
「でも……すぐに、捕まりますよ……」
楓は、食べかけの弁当を片付けながら、携帯に向かってそういった。
『……だと……いいけど……』
茅は、憂鬱な声で答える。
『竜齋……あれでも、野呂の長だし……。
人数を投入すれば抑えきれるかといったら……かえって、目立つだけの結果になる可能性も、大きい……。
荒野に、どういえばいいのか……』
楓に聞かせる……というよりも、心配事をついつい口にしている、という口調だった。
……そうか……。
と、楓は納得した。
茅は……荒野不在のこの場を、どうやって無事に収めるか……そして、収められなかった場合、荒野にどう説明をするのか……ということを、心配しはじめている……のか……。
あんまり騒ぎが大きくなりすぎると……「竜齋のせいで……」といういいわけも、虚しく響く。
まず第一に、荒野の心証を気にする茅なら……なおさら、そうしたことに敏感になってしまうのだろう。
『竜齋さん……すぐに捕まれば、いいけど……』
と、楓は思った。
[
つづき]
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