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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(193)

第六章 「血と技」(193)

『……ええっとぉ……。
 みんな、いっちゃいましたけど……。
 茅様。
 わたしは……どうしましょう?』
 二、三の受け答えの後、楓はひどく狼狽した声を上げる。
「……楓は……こっちに、茅の側に来て……。
 みんな出払って、今、こっちは無防備なの。
 それに、これだけの人数が動いている以上……楓一人が加勢しても、全体的にはあまり影響がないと思うの……」
 ため息混じりに、茅はそう指示した。
 本当に……普段から、荒野が危惧していた通りだ。
 楓は……自分自身で判断を下さねばならない局面になると、極端に弱気になる。
 楓は……フィジカル面での高性能さと、メンタル面での不安定さを併せ持つ、アンバランスな存在……。つまり、使いどころが難しい人材、では、あった。
 しかし、茅と組めば、お互いの長所と短所を、うまい具合に補い合える。
『でも……すぐに、捕まりますよ……』
 楓が気弱な声でいった。
 ごそごそ雑音が入るのは、楓がこちらに向かうために動いている、ということだろう。
「……だと……いいけど……」
 答える茅の声は憂鬱だった。
 今でも、あちこちで女性の悲鳴があがっている……ということは、竜齋は元気であちこちでセクハラを繰り返している、ということである。
「竜齋……あれでも、野呂の長だし……。
 人数を投入すれば抑えきれるかといったら……かえって、目立つだけの結果になる可能性も、大きい……」
 今では、女性の悲鳴に混ざって、男性の怒声なども混ざるようになっている。
 人が多すぎて、遠くまで見通しが効かない状態だが、どうやら竜齋の捕り物が本格的に始動したらしい、と茅は判断する。
 しかし、そうした騒ぎ声が遠ざかったり近づいたりしながら頻繁に方向を移動している、ということは……竜齋自身は未だ捕まっておらず、自由に動き回っている、ということなのだろう……と、茅は判断する。
「荒野に、どういえばいいのか……」
 そういいながらも、茅は、これだけの雑踏の中、加えて、多人数による包囲網がしかれつつあるこの状況下で、自由に移動し好き勝手に悪戯しまくっている竜齋の神出鬼没さに半ば呆れていた。
 なるほど。「野呂の長」の照合は伊達ではないらしい。
『……あーあー。
 ただいまマイクのテスト中。
 こちらは商店街放送室でございます。
 現在、ステージ上に置きましてコンテンスト・イベントの最中でありますが、同時に突発的サプライズ・イベントを開催しております……』
 玉木の声で、そんな放送がはじまった。
『名付けて……ミスターRを捜せっ!
 現在、商店街各所に覆面姿の悪戯者、ミスターRが出没しています。このミスターRを引っ捕らえた方には、なんとっ! もれなく商店街で使用できる商品券を十万円分、プレゼントぉっ、しちゃいますぅっ!
 このミスターRは悪質なセクハラ軽犯罪常習犯のエロエロ怪人なので、見かけたら遠慮なくしばき倒してフクロにしちゃってください。ミスターRは、額に大きくRの字が縫いつけられているマスクをかぶっています。一目でわかります。また、ミスターRを取り押さえようとしている人たちを見かけても、決して騒がないでください。
 ミスターRの現在地は、商店街に設置したカメラに写り次第、アーケード各所にあります液晶の画面で中継します……』
 もちろん、これは、玉木がその場のアドリブで用意したシナリオである。
 しかし……。
『……うまい……』
 と、茅は思う。
 そういうルールのゲームである……ということに、してしまえば、竜齋を取り押さえるために動いている人々が多少、ごたごたしても、たまたまこの場に居合わせただけの買い物客が大仰に騒ぐことは避けられる。また、「パニックになる」という、最悪のシナリオも、回避できる。
 また、カメラの数が限られているので、十分なカバーができないものの、液晶の画面でリアルタイムに竜齋の居場所を中継できる、というのも、かなり有利な条件だ。
 玉木の背後に、孫子が徳川がついていて、入れ知恵をしているのに違いない、と、茅は推察する。「十万円分の商品券」うんぬん、というのも、玉木の独断ではとっさに確約できない筈だが、徳川か孫子なら、その程度の経済的フォローは十分に可能なのだった。

 その孫子は、玉木の放送を聞いてはじめて「騒動」の存在を知った。
 その時、孫子は、アーケード内で、田中君や佐藤君を引き連れ、近く本格的に始動する予定の、人材派遣会社のビラとティッシュを配っている最中だった。
 年末の時に、孫子は同様の仕事を経験しているので、こうした仕事に自ら手をつけることは抵抗なかった。また、これだけ人が集まっている今日という日は、新会社の広報を行うのに絶好の機会でもあった。チラシの内容は、登録スタッフの募集と派遣先企業の両方、同時に募集するものであったが、後者に関しては、あまり期待していない。企業向けに関しては、別に地道でしっかりとした営業を行う方が、よっぽど確実だと思う。
 が、登録スタッフの募集に関しては、近場から多くの人たちが集まってくるこの日、この場で行うことが、かなり有効だと思っていた。
 だから、数人がかりで、にこやかに、道行く人々にチラシやティッシュを配っていたわけだ……そこに、玉木の放送が、入った。
「……なんすか? あれ?」
「……さあ……」
 田中君と佐藤君が、顔を見合わせて首を捻る。
「ミスターR」が出現したの線路の向こう側で、孫子たちの現在地からかなり離れていたし、放送では「ミスターR」としか呼称していないから、「野呂竜齋」がこの騒ぎの元凶だとは、気づくわけもない。
「……とりあえず……液晶を……」
 イヤな予感に襲われながら、軽く眉を顰めた孫子が、近くの液晶ディスプレイに近寄ろうとした所に……。
「……わぁはぁはぁはぁはぁ……」
 突如、竜齋が、孫子の背後に出現。
 哄笑しながら、孫子のスカートを頭上まで捲り上げ、ガーターとストッキングに包まれた孫子の臀部を白日の元に晒した。
 孫子のヒップラインは「完璧」の一言につきたが、この頃には孫子の性格について理解を深めていた田中君と佐藤君が、「ひぃっ!」と小さな悲鳴を上げた。
「……うぉうぅっ! 上玉ぁっ!
 九十八点っ!」
 完全に跳ね上がった孫子のスカートが落ちる前に、竜齋はむき出しになった孫子の臀部を掌で撫で、孫子が反応する前に、姿を消した。

 こうして、孫子も「ミスターRを捜せっ!」というゲームに参入することになった。





[つづき]
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