第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(277)
玉木と徳川は、電気屋さんの裏口に駆け込んだ。そこには、商店街の放送とネット配信を管制するのに必要な設備が整えてある。
駅前の特設ステージを中継するため、すでに何人かの放送部員たちが詰めていた。血相を変えて駆け込んできた玉木と徳川をみて、「一体、何事か?」と振り返る。
驚いている放送部員たちを手で制して、玉木と徳川はパソコンを操作し、商店街の各所に設置されたカメラの映像を走査した。
二人が、今の時点で握っている情報は、あまりにも少ない。
まずは、「今、何が起きているのか?」把握することが先決だった。
「……ええっと……これ、かな?」
玉木が、太った覆面男が、数人で固まって立ち話しをゴスロリドレスの少女たちの背後に忍び寄り、端から順番にスカートを高々と持ち上げている映像をみつけだした。勢いよくスカートを持ち上げられ、臍の位置まで下着を露出した少女たちは、手でスカートを降ろそうとする。音声は拾っていないが、被害者の少女たちはかなり大きな悲鳴を上げているのだろう。
「……うわぁあぁ……」
玉木と一緒に、その画面を覗きこんでいた放送部員たちが、うめいた。
「……小学生並の悪戯と、大人のエロ心……」
「……最低だな、こいつ……」
「一刻も早く取り押さえないと、商店街の評判が地に墜ちるのだ」
徳川が、冷静に指摘した。
「賞金をかけてでも、ひっ捕らえて、被害者の人たちに謝罪させるのだ」
「……賞金、か……」
玉木はしばし、考え込むと、徳川に聞き返した。
「……出せる?」
「十万まで。
それ以上は、加害者本人に慰謝料をいくらでも請求すればいいのだ」
玉木の質問を予期していたのだろう。徳川は、素早く答えた。
「……それよりも、今はやつを止めさせるのが先決なのだ」
そういって、徳川は画面を指さす。
太った覆面男は、露出した少女たちの臀部を丁寧になでさすり、太股に抱きついて頬ずりしたりしている。
何事か、と遠巻きにして事態を見守っていた人垣を割って、数人の男女がかけつけ、覆面男に踊りかかったが、覆面男は丸っこい体型に似合わない機敏な動きで多人数の包囲網をすりぬけ、人混みの中に姿を消した。
「ほれ。
加納の同類たちが束になってかかっていっても、軽くあしらえるやつらしいし……」
玉木の家で、女性たちがしていた短い会話の中から、徳川はあの覆面男が、決して侮などることができない実力者である、というニュアンスを感じ取っていた。
カメラに映った光景がその印象を裏付けるものだった以上、自分たちも覆面男確保のためき動き、一刻でも早い解決を目指すべきだ……と、徳川は思っている。
「……了解」
玉木は頷いて、マイクのスイッチをオンにした。
「……あーあー。
ただいまマイクのテスト中。
こちらは商店街放送室でございます。
現在、ステージ上に置きましてコンテンスト・イベントの最中でありますが、同時に突発的サプライズ・イベントを開催しております。
名付けて……ミスターRを捜せっ!
現在、商店街各所に覆面姿の悪戯者、ミスターRが出没しています。このミスターRを引っ捕らえた方には、なんとっ! もれなく商店街で使用できる商品券を十万円分、プレゼントぉっ、しちゃいますぅっ!
このミスターRは悪質なセクハラ軽犯罪常習犯のエロエロ怪人なので、見かけたら遠慮なくしばき倒してフクロにしちゃってください。ミスターRは、額に大きくRの字が縫いつけられているマスクをかぶっています。一目でわかります。また、ミスターRを取り押さえようとしている人たちを見かけても、決して騒がないでください。
ミスターRの現在地は、商店街に設置したカメラに写り次第、アーケード各所にあります液晶の画面で中継します……」
「……あの覆面男をさがすのだ。常に現在地を、掴んでおくのだ……」
徳川は小声で放送部員たちにささやき、自分でも各所に設置されたカメラの映像をザッピングして表示させ、覆面男の姿を捜しはじめた。
その場にいた放送部員たちも、すぐに徳川に倣う。
ちょうど、玉木がマイクのスイッチをオフにした時、放送部員の一人が、
「……うわぁっ!」
と叫んで、自分がみていた画面を指さした。
その場にいた全員がその画面を覗きこみ、そろって息を呑む。
「……才賀さんが……」
覆面男の被害にあり、スカートを高々と持ち上げられていた。
「……最悪の、展開だ……」
以前、孫子に狙撃された経験を持つ玉木が、ぽつりと漏らした。
これで……穏便に事を納める……という展望は、かなり難しくなったな……と、玉木は判断する。
案の定、画面の中では振り返った孫子が覆面男に踊りかかかり、覆面男は孫子の攻撃を軽やかな身のこなしで避けて、再度、姿を消す。
覆面男を取り逃がした孫子は、怒りで肩を震わせて、コンテスト出場者の控え室がある、近くの雑居ビルを目指した。
そこには……ゴルフバッグが置いてあるのだ。
覆面男は神出鬼没だった。
こちらで買い物客に抱きついたかと思っえば、数分後には数百メートル放れた場所で痴漢行為を働いている。
放送部員たちは必死になって覆面男の動きをトレースし、その姿を捕らえ次第、玉木が覆面男の現在地をアナウンスし、商店街に設置されたディスプレイにその姿を実況中継した。
賞金につられて動き出した人々と一族の者が束になって覆面男を追いかけてはいたが、常に後手後手に廻って覆面男を取り逃がしていた。
『まるで……年末の、サンタとトナカイの、再来だな……』
と、玉木は思う。
今行われている、覆面男の鬼ごっこは、あれの、拡大版だ。
「……えっ……ああ。
そうか……。
それは……タイミング的に、不幸中の幸いなのだ……」
そんな中、徳川は、何者かと電話で話していた。
「そう……。
知らないだろうが……そいつは、信用できる。
強力な助っ人だから、要求された通りのものを渡してやるのだ……」
[
つづき]
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