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第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(278)
「……これから、どうしますか?」
茅と合流した楓は、開口一番、そう確認した。
楓は、小埜澪率いる一団が、ミスターR一人に翻弄された情景を、ここまで来る道すがら、液晶ディスプレイで確認したばかりだった。
「電気屋さんに、いくの」
楓の姿を認めると同時に、メイド服姿の茅は歩きだしている。
確かに……あそこにいけば、商店街の近辺なら、かなり広い範囲にわたって、モニターできる……と思い、楓も茅の後についていった。
「ミスターRの武器は、自分の姿を隠すことと、それに、人知れず、高速度で移動できるということ。
その利点を、潰すの」
茅は茅で、現在の状況への対応策について、それなりに腹案があるようだった。
商店街近辺にいた術者たちがこぞってミスターRに挑戦しはじめてから、十分あまりが経過した。その間、ミスターRに挑んだ術者たちは、ことごとく返り討ちの憂き目にあっている。
特に、小埜澪率いる二宮の一党があっさりと退けられた一件での心理的な影響は甚大だった。
この一件以来、ミスターRを追う術者の間に、実力差に対する悲観的な認識が広まって、目にみえて志気が低下している。
その点は、流石に……野呂の長だけのことはある……と、酒見純は思った。
しかし……。
「……弱点が、ないわけではない……」
妹の酒見粋が、純が感じていたことを代弁する。
そう。
酒見姉妹は、ミスターRを任意の場所におびき寄せる方法を、知っていた。
むしろ……なんでみんな、あんなに愚直に、彼の後を追っかけているのだろう……とさえ、思う。
気付いてしまえば、ひどく単純なことなのに……。
酒見純と酒見粋は、うなずきあって、駅前の特設ステージの上にあがった。
コンテストの出場者がエレキギターを演奏している最中だったが、姉妹はそんなことには頓着しない。
つかつかとステージ中央まで歩んでいき、用意していたマイクを取り出し、すぅーっと深呼吸をして、
「「……ミスターR、すてきっー!!」」
「「……かっこいいーっ!!」」
「「……抱きしめたいっー!!」」
などと、ユニゾンでわめきはじめる。
「……ちょっと、あんたたちっ! なんなのっ!
まだわたしの順番なんだけどっ!」
それまで呆然として眺めているだけだったエレキギターを抱えた出場者が、唐突に我に返りいきなりステージに乱入してそんなことをわめきはじめた双子に抗議をしはじめる。
それでも、双子たちはマイクを手にしてミスターRを賛辞することをやめなかった。何をいっても無駄だ、と悟ったエレキギターを抱えた出場者が、しまいには双子の肩に手をかけてステージから引きずり降ろそうと試みたが、もちろん、酒見姉妹は、一般人の力などではピクリとも動かない。
「……ひょっほっ」
一、二分もそうした「ミスターRへの賛辞」わめいていると、案の定、当のミスターRがステージの上に出現する。
エレキギターの出場者の背後に忍び寄り、ばっとスカートを捲りあげたかと思うと、その臀部に頬ずりをした。
「……うひゃぁっ!」
と悲鳴を上げて飛び上がり、ついで、振り返って、ミスターRの頬を張り飛ばそうとする出場者。
ミスターRは、「七十八点っ!」叫びながら背を逸らして、出場者の手を避けた。
すかさず、酒見姉妹が、
「「……わたしたち、大ファンですっ!!」」
といいながら、ミスターRに抱きついていく。
むろん、本音などではなく、ミスターRに接近するための方便である。
ミスターRは、
「……うひょひょ……」
などと締まらない笑い声をあげながら、双子が左右から抱きつくままにまかせた。
酒見姉妹は、一族の中でもそこそこの知名度があったし、野呂の長ともあろうものが、まさか姉妹の思惑に気付いていない、とも、思わなかったが……おそらく、ミスターRにしてみれば、酒見姉妹など、どうとでもあしらえるから、したいようにさせている、くらいの心づもりなのだろう。
その油断が、まさしく酒見姉妹の狙いだった。
左右から姉妹がミスターRの丸っこい体に抱きつくと、ミスターRはご満悦の様子で「にょほほほっ」っと、愉悦の笑みを漏らした。酒見姉妹は、背中やお尻をもぞもぞとまさぐられる不快感にを我慢しつつ、ミスターRの体に抱きついて、素早く鎖を二重三重に廻し、自分たちの体をミスターRの体に固定する。
ミスターRは、その動きに気付いていない筈はないのだが、その動きを遮るということをしなかった。
姉妹との実力差を考慮しての余裕、ともとれるし、もっと単純に、年若い女性が自発的に自分に体をすり寄せてくれる感触を楽しんでいる、とも、とれる。
自分たちの体とミスターRの体を、太い鎖でしっかりと固定すると、酒見姉妹は、どこからか針を取り出した。
これだけ密着した状態から針を使えば、いかなミスターRといえども逃れることはできまい。
そして、一族内部における酒見姉妹の名声は、より一層高まる筈……なのであった。
「……その油断が、命取りですわ」
アーケドの上から、ライフル構えた孫子が呟く。
ライフルのスコープの中に、酒見姉妹に抱きつかれてにやけきったミスターRの顔を捉えている。
孫子は立て続けに引き金を引いた。
現在、装填しているのは、シルヴィから供与された超強力麻酔薬を詰めたアンプル弾。途中で弾かれても、至近距離でアンプルが破損されれば、揮発して麻酔薬を吸い込むことになる。また、その速効性も、ガクに使用した時に実証していた。
本音をいうと、貴重なこの薬物をこんな所で使用するのは、気が進まないのだが……高速での移動と自身の気配を秘匿することに長けたミスターRを捕らえるためには、確実かつ有効な手段でもある。
孫子は、引き金を引いたこの時、自分の勝利を確信していた。
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つづき]
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