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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(195)

第六章 「血と技」(195)

 駅前を通りかかると、酒見姉妹が特設ステージに乱入して出場者からマイクを奪っているところだった。何故、あの双子がそんなことをしなければならないのか、楓は疑問を持つとともに強い興味を引かれたが、先行する茅が人混みをかき分けながら早足で電気屋さんに向かっているので、足を止めることなくその後をついていった。
 裏口から電気屋さんの事務所に入ると、
「あっ。来た……」
 と、椅子に座ったまま、玉木が振り返った。
「今、ちょうどステージの方が面白いことになっているよ……」
 玉木はそういって、自分の前にあるディスプレイを指さす。
「ええ……ステージの上、なんか、酒見さんたちがいましたけど……」
 そういいながら、楓は茅ととともに玉木の背後からディスプレイを覗き込む。
 ディスプレイには、ミスターRの左右から抱きついて、自分たちの体ごと、鎖で戒めている酒見姉妹の姿が映っていた。
「この程度では……ミスターRは、捕まえられないの」
 茅は一瞥しただけでそう断言し、玉木の隣の末端を操作しはじめた。
 楓は、何故茅がそんなことをいうのかよく理解できず、茅の横顔とディスプレイを交互に見る。
「才賀……みつけた」
 玉木の隣に座って、次々にカメラの映像を切り替えていた茅が、呟く。
 見ると、確かに孫子らしい女性の後姿が、ディスプレイに映し出されている。
 近隣のビルの屋上に設置された、カメラの映像なのだろう。上から見下ろした構図で、遠くに駅前広場の特設ステージが、かなり小さく見える。その女性の後姿もかなり小さく映っているのだが、ドレスのシュルエットとライフルを構えていることとで、孫子のものだということが判別できた。
 人気のない、雪が積もったままの商店街アーケードの上で、ゴシック・ロリータ・スタイルのドレスを着てライフルを構えている女性……など、そうそう何人もいやしない。その女性の背後に点々と続いている足跡が、寂しさを演出していた。
「……あっ……」
 一目みただけで、楓は、孫子が誰を狙っているのか、容易に想像がついた。というか、この場にいた者は、全員、気がついたことだろう。
 しかし……。
「才賀も、失敗する」
 孫子が映った画面を拡大しながら、ぽつり、と、茅がまた断言した。
 次の瞬間、いくつかの動きが、同時に起こった。
 さきほどより大きく映し出された孫子のライフルから、細い硝煙がはき出される。
 別のディスプレイの中では、それまで大人しく双子に抱きつかれていたミスターRが、いきなり動き出していた。

「……なんで……」
「……針が……」
 酒見姉妹は、同時に声をあげる。
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ……」
 ミスターRは、喉を仰け反らせて哄笑した。
「わしほどになればな、経絡を自在にずらすことなど、造作もないのだよ、小娘ども……」
 いいながら、ミスターRは両腕を左右にとりつた双子の尻に回し、わさわさといやらしい手つきで揉みはじめる。
「こっちは……二人合わせて八十五点、といったところかのぉ……。
 ちと筋張っていて、いささか触り甲斐がない。
 ま、将来に期待、といったところかの……」
 堂々と痴漢行為を働きながら、好き勝手な論評を付け加えた。
「……むっ」
 左右の至近距離から、憎悪の籠もった視線を受けながら、ミスターRは低く呻いた。
 そして、やおら頬を丸く膨らませたかと思うと、
「……よっ! っと……」
 首を後から前に突き出し、何かを吐き出す出す動作をした。
「ふぉっ。ふぉっ。ふぉおぅ……。
 誰かと思えば、さっきの九十八点ちゃんじゃないかぁ!
 わざわざ挨拶に来てくれるとは……おじいちゃんは嬉しいぞぉ!」
 ミスターRがそんなことをわめいている前では、ステージ前に集まった観客が、まとめてばたばたと倒れはじめていた。

「……ああっ!」
 その様子をカメラでモニターしていた玉木は、悲鳴をあげて立ち上がった。
「なんで、こんなことに……っていうか、それよりもまず、救助の手配をっ……」
「前に、才賀がガクに使ったクスリなの。
 放置しておいても、時間が経てば目を醒ますけど……」
 茅の冷静な解説など耳に入っている様子もなく、玉木は裏口から外に飛び出す。
「……まあ……寝ているだけにしろ、あの場に倒れている人を放置してするわけにもいきませんから……」
 楓は、内心で冷や汗をかきながら、玉木の立場を想像した。
 下手に処置をすると……商店街にとって、大きなマイナスイメージになるし、この寒い中、あのまま路上に投げ出しておくわけにもいくまい。
「……後遺症がないのなら、後は賠償とか示談でかたがつくのだ。
 幸い、加害者である才賀は、金に不自由しない身だし……」
 徳川の解説も、茅に負けず劣らず冷静なものだった。
「しかし……あの距離からライフル弾打ち込まれて……その弾丸に、口から吹き出した何かをぶつけた……という、ことなのか? 今のは……」
 孫子の狙撃場所からミスターRの位置まで、五十メートルと離れていない。この距離では、空気抵抗による減速効果も、ほとんど受けていない筈だ。
 徳川にしてみれば、とても信じられない事だったが……たった今目撃した事実から推測できるのは、そういう事実だった。
「荒神が前にいっていたの。
 一流の術者なら、飛び道具に対する対抗手段は持っているって。
 ミスターRは、超一流。
 どういう対抗方法を持っているのかまでは分からなかったけど、飛び道具を防げるということは、事前に想像がついたの……」
 ……それで、直前に、「才賀も、失敗する」と断言できたのか……と、楓は、今更ながらに納得する。
 荒神の言葉は、茅よりも楓の方が頻繁に聞いていたのだが……楓自身は、今の今まで、そのことをすっかり失念していた。
「……ミスターRが、動いた」
 茅が、ぽつりと呟いた。
 ディスプレイの中で、ミスターRが、弾むような足取りで、アーケードの上に……ライフルを持ったまま、愕然とした表情をしている孫子の元へと急いでいた。
 胴体の両側に酒見姉妹をぶら下げたままで、ミスターRは、アーケードの上まで、一足飛びに軽々と跳躍する。




[つづき]
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