第六章 「血と技」(196)
「……東雲っ! そっちは任せたっ!」
「……へいへい……。
ごたごたの後始末には、慣れていますもんで……」
スポーツウェア姿の東雲が、やる気がなさそうに返答をする。
「っていうわけだ、そこの眼鏡っ娘」
玉木が駆けつけた時、アーケードの前で、あの覆面男と若い男女とが、対峙していた。若い男女とは、ついさっき顔を合わせたばかりだったが、どうやら、あの覆面男を止めようとしているらしい。
「介抱とか記憶操作は、出血大サービスでおれがやってやるから、君は君にしかやれないことをやりなさい……。
これから、ね……。
率直にいって、たいした見物になると思うよ……。
なにせ……六主家の本家筋同士が戦う、なんてことは……滅多にないガードなんだから……見逃すと、後悔するよ……」
「……そ、そんなこと……いわれても……」
まさか、目の前で倒れている人たちを放置して、自分がやるべきことなど思いつかない玉木は、弱々しくやけにラフな格好をした男に、答える。
その男は、何故かこの寒いのにスポーツウェアしか着ていなくて、近所のコンビニとかパチンコ屋にでもいくような様子である。
「……注目っ!」
パンッ!、と、男は、小気味よい音をさせて、自分の胸の前で、手を合わせた。
その場にいあわせた人々が、はっとその男に注目する。
「……今から、貧血で倒れた人たちを運び出しますっ!」
りん、と、その男の声が、玉木の頭に響く。
……そう。倒れた人たちは、あくまでただの貧血なのだ……。
と、玉木も、納得してしまう。
この時の玉木は、数名の人たちが、固まって一気に気を失う、という不自然さを、まるで感じていなかった。
「……玉木さんっ!」
その時、有働を先頭とした放送部の連中が、どやどやと駆けつけてきた。
「今、何が、どうなっているんですかっ!」
有働の声を聞いた玉木は、びくりっ、と肩を震わせる。
何か……先ほど、声をかけられるまで、意識に紗がかかっていたような……気がするが……。
「そこの大きいおにーさんたち、そこの眼鏡っ娘の仲間か?」
スポーツウェアの男が、有働たちを手招きする。
「ちょうどよかったっ! この人たちを、介抱できる場所まで運んでくれっ!
こっちは、だな……」
男は、再びパンっ、と胸の前で手を合わせた。
「この場に居合わせた皆様っ!
これより前代未聞、必見のアトラクションを駅前にて開催しますっ!」
よく通る男の声が、周囲に居合わせた人たちの意識に、すうぅっと浸透していく。
そうだ……これは、単なるアトラクションなんだ……と、その場にいた人々は、なんの疑問を抱かずに刷り込まれる。
「……佐久間の技……って、やつですか……」
電気屋さんの裏で駅前の様子をモニターしていた楓が、呟く。
特設ステージのイベントを収録するための設備で、音声も拾えていた。
「ここからモニターできる情報で判断すると……意識を書き換える……というより、通常の催眠術に近い技なの……」
茅も、頷く。
「あの……わたしも、あそこにいった方が……」
おそるおそる、といった感じで、楓が茅にお伺いを立てる。
「まだ、駄目」
茅の返答は、簡潔だった。
「もっと、ミスターRの手の内を見届けてから……。
それに、あそこにいる人たちとテンとガクがいれば……うまくいけば、それだけで取り押さえられるかも知れないの。
駄目だった場合も、ミスターRは、消耗を強いられる。
楓と荒野が挑むのは、それからの方が有利なの……」
「出来る限り敵の情報を引き出し、消耗を強いてから、最後の最後に、最大の戦力をぶつける……。
確かに、理にかなっているのだ……」
一緒にモニターしていた徳川までもが、茅の言葉に頷いていた。
「ぼくも……松島が出る時は、加納を呼び寄せてからの方が、いいと思うのだ……」
「……けっ! 小娘どもがっ! っと……うるさいってのっ!」
自分たちの背中に手を回し、山刀を抜いた酒見姉妹は、何故かそのまま山刀を取り落とし、ぐったりと全身の力を抜く。
からん、と乾いた音をたてて、ごつい外観の山刀が地面の上に落ちた。
「しばらく、そうして気を失っていなってっ。
あとでたっぷり、可愛がってやるからよぉ……」
「……あー、そこのおねーさん……。
せっかく楽器持っているんだから、いっちょ、景気のいい曲、弾いてくんないかなぁ……」
東雲がのほほんとした口調で、ステージの上であっけにとられているエレキギターを抱えた女性に声をかけた。
「それから……そこの、眼鏡っ子。
君も、大人しく見守っているだけで、いいのか?
これから起こるのは、前代未聞の見せ物だぞ……」
それまで玉木は、駆けつけたはいいものの、どうしていいか分からず周囲を見回していた。倒れた人の救助活動は、有働たち放送部員や続けて駆けつけてきた飯島舞花らで十分に間に合う様子だ。
東雲にそう声をかけられ、反射的に玉木は、
「……あっ……はいっ……」
と返事をし……それから、やおらに、ステージに向けて走り出した。
「あとで……は、ないんじゃないかなぁ……。
ミスターR……」
東雲が、緊張感のない口調で、告げた。
「うちの嬢ちゃんだち、セクハラにはかなりうるさいみたいだからねぇ……。
静流さんと二人がかりでやりあって、無事でいられる算段はあるのかい……」
「……へっ」
ミスターRは、吐き出すようにいった。
「その程度のことくらい出来なくて、何のための長か……」
「……よくいったっ!」
東雲は、いきなり元気の良い声を張り上げた。
気づけば、いつの間にかこの男が、この場を仕切っていのだが……この場にいる誰もが、そのことを不思議に思っていない。
「……It's Shouw Time……」
この言葉を機会に、ステージ上の女性がエレキギターをかき鳴らしはじめた。
[
つづき]
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