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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(183)

第六章 「血と技」(183)

「……無防備でいる筈が、ないの」
 ノートパソコンから顔もあげずに、茅がいう。
 続けて、茅は、校庭の真ん中で雪合戦をしている子供たちに声をかけ、棒立ちになっている東雲を指さして、「このおじさんを、標的にしていいの」といった意味のことをいいはなち、有働に向かっては「東雲を、校庭の真ん中につれていけ」といった。手を引いていけば、それに逆らうことなくついていく筈だから、と。
 有働は、しばし躊躇っていたが、茅にじっと視線をあわせられるとひどく落ち着かない気持ちになり、そのうちに、「どうせ……雪遊び程度のことだし……」と思うようになった。
 結局、東雲の手を引いて、子供たちの近くにまで移動させる。
 最初のうち、棒立ちになって目ばかりをきょろきょろ動かしている東雲の存在をこわごわとみていた子供たちだったっが、一人の子供が意を決して雪玉を投げつけ、避けもせず、それをまともに受け止めた東雲が両腕を上げて「うぉおっ!」と叫ぶと、我も我もと東雲に向かって雪玉を投げつけた。
 雪玉が体のどこかに当たるたびに万歳をして声をあげながら、東雲は、その顔に「……何でおれは、今、ここで、こんなことをやっているのだろう……」と不審と不満が入り交じった複雑な表情を張り付かせている。その顔をみるだけでだけで、東雲が、本人の意思でそんな馬鹿なことをやっているのではないということは、明白に判断できるのであった。

「……あの人に、いったい、なにをしたんですか?」
 東雲の身柄を置いた後、とばっちりを受けないうちに、と茅のそばまで戻ってきた東雲は、茅にそう尋ねる。
「……茅の知覚半径内に、あの男が、自分の姿を見えないようして入ってきたの……」
 茅は、顔も上げず、手を動かしたままで、答える。
「……不審な行動だったし、茅も今は手が放せなくいので、何か仕掛けてくる前に、あの男の意識に枷を填めて、動きを封じた。
 ただそれだけのことなの……」
「……それは、つまり……」
 有働は、茅の言葉を頭の中で反芻し、なんとか自分なりに理解し、解釈しようと努める。
「……茅さんは、あの男に催眠術みたいなものを、かけた……ということ、ですか?」
「……茅が先手をとらなければ、茅の方が、あの男にいいようになぶられたの……」
 茅は、有働の言葉を、否定も肯定もしない。
「……それに、何かをしろ、と命じるより、何かをするな、と命じる方が、無意識の抵抗も少ない……。
 例えば、あの男は、ここで茅に声をかけるまで、自分の制御範囲内にいる人たちの知覚系に干渉し、自分の姿を知覚できないように操作していたの……」
 ここで、茅は有働の理解が追いつくのを待つように、間をおく。
 有働は、最前の出来事を慌てて思い返す。
 ……確かに、あの時……あの男自身が声を出すまで、有働自身を含む誰もが、あの男の接近に、気付かなかった……。
 有働が小さく頷くと、めざとくその動作を認めた茅が、先を続ける。
「……だから、茅は、あの男が何かを仕掛けてくる前に、あの男の意識に干渉して、あの男がここにいる誰かに攻撃することを禁止し、自分の意志では足が動かないようにし、雪玉が体に当たった時、腕をあげて吠えるように……書き込んだの」
 有働は、茅がいったことを反芻して、理解しようと試みる。
 少なくとも、今の出来事と比べた時……矛盾は、見られない。
「……それは、催眠とか暗示に近いものですか?」
 押し出すような声で、有働が茅に聞き返す。
 問題は……。
「機能としては似ているけど、もっと根本的で大きなチカラ……佐久間の技、なの……」
 ……そうしたことが、茅に可能だと仮定すれば……有働が、常識だと思っていた世界が、根底から否定されることだった。
 荒野や楓、テン、ガクとが、どんなに非人間的な能力を発揮したとしても……それは、あくまで普通の人間の能力の延長上にあった。質的な変異、というよりは、量的な増大であり……非常識な能力である、ということに変わりはないとはいえ、それでも、なんとか納得はできる。
 しかし、他人の意識にまで干渉する……あの男がやったように、本来なら見えている筈の自分の姿を、他人の意識に干渉して「見えないもの」として意識させたり、茅があの男にしたように、自分の意志では足を動かせなくしたり、特定の条件を満たした時に指定された動作を行うように設定したり、といったことは……こうした操作は、断じて常人の能力の延長上にはない能力、といえた。
 有働が知っている概念の中で、そうした能力に最も近い例は……。
「……一種の、ESP……なんですか?」
 言語を介せずに意志の疎通を図る、というテレパスの能力に、近いような気がする。
「わからないの」
 茅は、素っ気なく答える。
「実在するエスパーと接触した経験がないから、異同の比較もしようがないの。
 文献で見る限り、ESP能力者とされる人々が出来ることは、もっと限定されているようにも思えるし……。
 あるいは、そうした人々も、的確な修練を積めば、佐久間と同じようなことが出来るのかも、知れない……」
 茅の返答は淀みがなく、遅滞は見られない。
 おそらく、茅自身も、何度もそのことについて考察を重ねてきたのだろう。
「なんで……ぼくには、そこまで率直に話してくれるんです?」
 有働は、そう尋ねる。
 茅は……どうも、あけすけに語りすぎる、という気も、した。
 茅がそうした能力を持っている……という事実が周知のものになったら……どういう反作用が起こるのか、予測できない。
 その気になれば、自分を意のままに操れる……と、分かっている相手と屈託なくつき合えるほど、精神的に成熟した人間は、どちらかといえば、少数派だろう……。
「有働は、知らなくてはならない。
 茅や荒野たちのことを、世間に広める、という仕事を、自ら進んで選択したのだから……」
 茅の返答は、率直だった。
 有働が「知ること」を望んだから、茅も、伝えるべきことを伝えているのだ……。
「それは……責任重大、ですね……」
 有働としては、そう答えるより他、ない。
 茅の信頼に、どう応えるべきか……改めて、真剣に考えなくてはならない……と、有働はそう思った。
「それは、有働の仕事なの」
 茅は、にべもなく、そう言い放つ。
「茅の重要時は……一族の確執に捕らわれることでも、一般人社会の偏見に対処することでもなく……そうした障害などでビクともしないほど、強固な足場を築くことなの。
 そのために、ここの人たちのために役立つこと、出来ることしている……それが、現在の茅の再重要課題なの。
 それを邪魔しにくる者は……ああいう目に遭うの」
 ああいう目、とは……現在、雪まみれになってがおがお騒いでいる、東雲とかいう人のことだろう。
 茅は茅なりに……自分の居場所を作ろうと、努力している。
 他人に尽くすことで、自分たちの存在を認めさせようと、している。
 だから、こうして話している間にも、手を休めることがない。
 動機としては利己的だったが……同時に、合理的で前向き、合目的な行動指針だ……と、有働は思う。
 茅は……まっすぐなんだな、と、有働は思った。 





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