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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(184)

第六章 「血と技」(184)

「……有働……」
有働の質問に一通り答えると、茅は、ひとかたまりになってなにやら会話しているテン、ガク、酒見姉妹を指し、
「……シルバーガールズ、ちゃんと撮影して。
今なら、子供たちの注意が、東雲に向いているの……」
「……はい」
有働は茅に軽く頭を下げて、校庭の中央に向けて駆けだしていった。
 気分が、奇妙に軽かった。
 ああいう人たちのためなら、苦労のし甲斐もある……と、有働は思う。
 茅も、荒野も……正義とか抽象的な大義名分の為ではなく、あくまで今後の自分自身の生活を確固たるものにするために、頑張っている。
 彼らは……あれだけ、数々の卓越した能力を持ちながら……結局、望んでいるのは平穏な生活だけなのだ。
 有働は、放送部員たちを集めながら、そんなことを考えている。

 有働たち放送部員はテン、ガクと軽く打ち合わせをして、本格的な撮影に入った。これまで、シルバーガールズ関係の撮影は、徳川の校場内か、少し前、商店街アーケード上とか、特殊な条件で、ということがほとんどだった。
 白昼の自然光の元で、準備万端整えて、というのは、放送部員たちにしても、実は、ほとんどこれが初めてのことであり……しかし、これまで劣悪な条件下での撮影に慣れていた放送部員たちにとっては、これまで足枷となっていた様々な要件が外れたことにより、より自由な絵造りができる、ということに対する喜びの方が、大きかった。
 これまで決して少なくはない場数を踏んできた放送部撮影班の手並みは、この時点でかなりスムースなものになっている。
 テンとガクの方も、撮影されることに慣れはじめていいたため、その日の撮影作業はスムースに進行した。

 校庭で撮影作業を進行している中、茅が呼び戻したスコップ部隊が続々と帰投しはじめる。
 時刻も昼に近づき、周辺の登録ボランティアスタッフも続々と参加しはじめていたため、先行していた人員はこれ以上の必要なし、と判断し、また、この小学校から借りた備品も確認しておきたかったので、茅が引き上げさせたのだった。
 この頃になると、雪かきを必要とする場所の面積と比較して、参加する人数の方が格段に多くなっていたので、参加希望や終了報告メールへも返信も、自動で処理できるようになっていた。
 これまで、茅が返信してきた経験を元にして汲み上げたマクロを、すでに大方の連絡に自動で対応できるようになっており、茅が直接返信の文面を書く例外的な処理は、ほとんど出てこないようになっていた。
 今回の事例で、突発的に大量の人員を動員する作業が発生した場合の処理ノウハウが、いくらか蓄積できたな、と、茅は思う。
 帰ってから、データや人の流れに無駄がなかったのか、もう一度検証してみる必要はあったが……いきなり、これだけ大規模な作業を行ったにしては、スムースに事態を進行させることができた、と、思う。
 徳川や一族の者たちが、率先して仕事に手をつけてくれた、という要因が、やはり大きいだろう。
 初期の段階で、「誰かがすでに手を着けている」、という既成事実を作ってしまったのは、群集心理を考えると、やはり大きい。
 先行した鉄板部隊やスコップ部隊が活動していた現場は、それに、除雪した後の様子は、この付近に住む多くの人に目撃された筈であり、そのことは、すでにボランティアに登録済みの人々はもとより、そうではない、まったく無関係の地域住民にも、それなりにいい印象を残した筈だった。
 荒野や茅の本来の目的を考えると、事実上、初回ということを考えれば、かなり良好な成果を上げることができた、ということになる。
 少なくとも茅自身は、今回の件をそう評価していた。

 茅が戻ってきたスコップの数を確認している最中に、徳川たちの鉄板部隊が、当初予定していた作業を完遂して帰投してきた。
「……これで、この付近の主だった歩道は、だいたい問題なく通行できるようになったのだ……」
 そういって徳川は、校庭の角に駐車していたトラックの荷台に鉄板を片づけさせる。
「それでは、少し休んでから、わたしたちの学校も、ここのようにしておいて欲しいの」
「そうだな」
 茅がそういうと、徳川は素直に頷いた。
「今までの例でいくと、校門から玄関まで道をつけるのなら、二、三人もいればすぐに終わるのだ」
 徳川も、今回の件で一族の者のタフさ加減を実感している。
「……他には?
 やることは残っていないか?」
 徳川は、茅に聞き返した。
「後は……そう」
 珍しく、茅は数秒、考え込む。
「それも終わったら……一度工場に戻って、例のドラム缶を駅前に持っていって欲しいの。
 一般人のボランティア要員にも、活躍する余地を残しておくべきだし……」
「……なるほど。
 炊き出しの強化か……」
 徳川は、頷く。
「……足元は確保したから、地元客も商店街に行きはじめるだろうし……。
 そうだな。
 どうせ、イベント最後の週末だし、せいぜい、派手に振る舞うのだ……」
「ボランティアの人たちにも、駅前にいけば熱い飲み物が用意されている……と、同報メールっしておくの」
「半分、客引きなのだ」
 徳川は、苦笑いする。
「この寒い中、その程度の見返りで、実際にあそこまで足を運ぶ人も少ないと思うが……」
 とか、ぶつくつさいいながらも、徳川は、
「……もし、材料が足りなくなるようなら、金は出すから、遠慮なく派手にやれ、と駅前の連中に伝えるのだ……」
 と、茅に言い残し、休憩していた一族の中から希望者を数人募って、敷島と一緒にトラックに乗り込み、去っていった。

 その後、撮影がひと段落したテンとガクが茅のそばに来て、
「他に、撮影しておくようなことはないか?」
 と尋ねた。
 茅は、
「シルバーガールズが、ボランティア活動に従事している映像も欲しいの」
 と、即答する。
「……あっ! そうだっ!」
「肝心なのを、忘れてた」
 茅に指摘されて、テンとガクは、同時に声をあげる。
 シルバーガールズは、もともと、そちらのマスコットでもあり……「特撮番組」としてしか捕らえていなかった二人は、そのことを失念していた。
 そんな二人に戻ってきたばかりのスコップを手渡す。
 そんなわけで、放送部撮影班とシルバーガールズの二人も校門から外に出ていく。

「……みんな……」
「……行っちゃいましたね……」
 残っていた酒見姉妹が、茅にそう声をかけた。
「……ところで、あの人は……」
「…ーいつまで、ああしておくんですか?」
 そういって双子は、校庭の真ん中に立ち尽くす東雲目白を指さす。
 東雲は、あれから一歩も動けないまま放置されていた。最初のうち、子供たちも面白がって雪をぶつけていたものだが、東雲が単調な反応しか返さないのですぐに飽き、じきに、誰にも相手にされないようになった。
 そのまま雪まみれになって、為す術もなくずっとそこに立ち尽くして現在に至る。
「……東雲の存在は、優先順位が低い案件だから、意識の角においやっていたの……」
 茅はそういって、東雲目白にかけていた暗示をすべて解いた。
 体の自由を取り戻した東雲は、その場にがっくりと膝をつき、
「……姫さんは、並の術者よっりもよっぽどたちが悪いや……」
 と、ぼやきとも負け惜しみとも受け取れる事をいって、盛大にくしゃみを発した。




[つづき]
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