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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(187)

第六章 「血と技」(187)

「そう……。
 状況は、理解できたの」
 茅はそういって通話を切った後、酒見姉妹に向き直った。
「……酒見たちっ!
 行くのっ!」
「……行くって、どこに……」
「……それに、何をしに……」
 酒見姉妹は、怪訝な表情で茅の顔を返す。
「目的地は、商店街! 目的は……」
 茅は、何故か、天の一点を指でびしっぃっ! 指し示す。
「……ご奉仕なのっ!」
 酒見姉妹は、ポーズを決めた茅に対して、「「……おおっー!」」と感歎の声を上げながら、ぱちぱちと手を叩いている。
 別に、茅のいうことを理解し、その発言内容に関心したから拍手しているわけではない。酒見姉妹は、すでに茅の思考内容と行動原理を理解することを放棄している。それ以上に、姉妹の間では、茅のいうとおりにしていれば、まず間違いない、という全幅の信頼心が育ちつつある。
 姉妹が拍手をしたのは、ただ単に「茅のポーズが決まっていたから」、だった。
『……なんなんだ、このノリ……』
 一人、紅茶を飲み過ぎて胸焼けを感じている東雲目白だけが、三人のノリについていけないでいた。
「……その前に、着替えてくるの……」
 たっぷり二分間以上、ポーズをとって満足したのか、茅はさっさと別室に移動していった。

「……姫さん……」
 着替えて出てきた茅の姿を見て、東雲は、呻くようにいった。
「本当に、その格好で、外に出るのか……」
「そうです、茅さま……」
「肝心の、カチューシャをお忘れですっ!」
 酒見姉妹は姉妹で、何かピントが外れた所でつっこみをいれている。
「この格好の上に、寒いからコートを着るの」
 メイド服姿の茅は、そういった。
「それに、カチューシャは、ポケットに入っているの。
 自転車に乗ると、落とすかも知れないから……」
「で、……姫様たちは、商店街にお出かけ、っと……」
 ……あー……もう、好きにしてくれ……と、東雲は思った。
「その間、わたしゃあ……」
「好きに、どこへでも行けばいいの」
 茅は、素っ気なく申し渡した。
「ここは鍵を閉めるけど、ここ以外のどこにでも、自由に行けばいいの……」
 酒見姉妹も、茅の言葉に「うんうん」と頷いている。
「……あっ……やっぱり……」
 その答えを半ば予期していた東雲は、間の抜けた声を出した。
 そりゃあ……あんたたちの覚えがめでたいとは思ってはいなかったけどよぉ……。
「……これ……」
「……東雲の、服……濡れたまま、だけど……」
 酒見姉妹が、片手を背中に隠したまま、にこやかに、東雲の目前に紙袋を突き出す。
 逆らえば……こいつらのことだ。
 問答無用に襲いかかってくる、程度のことは、平気でやりそうだもんな……と、東雲は思った。
 酒見姉妹の評判は、一族の中では、決して芳しいものではない。
 それが……よくもまあ、荒野や茅に対しては、従順に従っているものだ……と、これまで姉妹の様子を観察してきた東雲は、呆れ半分に感心していた。
「……へい、へい……」
 これ以上、悶着を起こすことを望まなかった東雲は、素直にその紙袋を受け取って、椅子から立ち上がる。
 茅と酒見姉妹も、上着を着て外出の準備を整えてはじめていた。

「それでは、東雲。
 茅は、自転車でいくから……」
「「……ごきげんよう……」」
 自転車置き場の方に去っていく茅と酒見姉妹を、東雲は呆然と見送る。
「……あ……ああ。
 姫様たちも、お気をつけて……」
 マンションのエントランスで、東雲に背を向けた三人に、あまり独創的とはいえない言葉を贈って、東雲は、自分が手にした濡れた服の入った紙袋をしげしげと眺める。
「……あっ……。
 仕事が早いクリーニング屋の場所、聞いておけば良かったな……」
 そう呟いた時、自転車に乗った茅が、東雲の前をしゃーっと通過していく。
 酒見姉妹も、自転車の茅に劣らない速度で、そのすぐ後に続いていた。こちらは徒歩であり、一見して走っているようには見えない、滑るような動きなのだが、実のところ、茅から全然引き離されてはいない。
 三人の姿は、あっという間に東雲の視界から消えた。
「……しゃーねー……」
 東雲は、紙袋を肩に下げて、歩き出す。
「……嬢ちゃんから連絡が来るまで……自分の足で探してみるか……」
 小埜澪のお目付役を先代から押しつけられて、もうかなりになるが……小埜澪は、決して大人しく見張られるままになっているような、殊勝なタマではなかった。
 実際の所、逃げようとする小埜澪と、それに引き離されないように食らいついていく東雲、という構図が、ここ数年、続いている。流石に付き合いが長いだけあって、二人の間になにがしかの信頼関係は育っているのだが、だからといって、奔放な小埜澪が、東雲の存在を煙たく思っていないのかというと……決して、そんなことはない。
 今日も、「気がついたら、連絡をくれるように」と小埜澪の携帯にメールをいれているのだが、今になっても返信が来ていなかった。
 それでも、東雲が小埜澪のことをさほど心配していないのは……狩野家の十人たちから、小埜澪の話題がほとんど出ていないから、あまり問題を起こさずにやっているのだろう……と、そのように判断している。
 それに、今、多数の一族が点在するこの町で、一族の中ではそれなりに有名人である小埜澪が動き出せば、何らかの反応は東雲の耳にも入る筈……であり、だから、東雲にそうと知れずに、小埜澪がいつのまにかどこかに消えていた、というような事態には、なりえない……と、東雲は、踏んでいる。
 東雲にしてみれば、小埜澪が問題さえ起こさなければそれでいいわけであり、問題さえ起こさなければ、どこで何をしていようが、過度に干渉するつもりはなかった。
「……さて……っと……」
 東雲は、歩きながら、一人そんなことを、呟く。
「……平和だねー……この町は……」
 ……これだけ多くの火種を抱えているのに関わらず……今のところは、全くの無風状態だった。




[つづき]
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