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彼女はくノ一! 第五話(270)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(270)

 飯島舞花や柏あんならがら新しく持ってきたドラム缶に取りついて、うちわで扇いで火を起こしている間、ついで弟と二人掛かりで一抱えもある鍋をかかえた玉木がやってきた。鍋には、「準備中! まだ煮えていません! 触ると火傷します」と大書きされた紙が張ってある。
 玉木と玉木弟は、鍋を新たに持ってきたドラム缶コンロの上に乗せる。その後玉木は楓の方に近寄り、
「……重いし、熱いし…………」
 とかいいながら、楓の腕をひっぱってそのまま引き返した。

 先行して準備をしていた荒野は、この時点で太介と二人がかりで鍋の中身をおたまで紙コップにそそぎ、道行く人に配りはじめている。
 ローカル局とはいえテレビで放映されたせいか、駅から降りてくる人たちは荒野が予想した以上に多く、服装や挙動からしてみても、そのほとんどが明らかにイベント目当ての人たちのようだった。あと数日でこのイベントが終了する、ということもあってか、いつもの週末よりも人が増えている。
 加えて、茅からメールで知らされた、とかで、雪かきに参加した人たちが続々と荒野の元に集まり、それが呼び水となって他の通行人も、紙コップを貰うための列を作った。
 おかげで、荒野が見ていたの鍋は、見る間にその中身を減らしていった。
「……太介、ちょっと頼むな」
 荒野はそういい残して、その場を離れた。
「ちょっと、追加の様子とか見てくる……」
 荒野が玉木の家の勝手口に向かうと、大きな鍋を抱えた楓といきあった。
「追加、どうなっている?
 思ったより、減りがはやいぞ」
 荒野は、楓にいう。
「……今、玉木さんと徳川さんが用意してます。
 かなり、たくさん……」
 すれ違いざまに、楓は早口でそういいって、駆け抜けていった。
 かなり、たくさん……なら、多分、そう心配することもないのだろう……と思いながら荒野が「すいませーん……」といいながら、玉木の家の勝手口を潜ると、玉木と徳川、それに、玉木の弟や妹までもが総出で、業務用の大きなレトルトのビニールパックや缶の中身を、タッパーに空けているところだった。コーンポタージュ、ミネストローネ、トマトスープ、ビーフシチュウ……などのラベルが印刷された缶やパックが、台所の隅に山積みになっている。
 そして、電子レンジの中から取り出したタッパを鍋に空け、新しいタッパーをレンジの中に入れる、という作業を、繰り返している。ガスコンロで火にかかっている鍋の他にも、そうして暖められた鍋が、床やテーブルの上にいくつも並んでいた。
 短時間で出来合いのものを加熱するには、それなりに合理的な方法だ……と、荒野は思った。 
「……ああ。
 ちょうど良かった、カッコいいこーや君!」
 玉木は、うっすらと額に汗を流していた。
「向こうの様子、どう?」
「思ったより人が多くて、減りが早い」
 荒野は答える。
「それで、こっちの様子を見に来たんだけど……」
「見ての通り、てんてこまい」
 玉木は、早口にまくし立てた。
「本当は手作りにしたいんだけど、急だったから……」
「当座、これだけあれば上等だと思うけど……おれ、この暖まっているの、持っていく。
 それで、鍋運び要員、連れてくる」
「……お願い。
 あと、こっちの仕事、手伝ってくれる人も、何人か寄越してくれると助かるっ!」
 荒野にそういって、玉木は自分の弟と妹にまだ封を切っていない紙コップのカップやおたまを持たせ、
「このネコ耳のおにーさんについていきなっ!」
 と、いった。
「まあ……これだけ用意してたら、当分持つし、あとは直にドラム缶で暖めても、間に合うと思うよ……。
 なんなら、茅に連絡すれば、増援寄越してくれると思うし……近くで顔見知り見かけたら、声かけてみるし……」
 荒野はそういって、玉木に借りた鍋掴みを手に填め、鍋を持ち上げる。
「……お願いねー……」
 忙しく手を動かしながら、玉木はそういって荒野を見送った。

「……そういう感じだった……」
 荒野は舞花が見ていたドラム缶の上に鍋を置き、ざっと向こうの状況を説明する。
 孫子が呼んだ増援四名の中では舞花が上級生でもあり、舞花に話しておけば、他の連中にも情報が伝わりやすい。
「……それじゃあ、そっちの方を手伝った方がいいのかな……。
 でも、もう火を使っているから、こっから離れるわけにいかないし……。
 って、ダメダメっ!」
「……これに触ると、火傷しちゃうよっ!」
 舞花と荒野はほぼ同時に、どこからかトコトコと歩いてきて、ドラム缶に抱きつこうとした小さなお子さまを制止した。
「……この通り、家族連れも来ているし……」
 確かに、荒野が離れていた僅かな間に、めっきり人手が増えていた。
「今の時点でこれだと……昼過ぎには、年末くらいの賑やかさになるんじゃないか……」
 荒野は、人混みでごった返す駅前を眺めながら、そう呟く。
「……なんの話ですの?」
 背中で孫子の声が聞こえたので、荒野は振り返り、事情を説明しようとして、絶句した。
「コンテストにエントリーした皆さんの中から、有志を募って連れてきました」
 孫子が例のゴシック・ロリータ・ファッションであったことは、別段、驚くには当たらない。半ば、予期していたことだから。
 しかし、背後に同じくらい、ひらひらしていたりゴテゴテしていたりするドレスに身を包んだ少女、ないしは女性たち十余名を引き連れている、というのは、予想外かつ圧巻だった。
「……みなさんで、ここで、この鍋の中身を紙コップに入れて配ってくれ。
 そうだよな、うん。
 イベントの趣旨からいっても、その方が似つかわしい……。
 おれたちは、喜んで裏方に廻る。
 それでいいな? 飯島……」
「……いい。いい」
 荒野同様、あるいは荒野以上にど肝を抜かれている舞花は、コクコクと頷く。
「わたしも、喜んで裏方に廻る……」
「……じゃあ、今、もっといっぱい鍋持ってくるから……。
 とりあえず、あそことあそこもコンロの用意が出来ているので、適当に散らばってください……」
 荒野はそういって、逃げ出すように再び、玉木の家の勝手口に向かう。
「……わたし、柏ちゃんに声をかけてくるわ……」
 舞花も、荒野に続いてその場を離れる。

 荒野がそんなことをしている間にも、楓は鍋を抱えて玉木の家と駅前を往復していた。せっかく特急で暖めた鍋も、早く運ばなければ冷めてしまう。
 何度か往復するうちに、孫子がゴスロリ服の配膳係を引き連れてきたとかで、随分とドラム缶コンロの周辺が賑やかになってきた。
 賑やか……というより、配膳係を目当てに、より多くの人が列に並ぶようになっていた。
 舞花や柏あんななどの初期メンバーは、徐々に玉木の家の台所での作業や、新しいコンロを設置して火を起こすなどの裏方作業の方に廻っていった。
 誰もが人前にでることを、どちらかといえば苦手としており、他に率先して配膳引き受けてくれる人がいれば、喜んでその仕事を譲った。
「……ちょっと、楓……」
 何度か鍋を抱えて往復しているうちに、てきぱきと他人に指示をとばし、いつの間にか現場での人員配置係、のような役割を果たしていた楓に、声をかける。
「こっちに、来なさい。
 あなたには、あなたにしか出来ない仕事をやってもらいます……」
 そういうと、孫子は、楓の腕をとって、コンテスト出場者の、控え室へとずるずる引きずるようにして、引っ張っていく。
 基本的な性格として、押しに弱い楓は、不審な顔をしながらも、孫子に従ってついていった。




[つづき]
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