第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(269)
トラックに積んできたドラム缶を全て降ろし終えた頃、一度姿を消した玉木が帰ってきた。
「とりあえず、駅前広場にもう二個。この、アーケード出口の両脇に二個。
もう一個は、駅の向こう側、北口出口に……。
もっと個数があるのなら、北口方面にばら撒きたいんだけど……」
「ドラム缶は、まだまだ用意できるのだ」
このようなサービスは、アーケードの内部で使うより、風が直接当たる野外で行った方がありがたみがある、という判断だった。
徳川は、携帯電話を取り出した。
「あと、何個必要なのか?
それと、燃料の調達はそっちで頼む。この間の残りは積んできたが、おそらく、それだけでは足りなくなるのだ……」
そういって徳川は、トラックの方を指さす。荷台に積んできた、というジェスチャーだろう。
「燃料は、頼まれた」
玉木は即応する。
「ドラム缶は……あと、五、六個積んできて」
「そのように伝えるのだ」
答えて、徳川は携帯に登録してある自分の事務所の番号を呼び出した。
その間に、敷島がガードレールを足場にして、ヒールにタイトスカート姿とは思えない優美な動作でトラックの荷台に乗り、歩道の上に燃料用の炭袋をどさどさと投げ落とした。
「それでは、わたしは早速、それを取りにいって参ります……」
最後に自分自身が歩道の上に飛び降り、すぐに運転席に乗り込む。
徳川は、片手をあげて了解の意を表しながら、携帯に向かって工場にいる人間に、ドラム缶の加工を頼みはじめた。
「後は、このドラム缶と燃料を指定の場所に運んでいって……」
楓が降ろしたドラム缶を横倒しにして、転がしはじめる。
「まずは、駅前にもう二つね……。
ステージの周辺には人がたまるから、こういう暖かいの、の歓迎されるよ……」
玉木が楓の前にでて、先導しはじめる。
ぼちぼち、人が多くなってきている。通行人に注意を呼びかける役目が必要だった。
孫子も手にしていた書類鞄を徳川に預けて、楓と同じようにしてドラム缶を運びはじめた。
徳川が通話を切った所に、ちょうど自転車に乗った飯島舞花と栗田精一が到着した。
「なんか、やることあるんだって?」
飯島舞花は、自転車から降りながら、徳川に声をかける。
「いやあ、寝坊しちゃってさぁ。
雪かきに出遅れたから、ちょうどいいかと思って……」
「では、早速、この袋を駅前まで持って行って欲しいのだ」
徳川は、挨拶もそこそこに舞花に指示する。
「そこに、加納や才賀がいるのだ。
玉木もいる筈だから、あとの指示は奴に聞くといいのだ」
「了解、了解」
舞花は、にこやかに応じる。
「その程度の肉体労働なら、どうってことないし……」
いいながら、すぐに炭の袋を肩に担いだ。
「……見た目よりは軽いけど、確かに徳川さんには無理かな……」
舞花と同じ動作をしながら、栗田がいう。
二人とも、普段から部活で鍛えているので、同年配の平均値よりはよほど頑強にできている。
「さて、と……あとは……」
徳川が次にやれることを考えていると、
「……あの……荒野さんから、こっち手伝えっていわれたんですけど……」
どうみても徳川より年少の少年が、徳川に声をかけてきた。
徳川は、その甲府太介とは初対面になる。
「……お前……力は、強いのか?」
徳川は、三十秒ほどしげしげと甲府太介の顔を見つめ続け、きまりが悪くなった太介がもぞもぞと身じろぎしはじめたあたりで、そう声をかけた。
「……えっとぉ……その、普通の人よりは、よっぽど……」
徳川が一族についてどれほどのことを知っているのか判断ができない太介は、曖昧な返事しかできない。
「それなら、そこのドラム缶を一つ、横倒しにして運んで欲しいのだ。
肉体労働は、ぼくの領分ではないのだ……」
わざわざ荒野がよこしたのだから、それなりに使える人物なのだろう……と、徳川は、甲府太介のことをそう判断した。
太介にしても、穴が空くほど顔を見つめられるよりは、体を動かす方がよっぽど気が楽な性分だったので、素直に徳川の指示に従い、通りの向こうまでドラム缶を転がしていく。
そうこうするうちに、自転車に乗った柏あんなと堺雅史も到着する。
太介に残ったドラム缶を転がさせ、あんなには炭袋を持たせて、徳川の先導で駅前へと移動する。堺雅史には、その場に残って自転車と残った炭袋の見張りをして貰うことにした。
自転車はともかく、炭袋を盗む者が居るとは思えなかったが……念の為、ということもある。
「……四回!」
「……四回!」
駅前で顔を合わせるなり、飯島舞花と柏あんなはそう言い合った。
そのあと、何か納得するように「うんうん」と頷きあっている。
すぐ傍にいた栗田精一は、二人から視線を外していた。
「才賀は、今、着替えにいっている。このイベント用の衣装があるとかで……
玉木は自宅で鍋の準備。楓は、あそこで種火を移している最中」
荒野が徳川にそんなことをいいながら、少し離れたところで、新たに運び込んだドラム缶の中にうちわで風を送り込んでいる楓を指さした。
「……荒野さん、このドラム缶はどこに置くんですか?」
太介がいう。
「線路の向こう側、っていってたたけど……詳しい場所は玉木が帰ってきてから聞こう。
とりあえず、邪魔にならないように、端の方にでも置いておけ……。
手が空いている人、向こうのドラム缶に炭入れて、こっちから種火持って行って、火を起こしてくれ……」
「……はいはーい……」
飯島舞花が、炭袋を担いで誰もついていないドラム缶に歩き出した。
[
つづき]
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