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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(189)

第六章 「血と技」(189)

 それから荒野は、甲府太介に駅前の牛丼屋に使いを遣って持ち帰りの弁当を買ってこさせ、それを平らげてから、一旦、帰宅することにした。ここまで体勢が整えば荒野一人がいてもいなくいなくなってあまり影響はなさそうだったし、それに、昨日に引き続いて、午後から学校で手作りチョコの講習をする約束があるため、一度マンションに帰って制服に着替える必要があった。
 帰路、商店街を通って行くと、思いの外、人が多い。イベント最後の週末、ということもあってか、地元民ではなさそうな家族連れとか、それまでの客層とは微妙に違った人たちがわざわざ足を運んでいるように、荒野には見えた。
 これも、数日前、ローカル放送での短時間の放映とはいえ、テレビで取り上げられた影響なのかも知れないな、と、荒野は思う。
 人混みをかき分けるようにしてアーケードの外に出るまで、ひどく時間がかかった。昼食の時にもそんな話題が出ていたが、確かに、今日の雰囲気は、年末のクリスマス・イベント時のそれに似ている。違うのは、地元の商店街の人々が、以前よりこのような浮ついた雰囲気に慣れて、平常心を崩さないようになっていること、それに、荒野たちやコンテスト参加者などが、可能な範囲内でサポートをしていること、くらいだった。
 昼過ぎから駅前の特設ステージで、コンテストにエントリーした人たちによるアピール活動がはじまるはずだったが、その時間に、荒野自身は学校で女生徒たちにチョコの作り方を指導している約束になっているので、その場で見物することは出来なかった。
 特に見たい、とも、思わなかったが。

 商店街周辺の、非日常的、というか、祝祭的、というか、とにかく浮ついた雰囲気を通過してマンション付近まで歩いていくと、ようやく落ち着いた、普段の住宅街の空気が戻ってきて、荒野はようやく精神が安らいだ気持ちになった。
 一時的に遊びにいく先としてならともかく、普段の生活圏がああして浮ついた雰囲気に包まれると、非常に落ち着かないものだな……と、荒野は妙に納得した。
 そして、そんな納得の仕方をする自分自身に対して、荒野は、
『……地味好き……』
 と、評価を下す。
 前々から漠然と感じていたことだが、荒野自身は、自分の生活に「血湧き肉躍る冒険!」とか「スリルとサスペンス」などの不安定な要素はまるで求めていない。ここに来るまでの生活がまさに、そうした不安定な要素に満ちた生活であったから、その反動ということも多少はあるのだが……それを差し引いても、ああいう浮ついた空気に長時間浸っていると、荒野は精神的な疲労を多く感じた。
 自宅でゆっくりとくつろいでいるか、料理でもしている方が、よっぽど落ち着くのであった。

 そんなことを考えながら、マンション前まで来ると、男女の二人連れが狩野家の玄関から出てくるのに遭遇した。
 何故か、スポーツウェア姿、というラフ過ぎる格好の東雲目白と、今朝も見た白いダウンジャケットにパンツ姿の、小埜澪だった。
「……や。ども……」
 どんな挨拶をしても場違いな気がして、しかし、まるっきり無視するのも具合が悪いので、荒野はごく短く、無難な挨拶をする。
「もう、お帰りですか?」
「……この格好で、か?」
 東雲は、自分の服を見下ろして、荒野に意味ありげな微笑みを見せる。
「いろいろあって、今朝着ていた服、汚しちゃってなぁ……。
 この服、姫さんから借りた、若のだよ。
 夕方にクリーニングから帰ってくるまで、この町に足止めだな……」
 ……道理で、東雲が着ていたトレーニングウェアに見覚えがあるわけだ……と、荒野は思った。
「服は別に、買ってもいいんだけどさ……」
 小埜澪は、二人のやりとりを興味深そうに見ながら、そういった。
「……それよりも、今、商店街がかなり賑やかなことになっているそうじゃないか……。
 姫様とか新種の友達も、大勢動いているって聞いたけど……それを一通り見てから出て行っても、遅くはないと思ってさ……」
「商店街は……賑やかっていうか、むしろ賑やかすぎるっていうか……」
 まあ……そんな所だろうな、と、思いながら、荒野は首をゆっくりと横に振った。
「それを通り越して、騒がしいっていうか……。
 まあ、実際にいってみれば、わかりますよ……」
 荒野は、この二人に明確な害意はない、と見ていたのだが……仮に、商店街方面で何らかの破壊行動を行ったとしても、今、あそこにいる面子なら、十分に押さえられる筈だったので、まるで心配していなかった。
「……ゆっくりと、楽しんでいってください……」
 荒野は本心からそういいながら二人に手を振って、マンションの中に入った。
 二人が商店街のゴスロリ祭りにどういった反応を示すのかまでは、荒野が関知するところではない。

「……ショータイム、ショータイム……」
 そんなことをいいながら、飯島舞花は、ドラム缶の上に乗せていた鍋を片付けはじめる。
 駅前広場特設ステージで、コンテスト出場者のアピールタイムが近づいたので、混雑緩和のため、この付近での配布作業は一時中断することになった。
 一度火を消すと、再度の点火作業に余分な時間と手間を食うので、「暖房代わり」ということで、二、三人の見張りをつけた上で、火はそのままにしている。
 暖房代わり……とはいっても、すでにステージの周辺は、立錐の余地もないくらいに、人が密集していて、人いきれだけで暖房の必要もないくらいに暖かい。
 司会役の玉木や、最初と最後に「名誉実行委員長」として挨拶をすることになっている孫子が、舞台袖で何やら打ち合わせをしている。
 ……ほぼ、手作りで、ここまで人を集めちゃうんだから……。
 と、舞花は、本心から思った。
 ……みんな、凄いよな……。
 このイベントに関わった人たちが集まれば、たいていの問題は軽々と解決してしまうのではないか……と、そんな錯覚さえ、覚える。
 しかし、そのような全能感は、所詮、世間を知らないが故の錯覚である、と弁えるくらいの冷静さは、舞花も持ち合わせていた。
 いくら、頭が良くても、力が強くても、美しくても、お金を持っていても……それでも、解決できない問題というのは、この世の中には、多数、存在する……ということが理解できる程度には、舞花も、世間というものの複雑さについて、認識をしている。
 それでも……こうして、みんなで力を合わせて何事かを成し遂げた、という経験は、決して無駄にはならないだろう……とも、思っているけど……。

「……ずーんずんずんずんずーん……」
 奇妙な節回しで、そんな擬音をわざわざ口で発音しつつ、特製ステージを見下ろしている怪人物の存在を感知している者は、この時点では皆無であった。




[つづき]
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