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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(201)

第六章 「血と技」(201)

「……ほぉ……」
 荒野の目が、すぅっと細まった。
「すると、竜齋さんは……こちらの窮状を汲んで、このような騒ぎを起こしてくださった、と……そうおっしゃるわけですか……」
 一度呼び捨てにした後、また「さん」づけに戻し、静かな口調で確認する。
 丁寧な言葉遣いであるが故に、なおさら迫力があった。
 ……うわぁ……と、側で様子を伺っていた玉木は、自分の顔から血の気が引いていくのを実感する。
 カッコいいこーや君……もともと美形なもんだから、こういう恫喝モードに入ると、なおさら迫力があるよ……と、心中で悲鳴を上げていたりする。
 荒野の周囲の気温が、急に何度か低下したような錯覚さえ覚えた。
「……玉木……。
 さっき倒れて、運び込まれた人たちは……」
「……無事だよ。肉体的にも精神的にも。
 もともとぐっすりと寝てただけだし、その軽薄そうなのがなにやらしたとかで、集団で貧血を起こした、ということで納得してくれている……」
 玉木の代わりに、呼び出されて診察を行った三島百合香が、静流のいれたお茶を啜りながら、答える。
「……でもなぁ……まるっきり、あり得ない、ってこともないけど……。
 どう考えても、確率論的に不自然だろ? あれだけの人数が固まって一度に貧血起こす、なんて……。
 暗示だか催眠術だか知らないが、そうそう何度も使える手口じゃないぞ……」
「……その件に関しましては、わたくしにも責任がないわけではないので、それなりに補償をさせていただきましたけど……」
 孫子が、うっそりと呟く。
 この場合、「補償」という語は、「口止め料」という意味をも含む。
 そして、孫子の声に珍しく力がないのは、孫子自身、この件に関して、自省する所があったからだ。
 孫子は、人が多い場所であのような特殊な弾頭を使用した自分の判断の甘さを、少なからず悔いている。
「実際には……目覚めた時、ちょうどあの騒ぎのクライマックス……そこの竜齋さんが追い詰められた所が中継されていたので、みんなそっちに夢中になって、自分のことはあまり意識してなかったようですが……」
 そう解説してくれたのは、有働勇作だった。
「……あの時、商店街にいた人たち、ほとんどディスプレイにかぶりつきだったし……ネットの方でも、あの中継前後から、シルバーガールズ関連のアイテムに、予約が殺到しています……」
「……だ、だからさ……」
 玉木は、緊迫した荒野の雰囲気にビビりながらも、せいぜぢ声が震えないように自制して話し出す。
「その……結果的には、どうやらみんないい方法にいったみたいだから……カッコいいこーや君も……」
 ……そんな、怖い顔しないで……と続けようとした時、
「……茅……」
 玉木の発言にかぶせ、硬い口調で、荒野は茅に話しかける。
 荒野に話しかけられた茅が、ビクン、と肩を震わせる。
「……真っ先におれを呼ばなかったのは……なんでだ?
 学校からここまで、おれがとばせば、五分とかからないんだが……」
「……そ、それはっ!」
 茅が、慌てて声を張り上げる。
「これだけの人数がいるし……すぐに取り押さえられると思ったからっ!」
 そういって茅は、ずらりと並んだ二宮系と野呂系の術者を腕で示す。
「だけど……実際には、竜齋が出現してから取り押さえられるまで、十五分以上……二十分近い時間がかかっている……」
 荒野は、冷静な口調で事実を告げた。
「たまたまノリが帰ってこなければ……もっと長引いていたかも知れないし……。
 無関係の第三者に、怪我人や……最悪の場合、死者を出していたかも知れない……。
 特に、こんなに人が多い場所でいざこざが起きたら……どんな強引な手段を使っても、一刻も早く収束させて、被害を最小限に止めるべきなんじゃないのか?」
 荒野が平坦な口調でそう続けると、茅はがっくりと肩を落とす。
「おれと楓が組んで向かえば……ノリがいなくとも、なんとかなったかも知れないのに……」
「……楓に、出るな……茅の側にいて、といったのは……茅なの……。
 楓自身は、行こうとしたけど……」
 茅は小声で付け加えた。
「……過ぎた事を、あまりいっても仕方がないけど……」
 荒野はため息をついて、ゆっくりと首を横に振った。
「おれは……おれたちがここにいることで、元からここに住んでいる人たちに迷惑をかけることを、望んではいない……。
 そのためになら、たいていのことはする……というつもりで、ここに住み続ける決心を固めたんだ……。
 だから、さ……。
 茅。
 もう少し、おれを信用して欲しいな……」
 そういって少し哀しげな顔をした荒野は、茅の前髪に指を入れ、くしゃりとかき回した。
「……いい機会だから、これからここに住もうっていう移住組にもいっておく。
 おれは、ここの住人に被害だしてまで、ここに居着きたくはない……」
 そういって荒野は、二宮と野呂、それぞれの代表たちの顔を見回した。
「誰か一人でも、一般人に深刻な被害がでたとしたら……その時点で、おれたちの負けだ……。
 そうならないためには、どうするのが最上なのか……そういう考え方ができるやつらだけが、おれの指示に従ってくれればいい……」
 そういって荒野は、寂しげに微笑んだ。
「……ごめんなさい……」
 茅が、か細い声で、荒野にいう。
「別に、責めているわけではないよ、茅……」
 荒野は、ふたたび首をゆっくりと振る。
「ただ……また、こういうことがあったら……真っ先におれを呼んでくれ……。
 おれ自身が出るかどうかは……おれが、判断する」
 それから荒野は、孫子やテン、ガク、ノリの方に顔を向け、
「……そういう方針で、いいな?」
 と、確認した。
 誰も異論を唱えなかった。




[つづき]
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