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彼女はくノ一! 第五話(290)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(290)

「……あっ。あっ。あっ……」
 いきなり抱きつかれて、香也は頭の中が真っ白になった。
 この……娘さんは、一体、誰だろう……とか考えている間にも、香也に抱きついたまま、その場でぐるぐるーっと回転しはじめる。
 まるで、ダンスでも踊っているかのように。
『……あっ。あっ。あっ……』
 ぐるぐるーっと回転ながら、香也はみた。
 自分たちを見つめる、楓の、孫子の、テンの、ガクの……表情を。
 そして、身の危険を感じ、香也の頭から即座にざっと音をたてて、血の気が引いた。
 香也に抱きついてきた少女は、そんな香也の胸中は知る由もなく、ご機嫌な様子で「おにーちゃん、おにーちゃん」といいながら、香也の胸に顔を埋めている。
 ともすれば恐慌に襲われそうな心理状態だったので、香也は、平常心を保つためにもその少女を観察する。
 背は、香也の肩ぐらい。痩せ型。顔は、香也の胸に密着させているため、確認できない。体全体を香也に密着させているため……少女の肉付きを、否が応でも意識してしまう。
 抱きつかれた体から立ちのぼる体臭もあわせて、香也の男性機能は動物的な反応を起こそうとしていたが、香也は、意志の力を必死に動員してそれを未然に防いだ。
 香也は、「この少女」の心当たりを、必死に脳裏からまさぐる。
 もとより、香也と面識がある異性の知り合いは極めて限られている。しかも、香也を「おにーちゃん」と呼称する女性となると、さらに限定される。昼間、真理が家に立ち寄った時に見せた、「驚くわよぉ」といった時の意味ありげな笑顔。
「ノリちゃんっ!」
 ようやく、香也はその少女の名を呼んだ。
「うんっ!」
 ノリは、香也の胸から顔をあげ、元気よく答える。
「……おにーちゃん、ただいまっ!」 
 よくよく顔を見てみれば……確かに、香也の記憶にあるノリが、そのまま成長すればこうなるであろう……という顔つきをしている。
 出会い頭にいきなり抱きつかれた為、そんなことも確認する暇もなかった。
「……んー……」
 香也はさりげない手つきでノリの肩に手を置き、密着していた体を引き離した。
「……お、おかえり……」
 ここでデレデレと鼻の下でも延ばそうものなら、後でかなりヤバそうなことになりそうな気がしたので、せいぜい表情を引き締めて香也はノリにそういった。
 ……すでに手遅れ、という気も……ひしひしと、するのだが。
 その後、香也は、怖くて楓たちの表情を確認することができなかった。

 その時、台所からちょうど三島が来たこともあった、表面上はさほど混乱することもなく、玄関に集まった人々が散る。
 茅は双子を引き連れて一度マンションに戻り、テンと堺雅史は徳川が組み上げたばかりのパソコンへと向かう。その後もしばらくは香也の腕にしがみついていたノリは、「離れていた間に描いた絵を香也見せる」といって、ようやく一度、香也から身を離す。それ以外の女性陣は三島の後について台所に向かった。
 ともかくも一度、ノリが離れてくれたことで、香也は軽く安堵を覚えながら居間炬燵に潜り込んだのだが、そのノリはあっという間にスケッチブックを抱えて戻り、また元のように香也の隣に密着して、持参したスケッチブックを開いた。
 日中に何かあったのか、少し離れた所に座ったガクは、ちらちらと時折こちらの方を伺いながら、どこからうらぶれた表情で1リットル入りの紙パック牛乳に直に口をつけて、チビチビ飲んでいる。
 そことはない、安酒場の隅でクダ巻いている酔っぱらいのおじさんのような風情が漂っていた。
『ガクちゃん……何があったんだろう……』
 と香也は気になったが、声をかける前にノリにせっつかれて、スケッチブックを検分することになった。
 香也は、ノリがこの家を離れていた間に描いたスケッチを、一枚一枚みていった。ページを埋め尽くすように、一枚の紙に複数のモチーフがびっしりとかかれている。画材は、シャーペンらしい、太さが均質な鉛筆線であったり、ボールペンだったりした。おそらく、手近にあってその場その場で入手したもの、かたっぱしから使用したのだろう。
 わずか数日の間にこれだけの量を描いた……という集中力も凄いと思うが……その短時間に、急ピッチで描線が手慣れたものになっていく過程が、スケッチブックにありありと残っていた。それでも、最初の頃はまだしも線にたどたどしさが残っているのだが、それが次第に、手慣れた、迷いのない線に変わっていく。
 ……でも……。
 と、香也は、ノリのスケッチにふと違和感を覚え……それが何であるのか、自分でもなかなかわからないまま、ノリのスケッチをぱらぱらとめくる。
 荒野も、少し離れた所から香也の手元を覗き込み、「うまいじゃないか」とかいう。それに生返事を返しながら、しばらくノリのスケッチを眺めるうちに、香也は、そのどこに不足を覚えるのか、香也は不意に、悟り、「あっ」と小さな声をあげた。
 香也の声は小さなものだったが、すぐ隣にいたノリには聞こえた。 
「……なに?」
 ノリは、心配そうな顔をして、香也を見上げる。
「おにーちゃん、どこか、おかしい?」
「……おかしくは、ないんだけど……」
香也は、自分が感じたことをどう説明すべきか……慎重に、考えをめぐらせる。
「ぼく……今の学校の先生から、お前の絵はうまいだけで面白くない、っていわれてたんだけど……。
そうか。
こういうことなのか……」
 ノリは……もともと、ひどく器用なたちだったのだろう。絵を描きはじめてからすぐに、「ものの形を正確に紙に移す」ということに、短時間で習熟していった。
 しかし……それは、決して「ノリ自身の絵」ではない。
「うまいけど……面白くない?」
そういわれたノリは、その表情に困惑をありありと浮かべる。
「うん。
これ……ノリちゃんの絵……ぼくのと、同じ。
正確なんだけど……これだと、写真と、同じ。
ノリちゃんの絵では、ない……」
 こんな調子で、香也の考えていることが伝わるだろうか……と香也は、自分の口べたさを呪った。
 ノリと香也の違いは……香也自身は、過去の画家たちの技法や絵についての知識があるから、それを模倣することができたが……ノリは、模倣する対象が、ほとんど目の前の現実しかなかった……ということくらいだった。
 香也は、訥々とした、不器用な口振りで、ノリに自分の考えていることを詳しく伝えはじめる。




[つづき]
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