第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(291)
「……そっか……」
香也のたどたどしい説明を聞いた後、テンは神妙に頷いた。
「絵って……ノイズが多ければ多いほど、うまいってことになるのか……」
「……んー……」
ノリの反応を受けて、香也は難しい表情になる。
「ノイズ……という言い方は、あれだけど……。
描いた人が、どういう風に物事をみているのか……見せたいのか、っていう主観が入っていないと……手で描く意味がないっていうか……」
お前のは、うまいが面白味がない……香也が常々、部活顧問の美術教師いわれていることを、多少言葉を変えて反復しているわけで……したり顔でテンにそんなことをいっている香也自身の胸中は、かなり複雑だった。
香也は、「自分にそんな偉そうなことをいう資格があるのか?」という弱気と、「でも、ノリちゃんもこれだけ本気で取り組んでいるんだから、自分も真剣に向き合わなければ駄目だ」という使命感のようなものとの板挟みになっている。
勢い、口調は例によって覇気のない、「自信がなさげ」なものになるわけだが、幸い、ごもごもと不明瞭に発音する香也の言葉を、ノリは謙虚に聞いていた。
ちらりと脇に目をやると、新しく組み立てたPCに数人がとりついて賑やかなやりとりをしている。茅がいれた紅茶のカップとソーサーを、酒見姉妹がみなに配っている。
台所の方からは、女性たちのやりとりが聞こえてくる……。
『……なんか……』
こうして賑やかな状態を、いつの間にか自分が「当然」と思っていることに気づき、香也は愕然とする。
ついこの間まで、この居間には家族しかいない状態だったのに……。
香也がぼんやりとそんなことを考えていると、玄関の方で人が訪ねてきた気配がした。
香也は腰をあげて、玄関へと向かう。
その時、香也が出迎えた四人のうち、半数にあたる二人について、香也も面積がありその素性をうっすらと知らされていた。
そこで香也はすかさず荒野を呼ぶ。
四人と荒野は玄関先で軽く立ち話しをした後に、居間に迎え入れられた。
それからいくらもしないうちに、
「おお。
今夜もまた、随分とお客さんが多いようで……」
羽生が帰ってくる。
「今夜もまた」というのは、こうして不意の来客を迎えることが、この家では珍しくなくなっているからだろう。
羽生は居間と台所に顔をだして一言声をかけてから、一度自分の部屋にもどり、すぐに居間にとってかえした。
「……ダウンロードも、そろそろ……。
これ、DVD焼いておいた方がいいかな……」
「なに、それ。新しく買ったの?
それと、これだけの人数が集まっているってことは……今日もまた、なんかあったの?
それと……え? あれ?
ひょっとして……ノリちゃん?!
あんれ、まぁ……しばらくみないうちに、随分と育っちゃって、まぁ……」
これは、テンと羽生。
「いや、だからな。今日はわしも調子に乗りすぎたと……」
「で、結局、あれはなにが目的だったの?
さっきはあえて、聞かなかったわけだけど……」
これは、竜斎と荒野。
「ええ……。
実際、あの中継の前後から、シルバーガールズ関連のページビューが激増しています、フィギュアなどの関連グッズも、予約が殺到しています。
それまでは、ほとんどゼロに近い状態だったんですが……」
「……そうすると、世界観から設定から、まるっきり手つかずでこれから作る、ということなの?
あの手のヒーローものにはいくつかの類型があって……」
これは、有働と茅。
「……結局、現在の状況だと、スタン弾の消耗率が予想よりも多くなってきますわね。
わたくし以外に銃器を使う者がいるのなら、なおさら……」
「……弾頭と薬きょうに関してはいくらでも量産ができるのだが、肝心の炸薬をもっと手配してもらわないことには、使いものにならないのだ……」
「そのへんの手配は、しておきます」
これは、徳川と孫子。
「「茅様。
こういう服って、どこで売っているんでしょうか?」」
これは、酒見姉妹。
「……ねー。
おにーちゃん、もっといろいろな絵を見たいんだけど……」
「……んー……。
とりあえず、図書館にある画集、くらいかな……。
美術館、ここからだとかなり遠いし……」
これは、ノリと香也。
大勢の人間がてんでバラバラにしゃべりはじめたので、かなり騒がしいことになってきた。
「……はい。
そこまでっ!」
台所から入ってきた三島が、大きな声で告げる。
「今、夕餉の支度ができたからな。
運び込むから、炬燵の上、片づけるように。
それと、この人数だと入りきらないから……」
香也と数人が協力して、物置代わりの部屋からテーブルをだしてくる。その間にテンたちは、焼き終わったDVDだけを残して新しいパソコンを片づけた。どうやらあれは、三人娘の部屋に安置するつもりらしい……と香也は思った。
卓上用のガスコンロと平鍋、皿に山盛りになった材料などが運び込まれる。鍋に火をかけて十分に暖めてから、三島は鍋底にラードを塗りはじめた。
「……まず、肉……」
三島は、極上の霜降り肉を、鍋底に薄く敷き詰める。
じゅわじゅわーっ、と小気味の良い音を立てて、肉の鍋に当たった下の方が、たちまち色を変えた。
「……ここに、割り下……」
三島は、持参した醤油色の液体を回し入れた。
何ともいえない香ばしい臭いが居間に充満する。
「……この上に、野菜と豆腐……。
火が通りにくいのを下にして、どっさり、っと……」
言葉通り、三島は鍋にこれでもかというぐらいに野菜を盛って、素早く蓋をしめる。
「これで、しばらく蒸し焼きにすると、野菜から水分が出てきて、それで煮えてくるって寸法だ……」
「……スキヤキって本当は、こう作るんだ……」
飯島舞花が、ぽつりと呟く。
「鋤焼き、って字をあてるくらいだからな。もともとは、煮物ではなくて焼き物だ。
でも、そんなに昔の方法にこだわることもないと思うぞ。
昔の調理法に拘るのなら、文明開花の折り、肉料理は、臭みを消すためにっぱら味噌を使ったそうだし……」
「……あの頃の牛鍋って、味噌味だったのか……」
そうぽつりと呟いたのは、羽生である。
牛鍋は、明治初期、「開花を象徴する流行の食べ物」として多くの文献やその時代を舞台にしたフィクションに登場する。
確かに……それまで、表向きには四つ足の獣肉食はしていない……ということになっていた当時の日本人向けには、濃い目の味つけが歓迎されるだろうことは、想像に難くはない。
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つづき]
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