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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(208)

第六章 「血と技」(208)

「……まったく、もう……。
 近頃の若いもんときたら、敬老の精神とかが枯渇しておるな……。
 世も末じゃ……」
 竜斎は、静流にいやというほど踏みにじられ、赤くなった足の甲をさすりながら、これ見よがしに愚痴をいった。
「……そういうんだったら、ちゃんと敬いたくなるような年寄りでいろって……。
 その……少なくとも、その若いもんにフクロにされるようなおいたをすんなよ……」
 ため息混じりにそう正論を吐いたのは、東雲目白だった。
「……お、おじさまのコレは、もはやビョーキの域なのです……」
 静流は、そう断定する。
「い、今まで何人もの身内が、きょ、矯正を試みて、ざ、挫折したか……」
「……全会一致で下のもんにフクロにされている長、ってのも、前代未聞だよなぁ……」
 小埜澪は、むしろ面白がっている風で、にやにや笑っている。
「なに?
 野呂の方は、いつもこんなもんなの?」
「お、おじさまが、特別なのです……」
「己の能力を己の欲望のために使うっ!
 これぞ、術者の本懐っ!」
 静流と竜斎は、ほぼ同時にそういった。
「……いや……。
 野呂の方々のそういう所は、今にはじまったことじゃないけど……」
 荒野は、ことさらにこにこと愛想笑いを浮かべて、竜斎ににじりよる。
 一族は総じて実力主義の気風が強いが、特に野呂は、「実力を持つもののわがままを大目にみる」という傾向が強い。また、そうでなければ、竜斎のような困った爺さんが長の地位につくことはできなかったろう。
 術者として優れていて、統率力にも問題さえなければ、必ずしも品行方正である必要はない……というのが、野呂の価値観だった。もともと、一族の倫理感と一般人社会のそれとは、必ずしも一致するわけではない。
 今回、その野呂の者も含めた一族の下位の者に竜斎が鉄拳制裁をくらったのは、今、この土地に集まっている一族の者は、総じて一般人社会との融和を求めているからであり、今回の竜斎の行動が、その目的と真っ向から対立するからだった。
 実力主義である、ということは、裏を返せば、自分たちの目指す所と対立する行いに対しては、たとえ自分たちの上位に属する長であっても、容赦なく実力行使に訴える……ということでもある。
 上の者を上とも思わない……という面でみれば、なるほど野呂は、実力主義であり、かつ、個人主義だ……と、荒野は思った。
「ほかの場所ならともかく……この土地でこれ以上、いたずらすると……。
 おれ、黙ってないから……」
 荒野はにこにこと愛想良く、竜斎に釘を刺した。
 荒野がにこにこと愛想良く笑いかけながら、じっと竜斎と目を合わせ続けると、ぷいっ、っと竜斎の方から視線を外す。
「いや、だからな。今日はわしも調子に乗りすぎたと……」
「で、結局、あれはなにが目的だったの?
 さっきはあえて、聞かなかったわけだけど……」
 荒野は少し声のトーンを落とす。
「趣味や気まぐれで」という、竜斎が主張する表向きの理由は、荒野は信じていない。
 仮にも六主家の長ともあろう者が、その程度のことで自ら動くとは思わないし……それに、こと女性ということでいえば、竜斎ほどの人物になれば、不自由する筈もないのだ。
 一族が実力主義を信奉している以上、自分の子供の能力を伸ばすために竜斎に近寄ってくる女性も、決して少なくはないだろうし……それに、荒野に聞こえてくる範囲内で判断するならば、竜斎は、決して、憎まれている長ではない。男女の別によらず、竜斎をさして「しょーがねーな…」と肩を竦めるものはあっても、本気で煙たがっている者はごく少数だった。
 どちらかというと……やりたい放題な割に、まともに憎まれてもいない竜斎は、その地位という要素を除いても、女性に不自由はしないのではないか……と、荒野は予測する。
 少なくとも……わざわざこんな田舎町に、スカートをめくるためだけに足を運ぶほど、暇であるとも異性に飢えているとも、思われない……。
 荒野がそうして正面をきって目的を尋ねると、竜斎は、「……ほっ」と息をついた後、
「……だから、よ……」
 と、淀みなく答えはじめた。
「ああいう騒ぎに慣らしておけば、いざという時にも、さほど混乱しないですむだろうがよ……」
 竜斎は、主語を省略してそう続ける。
「誰が」さほど混乱しないですむかといえば……。
『……地元の人たち、か……』
 荒野は、即座に竜斎の意図を了解した。
 竜斎は竜斎なりに……「共存」という荒野たちの狙いを理解し、その成功率を高めるために、手を打ってくれたのだ、と。
 あるいは、そうした表層の意味づけとは別に、まだ荒野の気付いていない部分での損得勘定が働いているのかも知れないが……とりあえず、竜斎は、荒野たちの妨害行為をする意図はない。
 本当にとりあえず、あくまで「現時点では」ということだが……。
『敵に回らないだけ、ありがたい……とでも、思うべきなのかな……』
 荒野は前向きにそう思うことにした。
「……しかし、まあ、予想外といえば、予想外だったなぁ……。
 荒野。
 おりゃ、てっきり、お前さんが出てくるまでは誰もおれを止められねぇと思っていたが……まさか、新種のお嬢ちゃんに止められるとはなぁ……」
 竜斎は、自分のことを指す一人称について、「わし」と「おれ」の二種類を適宜使い分けている。日常会話に不自由はしないものの、日本語を母国語だとは感じていない荒野は、そうした言葉遣いの変化には敏感だ。竜斎の一人称についても、その使い分けに際して、なにがしかの法則性はないものか、と、以前より思案していた所だったが……。
 竜斎のこの言葉を聞いて、荒野はある直感を持った。
『……術者として、個人としての意見が全面にでる時は、おれ。
 長として、公人としての立場を重視する時は、わし……』
 あくまで荒野の直感であり、どこまで厳密に適用される法則なのか、荒野には確認のしようがないが……少なくともその時の竜斎は、「一介の術者」として、素直に感嘆しているように見えた。
「みんな、成長期ですからね。
 これからもまだまだ、伸びますよ……」
 荒野は本心から、そう答えた。
 もともと、三人とも素養は有り余っている。
 加えて、周囲には、刺激的な人材が多く集まっていて、見習ったり吸収したりするための教材役、教師役にも事欠かない。
 あの三人がこれからどこまで伸びていくのか、荒野自身にも、まるで見当がつかなかった。
「まったく……とんだやつらを、作っちまったもんだよなぁ……」
 竜斎は、そうぼやいた。




[つづき]
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