第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(281)
「……そういうな、小娘……」
ミスターRは、覆面に包まれた頭部をつるりと撫でた。
「これでも、立場とかいろいろ考慮しなければならん、窮屈な身の上でな……。
いつまでも若いものは育たんし、たまに少しは見込みのありそうなやつがいても、すぐに足抜けしていきやがるし……どさくさまぎれでなくては、まともな立ち合いひとつ許されん身なんじゃよ……」
「そっちの都合は、知らないけどね……」
ガクは、厚さ二センチ、一辺の長さが二メートル弱ほどの、微妙にいびつな方形をした鉄板を、片手で軽々と振り回す。
雪かきで使用したもの、だった。
「……これだけ暴れたら、少しは痛い目をみても、文句はいえないよね……」
「……ほっ!」
ミスターRは、嘲笑混じりのため息をついた。
「それで、自分の力を自慢しているつもりか?
確かに力だけなら、二宮以上だろうが……そんなもの、当たらなければ、ただの虚仮威しにすぎん。
それとも、他の二人を適切な位置に付かせるための囮のつもりか?」
わざわざその懸念を口にする、ということは、ミスターRは、その可能性を考慮した上で、三人が配置に付く隙を故意に作っていた、ということになる。
「……半分だけ、あたり」
ガクは、にやりと笑って一気に間合いを詰め、鉄板を縦に持って、ミスターRに巨大な平手打ちをかました。
十分な速度と勢いが乗った一撃だったが、ミスターRが避けられないほどでもない。
モーションが大きく、鉄板をわざわざ空気抵抗の多い形に、縦に持った……というその攻撃方法に対して、ミスターRは懸念を抱いた。
案の定、風を切って鉄板が通過した後に……。
「……シルバーガールズ、一号!」
六節棍を振りかぶったテンが、飛び込んできた。
「……やはり、陽動かっ!」
ミスターRの問いには答えず、テンは猛然と棍を振るう。
当初、ミスターRは余裕でテンの動きを見切っていたが、次第次第に追いつめられていく。
自在に間合いを変えられる六節棍は、ただでさえ、軌道を見切るのに難儀するし、加えて、テンの動きは……。
『……こちらの動きを……先読みしている?』
休む間もなく打ちかかってくる棍を避けながら、ミスターRは、以前、目を通した、テンに関する資料を、慌てて思い出す。
長引けば、不利になる……と判断したミスターRは、一気に五メートルほど背後に飛んで、叫ぶ。
「……おれの癖を……学習しているのか?」
新種の一人に、確か、佐久間の記憶力を受け継いだ者がいた筈だ。
その情報は、ミスターRもあらかじめ握っていた筈だが……まさか、今、この場で……ぶっつけ本番で、自分の動きを学習する……とは、想定していなかった。
ミスターRには、完璧な記憶力と、並の術者以上の身体能力の組み合わせがあれば、どのようなことが可能になるのか……といった点への想像力が、欠如していた。
テンからの返答はなく、代わりに、
「……えやぁーっ!」
奇声を発して、ミスターRが後退するタイミングに合わせて、今度は助走をつけて……ガクが、鉄板を横持ちにして振るって来た。
「……当たるかよ、そんな大ざっぱな攻撃……」
まともに食らえば胴体を両断されかねないガクの攻撃を、ミスターRは、真上に跳躍することで軽々とかわした。
「……自由落下中は、無防備!」
鉄板を振り抜きざまに、ガクが叫ぶ。
……何っ!
と、思う間もなく、ミスターRは、左の足首と大腿部に鈍痛を感じ、きれいに回転しながら、横合いに吹き飛ばされた。
何が起きたのか理解する間もなく、ごろごろ横転した末、かろうじて、受け身を取ることに成功する。
膝立ちになって、長年の習慣により、痛みから、自身のダメージを探り、点検する。
左足が痺れて感覚がないが……出血も、ない。
ミスターRは、素早く立ち上がって、自分の足が、まだ思い通りに動くことを確認する。
大丈夫、ただ、痺れて感覚がなくなっているだけだ……完全いつもの通りに、とはいかないが、動くだけましだった。
「……シルバーガールズ、三号っ!」
油断なく周囲を探っていると、片手にライフルを構えた銀色の人影が、器用に片手撃ちをしながら、こちらに向かってくる。
「……ほっ、ほっ!」
野呂の一流以上の速度じゃねぇか……と、痺れた左足で乱射される銃弾を弾きながら、ミスターRは思う。
間違いない。
三人の中では、あれが、一番色濃く野呂の特性を引き継いでいる……。
「……楽しいじゃあ、ねぇか……」
ライフルを持った新種が、弾倉を替える合間に、ミスターRは呼吸を整え……自分に一番近い新種を、出迎える準備を整える。
「いくぜぇ! 新種どもっ!
古参の精髄を、たっぷりとその体に叩き込んでやらぁ!」
テン、ガク、ノリがそれぞれ別の方向から殺到する中……。
ミスターRの体が、分裂……したように、見えた。
「……動きが、早すぎますわ……」
近くのビルの屋上まで移動した孫子は、スコープから目を離してひっそりとため息をついた。
反撃不可能な遠方から、攻撃対象が察知する前に、叩く……というのが、狙撃のセオリーであり、だから発撃に失敗した時点で、今回の孫子の出番は失われた……と、いってもいい。
それでも、援護射撃くらいできるかと思ったのだが……。
「……相手が、あれだけ非常識だと……通常の方法論も、通用しませんわね……」
孫子は、少し考え込む表情になる。
あれだけめまぐるしく動き廻られると、援護射撃すら、できない。
特に今回は、攻撃対象の周辺に味方が数名いて、かなり激しく動いている。誤射による同士討ちを避けるためにも、なにもせずに見守っている方が賢明なようだった。
「……目を得ただけでは……届かない……か……」
孫子は、自分にもできる、対一族用の戦術を考慮しはじめている。
数十体に分裂したミスターRは、あっという間に、
テンとガクを叩きのめした。
「……最速こそ、最上ぉっ!」
再び「一人」に戻ったミスターRが、たった一人残った新種を見据えながら、叫ぶ。
「やはり……てめぇだけが、残ったかっ!」
一人だけ、ミスターRの攻撃を見切ることができたノリは、かなり距離を開けて、ミスターRに銃口を向けている。
「速さなら、負けないっ!」
ノリは、毅然とした表情で、叫ぶ。
新種と古参、余人が介入できぬ、「最速」同士の戦いの火蓋が、切って落とされた。
[
つづき]
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