第六章 「血と技」(205)
しばらく細かい話し合いをしてから、徳川が「早速、パーツを購入してメインマシンを組む」といいだした。すると、三島も「ノリが帰ってきたから、宴会でもしよう」などといいだし、一旦解散して買い出しにいくことになる。
飯島舞花と栗田精一、柏あんなと堺雅史、酒見姉妹、それに荒野と茅、楓とガク、ノリが組になり、三島からそれぞれ「買い物メモ」を受けとった。
徳川とテン、それに孫子は揃って電気屋さんにパーツの調達に向かう。
三島は、一通りメモを書いて渡すと、「三十分後、マンドゴドラの前に集合」と言い渡して、自分は車を取りにいったん帰宅する。
解散すると、荒野と茅は三島のメモに従って、肉屋さんに向かう。
「……なんだよ、薄切りの霜降り牛ばかり五キロと、ラード、ヨード卵三ダースって……」
三島のメモをみながら、荒野は嘆息した。
「すき焼き、だと思うの……」
茅はそう推測する。
「大勢だし……。
先生、一度帰って、割り下を作ってから、車回すと思うの……」
茅の推測が正しければ、他の連中は、野菜とか豆腐、それにしらたきなどをやはり大量に買わされているに違いない……と、荒野は思う。
「……ま、どうせ、竜斎のじいさんのおごりだから、どうでもいいっていやいいんだけど……」
三島はメモを渡す時、取り上げた竜斎の財布から景気良く札束を多めに取り出して、買い出し組に手渡していた。ご丁寧に、
「ツリはとっとけ。領収書もいらんからな……」
と付け加えて……。
商店街に金を落とすことになるし、あれだけ暴れた竜斎にも同情の余地はないのだが……あの時の三島の様子だと、普段、滅多に口に出来ないような高級食材ばかりを指定していることも、十分に考えられた。
「……遠慮しねぇなぁ、あの先生も……」
いろいろと問題の多い性格の持ち主だが、料理の腕は確かだし、それ以上に口が驕っている。
「でも、そのおかげで、おいしいものが沢山食べられるの……」
茅は、そう答える。
茅は相変わらず、愛用のメイド服姿だったが、周囲にゴシックだったりロリータだったりするひらひらとした装飾の多用した同年輩の少女たちがわんさかいたので、かえって地味みえるくらいだった。
……ただ単に、荒野の目がその姿に慣れてしまっただけかも知れないが……。
買い物は、人が多かったのと、始終、通行人に話しかけられたりしたので、なかなか移動することができず、玉子と肉を買うだけで、普段の三倍以上の時間がかかり、あやうく待ち合わせの時間に遅刻しそうになった。
マンドゴドラのCMなどで地元ではそこそこ顔が知られていたことに加え、今朝の雪かきで茅の顔を見かけた人が多かったらしく、年輩の人に呼び止められて、「これ、もっていきなさい」などと飴とか菓子を押しつけられた事も何度かあったし、一緒に仕事をした地元住民のボランティアの人に声をかけられることも多かった。
集合した際、集まっていたみなにそのことを話すと、多少の差こそあれ、みんな同じような経験をした、ということだった。
「……大丈夫、大丈夫。
ちゃんと、ボランティアのリーダーはおにーさんと茅ちゃんだといっておいたから……」
と付け加えたのは、飯島舞花である。
「……それはそうと……」
もはや、抗弁する気力も沸かないようになっていた荒野は、一人だけ妙に角張ったビニール袋を抱えたガクに声をかける。
「……ガク、お前……。
先生、牛乳ばかりそんなに買えっていってたのか?」
荒野は、紙パックの牛乳ばかりをごっそり持っていたガクに、思わずそう声をかけずにはいられなかった。
「……放っておいてくれよ……。
ボク……これ飲んで、背も伸ばして、むちむちのぷりんぷりんになってやるんだから……」
非科学的、かつ、意味不明な返答だった。
「いや……どうでもいいけど……これ、全部自分で飲むつもりか……」
荒野は、ごく自然な動作でガクから目をそらし、
「……胃腸薬もついでに買っておいた方がいいぞ……」
と、小さな声で付け加えた。
そして、心の中では「……いや、こいつのことだから、この程度のことでは腹もこわさないか……」と思ったりする。
一緒に行動していた筈のノリや楓とどういうやりとりがあったのか容易に想像できたので、荒野はあえて追求しなかった。
「……だけど、ノリちゃん……。
ほんの何日か会わないだけだったのに、随分大人びた雰囲気になっちゃって……」
そう口にだしたのは、柏あんなだった。
「……身長では、柏追い抜いたな」
と思わず口に出しかけて、荒野は慌てて口をつぐむ。
柏あんなは、小柄でスレンダー自分の体格にコンプレックスを抱いている、と、普段の言動から察していたからだ。
そこで、
「なんか、いきなり、育ったよな……」
と、当たり障りのない返答をしておく。
すぐそばで、ガクが地べたに座り込み、「育ってやる、絶対に育ってやる」とか、ぶつくさと小声で呟いている。
「あれ……背が伸びるのはいいけど……関節とか、大丈夫かな?
体がうまく出来てないうちに一気に伸びたりすると、へんな所に負担がかかったりするけど……」
心配そうにそういったのは、飯島舞花である。
この年齢で百八十を越える舞花自身の経験から、思い当たることを呟いたのだろう。
「そうだな……。
近いうちに先生がきちんとした検査すると思うけど、一応、気をつけるようにいっておくよ……」
荒野としては、そう答える。
どのみち、定期的な検査は以前から行っているし、短期間のうちにこれだけの変化をみせたノリの検査をしないわけがない、とは思っていたが……だからといって、荒野の側から提言してはいけない、ということもあるまい。
そう返答しながら、荒野は、舞花が「水泳部」に所属するのも、関節部によけいな負担をかけないスポーツだから……という事なのかも知れないな、と、思った。
そんなことを話しているうちに、新しいマシンのパーツを調達しにいった、孫子とテンが手ぶらで合流してきた。
「……徳川は?」
荒野がそう尋ねると、
「パーツと一緒に、トラックで先にいってますわ」
と、孫子が答える。
徳川は先に狩野家にいって、マシンを組み立てている、という。
「まるで、おもちゃを与えられた子供みたいなものですわ……」
徳川の様子を、孫子はそう評した。
「しかし……すごいな。
いきなりで、パソコン一台ちゃっちゃと作っちゃうのか?」
「そんな、大げさなもんでもないよ。
パーツとか、チップセットごとに規格化されているから……相性のいいパーツを買い集めて、マニュアル通りに組み上げるだけだし……」
テンが、舞花に説明する。
「ボクも、マニュアルみせてもらったけど……パーツ数も限られているし……未経験の人でも、簡単な説明書があれば、すぐに作れるよ。
プラモデルよりも簡単なくらい……」
その場にいた堺雅史が、うんうんと頷いている。
「……へぇー。
そういうもんなのか……」
舞花も、目を細めて頷いた。
舞花にとってパソコンとは、メーカー製の完成品を買うもの、だった。
「今回は、用途的にある程度のスペックが必要だったから、最新のCPUとグラッフィクボードを組み合わせて、メモリやハードディスクも高速なのにして、ハードディスクはRAIDにして、データの保全性を高めたんで、結構値段がいっちゃったんだけど……」
「いや、でも、パーソナルユースならともかく、業務用として使うなら、それくらいの出費はしょうがないよ。
冒険して大切なデータ、壊してもなんだし……」
ついに、堺雅史が口を挟んだ。
「……うん。
それ、徳川さんも孫子おねーちゃんもいってた……。
お金をケチって安全性を犠牲にしては、元も子もないって……」
ここにいる中で、二人の会話を理解できる者は、他に茅くらいのものだったが……その茅は、二人の会話に参加しなかった。
[
つづき]
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