第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(283)
「……さぁ、大変なことになってまいりましたぁっ!」
玉木珠美はマイクを握りながら、「……本当に、大変なことになってきたわ……」と思う。
現在、玉木は液晶ディスプレイで放映中のリアルタイム映像を見ながらの実況を行っている。
「……アーケード上に出たミスターRを二人の女性が追いかけます。速いです。速いです。スプリンター並の速度が出ています。二人とも、ミスターRに追いつけません。あっと、ここでミスターR、いきなり反転。女性の一人に足払いを食らわせて転倒させ、そのまま逃走。転んだ女性はすぐに起き上がってミスターRの追跡を再開……」
……こんなもの、「今、ここで、本当に起こっていることだ」といっても、この誰も信じないだろうなぁ……とか、玉木はふと思った。
ここからは直に見えないが、実際に、彼らはすぐそこの「アーケードの上」にいて、この映像通りの行動をしている筈で……。
「……おおっと、ここでシルバーガールズの登場だ。
手にしているのは……何と、鉄板です。それも、かなり大きな鉄板です。自分の体よりも大きい鉄板を軽々と振り回していいます。あんなもん、大の大人でも持ち上げられません。無理して持ち上げたら腰がいっちゃうような物を、軽々と振り回しています。
その大鉄板をミスターRに、ぶつける……。
おおっと、ミスターR、きれいにかわした。
しかし、鉄板の影からもう一人のシルバーガールズ登場!
ミスターRの懐に飛び込んで、棒で攻撃! ヌンチャクのように、関節が紐で繋がっている棒です! 凄い! 速い! シルバーガールズの猛攻を踏みとどまってかわすミスターR! 余裕です、まだ動きに余裕があります! それでもじりじりと圧して行くシルバーガールズ! ミスターR、今度は後退して距離をとります! そこに、もう一人のシルバーガールズが、鉄板で襲う! ミスターR、上に飛んで避けた……」
玉木は、「六節棍」の正式な名称を知らなかった。
そして……こんなアナウンスをしていると自分が古館伊知郎になった気がする……。
「……おっと、ここでミスターR、転倒だっ! どうした? 何か十字型のものが、左の足と腿についてます!
なんだ、これはっ!
シルバーガールズですっ!
ここで、銃器らしきものを持った、三人目のシルバーガールズの登場です!
あの十字型のものは、どうやらあのシルバーガールズの銃から打ち出されている模様です! 逃げ回るミスターRの後に、べべべべべっっと十字型の物体が追いかけていますっ! 速い、速い、ミスターRも銃を持ったシルバーガールズも速い! ミスターR、逃げる一方ですっ! 鉄板や棒を持ったシルバーガールズもミスターRの後を追う!」
ディスプレイの映像はうまくコントロールされていて、遠景と比較的近距離からの映像をうまく切り替えながら放映されている。
こんな映像魅せられたら……絶対、あらかじめ用意していた特撮かCGだと思われるだろうなぁ……と、玉木は思った。
玉木の現在地からは確認できる範囲にいる人たちは、すなわちつい今し方、駅前広場近辺で直にミスターRの動きを直に見ていた人たちなわけで、だから関心もあるし、近くのディスプレイも食い入るように見ている。
しかし、そうでない人たちは……例えば、ネットでこれを見ている人たちがいたとしたら、「シルバーガールズ」というコンテンツの手の込んだプロモーションぐらいにしか思わないのではないか……と、思う。
客観的にみて、自分の体よりも大きい、分厚い鉄板を振り回す子供とか、どっからどう見ても非常識な速度で走り回る連中とか、銀ずくめのコスチュームの子供が銃器を撃ちまくる映像をみて、それをガチだと思うよりはネタだと判断する方が、より常識的なんじゃないだろうか……などと玉木が思った所で、
「……ミスターR、分裂です! 今、一瞬、ぶわっと人数が増えました。
追いすがっていたシルバーガールズの二人が吹き飛ばされる!
少し離れていた銃のシルバーガールズだけが健在! ……っとぉ!
今度は、銃のシルバーガールズが分裂したぁっ!
何十人ものシルバーガールズが、ミスターRに向け、一斉射撃をしているよに見えますっ!
これは凄い! これはたまらない!
ミスターRも縮こまっているだけで、身動きがとれませんっ!」
確認したわけではないが、自分にある程度の裁量権を与えるくらいだから、当然、同じ映像が今、この瞬間にネットで配信されている筈だ……という確信が、玉木にはある。
有働や茅なら、そのような判断を下すだろう……と。
だから……玉木は慎重に言葉を選んで、この映像が「現実」であるとも「挙行である」とも断言せず、せいぜい真剣に「実況」することにだけに、心を砕いた。
そして、目の前に展開する映像を、真剣に解説すればするほど、ディスプレイの中の出来事に関して、「非現実感」を持ってしまうのであった。
『……こんなもん、ありえねーって……』、と。
一応、関係者の端くれである玉木がそう思ってしまうのだから、何の予備知己も持たない人たちがいきなりこの映像に触れたとしても、はやり「作り物だ」と思いこんでしまうのではないか……と、玉木は思う。
「……動きを止めたミスターRに、鉄板のシルバーガールが迫るっ!
当たったっ!
いや、ミスターR、かろうじて手足で鉄板を防いだっ!
でも、そのまま……体ごと持って行かれるっ!
ミスターRの体、飛んだっ! 軽々と飛びましたっ!
鉄板のシルバーガールズ、凄い力ですっ!」
実況している玉木は、これがガチンコだということを知っている。
無理して考えれば、ミスターRとミスターRを王人たちがぐるになって、玉木を騙している……という可能性も考えられないこともないのだが、彼らがわざわざこんな手の込んだ真似をして玉木を騙しても、まるでメリットがないのであった。
「……ミスターR、壁に激突っ!
いや、弾んだっ! 弾んで跳ね返った先には、シルバーガールズが待ちかまえている!
捕まったっ!
今度こそ、ミスターR、捕まったっ!
駆けつけるおねーさんたち!
ミスターR、もう、逃げられませんっ! 逃げ場がありません!
ミスターR、猫の子のように首根っこを掴まれています。おねーさんたちに囲まれて、そのまま連行されていきます……」
さて、これで一段落、かな……と、玉木は判断する。
「……さて、このへんで実況を終了します。
皆様におかれましては、引き続きお買い物とイベントをお楽しみください……」
玉木はそういってマイクのスイッチを切り、詳しい事情を聞くために、電気屋さんへと向かった。
[
つづき]
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