第六章 「血と技」(199)
いつしか、シルバーガールズ三号、こと、ノリは、鼻歌を歌っていた。
誰よりも速く走りながら、誰よりも速い人と、互角以上に渡り合っている……ということを実感するのが、ひどく楽しい。
内心でリラックスしながら、ノリは、素早く弾倉を差し替え、撃ち終えて空になった弾倉を投げる。
ノリが投げた弾倉が、ミスターRがノリに向かって投じた六角をはじいた。
ライフルの扱いも、かなり慣れてきた……と、ノリは、判断する。
狙った場所に当たるようになってきたし、それ以上に、弾倉を差し替える時間が、極端に短くなっている。
短時間に数十もの弾倉を空にしてしまったので、連発した分、ライフルの銃身には負担がかかっているようだが……。
ノリが使用してきたライフルの銃身は、すっかり熱くなってしまって、周囲の空気に陽炎を立ちのぼらせながら、チリチリと音を立てている。
……実戦時の耐久度についても、あとで確認しておかなければな……と、ノリは思った。
徳川か孫子に聞けば、はっきりするだろう。
このごく短時間の間に、指が、手が、体全体が、ライフルの扱いを習熟したことを、ノリは実感する。
「いくよ……おじいちゃん……」
これなら……もっともっと……充実した戦い方ができる。
そう思いながら、ノリはライフルを左手に持ち替え、背中にくくりつけておいたもう一丁のライフルを右手に構えた。
「……何ぃ!」
ノリの前を走っていたミスターRが、目を剥く。
「……Let's Dancing!」
叫ぶと、ノリは、数十人に分裂した。
それも、ミスターR一人を、半球上に囲むように。
「……おいっ!」
並の術者なら、訳も分からず打撃を受けて昏倒していた所だろう。
しかしミスターRは、幸か不幸か、一族随一の反射神経と動態視力の持ち主だった。
ノリが放った弾丸の、一つ一つの弾道が予測できた。
ノリは……僅かな時間差をおいて、ミスターRの退路をふさぐ形で、外縁部から中心……すなわち、ミスターR自身にむけて、あまたの銃弾を放っていた。
僅かな時間差……ではあるものの、実際の所は、一秒の千分一程度の時間差、でしかない。
実質上、かなり密度の高い、弾幕を張られているようなものだ。
逃げようにも、逃げ場がないミスターRは、腕を揃えて掲げ、せめても、頭部を守る。
ずべべべべべっ、と、立て続けに、ミスターRの体中にスタン弾が着弾、夥しい十字の華を咲かせた。
シルバーガールズ三号は、一つの弾倉を使い果たすと、片手に持っていたライフルを軽く放り上げ、それが空中にあるうちに弾倉を取り替えている。
外見的には、「ライフルでお手玉をしている」としか見えないにだが……そうすることによって二丁のライフルを使用して、絶え間なく銃弾をミスターRに送り込んでくる。
「……そんな……」
スタン弾の雨をまともに食らいながら、ミスターRは叫んだ。
「……無茶なぁっ!」
確かに、無茶で無理な攻撃だったが、効果は絶大だった。
かろうじて、頭部は守ったものの、両腕、腹部、大腿部、足首などに、無数に被弾している。
ノリが使用していたのは、すべてスタン弾だったので、被弾が、即、負傷に繋がるというわけでもなかったにせよ、ほぼ全身が痺れて感覚がなくなっている状態だ。今や、ミスターRの全身の中で、まともに動かせる部位の方が、少ない。
このような状態では、ミスターRの最大の武器である、機動性と高速移動は、ほぼ封じられる結果となる。
「……名付けて、One-man Cross Fire!
Completed!
……後は任せたっ!」
不意にノリが攻撃を止めて銃口を下げたので、ミスターRは不振な顔をした。
『……後は、って……』
「……どっせっーいっ!!」
ミスターRの背後から、聞き覚えのある奇声が迫ってくる。
僅かに首を巡らせて確認すると、一面の鉄板がすぐそこに迫っていた。
ミスターRは、
「……うっ、ひゃぁあっ!」
という、情けない悲鳴を上げている。
常態ならば、この程度は難なくかわせるのだが、今は両足もその他の部位も、痺れてまともに動かない。無理に動かそうとすると、足がもつれる。
ミスターRは、とっさの判断で、横殴りに迫りくる鉄板の平面に手足を打ちつけ、衝撃を相殺しようと試みる。
鉄板を振り回しているガクは、その程度の抵抗をまるでものともせず、それまでの勢いを減じることなく「……やぁぁぁあぁっ……」っと、気合いを入れつつ鉄板を振り抜いた。
ミスターRの丸っこい体が、まるでピンポン球かなにかのように軽々と飛ぶ。文字通り、「飛ぶ」。
ミスターRの足は地についておらず、ガクに振り抜かれたエネルギーだけで飛翔して、近くのビルの壁面にあわや激突!
……という寸前で、ミスターRは体勢をいれかえ、手足を壁面に押しつけ、そのバネを使って、衝撃を減じた。
しかし、それでもすべての勢いを相殺するまでにはいかず、ミスターRはちょうどゴムボールが弾むように、もと来た方向に跳ね返る。
そこには……テン、ガク、ノリのシルバーガールズ三人が勢ぞろいして待ちかまえていた。
三人掛かりで体を抱き止められ、その後、六節棍とかライフルの銃口とか鉄板とかを突きつけられながら、
「「「……まだ、やる?」」」
と声を揃えて、詰問され、流石のミスターRも、
「……もう……いい……。
結構……」
と返答し、その場に手をついて、がっくりとうなだれた。
シルバーガールズの三人は、その場で小躍りして自分たちの勝利を無邪気に喜んだ。
「……勝負は、ついたようですわね……」
いつの間にか、すぐそばに孫子が立っていた。
「被害者の一人として、その哀れな老人の身柄を要求します……」
押し殺した声でそういう孫子の目は、据わっていた。
四つん這いでそろそろと逃げようとする、ミスターR。
その前に、お揃いの編み上げブーツに包まれた、二人分の足首が出現する。
「「……同感です……」」
酒見姉妹が、ミスターRの行く手を遮っていた。
「……まさか、ここまでの騒ぎを起こして、このままとんずらってことは、ないよなぁ……。
ええっ!? ミスターR……」
小埜澪が、ミスターRの襟首を掴んで、猫の子でもぶらさげるように、強引に立たせる。
「……お、おじさま……」
すると、ミスターRの目の前に、野呂静流が立っていた。
「……さ、最低なのです……」
「……彼による被害者の皆様が、向こうでお待ちかねです……」
小埜澪の後ろに控えていた東雲目白が、うやうやしく頭をさげた。スポーツウェア着用のラフな服装と慇懃な態度がいかにもミスマッチで、まるで様になっていなかった。
「……あー。
こっから先は、公共の場に出すには不適切になるので、撮影は、そこまで。
それから、君たちも疲れたろ。
このじいさんの末路は、教育上、悪影響を及ぼすおそれがあるので、君たちも見届けなくてよろしい……。
どこかで適当に休んでなさい……」
「……はいはーいっ!」
ノリが、勢いよく片手をあげる。
「……ボクね、久しぶりだから、マンドゴドラのケーキ食べたい……」
「……ケーキ……ケーキ、ね……」
東雲はちらりと小埜澪に目配せをする。
「……もちろん、いいとも。
このはた迷惑なじいさんにつけておくから、遠慮なく食べてくれ……。
さ。
みんな、大活躍で疲れたろ……。
早くそのケーキ屋さんでもどこへでも行って休んでくれい……」
小埜澪はそう請け合い、ミスターRを取り囲んでいた女性たちが「うんうん」と一斉に頷いて賛同の意を表す。
シルバーガールズの三人娘は、「ケーキ、ケーキ、食ぁべ放題ぃいっー!」と声を上げながら、スキップして去っていった。
この後のミスターRの受難については、「無事では済まなかった」というのみで、詳細を描写しない。
ご想像に任せた方が、効果的で面白いと思うからだ。
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つづき]
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