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ぼくと彼女の、最後の前の晩 (最終回)

ぼくと彼女の、最後の前の晩 (最終回)

 翌朝は月曜日だった。
 先に起きたぼくは顔を洗ってからキッチンに向かい、フライパンに火をかけ、トースターとコーヒーメーカーをセットし、暖まってきたフライパンにベーコンを敷いて上に卵を落とし、その上にチーズをかぶせ、蓋をして蒸し焼きにする。素早くレタスをちぎってボウルに放り込み、ドレッシングをかけ、ぼちぼち火が通ってきたフライパンの中身を皿に移し、焼き上がったトーストを別の皿の上にのせる。冷蔵庫から紙パックの牛乳をだす。マグカップに牛乳とコーヒーを半々にいれ、トーストにバターを塗り、朝食をはじめる。
 そこの頃には、たいていは寝癖かなにかつけた彼女が目を擦りながら起きてきて、彼女が顔を洗っている間に新しいベーコンエッグとトーストを用意する。。。
 そういう、今までに何百回と反復した、もはや儀式化した動作を、その日の朝も、ぼくと彼女は反復した。
 朝食を摂りながらの、他愛のない世間話。これも、いつもとなんら代わりばえのしない、なんら劇的なところがひとつもない、平凡な朝だっだ。
 その後、ぼくはいつも通りに出勤の支度をし、彼女は運送屋を迎える準備を始める。ぼくが出勤してしまえば、たぶん、ぼくらが顔を合わせることは、二度とない。その点が、その日の朝とそれまでの朝を隔てる、大きな相違点だった。だが、朝食の席では、ぼくも彼女も、そんな話題には一切ふれず、極力、いつもと同じように振る舞った。
 朝食を終えたぼくはスーツに着替え、鞄を用意し、いつもの通り、キッチンのテーブルで新聞を読んでいる彼女に、
「行くよ。時間だから」
 と、声をかけた。
「ん」
 彼女は新聞から視線をあげ、立ち上がり、玄関までぼくを見送る様子を見せた。
「いってらっしゃい」
 普段、彼女が玄関まで見送りにくる、ということはないのだが、まあ、最後くらいは、という気持ちはあったのだろう。
「いってきます」
 玄関で靴を履いて、彼女に向き直って、ぼくは最後の挨拶のつもりで、そういった。
「いってらっしゃい」
 彼女は、挨拶をさっきもした挨拶を反復する。それからぼくの首に手を伸ばし、
「ネクタイ、曲がってる」
 と、直した。それから、ぼくの目をのぞき込むようにして、一度目を伏せる。
 それからなにか言いたげに口を開いて、でもなにもいわないまま、口を開閉させる、という動作を、二度、行った後、
「君。やっぱり、残酷だよ」
 と、ため息まじりにいった。
「今まで一度も、わたしを引き留めなかった」
「引き留めたら、考え直したのか?」
 そう問い返した時、ぼくはどういう顔をしていたのだろうか? 少なくとも、そのときのぼくの声は、震えていなかったと思う。
 彼女は首を振った。
「たぶん、君になにをいわれても、結果は変わらなかったと思う」
「では、やはり無駄だったんだな」
「そうだね」
 ぼくらは向かい合って、ほんの数秒、視線を落としていた。やがて、どちらからともなく、
「いってきます」
「いってらっしゃい」
 最後の言葉を交わして、ぼくはぼくのマンションを後にして、職場に向かった。

 それが、ぼくが彼女をみた最後になった。
 最初にお断りしたとおり、この独白には、気の利いたオチも洒脱な趣向もなにもない。ないない尽くしで誠に申し訳ない限りだが、ぼくと彼女の関係と物語は、こうして終わった。

[「隣の酔いどれおねぇさん
 or
隣の酔いどれロリおねぇさん」に続く、……かもしれない]
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