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彼女はくノ一! 第六話 (135)

第六話 春、到来! 出会いと別れは、嵐の如く!!(135)

「……え……」
 孫子にいわれて……楓の中に、不意に、今日の香也との情事の記憶が蘇ってくる。
 あの香也との一体感。何度も何度も求められ、一秒も惜しんで肌を密着させて求め合った至福の時間。
「えへ。
 ……えへへへへ……」
 自然と、楓の頬が緩んでしまう。
「そこっ!
 いやらしい笑い方しないっ!」
 孫子が、ざばっ!、とお湯をまき散らして立ち上がり、
「ちょっ!
 孫子おねーちゃんっ!
 駄目っ! 話しを聞くだけなんだからっ!」
 即座に、ガクが孫子を羽交い締めにする。
「……自重してっ!
 じちょーっ! じちょーっ!」
 ガクは、楓や孫子が香也のこととなると目の色が変わる。それに、一度交戦状態に入ると、際限なくヒートアップする……ということを、経験から学んでいる。
 この二人に本格的な喧嘩をさせると、とにかく、周囲の人たちにかかる迷惑が、とんでもないことになるのだ。
 だから、そうなる前に、取り押さえる。
 そうでないと、「周囲の人たち」の一部である自分の、身が持たない。
 ガクに羽交い締めにされていた孫子は、しばらく、「ふーっ! ふーっ!」と荒い息をついていたが、すぐに落ち着きを取り戻す。
「……もう、いいですわ……」
 何度も深呼吸をしてから、孫子はゆっくりとした動作で自分の肩を戒めているガクの腕をはずす。
「……そうですわね。ええ。
 取り決めで、日曜日は、香也様の意志に任せる、ということにしておいたのですわよね。ええ。
 香也様が自分の意志で、か、楓と………」
 またそぞろ、ヒートアップしそうになった孫子を、ガクが慌てて「どう、どう」と落ち着かせる。
 孫子は、また深呼吸を繰り返して、自分の気を落ち着かせる。
「……一応、確認しておきます。
 まさか、貴女……無理矢理香也様を手込めに……」
「……手込め、って……。
 それ、普通、男が女にする言葉なんじゃぁ……」
 ガクが、つっこみを入れた。
「無理矢理、なんてこと、ないですよぅ。
 絶対……」
 楓の方はというと、気色ばんでいる孫子の様子に影響される、ということもなく……先ほどと同様に思い出し笑いをしながら、
「……最初は、ですね。
 ずっと真面目にお勉強をしていたから、ですね。
 二人でちょっと休憩しよう、ってことになって、あの、それで、真面目にやっているご褒美っていうか、ほんと、最初は、ほんのちょっとの息抜きのつもり、だったんですよ? なのに、その、いったんはじめるともう、二人とも夢中になっちゃって、止めるタイミングが……」
 いったんしゃべりはじめると、楓の口は止まらなかった。というか、すでに「説明」ではなく単なる「のろけ」になってしまっている。
 孫子はというと、怒りと嫉妬で全身をぶるぶると震わせている。が、再度ガクに制止されているからか、理性を総動員して楓に襲いかかることを自制しているようだった。
 そんな二人の様子をみて……ガクは、もはや苦笑いをしはじめている。
 ……なんでこのおねーさんたちは……香也のこととなると、とことん素直に自分の感情を露わにするのか……。
「……も、いいです」
 長々とのろけとも説明ともつかない楓の長弁舌を、孫子は遮る。
「……その分だと、事細かに、その……やっている時の様子とか説明されたら、こちらがたまりませんから……。
 ただ、もうひとつだけ、確認しておきます。
 本当に、香也様も、求めたのですね?」
「……ええ」
 楓は一瞬きょとんとした表情をした後、
「ええ。はい。
 香也様は、ですね。
 それはもう、何度も何度も、お求めになって……」
 今度こそ、孫子はお湯を跳ね上げて楓に踊りかかった。

「……真理さんからでんごーん。
 長風呂もいいけど、もお晩ご飯だから……って、なにやってるの?」
 真理にいいつけられて風呂場に入ったテンは、疲労困憊な様子でそれぞれにへたっている三人をみて、首を傾げた。
「……何やってんの?」
 お風呂で疲れをとる、ではなくて、お風呂で疲れる、っていうのは……いったいどういう状況なのだろう? と、テンは疑問を抱いた。
「……こ、これはね……」
 二人を……というか、主として、楓を襲うとした孫子を取り押さえることで精魂が尽き果てたガクは、きれぎれに、テンに説明をする。
「触らぬ神に祟りなし、の筈なのに、うっかり触っちゃった祟りを鎮めようとして、消耗戦に突入した後の風景……」
「……なに、それ……」
 要領を得ないガクの説明に、テンは目を白黒させている。
「……いやぁ。
 他人が先に感情的になると、自分は冷静になるもんだね、かえって……」
 テンの疑問には答えず、ガクは、何故か遠い目をして天井の方に顔を向ける。
「……やっぱ、仲裁するより、仲裁されるくらいの方が、性に合っているや……。
 ボクは……」
 テンは、「ますます、わからない」といった面もちで、首を左右に振る。
「……なんでもいいけど、みんな待っているんだから、早めにご飯に来てねー……」
 理解することをあきらめたテンは、そう言い残して風呂場から出ていく。
 しばらくたってから、ガクは、誰にともなくぽつりとつぶやく。
「……仲裁、って、疲れるもんなんだな……。
 かのうこうや、いつもこんなことやっていたのか……」
 ……いろいろと身の覚えのありすぎる楓と孫子は、ガクの言葉にはなんとも答えられず、気まずく黙り込むしかなかった。

「……ありゃ?」
 バイト先から帰ってきて食卓につくなり、羽生は違和感を感じ、そのことについて言及した。
「今夜はまた……うちのお嬢さんの半分くらいが、なんだか元気がないなー……。
 なに?
 また喧嘩でもした?」
 羽生にとって、楓と孫子の衝突は珍しいことではない。歓迎するわけではないが、二人とも根に持つ性格ではないから、無理に止めようともしない。
 それにしては……今夜は、いつもの楓と孫子以外に、ガクまでもが……むしろ、ガクが一番疲れているようにみえるのが、羽生には不思議だったが。
「……喧嘩は未然に防ぎましたぁ……」
 ガクが、ひどく疲れた声をだした。
「平和がこれだけ尊いものだと実感できた日は、ありません……」
 見事に棒読み気味、だった。

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