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第六章 「血と技」(398)
「……うわっ……」
静流の家の前に異様な一団が車座になって座っていたので、荒野は軽くのけぞった。
「って……。
なにやってんすか、ジュリエッタさん!」
この寒い中、ジュリエッタは、あきらかにホームレスとわかる人たちと一緒になって店の前に座り込み、酒盛りをやっている。
いくらなんでも商売をしているうちの前でこれはないだろう……と、荒野は思った。
昼間も相談されたばかりだったが……これは、早急に手を打たなくてはならないらしい。
「……はーい!
わかー!」
一升瓶をラッパ飲みしていたジュリエッタが、荒野に屈託のない挨拶を送る。ジュリエッタは、日本酒がお気に召したらしい。
「って、そんな場合じゃない!」
荒野は座り込んでいたジュリエッタの両脇に手を突っ込んで強引にたたせ、そのまま背中を押して静流の店の中にジュリエッタを押していく。
「ちょっ。
なんなんですか、ジュリエッタさん。
表の人たちはっ!」
荒野は、ジュリエッタを問いつめた。
「ほい!
ジュリエッタのお友達だよー!」
ジュリエッタの返答は見事に緊張感を欠いていた。
「みんななかよしー!
若もいっぱいどうか?
かけつけさんばいー!」
なんか着眼点からして、違う。
「おれは未成年だし、日本では未成年はお酒飲めないんです。ジュリエッタさんのところではどうだったか知りませんけど……」
「ほい。そいつは残念。
それは、若の神様が禁じているのかー?」
「いや、日本の法律で……。
おれ、一応洗礼名はあるけど、真面目に信仰している神様はいません」
荒野自身、物心つくはるか前の幼少時に、当時の養子に出されている先で洗礼を受けたそうだ……と聞かされているだけだった。
「法律なんて、破るためにあるものよー」
ジュリエッタは朗らかに物騒なことをいう。
「もしくは、お金で目こぼししてもらうものー」
「いや、ジュリエッタさんがいたところでは、そうだったのかも知れないけど……」
ジュリエッタみたいな、素で非常識な認識を保持しているタイプは、荒野にしてみれば苦手なタイプなのだった。
説得や交渉のとっかかりだ、なかなか掴めない……。
「そうだ。
ジュリエッタさん!」
荒野は、持参したプリントアウトの束を、ジュリエッタの目の前でひらひらとかざして見せた。
「ジュリエッタさん、日本に、お金稼ぎに来たんでしょ?
ほら。お仕事お仕事……」
まるで幼児にでも言い聞かせるかのような口調で、荒野はジュリエッタをさとし始める。
「ほっ。
お仕事ぉ……」
ジュリエッタが、とろんとした目で荒野を見上げる。
「お仕事。ビジネス。お金になります」
荒野は、ジュリエッタの目を見据えて、真面目な口調を作る。
「今、そういう話し、できる状態ですか?」
「そーゆーお話しならぁ……」
ジュリエッタはごそごそとポケットの中に手を突っ込み、小さな携帯電話を取り出す。
最小限の機能しか搭載していない、お年寄り向けの商品だった。
「……マネージャーを、通すのです……」
「……わ、若なのですか?」
そのとき、店の奥から、静流が出てきた。
その後、ジュリエッタが飲みかけていた一升瓶を渡し、代わりに店の前にたむろしていたホームレスの人たちにはお引き取り願い(ジュリエッタは「また遊びにいくねー」と手を振っていた)、店の奥に入った。
「お金を稼ぎに来て、散財ばかりしているじゃないですか。ジュリエッタさん……」
昼間の話しでは、ジュリエッタは毎日のように飲み歩いている、ということだった。ホームレスと飲んでいるくらいだから、あまり料金がかさむ飲み方をしているとは思わないが、初対面の人でも片っ端から話しかけて仲間に誘っている可能性は、ある。
「おかねーはてんかーのまわりもっのー……」
突如、奇妙な節回しをつけて、ジュリエッタが歌い出す。
「……いつもこんな感じなんですか?」
「こ、こんな感じ、なのです」
静流が、なにか悟ったような口調で、答えた。
「確かに……一度、お灸を据えた方がいいですね……」
「な、なのです……」
荒野と静流は、顔を見合わせてそんな風に囁きあう。
おそらく、ジュリエッタに、悪気はない。
だからこそ、なおさらたちが悪い……ということも、いえるのだが……。
「……あー。
ジュリエッタさん。ジュリエッタさんは、強い人とやり合いたいんですよね?」
「若が相手をしてくれるのかっ!」
昼間の相談通り、荒野が水を向けると、ジュリエッタは即座に食いついてくる。
「いや、おれは、そういうのは出来るだけやらないようにしているんですけど……」
荒野は、少し押され気味になりながらも受け流す。
「そっか。そだな。
二番弟子にやられたから、一番弟子には挑戦できないんだったな……」
ジュリエッタが、ひとりでつぶやきはじめた。
……いったい、なんのことか……とか疑問に思いつつ、荒野は、聞き返さずに先を続ける。
「……えー。
それなら、喜んでください。
こちらの静流さんが、お相手をしてくださるそうです……」
「……静流が?」
ジュリエッタが、意表をつかれた顔になる。
「だって、静流、目が……」
ジュリエッタは、静流と荒野の顔を、交互に見る。
「あんまり舐めない方がいいと思うけどな」
荒野は、一応、警告しておいた。
「静流さん、仮にも、野呂の本家なわけだし……」
「静流はいいのか?
それで……」
きょとんとした表情で、ジュリエッタが静流に確認をする。
「む、むしろ、わたしが望んだことなのです……」
静流が、静かな口調で告げる。
「そ、そのかわり……わ、わたしが勝ったら、いろいろと、いうことを聞いて欲しいのです……」
いわれたジュリエッタは、相変わらずきょとんとした表情をしている。スレンダーな体型で目に障害がある静流は、ジュリエッタの認識によれば「論外」であるらしかった。
「返答は、イエスかノウか。
やるかやらないかで」
なにかいいかけたジュリエッタを、荒野が手で制する。
「仮にジュリエッタさんがやりたくない、というのなら……不戦勝ということで、今後は、静流さんのいうことを無条件に聞くこと」
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