隣りの酔いどれロリおねぇさん (最終回)
何十匹もの猫にまとわりつかれて、全身をざらざらした舌で舐め回される、という夢をみて、その突拍子もないイメージと触覚のリアルさに、全身汗まみれにして起きあがって、目を覚ました。見渡してみると、そこは自分の部屋ではなくて、ベッドと本棚とパソコンデスクがあるだけの、見慣れない部屋だ。
少し考えて、ようやく昨夜のことを思いだし、ここは三島さんの部屋なのだ、と、納得する。生活感がなく、装飾もほとんどなく、持ち主の個性を反映していない部屋で、清潔ではあるが、殺風景といってもいい。ほぼ唯一のインテリアは、25インチくらいのごついパソコンのディスプレイ(液晶ではなかった)の上に、起立したビグ・ザムの左右にポーズをとったシャア専用ゲルググ、シャア専用ズゴッグの三体の完成品ガンプラがのっかている事ぐらいで、なぜこんなものがここのあるのか、という唐突さが、強いていえば、三島さん自身の人柄を偲ばせるものなのかも知れない。
っていうか、なんでガンプラ? しかもファースト? さらにジオン軍?
寝起きの頭でそんな益体もない疑問をつらつらと考えていると、エプロン姿の三島さんがひょっこり顔をだして、
「お。青年。起きたか。今めし作っているからな。とっとと顔洗ってこい」
といって、こっちに背を向けた。
……をい……。
「……なんで、エプロン『しか』身につけていないのですか、三島さん!」
ぼくの寝起き第一声が、これである。
「ん? 男性というのは、こういう恰好に萌えるのであろう?」
三島さんは剥き出しのお尻をぼくのほうに突き出して、くりくりと動かしながら、「おっとこーのゆっめだーはっだかっえーぷろーん」とか、例によって適当な節回しで歌うようにいいながら、キッチンのほうに去ってゆく。
……あんたがそういう恰好しても、「萌え」うんぬんより、ニュアンスとしては「クレヨンしんちゃん」のほうの雰囲気に近くなるんですが……。
という思いは、治安維持と二人の精神的平穏を考慮して、内心で思うのみにとどめ、口には出さないことにする。
ぼく自身も、なにも身につけていなかったので、近くの床に放り出していたバスタオルを腰に巻き付け、その情けない格好で洗面所に向かう。背後から、「タオルと新しい歯ブラシ、出しといたから」という三島さんの声が追いかけてくる。
顔を洗い、キッチンにいくと、踏み台の上にちょこんとのっかった三島さんが、できあがったばかりの出汁巻き卵をまな板にのせ、包丁を入れているところだった。
テーブルにはすでに、空の茶碗と味噌汁のお椀、調味料と漬け物の皿、などが並んでいる。うーん、和食か。それも、かなりオーソドックスな。
「ほれ。今更遠慮する必要もなかろう。さっさとそこに座れ」
一口大に切った出汁巻き卵に盛った皿を乗せた盆を手にした三島さんが、ちょこまかとテーブルに歩み寄って、慣れた様子で配膳をした。
「ごはんも多めに炊いてるからな。おかわりもどんどんしてくれ。おかずが足りなくなったら、一切れだけあるお魚も焼く。朝はしっかり食べないとな」
ああ見えて三島さんは、結構家庭的な人らしかった。思い返してみても、部屋のどこをみても、きちんと整頓されていて、埃の一つもおちているわけでもなく、清潔に保たれていたし……本当に、意外性の塊みたいな人である。
案内されるままにテーブルに座る。裸エプロンと対面して座る腰バスタオルの男、しかも囲んでいるのは和食、というのは、客観的にみればかなりシュールな光景なのかもしれない。が、そういうことは、とりあえず、脇に置いておく。
昨夜、かなりきつい運動をしたので、かなり空腹だった。しかも、目の前に用意された食事は、見た目も匂いも、ものすっごく、まそうだった。一刻早く、なにかを腹に収めたかった。
二人で「いただきます」と唱和して、まず味噌汁の椀にとりつき、箸をつけて一口啜ったところで、絶句した。
……予想外に、うまかったのだ……。
「出汁は、鰹節と昆布。味噌は、赤と白のブレンド。出汁も味噌も合わせですか?
朝なのに、さりげなく手が込んでいる……」
呆然とぼくが呟くと、向かい側に座る三島さんの目が、一瞬、ぎらり、と光った……ような、気がした。
「ほう。わかるかね、青年。なに、出汁は普段から少し多めに作り置きしておくからな。そんなに手間はかからない。出汁さえあれば、そこの卵のように、咄嗟のときに一品ふやせるしな」
次にその出汁巻き卵に箸をつけ、一切れ、口に放り込む。
……これも、うまい。味付けといい、焼き具合といい、申し分ない。
こういうシンプルな料理のほうが、かえって腕の差が出やすいのだが……ヘタすると、三島さんの腕は、家庭料理の域を越えている……。が、不満がないわけでもない。
「味噌汁の出汁は、いりこのほうが味が深いような気がします。……それに、合わせ味噌も上品すぎて……これだけ寒くなったら、赤味噌オンリーのが……」
三島さんの目が、再びひかった。さっきのが「ぎらり」だとしたら、今度のは「ぴかー」という感じである。
「よかろう、青年。そこまえいうのであれば、それなりに心得があるのだろう……。今日は、これから時間があるか? あるな? では、今日はこれから、二人で買い出しに出かけて、味噌汁勝負といこうではないか!」
くわっ、と、口を開き、椅子の上に立ってから、どん、と、片足をテーブルの上に乗せた三島さんが、なぜか芝居がかった口調で、そう叫ぶ。
……あんたはどっかの陶芸家と不良新聞記者の親子ですか?
それ以前に、そんな恰好でテーブルに片足上げたら、昨夜さんざんお世話になった裂け目が丸見えです、三島さん。第一、行儀悪いし……。
一度ポーズをつけ終わると気が済んだのか、三島さんはすぐに元通りに椅子に座り、
「どうせだな、あれ、昨日約束した、弁償するスーツのほうも見立てたいしな。食事終わったら、車出すから、ショッピングセンターにでも行こう。二人で」
と、続ける。
なんでそこでそわそわして、目をそらして、ほんのりと頬を染めているのか。
「三島さん」
三島さんの目を正面からみて、ぼくはある疑問を口にした。
「三島さん、ファースト・ガンダム世代なんですか?」
真面目にそう尋ねると、
「ちがーう!」
どん、と、テーブルの上に両手を置き、三島さんが力説しはじめた。
いわく、そんなわけないだろ、そんな年齢にみえるか、いわく、この前免許証みせただろう、実際の年齢知っているだろう、いわく、ガンダムはファーストに限る派だが、それは後継シリーズが細部に拘泥するあまり、ドラマをおなざりにする傾向があるからで、いわく、もちろん、観たのはビデオでだぞ、本放送はおろか、再放送もみてない……などなど。
例によって脱線しまくりの饒舌で、唾を飛ばして力説してくださった。
なにしろ、順法意識が希薄な人だし、いろいろと非常識かつ規格外の人だし、場合によっては公文書偽造くらいして年齢ごまかしているかな、とかも思ったが、さすがにそれはないらしい……。
「少し休んだら、わたしが着替え取ってくるから、後で青年の部屋の鍵貸せな」
いろいろあって、食事を終え、お茶を飲みながらそういった三島さんの顔は、なんか機嫌が良さそうだった。
「それとも、青年、その恰好で外に出て隣りまでいくか? 外は晴れているけど、結構寒いぞ。なんだったら、そのなりのまま、ショッピング・センターまでいくか? 青年がお巡りさんにしょっぴかれたら、他人の振りして逃げ帰ってくるけど……」
三島さんの笑顔をみながら、「あー。なんか、しっかり三島さんのペースに乗せられているなぁ」とか、思った。
それは別に、不快な感じでもなかったけど。
[おしまい]
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