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はい(♀)×ろぅ(♂)×ろぅ(♀)  えんでぃんぐ

えんでぃんぐ 「食卓」

 千鶴さんが夕食の支度を終えたのと、新しい服を着た二人がキッチンに来たのとは、ほとんど同時だった。千鶴さんの顔をみると、二人はなにかいいたそうな表情をしたが、食卓に並んだ料理を一瞥すると、ぽかん、とそろって口を開け、そのまま凍りついた。
「ちょっとなに、これ!」
 最初に暴発したのは、あんなちゃんなわけで、
「だって、恙なく三人揃って初体験できたということは、とてもおめでたいことじゃないですか」
 受ける側の千鶴さんは、なぜあんなちゃんが怒っているのかよく理解できていない、といった態で、にこにこと笑っている。
「おめでたい席に鯛の尾頭付きとお赤飯を準備するのは、当然すぎるほどとうぜんではないですか?」
「おめでたい、とかいそういうことではなくてね、あのね、今ここに鯛の一匹丸ごと鎮座しております、ってことは、今日の事は最初から全ておねぇさんの予定通り、仕組んだ通りだった、ってわけ?」
 たしかに、鯛の尾頭付き、などというものは、思いついて即ご近所で調達できる、などという代物ではない。もちろん、千鶴さんが昨日のうちにいつもの魚屋さんに頼んで取り置きして貰ったものなのではあるが……。
「そんなことよりも、はい」
 千鶴さんは少しも動じた様子を見せず、詰め寄ってくるあんなちゃんの鼻先に薬局の紙袋に入った箱状のものを差しだす。
「なに?」
 一時的に剣幕を納め、きょとんとした顔でその物体を受け止めるあんなちゃん。
「避妊具。こんどーさん。
 これであんなちゃんも雅史くんと相思相愛らぶらぶおさるさんばかっぷるになったんですから、次回以降はちゃんと準備もしておかないとぉ……」
 しかし、次の千鶴さんのせりふを聞いたあんなちゃんは、覿面に激怒した。
「セイヤァアッ!」
 あんなちゃんの正拳突きが、千鶴さんの鳩尾にきれいに決まる。長年の同情がよいの成果が結集した、それはもうほれぼれするような、見事なフォームだった。一瞬にして千鶴さんの体は、比喩ではなく、三メートルも後方に吹っ飛んだ。
「げふん! いったぁ。あんなちゃん、いきなりなにを……」
「『いきなりなにを……』じゃないわよ! 自分の妹と幼なじみをいったいなんだと思って……。
 それになに、『らぶらぶおさるさんばかっぷる』ってのは!」
「いや、だから、『らぶらぶで、おさるさんのようにやりまくりな、端から見ているのがばからしくらいにぴったしくっつきあっている暑苦しいばかりのかっぷる』の略ですが、なにか?」
「セイっ!」
 少し離れた場所で様子を伺っていた雅史くんは、もちろん、途中から顔面の全面を朱に染めたりしているわけですが、その後の姉妹喧嘩には干渉しよう、などとは、決して思わない。
 段位こそとっていないが、ふたりともそれぞれ合気道と空手を十年以上やっている実力者なのである。そんな二人のガチンコ(かどうかは、傍目には判断しづらいところではあるが)勝負に介入しようと思うほど、雅史くんは無謀ではなかった。千鶴さんのオーバーすぎるリアクションも、あれはあれでダメージを軽減する工夫みたいだ、ということは、長年のつき合いで心得ている。
 じゃれあっている二人の脇を抜けて食卓の定位置についた雅史くんは、「いただきます」、と自分の箸を掲げて黙礼してから、おもむろに料理に箸をつけはじめる。
 鯛のお頭付きにお赤飯、お吸い物、はまだわかるけれど、大皿に山盛りになったニラレバ炒め、というのはかなりミスマッチではなかろうか? 千鶴さんに訊ねたら、例によってにこにこ笑いながら「だってこれ、滋養強壮にいいのよ。さすがにスッポンまでは手が回らないしぃ」とかいう答えが返ってきそうだから、黙って最初に箸をつける。出来たてでコチジャン、甜麺醤、豆板醤などのオーソドックスな中華風の調味料を絶妙にブレンドした調味料が、甘みの強いレバーとしゃきしゃきに炒めあがっているニラに絡んでいる。お赤飯も、できあいのものを暖めただけ、では無論なく、ちゃんと原料を一から調理していた。蒸す時に香草がなにかを工夫したのか、一口口に入れるだけでなにかほのかに柑橘系の香りがふわっと口の中に広がるようになっていて、単調になりがちなお赤飯の味にアクセントを加えている。柚の香りのするお吸い物によく合うし、少しく油のきつい炒めものの後に食べると、すっきりした清涼感を感じて相殺されるような気がして、ちょうどいい。最後に残ったメインディッシュの鯛の尾頭つき頭付きだが、こればかりは二人を差し置いて箸をつける気にはなれなかった。
「ご飯、さめちゃいますよー。どれもおいしいし、炒め物は温かいうちに食べた方が絶対おいしいです」
 あいかわらずじゃれ合いを続けていた姉妹に雅史くんがのんびりと声をかけると、二人は「はーい」と声をそろえてトコトコと食卓の定位置、雅史くんの両脇に座る。
「いただきまーす」という姉妹の声をステレオで両脇から聞きながら、雅史くんは黙々と千鶴さんの料理を堪能する。ほかの二人も、今日はたっぷり運動したためか普段より口数が少なく、いつも以上の健啖ぶりを示して黙々と料理に取り組んでいる。
 そんな感じで、たっぷりとあったはずの料理は、さほどの時間も要せず、たちまち三人の胃の中に納められていった。

 いつも通りの、彼ら食卓、彼らの日常、彼らの生活、彼らの関係、だった。

おしまい
迷った人のための、「はい(♀)×ろぅ(♂)×ろぅ(♀)」の【目次】

完結記念アンケートです。よろしければご参加のほどを <(__)>







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