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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(164)

第六章 「血と技」(164)

 今日の茅の反応は異常だ、ということで二人の意見は一致した。茅の体は、どうやら、茅自身の意識的無意識的な願望を反映して、日々変化を続けているらしい……。
 何よりも、完璧な記憶力と測定能力を持つ茅自身が、そう断言している。
「……今まで、そうした変化に気づかなかったのは……茅自身が、極端な変化を好まなかったからだと思うの……」
 茅は、そう説明する。
 現在の茅は、一般人に紛れて暮らすことを望んでいる。だから、目立つような変化は、していない。
「……それに……そうした変化、といっても……標準的な代謝速度に準じた変化だから、そんなに、目立たない……」
 ここに住むようになってから……茅は、背が伸びた。髪も二度ばかり、鋏をいれている。胸も、大きくなった。体重は、あまり変わっていない……。
 どれも、茅くらいの年齢の女の子なら、誰にでも起こりうる程度の「変化」であり、とりたてて、騒ぐことでもなかった。
「……でも……」
 茅は、胸の前で腕を組み、自分の体を抱く仕草をする。
 内側から……荒野の快楽に供するため、茅が、茅自身を改良している……と悟り……怖く、なったのだろう。
「……茅……。
 このままだと、どんどん荒野を、縛る……。
 それだけなら、まだしも……もし、この先、荒野に、何かあったら……」
 ……茅……自分を制御できるかどうか、自信がないの……と、続けた。
 荒野は、茅がいったことを咀嚼し、
「でも……それ、全部、たった今、茅が思いついた仮説だろ?」
 と、指摘した。
「それでも……」
 鏡の中の茅は、毅然とした表情で、頷く。
「……かなり、蓋然性の高い仮説なの。
 それに、今までに茅のような存在は、いない。だから、その仮説を検証することも、現時点では、不可能。前例というサンプルが皆無なの……」
 茅は……平然とした顔と態度を保っているが、これで、常に「自分が有害な怪物」に変化する可能性を考慮し、警戒している……というのが、これまで茅とともに過ごし、観察してきた荒野の所感だった。だから、茅の口からそうした言葉がでること自体は、さほど意外ではない。
 意外なのは……。
『……茅が、そうした変化のトリガーになりうる要因として……』
 荒野の存在、を上げ、荒野が物理的心理的に茅から遠ざかっていく時に、茅が変貌する……と、予測したことだった。
 茅は……自分という存在の危うさを、あるいは荒野以上にシビアに、認識している。茅の、荒野への心理的な依存傾向は、荒野自身も以前から気にかけていたところだが……。
 いや、客観的にみても、場合により、茅の方が荒野よりも偏見に捕らわれない観察眼を持つことがある……ということは、今までの経緯からも観測されているところで、別に、茅が自分のそうした傾向を自覚していても、不思議ではないか……と、荒野は、思い直した。
 荒野が気にかけているのは……その明晰な観察力と知性を持つ茅が、
『……おれに何かあったら、暴走する可能性がある……』
 と、わざわざ公言したことだった。
 その根拠は、荒野も容易に頷けるところなのだが……。
『結果として……死傷する可能性が高い前線にでるな……と、釘を刺された……』
 ことを、意味する。
 茅のいうことは、理解できる。
 現在の能力でさえ……茅が姿をくらましてどこかに潜伏、反社会的、あるいは非合法な行為に全力で及んだたとしたら……荒野自身はもとより、一族の総力を結集したとしても、茅の居場所を捕らえ、あるいは、茅の意志を挫くことが、はたして可能かどうか……。
 自分の肉体を使用しての戦闘行為、などよりも……この複雑な現代社会では、直接的な破壊工作よりも、情報的な攪乱行為の方が、現実の被害や破壊力ということでは、数倍の威力がある……と、荒野は思っている。
 しかも、茅は……。
『……隠形、ということでは、すでに、一族の上級者並だ……』
 その茅が……荒野との間に、「もしも」のことがあったら……暴走する可能性が高い……と、自己申告している。その時の、破壊の対象は……この世の中全体かも知れないし、一族そのものかも知れない。あるいは、荒野個人化も、知れない……。
 そういった標的は……その時の状況により、異なってくるだろう。
「……そうか……」
 そこまで、短時間のうちに思考を巡らした荒野は、ぽん、と茅の頭に掌を置いた。
「……楓にしろ、茅にしろ……あるいは、あの三人組にしろ……みんな、暴発すれば危険きわまりない、強力な不発弾なんだな……。
 せいぜい、取り扱いに気をつけるよ……」
 冗談めかして、そういうのが、精一杯の虚勢だった。
 ともかく、ここで取り乱すのは、やばい……と、本能が告げている。
「みんな、フラジャイル……取り扱い注意、だ……」
 茅の頭を撫でながら、荒野はさらに考える。
 危険物、ということなら……そもそも、荒野たち一族の者だって、本来は、相当に危険な連中なのである。それが多少スケールアップしたところで……。
『……今更、だよなぁ……』
 当面、荒野の役割は、茅や三人組、さらには、すでに有害な存在として育っている「悪餓鬼ども」も含めて、潜在的に危険な存在から、無害な存在へと変換すること……だった。
 今更……。
『……ビビっている、場合じゃねーし……』
 そこまで考えて、荒野は無意識に撫でていた茅の頭から、手をどけようとする。
 と、……。
「……駄目……」
 茅が、荒野の手首を掴んだ。
「もう少し……頭、撫でて……」
 そういう茅は、拗ねたような、恥ずかしがっているような、複雑な表情をしていた。
「……はいはい」
 荒野はそういって、茅の気が済むまで頭を撫で続ける。
 結局、それから、そのまま三十分近く、茅の頭を撫で続けたわけだが……。
『……これで、茅の機嫌が直るなら……』
 安いもんだ……と、荒野は思った。

 茅の髪の手入れが終わると、
「……だっこ……」
 と、茅がいいだしたので、荒野は素直に茅の体を抱き抱え、ベッドへと運ぶ。とはいえ、鏡台からベッドまでは、わずか数歩の距離なのだが……茅の気分、の、問題なのだろう。




[つづき]
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