第六章 「血と技」(210)
しばらく賑やかな食事が続いてから、竜斎がノリに向かい、「野呂に身を寄せないか?」と口説きだした。
『……そういう、ことか……』
それで荒野は、今日の騒ぎの原因を、ようやく了解する。
六主家のいずれかが、新種を取り込もうとする……という動きは、三人の能力と六主家のニーズを考慮すれば、当然、思い浮かぶ構図だったが……荒野は、ここに至るまで、まるで予想していなかった。
三人の性格と一族との仕事とのイメージのギャップから、荒野は無意識のうちにその可能性を排除していたらしい……。
仁木田らとテン、ガクのコンビが戦った際の映像がネットに出回った直後の、このタイミングで……ということも考慮すると、竜斎は、あの映像に触発されて、慌てて動き出した、ということも考えられる。
二人の能力を再認識し、仁木田たちと接近したことで焦りはじめた……と、いったところか……。
野呂の長としては、妥当な判断だ……と、そういう観点から今日の竜斎の行動を振り返ってみれば、荒野も納得ができる。
竜斎の目的は、その実力も含めて、新種たちを自分の目で見ること。そして、今しているように、直接口説くこと。
万が一、野呂が三人のうちのいずれかを取り込むことに成功すれば……。
『すぐにどうこう、ってことはないだろうけど……』
新種たちは即戦力になる、ということの他に、先進的な遺伝子操作の産物でもある。その成果の実物を確保すれば……。
『そっち系の技術も、これからはどんどん進むだろうし……』
長期的には、かなりのアドバンテージとなるだろう……。
テンたち新種は、優秀な資質を持った人材であり、同時に、生きた資料と遺伝子サンプルでも、ある。
『だから、じじいは……』
わざわざおれに預けて、むざむざ飼い殺しにしているのか……と、荒野は思った。
あくまでそういう可能性もある、という程度のことでも……今の時点で六主家間のパワーバランスが大きく狂うことを、涼治は望んでいないのだろう。
その点、まだ若年の荒野に預け、「好きに」やらせておけば……。
『どこからも、苦情は来ないか……』
なんのことはない。
荒野は、都合良く、「新種」という扱いのお宝の番犬をしているようなものだ。
貴重なお宝であるが、実際に使おうとするといろいろな方面から苦情が来そうな、「使えないお宝」の……。
『……ちゃっかりしてやがるなぁ……』
荒野は涼治の思惑を想像し、そういう感想を持った。
荒野がそんなことを考えている間にも、会話は進んでいる。
「……それとも、そこの加納と密約でも交わしているのか?」
竜斎がまさしく、荒野が考えていたようなことを述べた。
竜斎なりに、加納と新種の関係を、勘ぐっているらしい。
「ない、ない」
荒野は即座に否定した。
「おれの知らない所で、じじいとこいつらがなんらかの約束を交わしたりしていれば、話しはまた別だけどな……」
「それも、ないよ。
そもそも、涼治のお爺さんとボクら、数えるほどしか顔を合わせてないし……好きにしろ、としか、いわれてないし……」
テンが、荒野の言葉に即応する。
『……そんなところだろうな……』
荒野は涼治の顔を思い浮かべながら、本当に、食えないじじいだ……と思った。
荒野がそんなことを考えているうちにも会話は進み、小埜澪も、竜斎に負けじと、三人を口説きにかかる。野呂が手を出せば、二宮も指をくわえて看過することはできない……ということだろう。
しかし、三人は返答は、「今のところ、どちらにも与する気はない」と繰り返すばかりで、それ以上進展することはなかった。
ただ、竜齋も小埜も、「ここから逃げ出す必要がある時は、いつでも三人の身元を引き受ける」といった意味のことを繰り返し、強調してはいたが。
新種の中でも三人だけに声をかけて茅には声をかけなかったのは、茅が仁明から荒野に引き継がれた生え抜きの「加納預かり」であり、つけいる隙がない、と判断したためだろう。
テンが竜齋たちに「自分たちの意思でここを離れるつもりはない」といった説明をした折、唐突にガクが、
「ボクたちも、その……いつかは、バラバラに、別れ別れに……なっちゃうのかな?」
とか、いいだした。
テンが何度か、「ひとりだちする時」といった語を口にしたからだ。
ガクはテンの口調に、「いずれ、自然にここを離れるまでは、ここにいる」、つまり、「いつかは離れなければならない」といったニュアンスをかぎ取った……ようだった。
テンはガクに、こう答える。
「いつかは、自然にそうなるよ。
人間は……いろいろなことを経験して、どんどん変わっていく存在だし……。
現に、ノリはもう自分だけの道を歩きはじめているし……。
いきなりどうこうっていうことはないだろうけど……自然に変わっていって、離れる時は、やはり自然に離れていくと思うんだ……」
ノリが自分だけの道を歩きはじめている、というのは、香也の影響か、ノリが絵に興味を示し、自分でも描きはじめたことを指すのだろう。
荒野は、そのやりとりを興味深く見守った。
そうしたノリの変容も含め、三人の個性と関係性が、そのやりとりに色濃く反映している、と思ったからだ。
絵を描きはじめたり、それまで一緒に育った二人と離れることを厭わなかった……つまり、いち早く新しい環境に適応し、自分一人で行動をとりはじめたノリ。
いつまでも従来の関係性にとらわれ、なかなかそこから脱却できないでいるガク。
二人と自分自身の行き先を冷静に観察し、客観的に分析してみせるテン。
いたって仲がいいし、全員揃っていれば息も合っている三人だったが……別人である限り、性格にも内面にも、差異というものはそれなりに存在し……当然のことながら、決して、一心同体というわけでははない……。
『……こいつら……一体……』
この先、どういう風に育っていくのだろうか……と、荒野は思った。
超人的な能力と未完成な内面を持った、子供たち……。
今の時点では、特に不安を感じる要素はなかったが……今後、この三人が、何らかの契機を得て「自分の意思で」反社会的な行動をとりはじめたら……。
『……それを止めるのも、一苦労だ……』
荒野は、「あのじじいは、本当に扱いの難しいお荷物を押しつけてきたんだな」と、今更ながらに認識した。
[つづく]
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