2ntブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(217)

第六章 「血と技」(217)

 しばらく休んでから、茅は再び荒野を求め、結局、その晩、荒野は茅の中に三度放った。
 今までも、荒野と二人きりの時に茅が取り乱したことがあったが、その後も決まって茅は荒野を求め、普段にもまして、狂態を見せている。
 これは……茅の肉望……というよりは、もっと根深いところに根ざした不安、に依る反応なのではないか……と、荒野は思いはじめていた。以前の時も今回も、茅が激しく求めてくるのは、決まって「自分が何者であるのか?」という疑問について、茅が思い悩んだ時だった。
 荒野自身はその出自があまりにも歴然としすぎているため、かえってその手の悩みには無縁である。
 しかし、茅の場合は……茅が今、何者であり、これから何者になろうとしているのか……明確に答えられる者は、この世のどこにもいないのであった。
 以前、茅がまだ、ごく狭い世界しか知らず、加納仁明という保護者しか他者という者を知らなかった頃は、そのような悩みとは無縁であったろう。しかし、今、茅は、この世の中に多種多様な人間が生息し、それぞれの役割を果たしながら生息している……という事実を、茅は、知っている。
 この、複雑で広大な「世の中」で、自分自身をどう位置づけていいのかわからず、困惑する時……茅は、今夜そうであったように、取り乱して荒野を強く求める傾向がある……と、荒野は思った。
 あるいは、自分たちの年齢で、荒野のように「自分が何者であるのか?」に思い悩む必要のない人種の方が希ななのだろうが……と、荒野は、クラスメイトたちの顔を想起して、考える。現代日本における、荒野と同年輩の少年少女は、そもそも茅とは違い、性急に自己を規定する必要性も、さほどない。だから、多少の個人差はあっても、あと十年内外は、「何者でもない自分」でいられる、モラリトアムの期間を過ごすことが、許容されている。善し悪しは別にして、そういう意味で、現代の日本とは、年少者にはかなり寛容な社会だ……と、荒野は評価していた。
 現代日本が、そうした、若年者に対して寛容で、束縛の少ない社会であっても、それが茅のアイデンティティへの不安を打ち消すことになる……とも、思わないが。
 茅の常時保持していなければならない不安は、おそらくもっと根元的で、誰にも解決や解消がしようがない種類のものだ……と、荒野は思う。
 だから……時折、何かの拍子に不安に駆られると、茅は荒野を切望する。肉欲に溺れている間は、「自分は、荒野のパートナーである」という確信を得られるからだ。
 少し前、荒野が茅との行為を週末に限定した時は、漠然とした不安を感じ取っただけでそこまで深く考えたわけではなかった。しかし、こうして改めて考え直してみると、それまで見えなかったことも、見えてくる。
「ある不安から逃避するために、何らかの快楽に逃げ込む」という心理は、いわゆる「依存症」の初期症状であり、その意味では、茅に、早めに歯止めをかけておいて良かった……と、荒野は、思った。
 ある程度、日時を制限しておけば、少なくとも、際限なくのめり込む、ということは、回避できるのだから……。
 後は、……。
『茅自身が……ちゃんと、自分を捉えられるようにならないと……』
 三度の激しい行為の後、風呂に入り直してようやく寝入った茅の横顔を眺めながら、荒野はぼんやりとそんなことを考える。
 茅は……荒野や楓、あの三人組のような突出した身体能力は持たないものの、それ以外のことは、たいてい器用にこなせる。成績にせよ、その他のことにせよ、同じ学校に通う生徒たちよりも、よっぽど「出来た」生徒だろう。学科についてはいうに及ばず、あくまで一般人レベルの範疇の中で、にせよ、実は体育の成績も、決して悪いわけではないし、家事も器用にこなしている。
 茅よりももっとぼんやりと生活していて、「何も出来ない」生徒たちの方が多数派だったが、その多数派の生徒たちは、茅のように「自分は何者であるのか?」などという悩みとは無縁だった。彼らには、当然のように家族がいて、学校に通っていて……少なくとも、自分の居場所について、茅のように疑問を持つ必要は、ない。
「知性体として、必要以上のスペックを持つ代わりに、自分が何者であるのか、あるいは、将来、何者になりえるのか、まるで見えない」茅と、未成熟で無邪気な同級生たちとは……存在の性質として真逆である、といっても良かった。
 一般人とは異質な存在である荒野自身にしても、茅の悩みや苦悩を、本当に理解しているわけではない。少なくとも荒野は、自分の由来と、そして、将来、選択しうる未来について、かなり詳細に想像することができる。
 しかし、茅の場合……。
『……特に、将来、の話しだな……』
 問題なのは……茅の能力が、この先どこまで伸張していくのか……その結果、茅の行動原理に変化が現れるのか否か……まるで想像がつかない、ということだった。
 現在の所、茅は、荒野や他の一般人たちと、大きな隔意を保持しているようでもない。しかし、この先……知性や感性が、予測以上に成長したとしたら……。
『……そういう時も、まだ……』
 茅は……自分を、人類の一員、として、認識できるだろうか……。
 あるいは、逆に……こっちの方が、もっとありそうなのだが……茅の能力がこのまま成長し、常人からも一族の基準からもかけ離れしたレベルに達してしまった場合……そして、そのことが、何かの拍子に白日のもとに晒された時……最も起こりそうな事態は……。
『迫害、だ……』
 一般人社会からも、一族からも、「脅威」と見なされ……よくて、スポイルされ、もっと悪くすれば、積極的に、排除される……。
 それでも……。
『……茅の味方をすることで、誰かを傷つけないで、か……』
 難しい注文だな、と、荒野は思う。
「自分の身より、想像上の他者の身を案じる」というのは、生物としてみると健全な思考法とはいえないのがだ……そもそも知性とは、時折、本能とは正反対の結論を出すことがある。知性とは、「他者の立場を想像することができる、想像力」ともいいかえることができるからだ。
 荒野は、その知性体が所持している情報量の多寡と知性レベルは必ずしも比例しないと思っているし、さらにいえば、「優しさ」という曖昧、かつ、傲慢な言葉で、自分とは違った立場に立つ者の心情をシミュレートする能力を測ることは嫌った。
 正確無比な想像力と鋭敏すぎる五感、人間離れした演算能力をもつ茅は、いわば、この地上で最も知性的な存在になりかけているところだったが、それはすなわち、自分以外の者について、誰よりも早くその心情を想像できる、ということも意味した。
 言い換えれば……茅は、誰よりも他者の心情を思いやることができ、それにより、かえって悩みが大きくなる……というジレンマを、根源的な部分で抱え込んでいる。
 しかも……自分の前には、その経験を参照できるような、「先輩」が存在しないのだった。




[つづき]
目次

有名ブログランキング

↓作品単位のランキングです。よろしければどうぞ。
newvel ranking  HONなび




ランキングオンライン

Comments

Post your comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks

このページのトップへ