2ntブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(234)

第六章 「血と技」(234)

 そんなわけで、荒野はかなり物憂い気分のままマンションに帰りつき、着替えて、隣の狩野家へと赴く。材料は、ノリと三島、樋口明日樹と玉木珠美が帰りに待ち合わせて調達してくる、ということだった。荒野はまっすぐ帰ってきたので、まだ誰もいない可能性の方が高かったが、その場合は庭のプレハブにでもいって、久しぶりに香也の絵でも眺めて時間を潰すつもりだった。
「……はぁーいっ!」
 狩野家の玄関は案の定、開いておらず、シルヴィ一人がぽつねんと立っていて、荒野の顔をみると手を振った。
「あの三人を、取り込むつもりか?」
 挨拶も抜きに、荒野はシルヴィの真意を尋ねる。
 余分な駆け引きをしても、いいたくないことは絶対に口外しない相手だと分かっているから、単刀直入に尋ねた。
「彼女たちが、望めば……」
 シルヴィは、大仰に肩をすくめる。
「姉崎本家は、映像が出回りはじめてから特に、強い興味を示してくるけど……でも、彼女たち、まったくその気がないんでしょ?」
 ……それまで「様子見」だったシルヴィが、いきなり接近してきたのは、本家に対するポーズかも知れないな……と、荒野は思う。
 もっとも、「荒野にそう思わせるためのジェスチャー」ということも十分に考えられたから、即断は避けるべきだったが……。
「まあ……できる限り、穏便にいきたいから、お手柔らかに頼むよ……」
 今の時点では、荒野としては、余計な刺激を加えないように、そういうしかない。
「……That's all……」
 シルヴィも、頷く。
「こちらも、無用に事を構えたくはないから、そうするけど……。
 そっちこそ、ダイジョブ?
 ソンシとかあの三人とか、かなりキナクサい動きをしているように思うけど……」
 ……やっぱり、傍目には、「富国強兵」とか「軍備拡張」に見えるか……と思い、荒野は天を仰いだ。
「……あれで、悪餓鬼どもへの牽制という意味合いも期待できるわけだし……そうそう暴発するやつらでもない、と思っているけど……まあ、折りをみて、一度強く釘を刺しておくよ……」
 荒野としても、姉崎とか他の六主家からみて、荒野があの連中への「抑え」にはならない……と、思われることは、避けたい。筋からいっても、荒野に「監督責任」があるわけではないのだが、あの三人や孫子が荒野の手に余る……と思われたが最後、他の六主家からも、続々と監視兼監督の人員を送りつけてくるだろう。三人に関して涼治が、孫子に関しては鋼造が後見人として控えているので、よほどの事がなければ、直接、干渉してくることはない筈だったが……。
 現状でもかなりややこしいことになっているのに、ここからさらに一層こじれた事態になる、というのは、避けたかった。
「……コウのこと、疑うわけないけど……彼女たち、強靱なようでいて、不安定だから……」
「……ああ……」
 荒野も、ため息まじりに頷いた。
 あまりにも、思い当たる節がありすぎる指摘だった。
「そうだ……」
 な……っと、いい終える前に、口唇を奪われた。
 シルヴィをそのまま荒野の首を抱いて、荒野の口の中に舌を入れてくる。熱くて硬いシルヴィの舌が、荒野の口内をねっとりと掻き回した。
「こんなところで……他人に見られたら、どうする……」
 しばらくして、シルヴィがようやく体を離すと、荒野は憮然とした表情でそういった。
「向こう流の挨拶だ、とでも、いっておけばいいさ……」
 男っぽい口調になって、シルヴィがいう。
「……コウ……。
 わたしのベッドは、いつでも空いている。
 疲れたら、いつでも休みに来るといい……」
「……そうだな……」
 荒野は、素っ気なく頷く。
「……そのうち、おりをみて……」
 子供の時分に一緒に育ったシルヴィと荒野は、ビジネスライクな関係を維持するには、お互いのことを知りすぎており……同時に、愛欲や恋情のみで結びつくには、絆が強すぎた。
 荒野が一番、「肉親」として意識しているのは、実際に血の繋がりがある涼治や荒神ではなく、このシルヴィだろう。
 また、シルヴィが、彼女なりに荒野のことを案じているのも、理解している。
 最近、荒野が置かれている立場が、多少でも事情を知る者なら、誰の目から見ても、微妙すぎるものだった。ほんのちょいとバランスを崩すだけで、あっという間に脆い足場は崩壊してしまうだろう。
「そういや……例の悪餓鬼どもについて、何か収穫は?」
 荒野はさりげない動作でシルヴィから体を離して、そう尋ねる。目下のところ、荒野が認識している中で、一番の不安要素だ。居場所さえ分かれば、一気に襲撃してカタをつけたいと思っている。
「……これといった収穫は、まだ……」
 シルヴィは、ゆっくりと首を振る。
「あの似顔絵を頼りに、現在の足取りと、過去の、例の件の生き残りの捜索と、二つの線で探らせているけど……どちらも、全然……」
 シルヴィは「例の似顔絵を頼りに、入管のデータまで照会してチェックしてみたが、それらしい人物の出入りはなかった」、といった意味のことをいった。
「……やはり、国内に潜伏していたか、それとも、密入国する当てがあるのか……」
 荒野は、そう感想を述べる。
 たかが、子供二人だ。
 隠そうと思えば、どうにでもできる。
 一億以上の人間がひしめいているこの国で、たった二人の人間を捜し出し、居場所を特定することは、容易ではない。
「……過去の方……生き残りの線も……根気よく、洗い直しているけど……」
 こちらも……望み薄、だろうな……と、荒野は思う。
 何しろ、時間が立ちすぎている。
「……現象の線とかも……」
 現象や、現象の実母の事跡をたどれば、なにかしらの手がかりが得られると思ったのだが……。
「……やっては、いるけどね……」
 シルヴィは、肩をすくめて首を左右に振る。
 やはり、荒野が思いつく程度のことは、一通り試しているようだった。
「その他、その手の研究施設や必要な機材の入手先とかも含めて、全世界規模で洗い直している最中だけど……」
 包囲網が、時間的にも空間的にも、大きくなる分、それなりの結果がでるまで相応の時間がかかる……という。
「……でも……姉崎は、執念深いわよ……」
 とも、シルヴィは付け加えたが。
「時間がかかるにせよ、必ず尻尾を掴んでみせる」ということらしい。
 荒野にしてみれば、どのような動機であっても、奴らの情報を提供してくれる分には、感謝をすることはあっても文句をいう筋合いはないのであった。

 そんなことを狩野家の玄関前で話すうちに、見覚えのある三島の小型車が、家の前に停車してた。運転席に三島、助手席にノリ、後部座席に制服姿の玉木と樋口明日樹が乗っている。
「……待たせたなっ!」
 窓から顔だけをだして、三島が荒野たちにそう挨拶をした。
 ノリ、玉木、明日樹がばらばらと車から降りて、後部のトランクからビニール袋を取り出す。
 ノリが、玄関の鍵を開けて、みんなを中に招き入れた。




[つづき]
目次

有名ブログランキング

↓作品単位のランキングです。よろしければどうぞ。
newvel ranking  HONなび



Comments

Post your comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks

このページのトップへ