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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(236)

第六章 「血と技」(236)

 シルヴィが持ち込んだ怪しげな材料で盛り上がった以外は、これといって特筆するべきこともなく、チョコ作りは一時間ほどの時間をかけて恙無く終了した。手を動かしている間も会話が途絶えず、それなりに騒がしかったが、やはりいい年齢の大人が半数を占めていた、ということが大きい。ノリと明日樹も、どちらかというとおとなしいタイプだし、それに、この中で意味もなく騒がしいのは、玉木と三島くらいなものであり、料理関係の仕事に慣れていないのは、玉木一人だったので、作業はおおむねスムースに進行した。
 型に流し込んだチョコを冷やす間に後片づけをして、それも終わると静流が全員にお茶をいれてくれた。
 静流がいれたお茶を喫すると、例によって全員がしばし、言葉を失う。
「……あっ!」
「これ……」
 特に今回が初体験である、樋口明日樹と柏千鶴、ノリは、一口、口をつけた後、そう呟いてしばらく、固まってしまった。
「……こ、こんど、商店街に、お店を出しますので……」
 すかさず、静流がビラを炬燵の上に置いて皆にまわしはじめた。
「……価格帯とかパッケージは、流石に考えているか……」
 三島は、静流が配ったチラシを眺めながら、そんなところをチェックしている。
「さ、才賀さんに、いろいろとアドバイスいただきまして……」
 静流は、背筋をしゃんと伸ばした状態で、答える。
「お、お店がはじまったら、定期的に、お、お茶のいれ方の講習なんかも、するつもりです……。
 み、みなさんに、おいしいお茶を飲んでいただきたいので……」
「……お店の中に、お茶が飲めるところもあるんだ……」
 ノリも、チラシをみながらいった。
「は、はい……。
 席数が、少ないから……試飲程度のことしかできませんが……」
「……失礼ですが、お店、おひとりでなさるのでしょうか?」
 千鶴が、柔らかい口調で尋ねる。
「は、はい。
 だいたい……出来る限りは……」
 静流は、ゆっくりとした口調で答える。
「お店持つのは、前からの夢だったもので……。
 で、でも、わたし、目がこれだから、ひ、一人で、というのは、難しいので……及ばない部分は、さ、才賀さんが、誰か適当な方を見繕ってくださる、ということで……」
 孫子を経由しなくとも、静流なら、この周辺にいる野呂の者を手伝いとして手元に置くことは容易だった筈だが、孫子の顔を立てたのか、それとも、できるだけ一般人の店員を置きたいという希望があるのか……とにかく、静流はそういう選択をしている。
「……はいっ!」
 しゅばっ! と、千鶴が勢いよく片手をあげた。
「立候補するのですっ!
 大学の講義がない時、馳せ参じるのですっ!」
 三島と玉木が、
「……おおぉお……」
 と、歓声をあげて拍手をはじめる。
 ノリと明日樹も、少し遅れて、パチパチと手をたたいた。明日樹はともかく、ノリは、実のところ、この事態をよく理解していない。荒野一人だけがひっそりと俯いて、眉間を自分の指でマッサージしていた。
「……いやー
 よかったなぁー……。
 こんなあっけなく、美人のバイトさんが見つかって……」
 三島が、感心したような声をあげた。
「扱う商品も、出迎える店員さんも上物ってことになれば、大入り満員のウハウハだぞ……」
「……そうそう……」
 玉木も、頷く。
「やっぱね、お客さまと対面する商売ですもの。そういった要素も、重要ですよ……。
 柏さんのおねーさんなら、身元も確かだし……」
「……はいっ!」
 再び千鶴が、しゅたっ! と、元気よく挙手した。
「質問っ!
 お店の制服とかは、あるんでしょうかっ!」
「……せ、制服、ですか……」
 静流は、かなり引き気味になりながら、小さな声で答える。
「……そ、そういうのは……ま、まるで、考えて、いませんでしたけど……」
 もともと、こうした賑やかな雰囲気に免疫がない静流は、すでにかなり腰が引けている。
「駄目ですっ!」
 千鶴は、どん、と炬燵の天板を拳で叩いた。
 静流が、方をびくりと振るわせる。
「ヴィジュアル・イメージは、大事ですっ!
 可愛いは、正義なのですっ! 萌え萌えなのですっ!」
 千鶴は、そう力説した。
「……も、もえもえ……なの、ですかぁ……」
 静流は、すっかり逃げ腰になっている。
「……このチラシみると、中国茶もかなり扱っているな……」
 三島が、冷静に指摘する。
「……中国の、お洋服……。
 おねーちゃんたちに、似合いそうなの……」
 ノリは、少し考えた後、部屋の隅に常備してあるスケッチブックを取り出し、ささーっと、鉛筆を走らせて、簡略な女性の人物画を、描いてみせた。
「……こういうの?」
 荒野と明日樹、それに、ノリの絵を見ることが出来ない、静流本人の三人を除いた全員が、
「……おおぉぉっ……」
 と、歓声を上げながら、拍手する。
「……そっか……。
 チャイナかぁ……」
「……か、加納様……」
 わけがわからない静流は、今にも泣きそうな顔をして荒野に助けを求めた。
「な、何が、どうなって……」
「あきらめてください」
 非情にも、荒野は静流に向かってそういいきった。
「おれには、この人たちを抑えるだけの力がありません………」
「……大丈夫です。
 お茶のおねーさん……」
 玉木が、すっげぇ不安そうな顔をした静流の肩に手を置いて、声をかえる。
「おねーさんも、柏のおねーさんも、スタイルがいいからこういう格好、よく似合います……」
「……どどどど、どういう、格好なんですか、だからぁ……」
 ますます動揺しはじめる、静流。
「……あのな……」
 三島が立ち上がり、座っている静流の肩に、抱きつく。
 静流が、「……きゃっ!」と、小さな悲鳴をあげた。
「……チャイナドレスっていうのはな……こう……ノースリーブでな……。
 んで、こう、腿のところに、切れ込みが、入っていて、っと……」
 三島は、静流の後ろから、耳に息を吹きかけながら、静流の肩や腿を指先でたどりつつ、説明する。静流が、三島の息や指先に反応して、「あんっ!」とか「やんっ!」とかいいながら、びくびくと体を振るわせた。
「先生っ!」
 流石に、荒野が語気を鋭くする。
「……わかているよ、もぅ……。
 お茶目なスキンシップじゃないか……」
 三島は、あっさりと静流から体を離した。
「……だけど……グラサンのねーちゃん、意外に敏感だ……」
 静流から体を離しながら、三島はそんなことをぶつくさ呟いていた。
 静流は、すっかり怯えた表情になっている。
「……あんないたずらをするのは、先生くらいしかいませんから……。
 もう、ご安心ください……」
 荒野は静流を落ち着かせるために、ため息混じりにそう声をかけた。
「……は、はい」
 静流は、まだ怯えた表情をしながら、気丈な返事をした。
「こ、この程度でびくびくしていたら、お、お客様の相手はできませんね……」
「……そうですっ!」
 今度は千鶴が、静流の手を取る。
「……一緒に萌え萌えで、可愛いお店にするのですっ!」
「……も、もえ……ですか?」
 静流は、千鶴のノリにもかなり面食らっていた。
「お、お茶は……燃やしては、いけないと思いますが……」
 その後、千鶴は数分に渡って「萌えとは何か?」という独演会を続ける。ノリは感心したような顔で聞き入っており、肝心の静流は、かなり疲れた表情をしながら、「……わ、わかりましたのです。もう、結構ですから……」と、降参してみせた。

 そのうち、ノリが、「おにーちゃんを迎えに行く時間だ」といいだし、その日はお開きということになった。




[つづく]
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