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彼女はくノ一! 第五話(320)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(320)

 香也が着替えて庭に出ようとすると、玄関で、段ボールの箱を運び入れている制服姿の孫子とテン、ガクと出くわした。三人組と楓が使うパソコンが届いたところだ、という。孫子の会社に納入する事務用品と一緒に納入されたものを、車でここまで運ばせた、という。テンとガクは早速、段ボールを居間に運び込み、梱包を解きはじめた。
 しかし、孫子の会社とかコンピュータにあまり関心が持てない香也は、予定通りそのまま庭のプレハブに向かう。夕食の準備が整うまでの僅かな時間でも、今夜描くものの準備を整えておきたかった。
 
 しばらくして、ノリに呼ばれて居間に戻ると、夕食の準備が整い、住人も全員が勢ぞろいしている。今日、この家でノリたちがチョコを作ったこと、明日のバレンタインのこと、それに、三人は、新しく届いたノートパソコンとその設定や使用法について、楓や孫子は、孫子の会社で使用するソフトのこと……などを賑やかに話し合いながらの食事となる。会話の内容の大半を香也は適当に聞き流しているし、仮に、耳に入っていても、専門的な用語が大半を占めるため、その内容は理解も把握もしていないのだが、この賑やかな雰囲気は悪くない……とは、感じていた。
 夕食が終わると、テンとガク、それに楓は、届いたばかりのパソコンを早速、本格的に使い出す。テンとガクは、映像処理関係のソフトを、楓は、孫子に頼まれているソフトに、それぞれ手を着けはじめていた。孫子は、封筒から分厚い書類の束を取り出して、それに目を通したり、書き込みしたり、署名したりしている。食器の片づけは、「支度はしてもらったし、みんな忙しそうだから」という理由で、羽生が引き受けてくれた。ノリは、昨日、ガクがしていたように、香也の勉強をみている。こと、香也の勉強に関していえば、以前なら、楓と孫子の二人でしていたわけで、これが、五人で順番に行うようになったことは、五人とも、それぞれに、自分の仕事を抱えている今では、一人頭の負担の軽減、ということで、十分に意味があった。おのおの、別の仕事を行いながらも、しばらくそうして居間に居続けたのは、その場の雰囲気に居心地の良さを感じていたためだろう。
 香也も、もちろん、早く終わらせて、プレハブにいって絵を描きたい、という気持ちは、以前と同じく、強くあったわけだが、それとは別に、この場の雰囲気を「心地良いもの」と認識していた。

 その雰囲気に当てられてか、一時間前後で終える勉強に、この日は二時間近くかけてしまい、おかげで絵に裂ける時間が、かなり目減りしてしまった。香也が庭のプレハブに向かうと、当然のように、ノリもスケッチブックを抱えて香也の後についていく。
 ノリは、この家に帰ってきてからも、常時スケッチブックを持ち歩き、隙間の時間を見つけては、なにがしかの絵を描くようになっている。
 プレハブの中で、香也は、ここ数日のノリの絵を見ながら、求められるままに細かいアドバイスを行うことになった。ノリは、筋がいいのはもちろんだが、香也のいうことを理解し、実際に描く段に、それを反映する……という、フィードバックのレスポンスが、格段にいい。
「砂に水がしみこむように」という例えがあるが、まさにそんな感じで、ノリは「絵を描く」ということの本質を体得しつつある……ように、香也には、思えた。
 ノリは、空間や立体の形状を把握するセンスにたけていて、遠近法やパースの概念も、口頭で簡単に伝えただけなのに、今ではしっかりと理解して、自分の手で再現できるようになっている。光源や陰影の描写も含めて、ノリの描く絵は、今ではかなり「リアル」なものになっていた。
 さらに加えて、最近では、羽生の部屋にあるマンガの模写までを手がけているようで、何種類かの見覚えのあるキャラクターで、ところ狭しと、スケッチブックの紙を何ページ分も埋め尽くしていたりする。こうしたディフォルメの効いた絵に関しても、器用なことにノリは、かなりモデルに似せて描けるようだった。

 その日、香也は、結局、ノリへのアドバイスとか話し合いとかで時間をとられ、自分の絵に手を着けられないままに、かなりいい時間になってしまった。
 風呂が空いた、と、楓が呼びに来て、かなり襲い時間であることに気づき、ノリに、先に風に入るようにいい、自分も席を立つ。その頃には、これから本格的に絵をかきはじめると、翌日に差し障りがでるような時刻になっている。ノリは、香也に「一緒に風呂に入ろう」とか「背中を流します」とか誘ったが、当然、香也は遠慮して、自分も立ち上がり、ノリや楓と一緒に家の中に入る。 
 
 ノリが風呂を使っている間、香也は居間で炬燵に入って、ぐったりとしていた。一見して、ぼーっとしているように見える香也が、実際にこうして何もせずにぼーっとしていることは、実はかなり珍しい。そのような時間があれば、香也は何かしらを「描いて」いるから、だが……この日は、珍しく、何もせずに、パジャマ姿でノートパソコンのキーを叩き続けるテンとガクを見続ける。
 二人は、香也にはよく意味がとれないカタカナ語を応酬しながら、タカタカタカタカタカと途切れずに打鍵し続ける。それを見て、香也は「……本当は、自分よりもよっぽど頭のいい子たちなんだよなぁ……」と、改めて思う。今日も、柏あんなに「なんで、香也ばかりが……」みたいなことをいわれたわけだが、それについては他ならぬ香也自身が一番聞きたいことでもあった。自分のような出来損ないと、彼女たちのような、容姿も整い頭脳明晰な少女たちとでは、釣り合いがとれない……とも、謙遜抜きに、本気でそう思う。彼女たちにその疑問を直接問いたださないのは、それが藪蛇になって迫られる可能性があったから……に、他ならない。
 香也は、卑下しているわけではなく、自身のことを、感情か精神活動の「どこか」が欠落した人間である、と自己評価している。例えば、同級生たちと比較してみても、自分自身の精神のありようは、やはり、異質に思えた……。

 そんなことをぼんやりと考えているうちに、湯上がりのノリが、「お風呂が空いた」と香也に告げにくる。香也は、居間にいた少女たちに、くれぐれも乱入してこないように、と念を押してから風呂場に向かう。




[つづき]
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