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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(237)

第六章 「血と技」(237)

 狩野家の前で解散した後も、シルヴィは荒野と一緒にマンションまで着いてきた。
「……たまには、カヤとも話したいし……」
 とのことだが、荒野としてはシルヴィの来訪を断る理由もない。仮に、シルヴィが何事かたくらんでいたとしても、後いくらもしないうちに、茅が酒見姉妹を伴って帰宅する。
 下手に反抗するよりは、素直に部屋に招き入れてお茶でも飲みながら、腹のさぐり合いでもしている方が、まだしも建設的に思えた。
 それに、話しの流れによっては、悪餓鬼どもの捜索に、もっと真剣に対処してくれるよう、頼むことも、ありえた。あくまで条件次第の話しではあるが……その辺の詳細は、しっかりと話し合ってみないと、なんと判断できない。荒野一人の「頼み」程度で、姉崎が総力を結集して協力してくれる、と考えるほど、荒野は無邪気ではなかった。
 下手に焦っても仕方がない、ということはわきまえてはいるつもりだたが……早めに、やつらの身柄なり居場所なりを押さえれば、それだけリスクが減って安心できる……といううのも、また事実なのである。そのためには、多少の無理を聞いてもいいのではないか……と、荒野は思っている。ここでの生活は、荒野にとって、その程度の重みは持っていた。

「……静流さんや茅ほど、うまいもんじゃないけど……」
 そう断りをいれながら、荒野はコーヒーをいれる準備をする。
 コーヒーメーカーをセットし終えてから、荒野は、改めてシルヴィと向き合って座った。
「それで……。
 実際のところ、なにを狙っているんだ、ヴィ……」
 シルヴィの目を見ながら、改めて、荒野は尋ねた。
「別に……」
 シルヴィは、荒野の目をまともに見返しながら、答える。
「ただ……コウが守ろうとしているものを、自分の目で確かめてみたかっただけ……。
 面白い人ばかりじゃない……」
「……一部分、面白すぎる人もいるのが困りもんだけどな……」
 荒野は、シルヴィから目をそらして、そういった。
「……そーねー……」
 と、シルヴィも、荒野の挙動に反応して、笑う。
「姉崎は、新種を欲しがらないのか?」
 荒野は、短刀直入に、尋ねる。
「竜斎のじいさんも、二宮も、この間あの三人にこなかけていたけど……」
「彼女たちが、身を寄せたいっていえば、もちろん歓迎するけど……」
 シルヴィは、やわらく微笑みながら、肩をすくめる。
「でも……彼女たち、いまのところ、そのつもり、ないんでしょ?」
「……そうなんだけどな……」
 いって、荒野は、お湯につけてお暖めておいたマグカップをお湯から出し、ふきんで丁寧に拭う。
 それから、できあがったコーヒーをマグカップに注ぎ、シルヴィと自分の前に置く。
「後、肝心な話し……」
 荒野は、座り直して、自分のマグカップに口をつける。
「……例の悪餓鬼どもの件、もう少し、姉崎の方で、力を入れられないか?
 そのための条件を出してくれれば、出来るだけ、対処する……」
「あらま……」
 シルヴィも、マグカップを抱えて、自分の口元に持ってくる。
「ご執心。
 条件は、ないことも、ないけど……」
 シルヴィは、マグカップをテーブルの上に置き、立ち上がって、ちょいちょい、と荒野を手招きした。
 ……耳を貸せ……ということか?
 と、不審に思いながら、荒野は、立ち上がってシルヴィのそばに近寄る。
 荒野が、すぐそばにまで近寄ると、シルヴィは素早く荒野の首に抱きつき、口唇を奪った。荒野の口を割って、熱い舌を差し込みながら、両腕を荒野の首と肩に回し、がっしりと力を込めて抱擁する。ついで、タイトスカートがまくれあがるのも構わず、両足を荒野の腰に回し、完全に荒野に体重を預けて、抱きついた。
 シルヴィは、抱擁する力を緩めず、荒野の舌を吸い、乱暴に腕を動かして、荒野の体をまさぐった。
「……ヴィ、何を……」
 ようやく、顔を話して、荒野は尋ねる。
「あら…こっちは、その気になっているのに……」
 シルヴィは、荒野にぶら下がったまま、股間を、すでに反応しはじめている荒野の部分に、こすりつける。若い荒野は、すでにジッパーを引きちぎらんばかりに硬直していた。
「そういう、気分じゃないって……」
 実際、荒野は、少なくともこの部屋で、茅以外の女とそういうことをする気にはなれなかった。自分に絡みついてくるシルヴィを引きはがそうとして、もみ合いになる。シルヴィも荒野も、なまじ体術の心得があるものだから、かなり高度な競り合いとなって……結果として、バランスを崩し、荒野は、シルヴィに抱きつかれたまま、床の上に横倒しになった。
 それでも、荒野に抱きついてこようとするシルヴィ。
 それを避け、シルヴィから逃れようとする荒野。

「……荒野……」
 気づくと、制服姿の茅が、息を切らして床の上で絡み合っている荒野とシルヴィを見下ろしていた。茅の後ろには、酒見姉妹も控えていて、「……んまぁ……」という表情で、目と口をぱっくりと開いて荒野たちをみている。
 ……これが、狙いだったか……と、今更ながらに、荒野はシルヴィの目的を悟った。
 シルヴィにとって荒野とは、いくつになってもいじり甲斐のあるおもちゃ、なのであった。

「……だから、ヴィに、茅ぐるみでからかわれただけだって……。
 ヴィ、こういういたずら、昔っからしょっちゅうしてたし……」
 あれから茅は、荒野といっさい口をきこうせず、黙ってメイド服に着替え、黙って夕食の支度をはじめる。何もいわないが、茅の背中は、あきらかに怒気を伝えていた。
「……第一、例の交換条件があるからさ、ヴィがおれとそういうことしたければ、もっと堂々とできるわけだし、茅に見せつける必要ないし……」
「……カヤ……。
 コウの話し、本当……。
 前に、カヤの独占欲が強いっていっていたので、それを確かめたくなって……」
 しまいには、荒野に同情したシルヴィまでもが、荒野に加勢しだす。
「……ホンの……軽いジョークね……」
 酒見姉妹は、茅の背中が醸し出すオーラを恐れて、おろおろと荒野と茅とを交互に見渡しながら、こわごわと茅の手伝いをしている。二人がぼろぼろと涙をこぼしているのは、大量のタマネギを刻んでいるからだった。
「……もう、その程度でいいの」
 茅は、荒野とシルヴィは無視して、酒見姉妹の手元をのぞき込む。
「……それを、じっくりと色が変わるまで、炒めて…」
 その間に茅は、牛肉の塊の表面に、ざっと火を通している。表面に軽く焦げ目をつけると、茅は肉を火からおろし、一口大に切り分ける。その後、酒見姉妹が炒めていたタマネギを受け取り、寸胴鍋に放り込み、皮をむいて適当な大きさに切りそろえたニンジンやジャガイモと一緒に火を通しはじめる。
「……おい、茅……」
 その手元をみて、荒野は冷や汗を流しながら、しばし、絶句した。
「それ……いくらなんでも……香辛料、効かせすぎだって……」
 材料を炒めあわせる段階で、茅は冷蔵庫の中から、ありったけの香辛料を取り出して、どっばーっ、と、大胆に放り込みはじめた。
 見ているだけで、空恐ろしくなる量だった。
「……いいの」
 その時の茅の眼光は、鋭かった。
「今は、超強力極辛が食べたい気分なの……」
 茅は、寸胴鍋に肉と水をいれて、火を弱火にする。
「……それから……荒野。
 首筋に、キスマークがついているの……」
 鍋が沸騰しはじめると、なんともいえない刺激臭がキッチンの中に漂いはじめる。「自然と唾液が沸いてくる」という範囲は当の昔に越えていて、においを嗅ぐだけで鼻の粘膜が痛くなってくるような刺激臭だった。
 その日の夕食である超強力極辛カレーは、涙なくしては食べられない代物だった。しかし、茅の迫力に気圧されて、全員が完食した。





[つづき]
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