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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(238)

第六章 「血と技」(238)

「……こ、これは……」
「目と、鼻に来るのです……」
 酒見姉妹は、顔中に汗を浮かべ、涙と鼻水をだらだらと流しつつ、ハンカチで顔からでた分泌物を頻繁に拭いながら、それでもスプーンを動かす手を休めない。
「……It's hot!」
 シルヴィの方も、大差なかった。
 茅も、一見して表情には出てないのだが、やぱりだらだらと汗を流している。
『……そんなに辛いのなら、食べるのを止めればいいのに……』
 と、荒野は思うのだが、なんだか一種の我慢大会に近いノリになっている。
 女たちは、横目でチラチラと他の女たちのペースをチェックしながら、黙々と食べ続けていた。
『……なーに、意地になっているんだか……』
 そんなことを思っている荒野は、水をがぶ飲みしながら、マイペースで食べている。荒野は、どちらかというと甘党なわけだが、だからといって辛い物や酒が駄目なわけではない。
 そして、何故、彼女たちが意地を張り合っているのか、まるで気づいた様子がない。
「……なぁ、ヴィ……」
 この場に会話がないことを気にしてから、荒野が汗を拭いながら、話し出す。
「さっきの、捜索の話しだけど……」
「……捜索……」
「姉崎に、捜索を依頼したのですか?」
 荒野の言葉に酒見姉妹が反応し、酒見姉妹が顔を上げる。
「おう」
 荒野は、何気なく、頷く。
「前から、頼んでるんだ。例の悪餓鬼どもの件な。
 こっちは、学校に通っているから、ここから離れるわけにもいかないし……」
「「水くさいっ!」」
 だんっ!
 と、酒見姉妹はいきなり立ち上がり、テーブルに手をついて身を乗り出す。
「「……姉崎に頼むくらいなら、どうして、野呂や二宮や、それに、わたしたちを頼りにしてくださらないのですかっ!」」
 ユニゾンで身の乗り出されて、荒野は、二、三度瞬きをして、もう一口、カレーを口に運ぶ。
「……だって……正式に頼んだら、半端じゃない金かかるし……。
 特に今回は、ろくな手がかりもない上、捜索範囲がめちゃくちゃ広いから、先だつものがなければ腕のいい術者は……」
「……それはっ!」」
 酒見姉妹は、シンクロナイズな動作で、シルヴィをびしっと指さす。
「「姉崎でも、同じことではないですかっ!」」
「……あー……」
 荒野は露骨に姉妹から目を逸らせして、人差し指で、こめかみを掻いてシルヴィに話しを振った。
「そのへんは……あれ……。
 なぁ……ヴィ……」
「……yes……」
 グラスの水をごくごくと喉を鳴らして飲んでから、シルヴィが答える。
「この程度のことは、全然ダイジョーブよぉー。
 ……コウとヴィとは、家族同然に育った仲だしぃ……」
『……あっ……』
 シルヴィがそういった瞬間、茅と酒見姉妹の顔が覿面にこわばったことを、荒野は見逃さなかった。
 ここまできて、どうしてシルヴィが先ほどのような真似をしたのか……という真意を、理解した。
 シルヴィは……意図的に、茅や酒見姉妹を、「あえて」刺激しているのだ。つまり……荒野の周囲にいる、少女たちを、標的にして。
 ヴィは……やっぱり、いじめっ子体質だ……と、荒野は確認した。
 外見ほど、中身まで変わっているわけではない……と、安心している部分もある。
 茅と酒見姉妹は、凍り付いて「なわなわ」と震えている。
「……それくらいにしてけよ、ヴィ……」
「駄目なのっ!」
「「駄目ですっ!」」
 荒野がシルヴィをいさめようとするのと、茅と酒見姉妹が叫んだのは、ほぼ同時だった。
「取引だから、許しているけど……荒野は、あげないの」
 茅は、荒野の二の腕を、ぎゅっと掴んだ。
「「姉崎が動いていると知って引いたら……国内の術者の名折れですっ!」」
 酒見姉妹は、同時に自分の携帯を取り出して、どこかに連絡を取りはじめる。
「……お前ら……だから、一流の術者を雇う金なんかないって……」
「「……そんなもの、後で、どうとでもできますっ!」」
 荒野が酒見姉妹を制止しようとすると、逆に一喝された。
「「それに、まだ名が売れていない若い世代なら、比較的、安いギャランティで雇えますっ!
 若直々のお声掛かりとあれば、いくらでも人は集まりますっ!」」
 二宮と野呂、双方の血を引いている姉妹は、国内の一族の間では、これでかなり顔が広いのであった。
「よかったわねぇー……コウ」
 シルヴィは、各人の反応を眺めて、興味深そうな表情をしながら、にこにこと笑っている。
「皆さん、協力的で……」
 そのシルヴィを、茅が睨んでいる。
『……香也君……。
 おれ、今なら、君の気持ちが前よりもよく理解できるよ……』
 荒野は、天を仰いだ。
「……そうそう」
 シルヴィは、何でもない口調で、テーブルの上にランッピングされた箱を置いた。
「これ、今、バレンタインということで、お隣で作ってきたチョコなんだけど……よく考えてみたら、ヴィ、あげるような男性なんか、いなんだった……。
 後で、みんなで……」
「……荒野には、食べさせないのっ!」
 茅が、シルヴィの手からもぎ取るように箱を奪い、乱暴な動作で包装を剥がす。茅の意図を察知した酒見姉妹も、携帯を置いてチョコに飛びついた。
「……やめっ!」
 荒野が制止する間もなく、茅と酒見姉妹は、シルヴィが作った一口大のチョコを、次々と争うようにして、自分の口の中に放り込む。




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