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彼女はくノ一! 第五話(321)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(321)

 風呂から上がって自分の部屋に戻ると、すでに布団が敷いてあって、いや、別に布団は構わないのだが……。
 パジャマを着たガクとノリが、布団の上に正座をしてちょこんと座っていた。
「……駄目」
 香也は、二人が口を開く前に、廊下を指さす。
「自分たちの部屋で、寝る……」
 けじめというのは必要だし、どこかで妥協すれば、自分の性格からいってもずるずると関係を深めていくことになりかねない……と、香也は思っている。楓と孫子の例からいってみても、一度前例を作ってしまうと、あとは止めようもない……。
 だから、この時も、香也にしては、かなり強い語調になっていた。
 途端に、じわり……と、ガクとノリの目が潤み、泣きそうな顔になる。
「……泣いても、駄目」
 香也は、重ねて、いう。
「騒げば、楓ちゃんたちが、来るし……それに、あんまりわがままをいっていると……嫌いになる」
 静かな声で告げると、ようやく二人は肩を落として廊下に出て行った。
 ……やれやれ……と思いながら、香也は襖を閉じ、部屋の明かりを消して布団の中に潜り込む。
 そうしたガクやノリの態度を思い返し、今更ながらに、彼女らが「子供」である、と感じる。どんなに凄い力を秘めていようとも、この先、女性として美しく成長していこうとも……やはり、中身に未成熟な部分がある、と。香也とて、他人の内面をどうこういえるほどに成熟した人格であるわけではない……ということは、日頃から常々、痛感しているところだ。だが、自分の場合は、いびつさを感じるの比べ、三人の場合は、より「幼い」感じを受ける。特に、対人面での経験が圧倒的に不足しているためか、「他人への感情表現」が、妙に直線的にすぎる部分が、昨日、今日、と、ガクとノリにつきまとわれた香也には、気になった。香也に好意を持っているから、抱きついたり、身体的な接触を図ろうとしたり……一緒に寝ようと、待ちかまえていたりする。そうした「分かりやすい行動」を、「可愛い」と、思えないわけでもなかったが……それ以前に、そうした自分たちの行動が、第三者の目にどう映るのか、ということを、まるで配慮していない……という部分が、空恐ろしくも、ある。
 現状では、彼女たちが、「社会」というものに不慣れであることから、「他人の目」とかに対する、その手の想像力がうまく機能していないだけであって、時間が経てば自然に収まるとは思うのだが……例えば、昨日の柊や今日の柏あんなの反応を見れば分かる通り、今の香也の状況を「そういう風に」解釈している人は、少なくはないだろう。いや、もっと端的にいえば、多数派であろう……。
 香也一人のことだけなら、もともと「他人」とか「世間」というものに極端に関心の薄い香也のことだ。特に頓着もしないのだが……彼女たちの方は、何分、将来がある身である。
 また香也は、荒野たちが、なにくれと「この土地」に馴染もうと努力しているのも、見てきている。
 自分がこれ以上の被害に合わないためにも、少し強硬な態度を取ってでも、出来る限り、辛抱強く接して、彼女たちを「普通」にしていかなければならない……などと、柄にもない決意を固めかけている、香也であった。
 「……なんだか……妙なことになって来ているなぁ……」と、最近の自分の近辺について、感慨を新たにする。「自分が他人に心配をかける」ことは多くても、「自分が他人の心配をする」という経験は、香也にとってはほとんどはじめてのことで……新鮮といえば、新鮮な心境だった。
 ……妹とかいたら、こんな感じなのかな……とか思いつつ、香也は目を閉じた。

「……あーっ!」
 翌朝、香也は楓の叫び声で目を醒ます。
 ……何事っ!
 と、跳ね起きようとしたが、左右からがっしりと抱きつかれて、身動きがとれなかった。
 誰に?
 香也は、寝ぼけまなこで、薄暗い中、自分の体を見下ろす。
 ガクとノリが、両脇からがっしりと香也の胴体に腕を回して、抱きついていた。
 それはもう、起き上がろうとしても、重くてろくに寝返りがえりもうてないほどに、ぎゅうーっと抱きついている。その上、すぴょすぴょ寝息を立てている。
 ……昨日、あれだけ強く注意したのに……。
 身動きのできない香也は、暗澹たる心境になった。
 その間にも、楓がずかずかと香也に向かって近づいてくる。
 その表情を一瞥して、香也は瞬時に悟った。
 やばい、と。
「……ほっ、ほら……起きて……」
 香也は、必死になってノリとガクを揺り動かす。しかし、二人は「……うーん……」とか呻吟するだけで、一向に目を醒まそうとしない。
 すぐに楓が、間近に顔を近づけた。もともと、何歩もない距離だ。
「……あっ、あの……待って……かえ……」
 でちゃん……と、続けようとした香也の声も聞いていない風で、楓は、素早くノリとガクの頭を両手で掴み、「ごちん」と、鈍い音を響かせて、二人の頭同士をぶつけた。
 香也が、その音から「痛さ」を想像して、反射的に顔をしかめる。
「……さあっ!
 起きるっ! 立つっ! 部屋から出て、着替えるっ!」
 流石に、自分の頭を撫でさすりながら起きたノリとガクに向かって、楓は、元気な声を浴びせる。
 ノリとガクは、一瞬、恨めしそうな顔を楓に向けたが、楓の形相を確認すると顔を引き攣らせて、ぎこちない動きでぴょこんと立ち上がり、部屋から出て行った。
「……香也様……。
 さっき、何かいいかけましたっ?」
 二人が出て行ったのを見届けてから、一瞬前に二人に向けていたのとは別人のような穏やか笑顔を香也に向けて、楓が、確認する。
「……あっ……い、いや……何、も……」
 香也は、ゆっくりと首を横に振った。
 今更、気づいたが、楓はスポーツウェアを着ていた。学校指定のジャージではない。いつもぎりぎりまで寝ている香也は、その姿の楓をみるのも初めてだったし、他の住人たちが毎朝、早朝から外に出て運動をしていることも、知らなかったりする。
「どうも、お騒がせしました」
 香也が唖然としていると、楓は、ぺこりと一礼する。
「まだ、いつも起きる時間まで、間がありますので、香也様は、まだ寝ていらしてください……」
 楓は、香也の返答も待たずに廊下に出て、襖を閉める。
「……ああっ……」
 香也はあっさりと出て行った楓に手を伸ばしかけ、何も言うべきことがないことに気づき、手を降ろす。
 ふと、枕元の目覚まし時計をみると、いつもの起床時間より、二時間も早かった。
「……んー……」
 いきなり脱力感を感じ、どさり、と、香也は布団の上に横になり、目を閉じる。
「……疲れる……」




[つづき]
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