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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(239)

第六章 「血と技」(239)

「……ヴィ……」
 荒野は、低い声でシルヴィに問いただす。
「さっき、チョコの中に入れてた、あやしい液体……。
 あれは、何だ?」
「……んー……」
 シルヴィは口唇に指先をあて、小首を傾げる。
「別に、あやしいってことは、ないよー。すくなくとも、毒ではないし……。
 強いていうなら……愛の妙薬?」
 荒野の口にチョコを入れまい、と、むさぼり食べていた茅と酒見姉妹の手が、いつの間にか動きを止めている。
 茅と酒見姉妹は、二人のやりとりを見た後、おずおずとした動作で座り直し、再びカレーのスプーンを手に取った。
「……やっぱり、カレーとチョコはあわないと思うの……」
「そ、そうですよね……」
「な、なんだか、体が火照ってきたような……」
 どこか気が抜けた口調で、そんなことを囁きあう。
 どうやら、荒野とシルヴィの会話から、チョコの中に得体の知れない材料が入っていると気づき、しかし、まっさきに手をつけた手前、それに、「毒ではない」と明言されている以上、詳細を問いただすわけもいかず、まずは食べかけの食事をすますことにしたらしい。
 またしばらく、会話のない食事が続く。
 一口食べるごとに汗が吹き出ているのは以前と変わらないが、特に茅と酒見姉妹の三人は、頬も朱に染まって瞳が潤んできているような気がする……と、荒野は観測する。
「毒ではない」とシルヴィは明言したが、だからといって、完全に安心するほど、荒野もシルヴィのことを信用しきっているわけではない。
『愛の妙薬、って……』
 まさか、惚れ薬、などという非現実的な代物ではないだろうが、シルヴィは微妙に言葉をぼかして具体的な効能を語っていないので、荒野はかなり、警戒している。
 何しろ、シルヴィの性格と姉崎の生化学的知識が結びつけば、かなりおかしないたずらが可能であった。
『……あの笑顔は……』
 ……何かたくらんでいる時の顔だ、と、荒野は判断する。シルヴィは、荒野の視線をまともに見返すと、ウインクをしてさらに笑みを大きくする。
 汗まみれになりながらも、全員がなんとか「超強力極辛カレー」一皿をたいらげる。酒見姉妹は、「のどが」とか「おなかが」とかいってうめいており、茅も、繰り返し、グラスを乾している。三人とも、全身に汗をかいいる。
 ……シャワーでも浴びてこい、といいかけ……ここにきてはじめて、荒野は違和感を抱いた。
 カレーの香辛料のせいかと思っていたのだが……いくら何でも、効果が持続しすぎる。いつもなら、酒見姉妹はともかく、茅は食事のとして茶の準備をはじめるのだが……今日に限って、座り込んだまま、メイド服の胸元をはだけ、掌で扇いで風を送り込んでいる。酒見姉妹も、ほんのりと赤い顔をしながら、茅の動作を真似して服をゆるめはじめた。
 ……不自然だ……と、荒野は思う。
「……ヴィ、これは、いったい……」
「……チョコ、まだ残っているわぁ……」
 荒野の問いには直接答えず、シルヴィは、梱包を解かれたチョコの箱を、茅と酒見姉妹の前に押し出す。
「思いっきりホットなものを食べた後だから、お口直しにいかがぁ?」
 そんなことをいいながら、自分でも一つ摘み、口の中に放り込む。
「「……いただきます……」」
 酒見姉妹が、同時にチョコに手を伸ばした。
「……貰うの……」
 茅も、緩慢な動作で、チョコに手を伸ばす。
「……おいっ!」
 荒野は、一括した。
「おかしいぞ、この反応っ!」
 一度はチョコに対して警戒心を持った筈の酒見姉妹と茅とが、再び、自分の意志でチョコを欲している……というのは、やはり、おかしい。
「……はん、のう……はん、おうぅ……」
 茅が、荒野の言葉を反芻し、最後にヒクッと可愛らしいしゃっくりをした。
「茅の、はんろぉはぁ……体温の、上昇……脈拍数と呼吸量の、増大……酩酊感と、意識の混濁……これふぁ、アルコールや薬物中毒の際の、身体の変化に告示しているろぉ……」
 しかも、呂律が回っていない。
「アルコール……お、お酒……」
「わたしたち、うわばみです……飲むことはあっても、飲まれたことはありません……」
 酒見姉妹は、茅の言葉に応じた。
「茅も、そうだ……」
 荒野も、頷く。
「……うわばみ、というほどかどうかは、わからないけど……どちらかというと、強い方だと思う……」
 アルコールを摂取した時と同じような反応を起こす、なんらかの薬物……と、まで推測し、荒野は厳しい声でシルヴィに糺す。
「……ヴィ!
 毒物ではなくても、慣習性や中毒性があれば同じ事だぞっ!」
 荒野は、その手のドラッグを、個人的にかなり嫌っている。
「ないわよぉ、そんなのぉ……」
 シルヴィはにこやかにほほえんで、また一つ、チョコを口に放り込む。
「ヴィだって、同じもの、食べているじゃない……。
 食べてないの、コウ一人だけで……」
「……荒野……食べてない……」
 茅が、真っ赤な顔をしながら、ぼんやりとした口調で呟く。
「……荒野も、食べるの……」
 茅の目の焦点が、合っていなかった。
 背筋に悪寒を感じた荒野が、立ちあがろうとする。
「……駄目ですぅ……若あぁ……」
「一緒に、気持ちよくなりましょうぉ……」
 しかし、いつの間にか背後に忍び寄った酒見姉妹に、両側から抱きつかれた。
「……荒野……」
 茅が立ち上がり、チョコを手で摘みながら、告げる。
「……あーん、するの……」
 そういうと茅は、自分の口でチョコをくわえ、テーブルの上に四つん這いになり、荒野に覆い被さる。
 荒野の頭部を両手で挟んで固定し、口移しで、チョコを荒野の口の中に入れ、そのまま、長々と口づけをした。

 茅が陶然とした顔をして唾液の糸を引きながら、ようやく荒野から顔を離した時、荒野は、口移しで茅に貰ったチョコを呑み込んでいた。茅の舌で無理矢理、喉の奥に押し込まれたため、呑み込まないと窒息するおそれがあったからだ。
 味的には、なんの変哲もないチョコレートだったが……。
「……ヴィ、本当に、何でもないんだな、あのチョコ……」
 呑み込んでしまった今となっては、確認しても遅いのだが……それでも、荒野としては、自分の体調の変化を確認しつつ、聞かずにはいられなかった。
「……Off course……」
 シルヴィが、笑いを含んだ声で答える。
「毒でもないし、慣習性もないよ。
 ただ、性欲が、一時的に昂進するだけで……」




[つづき]
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