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第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(323)
「……あっ……」
教室に入るなり、先に来ていた柏あんなと鉢合わせをした。
「き、昨日は……」
「……んー……」
香也と顔を合わせようとしないあんなとは対照的に、香也は、いつもののんびりとした口調で挨拶をする。
「どうも。
おはよう……」
「あっ。
うん……おはよう……」
あんなは、拍子抜けしたような表情で、香也に挨拶を返す。
「昨日、何かあったんですか?
そういえば、柏さん、放課後、美術室にいたようですが……」
香也の隣の楓が、口を挟んだ。
「……んー……。
別に……」
香也は、気の抜けた声で楓に答えた。
「ただ、少し話しをしただけ……」
「そう……ですか……」
楓は、怪訝な顔をしながらも、頷く。
「……は、はは……」
柏あんなは、複雑な笑顔をみせる。
「そう、ね……。
少し、お話し、しただけだし……」
昨日の放課後、香也との会話の内容を克明に覚えているあんなは、動じる様子もなく、いつもとまるっきり変わらない様子でそんな風にいえる香也のことを、少し見直す。
意外に……大物なのかも知れない、と。
気づくと、動揺するあんなを、茅がじっと見ている。
「……何?」
茅の視線に気づいたあんなは、今度は、茅に尋ねた。
「観測者、不動の中心、台風の目……」
茅は、あんなにいう。
「絵描きは、そういう人なの……」
「そ、そう……」
あんなは、もちろん、茅がいうことを完全に理解したわけではない。
が、なんとなく、「ニュアンス」で、理解をする。
確かに……狩野香也は、動じない。
今まで、あんなは飯島舞花の鷹揚さにばかり気を取られていたが……よくよく考えてみれば、香也は、舞花よりも早く、より身近な立場から、「彼ら」のことを見ていて……それでいて、何のリアクションも起こさずに、平然とその存在を受け入れているのだ。加えて、昨日聞いた話しの内容によれば……もっと、非凡な境遇の中にいることも、確かなようだったし……。
少なくとも……今の香也のように、落ち着き払って「全て」を受け入れることは、出来そうもない。あるいは香也は、外見上だけ、取り繕っているだけなのかも知れないが……それでも、あんな自身には……仮に、今の香也と同じような立場にたった時、同じような態度を取れるかというと……全然、自信がない。
「見かけ以上に……」
自分の席について鞄を置く香也の姿を目で追いながら、あんなが呟く。
「そう。見かけ以上に……」
すると、茅が、あんなの思考を見透かしたように、頷く。
「彼の意志や能力は関係ない。彼は、重要なパーツ……。
茅や荒野たちの、要なの」
授業中、柏あんなは、茅の言葉を反芻する。
意志や能力は、関係ない……と、茅はいう。
能力、ということでいえば、荒野や茅たちは、すでに充足した状態にある。客観的にいっても、彼らは、自分たち「一般人」と比較すること自体が馬鹿馬鹿しくなるほど、優れた存在だ。今までの付き合いから分かっている範囲内でも、その程度のことは断言できる。
その優れた彼らは……何故か、多くの不利と不都合を覚悟した上で、能力的に劣る自分たちと共に暮らすことを、選択しようとしている。その、根本的な部分に、どういう動機があるのか……柏あんなには、そこまで窺い知ることはできないわけだが……。
それでも、知力とか体力とか、授業中の様子をみるかぎり、よくいっても平均以下の成績しか取れていない香也が、「彼ら」の強い興味を引いている、という事実は……何事かを、象徴しているのではないだろうか?
『……難しいことは、よく分からないけど……』
柏あんなは、深く思索を練る、とかいう行為は、どちらかというと苦手だった。
『あとで、まぁくんに考えて貰おう……』
しかし、授業中にもかかわらず、心ここにあらずといった態で物思いにふけっているあんなの姿は、教壇から目立つらしく、たちまちあんなは教師に指名されたのであった。
もちろん、あんなは、教師の質問に答えられなかった。
「……そのことは、後で考えておくけど……」
堺雅史は、休み時間に別のクラスから訪ねて来たあんなに、にべもなくそういった。
「あんなちゃんは、その前に、もう少し自分の成績のこと心配しないと。来週から、テスト漬けだし……」
やぶ蛇になったか……と、あんなは思った。
確かに、堺のいうとおり、来週に、業者の試験があり、それが終わるとすぐに期末試験がはじまる。
「あんなちゃん、今日、部活ないでしょ?
今日、居残って勉強ね。ぼくも、自分たちで作った学習用のソフト、自分でも試してみたいし……」
堺雅史も、香也とは別の意味でマイペースな男子だった。
「……ひどいっ!」
あんなは、叫ぶ。
「まぁくん……わたしと試験の勉強、どちらが大切なのっ!」
「あんなちゃんは、自分の勉強をないがしろにしすぎ。
学校でやるのがいやなら、家でじっくりとやるだけなんだけど……」
あんながわざとらしく大声を上げても、堺は動じなかった。
いったんは「何事か」と二人を注目した教室内の生徒たちも、すぐに「またか……」といった表情で興味をなくす。
「……わかったぁ……。
今日、残りますぅ……」
あんなは、拗ねたような声を出した。
この二人のそうしたじゃれ合いは日常茶飯事なので、今更誰も注目しないのであった。
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つづき]
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