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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(280)

第六章 「血と技」(280)

 夕食が済むと、流石にはしゃぎ疲れたのか、浅黄が眠そうに目をこすりはじめた。
 浅黄がこのマンションに来る時は、もちろん、子供用の椅子などないので、椅子の上にありったけのクッションを敷いてその上にちょこん、と座らせているのだが、そうするとどうしても前かがみの姿勢になりがちであり、浅黄は、食事中でもテーブルの上に片手をつくことが多かった。そのかわり、この年齢にありがちな、服や身の回りを食べ物で汚す、ということはない。今日は、スプーンとフォークでの食事だったが、以前、見たときには、箸も器用に使いこなしていた。おそらく、家での躾がいいのだろうな、と荒野は思う。
「浅黄ちゃん、もう、おねむにしようか?」
 荒野が聞いてみると、意外にしっかりした口調で、
「お風呂と歯みがきー……してからぁー…」
 と、答えた。
「じゃあ、食器は片づけておくから、茅は、そっちを頼む」
 荒野はそういって、テーブルの上の食器を片づけはじめる。
「わかったの」
 茅は頷いて、浅黄が椅子から降りるのを手助けした。というか、浅黄が、椅子の上から転げ落ちないよう、身体を支えた。
 酒見姉妹が、荒野の手から食器を取ろうとしたが、荒野は「いや、これくらい、いいから」と、それを断る。荒野にしてみれば、この程度の日常の雑事で他人の手を借りることに抵抗がある。
「お前ら、もう帰った方がいいぞ」
 とも、いい添え、暗に「早く帰れ」と即した。
 基本的に、茅との二人住まいであり、余分な寝具もない。浅黄一人分ならどうとでもなるが、後二人の大人を泊める余地も理由も、なかった。この二人はごく近所に済んでいるわけだし、また、この二人に限っていえば、若い女性であることは確かだが、だからといって「夜道が危険だ」などということもあり得ない。
「「……はぁ……」」
 荒野にそういわれ、酒見姉妹は、世にも情けない表情になって、頷いた。
「「あの……明日の朝も……来て、いいですか?」」
 そして、声をそろえて、そう続ける。
「「予報では、明日もまだ、雨が続くそうですが……」」
「別に、いいけど……」
 朝のランニングが中止になっても、ここに来てもいいか……という意味らしい。
 荒野は食器をシンクの中にいれ、温水器からお湯を出しながら、双子に背中を向けたまま、答える。
「あんまり、のんびり出来ないと思うぞ。
 明日の朝は……」
 何せ、明日は……「メイドール3」の最終回なのだった。

 酒見姉妹が帰り、食器を洗い終えて、来客用の使い捨て歯ブラシを用意する。浅黄には大きすぎると思うのだが、これしかないから仕方がない。浅黄の口に入らないようなら、口を濯ぐ程度で我慢してもらおう……などと、思ったところに、インターフォンが鳴った。
 こんな時間に誰だろう……と思って来客者の顔を確認してみると、スーツ姿の若い男が立っていた。
「……どなたですか?」
 若干、緊張した声で、荒野が誰何すると、
「ああ。
 こんな姿だから……わかりませんか?
 敷島です。
 徳川さんから、これ、言付かってきました……」
 インターフォン越しに、その若い男が、見覚えのあるポーチを掲げてみせる。表面にキャラクターのプリントがされているそれには、荒野にも見覚えがあった。
 浅黄の、「お泊まりセット」だ。
 荒野は軽くため息をついて、ドアの鍵を開けた。
「誰かと思えば……敷島さんか……。
 徳川に、いいように使われてますね……」
「一応、秘書として、十分すぎるほどのギャラも貰ってますから……」
 男の姿をした敷島は、荒野に「お泊まりセット」と浅黄の着替えの入った紙袋を渡しながら、そういう。
 敷島にとって外見は、見た目の性別も含めて、適宜選択するものらしい。
「……報酬を貰った分は働いておかないと、あれでしょう……」
「徳川って、アレ、人使い、荒いの?」
 続いて、荒野が聞いてみると、
「荒い、というより……並み以下だと無視ですが、並み以上の処理能力があるのがわかると、能力の上限まで、とことん、使い倒すタイプですね……。
 人と機械の区別が、あまりついていないんでしょう……」
 敷島はそういって苦笑いをした。
「と、いうことは……」
 荒野は、納得しように、頷く。「人であろうがマシンであろうが、高性能のものであるかぎり、とことん、使い倒す」というのは、なんだか「徳川らしい」気がする。
「……敷島さんなんかは、使えると判断されたクチなわけか……」
「わたしの場合、外見をあるていど変えることができるのと、それに、法務関係の知識も多少、ありますので……おかげさまで、才賀様とも、毎日のように懇意にさせていただいてます」
 徳川の会社と孫子との、交渉窓口みたいな仕事も、敷島の担当らしい……と、この時、荒野は、はじめて知った。
「それは……さぞかし、疲れるでしょう……」
 荒野は敷島に同情した。
 どちらも癖があるのはもちろんだが……特に孫子などは、こと、ビジネスがらみとなると、妥協も容赦もせず、自分の要望をゴリ押ししてくるのではないか……と、荒野は想像する。
 交渉相手としては、かなり難渋する部類なのではないか? と。
「いや、おかげさんで、いい経験をさせて貰ってます……」
 そんな世間話しを軽くしてから、敷島は、「まだ用事が残っていますので」といいって、去っていった。
 荒野はバスルームの脱衣所で入浴中の茅と浅黄に声をかけ、そこに浅黄の「お泊まりセット」と着替えを置いた。

 それから、床の上に直接布団を敷き、何とか三人が横になれるスペースを確保する。
 茅と浅黄がバスルームからでるのと入れ替わりに、荒野が入り、ざっと身体を洗ってシャワーを浴びた。

 荒野が歯磨きまで済ませて戻ると、食事の後に眠そうにしていた浅黄は、入浴によってまた眠気が去ったのか、今ではまたハイな調子に戻っている。布団の上にペタンと座り込み、浅黄は、少し力を込めて、茅の髪をバスタオルで包んで拭っている。
「……どれ、おにーさんが代わろうか?」
 荒野が、いつも使っているドライヤーを取り出してきて、浅黄と入れ替わって、慣れた手つきで茅の髪を乾かしはじめる。
 今では、茅の髪の手入れは、かなりの部分、荒野の仕事になっている。
「……浅黄もやるーっ」
 と、言い出したので、荒野は浅黄にヘアブラシを手渡し、茅の髪を櫛けずらせてみた。茅の髪は、もう、ほとんど乾きはじめていたので、浅黄の力でも、特に難渋することもなく、ブラシを動かすことが出来る。
「うまいな、浅黄ちゃん。
 やったこと、あるのか?」
「髪のお手入れ、いつも、おかーさんと、いっしょにするのー。
 おかーさんがいない時は、ひとりでするの……」
 とのことだった。
 仕事の都合で留守がちである分、名前を知らない徳川の姉、つまり、浅黄の母親は、身の回りのことに関しては、しっかりと自分で出来るようにしているのだろう、と、荒野は想像した。
 その辺のこと、つまり、小さな女の子の身の回りの世話、などに関しては、徳川篤朗は、おおよそ当てになりそうもないしな……と。
 浅黄は、年齢の割には、利発で扱いやすい子供だと、思い、だからこそ、徳川の姉も、安心してあまり頼りになりそうにもない徳川に浅黄を預け、頻繁に泊まりがけの仕事にでているのだろう、と。
 ……後何年もしないうちに、今とは立場が逆転して、浅黄が徳川の面倒をみるようになるのではないか……と、荒野は思い、その様子がかなりのリアリティをもって想像することが出来た。
 料理は出来るようだが、他の生活に必要なスキル全般が、徳川に備わっているようには見えなかった。
 小学生くらいに成長した浅黄に、ゴミの分別の仕方とか洗濯物など、細々としたことについて、ぶつぶつと文句をいわれている徳川篤朗……という図は、荒野の脳裏にありありと浮かんでくるのであった。




[つづき]
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