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ぼくと彼女の、最後の前の晩 (1)

ぼくと彼女の、最後の前の晩 (1)

 彼女の荷物は、なんとかこの週末に纏めることができた。彼女の着替えや生活用品が、梱包されて部屋の半分以上の床を占拠している。彼女がこの部屋に住むようになってから二年ほどの間に、彼女のものはこんなに増えていたんだな、という事実に圧倒される。彼女がここに転がりこんできたときは、当座の着替えが入ったバッグしかもっていなかったのに。それから二年間、彼女は、自分の布団や新しい衣服、化粧品、調理用品(ぼくは料理をしなかったので、彼女が来る以前のこの部屋には、基本的な調味料も揃っていなかった)、洗面用具、などなどを持ち込んできて、がらんとしていたこの部屋をもので埋め尽くした。その、彼女が増やしたものの大半が、今は梱包されて、明日、運び出されるばかりになっている。
 これら、彼女が持ち込んだものたちが、明日、彼女もろとも運び出されれば、この部屋はまた、元の静けさと空虚さを取り戻すのだろう。

 荷物を纏める作業がだいたい終わると、日が暮れていた。調理に必要なものは大体荷物の中に入っていたので、自然、夕食は外食ということになる。マンションから歩いて五分ほどの場所にある、そこそこよく利用するファミリー・レストランに向かった。チェーン店にありがちな店で、とりわけうまいというわけではないが、それなりの味とそれなりの値段で、なにより家から近いので、利用頻度もそれなりに高い。そんな店だ。彼女が二年前に転がり込んでくるまでは、よく利用していた。
 ぼくは生姜焼き定食、彼女はハンバーグ定食に決め、それと二人分のドリンク・バーを追加する。
 週末の店内はそれなりに混んでいて、注文した料理がくるまでに少し時間がかかったが、ぼくも彼女も、必要以上にあまり会話を交わさなかった。話し合いなら、彼女が出ていく、と決定するまでに、お互いうんざりするほどしたのだ。ぼくのほうは、彼女のことを、たぶん、未だに嫌いになれていない。と、思う。
 でも、彼女への愛情よりも、その愛情を彼女に対して伝えようと努力してきて、それが報われなかったことに対する徒労感のほうが、今では大きかった。
 彼女は、ぼくが好きだが、ぼくの方が彼女を求めていない、という。だから、ぼくと別れるという。で、ぼくは、彼女がなぜほかの男の元にいくのか、理解できないでいる。
 彼女の言い分を、ぼくが理解している範囲内で要約すると、こういうことになる……

 彼女は、ぼくのことを嫌いになったわけではない(と、彼女はいう)。少なくとも、ぼくよりも彼女の新しい相手を強く想っているわけではない(と、彼女はいう)。だけど、ぼくは彼女を必要としていないし、彼女の新しい彼は、少なくとも彼女の事を必要としてくれる(と、彼女はいう)。彼女を必要としていないぼくと一緒に居続けることに、彼女は疲れている(と、彼女はいう)。

 こうして彼女のいうことを列挙してみても、ぼくには彼女のいうことがまるで理解できない。嫌いになったわけではないのに、なぜ無理に彼女は出ていこうとするのか? 何度も何度も聞き返し、説明したりされたりすることに、二人ともうんざりして、げんなりして、へとへとになって、ようやく、「ぼくには彼女のいうことが理解できない」、ということを理解した。

 そして今、ありふれたチェーン店ファミレスのありふれたハンバーグ定食をぼくの前で普通の顔をして食べている彼女は、明日、二年間一緒に暮らしたぼくのマンションを出ていく。

 こうして、ぼくらの別れの、前の晩は、始まった。

 ああ。分かっている。ここで断っておくと、今からぼくが記述するこの物語は、どこにでもいそうなカップルが、ごく普通に別れる前の晩の、ごくありふれた話し、なのだと思う。どこにでも転がっていそうな、どこにも特別なところのない、ごくごく平凡な別れの前夜、の、営みの記録。
 ぼくが今から書こうとしているのは、つまりはたったそれだけの、なんの変哲もない挿話だ。


[つづき]
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