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ぼくと彼女の、最後の前の晩 (2)

ぼくと彼女の、最後の前の晩 (2)

 つきあい始めの頃はともかく、最近のぼくと彼女の間にはあまり会話というものがなかった。ぼくがわりと寡黙なため、ということもある。つき合いが長くなるにつれ、「いわなくとも通じる」部分が自然に増えていくものだと、ぼくは思っていた。それはつまり、彼女が別れ話をぼくに切り出すまでは、ということなんだけど。
「あなたは自分のことをなにも話さないから」
 別れ話しの最中、彼女は何度もそういった。だがいったい、ぼくというあまりにも平凡な人間の中に、語るに足ることがそんなにあるのだろうか? それも、何年も何年も話しても尽きないほどのものが。
 そうは思うのだが、彼女がぼくに要求しているものがいったい何か理解できないぼくは、「そうだね、たしかに話しはしていないね」、とだけいって、気弱げに頷く。
 だから、その「最後の晩餐」も、ごく静かにはじまり、静かに終わる。

「はいはい。そんなにしんみりしない」
 ファミレスから帰るときも、少なくとも外見上は、彼女はいつもとまったく変わらなかった。
「これで今生の別れ、というわけでもないんだから。会おうと思えばいつでも会えるし」
「いや。たぶん、もう会わないよ」
 ぼくはいった。
「少なくとも、こちらから連絡することはない」
「だからねー。そういういわなくてもいいことをはっきり言い切っちゃうから、あんたはもてないの」
 彼女はぱんぱんとぼくの肩をはたく。
「こういうときは、本心はどうあれ、そことはなく相手の女性に期待を持たせるような対応をしとくの。でないと、釣れる魚も逃しちゃう」
 ドリンク・バーのコーヒーしか飲んでいないはずだったが、彼女はいつもよりもハイに振る舞った。この最後の夜に、必要以上に雰囲気をしんみりさせないための、彼女なりの防御策だったのだと思う。
「お互い、明日に備えて、さっさとお風呂に入って寝よう」
 ことさら陽気に振る舞っている彼女は、ぼくの腕をとって、「最後だから、一緒にお風呂はいろうか?」と、ぼくにだけ聞こえるような小声で囁いた。
 その横顔はたしかに笑顔の形に作られてはいたが、だからといって、そこから彼女の本音を推測することは叶わない。そう。世の中には「無表情な笑顔」というのも、存在する。

 マンションに帰るそうそうに、彼女は自分の上着をハンガーに掛け、その他の衣服もてきぱきと脱いでいく。そして、ぼくにも早く服を脱ぐように、と促す。彼女とは、この部屋で何度か同じような主ちゅえーしょんを経験してきたが、いつもと違うのは、このときの彼女は、自分が脱いだものを洗濯機に放り込むのではなく、スーパーのビニール袋にまとめて入れていたことだ。
 そうして、ぼくら二人はすぐに真っ裸になった。
 何度も見、何度も触れあい、何度も重ね合った裸体を、お互いにまじまじと見つめ合う。この二年間で、ぼくは少し肉が落ちて痩せ、彼女は逆に少しふくよかになった。口に出してそういうと、
「女性に向かって太ったなんていうな!」
 と、背中を、平手で、手形が残るほど強く叩かれる。
 まったく、たった二年で、あんなにひ弱そうだった少女は、ここまで逞しい女性になりました……。


[つづき]
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