第六章 「血と技」(309)
しばらくそうして、静流の胸に顔を押しあてて泣いた後、荒野は、むっくりと身を起こし、決まりの悪い顔になった。
「……なんだか……静流さんに、決まりのわるいところを、みせちゃったな……」
「……わ、わたしは……」
静流は、冗談めかした口調で応じる。
「これ……ですから、み、見ることは、出来ないんですよ……」
「……そう、でした……」
不用意なことをいってしまった……と、しょぼくれる荒野に、静流は笑いかける。
「わ、わたしは……この通り、見えませんけど……それでも、そ、それ以外のことには、敏感です。
か、加納様は、いつも……は、張りつめて、おります……。
い、いつ、ぷっつりっ、お、音を立てて切れてしまわれても、おかしくないくらいに、張りつめていらっしゃいます……」
「……そんなこと、いわれたの……はじめてだ……」
荒野はゆっくりと首を横に振りながら、少しあきれの混ざった口調で、答える。
寝そべったままの静流は、手を上に延ばして、荒野の頬に触れた。
「か、加納様は……い、いつも、無理をして、微笑んでいらっしゃるから……。
か、加納様ご自身も、含めて……その微笑みに、誤魔化されて、しまうのです……」
……加納様のその笑顔は、本当の笑顔ではありません……。
静流は、そう断言する。
荒野は少しの間、彫像のように硬直し、考え込んだ。
「おれ……茅に、笑って欲しいと思った……」
ややあって、荒野は、ぽつりと語りはじめる。
「それから……茅が笑うためには、おれも、その他のみんなも、笑わなけりゃ……笑えるようにならなければ、いけない……とも、いわれた」
荒野はさらに続ける。
静流は、黙って荒野の言葉に耳を傾けている。
「でも、それって……難しいよ。
すっごく、難しい。
それこそ、おれの手になんか、ぜんぜん負えないくらいに、難しい……」
「か、加納様は……全部、一人で、背負い込みすぎるのです……」
しばらく、荒野の言葉に耳を傾けていた静流が、ようやく、口を開く。
「……だ、だって……加納様は……いくら優秀でも、ま、まだ、年端もいかない、子供なのですよ?
ど、どうして……子供が、そ、そんなに……な、何でもかんでも、せ、背負おうと、するのですか……。
な、泣いたって、わめいたって……周りの大人に、もっとすがったって、いいではないですか……」
か、加納様は……何でも、一人で、しっかりしようと、しすぎなのです……と、静流は続ける。
「……子供、かぁ……」
荒野は、呆然と呟いた。
「おれ……まだまだ、ガキ……かぁ……」
そう呟いて……荒野は、気が抜けた反面、すっと、肩の力が、抜けたような気がする。
「そ、そうです……」
静流は、頷く。
「も、もともと……じ、自分たちの世代の不始末を、後代の者に押しつけて、責任をとれという大人たちが、図々しいのです。
だ、だから……か、仮に、何かしくじっても……か、加納様が、気に病む必要は、ないのです……。
そ、そんな……何もかもがうまくいく……という可能性は、だ、誰がやっても、きょ、極端に、ひ、低いわけですし……」
一般人社会との共存。
それに、すでに生まれてしまった新種たちの扱い。
どちらか一つだけでも、頭に「超」がいくつもつく難事業だ。
失敗して、もともと……程度の認識を持て、という静流の忠告は、客観的に考えても、公正な意見だと思う。
荒野だって……今の荒野の状況だって、いくつもの偶然に助けられて、ようやく成立しているようなものだった。
……だけど……と、荒野は思う。
「……今となっては……失敗した時、失うものが、大きすぎる……」
がっくりと肩を落とし、荒野は静流に告げた。
ここに来て……おれは、弱くなった……と、荒野は思う。
この土地に来る以前は……躊躇せずに、いくらでも、危ない橋をわたれたのに……。
「……だ、だから……」
静流は、延ばした腕を荒野の首に回し、下方に、荒野の頭を引き寄せる。
「つ、使える大人は……す、すべて、利用して、やればいいんです。
特に一族の大人は、無理を承知で、自分たちのツケを、か、加納様に、おしつけているわけですから……」
「……あっ……ああ……。
そう……だな……」
再び、静流と顔が近づいてきたことに気づいて、荒野は、動揺しはじめる。
間近でじっくりとみると……抜けるような白い花肌に整った顔立ちの静流は、かなりの美形だった。
「今度から……少し、図々しいくらいのことを、要求していくよ……」
荒野は、柄にもなく、自分がどぎまぎしていることを、自覚する。
「……ど、動悸が、早くなりました……」
静流が、焦点のあわない瞳で、荒野の顔をじっと見つめる。
「か、加納様……。
な、何を、か、考えていますか?」
「た、多分……静流さんと、同じこと……」
荒野がそう答えると、静流は、目を閉じる。
「……か、加納様が、したいように、してください……」
荒野は、再び、静流の上に覆い被さる。
経験がない、という静流を驚かせないように、ついばむような口づけをしばらく続けた後に、長く口唇を重ね、さらにその後、ようやく、静流の口を開けて、その中に舌を入れた。
静流は、終始目を閉じて、荒野がするがままに身を任せていた。
体中が細かく震えているのは、おそらく、怖がっているのだろう……と、荒野は思う。
荒野の自由にさせてくれるし、いやがっている様子もないが……それと、未知の行為に対する恐怖心とは、また別の話しなのだろう。
荒野が静流の口の中に舌を割り込ませた時、びくん、と静流の身体が大きく震え、少しして、荒野が静流の服の中に手を入れると、再び静流の身体が、大きく震えた。
異性に肌を触れられるのが、初めてなのだろう……と、荒野は推測する。
「……今日は、やめておきますか?」
気をきかせたつもりで、荒野はそう尋ねてみた。
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つづき]
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