第六章 「血と技」(313)
静流は荒野の上に崩れ、そのまま荒い息をついている。
どうやら挿入以前の段階で、軽く達してしまったらしい。
「か……加納様は……」
静流が、荒野に顔を近づけながらいった。
「ご、ご自身が……どれほど、慕われていのか……ち、ちっとも、わ、わかっていらっしゃいません……」
涙声、だった。
「それって……その……」
荒野は、若干白けが入った、複雑な心境になる。
「……一族がらみで、ってこと?」
荒野にしてみれば……こんな個人的な場面で、そういう関係性を持ち出しては欲しくなかった。
性行為の現場……は、これ以上はないほどに、「個人的」な場面であろう。
「わ、わたしの目がこんなのとか、ろ、六主家の本家に生まれるとか……そ、そういうの……じ、自分では、選べませんから……」
荒野の声に籠もったニュアンスを敏感に感じ取って……静流は、寂しそうに笑う。
「わ……わたし……。
そういうのに、生まれてからずっと囚われていて……。
で、でも……この先も、ずっと囚われっぱなしなのは、いやで……。
だ、だから……と、父様が止めるのも聞かず、だ、誰も教えてくれないから、ち、小さい頃から、じ、自己流で、か、身体を鍛えて……。
そ、それでも……め、目のことがあるから、どこにも行けなくて……そのまま、こんな年齢になっちゃって……。
そ、そんな時に、か、加納様が、い、一族でも、堂々と、普通に暮らしていいって規範を、公然と、示してくださったのですよ……。
そ、そういうのに……あ、憧れるの、お、おかしいですか?
か、加納様が、さ、最初の一歩をまず踏み出してくれたから……わ、わたしは、他のみんなも、ここにいられるのですよ……」
しゃべっているの間にも、静流は、どんどん涙声になっていく。
「……あっ。いや。その……」
途端に、慌てふためく荒野。
裸で同衾している時、いきなり相手の女性に泣かれて動揺しない男は、いまい。
ましてや、荒野の場合、若年者で人生経験も浅く、最近になって関係する女性の人数は増えたものの、お世辞にも女性の扱いがうまい、というタイプでもない。
「……こ、この程度のことで、慌てないでくださいっ!」
両肩に手を置いた静流が、そのまま、荒野の上に体重をかける。
「か、加納様は……わ、わたしたちの、希望なんですっ!」
静流が興奮するところをはじめて目の当たりした荒野は、目を丸くする。
「し、静流さん……。
そういうの……重いよ……」
しばらくして、荒野は、ふと、低い声を漏らす。
それから、いきなり何かに気づいた口調になり、
「あっ。いやっ!
重いってのは、静流さんが、ってことじゃなくて……そういう過度な期待が、ってことで……」
などと慌てて言い直すあたり、荒野もなかなかに情けなかった。
少し間をおくと、裸で抱き合ってそんなことを話し合っていることを、どちらともなく自覚しだし、二人は身体を離した。
雰囲気的に、それ以上の行為は続行できそうにもなかったし、それに、男性経験のない静流に対して、性急に事に及ぼうという気が荒野にもなかったので、それで問題はない。
というか、二人とも、そんな気分ではなくなってしまった。かといって、嫌気がさした、というわけでもない。
泣き顔になっていた静流の気分が落ち着いた時点で、いきり立っていた荒野のモノも小さくなってしまっていたし、荒野のソコの状態を確かめたわけではなく、荒野の前で取り乱してしまった照れ隠しで静流が、
「す、すいませんっ! こ、こんな時に、こんなこと、いってっ!」
とかいって、荒野の上からぱっと離れ、どちらからともなく、照れ隠しの笑い声を小さく上げはじめた。
しばらく穏やかなに笑い合うと、もう、二人には性交を続けようという気分には戻れなかった……というだけの話しだ。
二人はどちらともなく、「今回は、ここまでで……」といいはじめ、背中を向け合って、もぞもぞと服を身につけはじめる。時は二月後半、暖房器具とは名ばかりの火鉢のか細い暖気だけがある室内で、興奮も運動もせずに、長時間、全裸で居続けるには、あまりもの寒い時期だった。
「……それで、せっかくなんで、真面目な話しをしますと……」
服を身につけてから、静流がいれ直してくれたお茶を飲みながら、荒野が話しはじめる。
「おれ……さっきもいったけど……おれと茅……それに、身の回りの何人かの人たちと平和に暮らしたいって……ただ、それだけを望んで、その場でその場でいろいろ選択してたら……いつの間にか、今のような状況になっていた……って感じで……正直、静流さんとか他の一族のやつらのこととかまで、考えている余裕、あまりありませんでした……」
ここ数日、落ち着いてはいる……とはいうものの、荒野は荒野なりに、イッパイイッパイなのであった。
「そ、それは……ここに来て、よく理解できました」
静流は、荒野の言葉に頷く。
「か、加納様は……こ、ここに来るまでは、もっと凛とした、非情な方かと思ってましたが……」
この発言には、荒野はコメントを返しづらかった。
つまり……実際に会ってみた荒野は、静流のイメージしていた荒野よりももっと間が抜けていた、ということである。また、この土地に来るまでの荒野の行状を思い返してみれば、そのようなイメージを醸成するに足る十分な素地がある。
また、時に、非情な判断を躊躇なく下す側面は、現在の荒野からも、決して失われたわけではない。ただ……現在のような生活をしていると、そういう荒野の側面を、表面に出す機会がないだけだ。
「……それはそれで、いいんですが……」
結局、荒野は、当たり障りのない返事をする。
「おれが、その場その場で場当たり的な選択してしまって……その結果、想像以上にことが大きくなってしまって……。
特に……静流さんをはじめてとして、想定外に、大勢の人たちを巻き込んでしまったことについては……おれ自身、かなり戸惑っています」
「そ、それでも……」
静流は、荒野に向かって、柔らかく、微笑みかける。
「……か、加納様は……今までの選択を、間違ったものだとは、思っていらっしゃらないのでしょう?」
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つづき]
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